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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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5:4c

下ネタがございます。御留意くださいませ。

下ネタを変更しました、大まかな内容に変化はありません。(12/18)

大陸共通暦1765年:ベルネシア王国暦248年:晩秋。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム

―――――――――――――――――――――――――――、

「閥からの追放はなし。軽い処分で済ませる、とヴィーナ様に御裁可いただいた」

「そっか。よかった」

 ニーナのことを案じていたマリサは、アレックスの報告に安堵の息をこぼす。


「安心するのは早いわよ」

 アレックスはマリサに釘を刺して報告を続ける。

「軽い処分で済むのは情報漏れがないこと前提なの。ニーナが情報をジゴロへ流していたら、ヴィーナ様も厳罰を下さざるを得ないわ。その辺はどう?」


「行確した限り、今はまだ大丈夫。情報漏れは無し。ニーナの純潔も無事」

 マリサが冷ややかに言い、

「とはいっても、事態が悪化する前にさっさと片付けた方が良いね。で、この迷惑なクソ野郎はどうする? いつもよりきっちりケジメ取りたいんだけど」

 可愛い顔立ちに凶暴さを湛えた。


 マリサは高等部予備士官課程に進んだ少数の女子の一人だ。同課程では『腹を空かせたヤマネコみたいな奴』と評されている。頼もしい反面、扱い難くもある人物だった。


 血の気の多い奴め。アレックスは密やかに嘆息を吐く。

「“会合”に攻撃を受けている最中よ。荒事は相手に付け入られる。この件は無難な手で片付けるわ。ニーナを説得してジゴロと手を切らせる。ジゴロは処理しない」


「つまんねー」マリサは舌打ちしつつ「ちなみに、ニーナが説得に応じなかったり、ジゴロが引かなかったりした場合は?」


「その時は……多少は実力行使をするしかない、かな」

 アレックスが苦い顔で渋々答えると、マリサは唇の両端を大きく釣り上げた。

「要は“会合”が付け入る隙を見せなければ、荒事でも良い訳だね」


「……何を企んでるの?」

 マリサは物凄く不安そうな顔のアレックスへ素敵な笑顔を向ける。

「大丈夫。すっごくイイ考えだから」

 アレックスの不安が一層大きくなった。


             〇


 ルイ・サヴォルリーというジゴロは職業『遊び人』を称する男で、『俺は女が求める男なのさ』『遊び人のコツは女を愛さないことだ』とスカした顔でほざく陶酔型自己愛者だ。

 気取っているが、結局は女性の体をむさぼり、心を弄び、その金を毟る寄生虫に過ぎない。


 その日も、サヴォルリーは日が高いうちから数いる“恋人”の一人をホテルへ連れ込み、情事を楽しんでいた。思うさま恋人を悦ばせた後は、ホテル代と食事代を払わせ、小遣いをせびり、次の女の元へ行く予定だ。


 さて、女の扱いには慣れていても、諜報戦の心得など何もない彼は、数日前から行確されていることに気づかなかった。


 彼が根城にしている安アパート(女を自宅へ連れ込むジゴロはいない)に侵入され、その所持品や金品の隠し場所、彼が記録している“手帳”の中身まで全て調査されていることを知らない。幸せな男である。


 サヴォルリーはある意味で、マメな遊び人だった。自分が満足するより女を悦ばせることを重視することで、より多くの“旨味”を得られることを知っている。


 であるから、彼の手帳には、これまで食ってきた女達の情報が細かく記されていた。容姿や性格、巻き上げた金額。それと、セックスの“具合”に関しても、事細かに記してあった。


 マメなサヴォルリーはこれからコマす予定の女達についても、詳細に記していた。

 王妹大公令嬢側近衆ニーナ・ヴァン・ケーヒェル伯爵令嬢の名前も予定欄にあった。

 曰く、今月中に純潔を頂く予定だったらしい。貴族令嬢にも躊躇なく手を付けるつもりの辺り、肝が太いのか、肝っ玉がでかいのか。ま、ジゴロだし後者だろう。


 サヴォルリーは”お勤め”を済ませ、浴室で丹念に体を洗う。体に他の女の匂いや情交の形跡を残していては、ジゴロとは務まらない。


 部屋から轟音と共に女の悲鳴がつんざく。


「な、なんだあっ!?」

 仰天したサヴォルリーが素っ裸で浴室を飛び出す。


 視界に映ったものは、ベッドの上で布団を抱えて怯える”恋人A”と吹き飛ばされたドア。

 そして、サヴォルリーと恋人が驚愕で慄然とする中、粉塵漂う部屋の出入り口から人影がぞろぞろと入ってきた。


 侵入者達は、下は15歳から上は30代まで、いずれも見た目美しい女達だった。


 ただし、どの女も眉目を釣り上げ、青筋浮かべ、怒りのあまり肩を震わせていた。手に棍棒やら麺棒やら包丁やら持っている者達も少なくない。


 部屋に入った女達は全裸のサヴォルリーへ罵詈雑言を浴びせ始めた。

「誰がゆるゆるだ、コラァッ!」「あたしの匂いが魚の発酵臭だあ?」「抱いていて退屈? バカにしやがって……っ!」「あたしの妹と寝てた挙句、妹の方が“具合”が良いだと? ぶっ殺してやるッ!」「ドグサレッガーッ! スッゾコラーッ!」


 激昂。

 女達が剥き出しにした感情はその一語以外に表現しようがない。


 ジゴロと寝て金までくれてやるような女達は、基本的に『遊び』と割り切っており、騙されたとか弄ばれたとか思う者は意外と少ない。

 ただし、貞操観念に問題はあっても、自尊心に問題があるとは限らない。むしろ、彼女達は自尊心が強いがゆえに、遊びで性交渉を持つ余裕がある。そして、こういう自尊心が強い女性は侮辱を絶対に許さない。


 中にはまだ性的関係を持ってない者達もいたが、彼女達は彼女達で十分に怒っていた。

「誰が夢見がちな日照り女よっ!」「見た目はダメだが、金払いは良い? ふざけたこと抜かしやがってっ!」「あんたのために彼氏を捨てたのよ、それをよくも……っ!」


 彼女達の中にニーナも交じっていた。

 ニーナは完全に表情が欠落した能面顔でハイライトの消失した瞳をしていて、

「どうしてくれるのよ私のキャリアが台無しじゃないどうしてくれるのよヴィーナ様の信頼もこれまでの努力も全部パーよどうしてくれるのよどうしてくれるのよどうしてくれるのよどうし―――」

 ぶつぶつと繰り返しており、その両手からバチバチと雷系魔導術が暴れている。


 サヴォルリーは女達の様子に二重の意味で震え上がった。

 一つ。女達は本気で自分をリンチにする気だ。

 一つ。女達の口にしている内容は自分の秘密の手帳に記してある記録そのものだった。


 これまで散々ぱら女達を弄んできたサヴォルリーは知っている。

 この場で誤魔化しの言葉は一切通じないことを。


 これまで散々ぱら女達を弄んできたサヴォルリーは分かってしまう。

 この場でこれから自分の身に何が起きるのかを。


 筆舌に尽くしがたいほどの恐怖に襲われたサヴォルリーは、迷うことなく浴室へ逃げ込み、ドアに鍵をかける。

 血の気が引き、だらだらと脂汗が流れるその顔には、日頃、女達へ甘い言葉をささやくスカシ振りが微塵も見られない。


 サヴォルリーは浴室の中を見回すも、唯一の逃げ道らしい窓は明かり取りと換気用で小さく、とてもくぐれない。そもそも全裸で表に逃げるなど、絶対に許容できない。伊達がウリのジゴロがストリーキングなんてしたら、二度と女を引っかけられないのだから。


 つまり、詰みである。


 浴室ドアがドラムロールのように殴りつけられ、その向こうからは女達の罵詈雑言と怨嗟が絶え間なく届いてくる。

 為す術のないサヴォルリーは浴槽の中で体を丸め、頭を抱えながら嘆く。


 ああ、あ……あ、な……なんで、こんな……どうして……っ! どうしてこんな……っ! こんな理不尽なことが、俺の身に……っ!


 某地下帝国のタコ部屋の班長みたいに嘆いているところへ、破砕音と共にドアが斧に貫かれた。ごりごりと擦れる音を奏でながら斧が引き抜かれ、その大穴にギラギラと獰猛にぎらつくニーナの双眸が覗く。

「逃がさなぁい」


 きゃあああああああああああああああああああああああああっ!?


 サヴォルリーが娘っ子のような悲鳴を上げた。そりゃそうだ。映画『シャイニング』のジャック・ニコルソンだってここまで恐ろしくない。

 ドアが砕かれ、ニーナを先頭に女達が浴室へ進攻してゆく。

 そして―――


〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ




 ホテル傍の屋台で軽食を摘まんでいたアレックスやマリサを始めとする側近衆達が、ホテルから流れてきた汚い悲鳴を聞いた。

「上手くいった上手くいった」と楽しそうに笑うマリサ。

「この人おかしい(小声)」「よぉこんなエグいこと考えるなぁ」「病んでんじゃないの?」「ひっでェことするわぁ。人間性を疑うね」「マリサネキ、怖すぎですよー」

 口々にマリサに毒舌を浴びせる側近衆達。


 ヴィルミーナの無理難題と無茶振りで扱き使われている彼女達は、“戦友”ともいうべき絆で結ばれている。そのためか、やり取りに遠慮というモノが無い。


「ノリノリで協力してたくせに、人に全部おっ被せるのはやめれ」

 マリサがぶー垂れると、側近衆がははは~と笑う。


 先日、マリサと側近衆の有志がサヴォルリーの部屋に侵入し、その手帳の内容を書き写して関係を持った女達の元へ送りつけた。そして、彼女達に自分がどのように『評価査定』されていたかを教えたうえで、今日、このホテルへ来るよう奨励した。


 側近衆の仲間ニーナにはもっと直截だった。

 サヴォルリーが別の”恋人”と情事中の様子を監視させたうえで、手帳を読ませたのだ。

 そしてニーナは……


 ホテルの某室から汚い悲鳴、女達の罵詈雑言に加え、奇怪な笑い声が絶え間なく聞こえてくる。

「あの気持ち悪い笑い声、ニーナだな。楽しんでるよーで何よりだ」

 いい仕事したぜ、と言いたげにマリサは大きく頷いた。こいつは鬼畜ですわ。


 側近衆の娘っ子達はホテルで起きている惨状を気に留めず、軽食を食べ進めながら、やいのやいのと話を重ねる。


「それにしても、ニーナがジゴロなんかに引っかかるとはね」

「男遊びなら校内の次男坊三男坊連中とすれば良いのに」

「余裕こいてるけど、お前はこの間、振られて大泣きしたやんけ」

「ちょ、おまっ! ばらすなよっ! ばらすなよぉっ!」


「婚約者のいない人って大変ねー。甘えられる相手がいなくてカワイソー」

「むっかつくぅ。お前、婚約したからってあたしらに勝ったと思ってんだろ」

「おほほほほ、嫉妬が心地良いわー」


 あれやこれやと盛り上がる側近衆一同をよそに、アレックスは目を覆っていた。


 こんなはずじゃなかった。ヴィルミーナの前で宣誓した時は、ニーナに誠真を以って残酷な事実を告げ、誠心を以ってニーナの傷ついた心を慰め、励まそうと思っていた。

 なのに、現実には真っ昼間からサバト染みたリンチが繰り広げられてしまっている。


「こんなの、ヴィーナ様にどう報告すればいいのよ……」


 ※    ※    ※


 女達に袋叩きされ、素っ裸のまま通りに投げ捨てられた後、ルイ・サヴォルリーを見かけた者はいない。

 噂では自慢の顔が回復不能なほどボッコボコにされたことで発狂し、癲狂院へ放り込まれたとかなんとか。


 この騒ぎに王立憲兵隊が当然出張ってきたが、彼らがしたことは女達にドアとホテルの部屋の修理費用を弁償するよう命じたことだけだった。


 これが殺人に発展していたり、ジゴロが貴族のドラ息子だったりしたなら、王立憲兵隊も多少は真面目に仕事をしただろう。

 しかし、迷惑なジゴロが半殺しに遭った“程度のこと”で、大勢の女達を逮捕して連行、なんて面倒な真似していられない。お巡りさんはね、忙しいんですよ。



 御都合的に感じるかもしれないが、良くも悪くもこれが近代初期という時代だった。


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