21:7+
遅くなりました。
払暁前。
ラインハルト・ニーヴァリ少佐は姉が縫ってくれた略帽を被り直した。小さく息を吐き、傍らのエーデルガルドを一瞥。互いに頷いた後、指揮官用装甲トラクターの戦闘室上部ハッチから身を乗り出し、右手を大きく二度回す。
「全隊、出撃ッ!!」
ニーヴァリ独立機動戦隊が陣地を発進した。
烏竜騎兵の偵察隊が先行、装甲トラクター群が出発し、擲弾兵や支援小隊の馬車隊が続く。
「師団司令部のバカ共め」
部隊の進発を見守りながら、ラインハルトは小さく舌打ちする。
直前で“増強”として、ハーガスコフ軍団に残していた擲弾兵部隊が与えられた。付き合いの長い彼らは心強いが、直前で増強されても困る。連携訓練はどころか話し合って相互理解を深める余裕すらなかった。何より兵員増強は糧秣の消費量が増え、行軍の計算が狂う。
敵を掻き分けて敵中を突破、要塞に等しい大都市に突入し、ブローレンへ通じる大街道の制高地を押さえる……敵の増援が到着するよりも速く。
この作戦の成否は速度が決する。金穀よりも人命よりも速度を優先しなければならない。
だというのに、司令部は足を引っ張るような手配をしてきた。
新しいボス……第23歩兵師団の師団長クロブコフ少将は機動戦に理解が足りないのか。あるいは、師団参謀達が原因か。
頼りは翼竜騎兵の上空支援だが……それもどこまで当てにできるか。
ラインハルトは憂い顔で蒸気機関特有の甲高い排気音と灰色の排気煙を窺い、この競走を行く末を思う。
どこか自己嫌悪を伴う目つきで車列を――部下達を見回した。
何人生き残らせられるだろうか……
○
国王カレル三世の開催祝辞と王妃エリザベスの激励の御言葉。歌姫デルフィネの国歌斉唱。
つつがなく大会開催式が行われた後、機械化車輛競技大会初日トラクター部門が始まる。
日本では北海道でしか開催されていないトラクターレース(残念ながらほぼ無名)だが、世界ではメジャーな部類だ。
ハイパワー化したトラクターでドラッグレースをしたり。快速化してオフロードコースを疾走したり。水を張った田んぼの中を激走したり。インドでは損壊覚悟で牽引力対決――綱引きをしたり。でもって、横転したり、激突したり、エンジンが爆発したり、シャーシがへし折れたり。
今回、開催されたトラクターレースはボイラー排気量に合わせ、大型車はゼロヨン・ドラッグレース。中小型車はオフロードコースを突っ走る。
午前中に予選が催され、午後に予選を勝ち抜いた者達による決勝が行われる。
大型トラクターのドラッグレースは速度こそ大したことがないが、機械仕掛けの巨獣が大量の排気煙と水蒸気を吐きながら重厚な駆動音を奏でて突進する様に、観客達が吃驚と歓声を上げている。
加えて――
どかーん。
レース中の大型トラクターからボイラー安全弁が轟音と共に吹っ飛び、もうもうと黒煙が立ち昇る。観覧席が吃驚と悲鳴に満ちた。派手なジャケットを着た係員達が慌てて大型トラクターに駆け寄っていく。
本日4度目の爆発ハプニングであった。
『あーっ!? ゴール直前でゼッケン18番のボイラー安全弁が吹っ飛んだーっ!! ブライーズ農耕組合のグンナー選手、残念ながらリタイヤですっ!!』
『末脚を発揮するために蒸気圧を掛け過ぎましたね。残念です』
『おっと、グンナー選手が手を振っています。ケガが無いようでよかったっ! 観客の皆さん、グンナー選手の無事と健闘に拍手をお願いしますっ!』
実況と解説の声が会場に響き、観客の歓声と拍手が広がっていく。
一方、人力と魔導術で構築されたオフロードコース(一周約600メートル)を小型トラクターと中型トラクターが排気煙を牽き、土砂を巻き上げながら駆け巡っていく。
乗馬服に革製のヘルメットと胸/背中防具、手袋とロングブーツ、飛空船乗員が使うゴーグルをつけたレーサー達が土砂塗れ泥塗れ汗塗れになってコースを駆け回っていた。時に接触して衝突音が響いたり、時に横転したり。
平民達は泥を引っ被る覚悟でコース傍から観戦し、貴族や富裕層はコースを見下ろせる観覧席で優雅に見物。
こちらでも、
『試合前予想を完全に裏切り、クレテアから参加したベーラ選手が首位を維持していますっ! 蒸気圧で劣る小型車ながら後続の中型車群を寄せ付けませんっ! 素晴らしい走りだっ!!』
『本当ですね。性能に劣るマシンを技量で補う……レースの醍醐味ですね』
実況と解説がレースに疎い観客達へ理解し易い情報を伝える。
迫力満点の大型車によるドラッグレース。
刺激的な中小型車のオフロードレース。
甲高い排気音を歌い、排煙を牽きながら躍動する機械車輛の競走に、観客達は大いに盛り上がっている。中には苦い顔つきの者もいるが、おそらくは衰退を余儀なくされる馬車業界関係者だろう。流通のノウハウを持つ大手は馬車から機械化車輛へ転換するだけで済むが、中小や個人業者は資金面で厳しい。馬車業者の衰退と陸運業界の淘汰的再編成が起きる。
――ま、時代の変わり目っちゅうこっちゃな。
貴賓席にて、ヴィルミーナは隣で楽しそうに観戦している伯父夫妻と従甥姪達を余所に、冷淡な気分でレース会場を眺めている。
概ね成功やな。ただ……イストリアとクレテアの技術が意外と伸びとる。今後も油断は出来んな。気になると言えば……フルツレーテンか。
旧フルツレーテン公国/現クレテア王国フルツレーテン自治領は白獅子に身代を賭し、結果として大規模な進出が行われている。地中海戦争で進出速度は鈍ったが、ベルネシア南部/クレテア向けの重機組み立て工場も建設されていた。
そのためだろうか。小口ながらフルツレーテンからのレース参加者がいる。エンジンこそ白獅子製だが、車体他は自作や流用。開発とは言えないが、フルカスタムと評して良いだろう。
ヴィルミーナは冷徹に計算する。
技術習得が早いな。黎明期だけに技術的難易度が低いためかしらん。参入企業の増加は市場の活性化と多様性を生むけど、同時に胡乱な手合いも増える。業界の信用を守るためにも、一定の篩に掛けなあかんかもな。
「祭りに不似合いな顔をしてるな。またぞろ悪企みか?」
隣の国王陛下が突くように問う。
「いえ、伯父様。実のところ、思った以上の活況に困惑気味でして」
ヴィルミーナは怜悧な思考を止め、ぼやき顔を返す。
「これならトラクターと機械車輛を別途で催すべきでした」
「私は賑やかで良いわ」と王妃が楽しそうに笑う。「屋台の食べ物を口にできないことが残念だけれど」
「陛下の御身を御守りする立場の者としては、安全が確約されてないものをお口にされては困りますな」と頑固そうな老騎士が小言をこぼす。
「それに、おば様達が御所望したら全ての屋台が献上しに来ます。大騒ぎになりますよ」
微苦笑を返した後、ヴィルミーナはエリザベスへ続ける。
「それにしても、おば様はこういう催し物がお好きだったとは意外です」
「皆が楽しく過ごせる催しはなんであれ好きよ。それに、こういう催しなら腹の内を探るようなやり取りもせずに済むでしょう」
茶目っ気を見せて頬を緩めるエリザベスに、ヴィルミーナとカレル3世は頷かざるを得なかった。
○
「地面が軟い。道路を外れるな」
作戦地域のニムハウゼン屈折部はドムネル=ニムハウゼン湖沼帯と呼ばれる地域だ。大小様々な湖沼と河川があり、湿地林が広がっている。農耕地に不適格と判断されたため、もっぱら冒険者産業――モンスターや天然素材の採取地となっていた。
この地域に整備された道路はわずか数本の林道だけ。後は地元民が拓いた粗末な田舎道と獣道。そして、黎明期の性能が低い装甲トラクターが踏破可能な道は林道だけだった。
払暁に出撃し、最前線の高地132――周囲より少しばかり起伏のある場所――に陣取ったアルグシア軍哨戒部隊を蹴散らし(敵兵は装甲トラクターの群れを目にしてパニックを起こした)、残敵の始末を後続部隊に委ね、ラインハルトの部隊はひたすら前進していく。
もっとも、最高速は馬より遅く、機械的信頼性も低い。
最初の戦闘と払暁から現在までの約8時間の行軍で、既に7台の装甲トラクターが蒸気機関や足回りの故障で脱落。後続の整備部隊と合流したか、他の車両で無理やり牽引している。
「予定より進んでないな」
ラインハルトは指揮車輛内で地図と懐中時計を見比べ、呻くように独りごちる。
「大丈夫です、戦隊長。予定より距離は進んでいませんが、敵の対応は想定より弱小です」
副官のエーデルガルドが宥めるように柔らかく言った。
「それに、戦闘による損失自体はありません」
装甲トラクターに装着した白獅子製添加鋼装甲はアルグシア軍の小銃弾を弾き、騎兵砲や平射砲などの軽砲弾に耐えた。幸い敵部隊に魔導術士はおらず、懸念していた魔導術による損害は生じていない。
一方、戦闘と長距離走行による機関部や駆動部、足回りの負担は訓練で経験した以上であり、過負荷によるボイラーの損傷。排熱問題による機関部の熱損。長距離走行による負担と消耗で駆動系の部品が疲労破断したり。消耗品が損壊したり。チューブレス仕様のスライム製疑似ゴム大型タイヤが擦り切れたり。
目下の脅威は敵より機械的欠点と言って良い。
「まだ慌てる状況じゃない、か」
ラインハルトは小さく息を吐いたところへ、魔導通信器を扱っていた通信手が言った。
「戦隊長。先行偵察隊より報告。渡河予定のニトワグ橋が落とされているとのことです」
「――なるほど、敵の迎撃が弱い理由はそれか」
おそらくは高地132の戦闘報告を受け、未知の機動装甲戦力が投入されたことを把握。迎撃ではなく破壊工作で時間稼ぎを企図したのだろう。今頃、下げた戦力をまとめて本格的な歓迎委員会を組織している頃か。
質の低下が目立つ昨今のアルグシア軍人にしては判断と行動が早い。
「土木魔導術を使える奴はまだヘバっていないな?」
「そんなヤワな鍛え方はしておりませんよ」とエーデルガルドが口端を緩めた。
「先行偵察隊へ連絡。橋の付近で土木魔導術の架橋が可能な浅瀬を見つけさせろ」
通信手へ命令を告げ、ラインハルトは内縁の妻に小声で告げた。
「エーディ、どうやら悪知恵の働く敵がいるようだ」
○
ヴィルミーナさんちの長男ウィレム君は中小型トラクターレースの決勝戦を一等席――この場合の一等席とは貴賓席ではなく、ゴール前最終コーナーの規制線側で観戦しようとしていた。巻き上げられる土砂を被るかもしれない。結果として、母や祖母に叱られるかもしれない。
しかし、世界初の大イベントで得られる体験を想えば、踏み込むべきリスクであろう。
「若様は時折無茶をされますなぁ」と護衛が苦笑い。「ですがまあ、気持ちは分かります。歴史的な体験ですからな」
「だよね!」
そうしてウィレムは上機嫌で“一等席”に赴き――
2人のどえらい美少女と隣り合う。
一人はウィレムより3、4歳ほど年上。もう一人はウィレムと同い年くらい。
顔がよく似ているから姉妹だろう。傍らに侍り、ウィレムの護衛と殺気を交わした女性護衛達は騎士を思わせる。少女達も護衛も侍女も装いが上品かつ高級。間違いなく高位貴族の子女だ。
ウィレムは美少女達と相対しながら内心で首を傾げる。
はて、ベルネシア貴族界にこんな美少女達がいただろうか。髪と瞳の色はメーヴラント系にわずかなガルムラント系の色味が加わっている。自分と同じクォーターなのかもしない。
少なくとも祖母や両親と共に赴いた催事や王立学園で見かけた覚えがなかった。こちらの顔を知っていれば間違いなく挨拶を寄こすだろうから、向こうもこちらを知らないのかもしれない。
ウィレムは少し考えた後、挨拶をすることにした。レースの間中は隣り合って過ごすのだから、相手の素性で気にしてレース観戦がそぞろになる事態は避けたい。
「御令嬢様方、御挨拶をする栄を賜れるでしょうか」
王妹大公家の嫡男とは思えぬ物腰の低い挨拶。侍女が『若様、もう少し尊大でも許されます』と心の中で思う。
その丁寧な挨拶に気を良くしたのか、年長の美少女がウィレムに向き直り、大きく頷く。他者にへりくだられることやかしずかれることに慣れた者の自然な仕草。にもかかわらず嫌みや尊大さが一切なく、むしろ高貴さを強く感じる。
何者だろう。ウィレムは疑問を大きくしつつ、丁重な挨拶の言上を口にした。
「お許しを得て名乗ります。ベルネシア王妹大公ユーフェリアの孫にして白獅子財閥総帥ヴィルミーナの子ウィレムと申します。御令嬢様方の御名前を御拝聴賜りたく」
ウィレムの挨拶に2人の令嬢は少しばかり驚きを見せる。どうやら向こうもウィレムを知らなかったらしい。大陸西方圏経済界の怪物の息子だと知り、御付き共々目を瞬かせている。
妹らしき年少の御令嬢が姉らしき年長の御令嬢に悪戯っぽく微笑みかけ、耳打ち。
姉妹らしき御令嬢達は小さく首肯した後、気品に溢れ、優雅な舞踊のような美しいカーテシーと共に、
「丁重な御挨拶、いたみいりますウィレム様。私は大クレテア王国アングレーム公家に累するテレーズ、こちらは私の妹アンリエッタと申します。お見知りおきを」
「アンリエッタと申します。ウィレム様」
一流の音曲みたいな美声と訛りの一切無い見事な大陸共通語で名乗った。
ウィレムは王妹大公ユーフェリアに寵愛される一方、理想的紳士たるべしと英才教育を施され、その期待に応えてきた。記憶領域に詰め込まれた知識と少女達が見せた高貴さから、脳裏に強い警鐘が鳴り響く。
アングレーム公。
テレーズ。
アンリエッタ。
まさか―――
聡明なウィレムの知性はとある可能性に至り、背中と両脇にドッと冷や汗が湧く。それでも、表情は決して強張らなかった。万事に動じない父譲りの冷静さが働いたのかもしない。
内心の動揺とは裏腹に、ウィレムは再び見事な一礼をし、告げる。
「テレーズ様、アンリエッタ様。よろしければ、御二方と共にレースを観戦する栄を賜れますでしょうか?」
「名高き白獅子財閥総帥の御嫡男殿とお近づきの栄を戴き、こちらこそ恐悦至極です、ウィレム様」
「よろしくお願いいたします、ウィレム様」
テレーズとアンリエッタの姉妹は悪戯っぽく、そして、とても楽しげに微笑んだ。
○
夏の昼下がり。ニムハウゼン突出部の湿地林の中で、ニーヴァリ独立機動戦隊はついにアルグシア軍の本格的な歓迎を受けていた。
アルグシア兵達は機械仕掛けの巨獣達に怯えながらも、搔き集めたであろう平射砲、騎兵砲、歩兵砲を放ち、小銃を撃ちまくる。
「クソ。思ったより守りが厚い」
銃弾が装甲板を叩く音を聞きながら、ラインハルトは毒づく。
先行偵察隊の報告では敵の歓迎委員会は準備が整いきっていない、ということだった。実際、応急野戦陣地の出来映えは拙く、アルグシア兵達は斬り倒した沿道の木々をバリケードにし、底の浅いタコツボに伏せて戦っている。
ただし、火砲と兵員の数が侮れない。突破できなくはないものの、生じる損害を無視できない。
だが、時間もない。敵はまだこちらの意図が敵中突破からのドムネルブルク確保か、ニムハウゼン屈折部の両断包囲か判断しきれていないはず。
部下の命と時間を秤にかけ、練達の野戦指揮官ラインハルトは素早く決断した。
「強引に突破する」
「――良いのですか?」
傍らのエーデルガルドが問う。内縁の夫は勇猛果敢な人物であると同時に、部下の犠牲に心を痛める人物であることを知っている。
ラインハルトは愛する女の気遣いにどこか寂しげな笑みを浮かべた後、顔を引き締めた。
「大丈夫だ」
通信手から通話具を受け取り、
「全隊、強行突破するぞ。装甲部隊は砲兵支援の下、突撃せよ。擲弾兵は馬車から下りて両側へ回り込め。各隊の現場指揮は中隊長に任せる」
ラインハルトは姉のお手製略帽を被り直してから静かに、力強く告げた。
「総員、攻撃開始」
一見、六輪式に見えるベルネシア製装甲トラクター達は、銃砲弾を弾き飛ばしながら、軟らかな地面に大きなタイヤを半ば埋めつつ前進してゆく。
車体後部に牽引する戦闘室/兵員輸送室にこもる将兵は、夏の陽気と戦闘の熱で汗だくになりながら、搭載された平射砲や擲弾連発銃に手動式機関銃をアルグシア軍陣地へ向けて撃ち、銃眼から小銃を発砲していた。
運転手の流す汗は冷や汗に近かった。防弾ガラスなんてないため、銃弾より細く小さな覗き窓の視界を頼りに走らせるしかない。うっかり車を擱座させたら、そのまま棺桶になりかねないのだから、操縦桿を握る手に力も入ろう。
機関士も機関士で汗塗れだ。現代地球世界の自動車エンジンに比べ、この時代の蒸気機関は機械的完成度が低い。戦闘化における蛮用と敵の迎撃は常に突発的な故障や損壊の危機が付きまとう。機関士は戦闘の最中、泣き喚く乳幼児をあやすようにエンジンの調子を保ち続けている。
破壊と死は双方に生じる。
足回りを破壊されて擱座した装甲トラクターが集中砲火を浴び、ボイラーが爆発。分厚い鋼板が高々と宙を舞う。炎上した車内に残された骸が火葬されていく。
装甲トラクターの平射砲が放った砲弾がアルグシア軍火砲を直撃、傍らの弾薬を巻き込んで大爆発した。アルグシア砲兵の骸は母親が見ても我が子と分からないほど砕け散った。
擲弾連発銃の弾幕射撃により、アルグシア陣地が小爆発の嵐に包み込まれる。絶え間ない爆発衝撃と破片の暴風にアルグシア兵達が磨り潰されていく。弾幕の暴圧に心が折れた者達が逃げ出そうと立ち上がり、手動式機関銃の掃射で薙ぎ払われていった。
アルグシア兵達が迫りくる鋼鉄の猛獣達に意識を奪われていたところへ、擲弾兵が白刃を煌めかせながら側面強襲を敢行。
怒声と罵倒、悲鳴と断末魔、勇気と狂気の大合唱は掃討戦の様相を呈した。
もうだめだ、と誰かが叫んだ瞬間、アルグシア兵達の士気が崩れた。将校や下士官が喚くも遁走は止まらない。
そんな銃すら放り出して逃げ出すアルグシア兵達を、烏竜騎兵の偵察隊が追撃して次々と狩っていく。無慈悲なほど冷徹に。
残敵を掃討し終え、ラインハルトは部隊の損害を確認。装甲車両の応急修理と負傷者の手当て、補給を行わせる。届けられた戦死者の名簿を大切そうに鞄へしまい込んだ。
クリップボードに挟んだ作戦地図を一瞥し、ラインハルトは空を見上げた。太陽は西へ落ち始めていた。
残り時間は多くない。
○
トラクター部門の日程が無事に消化し終えた夏の夕暮れ。
表彰式後、ウィレムが逗留先の夕食に新しい友人を招きたいと言ってきた時、ヴィルミーナとユーフェリアは顔を引きつらせた。
ユーフェリアが表情を硬くした理由はウィレムの言う『新しい友人』が女子だったから。溺愛する孫に悪い虫が引っ付いた、と感じていた。
ヴィルミーナが巧みな表情筋が『こいつぁヤベェ』と語らせた理由は、愛息の言う新しい友人が『クレテアのアングレーム公係累』と称しただからだった。
アングレーム公。
それはクレテア王族が市井で身分を隠す際に名乗る公称であった。
妻と義母がそれぞれの理由で表情を硬くしている中、レーヴレヒトは暢気に微笑む。特殊部隊将校としてアングレーム公のことを知りながら、そんな事情はどうでも良い、と言わんばかりに。
「友達が出来たことは良いことだ。ヴィーナ、”問題ない”だろ?」
期待と不安をない交ぜにしたウィレムに、ヴィルミーナは了承以外の言葉を持たなかった。
仕事で多忙につき、9月は更新が少なくなります。申し訳ありませぬ。




