閑話6a:ある夜の狩り。戦争鯨の場合。
戦闘描写に伴い、残酷表現がございます。御留意ください。
本編内容の補強のため、閑話が続きます。御容赦ください。
大陸共通暦1765年:ベルネシア王国暦248年:晩冬。
大冥洋:低緯度海域:
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その船はザトウクジラを思わせるスマートな流線形の気嚢と長い両側マストを持ち、気嚢尾に操舵翼を装着していた。胴体下部にある船体は開放デッキを持つ楕円形をしていて、開放上甲板の船首と舷側にはいくつかの新型兵器を搭載していた。
ベルネシア海軍グリルディⅣ型高速戦闘飛空艇(艇、といっても実際は駆逐艦級)だ。
そのグリルディの右上方3000メートル先を飛ぶもう一隻の飛空船は、ベルネシア海軍レブルディⅢ型捜索哨戒飛空艇。
レブルディⅢ型はグリルディ型より大きくずんぐりとした楕円形の気嚢はセミクジラを思わせる。
気嚢下にある船体もグリルディ型より大きい。というのも、捜索用大型双眼鏡に魔導波捜索探知器、大型長距離用魔導通信器(妨害波を受けても無理やり通信できるほどの大出力)、モンスターの生体器官を魔導術式で無理やり動かす人工感覚野探知器など、この時代の最先端魔導機材が搭載されていた。
このグリルディⅣ型とレブルディⅢ型は共にその性能は、何気に世界トップ水準。
特にレブルディ型の捜索哨戒能力は現状、世界最高性能だった(お値段は戦列艦より高い。海軍総司令部からは『いざという時は、グリルディ型が犠牲となってでもレブルディ型を脱出させよ』と言明している)。
星海に月が燦然と輝く大冥洋の夜空を、ベルネシアの戦争鯨達が悠然と泳いでいく。
クレテアのベルネシア・シーレーンへの攻撃に対抗し、ベルネシアはグリルディⅣ型とレブルディⅢ型のペアによるハンター・キラー戦術を用い、捜索哨戒活動をしていた。
いや、彼らの言葉を借りるならば、『狩り』というべきか。
『ウォッチャー1・7よりネイラー1・7。反応補足。11時方向、距離24キロ、高度2000。単独』
『ネイラー1・7、了解。2時方向より接近する。ウォッチャー1・7は当船の7時上方に回れ』
『ウォッチャー1・7、了解。周辺警戒を継続する。良い狩りを』
二隻の鯨は位置を変え、前に出た戦闘型ザトウクジラは一気に両側マストを広げ、速度を上げた。『空飛ぶ魔狼号』とは比較にならない圧倒的な速度。
『艇長より総員、夜戦準備。全砲、装填せよ』
指揮官の号令一下で乗員達が真っ暗な甲板上を駆けていく。
感覚野操作魔導術による夜間暗視を掛けられていても、視界は厳しい。夜間と高度と相対気流によって酷く冷えるため、誰も彼もが鉄紺色のもっさりした防寒服を着ていた。
開放上甲板に据えられた砲は全て新型砲だった。螺子式爆栓の後装式砲は大きく頑丈な旋回式固定砲架に据えられ、砲架にバカでかいダンパーを思わせる駐退復座器が装着されている。
ヴィルミーナはまったく知らなかったが、陸海軍はダンパーの構造を基に火砲の反動を軽減する駐退復座器をこさえ、こうして試作砲を実戦運用していた。
火砲に交じって奇妙な兵器もあった。
一見すると、それは固定銃架に据えられた大型銃に見える。が、機関部の辺りに大型図画辞典みたいな金属製で長方形の箱が差し込まれていた。
銃の連発化が試行錯誤された時代に登場したハーモニカガンと同様の構造だった。もっとも、このバカでかいハーモニカガンに装着されている弾薬は楕円形の擲弾だったけれど。
他にも、回転式拳銃の輪胴型弾倉を金属製の輪にいくつも装着した三脚懸架式連射銃も用意される。
これらは全て試験兵器だ。船体の破壊ではなく乗員の殺傷を目的としている。
水兵達が中甲板へ通じる連絡路から予備弾薬を運び上げる。砲弾も炸薬もクソ重たいが、身体強化魔導術を付与されているためか、すいすいと運んでいく。
『上部第一観測より報告っ! 方位345、高度2000に船影ッ! 船種はクレテアのベルプール級戦闘飛空船ですっ!』
報告を受けた艇長は、私物の双眼鏡を使って報告にあった方角を窺う。真っ暗な夜闇。視界を塞ぐ巨雲の群れ。その影を進む一隻の飛空船。大きさはこのグリルディⅣ型と同じくらい。
「見つけた。確かにベルプール級の独行だ」
「なら、何も問題ありませんな」
艇長の呟きに副長がにやりと笑う。
慢心ではない。事実を言っているだけだ。ベルネシア海軍飛空船部隊はそれだけの実力と経験を持つし、グリルディⅣ型戦闘飛空艇とクレテア戦闘飛空船の戦闘力はそれほどの差がある。
「その通り。何も問題ない。狩るぞ。ケツから食いつく」
「了解。速度そのまま。取り舵半分っ! 敵船の背後に到達後、面舵いっぱいっ!」
副長の命令に操舵手が応じて舵を切る。
ザトウクジラが巨雲を掠めつつ、クレテア戦闘飛空船の背後に回り込んでいく。船体と長い両側マストが相対気流の圧に大きく軋む。さながらザトウクジラがサバの群れへ襲い掛かるように。
船首砲の水兵達が螺子式尾栓を開け、薬室に砲弾と油紙包みの炸薬を詰めて尾栓を締める。砲架にある射角調整輪をぐるぐる回して射角調整。
この時代に限らず飛空船は搭載砲数が限られ、なおかつ、気嚢という脆弱な弱点を持つ。このため、飛空船同士の戦いは敵に撃たれるより早く撃ち、敵に撃たれないよう動き回る。上方を取れば圧倒的優位。同航戦反航戦では近づきすぎず、かといって、離れ過ぎず、ボンガボンガと打ち合う。T字戦は砲撃可能砲数が増加するが、船体被弾面積も向上するから何とも言えない。
ただ、クレテア戦闘飛空船は船首砲を搭載していないケースが多い(戦列艦に気嚢を付けて吊るしていると思えば分かり易いか)。
敵船が急にマストを広げて雲の陰へ向けて舵を切る。
どうやら気づかれたらしい。だが、
「今更遅いぜ」
情報第一観測がにやりと笑って観測器を覗く。距離は5000を切った。船首砲の射程内。
「こちら第一観測。敵船との距離4700、風向300から175へ。風速20」
そして、船首砲が雄叫びを上げた。
夜闇を切り裂く鮮烈な青い発砲光。硬い金属的な砲声が轟く。強烈な砲撃反動で砲が大きく後退する。砲架の駐退復座器が運動エネルギーを受け止め、駐退復座器内の油圧と空気バネが砲を定位置へ復元した。
肝心の砲弾は敵船の右脇に大きく逸れて外れた。
「第二射、準備急げっ!」
船首砲班が大慌てで第二射の準備を始めるが、グリルディⅣ型の足が速すぎて敵船へ肉薄していく。
艇長は同航戦を選んだらしい。船首を上げて上方へ遷移する。
逃げ切れないと踏んだ敵船も負けじと高度を上げる。クレテア戦闘飛空船は舷側砲しか積んでいないし、その舷側砲も仰角俯角共に制限が少なくない。上を取られたら手が出せない。精々が気嚢上部にある観測銃座から発砲するくらいだ。
ベルネシアの戦争鯨がその横っ腹から炎を吐き出した。4門の火砲が放った榴弾が吸い込まれるようにクレテア戦闘飛空船の船体と気嚢に着弾。夜空に焦がす爆炎の花。ばらばらと落ちていく船体片と乗員だったらしい肉塊。
「船を寄せろっ! 自由射撃っ! 狙いを船体に集中させろっ!」
艇長の命令に従い、舷側砲が砲撃を敵船体に集中させる。戦争鯨が敵船との距離を詰めると、ハーモニカ型大型銃とパックルガンモドキの怪しい連発銃も銃火を放つ。
敵船の乗員も小銃を担ぎ出して、発砲してくる。燃え上がる船体の陰からピカピカと青い発砲光が幾重も煌めく。こちらも手透きの者が小銃を撃ち始めた。
ハーモニカ型銃は一発撃つ度に槓桿を操作して弾倉をスライドさせていき、連発銃は輪胴弾倉の6発を打ち終えると、輪を回して次の輪胴の弾を撃つ。
確かに連射できるが、現代の機関銃や自動連射火器を知っていれば、失笑物の低速度かつぎこちなさ。それでも、単発銃が主流のこの時代では、圧倒的連射速度と言っていい。
擲弾と銃弾の弾幕を浴び、バタバタと薙ぎ払われる者達、打ち倒される者達、運悪く船から落ちていく者達。砲撃で吹き飛ばされるのとどちらが幸せだろうか。
快調に射撃していた連発銃だが、黎明期の銃らしく誤作動も多い。
「ああ、クソッ! また詰まったっ! この役立たずのインポ野郎めっ! 動けっ!」
パックルガンモドキの射手が罵声を上げ、輪を動かそうとするが、びくともしない。
「敵船体、右舷沈黙。思ったより頑丈でしたな。このまま沈めますか?」
「副長。偶には拿捕賞金が欲しいとは思わないか?」
微笑を湛える艇長に反問され、副長はにやりと笑い返す。
「そいつは良いですな。都合よく今回は“幽霊部隊”も乗ってますしね。ひと働きしてもらいましょう」
かくして、狩りは次の段階へ移った。
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