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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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9:0:少女時代の終わり

大陸共通暦1767年:ベルネシア王国暦250年:秋。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。

――――――――――――――――――――

 戦争が終わっても、すぐに平時へ戻ることが出来るわけではない。


 徴収された兵士の帰還だけでも、そのアゴアシ代と物資と諸々を手配しなくてはならない。戦略ゲームみたいにクリック一つではいかないのだ。まして鉄道も自動車もないこの時代、大量の兵士と装備を動かすことは苦労が多い。

 戦争の後始末とは、戦争を始める準備をするより苦労が多い。つまり……


デスマーチの、はーじまーりだあああああああああああああああああああああっ!!


 軍官僚はもちろんのこと、王国府に勤める官僚達や役人達は毎日、幽鬼のような足取りで王国府宮殿へ出勤し、リビングデッドのような有様で帰宅する。帰宅できるならまだマシで、最も激務に晒されている中堅職員達はそれこそ、ろくすっぽ帰る暇もない。


「家に帰ったら、子供におじさん誰って言われた」

「家に帰ったら、女房が実家に帰ってた」

「家に帰ったら、知らない男がいて俺のガウンを着てた」


 悲惨である。

 それでも、法衣貴族達はお勤めを放棄することは微塵も考えない。なんせ、ベルネシア貴族の実態はほとんどが公務員か官僚なのだ。

 そして、務めを果たせない公務員を飼うほど、ベルネシア王国府は甘くない。よくて地方送り、悪くて海外領土行き、最悪の場合は免職&没落一直線。

 石に噛り付いてでもしがみつけ。ベルネシア貴族の心得である。


 この実態は平民達も知っているから、他国の平民が貴族に対して『俺たちの稼ぎでぬくぬく暮らしやがって』と思うのに対し、ベルネシアでは「お貴族様方が今日も死にそうな顔で歩いてるぞ」「いくら裕福でもあんな生活はヤダな」「悲惨すぎる」という会話が成立する。



 それはさておき。

 王妹大公屋敷でヴィルミーナと母ユーフェリアが相談を交わしていた。


「ふふふふ。やっぱりねーやっぱりねー。ママはこーなる気がしてたんだー。ふふふふふ」

 喜色満面のユーフェリアが心底嬉しそうに笑う。

「あくまでレヴ君と合意しただけで正式な婚約手続きもしてないし、ゼーロウ男爵家に話も通してませんけどね」


「レヴ君が合意してるんでしょう? なら大丈夫。ママに任せてっ!」

 王妹大公の権能を全て投じる気ですね? わかります。

「御母様。ほどほどに」

「ヴィーナの幸せのためなら、ママはなんだってやるからねっ!」

「御母様。ほどほどに」


 ヴィルミーナが自重を促すも、テンション・マックスのユーフェリアは歯牙にも掛けない。今にも小躍りしそうな勢いではしゃいでいる。

「ヴィーナが自分の気持ちに中々きづかなくて、本当にじれったかったんだから~」


 ねえ、と水を向けられた古参侍女達が苦笑い。御付き侍女メリーナなどは感無量と言ったように呟く。

「思えば、お嬢様が水難に遭われた年からですから。10年以上ですものねえ。お二人にプリン作りの手伝いを頼まれた時のこと、よう覚えてございます」


「懐かしい話ね」

 ヴィルミーナは小さく嘆息をこぼした。まあ、これだけ喜んで貰えると、こちらも悪い気はしない。前世のお母さんお父さんもこうやって喜ばせたかったなあ……


 感傷的な気分が生じ、ヴィルミーナは控えめに微笑む。

「今日のおやつは私がプリンを作ろうかしら。御母様。皆でプリンを突きながら、思い出話でもしましょう」


 ユーフェリアは目を瞬かせ、ひときわ大きく破顔した。

「……ヴィーナ。それは本当に素晴らしい考えねっ!!」


           〇


 秋晴れの好天の下、陽光に照らされた病院の中庭テラス。植木は未だ紅葉する気配を見せない。


「懐かしいな。凄く美味しい」

 レーヴレヒトはヴィルミーナが見舞いに持ってきたプリンを口にする。

 遠いあの日食べたものと同じ。花蜜のカラメルソースとラム酒で風味漬けされたプリン。郷愁感が強く刺激され、思い出が色鮮やかに蘇る。


「ここだけの話、兄上があのプリンをすごく気に入って、何かにつけてはプリンを食べるようになったよ。兄上が家督を継いだら、ゼーロウ男爵家御用達のオヤツになるだろうなぁ」


「そうなんだ。男爵様がお気に召したのは知っていたけれど、アル様がそこまで気に入っていたとは知らなかったなあ」

 ヴィルミーナもプリンを口へ運ぶ。

「思えば10年以上前か。随分とまあ時間が経ったわね」


 プリンを食べ終えて珈琲を啜った後、レーヴレヒトは尋ねる。

「財閥を立ち上げるまでは達成した。これからは?」


「まずは各事業を軌道に乗せる。それと転炉と動力機関の開発は実用試験へ進めるわ。それから資源調査と採掘技術の研究もね」

「それは目先のことだろう? 中長期計画は?」


「財閥の活動圏となる自由市場経済圏の確立。私が世界中のどこでも好きなようにビジネスをできるようにね。それと基幹技術と核心技術の育成と発展。これをしっかり保てば、後続の組織や国が台頭してきてもリードを失うことはない」


 先進国と後進国の絶対的な差はこの部分に出る。アジアや東南アジア、中東、アフリカ諸国が経済的に裕福となってきても、自国内でこの部分を成し遂げられないため、結局は先進国の『お客様』や『労働者』から脱却できない。


「そのためにも、まずは戦時増産で大量生産した兵器や機材を各国へ輸出したい。多少割安にしても良い。特に工業製品を世界各地に輸出したいわ」


「そして、ベルネシアの工業規格を世界的な標準規格にするわけか」

 わずかな情報量から、レーヴレヒトはあっさりと本質を見抜く。


 打てば鳴るようなこの返し。ヴィルミーナは満面の笑みを浮かべる。

「そのためにも、御上を説得して通商関係に関わりたいんだけれど、どうも仕手戦で王国府に睨まれちゃって」


「クレテア国債の件か。王国府にしてみれば面白くないだろうし、王家にしたら君の存在感は強くなり過ぎたからな。少し大人しくしていた方がいい、が……君の計画を鑑みるなら、ここが勝負のしどころか。ここで後れを取るかどうかで、君の計画推進速度が大分変わるな」


「案はある?」

「……この際、逆に発言力を強めよう。王国府に睨まれようと王家と密接な関係にある限りは連中もこちらを潰せない。まあ、連中は王家に君の頭を抑えられるようあれこれ讒言を弄するだろうけどな」

 レーヴレヒトはカップを手にしたまま続けた。

「ついでに軍とも関係を深めたい。何か出せるものは?」


「……新型銃砲の開発ネタはある。ただし、転炉が要るし、鉱物資源も要るわ。各種工作機器の高性能化も必要。もちろん、技術者と学者も要るわね」

「必要なものだらけだな」

「レヴ君には気分が悪い話かもしれないけれど、私の前世時代とこの時代の技術差は凄いんだから。今までみたいな簡単なものと違って、再現するために基礎から技術水準とかいろいろ成長させないと無理」


 ヴィルミーナの回答を聞き、レーヴレヒトは大きな嘆息を吐いた。

「今までも相当苦労した気がするんだが」


「主にレヴ君がね」

 悪戯っぽく笑うヴィルミーナ。そして、表情を引き締めて、言った。

「動力機関搭載船舶を造船して軍に売り込んでみる。当分は沿岸運用が関の山だろうけれど、帆船とは段違いよ」


「ふむ。造船費用はどうする? かなり高くつくのでは?」

「世界に先行してノウハウを独占できるんだから安いものよ。それにお金はたっぷりあるし」

 不敵に笑うヴィルミーナに、レーヴレヒトは『どんだけ儲けたのやら』と思う。


「軍の方はそれで良いとして、王家の方に何かアイデアは?」

「そうねえ……」

 ヴィルミーナは少し考えてから、

「ねえ、レヴ君。今回の戦争でクレテア側の大砲って鹵獲されてるの?」


「? ああ。それなりの数を鹵獲してる。例の新兵器とかもね。まあ、遺棄時に破壊していった砲も相当数あるようだから、使える物はどれほどあるかは知らない」


「その壊された大砲って購入できるのかしら?」

「出来るよ。鋳潰せば金属として再利用できるからな。そんなものどうするんだ?」

 訝るレーヴレヒトへ、


「人間、努力や苦労した分は褒められたいと思うものよ。実利が無くてもね」

 ふふんと鼻を鳴らして微笑んだ。


           〇


「ヴィルミーナがまたぞろ面倒なことを考えてるぞ」

 国王カレル3世は嘆息と共に書類を机に放った。宰相ペターゼン侯が凶報を聞かされたようなしかめ面を浮かべる。


 ヴィルミーナが国に無断で大規模仕手戦を仕掛け、莫大な財を築いた件は、王国府でかなり深刻に問題視されていた。一部からは資産没収すべきという過激な意見まで挙がっている。


 ペターゼン侯は辟易顔で尋ねた。

「またですか。少しは大人しくして欲しいもんですな……で、今回は何を?」


「中長期経済戦略計画の上申と、エドワードの結婚に関する恩賜品配布についての提案だ」

「前者は聞くのも恐ろしそうですね。で、後者の方は?」

「エドワードの立太子と結婚を祝う恩賜として、同時に先の戦に対する将兵と民の献身を顕彰した記念勲章を配布してはどうか、ということらしい」


「記念勲章?」と訝るペターゼン侯。


「ああ。全ての将兵には王太子のメダルを。銃後で軍事協力した補助員や民に王太子妃のメダルを配布するそうだ。まあ、アイデアとしては悪くないと思う」

「しかし、そうなると万単位で必要になります。費用と資材はどうするんです?」


「費用は名目上、王家と親戚衆の寄付になるが、実際はヴィルミーナが負担する。それと、資材に関しては鹵獲したクレテア軍の青銅砲を鋳潰して使うそうだ」

「青銅、ですか?」

「どうせ売り飛ばす奴が出てくるから高価なものにしなくても、ということらしい。あくまで純粋な名誉顕彰品ということだな」


「なるほど……」

 ペターゼンがメリット、デメリットについてあれこれ検討し、

「ワーヴルベークで実際に戦った王太子夫妻と国民が同じ勲章を佩用する、というのは王家と民衆の結束を促せますし、敵の砲を鋳潰してというのも諧謔があって良いですな」

 注文を付け加える。


「ただ、イストリア人義勇兵達には別途に何か欲しいです。彼らは同盟国の危機へ自主的に駆けつけたことになっていますし、南小大陸で我々が協力していることに対するバーターを促せます。イストリア人はこういう面目にこだわりますから」


「とはいえ、あまり派手なことをすると、我が国の将兵や民が不公平感を抱くぞ?」

「金銭は角が立つのでメダルに加え、袖章か肩章を与えてはどうでしょう。義勇兵団は皆、軍人ですから分かり易く箔になる物が良いかと」


「よし、それで行こう」

 ふう、とカレル3世は息を吐いて、声を潜めた。

「実はな。正式に、ではないが、ヴィーナから内々に連絡があった」


「まだ何かあるんですか」勘弁してくれと言いたげなペターゼン侯。

「婚約したい相手がいるそうだ」

 カレル3世の言葉に、ペターゼン侯は目を剥いて仰天した。


「!? どこの誰ですっ!? 滅多な相手では困りますよっ!?」

 ヴィルミーナはただの王族令嬢ではない。莫大な資産を持ち、多業種に渡る大組織を有する大資本家で大実業家だ。国債の38パーセントを保有する点も無視できない。国外へ嫁ぐのは論外だし、国内だって相手次第では大問題だ。


 宰相の慌て振りに先日の己を見た気分になり、カレル3世は苦笑いを浮かべた。

「幼馴染の男爵家次男坊だよ。特殊猟兵戦隊の特期だそうだ。実家に政治色はない。少々経済的に裕福な木っ端男爵家だな。夫人はユーフェリアの学友と聞いている」


「政治的に問題がないのは幸いですが、男爵家次男坊ですか。家格に差がありすぎますな」

 ペターゼン侯は考え込む。せめて伯爵家辺りならぎりぎり釣り合いもとれるが、男爵家は家格が低すぎる。こういう格差結婚はいろいろ面倒が生じ易い。


「その辺は放っておいてもユーフェリアが何とかするだろう。おそらくは“あの家”に養子縁組を依頼して結婚させる気だな。あいつはとことん俺と母上と王国府を恨んでる」

 ユーフェリアが唯一心から愛した貴族青年。彼の家は伯爵家だった。


 倦んだ面持ちのカレル3世へ、ペターゼン侯は同情を滲ませた。

「それは仕方ありません。王立学園を中退させて、恋人と無理やり別れさせて、挙句、その恋人を外洋領土送りにして病死させてしまったんですから。無礼を承知で言いますが、先王陛下はあまりにも人心というものを軽んじ過ぎました。ユーフェリア様でなくとも恨みますよ」


「俺もあのクソ親父を擁護する気は全くない。が、今回、聖冠連合が動かなかったのは、クリスティーナを嫁がせていたから、という点も大きいだろう?」

「陛下。戦略の正否と人心の評価は別ですよ。たとえば、世界を征服できる代わりに我が国の民を半分死なせる、と言われて承服できますか? 民は反乱を起こしますよ」


「納得だ」

 仰々しく息を吐いて、カレル3世は手元のカップを口元へ運ぶ。お茶は冷えていた。

「ヴィーナはもう隠しきれない。その点ではこの婚約は丁度良い。諸外国から面倒話が持ち込まれずに済む」


「とはいえ、本格的に首輪を掛けるべきです。このまま放っておくと、何をしでかすかわかりません。先の仕手戦にしても成功したから良かったものの、下手すれば利敵行為、国家反逆ですよ」

 ペターゼン侯の指摘はもっともだった。カレル3世も大きく首肯する。

「王国府から適当な者を受け入れさせよう。人員の選定は任せるが、絶対にバカは使うなよ。あれは鬼っ子だ。腹を括ったらこっちも大火傷を負うぞ」


「御意のままに」

 ペターゼン侯はカレル3世の忠告を真摯に受け止めた。


       〇


 外洋領土派遣軍の戦力を引き抜いたことは、外洋領土各地に不穏な気配を招いていた。

 ベルネシアが最も重視している大冥洋群島帯や大天洋の木っ端領土はともかくとして、現地諸国と常に争っているような大陸南方領土や『火薬庫状態』と言われる大陸東南方は実にきな臭さを増していた。


 一方、イストリア植民地が独立戦争を起こしている南小大陸植民地は、イストリアの後方拠点と化しており、王党派イストリア入植者などが戦火を逃れて逃げ込んでくる始末。しかも同盟に基づいて協力してるもんだから、独立勢力からすっかり敵視視されてしまい、領境ではゲリラ襲撃を受け始めていた。


「戦争が終わっても次の戦争が控えている。仕事が絶えないのは良いものですな」

 特殊猟兵戦隊長ロン・デア・レヴェンヌ少将は冷笑を湛えて言った。


「貴様の露悪趣味は病気の域だな」

 陸軍大将が毒づくも、レヴェンヌ少将はにやりと一層楽しげに笑うだけだ。

「本国軍の再建に合わせ、陣地に依存した防御戦闘ではなく、臨機応変な機動防御を可能とする打撃部隊の編成案が出ている。現役特殊猟兵のノウハウを伝授させたい」


「ある程度の人員を供出しろと? 最精鋭を銃後に下げろとおっしゃるので?」

 露骨な不満顔を浮かべるレヴェンヌ少将へ、陸軍大将はなだめるように告げる。

「もちろん、引き抜かれる人員は栄転だ。昇進を確約する。それにな、貴様はともかく麾下将兵の中にはいい加減、本国でのんびりしたいと考えている者もおるのではないか?」


「そこを指摘されると弱いですな」

 レヴェンヌ少将は誰もが自分のような戦争愛好者ではないことを、きちんと承知している。

「将校半ダース。下士官兵一個小隊。人員の選定は私に一任させてください」


「よかろう。ああ、その人員は此度のような本国防衛線の際、率先して敵の擾乱襲撃を行なわせる。その点を考慮してくれ」

「なんだ。要するに本国防衛に特殊猟兵を手元に置きたいということですか。外洋領土で運用するために創設したというのに、なんとも本末転倒ですな」


「何をいまさら。軍隊だぞ。不条理と理不尽とは縁を切れんよ」

 陸軍大将の含羞に満ちた見解に、レヴェンヌ少将は笑った。


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