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続章に齟齬が生じない範囲で内容を加筆修正しました(2020/11/27)
「レヴ君。材料は全部揃ってる?」
「はい。ヴィーナ様。卵と生クリーム? と花蜜。ラム酒。全部そろってます」
気づけば、レーヴレヒトとヴィルミーナ嬢は互いを愛称で呼び合っていた。
すっかり仲良しになられて、と御付侍女メリーナは目を細めた。美女児と美男児が仲良くしている様はとてもとても微笑ましい。
「御嬢様、調理道具も厨房からお借りしてきましたけれど、何をするんです?」
「男爵様の蔵書にあった食べ物を作ってみるの。上手く出来たら、お母様やゼーロウ家の方々にも召し上がっていただくから、ただのお遊びと思わないよーにね」
「それは、大役でございますね」
思ったより大事らしい、と知り、御付侍女は気合を入れ直す。
王妹大公ユーフェリアは気難しい主ではない。むしろ、おおらかで仕え易い主だ。が、その反面、機嫌を悪くした時はひたすらに怖い。王家の血を引く方なのだと思い知らされる。
「技術的に難しいことは無いのだけれど、手間がかかるし、その手間を惜しむとダメみたいだから、大変だけど頑張ってね、メリーナ」
「お願いします」とレーヴレヒトも一礼した。
「はい。お嬢様、レーヴレヒト様。精一杯務めさせていただきます」
さて、卵と生クリームで出来る簡単なお菓子と言えば、プリンである。
その歴史は16世紀のイギリス人がこさえたプティングに遡る。ただし、これは茶碗蒸し的な食い物だったようだ。日本人の良く知るお菓子のプリンは、どうも19世紀半ばに登場したという。
ちなみにこの時代、砂糖はまだ値崩れしていないので花蜜――これもまぁ安くはないが、比較的入手し易いので代用。風味付けのバニラエッセンスは無かったからラム酒で代用。
一番大変なプリン液作りを、御付侍女はなんと風系魔導術で済ませる。指先に極小規模な竜巻を発生させ、プリン液を撹拌撹拌。
その様子を見ていたヴィルミーナはレーヴレヒトに小声で尋ねる。
「……ねえ、レヴ君。メリーナはいつも容易く魔導術を使っているけれど、これって大人は皆、出来ることなの?」
「出来ません。貴女の侍女殿がされていることは、魔導学院を出た正規の魔導術士にしか出来ません。とても凄いことです」
レーヴレヒトが小声で応じた。
「メリーナは、魔導術士なの?」とヴィルミーナは御付侍女に尋ねた。
「ええ。魔導学院に通って魔導術を学びました。御国の資格証明書もいただいていますよ」
「魔導術士なのに、なんで侍女してるの?」
「御給金が良いからです」御付侍女は即答し「王妹殿下の御給金は魔導術士として働くよりもずっと高いんです。募集を知った時は迷わず即座に応募しました」
「そ、そうなんだ」
「はい。王妹殿下と御嬢様にお仕えできて幸せです」
にっこり微笑む御付侍女メリーナ。生臭い話を聞かされたヴィルミーナとレーヴレヒトは軽く顔を引きつらせていた。
そんなこんなで、プリンは完成し――ユーフェリアとゼーロウ家の面々に振る舞われた。
「なんだこれはなんなのだこれはなんだというのだこれは」
初めて目にするプリンを食し、レーヴレヒトの兄アルブレヒトが愕然としていた。三歳年上の兄は一口食してから凍りついたように動かない。花蜜を煮詰めて作ったほろ苦いカラメルソースとぷるんぷるんのプリンがもたらす食感の協奏曲に、壮絶な衝撃を受けたらしい。
ゼーロウ男爵夫人フローラと王妹大公ユーフェリアは、さながら少女のように味の感想を楽しげに語り合い、一口ずつ大切に食している。
「うまかったぁ………」
レーヴレヒトの父ゼーロウ男爵は速攻で食べ終え、スプーンを固く握りしめて瞑目している。どうやら舌に残る余韻を反芻しているらしい。
「――――御代わりは無いのか?」
真剣な面持ちの父は、息子に「無いです」と無慈悲に告げられ、しょぼんと肩を落とした。
「それにしても、こんな菓子は見たことも聞いたこともない……王妹殿下は如何です?」
「私もこんな美味しい物、知らないわ」
ユーフェリアは小さく肩を竦め、言った。
「でも、ヴィーナには代官屋敷の蔵書を元に作ったと聞いたわよ、ゼーロウ卿」
「ええっ?」父は吃驚し「当家の書庫にこんな美味い物の作り方が眠ってたとは……ヴィルミーナ様、なんという題の書籍ですか?」
「え? あ、はい。男爵様の蔵書です。蔵書に載ってました。載ってたはずです、はい。なんて本だったかはちょっと忘れてしまいましたけれど、ええ、きっと多分。はい」
目を泳がせながら応じるヴィルミーナ。前世の学生時代に調理実習で作ったことがあるとは言えない。
そこへ、レーヴレヒトが素早くフォローに入る。
「当家の蔵書は無暗に多いですからね。それに、ヴィーナ様はここ数日たくさんお読みになられましたら、一々覚えられていなくても仕方ありません。でも、作り方は私が記録しておきましたので、これからはいつでも食べられますよ」
「そうか。うん。ならば良し」
父はあっさり引き下がった。重要なのはもう一度食えるかどうかだ。が、今度は王家直轄領代官――領地経営者としての顔がのぞく。
「ユーフェリア様、この菓子のレシピについてなのですが……」
「あなた。無粋な話は後ほどに。今は子供達が作った美味を味わいましょう」
男爵夫人がやんわりと夫に釘を刺すと、ゼーロウ男爵はくしゃりと悲しそうな顔をした。
「もう食べちゃったよ……」
「なんだこれはなんなのだこれは」
兄アルブレヒトはまだ衝撃から帰ってこない。
ヴィルミーナはレーヴレヒトに目で合図する。やったね、というように。
レーヴレヒトは小さく首肯し、プリンを一口食べた。
「美味しい」
〇
時計の針を戻そう。
「異世界転生とは何です?」
そうレーヴレヒトに問われたヴィルミーナは大混乱に陥った。
なぜどうしてなんでと目を白黒させるヴィルミーナを、レーヴレヒトはじっと見据える。
瞬間、室内の空気が緊迫と緊張に凍りつき、眼前の美しい少年の気配が切り替わる。
深い青色の瞳から人間的善性が完全に消失。そこらの穴ぼこの方がよほど人間味のある目つきは無機質かつ冷酷。間違っても”普通の”7歳児が湛えられるものではない。
陳腐な表現を用いれば、まるで少年の姿をしたバケモノが正体を現したような……
ウン十年の前世経験がヴィルミーナに激しく警告する。
気を付けろ。この坊主は”本物”だ。油断するな。決して。
思わず気圧されて慄然したヴィルミーナへ、レーヴレヒトが静かに語る。ゾッとするほど静かな声色で。
「貴女が何者かは、別にどうでも良い。重要なのは3つ。
1つは貴女がゼーロウ男爵家の敵なのか、あるいは、危険に晒す存在なのかどうか。
もう1つは王妹殿下を害する存在なのかどうかということ。殿下は母上の大事な御友人で、ゼーロウ男爵家の大切な後ろ盾。害することは許さない」
ヴィルミーナは驚愕と困惑から立ち直れず、返答できなかった。
もはや目の前の綺麗な男児はまるで違う生き物のように見える。前世ウン十年で接してきた荒事稼業の人間や人格異常者や社会病質者よりも薄ら恐ろしい。
なんや、この坊主は。なんなんや。
「……3つ目は、なに?」
絞り出すようにヴィルミーナは問うた。声が震えていた。否、身体も心も震え慄いていた。前世込みでこんな体験は初めてだった。7歳児に怯えさせられるなんて、情けないやら恐ろしいやら。
「貴女がこれからどうする気なのか」
非人間的なまでに冷酷な目つきでヴィルミーナを見据え、レーヴレヒトは告げる。鮮明な敵意と共に。
「返答次第では、排除させてもらう」
明確な害意に晒された瞬間、ヴィルミーナの前世経験が魂に刻んだプロトコルを発動する。心理的動揺が強制的に沈静化され、強烈な冷静さと冷徹さを呼び起こす。
この坊主、ほんまもんのサイコパスやんけ。しかも、賢くて社会順応性が高いサイコパス。連続殺人鬼より性質悪い奴や。美男児カワエエとか浮かれとった自分をどつき回したいわ。
まあ、それはともかく……
このクソガキャア。本気の殺意ぶつけきよってからに。受けてたったるぁ……っ。
「排除だと? 王妹大公令嬢を害すれば、それこそ君の御家が危機に陥るとは思わないのか? 今この瞬間、私が大声を上げて君に脅迫されたと訴えたら、私の母がどう動くと思う?」
ヴィルミーナが”本性”を晒すと、レーヴレヒトは若干、目を見開いた。顕微鏡を覗くような目でじっとヴィルミーナを見据え、情動のない声色で告げた。
「確かに貴女の指摘した点は否定できない。死の縁から蘇った貴女が今度こそ命を落とせば、大騒ぎになるだろうし、貴女が僕を排除することの方がずっと容易い」
レーヴレヒトは黒曜石の刃みたいな目つきで、続けた。ただ事実を語るように。
「だが、今、貴女は僕の”間合い”に居る。事故に見せかけること、いや、回復したように見えてやはり死神の手から逃れられなかった、とすることも僕には出来る」
その声色と表情はとても強がりやブラフとは思えない。実現可能なことを事実として告げている、そんな機械的宣言だった。
「ヴィルミーナ様。僕の3つの問いに答えて欲しい」
このクソガキ、ガチやんけ。人を事故死に見せかけて殺せる7歳児? 怖すぎやろっ!! ゼーロウ家め。子供にどんな教育してんねんっ!! 勘弁しろやっ!!
内心でゼーロウ男爵夫妻を罵倒しつつ、ヴィルミーナはレーヴレヒトから目線を外すことなく、考え込む。
このガキに口先の誤魔化しは通じへん。それに本気で私を殺しに掛かる気や。忌々しいサイコパスめっ!
なんやねんっ! 異世界転生ゆぅたら御都合主義と俺TUEEE展開が通り相場やんか、なんでいきなりサイコのガキに命狙われなあかんのっ! おかしい。こんなことは許されない。逆ハーさせろやっ!!
前世で齢ウン十を過ぎてからハマったサブカル趣味がぶり返すヴィルミーナ。たっぷり数分間沈思黙考した末、どこか苦々しげに告げた。
「……前世の記憶がある、と言ったら……君は信じられるか?」
「分かってないみたいだな」
レーヴレヒトは小さく鼻息をつく。予期せぬ反応に目を瞬かせるヴィルミーナへ続けた。
「僕に重要なのは貴女が何者かではない。前世の記憶があろうとなかろうと、どうでも良い。なんなら貴女が天使の生まれ変わりでも、貴女に悪魔が取り憑いていても構わない。重要なのは、ゼーロウ家に仇なす存在か否かだ」
――ふむ。
ヴィルミーナは目を細めた。
「それはつまり、私がゼーロウ家や母に実害をもたらさない、とここで誓約すれば、君は私を害さないと? 私が口先でこの場をしのぎ、後で母へ訴えて君を排除するとは思わないのか?」
「今、僕を試した時点で、貴女にそうする気が無いことは明白だ」
レーヴレヒトは機械的に答えた。
……このガキ。サイコはサイコでも高機能サイコか……ふぅん……”面白い”。
ヴィルミーナの目がますます細くなり、紺碧色の瞳に前世同様の”邪悪さ”が灯る。
「分かった。ここに誓う。私は決してゼーロウ家にも母にも害を与えないと誓約するわ」
口先ではなく本心から告げた言葉だった。実際問題としてゼーロウ家を害する必要も理由もないし、そもそも今生の母は唯一の庇護者。この第二の人生の現生命線だ。傷つけるわけがない。
レーヴレヒトは何の反応も返さず、深い青色の瞳でヴィルミーナを見つめ、
「――了承した」
ぽつりと告げた。
「その誓いを信じる。貴女がゼーロウ家を害さない限り、僕も貴女を決して害さない」
瞬間、氷より冷たい殺気が解けた。緊迫と緊張で凍てついた空気が一瞬で融解する。
ヴィルミーナが無意識に安堵の息を吐く、と。
「僕はそろそろ失礼します。用があったらお呼びください。御馳走様でした」
用は済んだとばかりに腰を上げたレーヴレヒトを、ヴィルミーナはがしっと捕まえた。
「お待ちっ!! まーだ話は終わってないっ!!」
「? 何か話すことが残っていますか?」
不思議そうに小首を傾げるレーヴレヒト。
あら可愛い。さっきまでのバケモノ振りが嘘みたい。って、そうやない。
ヴィルミーナは気を取り直して、言った。
「私は前世の記憶があると言ったのよ? 普通は色々質問して、真偽を確認するでしょっ!? なんでそんなにあっさり流してるのっ!?」
「や、そこはどうでも良いし……」
面倒臭そうに眉を下げるレーヴレヒト。
!? どうでもいい、だとっ!?
ヴィルミーナは眉目を大きく釣り上げた。
「その反応はおかしいからっ!」
7歳児に振り回される精神年齢ウン十歳のヴィルミーナは大きな、とても大きなため息を吐いて、レーヴレヒトをまっすぐ見つめて告げた。
「そこへお座り。じっくりお話しようじゃないの」
是非は言わせなかった。
かくして、“お話し”は長々と続いた。
ヴィルミーナの前世のこと。地球世界の西暦21世紀の知識や情報。再現できるかもしれない技術や応用できるかもしれない手法や方法等々、話の内容は多岐に渡り、秘密の共有者となった証に、互いを愛称で呼び合うことまで決まった。
ひとしきりあれやこれやと話し合った末、レーヴレヒトは提案した。
「簡単な実験をしよう」
「実験?」
「そうだ。ヴィーナ様の前世記憶とやらが実際に周囲へどういう反応を招くか、実験してみよう。何か、そうだな。お菓子や玩具のような物で良い」
ヴィルミーナは少し考えてから、言った。
「……それなら、プリンとか?」
〇
こうして『秘密の共有者』となったヴィルミーナとレーヴレヒトの紐帯は太く硬く結ばれた。傍目には男女の仲とも友情とも違う二人の関係性は奇妙で不可解であり、2人はよく尋ねられた。
君達はいったいどういう仲なんだい?
2人は決まってこう答える。
「プリンで結ばれた仲だよ」
似非関西弁はキャラ付けですのでご容赦ください。
2020/11/27:もう200話以上書いちゃったので関西弁は修正不可能。