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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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閑話8:侯爵令嬢デルフィネの場合。

大陸共通暦1767年:王国暦250年:初春。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム

 ―――――――――――――――――――――――――

 侯爵令嬢デルフィネ・デア・ホーレンダイムの話をしよう。


 ホーレンダイム家は名門中の名門であるが、建国時の王女降嫁話でハイスターカンプ家に負けて以来、巡り合わせが悪いのか、王家と婚姻を結ぶ機会が無かった。


 このため、ホーレンダイム家は自家から王妃を出すこと、あるいは、王女降嫁を賜ることを一族の悲願としてきた。


 第一王子と同じ年に生まれたデルフィネは、両親や親族から王妃候補として厳しく躾けられ、辛い英才教育を受けた。それは我が子の養育というより競走馬やゲームキャラの育成に似たものだった。子の幸せより一家一族一門の栄達を重んじる時代といえば仕方ないが……


 9歳の時に『茶会のビンタ事件』を起こした時、デルフィネは両親から激怒され、厳しく叱責された。思えば、デルフィネは両親にとって、自分は愛する我が子ではなく、一族の栄達の道具に過ぎないのだと気づいた。厳しい養育も愛するが故だと信じていたのに……


 結果として、第一王子婚約者競争でハイスターカンプ家御令嬢グウェンドリンに負けた時、デルフィネは父から怒号を浴びせられて頬を打たれ、母から口汚く罵られた。慰めの言葉はついぞ掛けられず、今後のことの話し合いも行われなかった。


 当時、デルフィネは多感な14歳だったが、それでもグレたり、捨て鉢になって道を踏み外したりしなかった。既に両親へ何の期待もしていなかったから。シスコンな兄達がデルフィネを守ってくれたから。

 そして、『身内の中の身内』リアを始めとする側近衆――友達が支えてくれたから。


 それだけに、デルフィネは初めての実戦で大事な友達を三人も失った時、心が壊れそうになった。いつも支えてくれたリアでさえ、立ち直れないのではないか、と思うほど深く傷ついていた。


 でも、ヴィルミーナが助けてくれた。ヴィルミーナが救ってくれた。ヴィルミーナが癒してくれた。


 デルフィネはヴィルミーナが嫌いだった。

 いつも自信たっぷりで、同い年なのに年上ぶった鷹揚さと余裕のある態度が気に入らない。片親しかいないくせに、それを補って余りあるほど母親から慈しみ愛されていることが妬ましい。何より、あの馴れ馴れしさが気に食わない。家格を気にせず卑賤な者とすら親しげに振舞うことが不快だった。


 ただ、一家一族を気にせず接してくるヴィルミーナにだけは、素で接していた。上っ面を気にすることなく悪態を吐いても毒舌を浴びせても悪罵を叩きつけても、ヴィルミーナはデルフィネに関わることを辞めなかったから。


 王都に戻されたデルフィネはイレーナの言葉を思い出す。

『デルフィネ様とヴィルミーナ様はまるで喧嘩友達ですね』


 友達なら……親しくしても良いよね。


      〇


 後方に戻されて以降、ヴィルミーナと側近衆は貴族令嬢ではなく、政商『白獅子』として支援業務に就いた。そんな裏技があるなら最初からそうしろよ、と思われるかもしれないが、貴族としての立場と商人としての立場、選ぶなら前者一択。それが貴族なのだ。


 さて。この時期、ヴィルミーナと側近衆は軍服姿で活動していた。自分達は戦争協力しているというパフォーマンスであり、作業着として軍服の方が何かと楽だった。なお、アレックスは軍服が大層似合い、軍装の麗人として評判になった。


 そんなヴィルミーナと側近衆に交じり、あれこれと雑務に励んでいるのが、リアを始めとするデルフィネの側近衆だった。

 そして、デルフィネ本人はヴィルミーナの秘書紛いなことをしていた。


 王都に帰還して間もなく、デルフィネが側近衆と共にやってきて言ったのだ。

「ヴィルミーナ様。どうか我らを貴女の手勢にお加えいただきたく」


 この申し出にヴィルミーナは二つ返事で応じ、アレックス達にデルフィネの側近衆を指導させ、デルフィネを傍らに置いた。流石に名門ホーレンダイム侯爵家令嬢を顎で使うわけにはいかない。


 それに……厳格に育てられたとはいえ、乳母日傘の箱入り娘デルフィネに『白獅子』の多岐に渡る業務と大量の事務仕事に対応できるとも思えなかった。実際、リア達は簡単な雑務しか任されなかったが、失敗も多い。

 それでも、デルフィネ達は仕事を覚えようと一生懸命頑張った。


 で。


 失敗失敗失敗&失敗。

 デルフィネは“簡単な”雑務でヘマ続きだった。


 王妃候補として厳格な教育と躾を受けてきたが、労働的なことはほとんどまったく経験がない。派閥のボスとしてあれこれ指示を出すことはあっても、実務的なことはリア達側近衆に任せていたことも、実務能力の低さにつながってしまっている。


 そのリアはガンガン仕事を覚えていて、デルフィネ閥の指導すら始めていた。ニーナなど『私の地位が、私の地位が危うい。危ういぃ……っ!』と危機感を抱くほどだ。


「ぅぅ……私、ひょっとしてダメな子なんでしょうか……」

「失敗しながら覚えることが一番確実なので、そう気になさらない方が……」

“侍従長”アレックスが慰めるも、存外に根が生真面目なデルフィネはすっかり悩んでしまった(根が真面目でなければ、辛く苦しく厳しい王妃候補教育には耐えられない)。


「そうそう。アリシアも最初は酷い失敗してたけど、デルフィほど悩まなかったわよ。次は頑張ります今度こそ上手くやりますって前向きだった。デルフィも前向きにやりなさいな」

 ヴィルミーナの言葉に、

「ぅうう……あの『野良猫』より下……おかしい。こんな事は許されないです」

 アリシアに対してめっちゃ失礼なことを言いつつ、頭を抱えて唸るデルフィネ。


 そんなデルフィネの様子を見て『悩めるデルフィネ様もカワユス♡』と悦に入るリア達。こいつらよぉ訓練されとるわ。


「ちょっと休憩してきたら? 散歩でもしてきなさいな」

「!? 解雇通知ですかっ!? やだやだやだぁっ!」

 早合点して半べそ顔になったデルフィネが、ヴィルミーナに縋るように抱き着いた。というか、半ば固め技になっていて、ヴィルミーナの肋骨をめりめりと締めあげる。


「ちょ、ちが――あががっ!?」「ヴィルミーナ様、捨てないでくださぃっ!」

 貴族令嬢とは思えぬ表情で悲鳴を上げるヴィルミーナ。必死に縋りつく(締め上げる)デルフィネ。


 そんな二人を暢気に眺める側近衆。

「これはかなりキてますなぁ」「取り乱すデルフィネ様カワユス♡」「お前ら何でもアリかよ」「デルフィネ様のことなら何でもアリよ」「ぇええ……(戦慄)」


 そんなこんなで。


「笑って見てた奴は全員、減給にしてやる」

 ちょっぴり涙目のヴィルミーナは恨みがましく皆を睨んでから側近衆の一人へ、

「アレックス。デルフィを連れて街を散歩してきて」

「了解です」

「お願いね。デルフィ」

 未だ半べそ顔のデルフィネへ言った。

「少し気分を変えてきなさい。貴女のためにも、私のためにも」


「はい……」

 しょんぼりしたデルフィネに、リア達が『しょんぼりデルフィネ様もカワユス♡』と身悶えする。おお……もう……


     〇


「そんなにヘコむこと無いですよ。私達だってたくさん失敗してきましたから」

「だけど……このままじゃ、ヴィルミーナ様に見捨てられちゃう」

 アレックスに励まされても、デルフィネはしょんぼりしたままだ。


 この人ってこんなに繊細な人だったのかあ、とアレックスは意外に思う。ヴィルミーナ相手に毒舌に悪態に悪罵を遠慮なくぶつける様を見てきたから、図太いのかと思っていたのだが。


「大丈夫ですよ。ヴィーナ様は身内を見捨てたりしません。基本的には身内に甘い人です」

 アレックスの発言はある意味で正しく、ある意味で誤解している。


 ヴィルミーナは確かに身内に甘いが、それは情実的な理由だけでなく、人材不足という背景もあった。この時代は知識階級層が少ない。社会正義や規範的モラルにも難がある。ヴィルミーナにしてみれば、能力の優劣以前に、信用と信頼を寄せて安心して使える人間が何より貴重なのだ。


 小街区内を歩いていると、様々な者達がアレックスへ挨拶を寄こしてきた。住民達はアレックスが王妹大公令嬢ヴィルミーナの側近頭だと知っているためだ。


 街を見る限り、戦時下にあっても物資の流通は維持されていた。一部贅沢品の値は上昇しているが、食料と生活物資は価格統制で抑えられている。

 これはクレテアが通商破壊をしていなかったし、軍が防衛線の維持に血道をあげているように、王国府が国内経済を守ろうと死に物狂いになっていたためだ。


「この街はヴィルミーナ様が作り上げたんですよね……」

 ケープマントを羽織ったデルフィネがしみじみと呟く。初春とはいえ、まだ冬の気配が色濃い。寒気に触れた吐息が微かに白く煙る。


「本当に凄い……歳は同じでも、私に同じことが出来たとは思えません……」

「ええ。ヴィーナ様のお傍でお手伝いできることが誇らしいです」とアレックスが微笑む。

「私も……そうなりたい……」

 嘆息をこぼすデルフィネに、アレックスは即座に慰めの言葉を出せない。


 なぜなら、自分達にこうして自由に振舞える時間は残り少ない。この時代のベルネシア貴族令嬢は大概が高等教育修了後は嫁入りか婿取りして家庭に入る。そうでなくとも、実家に戻って家事手伝いなりなんなりをしながら婚活する。ごく僅かに他家へ侍女や家庭教師として勤めたりする程度だ。


 アレックスにしても、実家から早く結婚しろと口うるさく言われているし、事あるごとに見合い話を持ち込んでくる。アレックス自身は『このままヴィーナ様にお仕えする方が、御家のためになるわ。主に収入面でね』。両親はぐうの音も出なかった。


 デルフィネは名門ホーレンダイム家の御令嬢。結婚しないという選択肢はあるまい。となれば、ヴィルミーナの傍に居続けることは難しかろう……もちろん、デルフィネもそのことは承知しているはずだ。だからこそ、焦っているのかもしれない。


 小さく息を吐き、アレックスはデルフィネへ言った。

「ちょっとお茶していきませんか?」


 バリアフリー構造の喫茶店内では、車椅子や義肢利用者がそれなりに多かった。ウェイターやウェイトレスも義肢を使っている者がちらほら。


 壁際にはスクエア・ピアノとギターなどが置かれ、『ご自由にどうぞ』と張り紙。

 4、5歳くらいの少年少女がぽろんぽろんとピアノを弄っていて、父親らしき隻腕の男性が『静かにしてなさい』と注意するも、店長の男性や周りの客が『気にするねぃ』と返していた。


「私、音曲は苦手なんですよ」とアレックスが微苦笑をこぼし「どうも音感の類が無いようで。デルフィネ様は如何です?」


「私は一通りできます。教養の一環で学ばされました」

 デルフィネはどこか倦んだ顔で応じた。厳しい教師で音を外す度に叱責され、指揮棒で手のひらを何度打たれたことか。楽しいと思ったことは一度もない。


 会話を聞きつけたのか、少女とてとてとやってきて、真ん丸な目を向けて尋ねてきた。

「おねえちゃん、ぴあの、ひけるの?」


「え? ええ。弾けますよ」

 デルフィネが困惑気味に応じると、少女は嬉しそうに破顔し、デルフィネの袖を引く。

「ぴあの、ひいてひいてっ!」


 これっ! と父親が慌てて少女を諫めようとしたが、アレックスが小さく手を振って宥める。

「デルフィネ様。何か簡単な曲を弾いてあげてください。これも社会貢献ですよ」

「ええ?」

 困惑を深めつつ、デルフィネは少女にねだられるがまま、ピアノの前に座らされた。


 デルフィネは小さく嘆息をこぼし、指を軽く体操させたのち、ピアノを弾き始める。

 それはベルネシアではよく知られた単調なメロディの童謡曲だったが、その音色と響きは音楽に疎い者でも、耳を傾けてしまうほど快い。


 少年と少女が調子外れながら元気いっぱいに歌い始める。快い音色と子供達の歌声に客達は表情を和らげた。アレックスも穏やかな面持ちで歌と音色を楽しむ。

「おねえちゃんもうたおっ!」

 少女は演奏だけでなく歌まで要求する。


 デルフィネは思わず笑った。侯爵令嬢の自分へここまで遠慮なく『おねだり』をしてきた者は記憶にない。『負けました』と言いたげに微笑み、再び演奏し、そして、歌った。

 これまで教師達や周りが要求に応じた、評価や審査をクリアするための歌ではなく、少年と少女を楽しませるために、自分が楽しむために、体裁を気にせず、のびのびと。


 陳腐な表現を用いるならば、それはまるで天女のように美しく素晴らしい歌声だった。

 店内の誰もが呆気にとられた。店の前を通りかかった者達が思わず足を止め、喫茶店内を窺う。


 それから、小一時間ほどデルフィネは子供達と一緒に演奏し、歌った。最後にベルネシア国歌を演奏すると、いつの間にか喫茶店いっぱいに集まっていた聴衆達による大合唱となった。

 喫茶店の内外から湧き上がる万雷の拍手と歓声。


 デルフィネは気づく。頬が濡れていた。

 自分の目から溢れた歓喜の涙に。

 

    〇


 この日からデルフィネは目を見張るほど元気になった。

 そして――

 不意に尻を撫でられたヴィルミーナは片眉を上げ、肩越しに背後を窺う。

 ヴィルミーナの尻をなでりなでりしているデルフィネと目が合った。

「えへ♡」

 何笑ぅとんねん。


 元気を取り戻したデルフィネは過剰なスキンシップ? をするようになっていた。腕を組んできたり、抱き着いてきたり、尻を撫でてきたり、乳を突いてきたり。

 当初は行き過ぎた行為に対し、アイアンクローや卍固めなど制裁を科したのだが、ちっとも懲りない。というか、そうした制裁を代価として”犯行”を繰り返す。


「元気になったのは良いけど、ああいう方向性とは思わなかった」

 ぼやくヴィルミーナへ、リアが申し訳なさそうに言った。

「フィーは”甘えられる”と思った人を試すんですよ。私もそうでしたし、御長兄様の御細君にもそうでしたから」


 あれか、養子が養親を試すようなもんか。そういうのんがあるって聞いたことあるけど……

「なーんか貞操の危機を覚えるのよね……放っておくとそのうち押し倒されそうな」

 ヴィルミーナがそうぼやいていたところへ、背後から胸を鷲掴みにされた。

 肩越しに背後を窺うと、デルフィネと目が合った。

「えへ♡」

 何笑ぅとんねん。


感想。評価ポイント。ブックマーク。よろしくお願いします(お願いします)。

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― 新着の感想 ―
[一言] もはや次世代の貴婦人達のトップと言っても過言ではないレベル…… 王太子妃とも懇意にしてるしなぁw
[良い点] あぁ^こころがぴょんぴょんするんじゃぁ^〜
[一言] あら^〜
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