22:0:ママは東の守護者、西の侵略者。
お待たせしました。
ユーラシア史観において、近代以前の日本はド辺境のド田舎にあるモブ国家だ。
日本の歴史は基本的に内輪揉めを延々と繰り返しだ(これ自体は珍しいことではないけれど)。諸外国との関わりはみみっちぃレベルの交易があっただけで、国交と呼べるほどのものは数えるほどしかない。戦国末期に耄碌ジジイが試みた本格的な外征が失敗に終わった後、狸ジジイの遠洋貿易を即座に打ち切って19世紀まで引きこもるだけ。
こんな有様だから、ユーラシア史観において、近代以前の日本は存在感がほとんどない。中華から辛うじて『東の海の野蛮人』として触れられるくらいだ。
さて、魔導技術文明世界における日本に該当する国が、旭祥皇国である。
ただし、旭祥皇国は前近代日本と違い、引きこもっていない。
幕府三代将軍忠永公が父である先代の鎖国政策を取り下げ、段階的対外進出と重商主義立国の計画『皇国海洋共栄圏構想』を国是方針として以来、対外進出姿勢を取り続けている。
そして、現在。
皇国は日本でいうところの北はウラジオ、樺太、北海道、南は沖縄、台湾、フィリピンを制し、インドシナ半島とインドネシア諸島へ足場を築いていて、自国を中心とする海洋経済圏の構築に勤しんでいたが、今のところ成果はそう大きくない。
ウラジオと樺太と北海道に該当する北方地域は木材と鉱物とモンスター素材資源には富んでいたが、現状の農業技術や品種改良技術では過酷な寒冷地に適した穀物や豆類が無く、絶えず食糧問題に悩まされており、この問題が現地の開発と発展のボトルネックとなっていた。
南方は南方で台風やら疫病やらに困らされ、地下資源と耕作用地の意外な乏しさに悩まされ、旧エスパーナ帝国東方植民地は旧宗主たるガルムラント人や現地人との確執を抱えている。
これらの諸問題に、大陸勢力との小競り合い(定期便みたいなもんだ)と近年のロージナ帝国東進などの面倒が加わる。
それでも、旭祥皇国は各植民地を手放すことなく経営し続けていた。
この時代の皇国は司馬御大の語るような東方の小さな国ではなく、既に植民地を持ち、異民族を支配する海上帝国であり、列強だった。
列強たる旭祥皇国は大陸東南方の足場をより強化することを求めている。
というより、東に広がる大洋――大天洋主要海域は未だ横断に成功した者が居ない絶海であり、進出不可能と考えられている以上、皇国の目指す先は大陸東南方しかない。
さらに言えば、現状の皇国の国力では大陸東南方が進出限界だった。大陸東南方を海洋共栄圏の最前線とし、後背の重要な旧エスパーナ東方植民地、さらには本土を守る大天洋の防波堤とすることを企図していたのだ。
こうした旭祥皇国の大陸東南方進出計画は、大陸東方の雄である大秦華帝国の南進計画とダダ被りしていた。
大秦華帝国は基本的に内向的な国であったが、ロージナ帝国の東進や大陸中央勢力の蠢動、旭祥皇国の海洋勢力圏の拡大から『秦華圏の拡大』を図るようになっている。
東進するロージナと鎬を削りつつ、大陸中央勢力を牽制し、大陸東南方へ進出。これが大秦華帝国の近年状況だった。
ちなみに、旭祥皇国と大秦華帝国は互いに相手を『愚鈍な豚』『海の蝗』と罵り合う関係である。
一方、東方に先んじて世界侵略を推し進めていた大陸西方列強は、着々と植民地拡大に努めていた。
海洋覇権国家イストリアは大陸南方亜大陸の征服事業を推進中で、大クレテア王国もいよいよ大陸南方の西部地域へ侵攻する準備に入っている。
大陸暦1786年、ベルネシアの白獅子財閥は蒸気機関車輛と東メーヴラント戦争に意識を注いでいたが、ベルネシア王国そのものは隣国アルグシアの状態を警戒しつつも、外洋領土に向けられていた。
大陸南方植民地は現地人国家の抗争と自然災害に悩まされ、南小大陸植民地は旧エスパーナ植民地の独立戦争やらなんやらの影響に苦慮し、大冥洋群島帯植民地は大型海竜の周期到来の影響に頭を痛め、トドメは大陸東南方植民地が東方列強の脅威に晒されつつあるときた。
ベルネシアは繁栄している。が、その繁栄は危うい均衡の上に成り立っていた。
「最悪のシナリオは全植民地が同時に戦火を被るケースですな」
宰相ペターゼンはこめかみを揉みながら言った。
初夏の快い午前中。エンテルハースト宮殿の会議室にて、御前会議が行われていた。
カレル3世の下、宰相ペターゼン侯以下政府首班に加えて王太子エドワードと第2王子アルトゥール、そして、オブザーバーに王妹大公女ヴィルミーナが臨席している。
頭の痛い外洋領土情勢に、カレル3世は軍高官へ問う。
「軍は最悪のシナリオに対応できるか? 忌憚なく答えよ」
「全植民地が同時に総力戦状態へ至った場合、外洋派遣軍の各方面軍は独力で半年は持ち堪えられるでしょう。ただし、半年が限界です。また、この場合の戦力供給源は本国軍ですが、もしも、同時期に本国が脅威に晒された場合、遺憾ながら軍は責任を負いきれません」
正直な回答を受け、カレル3世は腹心のペターゼン同様にこめかみを揉む。
「つまり、最悪のシナリオが起きた場合の対策は……一つか」
「はい。いずれかの植民地を放棄せねばなりません」
ペターゼンが即答した。全外洋領土の全統括管理責任を担う植民地相が反論しない辺り、『最悪のシナリオ』時の共通認識が取れているらしい。
「大冥洋群島帯を切り捨てることは論外ですな。大冥洋の絶対的要衝です。ここを手放しては国家戦略が根底から変わります」
宰相に続いて大蔵相が口を開いた。
「大陸南部植民地もです。かの地から得られる資源は我が国の産業に欠かせません。経済上の要地です」
「大陸東南方と南小大陸は?」
王の下問にペターゼンが答える。
「前者は東方貿易の利益喪失、現地入植者の産物および香辛料や茶、天然素材の調達先を失います。かなり手痛い損害を招くでしょう。後者は軍事的、経済的な効果は他の植民地より少ないですが、協商圏と連携して考慮した場合、政経両面で重要な橋頭堡です。損失する利権はかなり痛いですな」
ふむ、とカレル3世は顎先を弄りつつ、卓上に広げられた大きな地図を見つめる。しばしの沈思黙考の末、しれっとした調子の姪へ尋ねた。
「というわけだが、ヴィーナはどう考える?」
「そうですね、あくまで私見ですけれど」ヴィルミーナは前置きしてから「私なら東南方を切り捨てます」
幾人かの閣僚が意外そうに目を瞬かせ、カレル3世も興味深そうに問いを重ねる。
「大陸東南方を切り捨てたら、お前の東方趣味が叶わなくかもしれんぞ?」
伯父の面白味を込めた語り口に、四十路の大台が迫る姪は微苦笑を返してから、
「まず確認しますけれど、東南方は東西海洋交易の要衝であり、元々大小様々な現地勢、クナーハ教圏商人、亜大陸勢力が入り組んだ混迷の深い地域でしたが、我々西方列強と東方列強が進出したことで、現地情勢は複雑怪奇の極みです。私が知っている限り、あの地で衝突が生じなかった年は無かったかと」
水を向けられた植民相が首肯を返してお歴々ヘ向けて言った。
「ええ。規模を問わねば、必ず東南方のどこかしらでドンパチとチャンバラが行われております。不安定性で言えば、他の外洋領土の比ではありません」
ヴィルミーナは首肯し、
「植民地省閣下の御説明通り、政治的、軍事的問題に限れば、大陸東南方は面倒が多すぎます。現地勢は敵味方定かならず、東方列強と完全戦争の危険性を伴い、何より距離があまりに遠い。この負担から解放されるだけでも、他の外洋領土を大きく補強できます」
滔々と言葉を紡ぎ、
「経済的にはかなりの苦痛を伴います。現地への投資が全て泡となり、東南方特産物の調達コストが激増します。ただ、東方貿易自体は継続可能です。諸々の調整に苦労するでしょうが、イストリアの亜大陸拠点に間借りさせて貰うなりなんなりで、ある程度補えます」
淡々と言葉を編んで、
「対して、大陸南方植民地の資源は我が国の産業経済に不可欠です。手放せません。また南小大陸も大冥洋経済と協働商業経済圏の利権関係から、手放すべきではありません」
さらりと言葉を締めた。
「このように消去法的理由から、切り捨てるなら、東南方です」
うーむと唸るお歴々の中、
「僕はヴィーナ姉様に同意見です、父上」
地中海戦争からこっち軍事畑を主務にし始めた第2王子アルトゥールが口を開く。
「東南方を切り捨てれば、飛空艦を一隻、大陸南方植民地に張りつけられます。大陸南方の現地諸国であれを落とせる勢力はありません。また、東南方方面軍を作戦予備に出来ることも軍事的利点が大きいですから」
「しかし、あちらに回している飛空艦は随分な老嬢だろう?」
王太子エドワードが眉根を寄せつつ問えば、弟はどこか不敵な笑みを返す。
「兄上の御懸念は確かに。ですが、老朽艦なればこそ大胆な運用も取れましょう」
「沈められても困るのだが……」
次男坊の意気軒高な姿勢に苦笑いをこぼし、カレル3世は再び軍高官へ水を向けた。
「逆説的にはどうか。東南方植民地に飛空艦を張りつけておけば、脅威を排除できないか?」
検討していたのだろう。軍高官は王の諮問へ素早く回答した。
「端的に申し上げて、難しいです。現地勢ならば陛下の御望み通りとなりましょうが、東方列強が相手となると、その限りではありません」
「強いか」
幾分眉間に皺を刻んだ王へ、
「強い、と申しますか……東方列強は我々と軍事理念が大きく異なります」
「軍事理念?」
軍高官は朗々と説明を始めた。
「秦華は完全な陸軍国家であり、海軍の質は恐れるに値しません。ただし、陸戦における人海戦術の飽和攻勢が凄まじく、仮にこの飽和攻勢に晒された場合、飛空艦で対抗できるか、軍は明言しかねます」
カレル3世はうーむと唸る。
「旭祥は?」
軍高官もどこか困った様子で回答する。
「近辺に対抗し得る海軍が居なかったためでしょう。旭祥海軍は地域海軍的性格が強く、広大な海域を支配している割に航路防衛の意識が希薄です。艦艇も火力と船足重視のものばかりで長期航海や捜索追尾性能を視野に入れていません。飛空船に関して言えば、性能は我が国のものと比べて二線級以下、飛空艦も保有していません。ただ――」
「ただ?」と国王が先を促す。
「切り込み戦術を多用しています。それも飛空短艇で体当たりして乗り込む類の。幾度か共同で海賊討伐作戦を実施したことがありますが、その都度、現場から絶句した旨の報告書が届いています」
「荒っぽいな」とエドワードが顔をしかめる。
「陸戦ではもっとです。火砲の運用能力は乏しいですが、代わりに小銃射撃戦と切り込み強襲、何より夜戦を好みます。特にサムライと呼ばれる騎士達は始末に負えません。全員が魔導術を収めた白兵戦特化の精鋭です」
説明を聞いていたヴィルミーナは思う。
ほとんど旧日本軍やんけ。あと、サムライがおかしなことになってへん? 魔導術を収めた白兵戦特化て。それもうサムライやのうてジェ〇イやん。
王妹大公令嬢(アラフォー・3児の母)が百面相をしている傍ら、会議は続く。
外相が手元のペーパーを確認しつつ、説明を述べる。
「これまでの情報で計る限り、旭祥の経済力、産業能力はさほど高くありません。根本的にはカロルレンと同程度でしょう。拡大した版図と増強した軍隊を維持することで手いっぱいで、発展向上にまで手と金が足りていません。であればこそ」
「東西海洋交易の要衝である東南方を掌握し、その金で発展を図るか」
国王は背もたれに体を預け、卓上の地図を窺う。
「仮に旭祥皇国と戦争になった場合、どうか?」
「相手がどこまでやるか、です。現地方面軍で担える範囲なら兵器の質と将兵の練度で対応できるでしょう。ですが、向こうが本気で我が国を東南方から追い出しに掛かった場合、戦時兵站線の確立と増派は必須です。そして、最大の問題は旭祥の開戦兆候を捉えにくく、また距離の関係からどうしても後手に回ることです」
軍高官の回答は弱気とも取れるものだったが、この会議の場で問題視する者はいない。
カレル3世は気分を入れ替えるように大きく息を吐いた。
「我が国の“田舎”の話は分かった。御近所の東メーヴラントはどうだ?」
外相が額を押さえながら応じた。
「こちらも芳しくありません。イーアランゲン講和条約が原因となって両国の内部で嵐が吹いています」
カロルレンでは宮廷内で政治抗争、市井で不満を抱えた民衆の抗議と暴動。勝ち取った旧領土とアルグシア南東部地域の統治に手が回らず不安定。大惨劇の下拵え中かと思う有様。
アルグシアも悲惨の極致だった。敗戦の責任をおっ被せられた東部閥と領邦を失った南部閥の対立はいつ銃火を交えてもおかしくない有様で、北部閥もカロルレン旧領土への投資がパーになったことに激怒。近頃は連邦議会であらゆる議題に拒否権を連発している。西部閥はもはや連邦から離脱を公言するようになってきていた。
「9年戦争の再来か? それとも神聖レムス崩壊の繰り返しか? いずれにせよ飛び火してくるな。西部閥は我々に身を寄せたいと言ってるが、どこまで信用できる?」
王の諮問に対し、王佐の臣が答える。
「彼らの信用の如何より我々がどこまで彼らのために金と血を注げるか、という話でしょう。かつてアルグシア西部地域を少しばかり拝借した際、我々は現地の同化政策のため、あらゆる努力を払いました。此度同じことが出来るかどうか、ということです」
「出来る出来ないで言えば、出来んな」
カレル3世はどこか冷淡に呟く。
「西部閥地域は広い。我が国の貴族制や政界の観点からも連中を取り込むことは難点が多かろう」
ヴィルミーナは御歴々のやり取りを黙って聞いていた。
内心では、最悪のシナリオは東メーヴラントで市民革命が起きることだと思っていたが、それをこの場で語るつもりはない。
王と重臣の前で市民革命の危険性を説いた場合、市民弾圧の引き金になりかねなかった。
カレル3世もエドワードも民を大事にする仁君であり、閣僚達も基本的には愛国者だ。が、彼らが市民革命の危機を前にした時、民衆と対話して妥協点を模索するか、王侯貴顕の既得権益を守るべく民主化を叩き潰すか分からない。
ヴィルミーナ個人としては自国民同士で殺し合う事態は避けたい。が、自身も家族も身内もギロチン台に掛ける気はない。必要ならどんな手段も辞さないつもりだった。
私は私から奪う者に容赦も慈悲も与えない。
ヴィルミーナは内に潜む凶暴な情動をおくびにも出さず、呟いた。
「“我々の”平和が守られれば良いのですけれどね」
〇
ベルネシア中枢が遠い遠い大陸東南方を最も警戒している頃。南小大陸領土の支社から白獅子財閥王都社屋に緊急の連絡筒が届く。
内容を確認した総帥代理アレックスは高額な超長距離魔導通信を迷わず用い、現地と直接連絡を取った。
「間違いないのね?」
『現地で専門家にも調査させました。間違いありません』
南小大陸支配人が声を潜め、誰にも聞かれないように、小声で告げた。
『黒色油の産出地を発見しました』
〇
以前記したように(閑話:35)、エスパーナ帝国の本土で帝位継承権を巡る大内戦が生じると、南小大陸植民地群も王党派と独立派の抗争が繰り広げられた。
10年を超える内戦の末、エスパーナ本国が正統王朝、ガルムラント諸国連合、ルスタニオン大公国の三国時代を迎えた頃、植民地群は一部の王党派地域を残し、エスパーナ帝国から分離独立していた。
もっとも、独立した旧植民地はいずれも土着したエスパーナ人植民地貴族、エスパーナ人大地主、エスパーナ人大富豪が手を組んで興したものであり、先住民族の独立国は一つもない。
これらエスパーナ植民地からの独立国家群は、戦国大名が勝手に独立と領土宣言したようなもので、各国の国境線は定まっておらず、内部は内部で不和と対立の芽が繁茂していた。
となれば、戦国時代と同じことが起きる。
国境線が確定する前の領土抗争の頻発と内乱の多発。
地球史南米ではこうした動乱が落ち着くまで半世紀を必要としたが……まあ、注意を向けるべきは彼らの歴史ではない。
土地だ。
ヴィルミーナは応接卓上に広げられた南小大陸の地図を見下ろしている。
軍事機密であるエスパーナ帝国製植民地地図は精確性に乏しいが、大まかな位置認識を掴むには十分だった。
「発見された黒色油の産地はここです」
王都社屋の総帥執務室に集まった“姉妹達”は、ヴィルミーナと共にアレックスのたおやかな人差し指が示す先を見つめた。
先頃にエスパーナ帝国から独立したミランディア共和国。名前は同地の初代総督に由来するらしい。初代総督一族と土着大地主達が首班となっているという。
口元に手を当て、ヴィルーナは思案する。
南小大陸はアメリカ大陸と全く違う。つまり、前世の地球世界に当てはめた地理要因が図れない。この産油地がベネズエラに当たるのか、メキシコに当たるのか、テキサスに当たるのか、判断できない。
いずれにせよ、確保する必要がある。なんとしても。
問題はどう確保するか、やな。
この産油地をどう掌握し、維持し続けるか。
ミランディア政府と真っ当な取引で獲得できるやろか?
腐敗と汚職に満ちた社会の権力者なら飴を食わせれば済む。しかし、薄らバカは飴で満足せず必ず瓶ごと奪おうと考える。失敗国家の腐敗と汚職に限度も尺度もない。アフリカ某国のように年間予算の半分が横領されたなんて例もあるくらいなのだから。
いや、待て待て。
ここは地球ではない。西の業突く張りと東の腐れアカが睨み合う冷戦期間でもなければ、鬱陶しい国連や先進国人道クラブが喚くこともないし、アメ公がしゃしゃり出てくることもない。
適当な大義名分と軍事力の勝利が全てを押し通す魔導技術文明世界の近代。
奪っても文句を言われない。
「……獲るか」
女王が呟く。
強硬策を取るおつもりか、と侍従長が端正な顔を曇らせ、
こいつは楽しくなりそうだ、と隻足の山猫が目を細め、
法的問題はいくつあるかしら、と財閥の法務長官が思案し、
いくらかかるかな、と財閥の大金庫番が頭の中で算盤を弾く。
「ヴィーナ様。有無を言わさず奪い取るおつもりで? 私達は群盗山賊ではありませんよ」
ホーレンダイム公爵令嬢(アラフォー・独身)が優雅に指摘した。深青色の瞳に憂慮と不安と心配が浮かんでいる。
「そうね。些か気が逸ったわ」
ヴィルミーナは大きく息を吐いて、ソファの背もたれに体を預ける。カップで喉を潤してから、“姉妹”全員を見回した。
「だけれど、ここは絶対に獲るわよ。財閥の利益うんぬんの話じゃない。黒色油は戦略資源であり、産油地の確保は国家権益に直結するのだから」
「たとえ戦争をしてでも、ですか?」
パウラが物憂げに問う。
「その価値がある。そして、遅かれ早かれ、よ」
心優しい姉妹をいたわるように優しく告げてから、ヴィルミーナはどこか倦んだ顔で語り始めた。
「独立したばかりで金がない。そこへ外国人が大金を持ってきて、莫大な富を生む資源採掘をやらせてくれという。彼らは歓迎するでしょう。最初はね。
でも、彼らはじきにこう考える。自分達の土地で得られる資源を、どうして外国人の好きに扱われねばならない?
その先に待っているのは有無を言わさぬ国有化宣言。
我々は当然抗議するけれど、私達の与える金で太った彼らは自信満々に言うの。『文句があるなら掛かってこい』と」
「それは……些か悲観的に過ぎませんか? 彼らがそこまで短絡的とは」とアレックスが諭すように告げるも、
「短絡的になるのよ。“失敗国家”というのものはね」
ヴィルミーナはカップを卓に置き、冷たい目つきで続けた。
「ここは必ず獲る。問題は獲った後。彼らは既に叛逆とその成功体験を持っている。獲っても安定して統治することが難しい」
最終的解決策はある。
しかし、さしものヴィルミーナもその一線は踏み越えられない。
クレテアの背骨をへし折った時やその後の経済侵攻、ソルニオル事変、地中海戦争でコルヴォラントの地図を書き換えた時とは違う。
これらには冷酷非情になる道理と大義名分があった。
だが、此度の件はこちらが侵略者。どんな大義名分を掲げても自分が悪だ。それに姉妹達や我が子達にまで汚名を背負わせると思えば、踏み越えられるはずもない。
「ヴィーナ様。私達が全てを背負う必要はありません」
信奉者ニーナが柔らかで美しい微笑みを湛え、愛しき主君へ上申する。
「国益になることなのですから、悪も罪も国に背負って貰えば良いのです」




