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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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74/336

8:1

大陸共通暦1767年:王国暦250年:初春。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム

 ―――――――――――――――――――――――――

「コルヴォラントの伝手が欲しい?」

「はい、お母様。此度の案件ではコルヴォラント方面の伝手が必要なんです」


 愛娘の要望に、王妹大公ユーフェリアは眉間に皺を刻む。

 年月を重ねて益々華やぐスーパー美熟女のユーフェリアが、豪奢なソファに身を預けて渋面を浮かべる様は、女帝のような気品と迫力があった。


「コルヴォラントもベルモンテ公国も風光明媚な美しいところで、食べ物は美味しかったし、多才で文化的な土地だった」

 ユーフェリアは淡々と語る。


 王妹大公屋敷は来客応接室を筆頭に、コルヴォラント産の彩り華やかな調度品などが多く用いられている。これは嫁ぎ先から出戻りする際、夫の遺品を根こそぎ持ち帰ってきたからだけでなく、ユーフェリア自身も好んでいるという事情があった。


 ユーフェリアは目を細め、吐き捨てるように告げた。

「でも、あそこに住んでいる人間は最低よ」


 嫁いだ相手は病的性欲者(サチリアジス)な種馬野郎。卑しい愛人共は傲慢で尊大で無礼極まりなく、その子供達は生意気で可愛げのないクソガキ共だった。舅姑は嫌な奴らで、周りの連中はロクデナシかバカかクソ野郎ばかり。


 何より、あの種馬男にされたことは今でも覚えている。時折、鮮明に記憶が蘇り、耐え難い怒りと憎しみと殺意に駆られる。


 はっきり言おう。ヴィルミーナを身ごもった時に抱いた感情は、最低最悪だった。まったく愛していない男の子供を孕んだという事実に絶望し、その子供が育っていくことに恐怖した。


 耐えきれなくなって御付き侍女に泣き縋ったこともある。

 この子が怖い。この子を愛する自信がない。この子を嫌わず、憎まずにいる自信がない。


 だが、生まれてきた赤ん坊を目にし、腕に抱いた時、全ての感情が一瞬で逆転した。天使のような我が子を抱きながら、ユーフェリアは誓ったのだ。

 この子だけは何があっても幸せにする、と。


 であるから、ヴィルミーナの願いは全て叶えてやりたい。叶えてやりたいが……

「ママはベルネシアに帰って以来、ベルモンテとは一切関わりを持ってないから、助けにはならないわ。それに、関わりを持つべきではないと思う。私は既に赤の他人だけれど、ヴィーナは異母兄姉や親戚連中と血のつながりがある。面倒なことになるかもしれない」


 大陸西方コルヴォラントは小国家群――下手すると都市国家群――が群雄割拠している状態で、加えて北部はクレテアと聖冠連合の影響が強く、地中海を挟んだ大陸南方勢力が常に襲い掛かる機会を窺っていた。こんな土地柄のため、コルヴォラントの特権層や富裕層は少しでも信用できる地縁血縁を重視していた。


「ユーフェリア様、よろしいでしょうか」

 古参侍女の一人が口を開く。

「なぁに?」言葉は柔らかいが、ユーフェリアの目つきは厳しい。

「御家の御用商会を呼んでは如何でしょう? 彼らならまだ現地に伝手があります。話を聞いてみてはいかがですか?」

 怖気づくことなく古参侍女が提案した。


 少し考え、ユーフェリアは鷹揚に首肯する。

「クライフか。良いでしょう。すぐに呼びなさい」


     〇


 王妹大公家御用商人アルフレート・クライフは70近い爺様で、ヴィルミーナが物心ついた時には、王妹大公家の御用商人を務めていた。


 ヴィルミーナが前世覚醒した後、ガキの時分から投資だの出資だの出来た理由は、母ユーフェリアの理解とクライフの協力が大きい。事業を拡大して信用できる幹部職がまるで足りなかった時、人手を回してくれたのも、クライフだった。


 クライフはユーフェリアが唯一愛した貴族青年の叔父にあたる。

 兄が家督を継いで貴族籍を失った後、行商人から身を立てて成り上がった立身の人物だ。

 甥とユーフェリアの恋を応援し、いろいろと便宜を図ったのもクライフだった。


 甥の死後も、甥が愛したユーフェリアを支え続けている。ユーフェリアがベルモンテへ嫁いだ時も、ベルネシアからベルモンテまで出張るようになり、出戻りの際にも大いに尽くした。

 その姿勢は誰の目にも王妹大公の忠臣としか映らない。


「なんとまあ、気宇壮大な企みを図ってらっしゃいますな」

 話を聞いたクライフは楽しげに喉を鳴らす。


 中肉中背で背筋が通ったクライフはどこかマフィアの老頭目染みた凄味があった。

「まず、ユーフェリア様の亡夫御愛妾方とその御子様達ですが……」


「酷い有様なの?」

「然り」

 眉をひそめたユーフェリアへ、クライフは簡潔に応じた。


 ユーフェリアが夫の財産と遺品(というか金目の物)をごっそりがっつり持ち去った後、愛人達は残されたわずかな財産を巡り、仁義なき残虐ファイトを開始した。

 そこへ、夫の身内が『愛人と私生児如きに相続権を認めぬ』と横取りを図ったため、王家を巻き込んだ抗争劇に発展。


 結果、愛人11人のうち、生き残ったのはわずか4人。うち2人は投獄されて今も幽閉中。もう2人も他国へ逃げたという。異母兄姉8人中、生存は3人だけ。唯一の男子は商船の雇われ船長。女子は1人が死ぬまで修道院幽閉が確定。もう1人は母親と共に逃げた先で大貴族の愛人をやっているらしい。


 王家の側も愛人達の抵抗で笑えない犠牲を払ったそうだ。その最たる例が公太子の嫡男が毒殺されたことで、その結果、現在のベルモンテ公国では跡目争いが深刻化しているとのこと。

 まさに骨肉の争いやなあ。おお怖い怖い。


 話を聞き、ヴィルミーナは異母達と異母兄姉達の悲惨な有様に、他人事の感想を抱く。同情しようにも顔も名前も知らず、赤の他人と大差が無いのだから厳しい(ユーフェリアも家人達も敢えて口にしなかったし、ヴィルミーナも触れなかった)。


「とち狂って私達に手を出してこなかったのは幸い、とみるべきかしら」

「さようですな」

 ぼやくユーフェリアへにっこりと微笑むクライフ。ヴィルミーナは直感的に悟る。

 この爺様が防いだか。ひょっとしたら……私のお父様が死んだ件にも、何かしら関わっとるかもしれへん。


“まあ、かまわんけど”。


 亡父は結婚前に愛人を11人も囲って私生児を8人も生ませ、嫡子が生まれたばかりというのに愛人とクルージングに行くような人間だった。

 はっきり言おう。亡父のことは父親ではなく精子提供者だと思っている。


「歴史書にベルモンテ公王家没落を招いた奸婦とか記されそうね」

 くすくすと楽しげに笑うユーフェリア。その笑顔にある感情は一言で表現できる。

『ざまあみろ』だ。


 クライフは微笑みながらお茶を口に運び、ヴィルミーナへ提案した。

「ヴィルミーナ様のご計画ならば、ベルモンテの伝手を辿るより、タウリグニアを狙った方が容易いかと」


 大陸西方コルヴォラント北部タウリグニア共和国は、独立を保つ代償にクレテアの属国状態にあった。クレテアが征服したり併合したりしないのは、タウリグニアの土地が貧しく、身銭を切って統治するより、属国にして『友達料』をふんだくる方が楽だったから。

 タウリグニアは属国状態や『友達料』に不満はあるが、クレテアの庇護が無ければ、拡大主義の聖冠連合に食われかねない。

 実際、十数年前にコルヴォラント北東部が聖冠連合に征服されているし、婚姻同盟を結んだクレテアと聖冠連合は今もブングルト大山脈のティロレ地域を巡って係争中だった。


「属国のタウリグニアならば、さほど警戒されずにクレテアの債券を購入できるかと」

「直接の戦火を交えたことは無いけど、宗教的に対立している地域よ? 大丈夫?」

「そこは某にお任せいただきたい。必ず御意を叶えてご覧にいれましょう」

「? まさか自ら乗り込む気?」


「ヴィルミーナ様が御身代を賭した勝負に臨まれるなら、某も身命を賭すが当然ですとも」

 さらりとのたまい、しゃがれた笑い声をあげるクライフ。

「某も年貢の納め時が迫っておりますれば、体が動くうちに斯様な大勝負が出来ること、商人の本懐でございます」


 ヴィルミーナは大きく眉を下げた。殺してもくたばらんような顔して、よぉいうわ。

「あら、クライフにはヴィーナの子供とも商ってもらうつもりよ」と微笑むユーフェリア。

「ですね。クライフにはまだまだ現役でいてもらわないと」


「ははは。これはこれは。引退が遠のきましたか」

 クライフはひとしきり笑った後、御茶を啜ってから話を続ける。

「仕掛けを複数方向からお考えとのことでしたが、ガルムラントからも?」


「ええ。それなりの伝手があるからね」

 ベルネシアとエスパーナは外洋権益を巡る抗争関係で、辛うじて国交がある程度。後は私交易と密貿易が行われているくらいだ。ヴィルミーナは外洋貿易の『ついで』として、密貿易にも噛んでいる。もちろん、間に麾下外貿易商などを挟んでおり、直接は関与していない。立場というものがある。


「ふむ……それは少し心もとないですな。できれば、より大口の取引が出来る伝手を使った方が良いかもしれません」

「心当たりが?」


「王弟大公夫人ルシア様に御協力いただければ、可能ですな」

 ベルネシア王家の暴れん坊王弟フランツ、その細君であるルシアの実家は、大陸西方ガルムラントからの亡命貴族だ。


 エスパーナ帝国が大陸西方ガルムラントをほぼ制した際、エスパーナに降るを良しとしなかった者、あるいは、捕まったら命が危うい者達は大陸西方の他地域や北方などに亡命した。


 先王は末子のフランツと亡命貴族の娘ルシアを結婚させ、亡命貴族達をフランツと生まれてくる子の下にまとめようとした。が、フランツとルシアの間に子が出来なかったため、離縁させて改めて嫁を取らせようとしたところ、フランツはルシアを連れて出奔してしまった。

 つまるところ、先王の婚姻政策はほぼ失敗に終わっている。子供に恨まれただけだった。


「ルシアおば様を悪企みに巻き込むと、フランツ叔父様が怖いわよ?」

「そうねえ。フランツは本気でアホだから、ルシアが火の粉を被るようなことになると、危ないわねえ」

 ヴィルミーナの懸念にユーフェリアも同意する。


 も、クライフは微苦笑を返した。

「御心配は御無用です。ルシア様が直接どうこうする訳ではありません。ルシア様の御紹介があれば、縁が持てる手合いがおるのです」


「……エスパーナ内の抵抗勢力か」

 大陸西方ガルムラントはエスパーナ帝国の一強状態だが、エスパーナに敗れて飲み込まれた連中が根強く抵抗している。大っぴらに反抗していなくても、内心で反感を持ち、嫌悪し、憎悪し、怨恨を抱いた人間が相当数存在する。


「とはいえ、我々とエスパーナは外洋でやり合っている。難しいのでは?」

「そこもやりようですよ」

 創意工夫と臨機応変か。やれやれ。

 ヴィルミーナが小さく息を吐くと、クライフがにやりと笑った。

「実は某からも、ヴィルミーナ様にお願いがございますれば」


「ん? 珍しいわね。貴方からお願いなんて」

 目を瞬かせ、ヴィルミーナは忠臣クライフが何を言うのか興味を示す。

「それで、なにかしら? 私に出来ることなら何でも応えるわよ」


「ありがたき御言葉。然らば、言上仕る」

 クライフは居住まいを正し、『お願い』を口にした。

「ヴィルミーナ様の許で若者を一人預かって頂けませぬか?」


「? ひょっとして、クライフの隠し子?」

 クライフは独身だ。愛人の類は幾人か居たが、子供は居ない。噂では、彼には心から愛した女性が居たものの、身分違いから結婚できなかったのだとか。自身の悲恋があったからこそ、甥とユーフェリアの恋を後押しし、亡き甥に代わってユーフェリアを支えているのかもしれない。


「手厳しい御冗談ですな」クライフは困り顔で顎先を撫で「若い連中の中にえらく目端の利く者がおりましてな。当代きっての才媛たるヴィルミーナ様の御側で大商いを学ぶことができれば、と愚考する次第」


「へえ」ヴィルミーナは興味深そうに「これは純粋な疑問として聞くけれど、それほど優秀なら、クライフが手元で育てた方が良いのでは?」


「某のような小身のおいぼれ商人が育てたところで、たかが知れましょう。優れた若者には大きく育つ機会を与えたくあります。お聞き入れくださいますようお願い申し上げます」


「……いいわ。クライフがそこまで言うなら、預かりましょう」

 クライフの商会なら身元も人品も折り紙付きやろしな。世話になっとるし、ええやろ。

「ありがたき幸せ」


 仰々しく応じるクライフにヴィルミーナが微苦笑を浮かべていると、脇でやり取りを眺めていたユーフェリアがちょっぴり気まずそうに言った。

「……ついでにママのお願いも聞いてもらおうかなあ」


「? お母様もですか? なんです?」

「実はゴセック大主教様から、ヴィーナと話す時間を設けて欲しいって頼まれちゃって……私の方で保留してたんだけれど……どうかな?」


「お母様のお願いなら是非もありません。構いませんよ」

「ほんと? ありがと、ヴィーナ」


「お安い御用ですとも」

 ヴィルミーナは快諾した。母ユーフェリアの顔を潰すわけにはいかぬ。それにまあ、義理立てするのは会うまでだ。ゴセック大主教はともかく教会には何の義理も借りもないのだから。


「となると、まずはルシアおば様にお会いして、次にクライフの言う才児と面談して最後にゴセック大主教様、といったところですかね。メリーナ。予定の調整をお願いできる?」


「はい。すぐに」

 控えていた御付き侍女メリーナが恭しく一礼する。

 魔導学院卒の魔導術士であるメリーナも招集される可能性があったが、“赤紙”は来なかった。そもそも、王妹大公家の家人子弟は招集されても後方勤務ばかりだった。むろん、母ユーフェリアがその影響力を行使した結果だ。


「ルシアおば様は王宮におられるのですよね?」

「フランツが出征したからね。その関係でルシアも王宮に詰めてるわ」


 王弟大公フランツは勝手に出征して戦場に立っている。なお、彼の出征に際し、母である王太后はただ嘆息をこぼし、兄である国王カレル3世は眉間を押さえて唸っただけだった。

 親戚衆曰く『あいつはある意味特別枠だから』とぼやき気味に言った。


「あの御仁はいつまで経っても若いですなあ」

 クライフが楽しげに喉を鳴らした。


「若いというか、歳だけ食って中身が成長していないというべきか」

 ユーフェリアは背もたれに体を預け、ちいさく頭を振った。

 ヴィルミーナは釣られるように微苦笑をこぼした。


「王宮に行くなら、御婆様と従妹弟達にお土産を用意しようかしら」

 ヴィルミーナは顎先を撫でながら、クライフに尋ねる。

「今時分と世情を鑑みるに、何か良い物はある?」


「甥姪達にはともかく、ママはあの人に土産なんて要らないと思うな」と不機嫌顔のユーフェリア。母ユーフェリアの実母に対する悪感情は根深い。

「まあまあ」

 機嫌を損ねた母をなだめる娘。


 2人の様子を、クライフは楽しそうに眺めていた。

 まるで祖父が娘と孫のやり取りを見るように。

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