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ROM専になってました。申し訳ない。
大陸共通暦1784年。
年の瀬が迫る初冬。冷たい涙を流す空へ向け、黒々とした煤煙が昇っていく。
原野に築かれた野戦陣地から。農耕地の間を通る街道から。住民の消えた農村から。堅牢な城砦から。
濡れた大地に横たわる兵士の死体。廃墟に転がる市民の亡骸。弔われず置き捨てられた遺骸は獣の餌になり、虫の苗床になっていた。
隊伍を組んだカロルレン軍将兵が腐臭を漂わせる泥土を黙々と進んでいく。
戦いは終わっていない。
第三次東メーヴラント戦争は戦場をアルグシア連邦東部新領土――旧カロルレン領からアルグシア領内に移していた。
すなわち。
東メーヴラントにおける侵略者と防衛者の立場が逆転したのだ。
○
冬の東メーヴラントで戦火が燃え盛っている頃、ベルネシアは平和を謳歌していた。
王国府の役人や軍人達はともかく、市井で東メーヴラントの戦火がベルネシアに及ぶと思っている者はまず居ない。せいぜいアルグシアやカロルレン、ソープミュンデと貿易している連中は戦争に伴う経費増に頭を悩ませているくらいだろうか。
ベルネシア西部にあるステラヒール社もまた、東メーヴラントの戦争なんぞにかかずわらっている暇はなかった。
理由は秋口頃から新聞やポスターで告知されているアレだ。
『世界初のスチームモービル・レース!! トラクター部門優勝賞金金幣30枚(日本円で300万円)。スチームモービル部門優勝賞金金幣30枚。何より人類初のモービル・レース優勝の名誉を得る機会なり。参加希望者は最寄りの白獅子農耕機営業所までお越しください』
この発表直後、ステラヒール社の社長エルンスト・プロドームは目の色を変えた。孫までいる初老のオヤジは悪ガキのように目を輝かせ、拳を握りながらカーラ・ストロミロを始めとする開発陣へ檄を発した。
「狙うよ……っ!! 優勝をっ!!」
意気軒昂な社長に対し、制作監督者であるシモン・フランソワ・ディメは取り寄せた大会資料に目を通していた。山賊染みた大男は今日も洒落たネッカチーフを巻いていて、老眼鏡を目元に乗せて資料のページをめくった。
「参加条件は然程多くないですな。条件は蒸気圧とボイラー容量のみ。機関形式や駆動方式は自由、と。ストロミロ・エンジンでも参加を認められていますが、シリンダー内圧力が蒸気機関と同等になるよう制限が掛かってます」
「そういうことなら、重要なのはエンジンの出力と駆動系への伝達効率。駆動系や足回りは私の専門外」
カーヤがさして興味無さそうに言った。
仕事にのめり込み過ぎて乞食然としていたこれまでと打って変わり、近頃のカーヤはこざっぱりしていた。長い髪も今は艶やかで丁寧に結い上げられている。肌も潤い、目元に隈も無い。装いも清潔で御洒落な物になっている。驚きはきちんと化粧まで施してあることだろう。
カーヤの背後で、ずぼらなアラサー美女を磨き上げた苦労人イネス・バラーサが憂い顔を作った。可愛い。
「技術的なことは分かりかねますけれど、来年の夏までとなると半年と少し。このような短期間で白獅子と渡り合える競技車輛など作れるのですか?」
「厳しいな」「厳しい」
シモンとカーヤが異口同音の即答を返し、
「作れるか、ではなく作るんだよ、イネス君っ!」
エルンストは口端を大きく吊り上げ、双眸をぎらぎらと貪婪に輝かせる。
「金は私が用意する。資材も調達しよう。君達は優勝を狙える現物を作ることに専念したまえっ!」
「落ち着いてください、社長」
シモンは逞しい顎を撫でながら血気盛んなボスを宥めた。
「際限なく金と資材を投じれば良いという訳ではありません。まず開発陣で方針と技術的解決策を固めなければ」
「速い車輛を作れば良いだけだろう?」
しれっと告げるエルンストに、シモンは小学生へ分数の計算を教えるように語る。
「その速い車輛、というのが曲者でしてね。ストロミロ女史が言ったように、エンジン出力をしっかり活かせる駆動系や足回りも重要です。
それに、性能表に載らない部分、機械的信頼性や操作性なども大事でしょう。
また、馬に騎手がいるように、車輛にも手練れの運転手が必要になります」
むむっと唸るエルンストへ、シモンは言葉を続ける。
「加えて、この会社で何が出来るか。我々に何が作れて、何が作れないのか。そうした前提条件も確認しなければ。白獅子のように研究所の最先端技術やグループ内の各種技術を持ち合わせるといったことは、我々には出来ませんから」
「私のエンジンは負けない」
カーヤが腕組みして自信満々に告げる。
「ストロミロ女史の言う通りにエンジンで白獅子と伍するとしても、駆動系や車体構造などでは厳しいでしょうな。なんせ向こうは技術的識見や開発経験の積み重ねで大きく優っている」
シモンは少し考え込んでから、
「はっきり言います。今回のレース、我々に採れる手は二通りしかありません」
「拝聴しよう」とエルンストはどこか楽しげに応じた。
大きな右手の人差し指を上げ、
「一つ。優勝ではなく完走を目指すこと。おそらく参加チームの多くが故障やらなんやらでリタイヤします。そんな中、独自エンジンを用いるウチがしっかり完走を果たせば、対外的に大きな宣伝効果をもたらすでしょう」
「なるほど。商売には役立つね」とエルンストはつまらなそうに鼻を鳴らす。
シモンは大きい左手の人差し指を上げた。
「もう一つは簡単です。リタイヤを覚悟して、いえ、リタイヤを前提に我々が取れうる全てを接ぎ込んだ大博打。優勝はおろかみっともない終わりを迎えかねませんが、間違いなく技術的な知見と経験は稼げます。それだけ、とも言えますが」
「知見と経験だけ? 大いに結構じゃあないか」
エルンストはにんまりと笑って両腕を大きく広げ、
「ディメ君。ディメ君。私が君達を雇ったのはね、ヴィルミーナに挑戦するためだ。この時代を代表する女傑が注力するこの新たな分野で、勝負したいんだ。そして、彼女との競争を思う存分に楽しみたいんだ」
どこか狂気を感じさせる獰猛な笑顔を湛えたまま気炎を吐く。
「世界初の機械化車輛レースを優勝する名誉を得られなくとも構わない。敗れようとも挑戦することに意味があるんだ。勝負に臨むことに価値があるんだよ」
「……あの、差し出口をするようで恐縮なのですが、商売として損失が大きいのでは?」
イネスが不安げにおずおずと問う。可愛い。
「商売なんて会社が潰れなければ良いのさ」
経営者としてあるまじき発言を堂々と宣い、エルンストはシモンへ念を押すように、
「君達は必要だと思うことを存分にやりたまえ」
「やれやれ。なんとも嬉しい命令ですな」
ぼやくシモンからカーヤへ目線を移し、柔らかく告げた。
「ストロミロ女史。約束した通りだ。金と資材は能う限り、だ」
カーヤは大きく頷く。
「魔導機関ではないことが癪だけれど」
双眸を爛々と輝かせて。
「白獅子に吠え面を掻かせてみせる」
○
この時期、ヴィルミーナはカロルレンのパッケージング・ビジネスへさほど手を出していない。カロルレンの総支配人オラフ・ドランの手腕と覚悟を窺いつつ、側近衆のパウラとテレサに任せている。
何よりもヴィルミーナの意識は三つのことに注がれていた。
一つはエルンスト・プロドームのステラヒール社との開発競争(とレース大会)。
これは側近衆ヘティとマリサに任せてある。自分は外から楽しませてもらおう。
一つは長男ウィレムの学校生活。
どうも近頃、様々な小娘達が我が子に近づいているらしい。我が子がモテることは鼻が高いが、変な虫が付かないか心配だ。
最後の一つは大冥洋航路へ周期到来した大海竜のこと。
「何とかならないのかしら」
大海竜の到来のため、通常航路が封鎖されて遠回り航路の使用を余儀なくされている。これにより外洋領土との交易経費が跳ね上がっていた。なんたって貨物船の運用費は高い。たった一日運航費が増えるだけで数百万から数千万円分の経費がかさむ。
資源確保と流通の安定のためなら戦争すら辞さない女は、この状況に不満を隠せない。
「退治は無理にしても追い払えないのですか?」
ヴィルミーナは向かい側に座る大空賊アイリス・ヴァン・ロー女士爵へ問う。
ドレス姿の隻眼美熟女は未だ張りのある生意気なオッパイを反らすように笑う。
「いくらヴィルミーナ様のお求めでも、それは叶えて差し上げられませんね」
王都内の高級レストランにて海竜肉のステーキと上等なクレテアワインを楽しみながら、ベテラン空賊船長は御姫様(30代・三児の母)へ説明する。
「大海竜は人間がどうこう出来る存在ではありませんから」
魔導技術文明世界のモンスター生態系は地球世界生物学が一切通用しない。
なんたって二次大戦の四発爆撃機サイズの生物が空を飛びやがるのだ。海のモンスター生態系はもっと酷い。原子力空母並みの海竜がごろごろいるし、スエズ・マックス級タンカーをオヤツ感覚で齧ってそうな奴も珍しくない。
そんなモ○ハンの超大型古龍やゴジ○みたいな化物を人間がどうこうできるだろうか?
ゲームなら尻尾の先を突いていれば、ダメージの蓄積でいずれ倒せるかもしない。しかし、生物学的に言えば、尻尾の先をどれだけ突いても致命傷になることは絶対に無い。
それに、ゲームの敵は律儀に真正面から戦ってくれるが、現実世界の生物は人間のルールなど気にしない。海なら初手に船を破壊して終わりだ。
「爆薬を満載した火船戦術で追い払ったこともあるそうですが」
大型飛空貨物船に爆薬を満載し、海面付近へやってきた大海竜に突っ込ませた事例もあるが、それでも討伐には至らず、撃退したに過ぎないという。
ヴィルミーナはアイリスから話を聞き、思う。
この世界では潜水艦が登場せんかもなあ。何らかの対抗策を用意せんと大型海棲モンスターの餌になるだけや。将来、原爆が登場したら、原爆による大海竜狩りが始まるかも。それはそれで海洋汚染で大惨事やな。
「海の脅威を取り除けない以上、外洋交易を安定して行うには空運の方が良いか」
「ところが、現在に至るまで飛空船では積載量から言って海上船舶に及びません。輸送効率や経費の面からやはり海運に頼らざるを得ません」
アイリスは赤ワインを口に運び、
「空の天井を超えられる浮揚機関が開発されれば、また違ってくるでしょう」
「ウチもいろいろ研究しているけど、良い話は聞こえてこないわね」
ぼやくヴィルミーナへ微苦笑を返す。
「私は期待していますよ。ヴィルミーナ様が表舞台で御活躍を始めて以来、世界が大きく変わり始めましたから。きっと私が現役でいるうちに空の天井を超える日が来るでしょう」
年の離れた友人の言葉に、ヴィルミーナはなんとも面映ゆそうに眉を下げる。
「とんでもない宿題を課された気分だわ」
○
85年を迎え、白獅子財閥はモーターレースの開催に伴い、新たに機械車輛事業を立ち上げた。
車輛事業の取締役員は半分が側近衆麾下の若手、もう半分が陸運事業から。代表は重機事業から選出した。そのうえで、レースに対応するワークスチームを創設している。
ヴィルミーナは集めた白獅子の重機事業と機械車輛事業の経営陣に告げた。
「機械車輛の販売は年間300台から500台ほどを見積もっているわ。ただ、機械車輛にしても、重機にしても、あくまで内燃機関が開発を完了するまでのつなぎと考えてちょうだい」
「重機もですか?」と重機事業代表が眉根を寄せる。「重機の販売は堅調なのですが」
「構造上、蒸気機関は始動から作業開始までボイラーの暖機に30分近く掛かる。その点、内燃機関なら始動から10分ほどの暖機で作業が行える。この差は大きい。内燃機関の普及によって蒸気機関は一部を除いて自然淘汰されるわ。問題は燃料供給が魔晶油以外、輸入頼りの点だけれど、そこはおいおい産油地の発見と確保で補う」
ヴィルミーナは幹部達へ粛々と語り、ワークスチームへ顔を向けた。
「主催企業のワークスチームとして優勝が望ましい。もちろん勝負は水物だし、最善の努力が最高の結果に結びつくとは限らないことは、重々承知しているわ。ただ、一つだけ胆に銘じておいて」
紺碧色の瞳に厳しい光を湛え、ヴィルミーナははっきりと宣告する。
「不正や小細工などの卑怯未練な真似は絶対にするな。我々は既に王者の立場にある。であるがゆえに、我々は勝つにせよ、敗れるにせよ、正々堂々と振る舞わねばならない。観客や顧客の信用と信頼を損ねるような真似は絶対にするな。私達が掲げ、君達が背負う白獅子紋は畏れ多くも国王陛下より賜った紋章だ。その御紋を汚す真似は許さん」
幹部達が思わず背筋を伸ばし、『はいっ! 総帥っ!』と唱和する。
ヴィルミーナは身内に甘い。
しかし、その甘さから粛清をためらうことは決してない。
組織の役に立たないと判断すれば容赦なく解雇するし、悪さを働けば徹底的に懲罰を与える。その結果として自殺に追い込まれたり、”事故死”や”病死”したりするケースもある。
ヴィルミーナは身内に甘い。が、その身内が置かれる環境は決してぬるま湯ではないのだ。
ヴィルミーナは緊張した雰囲気を解くように表情を和らげ、優しい声音で問う。
「それで、実際のところはどうなの? 勝てそう?」
「自信はあります。ただ、絶対に優勝できる、とはお約束できかねます」
ワークスチームの代表が後頭部を掻きながら正直に言った。
四輪であれ二輪であれ、モータースポーツは二つの要素が重要になる。
一つはマシンの性能。
もう一つは運転手の技量。
前者は言うまでもない。高性能であればあるほど、勝利を確かなものにする。
しかし、モータースポーツの面白さは単にマシンの性能だけが勝敗を決しないことだ。
運転手がマシンを十全に運転し、性能を十二分に引き出さなければ、マシンがどれほど良くても勝てない。有名な公道レース漫画のように『性能で劣るマシンを駆り、運転手のテクニックで勝つ』なんてことがマジで可能なのである。
加えて言えば、現状、根幹の蒸気機関のそのものがまだまだショボいため、ワークスとプライベーターは資金力の差はあれど、技術的格差は思いの外小さい。エンジンメーカーの白獅子であろうと、慢心できる状況にないのだ。
そうした説明を聞き、ヴィルミーナは少し考えてから言った。
「……そうね。では、私から貴方達へ注文を付けさせてもらおうかしら」
総帥からの注文――ワークスチームの面々が思わず身構えた。
戦々恐々とするワークスチームへ、ヴィルミーナは宣告する。
「順位は問わない。貴方達が成し得る最善を尽くし、全力を出しなさい。白獅子が存続し、事業を維持できる限り、ワークスチームもまた存続するわ。貴方達の背後に多くの後進が続く。彼らが羨み、妬むほどの活躍を残しなさい」
ワークスチームは一瞬呆気にとられ、次いで大きく身を震わせた。武者震いであった。
トラクター部門の担当チームが眉を下げて唸る。
「あれはズルい。私達にも斯様な御言葉をいただきたかった」
○
ベルネシア本土で来たるレース大会に向け、準備が進められている頃。
カロルレン王国北東部では、ラインハルト・ニーヴァリ少佐の下でベルネシア傭兵達が慣熟訓練を進めていた。
蒸気機関を搭載した装甲トラクターの群れが不整地を走っていく。とはいえ、時速は20キロにも満たない。お馬さんより遅い。
装甲トラクター達は雁行隊形を維持し、それぞれに与えられた射撃目標へ向け、移動しながら車体後部に牽引する戦闘室の砲郭式平射砲を発砲。
これがまぁ当たらない。
どこぞの戦車アニメや戦車映画は移動しながらボンガボンガ発砲していたが、戦車に移動射撃機構が据えられたのは第二次大戦以降。大戦以前の戦車は走行中の強烈な振動が砲の照準を激しく乱すため、移動射撃は余程の至近距離か腕の良い砲手でない限り、まず当たらない。
であるから、第二次大戦中の戦車は『移動→停止→発砲→移動』の手順で戦っていたのだ。
そして、魔導技術文明世界18世紀後期において、機械化車輛戦術など存在しないし、戦車運用教範など影も形もない。
ベルネシアの装甲機械化部隊を預けられたラインハルトは、暗中模索を余儀なくされていた。
「行進射撃は駄目だな。砲弾の無駄だ」
雁行隊形から数十メートルほど後ろを進む指揮官用車輛で、ラインハルトはぼやく。
ベルネシアから提供された機械車輛部隊は装甲トラクター60台と装甲ロードトレイン12輌。
装甲トラクターは平射砲搭載型が20台、機関銃や擲弾連発銃を搭載したものが12台、残りは兵員輸送仕様だ。装甲ロードトレインは1輌当たり2~6輌の貨物車輛を牽引可能。
部隊の補給や整備を担う支援小隊はこれまで同様に馬車であり、部隊付き偵察隊は烏竜騎兵で構成されている。つまり、この世界初の機械化は蒸気機関用液体燃料と馬用/烏竜用飼料を必要とするわけで、兵站上の困難が付きまとっていた。
さらに……
「4号車が擱座しました」
ラインハルトの傍らで双眼鏡を覗いていたエーデルガルドが溜息混じりに告げた。
元々が農耕地を走るトラクターであるから、不整地の走行能力は然う然う悪くない。鋲付のスライム皮革製疑似ゴムタイヤは接地圧を上手く分散している。それでも馬車を遥かに超える大重量は如何ともしがたい。湿地や軟地形ではたちまち沈み込んでしまう。
ラインハルトは舌打ちしつつ魔導通信器を手に取り、
「マイスターよりハンマー。そのまま前進を継続。敵陣突破に当たれ」
『ハンマー・アクチュアル、了解』
通信器のチャンネルを変えて後続の兵員輸送車輛隊へ連絡。
「ファイル。ハンマー4の救出に2輌回せ。判断は任せる」
『了解しました。ファイル3、4を回します』
通信を終え、ラインハルトは鼻息をつく。
「司令部は俺達をそろそろ前線へ投入する気だ。時間がない」
ガタゴトと揺れる車内でラインハルトは制帽を被り直し、苦い顔で呟く。
「いい加減、部隊運用法を確立しないと不味いんだが」
「やはり上層部が考えているような敵陣の正面破砕突破は無理だと思います」
同乗しているエーデルガルドは眉を下げた。
「機動力が地形に依拠しすぎています。敵陣前を魔導術で泥濘化されるだけで立ち往生すると思います」
「だな。コイツは正面突破兵器じゃない」
ラインハルトははっきりと言い、
「歩兵の近接支援か、従来の騎兵のように後退する敵部隊の追撃。あるいは敵陣を迂回して側背からの強襲に用いるべきだ」
エーデルガルドが頷きながら別解を告げる。
「機動防御戦闘にも良いかと。踏破能力はともかく装甲は確かです。小銃弾や歩兵砲程度なら怖くありません」
第一次大戦で登場した戦車の多くは抗弾性の高い装甲ではなく鋼板に過ぎなかったため、鋼鉄やタングステン弾芯の小銃鉄鋼弾でも貫通したし、銃弾を連続で浴びることで衝撃熱による軟化現象も発生する有様だった。
が、白獅子製鋼板は違う。なんたって現時点で添加鋼を実用化している。単なる鉄や鋼鉄頼りの諸国と違い、硬度でも耐久性でも上回っていた。小銃弾や歩兵砲の小型砲弾くらいなら耐えられる。
「問題はあのデカブツだ」
ラインハルトは装甲馬車を扱っていたから装甲トラクターはまだ何とかなる。一方、装甲ロードトレインを完全に持て余していた。
装甲ロードトレインは大きすぎたし、重すぎたし、足が遅すぎた。ある程度しっかりした地形で無ければとても運用できない。
魔導技術文明世界は現状、鉄道が普及していないため、装甲列車も存在しない。当然ながら装甲ロードトレインの扱いなんて誰も分からない。
「前線と策源地を結ぶ補給部隊として運用するしかないと思う……」
「司令部はどうも決戦兵器か何かと勘違いしてますね……」
ラインハルトとエーデルガルドは揃って溜息をこぼした。
メーヴラントの東西で機械車輛の扱いに頭を悩ませていた。
片や戦争のために。片やレースのために。
両者の出番は共に近かった。




