表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/336

閑話7:イストリア連合王国から来ました。

ナンバリングを間違えていたので修正。本編に変更はありません(11/23)

 外洋進出がひと段落し、植民地開発や外洋領土統治が本格化していたこの時代、南小大陸はその最前線であった。


 この南小大陸には、白人列強国が植民地を独占していた。

 比率で言えば、北部を占めるイストリアが4、北東部を持つクレテアが2、南部を占めるエスパーナが3、中部沿岸地域にベルネシアが1だ。


 当然、支配地域が大きければ、入植者も多く、得られる税金と資源も大きい。イストリアとしては間違っても南小大陸植民地の独立など認められなかった。


 ぶっちゃけ、イストリアの産業革命経済は征服した大陸南部大半島地域と南小大陸植民地のアガリと市場で回っており、どちらか一方でも失えば、どえらいことになってしまう。

 のだが……増税として課した小鉄貨2枚の印紙税によって入植者達が大規模蜂起を起こし、初動鎮圧にあたった現地軍が下手を打った。


 おかげで、同盟国ベルネシアに派遣予定だった部隊を急遽、南小大陸へ送ることになってしまった。しかも、ベルネシアの南小大陸植民地(正確には外洋派遣軍南小大陸方面軍団)に協力を求めることに。

 これにはベルネシアがブチギレである。


 イストリアはベルネシアへ物資をかなり提供したが、来援軍を寄こさない不義理を補うには至らなかった。

 矢面に立たされたイストリア外務省も自分達の面目と名誉を損なったと植民地省にブチギレていた。利権が被る両省は元々水と油の関係だったが、この件で、外務省は『政府と植民地省が無能なせいで我々が恥を掻かされた』と憤懣爆発である。


 王妃エリザベスも頭を抱えていた。

 イストリア連合王国から嫁いできたエリザベスとしては、同盟条約の不履行は自身の面目を潰すだけに留まらない。発言力や影響力その他諸々が低下してしまう。最悪、別居や幽閉だってあり得る。近世近代の外国人妃は立場が苦しいのだ(地球史でもこうした例はいくつもある)。


 むろん、愛妻家であるカレル3世がそのような真似をすることはない。が、それでも、エリザベスが不安や苛立ちを抱くのは無理からぬことであった。



 こうした外務省や王妃エリザベスの置かれた状況を、『一応』はイストリア政府も気に掛けていた。

 イストリア連合王国首相(以下P)と連合王国陸軍元帥(以下M)、某日の会話。

P:外務省からの突き上げも厳しい。

 エリザベス様のことを国王王妃両陛下も憂慮されている。

 外洋戦略上も、ベルネシアとは今しばらく友好状態を保ちたい。

 陸軍は本当に兵を送れないのかね?

M:正直に言えば、かなり厳しいです。

 植民地での戦が予想以上に拡大しておりますから。

 とはいえ、代案がないわけではありません。

P:ぜひ聞かせてくれたまえ。

M:義勇兵部隊を派遣しては如何でしょうか。

 叛徒とはいえ、同胞を相手取ることを良しとせん者達も少なくありません。

 同盟国救援の大義名分があり、クレテア人相手の戦なら、

 そうした者達も喜んで参じるでしょう。

 増強大隊程度か連隊規模の人員、それと連絡将校団を送れば、

 とりあえずの恰好はつくのではありませんか?

P:ふむ……議会の説得も易そうだ。それで行くか。


 悩める王妃エリザベスとイストリア大使に朗報が届いたのは、ベルネシア建国250年を迎えた年明け。

 イストリア連合王国から『義勇兵団』がやってきた。

 真っ赤な軍服に黒いズボン。革靴。羽根飾付のシャコー帽。硬皮革製防護ベストに白革製の装具。そして、蝶番式の後装式歩兵銃。とイストリア正規軍の恰好をしていたが、義勇兵である。年齢は10代半ばごろから40代まで幅広い。

 他にも十数名の将校団とイストリア国教会が中心となったボランティア団も到着した。


 彼らが王都オーステルガムに到着すると、なんとイストリア大使が出迎えに現れた。開戦以来、非常に苦しい立場だった彼は、半ば涙ぐみながら兵士達に謝意を告げた。

「諸君らのおかげでイストリアの名誉は守られたっ! 祖国を代表して諸君らに感謝するっ!」


 年若い新兵が古参兵へ尋ねる。

「こういうことってよくあるんですか?」

「俺は軍属20年だが、こんなの初めてだ」


 義勇兵部隊が前線へ行く前の駐屯地へ向かう際、街中を行進していくと、住民達から歓呼を寄せてきた。子供や若い女性が花を贈り、老人が帽子を脱いで敬意を示す。

「凄い」と年若い新兵が感激する隣で、

「戦勝した時でもこれほどの歓迎を受けたことが無いぞ」

 古参兵が蒼い顔をしていた。経験豊富な彼は歓迎される”不利益”を察していたのだ。


 大歓迎したのは、王妃エリザベスも同じだ。

 駐屯地で催された閲兵式では連絡将校団と義勇兵団、ボランティア団の代表者達へ手を取って謝意を示し、最年少義勇兵(13歳)へ私物の懐剣を下賜する感激振りだった。


 義勇兵団の指揮官バーラム伯ウィットナー中佐は日記へ次のように記している。

『今回の派遣は政治的意義が第一で実戦に参加するかも怪しいと聞いていた。ところが、蓋を開けてみれば、祖国の名誉と御稜威を背負わされてしまった。大変なことになった』


 ウィットナー中佐の言い分通り、このイストリア義勇兵団は政治的体裁を保つために送られた部隊であり、補助的な役割を負うだけで済むはずだった。事実、ベルネシア側もそう見做していた。


 しかし、済し崩し的とはいえ、イストリア連合王国の看板を背負ってしまった義勇兵部隊は最前線へ出ざるを得なくなった。こうなってはベルネシアとしても、一線級戦闘部隊として扱わざるを得ない。国民に『イストリア軍は役立たず』と認識されては同盟関係にひびが入ってしまう。

 義勇兵団にしたらツイてない話だろう。

 彼らの不幸はこれだけに留まらない。

 折しも雪解けの季節が到来し、行動が可能になったことで、ワーヴルベークで“希望”を見出したクレテア軍が活発に探りを入れていた。

 すなわち、イストリア義勇兵団は戦火が再び燃え上がる時期に参じてしまったのだ。


       〇


 イストリア国教会が中心となったボランティア団には、女子修道会が数多く参加していた関係で、女性も多かった。


 その中の一人ブレンダ・ルシニアは16歳の溌溂とした少女で、実家は裕福な貿易商だった。植民地戦争ではなくベルネシア戦争に参加した理由は、父が北洋貿易でベルネシアを度々訪れ、『あそこは良い国だぞ』と語っていたからだ。それに、同胞同士の殺し合いに関わりたくなかったということも大きい。


 世界に冠たるイストリア連合王国から来たブレンダ達は、自分達の医療技術や運営に自信があった。ベルネシア人達を導いてやろう、くらいに思っていた。


 ところが……

「応急措置は一にも二にも止血優先だ。次に呼吸の確保。ここで手に負えない者は応急措置だけして、後方のしっかりした病院に飛空船で搬送する。とにかく、命を保たせてくれ」


「病院内は常に衛生状態を保って。それから、どれだけ寒くても一日に二度は必ず換気して。使用した医療器具とシーツと包帯は必ず煮沸と洗剤で二重消毒してしっかり干してね」


「君達も常に清潔さを保て。最低限、手洗いとうがいは欠かすな。間違っても汚物を触れた手で患者に触れるなよ」


 ベルネシアの野戦医療システムはイストリアなんかよりもずっと進んでいた。特にその運営システムは目を見張るほど先進的だった。なんせ傷病兵達は殆ど死なずに回復する。


 呆気に取られていたブレンダ達へ、指導役(メンター)のコレット・ヴァン・ナスコルという地味な年上少女が疲れ顔で教えてくれた。


「ヴィーナ様が、いえ、王妹大公令嬢ヴィルミーナ様が提唱した運営システムを用いてから傷病兵の死傷率が劇的に下がったの」


 ヴィルミーナがメルフィナと共同で起こした民間臨時医療施設を認可させるため、申請書に記した近代医療運営方法や簡易なノウハウは野戦治療と医療関係に大きな躍進と発展をもたらしていた。

 事実、この戦争において、ベルネシア軍の傷病兵はクレテア側と比して死亡率が98パーセントも低かった(これはクレテア側が物資不足であえいでいた点も大きい)。


 ブレンダはある種の感銘を受けた。この時代は男尊女卑が現代の比ではない(魔導術と魔導装備により、女性も兵士として冒険者として戦えるのに、だ)。そんな時代に、年若い女性が主導で社会に大きな変化をもたらした。その事実に感動を覚えていた。


 この国に来て正解だった。ブレンダ達は心に強く誓う。たくさんのことを学んで、イストリアに持ち帰ろう。

 ブレンダ達にとってこのボランティア活動は留学に近い効果をもたらした。その影響がイストリアにどんな結果をもたらすかは、誰にも分からない。


      〇


 派遣将校団の中には、軍務以外に本命を抱えた者達も居た。

 トバイアス・ウォーケル少尉はベルネシア国内の視察を命じられていた。特に、イストリアが注目していた王都小街区――イストリアでは退役軍人街と呼んでいる区画を事細かく観察してくるよう命じられていた。


 こういうとスパイのように聞こえるかもしれないが、トバイアスはスパイには向かない。

 中肉中背で紅顔の美少年であるトバイアスは、珍しい朝焼けのような赤毛の持ち主で、非常に目立ったからだ。


 実際、イストリア軍としてもトバイアスにスパイ紛いの調査は期待していない。本命の調査員は別口でいる。

 軍がトバイアスに期待したのは、その誠実さと聡明さ、将来性を買ってのことだった。それと、目立つ彼に視線が集まり、本命の者の仕事がし易くなれば、という小賢しい目論みも多少含まれていた。

 大人の小狡さを想像もせず、トバイアスは純粋に「頑張るぞぅ」と張り切っていた。


 そんなトバイアス少年は王都オーステルガムを見物して驚いた。

 イストリア連合王国の首都ティルナ・ロンデに比べれば、規模こそ劣るものの、発展振りはロンデよりも洗練されている印象を抱く。何より清潔だ。


 産業革命を迎えているイストリアの首都ティルナ・ロンデはまあ、汚い。

 工業化と人口集中により公衆衛生インフラが追い付かず、産業排水も生活排水も河へ垂れ流し。河口付近の岸辺は汚泥化し、あらゆる汚物と廃品が溜まっていた。


 国力や経済力など数字の上では、イストリアの方が勝っているのだが……こうして現物を目にすると、トバイアスにはとても信じられない。


 街行く人々の装いも小奇麗でどこか垢抜けていた。皆が皆そんな格好だからベルネシア人は平民でも生活水準と所得が高いのだろう、とトバイアスは当たりを付ける。

 イストリアは元より階級社会で貧富の差が鮮明だった。そこへ産業革命により富の偏在がさらに進み、下層階級や労働者は劣悪な生活環境で暮らし、殺人的労働環境で酷使され、偽装された危険な食品や不正などに晒されている。

 そうした社会不正義に痛めつけられた者達が集まるスラムは、凄まじいほど治安が悪い。警察すら近づこうとしない。


 そんなオーステルガムを見物しながら、トバイアスは駅馬車に乗って“噂の”小街区まで足を伸ばす。


 まず乗った馬車に驚く。

 ……なんだ、この馬車っ!? 全然揺れないし、動きが凄くスムーズだし、何より速いっ!


 そして、小街区内に入り、車窓の光景に驚く。

 傷痍退役軍人達が生き生きと暮らしていた。見たこともないほど機能的な車椅子に乗った男性がすいすいと路肩を進んでいく様に、トバイアスは衝撃を受けた。

 ロンデではあんなこと絶対に無理だ。ロンデの道は一見整備されているが、細かなオウトツや起伏が無数にある。轍の歪みも少なくない。車椅子では動きようがないだろう。

 この街とあの車椅子なら……姉上も……


 驚きと複雑な思いを抱えつつ、小街区内を散策して縫製工場を訪問する。王国府発行の許可証を掲示し、工場を見学させてもらった。

 ん? 託児所……? え、え? まさか、雇用主が労働者のために幼児を預かって保育してるのかっ!? イストリアの資本家達は女子供の労働者を一日十数時間も休みなく働かせ、時には鞭打つことさえしているというのに……。


 工場内の様子は産業革命中のイストリアと違い、動力機器はなく、基本的に人力機器を使って作業がされていた。ようやく自国の方が進んでいる面を見て安堵したところへ、作業場の端にあるガントチャートなどを目にして幾度目かの衝撃を受ける。


 なんだ、この明瞭で機能的な管理方法っ!? 凄いっ! めちゃくちゃ分かり易いっ!!


 動揺しつつ、作業している女性工員に話を聞くと、彼女達は戦死者遺族で優先的に雇用されているという。

 傷痍軍人だけでなく、遺族まで……こんなことが可能なのか……


 トバイアスは眩暈がしてきた。

 祖国イストリア連合王国は世界最先進文明国だと思っていた。が、今は祖国が酷く未発達な気がして止まなかった。


 工場傍の喫茶店に入って、トバイアスはメモを読み返して溜息をこぼした。

 店内では義肢を付けた男性や車椅子の男性が明るい顔で仕事の話をしている。彼らの顔にはこの戦争に敗北したら、という不安が無かった。


 思い切って声を掛けてみると、

「確かに苦しい戦いだ。だがな、最後に勝つのは俺達だ。あんたらイストリアは同盟の約束を守って来てくれた。後は外洋派遣軍がくるまで持ち堪えるだけさ。なんなら俺達だって戦うぜ。飛んだり跳ねたりはできなくても、穴倉にこもって鉄砲撃つくらい出来るからな」


「おおよ、その通りっ!」「そうだそうだ。俺達は戦えるぞっ!」「奴らにこの街を奪わせるもんかっ!」「ベルネシア万歳っ!」「国王陛下万歳っ!」「大公令嬢様万歳っ!」


 傷痍退役軍人達は自棄でも強がりでもなく本心から言っている、とトバイアスは肌で感じとった。彼らは本気で戦う覚悟があるのだ。

 祖国の傷痍退役軍人達が同じような気概を持って国に尽くしてくれるだろうか……


      〇


 イストリア連合王国の義勇兵団が到着したという報はクレテアにも届いていた。

 彼らは軍事的常識から、義勇兵団を先遣部隊と判断した。


 主戦派と穏健派が激しく意見をぶつけ合った。


 主戦派は小勢のイストリア部隊など問題ないという。防衛線さえ突破してしまえば、ベルネシアには抵抗しようがないのだ。本格的な派遣部隊や外洋派遣軍が戻ってくる前に大攻勢へ出るべし。今ならば、ベルネシアもまだ態勢を整えきれていない。


 穏健派は時間的限界を訴えた。これまで確保した土地を返還する代わりに戦争賠償金を求めて手打ちにしよう。あるいは、一年か二年の休戦でも良い……とにかく、本格的な多国間戦争への発展は避けるべき。ベルネシアとて苦しい。今なら乗ってくる可能性は高い。


 アンリ15世の御前会議でも同様の激論が交わされ――アンリ15世は決断を下す。

「これまでの犠牲と戦費を無為とするわけにはいかぬ。此度の攻勢にて雌雄を決すべし」


 時間的限界と国庫限界の関係から、春季攻勢は『最後の攻勢』として入念な準備が図られた。

 呆れた話ながら、準備に注力しすぎ、攻勢の欺瞞と隠蔽を一切しなかったほどだ。


 まあ、珍しい話ではない。

 地球史でも欺瞞や隠蔽は長く軽視されていた。第一次大戦では両陣営が堂々と攻勢準備をしており、相手の動向を事前に察知できたことが莫大な犠牲を生む一因となったという(この犠牲の大きさから、継戦能力と戦争継続意志を破壊する戦略爆撃論が生じ、第二次大戦で壮絶な愚行が繰り返される)。

 逆に、二次大戦では欺瞞と隠蔽をやりすぎて混乱が生じた例がいくつかある。


 とまれ、侵攻軍は17万まで補充され、ベルネシアの妨害で犠牲を出しつつも、大量の物資を前線へ送りつけることに成功。その攻勢正面をイストリア義勇兵部隊が居る地域に定めた。

 なぜなら、クレテア軍は、イストリア義勇兵団の戦力評価を低く見積もっていたからだ。

『連中は他国人であるからベルネシア人ほど死に物狂いで戦うまい。ベルネシア軍との連携も拙いはずだ』


 こうして、イストリア義勇兵団は与り知らぬうちにさらなる不幸が確定したのだ。

なんだか雑で申し訳ない。

感想。評価ポイント。ブックマーク。お待ちしております(お願いします)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ