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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代
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1:2

大陸共通暦1757年:ベルネシア王国暦240年:晩夏。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国北部:王都オーステルガム。

―――――

 王立学園へ入学するのは来年の春からだが、入学前に読み書き計数礼儀作法等々を修めておくのは当然のこととされている。だからこそ10歳からの入学なのだ。


 現代日本風に言うならば、小学校教育は家庭で、中学高校の教育を学校で。という塩梅である。この時代、我が子への教育は中産階級以上のみが許される『贅沢』であった。


 とはいえ、前世記憶の覚醒により、現代日本で修めた高等教育の成果がインスコされたヴィルミーナにとって、家庭教師の児童教育などは問題にならない。


 例外があるとすれば、貴族用の礼儀作法教育と教養教育、そして、現代日本には影も形もなかった『魔導術』である。


 魔導術とは、この世界の万物――大気、水、土、あらゆる生物、あらゆる無機物に内在する魔素という物質を利用する技術である。

 人間の体内保有魔素を起爆剤とし、触媒――たとえば杖などを用いて、周囲の魔素に干渉、具体化して使用する。


 例を出そう。

 たとえば、貴方が氷を創り出そうと考える。杖を握りしめ、脳裏に氷塊を創り出すイメージを強く描く。すると、触媒たる杖を通じ、貴方の体内魔素が周囲の魔素に干渉し、大気中の水分を搔き集めて冷却。氷塊を具現化する。


 この時、貴方の体内魔素と意志と思考力が適性値を超えていれば、氷塊を飛ばすことも、氷塊をより具体的な形状――刀剣類や裸婦像へ昇華することもできるだろう。


 ただし、周辺の魔素に干渉して実現するため、砂漠で水を出そうとすれば、湿地帯で真水を生成するよりも難しい。雨の中で火炎を生み出すことも、相応の技能と練度と素質が求められるだろう。

 また、人体強化の魔導術は、周囲の魔素を体内に取り込み、活性化して実現するため、これまたベクトルの大分違う難しさがある(体系化するまでに多くの死者が出ているといえば、その難易度も分かろう)。


 御付侍女メリーナは魔晶石の腕輪を触媒に、御茶を淹れる際など容易く氷をこさえたり、お湯を温め直したりしているが、何気にこれは難易度の高い高等技術だったりする。


 実際、ヴィルミーナは未だに御付侍女メリーナのように繊細な魔導術が出来ない。


 安物の陶製カップのお湯を温め直そうとすれば、お湯をぼこぼこと泡立つほどに沸騰させ、耐熱限界を超えてカップを割ってしまう。カップに入れる氷を作ろうとすれば、バレーボールほどありそうな氷塊を作ってしまったりする。


「難しい……っ」

 触媒の指輪を揉みながら呻くヴィルミーナに、御付侍女メリーナが微苦笑を湛えた。

「魔導制御は基礎中の基礎ですが、それだけに奥が深いのです。いくら日々研鑽を御積みとはいえ、お嬢様の御歳で軽々と実現されては、魔導学院に払った高額な授業料を思い出して涙がこぼれてしまいます」

「そ、そうね」

 非常に生々しい吐露を聞き、ヴィルミーナは軽く引いた。なんとなく気不味い物を覚え、話を変えた。

「そだ。頼んでおいた御茶会の参加者、調べはついた?」


「ええ。御嬢様と同年代の方でしたね。主要な方々については把握できました」

 御付侍女はポケットからメモ帳を取り出して名前を上げていく。

「第一王子殿下。宰相ペターゼン侯御嫡男様、近衛軍団長ノーヴェンダイク伯御嫡男様。北部沿岸侯ロイテール侯御次男様、宮廷魔導士総監マテルリッツ伯御末子様、ハイスターカンプ公爵家御嫡女様、ロートヴェルヒ公爵家御次女様、ホーレンダイム侯爵家御長女様……他にも高位貴族子女が多く参加なされますが、第一王子殿下の側近、婚約者候補の筆頭格はこの辺りでございましょう」


「何度か会ったことがある方達の名前が並ぶわね」

 デビュタント前であっても、親に連れられて茶会や夜会に参加することは多い。親達が社交をしている間、子供達は子供達であれやこれやと交流する。社交という名の戦いは子供の時から始まっているのである。


ヴィルミーナは王妹大公の一人娘だから、家格が高い家の子供達とも面識を得易かった。御付侍女が挙げた子供達とは全員、既に面識がある。まあ、面識があるだけで友達でも何でもないが。


正味な話、ヴィルミーナはガワこそ9歳児だが、中身は既に○○歳。子供に混じって子供らしく振る舞うのは精神的にキツい。ぶっちゃけ、おっさんらに混じって金儲けの話をする方がよっぽど楽だった。


「ちなみに、他家からすれば、お嬢様も筆頭格でございます」

「? なんで? 王国法ではいとこ婚を認めてないんだから、私が殿下の婚約者にはならないでしょ」

 訝るヴィルミーナへ、御付侍女は言った。

「御嬢様は王妹大公殿下の御嫡女です。国王陛下の姪であり、次期国王であらせられる第一王子殿下のいとこです。王家と『家族付き合い』できるのです」

「あ、婚約者ではなく側近候補なのね」

「はい。婚約者となられた方の御相談役などを期待されるかと」


 面倒臭ぁ……と盛大な仏頂面を浮かべるヴィルミーナを前にし、御付侍女は毎回のように思う。うっとこの御姫様は本当に表情豊かだわ。顏芸してるみたい。


 小さく嘆息をこぼして、ヴィルミーナは御付侍女へ尋ねた。

「そのリストの中に私が親しくしている方達の名前はある?」

「幾人かいらっしゃいますが、最終的に側近や婚約者候補として残られるかと言われますと、かなり実現性が薄いですね。どの方も家格や身代が釣り合いません」

「そうなんだ……」

 ヴィルミーナはその指摘に眉を下げた。


 社交は金が掛かる。王族や高位貴族と付き合えば、湯水のように金が消えていく。さながら真夏の道路へ落とした氷のように、金が溶けて蒸発していく。それだけではない。側近に加えられたら、気の休まらない生活が始まる。大中小様々な面倒と厄介がスクラムを組んで終わりなき襲撃を繰り返してくる。

 家格が低く、身代が小さい貴族ではとても付き合えない。


 王妹大公御令嬢というベルネシア貴族界の最上層に属するヴィルミーナだが、今回ばかりはその家格と身代が恨めしい。


 何が悲しゅうてそんな修羅道へ踏み込まにゃならんのだ。私は私のやりたいことだけに注力したいのだ。他人の尻拭きなんぞしたないわ。


 今世は好きなように生き、好きなように死ぬ。素敵な相手と結婚して子供を産んで、幸せな家庭を築いてやる。もちろん大金だって稼ぐし、作りたい物欲しい物は全部手に入れる。

 愛も成功も全て掴んでやる。


 前世同様に野心家で強欲で自己愛者なヴィルミーナはふ、と息を吐く。

「そろそろ練習を再開しましょうか」

 気分を変えるため、ヴィルミーナは休憩を切り上げて魔導術の練習を再開した。


                    〇


王妹大公家御贔屓の服飾工房へ茶会用ドレスのサイズ直しに訪れた時のこと。

ユーフェリアは新調しても良いと言ったが、ヴィルミーナは夏前に作ったドレスで良いと断った。成長期の真っ只中だ。いちいち新調していてはクローゼットがいくつあっても足りない。

 まあ、貴族が高額の衣装を発注することで、服飾関係者が食い扶持を得ていることも事実だから無碍にも出来ないが。


 一般に高位貴族は自らが店舗や工房を訪ねることは稀だ。基本的には先方を呼び寄せる。呼び寄せた挙句、待たせる。平民など自分達の都合に合わせて当然と考えているから。


 しかし、ユーフェリアは王族ながらこうした貴族的慣習を平然と無視していた。元々出歩くことが好きな行動派であり、出戻り後は娘をあちこち連れ歩くことが趣味と化している。


 ということで、服飾工房を訪ねた王妹大公家の母娘は下に置かぬ丁寧な応対を受けていた。

 ヴィルミーナは仕立物師と御針子さんからサイズ直しのあれやこれやを受けた後、母と工房主の勧めでいくつかの試作品を着せられた。ああ等身大着せ替え人形の如し。


 やっぱり新調しちゃおうかと言い出すユーフェリア。熱心に営業を掛ける工房主達。要らぬ要らぬと申しておろうと拒否するヴィルミーナ。

 そんな不毛ながら熱気あるやり取りの末、一同はお茶を啜る。上等な茶葉だった。


「そういえば、近頃は大陸東方との交易で珍しい布地が輸入されていますよ。見本用の端布しかございませんが、よろしければ、御覧になりますか?」

「へえ。面白そう。見せてもらいましょうか」

 ユーフェリアの首肯に、工房主が奥から桐箱を持って戻ってきた。

 箱の中には風呂敷大の美しい布が幾枚か納められていた。


 ヴィルミーナは密やかに驚愕した。撚りの経糸と撚りの強い緯糸で緻密に織られた布は、まぎれもなく日本屈指の絹織物、丹後縮緬だった。


「これは美しいわね。触っても?」

「もちろんです」

 ユーフェリアはにこにこしながら布を手にする。

「うん。滑らかで肌触りも凄く良い。染物も素敵ね。この青色はまるで海を切り取ってきたみたい。奇麗ね、ヴィーナ」

 ヴィルミーナは布を見つめた。藍染めか。人呼んで『ジャパンブルー』だ。


 得意げな面持ちの工房主が、とっておきを披露する。

「こちらをご覧くださいませ」

 豪華絢爛な縫取縮緬が出された。春秋楓図の一部みたいだ。嘆息がこぼれるほど美しい。

「これは……美しいわねえ。これでドレスを作ったら注目の的になるわよ」

「図柄を活かすのに一苦労しそうですが、逆を言えば、腕が鳴りますな」と工房主。


 なお、ジャポニズムが19世紀に欧米を席巻した際、実際に日本の着物生地を使ったヴィクトリアンドレスなどが作成されている。魔改造は日本だけの専売特許ではないのだ。

「まとまった量の生地が入手出来たら、連絡してね」


 この調子だと母はジャポニズムにハマるかもしれないな、とヴィルミーナは思う。

 ヴィルミーナは生地より、出どころの国が気になった。この世界に日本は存在しないようだが、確実に同じ文化体系を持った国が存在する。その事実に郷愁心を刺激されていた。


「この生地を輸出したのはどんな国なのかしら?」

「大陸東方の島国で、ここ半世紀ほどは熱心に外洋進出しているようですよ」

 鎖国しとらんのかい。軽い衝撃を受けるヴィルミーナ。


 工房主はさほど詳しくなかったが、その国を日本に当てはめて説明すると、半島と大陸は牽制に留め、サハリン、ウラジオ、琉球、マカオ、台湾、フィリピンを征服し、東南アジアに進出中のような状況らしい。


 一番賢い大東亜共栄圏作っとる。これ転生者がおるんと違う? 気になるわぁ。

 前世の祖国とは似て非なる異国に想いを馳せ、ヴィルミーナはお茶を口へ運んだ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ちょくちょく出てくるうっとこ、ってなんの意味かと調べたら大阪の方言だったんですね。岡山弁のうったてのように、その地域に浸透してる方言ですね。
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