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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代
43/336

5:5

大陸共通暦1765年:ベルネシア王国暦248年:冬。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム

―――――――――――――――――――――――――――

 アレックス達側近衆がニーナを救うため、ジゴロ退治に奔走している間、ヴィルミーナは煩わしい“会合”へ嫌がらせをしていた。


 具体的には、“会合”に参加している実業家や資産家、資本家、商会、工房などに御手紙を書いて送っていた。その中身は事業提携の申し込みや合資会社設立のお誘いなどだ。

 ただ、この御手紙を送った相手は“会合”の半数だけだった。


“会合”は合議制の集団である。民主主義的といえば聞こえはいいが、絶対的権威者が存在しない以上、指揮統制と統率、連帯結束は必ずしも盤石ではなかった。


 そもそも“会合”を構成する面々は国内有数の資本家、実業家、資産家、商会トップなどだ。

 共存共栄を謡っていても、その実は欲の皮を突っ張らせた強欲で貪欲な業突く張り共である。ましてや、歴史の教科書にも記されるほど金持ちが阿漕で悪辣だった時代の、だ。

 そんな連中が互いを心から信用信頼し合えるわけがない。個人的友情を結んでいたとしても、そこに利害と打算が加われば、たちまち裏切るし、出し抜こうと画策する。

 昨日の敵は今日の友。図々しく厚かましいのは貴族だけではないのだ。


 実際に転ぶ奴が出ようと出まいと構わない。仲間内で疑心暗鬼が生じ、足の引っ張り合いが起きれば十分。これはあくまで嫌がらせ。ヴィルミーナの御手紙攻撃の目的はそれだけだった。


 繰り返すが、人間は常に自身の事情と都合に合わせて生きる。

 ヴィルミーナが嫌がらせのつもりでも、先方がそう受け取るとは限らない。


         〇


「まさか、御手紙を送った連中の3分の1が乗ってくるとは……こいつら、自分達が私に喧嘩を売ってることをちゃんと理解してるのかしら。敵ながら心配なってくるわ」


 ヴィルミーナは届いた返信の束を前にして唸る。

 理屈は分かる。元々が穏健派とか、組織内の意思統一ができていないとか、この争いで出費と損失がかさんでいるとか、そういう事情を抱えた連中がここぞとばかりに乗ってきたのだろう。

 中にはこの話にあえて乗ってこちらの腹を探り、あわよくば情報や技術、利権なんかを掠め取ろうという魂胆もあるだろう。


 しかし、この節操のなさには苦いものを覚える。

「この浮気性の可愛い子ちゃん達をどう扱ったものかしら」


 ヴィルミーナの美しいストレートへアに櫛を通していた御付き侍女メリーナが口を開く。

「御手紙に記した通りにならさないのですか?」


「組織再編と適正化の最中にそんなことしたら、現場が混乱するわ。現実的ではないわね」

「まぁ。彼らを謀ったのですか?」


「人聞き悪いこと言わないでよ。嘘はついてないわ。明確な表現は何一つ用いてないもの。提携できたら良いですね、とか、設立を検討してみませんか、とかそういうお誘いをしただけ。向こうが慌てんぼさんなのよ」


「お嬢様はすっかり人が悪くなられたようで」

 しれっとのたまうヴィルミーナに、メリーナは嘆息をこぼした。櫛を置き、ヴィルミーナの艶やかな薄茶色の髪を飾紐でポニーテールに結い、編み込んでいく。


「ま、無碍に扱う気もないわ。いくつか気になるトコもあるし」

 鳥の巣に忍び込んだ蛇がどの雛を食べようかと思案するような顔で、ヴィルミーナは手紙の束へ目線を移す。

 紺碧色の瞳が捉えた手紙の差出人達は、いずれも北洋貿易に太く強靭なパイプを持つ商会や実業家だった。


       〇


 初冬を迎えた頃、王妹大公令嬢と“会合”の一部が、公然と某高級レストランで昼飯を食ったことで、ベルネシア王国内の商経済界や実業界がにわかに騒がしくなった。


 ビジネス界隈で対立組織の御偉いさん方が昼飯を共にする、ということは会談や交渉の場が持たれたという意味に通じる。両者の対立が既に国内の業界関係者に知れ渡っていただけに、この情報は多くの者を驚かせた。


 最も仰天したのは“会合”自身だった。彼らは対ヴィルミーナ攻勢の真っ只中に、身内が公然と敵方と通じていることを表明したのだから。

 しかも、伝え聞く限り、ヴィルミーナと“裏切り者”達は北洋貿易、特に対ロージナ帝国貿易について話し合ったという。


 大陸北方でイストリア連合王国と覇を競っているロージナ帝国との取引は、非常に限られた狭き門だった。なんせベルネシアはイストリアと婚姻同盟を結んでいる。そのイストリアの手前もあるし、ロージナ帝国にとってベルネシアは非友好国だから、大っぴらに商いはできない。

 この閉鎖性がロージナ帝国貿易の利権をとっても美味しいものにしていた。


 そして、このロージナ帝国貿易の利権は“会合”が独占状態にあった。そこへ、ヴィルミーナが食い込むかもしれない。しかも、“会合”内の裏切り者達の手引きで。

 内ゲバのスタート・ホイッスルが鳴った瞬間である。


 しかしながら、このニュースは“些事”だった。

 初冬を迎えたこの時節、ベルネシアを、大陸西方中を驚愕させる事態が生じていた。


 大クレテア王国王太子アンリ16世と、聖冠連合帝国第7皇女マリー・ヨハンナの婚約成立。

 大陸西方メーヴラントの二大国が婚姻同盟を結んだという事実に、大陸西方全体が大きく揺れた。


 この発表に最も恐怖したのは、聖冠連合帝国と隣接し、かの帝国を仇敵として幾度も幾度も戦火を交えてきたアルグシア連邦だった。


 クレテアという脅威を解消した聖冠連合帝国は、その余力をアルグシアに向けるのか、大陸西方ディビアラントにある帝国東部領の拡大ないし整備に注ぐのか。後者ならともかく前者ならば……

 この発表後、アルグシアは軍事予算を増額し、国内体制を強化して軍拡に向かって進む。


 ベルネシア王国も動揺が激しかった。

 聖冠連合帝国には先王の第一王女クリスティーナを嫁がせていたからだ。

 今後、クリスティーナの扱いがどうなるかは不透明だが、困難な外交問題が生じることが想像に易い。


 ベルネシア王国はさらに、この婚姻同盟を被害妄想気味に捉えた。

 クレテアと聖冠連合帝国はメーヴラントを二国で分け合う気だと。あるいは、大陸西方ガルムラントの雄エスパーナ帝国をも巻き込んで、大陸西方全体を三大国で分割する計画だと。


 ベルネシアもまた軍事費を増額し、軍拡を図ろうとした。

 が。外洋派遣軍に人的資源を投じていたため、本国軍の単純な増強は厳しかった。かといって、外洋派遣軍を本国防衛へ引き抜けば、命綱である外洋領土がままならぬ。


 国家財政事情的に両立は難しく、どちらかに絞る必要があった。しかし、諸々の事情から本国防衛優先派と外洋領土維持派、双方の言い分に利があったこともあり、方針がまとまらなかった。

 唯一の意見合致を見たのは、イストリア連合王国王太子夫妻の親善訪問を確実に実現し、ベルネシアとイストリアの同盟強化を図ることだった。


 場合によっては、第一王子エドワードとグウェンドリンの結婚後、王太子夫婦の初外遊としてイストリア連合王国へ返礼訪問させる、

 必要ならば、さらに第一王女か第二王女、第二王子をイストリアへ“留学”させることも決定した。

 まあ、平たく言えば、信義の証に人質として差し出します。ということだ。


 軽蔑すべき父だった先王と似た道を進んでいる事実に、ベルネシア国王カレル3世は心を深く痛めた。


            〇


 大陸西方中が動揺していたように、ヴィルミーナも激しく動揺していた。


“会合”から攻撃されて、私掠船で大損こいて、側近がジゴロに引っかかって、今度はクレテアと聖冠連合帝国の婚姻同盟ときた。もういい加減にしてほしい。

『空飛ぶ魔狼号』の船員から聞いた話――クレテアによる大冥洋航路通商破壊の可能性と、今回の婚姻同盟。二つの情報から浮かぶ想像は決まっている。


 クレテアは戦争をするための環境を整えている。その狙いはベルネシア王国だ。


「あああああっ! もぉおおおおっ! 何でこんなことになっとんのぉおおおおっ!」

 ヴィルミーナはベッドに突っ伏し、声が漏れないよう枕に顔を押し付けながら、じたばたじたばたともがく。普段表に出さないインチキ関西弁を口走るほど狼狽えていた。


 彼女はクレテアの現国王が、数年前から健康不安によって政策方針を大きく変更していたことを知らない。


「あかんあかんあかんあかんっ! まだ早いっ! まだ産業革命が軌道に乗ってへんっ! 今動かれたら不味いっ!」


 最大の脅威たる聖冠連合と婚姻同盟を結んだことを考慮すれば、クレテアのベルネシア侵攻は限定戦争ではなく、絶対戦争の可能性がある。

 なんせ、クレテアにとってベルネシアという国は、約250年前に自国領土を分捕って独立した挙句、異端である開明派を国教とし、しかも堕落した世俗主義をとったロクデナシの国だ。

 もしも、この国を潰せる力や機会を得たなら、領土をちまちまもぎ取って終わりということはないだろう。この国を滅ぼして併合するはずだ。ベルネシアにはそれだけの旨味がある。


「どないしよどないしよどないしよぉおっ!」

 麗しい曲線美を誇る両足をばたつかせてもがく。


 くっそっ! 最悪の場合、イストリアに亡命するなり海外領土にズラかるなりにしても、私だけなん認められへんぞ。まずお母様やろ? 家人の皆。側近衆。ゼーロウ家の人らにその家族。メルフィナ達も助けたいし……ああああああ、多すぎるっ! 無理やっ! かといって、見捨てるなんて絶対に出来ひんっ! どうするっ!? どうしようっ!?


 ぐりぐりぐりと端正な顔を枕に押し付けて身悶えするヴィルミーナ。


 もしも捕まったらどうなる? 私掠船に銭払うてクレテアやらエスパーナやら襲わせまくっとんから、下手ぁ打てば、処刑されたりするんっ!? そんなん嫌やあっ! もっとこの世界で“遊び”たいっ! まだ国外旅行もしとらんしっ! ドラゴンとかも生で見てへんねんぞっ! 


 完全にネガティブマインドへ突入し、被害妄想がとめどなく膨張していく。


 あ、殺されなくても、犯されたり、マワされたりするかも、金の洗衣院みたいな目に遭うかもっ! 私、超美人だしっ! いやあああああああ、そんなのやぁだあああああっ!


 被害妄想による恐怖が一周した直後、持ち前の気の強さが怯えを怒りに転換し始める。

 

 あああ、腹立ってきたっ! なんで私がこないな思いせなあかんねんっ! 大人しぅ生きてきたやんかっ! サブカルにありきたりのイキリ主人公みたいに調子こいとらんしっ! 商売は邪魔されるしっ! 相棒は帰ってこぉへんしっ! 私が一体何をしたぁゆぅんねんっ! ざっけんなっ!


 だいたいレヴ君もレヴ君やっ! 手紙一つ寄こさんてなんやねんっ! あれだけ頭が切れるんやから、上手いことやって便りの一つも寄こさんかいっ! これで女つくってガキまでこさえとった日にゃあ血ぃ見んとおさまらんぞっ!


 いろいろツッコミどころ満載である。


 散々じたばたじたばたとベッドの上でもがき、枕に向かって喚き散らした後――

 不意に真顔で身を起こす。美しい薄茶色の長髪がもっさもさに乱れていたが、ヴィルミーナは気にも留めず、大袈裟に深呼吸した。


「すっきりした」


 先程までの錯乱振りが嘘のように、冷静になったヴィルミーナはベッドから降り、窓辺へ向かった。

 窓の外に広がる美しい冬模様の庭を見つめながら、ヴィルミーナは呟く。

「間に合わないな」


 どういうわけか、クレテアの動きが加速してる。二年、早ければ一年で仕掛けてくるだろう。

 王太子と皇女の挙式がターニングポイントだ。

 おそらく、クレテアは王太子の結婚式を契機に、物資増産と兵力移動を開始する。


 もはや経済戦を仕掛けても無駄だろう。むしろ、早期開戦の口実になりかねない。

 かといって、実際にドンパチするのもかなり厳しい現実が待っている。

 本国軍の戦力は抑止には使えても、実際の防衛戦には足りない。戦い慣れた外洋派遣軍はすぐには戻せない。


 不利を兵器の性能で補うのも難しい。

 現行兵器の性能は多少ベルネシアが優位だが、量的劣勢を覆せるかは怪しい。


 かといって、新兵器開発も非現実的だ。

 ベルネシアの現行技術力と工業能力だと、金属薬莢の開発とその銃砲の開発にこぎつけても、量産は……無理だろう。

 仮に、量産できたとしても、おそらく開戦までには欠陥の多い先行量産品しか製造できないし、将兵の慣熟訓練も不足するはず。

 何より、銃砲の性能向上は同時に消費弾薬の激増を意味する。その負担の備えがない。


 ヴィルミーナは窓の外を見つめながら、考える。

 王国府や軍の連中もこの状況は把握しているだろう。打開案を必死にひねり出しているはずだ。


 ならば、彼らにできることを私がやる必要はない。

 彼らにできず、私にできること。そのうえで、決定的な一手。

 どうすれば良い。自分に何が出来る。何をすれば、大事な人達を、この国を守ることが出来る?


 ヴィルミーナは考え続けた。

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