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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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80/336

閑話10:春期攻勢の彼ら彼女ら。

本編が戦争の俯瞰文章ばっかりなので……

表現を修正しました。内容に大きな変更はありません(12/18)

大陸共通暦1767年:ベルネシア王国暦250年:晩春。

―――――――――――――――――――――――

 イストリア人義勇兵団陣地の隣にある陣地で、アルブレヒト・ヴァン・ゼーロウ予備役少尉は腰に下げた軍刀を押さえつつ、塹壕内連絡通路を駆けていく。大隊指揮所へ飛び込み、指揮官のワイクゼル予備役少佐に報告した。

「少佐殿、第一線からの後退が完了しましたっ!」


「よし。伝令っ! 戦闘魔導士達に攻撃命令だっ! 第一線に飛びこんだクレテア野郎を歓迎させろっ!」

 命令を下すワイクゼル予備役少佐は野戦ずれした人間特有の迫力に満ちていた。伝令が弾けるように指揮所を飛び出していく。


「少尉。第一線隊の損害はどうだ?」

「思ったほどでは。負傷者は2割に達しますが、皆、戦闘可能です」

 水を向けられたアルブレヒトが応じる。


 アルブレヒトは結婚したばかりで新妻を残しての出征だった。貴族招集は次男坊以下が優先されるものの、家によっては嫡子や当主も招集される。下位貴族や準貴族など特に。


「良いぞ。敵の攻勢は始まったばかりだ。兵力維持を優先するのは間違ってない」

 ワイクゼル予備少佐は無精ひげが伸びた顎をさすりながら、にやりと笑う。

「まったく楽しくなってくるな、少尉。本国でも戦争が出来るとは思わなかったよ」


 外洋領土の大冥洋群島帯出身というワイクゼル予備役少佐は、なんでも現地の紛争で敵将を捉えて陞爵した準男爵だという。彼の御嫡女に至っては、ワーヴルベークを救った『聖女』だとか。なるほど、彼の血は根っからの英傑らしい。


 アルブレヒトは次期ゼーロウ家当主として代官――行政屋になることを求められ、自身もそうなろうと生きてきた。武人なんて憧れたこともない。当然、戦争なんて楽しくもない。

「自分が少佐殿の境地に辿り着く日は遠そうです」


「若いのに淡白な奴だなあ」

 からからとワイクゼル予備少佐は喉を鳴らす。そして、顔を引き締めた。

「報告、御苦労。隊に戻ってくれ」


「はっ!」

 手早く答礼し、アルブレヒトは指揮所を出た。ぬかるみ気味な塹壕内を進む足取りは鈍い。泥塗れの野戦コートや軍靴がひどく重く感じた。


 こんなところから早く故郷へ帰りたい。家族の、愛する妻の許へ帰りたい。


 不意に、先日届いた便りを思い返す。

 便りの内容は弟レーヴレヒトの消息が判明したことだった。あれほど手紙に驚いたことはない。

 四年間音信不通で行方不明だった三歳年下の弟は、なんと特殊猟兵として外洋領土で戦っていたらしい。そして、この戦争へ既に参加しているとも、あった。

 まったく本当に想像の斜め上を行く弟だ。軍に招集されて特殊猟兵の機密性を知ったが、それでも便りを寄こすくらいの知恵と気遣いを巡らせればよいものを……おかげで結婚式に呼ぶことが出来なかった。


 『家族を欠いて式を挙げるのは』と母は渋ったが、今回の戦争と先方の都合もあって、やむを得ず式を執り行ったのだ。

 まあ、結婚式自体は良い式だった。忙しい間を縫って王妹大公ユーフェリアと令嬢ヴィルミーナも顔を出してくれた。おかげで嫁実家の伯爵家方もゼーロウ男爵家を軽んじることはなかった。


 あれこれ考えているうちに、アルブレヒトはますます厭戦的な気分が強くなってきた。


 と。陣地第一線の方から爆炎が上がり、凄惨な悲鳴の合唱が聞こえてきた。近くにいた兵士が残忍な笑顔を浮かべている。

「ははは。クレテア野郎は良い声で鳴きやがる。ざまあみろ。ははははは」


 イカレてる。とアルブレヒトは思う。強く思う。

 レーヴレヒト。お前はどうやってこんな世界に耐えてるんだ?


     〇


 春季攻勢開始直前、義勇兵団指揮官ウィットナー中佐は将兵へ発破をかけていた。

「イストリア連合王国の名誉や栄光はひとまず忘れろ。我々が思い出すべきは一つだ。我々に向けられた笑顔と声援を思い出せ。彼らの期待と願いを裏切ることを受け入れられるか?」


『否っ!』


「彼らを失望させる者はいるか? 彼らに我々は無力だったと詫びたい者は居るか?」


『否っ! 断じて否っ!』


「よろしい。ならば見せてやろう。我らイストリア連合王国人の力を大陸西方人達に見せてやろう。国王陛下万歳っ! イストリアに栄光あれっ!」

『国王陛下万歳っ! イストリアに栄光あれっ!』


 かくして、イストリア義勇兵の戦いが始まった。

 春期攻勢において、クレテア軍がイストリア人陣地に重点を置いたことは間違っていない。


 精鋭主義で鍛え上げられているベルネシア正規兵と比べ、イストリア義勇兵は二線級部隊並みの練度と実力しかなかった。装備にしても特別秀でているものは何もない。

 それでも、イストリア義勇兵達は津波の如く襲い掛かるクレテア軍に一歩も引かなかった。


 はっきり言おう。

 イストリア軍は嫌われ者である。

 諸外国でも自国外洋領土や植民地でも、現地人からだけでなく入植した同胞からすらも嫌われている。


 それは彼ら自身の粗暴さや尊大さが原因であり、外洋領土や植民地統治のやり口があまりに高圧的かつ強欲的だからであるが、ともかく、イストリア軍はどこへ行っても基本的に厄介者扱いで歓迎されない。


 加えて、長期に渡ってイストリア本国が戦禍から無縁となった影響が大きい。イストリアの戦争が外洋や他地域に移り、防衛戦争より侵略戦争が中心になった。これは悪しざまに言えば、イストリア人にとって軍隊は祖国の守護者から、国家公認の群盗集団に近しいものになっていた。


 ところがベルネシアに来てみれば、危急存亡の秋に駆けつけてくれた援軍として歓待してくれた。外国人から歓呼で迎えられ、女子供から花を贈られたことなんて、彼らは一度として経験したことが無い。外洋の戦争で勝利して本国に帰っても、同胞がこれほどまでの敬意を示してくれたことは、これまで一度もなかった。


 下士官兵達があまりの歓迎振りに気恥ずかしくなって、日頃の粗暴さや尊大さが鳴りを潜め、礼儀正しくなったほどだった(これにはイストリア将校達が一番驚いた)。


 簡単に言えば、イストリア義勇兵達はベルネシアが好きになった。自分達を守護者として頼ってくれたことが嬉しかった。敬意を示されたことが嬉しかった。

 中には恐れ慄かれて悦に入る輩も居るが、真っ当な人間なら嫌われるより好かれたい。褒められたい。讃えられたい。戦争に勝つとしても、恨まれるより感謝されたい。


 クレテア兵達には想像もつかないだろう。

 イストリア義勇兵達は純粋な好意と厚意からベルネシアのために死力を尽くしていた。この戦争でベルネシアをクレテアから守りきり、感謝されたくて戦っていた。

 実にばかばかしく、実に清々しい動機で、彼らは死闘に臨む。


     〇


 突出部の近衛軍団陣地が突き崩された時のことを振り返ってみよう。

 カーレルハイト侯爵家嫡男アーベルトは、側近衆ニーナがジゴロに引っかかったネタをヴィルミーナにサしたビジュアル系男である(5:4b参照)。


 ヴィルミーナに懸想して熱烈にアプローチしつつも振られ続けている彼もまた、招集されて戦場に居た。

 アーベルトのいた陣地は近衛軍団陣地に接していて、クレテア軍の猛攻、そのとばっちりを受けた。


 勇敢なクレテア直射砲兵達が身体強化魔導術を駆使し、重たい火砲を手押しで射程まで運んでいく。弾幕に晒され、打ち倒されて脱落していく砲も多いが、二門が射程まで進入。

 豪快な一撃を放つ。


 トーチカが吹き飛び、中にあった魔晶炸薬が殉爆して大爆発が生じた。

 アーベルトは爆発に巻き込まれながらも、奇跡的に無傷で生き延びる。姉が出征前にくれた聖牌の加護か。ヴィルミーナが渋々贈った防護ベストのおかげか。


 とまれ、爆発の衝撃波を浴びて脳震盪気味のアーベルトは傍らに落ちていた棒切れを手に、ふらふらと元トーチカのクレーターから陣地外に出る。

 そして、棒切れをかざした。本人は軍刀のつもりだが、脳震盪のせいで違いが分からない。


「やあやあ、わーれこそはぁカーレルハイト侯爵家ぇが嫡男、アーベルトなりーぃっ! 我が名を恐れぇぬ者どもよぉ~、かかってぇこぉーいいっ!」


 突如、名乗りを始めたアーベルトに、周囲の兵士達はぎょっとし、クレテア兵達は呆気にとられる。

 と、上空に巻き上げられていた土砂が降り注ぎ、拳大の木片がすこーんとアーベルトの頭に当たった。


 アーベルトは目を白黒させ、

「おのれ、不意打ちとはひきょーなー……」

 そのまま白目を剥いてクレーターの中へ転げ落ちた。


 ・


 ・・


 ・・・


「むむ。これは……」

 彼が意識を取り戻したのは、陣地をクレテア兵達が制圧し、少数の兵士達共々捕らえられた後だった。


 彼が殺されずに済んだのは、あの名乗りを見聞きしたクレテア兵達が「侯爵家の倅って言ってたし、捕まえとけば手柄になるんじゃね?」と思ったからだ。


 そんな実利的な事情で捕らえられたアーベルトに対し、クレテア側の扱いは悪くなかった。男性的勇気を重んじるクレテア男達は、アーベルトの馬鹿馬鹿しい行いを苦笑い混じりに認めたのだ。

 同じく捕らえられたベルネシア兵達にしても、この素っ頓狂な若者を嫌うのは難しかった。

「若殿さん。無茶すんなよ。御家が絶えちまうぞ」「ちゃんとたんこぶ冷やしとけよ。バカになっちまうぞ」「ほら、燻製肉があるぞ。しっかり食っとけ」

 面倒見てやらないとダメな子、という扱いだったが。


 こうして、アーベルトは他の者達より早く戦争が終わった。


      〇


 コレット・ヴァン・ナスコルは気づけば、野戦病院の裏ボスになっていた。

 正規軍の軍医も衛生兵も、他の軍事補助員達も、教会のボランティア達も、イストリアのボランティア団も、コレットの管理監督下で業務を遂行していた。


 なぜこうなったのか。

 コレットはヴィルミーナの派閥客分としてあれやこれやと扱き使われて事務方仕事、この場合はより広義に、総務と業務マネジメントの術を実地で体得していた。


 軍事補助員として送り込まれた野戦病院で、コレットはその運営があまりに無駄が多く、自転車操業的だったため、ヴィルミーナの下で学んだ手法や知識を駆使し始めた。


 煩雑で膨大な業務の類型化と優先順位の確立。人員の再配置とローテーション体制を構築してわずかでも休息時間の確保。物資の管理と各種作業の効率化。他部署との折衝。軽傷者の軽作業協力とセルフサービス化などなど……


 医療や看護の管理運営は特殊で、現代でも極めて専門性が強い。ゆえに、コレットのやったことが正しいとも限らない。


 ただ、コレットはイキリ転生者みたいにハナから自分が正しい、自分のやり方が優れているといった傲慢さを示さず、自分に出来る範囲からコツコツと働き、周りときちんと相談し、検討し、時には根回しなどを頼んで、一つ一つ問題を解決、改善していった。


 いつしか周囲はコレットに好感や敬意を抱くようになり、いろいろなことでコレットを頼り、恃み、委ね、任せるようになっていった。今や野戦病院の責任者である大佐すら、コレットへ独自権限を認可し、作業オフィスを用意させている。


 もっとも、こうした状況に至っても、コレットは驕ることなく、他の軍事補助員と同様に重傷病兵のシモの始末をしたり、血塗れの包帯やシーツなどを洗濯したり、飯係や雑務もコツコツとこなした。


 コレットにしてみれば、特別立派なことをしているつもりはない。というか……

「私、自分が出来ることしかやってないよー。頼られても困るよー」

 と苦笑い。


 そんなコレットに周囲はますます好感を強め、敬意を深めた。イストリアのボランティア団員ブレンダ・ルシニアなどはすっかりコレットに心酔し、『私の先生』と言ってはばからない。


 もっとも、軍隊という理不尽と不条理の権化みたいな組織で、優秀さを示すということは、理不尽と不条理の標的になることを意味する。


「? 野戦衛生管理官? なんですか、それ?」


 野戦病院の“表ボス”である大佐に呼ばれたコレットは、怪しげな腕章を渡され、聞き慣れない役職名を問い返す。


「ん。君のことを報告書で挙げたらな。正規の役職を与えて、その手腕を奮ってもらうことになった」

 大佐はしれっと言い、

「こんな話をするのは心苦しいんだが……治療や看護の人員以上に、野戦病院を監督運営できる人間が足りないんだよ」

 ばんばんと力強くコレットの肩を叩いた。

「というわけだ。私は前線の野戦病院へ移るから、ここの野戦病院は任せたぞっ!」


 コレットは20秒ほどぽかーんとした後、

「ファ―――――――――――――――――――――――――――――っ!?」


 そう、このベルネシア戦役中、王立学園生で”軍属として”最も立身出世したのは、宣伝部隊の隊長を務めた第一王子エドワードでも、聖女と謳われたアリシアでも、銃後で辣腕を振るったヴィルミーナでもない。

 野戦病院一つを切り盛りした『野戦衛生管理官』コレットなのだ。

 出来る女コレット。


      〇


 王国南部で死闘が繰り広げられている中―――

 ベルクラウアー侯爵令嬢リザンヌは一糸まとわぬ姿でベッドを出て窓辺に立ち、その優艶な肢体を夏の朝日に晒した。


 Hカップに達する巨乳。きゅっとくびれた滑らかな腰回り。むっちりしたお尻。AVスカウトマンが見たら十年に一度の逸材とか言っちゃうだろう恵体。


 緩やかな縦巻きパーマの施されたゴージャスな髪を掻き上げ、リザンヌは肩越しにキングサイズの大きなベッドを窺う。


 昨晩、たっぷり“搾り取られた”婚約者ユルゲン・ヴァン・ノーヴェンダイクが、裸で大の字になって昏々と眠っていた。

 身長180代半ばで筋骨たくましい若い身体は、まるで名匠が手掛けた裸体像のようだ。


 リザンヌは目を細め、唇を舐める。絡新婦(じょろうぐも)みたいにベッドへ歩み寄り、ユルゲンの隣に腰を下ろしてユルゲンの身体に触れ、指を這わせていく。


 美しい鎖骨ぅ。厚い胸板ぁ。六つに分かれた腹筋(ふっきーん)。たっまんねーなあ、おいぃっ!


 リザンヌは唇から溢れかけた涎を、じゅるりと舌で舐め上げる。


 優艶な肢体を持ちつつも、その気位と気性の強さから同年代の男子に敬遠され、さっさと婚約者を捕まえた同期からマウントを取られて煽られてきた。

 が、年下の若いイケメン、しかも第一王子側近衆を見事にゲットしたことで、今はリザンヌが周囲にマウントを取って優越感をたっぷり味わっていた。

 まあ、”味わって”いるのは優越感だけではないけれども。


 リザンヌはユルゲンの右胸部下辺りに刻まれた銃創痕へ指を添わせる。

 ワーヴルベークでユルゲンは先頭に立って戦い、被弾した。即座に回復剤や治療魔導術で治療されたから命に別状はなかったものの、リザンヌは大いに肝を冷やした。


 こんな”優良物件”は二度と望めない。何よりも、子供を儲けぬうちに死なれてはかなわない。


 もはや体裁に構っていられぬ。というわけで、王都に帰還してきたユルゲンを半ば誘拐気味にベルクラウアーの王都屋敷に連れ込み、以来『療養』と称して……子作りに励みまくっていた(ユルゲンが泣きを入れるくらいに)。


 婚約はしてあるし、破棄などありえない事実婚状態だし、ノーヴェンダイク家も了承済みだから、何も問題はない(哀れなユルゲン。逃げ道無し)。


 戦争の行方がどうだろうと知ったことではない。リザンヌにとっては、この年下イケメン亭主と子供を儲けることこそ、人生を賭した戦いなのだ。


 リザンヌは艶めかしく微笑み、ユルゲンの頬を撫でる。

 ハニー。貴方にはドンパチ遊びよりももっと大事なことがあるのよ。私と可愛い子供を作って、私を次期国王陛下の側近夫人にするという大事な大事なことがね。


 これもまた、銃後で起きていた御家存続の戦い。

感想。評価ポイント。ブックマーク。お待ちしておりまする(真剣)。

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[良い点] 女性キャラの唯一無二のクセ強キャラだけど みんな魅力的で箱推し状態ですわ!
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