閑話38a:オストメーヴラント1786・ハインリヒⅣ作戦
大変お待たせしました。
今年も拙作にお付き合いいただければ幸いです。
第三次東メーヴラントの勝敗を決する戦いは、1786年の年始の冬の終わりに始まった。
両軍ともに攻勢開始期を、雪解けの泥濘期が収まった春半ばに計画していた。
しかし、アルグシア連邦軍側の攻勢準備状況がカロルレンの予想を大幅に超えていたことで、話が変わった。
アルグシア軍は西部軍主力部隊のみならず南部軍と北部軍の予備兵力を動員していた。
その兵力はおおよそ17万に達し、しかもこれまで無傷だった西部軍は装備が完全充足している。
対するカロルレン軍は第一軍と第二軍は疲弊し、装備充足率が4割を切っている。予備の第三軍を核に拡充編成したA軍だけが頼りだ。
銃後の状況はアルグシアもカロルレンも似たようなもので、戦争を継続するタネ銭はとっくに底をつき、借金で博奕を続けている状態。民の不満が爆発し、いつ背中を襲ってくるか分からない。アルグシアは連邦体制瓦解の危機にあり、カロルレンは大反乱や武装蜂起の危険にさらされていた。
良くも悪くも、この一戦に全てが懸かっていた。
そして、全てを賭した決戦において、戦力で劣るカロルレンは焦燥を掻き立てられた。
アルグシア軍17万に先手を取られたら、防ぎきれない。
先手を取らねば勝てない。
かくて、カロルレン軍は計画を前倒しし、最終攻勢『ハインリヒⅣ』を開始した。
第一次東メーヴラント戦争の敗北で憤死した王の名を冠するあたり、カロルレン軍がこの作戦へ如何に覚悟をもって臨んだか伺えよう。
粉雪が躍る晩冬。
第一軍による北部戦線へ牽制助攻と第二軍による南部主戦線啓開が行われ、A軍麾下の三個集団が激流の如くアルグシア南部諸邦に襲い掛かる。
勝負は寒気で大地が凍っている間。春の暖気が大地を泥濘に変えるまで。
敵も自分達同様に雪解けが終わるまで待つはず、と踏んでいたアルグシアはこの奇襲的攻勢を完全に許してしまった。
特に全軍の先鋒を担うラインハルトの機動旅団と、ミッテルホフ大佐の烏竜騎兵旅団の猛進は凄まじいものがあった。
なだらかな平野と硬く凍結した地面は、装甲車両に本来の性能を発揮させ、ラインハルトはその指揮能力と作戦能力を十全に振るった。
ラインハルトが引き裂いて貫通させた突破口を、踏み越えたミッテルホフ大佐の烏竜騎兵旅団が後退する敵を追い抜くほどの快進撃を披露する。
上級部隊のマクシミリアン公集団司令部が両旅団の進撃に追従できず停止を命じたが、ラインハルトは無視した。
「無視しろ。この作戦は速さが全てだ。電撃の如く駆け続けろ」
「しかし、補給が持ちません」エーデルガルトが危険性を指摘する。
妻の注進を受けても、ラインハルトは考えを変えない。
「旅団の保有する全馬車を使って補給を確保しろ。道中の村落からも農耕馬と烏竜を全て徴収していい。とにかく前進だ」
「敵中孤立しかねませんな。足並みを揃える振りだけでも見せた方がよろしい」
同格で年長の部下オーベルハイン参謀長が鼻につく調子で提案する。も、ラインハルトは首を横に振る。
「ダメだ。この作戦は第一目標イーアランゲンを如何に早く落とすかに掛かっている。連中の立ち直っていない今なら、まだ手早く落せる。素早く撃破可能な障害は機動と火力で粉砕し、突破するが、強い抵抗拠点は全て迂回だ。後方を遮断すれば、後続の愚図共に降伏する」
「そのような強行は我々も無事では済みますまい。敵もイーアランゲンの重要性は承知しています。亀のように守りを固めるでしょう。機甲旅団と烏竜騎兵は市街戦に不向きです」
「だとしても、だ」
ラインハルトはオーベルハインへ冷徹に告げた。
「足を止めたら最後、立ち直ったアルグシア軍の逆襲が始まる。兵力も物資も劣勢の我々が消耗戦を強いられたら終わりだ。だから前進する。我々が一メートルでも先に進めば、それだけ敵の対応が遅れる。物資の許す限り前進だ」
「そこまで覚悟を決めておられるなら、参謀長としてお手伝いするのみです」
オーベルハインは性格の悪さを露わにした微笑を湛えた。
「まあ、これはこれで愉快なことになりそうですしね」
陰険男の予言は的中する。
マクシミリアン公はラインハルトとミッテルホフの独断専行に憤慨し続けた。
が、両旅団の急進と後方遮断により残敵の掃討が容易かったことも事実。そのため、マクシミリアン公集団は多数の敵を捕虜にし、幾つもの拠点を手早く制圧していく。
もっとも、この戦果がマクシミリアン公や彼の取り巻き将校達を一層苛立たせた。
まるで我々があの卑賎者に手柄を与えられているようではないか、と。
マクシミリアン公集団参謀長ランズベルク伯少将は胃痛を覚えながら彼らを宥め賺し続けた。その様は参謀長というより我儘なボンボン共を引率する教師のようだった。
ラインハルトとミッテルホフを切っ先としたマクシミリアン公集団の快進撃により、タイクゼン大将率いるA軍中核集団やヴァレンスキ集団の進撃も順調だった。
『ハインリヒ作戦』開始から数日。攻勢は計画以上の速度で進んでいる。
〇
『ハインリヒ作戦』は些か前時代的ながら、立派な電撃戦だった。
冬の悪天候下のため両軍の航空戦力が動けぬ中、機甲部隊と騎兵部隊が敵を掻き分けて前進し、敵指揮系統と連絡を遮断。機能不全に陥った前線諸部隊や拠点を各個撃破していく。
なだらかな平野と硬く凍った地面は装甲車部隊を駿馬よりも素早く駆けさせた。攻勢開始からわずか数日で、ラインハルトとミッテルホフをアルグシア南部の要衝イーアランゲン眼前へ迫らせている。
カロルレン軍の快進撃に、アルグシア連邦軍も連邦政府も南部諸邦も震撼した。
ただ、現時点でアルグシアの戦力損害はまだまだ許容範囲であり、敵中に孤立した諸部隊や拠点も抵抗を継続していた。電撃戦によって後手後手に回り、主導権を完全に奪われていたけれど、まだ挽回可能だった。
ラインハルトが『悪知恵の働く敵』と評した将校は、冷静に戦況を分析していた。
敵の動きは確かに素早い。特に先鋒の機甲旅団は強力無比だ。しかし、敵の総戦力はこちらに大きく劣っていて、補給能力も兵站能力もこの果断な進撃をいつまでも許容しえるものではない。かならず息切れを起こす。
今重要なのはイーアランゲンの死守や南部諸邦の救援ではない。敵の攻勢目標だ。
南部閥の主ヴァイクゼン王国を落とし、南部から連邦を瓦解させることか。
あるいは、イーアランゲンから北進して連邦首都のボーヘンヴュッセルを目指すのか。
敵の最終目標が分かれば、後はセオリーに従って主力を動かすだけで良い。先陣を担うマクシミリアン公集団は確かに強力だが、側面を担うヴァレンスキ集団を押さえてしまえば、側面援護を失ったマクシミリアン公集団も足を止めざるを得なくなるし、中核集団もヴァレンスキ集団支援のため兵力と物資を割くことになる。
しかし、と『悪知恵の働く敵』は眉間を揉む。
純軍事的に自身の考えが正しくとも、政治的に無理とも分かっていた。
現在の国情で南部諸邦を救援しないという選択肢は許されない。今、南部諸邦を見殺しにするような策をとれば、戦後に深刻な遺恨を生む。たとえ戦争に勝っても、連邦体制が崩壊しては意味がない。
となれば、南部救援を題目に南部軍将兵の血で時間を稼ぎ、西部軍主力の早期投入しかないだろう。
出来ることなら、雪解けの泥濘期まで南部軍で敵を押さえ、泥濘期の終わりと共に西部軍主力の反攻を行いたいが……政治的に無理だ。
連邦を守るための戦いで、連邦体制が軍事的枷となっている皮肉に、『悪知恵の働く敵』は溜息をこぼした。
〇
ラインハルトやミッテルホフが抜群に有能であるだけで、マクシミリアン公麾下の将校達全てが無能や凡庸という訳ではない。
たとえば、マクシミリアンの又従妹ザビーネ・フォン・リッテンシュタイン=カロルレン准将はガチンコの女将軍だった。第二次東メーヴラント戦争では麾下旅団を率い、アルグシア軍部隊と熾烈な隊形会戦を行い、“カロルレンの姫騎士”の名で賞賛されている。
しかしながら、王家閨閥貴族であり、正統派軍人を称するザビーネ達のような軍人は老いも若きも『武人ならば敵を選ぶことなく、ただ打ち破るべし』といった従来の決戦主義思想が強い。
ラインハルトのような『強い敵を避け、弱い敵をぶっ潰して敵後方へ浸透し、組織機能を破壊する』という機動戦を邪道と見做していた。『卑賎の出だから群盗山賊染みた戦いが上手いのだ』と宣う輩までいたほどだから、彼らの軍人観はかなり根深い。
ことわっておくが、彼らを一概に旧態的と弾劾することは、公正ではない。
地球史においても、産業革命期における戦略論や戦術論は頓珍漢なものだった。
アメリカ南北戦争や普仏戦争では、射程距離が数百メートルに達するほど高性能化した小銃で、近世のような密集隊形戦術を繰り広げた。当時の先込めライフル弾は口径10ミリ以上がザラだった。どのような惨劇が生じたかは語る要もなかろう。
ボーア戦争では、従来の隊形戦術を続けていたイギリス軍に対し、ボーア軍は地形の起伏に身を隠しながら射撃と運動を繰り返し、将校や下士官を優先的に狙撃して、イギリス軍に大出血を強いた。
日露戦争で機関銃と榴散弾の猛威が証明されても、誰も本気で新戦術を検討しなかった。
結局、第一次大戦の後半になってようやく、浸透戦術や機甲戦術、移動追従砲撃、縦深防御などなど銃砲の性能や進んだ兵器に対応した戦術が研究開発されたのだ。
そういう意味では、マクシミリアン麾下の将校達はむしろ一般的であり、ラインハルトが異端であり、既に散兵火力戦をドクトリン化にまで至らせているベルネシアが異常なのだ。
話を戻す。
イーアランゲンの失陥は南部諸邦を決定的に恐怖させ、南部軍の逐次投入を招いた。軍事的正論より現実的に一分一秒でも時間を稼がねばならない。一センチ一ミリだろうと敵を進ませてはならない。そのために、兵士達を生贄にしてでも。
たとえば、とある南部軍銃兵大隊は一切の重装備を与えられずに最前線へ送られ、騎兵部隊の強襲に遭い、なんら軍事的成果を上げぬまま全滅した。
この大隊の悲劇は一例に過ぎない。似たような惨禍を被った部隊がいくつも生じている。
軍事的に言って、南部軍司令部の所業は無能の誹りを免れない。
が、戦略的にはある意味で、正解だった。
アルグシア側の狙い通り、カロルレン軍は逐次投入される生贄達との消耗戦に巻き込まれ、時間と物資を失っていたのだから。
ここで戦場の霧が生じる。
A軍総司令部は南部軍の逐次投入を来たる逆襲攻勢の威力偵察と誤認した。『アルグシア軍が十数万の軍勢を用意している』という予備知識が姿なき敵を警戒させたのだ。
そのため、カロルレンA軍は進撃を鈍らせ、決戦を想定して先遣偵察に時間を消費した。後世、軍事研究者達はこの判断の是非を巡り、議論を戦わせている。
戦場の霧はカロルレンだけでなく、アルグシアも覆っていた。
カロルレンの足が鈍ったことを補給上の限界と見做し、アルグシアはこの貴重な時間を防御態勢の立て直しに費やした。それ自体は正しい判断と言える。
ただし、アルグシアは早期派遣した西部軍主力部隊を消耗した南部軍と交代させ、主戦線に展開してしまった。
もしも……南部軍を交代させず、西部軍主力を作戦予備と反攻用に留めていたなら、歴史は変わったかもしれない。
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再三の停止命令を無視して進撃を続けていたラインハルトとミッテルホフに対し、業を煮やしたマクシミリアン公は両者の部隊を『補給と再編成』の建前で配置換え――イーアランゲンに留め置いた。
「足を鈍らせても敵に利するだけだろうに。アホ共は機動戦を何も分かってない」
「些か無理が過ぎましたな。旅団長殿の戦略観には同意しますが、我々に出来うる範囲を超えていました」
イーアランゲン市内にあるホテル。士官用休憩室代わりのホテル・サロン室にて、苛立つラインハルトへ年長のオーベルハインが気分を変えるように話の方向を移す。
「それにしても……ドムルスブルクの時と違い、敵はこちらの機械化兵器にさほど混乱を起こしませんでしたな」
「捕虜の話だと、随分と念入りに対機械化車輛の教育を施したらしい。装甲車は怪物に非ず。弱点の多いオモチャに過ぎぬ、といった具合にな」
ラインハルトの言葉を補記しておこう。
アルグシア軍はドムルスブルク攻防戦後、戦場に破壊遺棄された装甲車の残骸を全て回収し、使用可能な部品を搔き集めて何とか稼働可能な車輛を復元。そのうえで国中の技術者や学者を集めて調査し、大急ぎで対抗策を捻り出した後、それこそ共産党がプロパガンダを広める如き労力を払い、前線将兵に『装甲車は怖くないヨ』と教育していた。
まあ、確かに怖くはなくなったかもしれないが、それで装甲車の脅威が解消されたわけでも無いし、ひと季節で有効な対抗武器を開発し、全軍に配備できるわけでもない。事実、アルグシア側はラインハルトの機動旅団に蹴散らされ続けている。
「敵は敵なりに本気だというのに」
ラインハルトは憤懣のこもった鼻息をつく。
「わずかでも得た休息です。今は細君に甘えて疲れを癒されるがよろしい」とオーベルハインが訳知り顔で告げる。
「余計な気遣いだ」
口元をへの字に曲げつつ、ラインハルトがカップへ手を伸ばしかけたところへ、
「急報ですっ!」
伝令の兵士が駆け込んできて、叫ぶように言った。
「アルグシア南部軍二万が西の防御線を突破っ! 旅団長殿と参謀長殿はお急ぎ、司令部に御出頭くださいっ!」
「休もうと思えば、これだ」
ラインハルトはカップを手に取らず腰を上げた。姉お手製の略帽を被る。
「二万という数字ですと、陽動の可能性もありますな。西に意識を向けさせたところで本命を北から」
同じく席を立ったオーベルハインは高級な作りの制帽を被った。
「いずれにせよ……対応を誤れば悲劇の始まりだな」
どこか他人事のように言い放ち、ラインハルトはサロンを出ていく。
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後世の歴史において、オイゲンシュタットの戦いは続く決戦の前哨戦として語られている。
アルグシア南部軍ヴァイクゼン王国軍団の投入した二万余の将兵は、ある意味で虎の子部隊だった。この二万を失えば、ヴァイクゼンにはもはや南部国境防衛用戦力しか残っておらず、彼らを引き抜けば、聖冠連合帝国が侵入してきた時に手の打ちようがない。
聖冠連合帝国にとって、南部係争地ザモツィア地方は帝室本貫地であり、その奪還は建国以来の悲願である。とはいえ、いまのところ聖冠連合帝国は静観に終始している。
この戦争の勝者がカロルレンであれ、アルグシアであれ、ザモツィアを有している相手に交渉で割譲させる手もあるし、武力で奪い取っても良いのだから。
聖冠連合帝国帝都ヴィルド・ロナのクリスティーナ大公屋敷にて、
「ザモツィアを賞品にすべきだったわね」
魔狼の女王クリスティーナ大公は冷淡な面差しで語る。
「私がカロルレンなら、ザモツィアを餌に聖冠連合を取り込んだわ。アルグシアならザモツィアの正式な割譲を条件に聖冠連合へ同盟を持ちかけた。東メーヴラントの鍵は私達なのだから」
「カロルレンもアルグシアも我が国を敵国と見做しています。理屈で正しくとも、感情が認めますまい」
息子のカスパー公が返せば、クリスティーナは演技掛かった所作で小さく肩を竦めた。
「たしかに感情の問題は切り離せないわね」
憎悪と怨恨を力に変え、婚家を滅ぼして公爵家を“強奪”し、祖国と実家から実利を毟り取った身としては、感情論を否定し難い。
「母上はこの戦争、どちらが勝つと思いますか?」
「私は軍事に疎いわ。そういうことはカール様にお尋ねなさい」
「政略と謀では母上が帝国一でしょう」
「実母に対する評として些か相応しくない気がするけれど、まあ、良いわ」
クリスティーナは少しばかり不満顔を作って息子を一瞥した後、言葉を編む。
「この戦争に勝者はいないわ。両国共に敗者となる道があるだけよ」
「これはまた、エグいことになってるわね……」
「もはや致命傷なのでは?」
ベルネシア王国王都オーステルガムの白獅子財閥王都社屋にて、財閥総帥と総帥代理兼侍従長が不穏な会話を交わしていた。
「どちらが勝っても、この戦費負債はどうにもならないと思いますけど、ヴィーナ様なら如何します?」
「聖冠連合か協商圏相手に長期借款しかないんじゃない? 経済支配を受ける覚悟で半世紀先まで借金漬け。この負債を増税で賄おうとしたら都市部で暴動、地方で反乱が起きるわよ。下手したらエスパーナの二の舞になるか……いよいよ民衆主体の革命が起きるわ」
ヴィルミーナはアレックスの問いに答え、隣に座っていたキーラを抱き寄せて髪を指で梳き始めた。ほわぁ……と猫のように目を細めるキーラさん38歳。
総帥執務室のオフィス。応接卓の上にはカロルレン支社とアルグシア出先商館から届いた報告書が並んでおり、そこに記された数字は破滅の音色を奏でている。
卓向かいに座るアレックスは難しい顔を作り、言った。
「カロルレン利権。危ういかも知れませんね」
「王家が接収を企むかも? その時は“予定通り”に進めるだけよ」
ヴィルミーナの紺碧色の瞳に冷酷な光が宿る。
元々カロルレンでの事業はパッケージング・ビジネスの実験に過ぎない。今まで上手く回っていたから手をつけなかったが、“撤収”まで想定して計画されている。
「本当に実行するとなると方々が騒ぎますよ、間違いなく」
財閥法務の長たるキーラがヴィルミーナの腕に抱かれながら告げた。
「でしょうね。それでもやる。必ずやる。私から奪おうとする者にはぺんぺん草一本たりとも残さない」
ヴィルミーナはキーラの髪を慈しむように梳きつつも、冷厳に断じた。
いつぞや語ったように、フランスはアルジェリア戦争を契機に植民地群を手放す時、植民地の一つギニアへ国家テロを実施した。
フランスが手掛けた全インフラの破壊(各種施設はもちろん道路まで爆破する念の入れようだ)に加え、全フランス人職員と技術者の引き上げ、国家経営に欠かせないあらゆる重要資料の持ち去りまで行った。“物理的”に植民地時代前へ戻したのだ。
この凄惨な仕打ちに他の植民地は恐れ慄き、フランスの望む形で独立を余儀なくされた。なお、ギニアさんは今でもフランスをとてもとても恨んでいる。当然であろう。
ヴィルミーナは同じことをするつもりだった。たとえカロルレンに恨まれようと、莫大な損失を被ろうと、白獅子の利権を奪おうとすればどうなるか、全世界に教訓を示しておく。
コルヴォラントの件以来、既に『白獅子はヤバい』という認識が流布しているが、ヴィルミーナ自身は全然分かってない。知らぬは本人ばかり。
ヴィルミーナはキーラを抱きかかえながら呟いた。
「もはや問題は戦争の勝敗ではなく戦後の後始末だけれど……果たして当事者達は分かっているのやら」
オイゲンシュタットの戦いはアルグシア南部軍2万と、カロルレン第二軍1万6千とヴァレンスキ集団3万の伝統的な会戦スタイルで行われ、アルグシアの敗北で幕を閉じた。
ただし、長射程かつ速射性能の高い小銃や連射の利く機関銃による雪中会戦は、第二軍に手痛い被害をもたらし、第二軍の役割をヴァレンスキ集団が補わねばならなくなった。
この会戦の結果、カロルレンはアルグシア軍主力の集結地を把握し、マクシミリアン公集団とタイクゼンの中核集団で決戦に臨んだ。
第三次東メーヴラント戦争におけるクライマックス。
デンバッハ会戦である。
概略的にまとめようか、物語調にしようか悩んだ結果、いつものように好き勝手に書くことにしました。
『脇の話より本編進めーや』という方、ごめんなさい。




