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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代
51/336

6:1

大陸共通暦1766年:ベルネシア王国暦249年:晩春。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム

―――――――――――――――――――――――――

 ベルネシア王国は南に敵国クレテア、東に敵国アルグシア、北と西が海で他地域からの来寇があるかもしれない。そういう地政学的事情のある国だ。

当然、歴史的背景もドンパチに事欠かない。

 外洋進出前はクレテアとアルグシアと抗争を重ねてきたし、北洋利権を巡ってイストリアやその他と戦火を交えてきた。国境周辺や沿岸地域では虐殺や劫掠、集団強姦など酸鼻極まる事態を幾度も経験している。

 

 このため、ベルネシア人は現代日本人とは比べものにならないほど、直接的な戦禍――本国での戦争に対し、非常に真摯で過敏気味だった(であるからこそ、先王などはイストリアと婚姻同盟を結び、娘達を他国へ”差し出し”たのだ)。


 彼らはシーレーンに対するクレテアの跳梁に気づいた後、猛烈に警戒心を強めていた。そこへクレテアと聖冠連合の婚姻同盟の報せが届いた。事前情報を全く掴んでいなかっただけに、その反応は極めてヒステリックなものになった。


『テメーら、何やってんだぁっ!? どうなってんのか今すぐ確認して情報を集めてこいっ!』

 とまあ、本国から殺気立った問い合わせが届き、駐聖冠連合領事館の職員は上から下まで恐慌状態に陥った。今はそれこそ死に物狂いで情報を集めている。


 同時に、本国は官民を問わぬ情報取集を開始していた。

 クレテアと聖冠連合へ外交官や使者を送り、王国府や軍の諜報員を潜り込ませた。

 国内では防諜戦が一気に激化した。商人達は自主的に情報を漁り始めている。なんせ戦争は自分が火の粉を被らない限り大きな商機だし、自分が火の粉を被るなら大損確実の一大事。情報を集めない方がどうかしているのだ。


 クレテアに接する本国軍南部方面軍団や南部国境付近の貴族達は、早くも戦を念頭に準備を始めている。他方面の部隊や軍人系貴族達も鼻息が荒い。

 新興宗教的平和主義者の現代日本人には理解しがたいだろうが、ドンパチだらけの外洋派遣軍と違い、本国軍にとって、今回起きるかもしれない戦争は久しぶりに勲功を上げる機会だった。『この時を待っていた』と使命感が刺激されている輩も多い。


 もちろん、反戦意識と平和主義から忌避感を示す者達も相応にいる。

 ただし、彼らにしても、いざという時の覚悟はしていた。この辺、戦争が他人事と化した現代日本人とは危機意識の次元が違う。


 断っておくが、ベルネシアとしては戦争より平和の方がよろしい。

 海運貿易国であるし、金融も発展している。平和と安定こそ繁栄の必須条件だった。

 それに、争い事は外洋領土だけで十分。本国でまでドンパチなんかしたくない。鼻息の荒い軍と違い、王国府はひたすらに外交努力を重ね、必死に平和的解決策を模索した。表に裏にクレテアへ接触を図ったし、聖冠連合に仲介を依頼したり、方々に助力を求めた。


 しかし、クレテア側はまったく交渉に乗らなかった。聖冠連合は曖昧な態度を崩さずのらりくらりとするだけ。方々も様子見姿勢を変えない。


 こうした諸国の反応を、ベルネシアは外交的敗北と認識した。既にクレテアが戦争に向けて状況を整えていると判断したのだ。

 

 さて、ベルネシアはフルツレーテンのような吹けば飛ぶような弱小国家ではない。

 国土や人口では中堅国家ながらも列強の一角であり、外洋領土を考慮すれば海上帝国と言っていい規模だ。ゆえに、大国相手でも”やり方”を間違えなければ、勝ちの目は充分にある。

 となれば、外交的手法による平和的解決が望めず、相手がやる気とわかった以上、戦争に対して真摯で過敏なベルネシアが下した決断は―――


『上等じゃあコラァ!! やってやろうじゃねェかあっ!!』


 というわけで。

 年が明けた直後、ベルネシア王国はイストリア連合王国王太子御夫妻の親善訪問中止を公式に申し入れた。


 ベルネシアは同盟強化のため、イストリア王太子夫妻の親善訪問をなんとしても実現したかったが、クレテアがこれほどに“本気”と分かったため、泣く泣く中止にしたのだ。

 仮に、親善訪問中に“もしも”があったらシャレにならないし、このクソ切羽詰まった状態で王太子夫妻の相手をしていられない。と判断した。


 後日、第一王子エドワードからヴィルミーナはこの話を聞かされた時、『御人好しね』と鼻で笑った。

 自分なら親善訪問を強行させた。クレテアがイストリア王太子夫妻の訪問中に活動を自重するなら、時間を稼げる。戦争計画自体を翻させられるわずかな可能性もあろう。


 仮に、訪問中に動くならイストリアへ宣戦布告も同然。同盟を口実にイストリア軍の派遣をどうどうと求めるだけだ。え? 万が一、イストリア夫妻に害が及んだら?


 その時はクレテアの非を大々的に訴え、イストリア・ベルネシアとクレテア・聖冠連合の全面戦争を行うだけだろう。

 どうせ戦争になるのなら、イストリアの力を借りて主戦場をベルネシアからクレテアに押し込む方が良い。クレテアがどれだけ荒廃しようと人が死のうと知ったことではない。ベルネシア王国と民と私の大事な人達が助かるなら、クレテア人が死に絶えたってかまわない。


 という旨を返され、第一王子エドワードとグウェンドリンや取り巻き達が唖然慄然。

 一度腹を括ってしまえば、とことん行くという日本人気質に加え、昨年の“アレ”(5:5のヒステリーだ)以来、振り切ってしまったヴィルミーナには自重がない。


          〇


 その日、王国府にほど近いレストランが貸し切られた。

 表向きはある貴族がパーティに使うという。実際、各貴族家の馬車が店の前に並び、通りからは店内が窺えないほどだった。


 が、真の招待客達は皆、裏口から静かに入店し、各席に着いた。

 ベルネシア王国政財界や経済界、実業界の大物達がずらりと勢揃いした。我らが王妹大公令嬢ヴィルミーナも貴族席に座っている。


 今やヴィルミーナはベルネシア国内でも上位層に属する大資本家で大実業家だった。麾下には各種の商会、工房と製作所などが名を連ねている。提携している商会や工房などはさらに多い。しかも『ゴブリンファイバー』に代表される新技術などの権利も数多く持つ。この場に招かれてしかるべき人物になっていたのだ(それでも、彼女が目指す財閥創設への道はまだまだ遠い。今はまだヴィルミーナを頂点とする企業グループに過ぎない)。


 周囲から群を抜いて若いヴィルミーナは、実に美しい。

 奇麗な紺碧色の瞳を宿す双眸。長いまつげが端正な顔に影を落としている。

 赤黒のマーメイドラインに包まれた165センチの体は、すらりと均整がとれていて、優美な女性的流曲線を強調している。

 光沢麗しい薄茶色の長髪は、いつもの姫カットモドキのストレートではなく、結い上げて編み込んでいた。紅涙晶のチョーカーを巻いた首回りがぞくぞくするほど色っぽい。


 若く美しく麗しいヴィルミーナに向けられる視線は、低俗な物から敬意に敵意まで様々だ。

 前年に明確な対立へ至った“会合”の者達は、目つきや面持ちに敵意と嫌悪と反感を込めている。欲深で好色な連中はどうしたらヴィルミーナをベッドに連れ込めるか思案し、ドレスに秘められた体を想像している。

 小街区建設で多大な恩恵を受けた者達は好意的であり、敬意を示す者も多かった。


 さて、集められた数十人のVIPが店内に揃うと、40前後の男が姿を見せた。そこらの商会旦那を装った身なりをしていたが、この場で彼を知らぬ不見識者などいない。

 彼は王国宰相ペターゼン侯。

 ペターゼン侯の隙のない冷徹な印象は、倅のクール系眼鏡イケメンに通じるものがある。まあ、倅とは格の違いもはっきりしていたが。


「本日は無作法な呼び出しにもかかわらず、一人も欠けずに応じてくれたこと、感謝する」

 ペターゼン侯は皆の視線を浴びながら淡々と話を続けた。

「諸君も予想していることと思うが、現在、我が国に深刻な脅威が迫っている。南のクレテアが“本気”だ。回避は望めない」


 予想していたことだが、王国中枢の中心人物の一人が断言したことに、皆が唸る。特に王国南部の面々が暗い面持ちになった。


「むろん、王国は寸土たりともクレテアに譲る気はない。侵略に対して断固として抵抗する。その際、重要となるのは我が国の軍事力。そして、経済力だ」

 店内に揃った面々をゆっくりと見回し、

「世の中には矢玉と兵さえあれば、戦が出来ると考える愚物がなお多いが、我が国は文明国であり、世界有数の先進国家である。戦うため、国を守るため、民が生き続けるためには、金と物資が欠かせないことを承知している」

 ペターゼン侯は言った。


「ゆえに敏腕剛腕辣腕な諸兄諸姉に集っていただいた。戦時体制に移行してもなお、我が国の経済を維持し、我が国の産業を守り、物流を守り、民の生活を守るため、諸兄諸姉の知恵と力を拝借したい」


「御国の一大事となれば、協力せぬ道理はない。我らの繁栄は御国あってこそなれば」

 貴族席に座っている老侯が口を開く。

「しかし、ただ知恵と力を貸せと言われてもな。能う限り、手伝える限りとしか答えようがないぞ。他に言いたいことがあるモンはおるか?」

 老侯が傲然と店内に雁首を並べる面目を見まわした。


 ここで戦争反対を訴えようものなら、王国府に『敵性』としてブラックリスト入りだ。

 事実、口を開く者はいない。

 この中にはクレテア相手の商売が主流の者も少なくなかった。戦争になれば、大損確定だろう。だからと言って、戦争反対はできない。なんせベルネシアが仕掛けるのではなく、クレテアが仕掛けてくるのだから。


 そして、日頃取引をしているからと言って、クレテアが自分達だけ特別扱いしてくれる、なんて思うほどお花畑な奴は一人もいなかった。この場にいる者は海千山千の業突く張り。腹黒狸に狡賢い狐に油断ならないムジナ。愚か者の成金はいない。


「皆の忠誠心と献身に感謝する」

 宰相ペターゼン侯は満足げに首肯した後、

「国が諸君らに要求し、提案する事項はこれから用紙にて配る。持ち帰ってもらっても構わないから、検討してもらいたい」


 王国府の職員がレジュメらしき物を参加者に配っていく。

 その内容は軍事物資の共通規格化、共通基準化。これを満たさない物は不良品として納入を認めない。

 例を挙げるなら、100丁の銃を分解し、部品を混ぜ合わせた後、100丁の銃を組み上げられるようにすること。

 全ての軍服、軍靴、衣料品、保存食、その他装備品も同様の規格化を図り、要求基準に満たさない物はこれを不良品として納入を認めない。

 また、不正行為――装備品の簡素化、酒や食品の水増しや粗悪化を図った者は利敵行為と見做し、重罪に問う。


 戦時海運は海軍の指揮統制の下、船団運用とし、戦闘艦艇がこの護衛にあたる。

 当座は国内経済の維持を前提として価格統制体制をとるが、場合によっては生活物資の配給制とする。

 ――等々、産業、商業、流通、生活インフラなど様々な分野に事細かな要求と提案(事実上の国家命令)が記されていた。


 要するに、戦争中は御上が差配するから、勝手な真似はするな。ということだった。


 いくつかの実業家や資本家が不満の声を上げる。特に、規格化、基準化についてだ。この時代は自社規格を設けることで客を囲い込もうとするのが常だった。要するに、今持っている物が壊れたら、うちで修理しろ。うちで部品を買え。よそのモンは買うな。


 反発する資本家や実業家達に対し、宰相は言った。

「嫌なら協力しなくてよろしい。ただし、相応の扱いはさせてもらう」

 この件でゴネることは許さない。受け入れるか、潰されるか、選べ。


 国の思いもよらない強硬姿勢に会場の全員が面食らう。特に貴族連中は顔をひきつらせた。宰相がここまで強気なのは、王家と王国府が腹を括っているから、既に方々への根回しを終えているからに他ならない。


 戦々恐々とした雰囲気が広がっていく中、ヴィルミーナは涼しい顔でレジュメの内容に目を通していた。


 別段驚くような内容でもない。規格化、基準化はむしろ好ましい。工業製品やその部品の大量生産において必要不可欠だ。御国が強権発動でごり押しした方が話も早い。

 むしろ、国有化の強制や事業統廃合指導といった”やらかし”がないことに感心さえした。


 護衛船団が導入されたことはちょっと驚きだが、これも外洋領土とのシーレーンが命綱であり、海軍艦艇の数が限られる以上、守りの意味では効率的だ。逆に、流通の効率性はよろしくない。船団を組む関係上、労力と時間が掛かる。


 ただし、人員の徴用については、見識と見通しが不足していると言わざるを得ない。

「閣下。よろしいですか?」

 ヴィルミーナが礼儀正しく手を挙げた。


「発言してよろしい」

 ペターゼン侯は王族としてではなく、一大資産家としてヴィルミーナを扱ったようだ。ありがたい気遣いだった。国にとってはヴィルミーナも周囲と同じ立場、と示してくれた。


「御意を得て申し上げます」

 ヴィルミーナは言った。

「私共の事業や商いは少なからず、技術者、職人、研究者、魔導術者、学者を抱えております。閣下も御承知のように、彼らの育成には多くの費用と時間が掛かっており、また、彼らは御国に様々な利得をもたらす重要な人材です。決して鉛玉の餌食にしてよい存在ではありません。我が国のため、我が国の未来のため、」


 紺碧色の瞳でペターゼン侯を見据え、

「出自の如何を問わず、彼らの徴用免除。もしくは、徴用された場合も後方勤務を要求します」

 要求。より強い言葉ではっきりと告げた。


「……その要求に応じなかった場合、貴女はどうするつもりか」

「御国への奉仕をやめるとは口が裂けても申しません。が、貢献のあり方には一考させていただきます。むろん、私のような小娘が案じることを英邁なる王国府は、とっくに承知し、解決策を検討していると愚考する次第。この期待は裏切られないと思っています」


 堂々と宰相へ挑む数え18の小娘に、周囲は唖然とするか、面白みを見出すか、不快そうに鼻を鳴らした。


 宰相はゆっくりと息吐き、答えた。

「私が独断で応答するには少々大きな要求だ。持ち帰って検討させてもらう」

「わかりました」


「ふはははは。流石は王妹大公が自慢にする令嬢よな。宰相相手に物怖じせん。この際じゃ、令嬢殿に乗じて、言いたいことがある者は全部吐いてしまえ。その上で、御国か、あるいはわしらで何とかできんか、考えてみよう」

 老侯は楽しげにヴィルミーナを見ながら声を張り、

「ワシはそうじゃな。資材の提供は構わんが、はした金でも構わんから、買い上げという形にしてもらいたい。タダで持っていかれるのと少しでも金を払おうという姿勢を見せるのでは、下の者達の受け取り方が違うでな」


 皆もここぞとばかりに続く。

「この戦争に勝つにしても、戦場となる南部の荒廃は避けられないだろう。こちらも雇用している者達を食わせる必要がある。公的支援を求めたい」


「私は戦争で乱れるであろう市場関係に、御上がどう動くか聞いておきたいわ」


「物資は配給制にするのですか? それとも、価格統制で済ませるのですか? それだけでも分かれば、活動方針を決定できます」


 宰相は怒涛の勢いで重ねられる陳情や要請や要求や請願に仰け反りつつも、一つ一つ応対していった。ここで『じゃかあしい、御国のやることに黙って従え』と喚かない辺り、彼が若くして宰相たりえる所以かもしれない。


「あらら、なんだか大変なことになっちゃった」

 ヴィルミーナは引き金を引いておいてしれっと呟く。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり何処ぞのお花畑パッパラパー異世界主人公なんかより 全然面白い!笑 平和主義につばをかけるつもりはないが いつ何時の為に備えるのが正しい。 まぁ言うても私は枕元に防災グッズしか用意で…
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