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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代

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37/336

5:1

一部表現を修正しました。内容に変化はありません(12/18)

大陸共通暦1765年:ベルネシア王国暦248年:春。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国北部:王都オーステルガム。

 ――――――――――――――――

 ヴィルミーナが傷痍退役軍人や戦死者遺族、退役軍人に目を付けた理由は、軍の歓心を買えるし、軍の人材を得られるし、本格的な技術や産業の革新を始めるためだった。


 そこにあるのは純粋な打算と損得勘定と合理的怜悧性。偽善的所業に一々心を割くほど、精神年齢ウン十歳のヴィルミーナは青くない。


 少なくとも、彼ら彼女らの境遇を正しく認識するまでは。


 戦死者遺族や傷痍退役軍人の窮状は、ヴィルミーナの想像を絶するものがあった。

 この世界のこの時代の『悲惨な境遇』は、地球現代のホームレスの比ではない。セーフティネットや支援団体がほぼ存在しない社会における弱者とは、見殺しにされる存在だった。

 むろん、利にならなければ、飢え死寸前の者すら見殺しにできる精神的タフネスを持つヴィルミーナが、彼ら彼女らに同情し、ほだされて救済に動く、なんてことは“ない”。


 それでも、祖国を背負って戦場へ赴き(ベルネシア軍は志願制である)、手足を失い、目鼻耳を失い、心を壊した者達がドブネズミ以下の暮らしを強いられ、同胞から蔑まれる光景には――


 戦争で夫や父親や兄弟や息子を亡くし、窮乏に陥った女達が小汚い安宿や裏路地の暗がりで体をひさぎ、自尊心を磨り潰していく姿には――


 戦争で親を失い、あるいは窮状に陥って捨てられた子供達が残飯を漁って飢えをしのぎ、ドブの傍で栄養不良と寒さに一人寂しく死んでいく様には――


 これまで見てきたスラムの住民や港湾の物乞い達も悲惨だったが、戦死者遺族や傷痍退役軍人の窮状には、ブラックエコノミー原理に毒されたヴィルミーナをして、人間が持ち得る高貴な善性と今生の王族としての使命感を刺激された。


 全ての兵士が心から国や王のために戦ったとは思うほど、ヴィルミーナの精神は幼稚ではない。人間はだれしも自分の都合や事情を第一とする。まして、志願制を採択しているベルネシア軍兵士達の多くは国や王を大義名分にしつつも、本音は自分や家族のために戦場へ赴いたはずだ。不具になるのもくたばるのも、究極的には自己選択の結果でしかない。


 しかしながら、国や王家は自らが看板となった以上、彼らの貢献と献身に応えねばならない。王族としてその利益に与かる自分は、前世の知識と経験を用いる危険性を考慮しても、彼らの窮状に対して対策を講じる責任がある。彼らに手を差し伸べる義務がある。


 ヴィルミーナの道義心と良心はこの事業にそうした”情”を持ち込ませていた。

 ただし、こうしたヴィルミーナの本当の真情を知る者はほとんどいない。彼女自身も実業上の合理的理屈や損得勘定以外は語らなかった。


 一流大企業内の出世競争という苛烈な戦いを前世で経験したヴィルミーナは、こうした心情を明かすことを、弱さを晒す行為と判断していたからだ。相手の情に訴えるのは良い。だが、自分の心情を晒す事は付け入る隙を与えるだけ。


 そのため、大半の人間は今回の案件に対し、ヴィルミーナが軍へ接近するため、その利権へ参じるための方策と見做していた。ヴィルミーナに好意的な者達も弱者救済と軍利権の両得を狙ったものだと解していた。


 もしもレーヴレヒトが傍にいたなら、その真情を敢えて語らないヴィルミーナを笑っただろう。

 恥ずかしがり屋さんだな。


                      〇


 ヴィルミーナが事業に着手してから約2年。

 王都の東にある外縁郊外に、小街区が生まれていた。軍の肝いりだけあって動きが早い。

 住民の大半が陸軍の戦死者遺族と傷痍退役軍人や年季退役軍人達、その家族。少数の例外もあるが、小街区は元陸軍人達の町だった。


 この小さな町は、ベルネシア王国北部の主要一次産業から収穫される食物の加工工場、外洋領土や北洋貿易で調達された原料を加工する紡績工場や織布工場などを主要事業とし、未亡人や傷痍退役軍人が能う限り雇われた。


 紡績工場ではミュール型紡績機モドキが用いられ、足踏み式織機が導入された(本当は水紡機と力織機を導入したかったが、技術者ではないヴィルミーナは詳細な機構を把握していなかった。普通は知らんやろ、そんなもん)。


 工場の他には、旋盤などの工作機器を導入した各種工房や製作所が並ぶ。

 各工場で使われる器材の開発製造量産、傷痍退役軍人用の義肢や福祉補助具/作業補助具の開発製造などなど。こうした工房や製造所などには軍で開発などに携わっていた退役軍人、ヴィルミーナの関係工房の技術者達が中心に雇用されている。


 重度の障害を持つ者は各職場の軽作業や事務職、施設/製品品質の管理検査などに回され、それらの学習施設も作られた。戦死者遺族と傷痍退役軍人の職業訓練施設も併設された。


 他にも、母子家庭のため工場傍に託児所と児童用私塾、独身者向け食堂、診療所(傷痍退役軍人向けのリハビリ施設も併設)、生活雑貨を扱う商店から一般の流通業者まで軒を連ねている。

 これらの業種で働く者達もやはり、元軍人達とその家族が中心だった。


 街区整備は工兵上がりの連中が中心となり、街区内インフラは水利、衛生、将来的拡張性が整えられていた(現代的都市水準を要求された元工兵達は泣きが入ったほど)。

 街区内道路は全て車道と歩道がきっちり分離されている。最大の目玉はこの街区内の全ての道路と建物がバリアフリー化されていること(この世界にバリアフリー概念が導入されました)。


 もちろん、これほどの大事業をヴィルミーナ個人で賄うことも手掛けることも不可能だった。

 主要な部署の人材は軍から調達していたし、資金もヴィルミーナの手が届いていない大商会や大貴族などが融資出資投資していた(たとえば、ハイスターカンプ家やロートヴェルヒ家のつながり)。特に軍需産業畑の利権者が多数絡んでいる。


 当然ながら、街区建造計画には王国府も噛んでいた。それどころか、この事業の主導権を王国府や他所の大商会、貴族が分捕ろうとした。軍とその利権者達に母の王妹大公ユーフェリア(+王家)がヴィルミーナを強烈に支持しなければ、彼らの思惑通りになっていただろう。こうした観点からも、この街区事業はヴィルミーナの独占とはいかなかった。


 この小街区におけるヴィルミーナのシェアは3割をわずかに超える程度。母ユーフェリアもかなり援助してくれたが、筆頭株主であっても、過半数は占めておらず議決権もない。それが限界だった。


 ただ……この小街区に住むことが出来た者達は、誰が自分達を救うために奔走したか知っていた。

 建設開始の頃から王妹大公令嬢の姿を見ない日はなく、建設が軌道に乗ってからも王妹大公令嬢は小街区内のあちこちに出没した。

 工場に働く者達や街区内で生活する者達の意見を聞き、工房を訪ねてアイデア出しや相談をし、不備があれば直ちに改善するよう方々へ掛け合い、時には私費すら投じて解決を図った。


 だから、この小街区では王妹大公家の馬車を見れば、誰もが敬意と感謝を持って一礼する。ユーフェリアやヴィルミーナの姿を見れば、拝む者さえいた。

 小街区は陸軍の町だった。ただし、その”領主”は王妹大公家令嬢ヴィルミーナだった。


                   〇


 この日、ヴィルミーナは小街区の外れにある馬車修理工場に訪れていた。

 この馬車修理工場、その実は技術開発研究所で、ヴィルミーナの前世記憶に基づくアイデア出しや知識を基にしたヒントをタネに研究や開発が行われている。


 というのも、ヴィルミーナ自身が如何に高学歴のハイ・キャリアとはいえ、技術の専門家ではない。たとえば、ハーバー・ボッシュ法を知っていても、それをこの時代の技術で具体的にどう実現化させれば良いか分からない。


 ヴィルミーナはそういう時、出来る奴を探し出して任せることにしている。前世の経験上、これが一番手っ取り早く確実だった。ヴィルミーナの役割は、白羽の矢を立てた奴が本当にできるかどうか見極めること、それと、資金や物資を適切に配してきっちり仕事をさせることだ。


 この手法はレーヴレヒト経由のクェザリン郡で実際に成果を上げている。まあ、『ゴブリンファイバー』という予期せぬ事態もやらかしたが。


 で、そんなヴィルミーナの無茶振りを押し付けられているのが、この施設の所長(表向きは工場長)や主任技師などだった。

 本日のお目当ては、熱機関開発の経過視察。イストリア連合王国では四年前に実用化を確認しているようである。


 地球史における産業革命は世界で同時期に起きた事象ではない。

 17、8世紀にその予備段階が進み、19世紀前半にイギリスで大々的にスタート。欧州大陸で産業革命の本格化はイギリス産業革命から30年も経過した19世紀中後期から。日本は最後発組で19世紀末。


 ヴィルミーナの見込みでは、今すぐイストリアに追従して産業革命を実現できれば、周辺諸国に先んじて技術的優位を獲得できる。先のアルグシア―聖冠連合戦争みたいな頭の悪いやり方のドンパチを回避するには、技術的優位性をいち早く実現するしかない。

 ただ、これにはベルネシアの軍首脳部が聡明、という前提条件があるけれど……


「塩梅はどう?」

 ヴィルミーナは接待役の主任技師へ尋ねた。


 脂の乗った30代半ばの技師は自信ありげに応じる。

「御嬢様が御要望の熱機関は試験評価レベルにこぎつけましたよ」


「ようやくか……」

 熱機関――主に外燃機関の開発はその素材たる鉄の質に泣かされた。

 転炉の開発が遅れているため、鋼鉄や銑鉄の大量調達が難しく、その鋼鉄にしても、職人の技量と経験に左右されるから、はっきり言って質が安定しない。


 では、高炉と反射炉で代替すりゃいいじゃん? 似たようなもんはあるのです。そのうえで、転炉が欲しいのです。生産効率と量産量が違い過ぎるんや……。


 馬車開発の時にも似たような問題に直面した。

 思うに、この世界は魔導技術に依拠しない分野がザル過ぎる。

 たとえば、回復剤だ。現代地球にあんな凄い医薬品は存在しない。模倣すらできまい。

 一方、魔導が絡まない分野は酷い。飛空船が空を飛ぶ世界なのに飛び杼すらなかったって……


 とまれ、ヴィルミーナは技術者や学者達相手にアイデアと意見(別名:無理難題)を出して、あーだこーだと進め、なんとか地球近代産業黎明期の蒸気タービンと蒸気機関、スターリングエンジンを再現した。この世界の技術者や学者もやりよる。


 これまでは研究室レベルであり、実用段階、特に商業産業に使うにはまだ心もとなかった、それも、評価試験を実施できる段階には進んだ。実用化が見えてきたということ。

 ええやん。この調子でいけば、内燃機関の開発も近いでっ! 

 ……あ。石油がねえっ! 石油がないやんっ! うああ、石油の掘削も精製も完全に門外や。原理も知らんわ。どないしよ。


 ヴィルミーナがひそやかに一喜一憂している傍らで、主任技師は嘆息を吐いた。

「素材に魔鉱や金剛鋼を使えば確実なのですが」


「費用対効果の見合わないものは要らない。だいたい、その魔鉱も金剛鋼も量産性がない」

 ヴィルミーナは冷厳に提案を撥ね退けた。


 小型の工場を一基や二基こさえるわけじゃない。この先、国家プロジェクト並みの大規模製造プラントやコンビナートを作るのだ。採算性の悪い素材で無理矢理こさえても金にならん。

 しかし――魔鉱だの金剛鋼だの……忘れがちだけど、ファンタジーやわぁ。


「そだ。スクリューとプロペラの開発は?」

「順調です。既に中規模モックアップでの稼働を確認しています。プロペラ軸の取り付けパッキンと充填剤は例の資料が役に立ちました」


 例の資料とは、新型馬車開発時にあれこれと試した資料のことだ。王国府に根こそぎ持っていかれたが、レーヴレヒトのように賢い者は予備くらい用意してある。


「それは喜ばしい」

 海洋領土との貿易をより高速化、効率化するためには船舶艦艇の性能向上は必須。外輪船などという寄り道は時間の無駄だ。直にスクリュー式へ進む。


 プロペラも並行開発することで飛空船の性能向上も図る。

 飛空船に搭載可能な軽量の機関開発がネックやけど……これに成功すれば、飛行機開発も視野に入る。この世界の人類最初の航空機開発はベルネシア、私の傘下組織によって行われるで。

 

 ……ぐふふふ。ベルネシアの夜明けが近づいてますなあっ!

 唐突に顔芸を始めたヴィルミーナに主任技術者がビクッと驚く。


 好事魔が多しというけれども、上ばっかり見ている時に限って足元の穴に落っこちるもんである。実際、彼女は前世で順調に出世している最中に、悪夢の海外出張&出向地獄へぶっこまれたのだから。


 ヴィルミーナがそのことを再認識するまで、あと少し。

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