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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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299/336

21:4

お待たせしました。ちょい増量気味です。

 実りの秋を迎える直前。第三次東メーヴラント戦争の火ぶたが切られた。

 カロルレン王国軍第一軍と第二軍が国境を越え、旧領土へ流れ込む。


 対するアルグシア軍は会戦による邀撃を避け、第一次東メーヴラント戦争でカロルレン軍が用いた城砦群と城塞都市を利用した。


 主戦派揃いの東部閥が牛耳る地域にしては、ぬるい反応と言えよう。

 これは二度の東メーヴラント戦争において主力を担ってきたアルグシア東部軍が、二度の大出血から回復していなかったからだ。平たく言えば、兵力不足。


 むろん東部閥とて手を打っている。

 第二次の戦い後、城砦群と城塞都市を強化し、故アドルフ・ハインリヒ王太孫を顕彰して『プリンツ・アドルフ要塞線』と呼称していた。この要塞線でカロルレン軍を押し留めて出血を強要。そこへ連邦他地域軍の到来を以って打撃を加える。よくある『鉄床と金鎚』だ。


 しかし、カロルレン軍は一部の城砦を攻略して突破口を確保すると、要塞線を無視して旧国境へ向けて前進。


「バカにしおってっ!」

 プリンツ・アドルフ要塞線の総司令官フォン・ニーメック大将は激怒した。彼にしてみれば自分達など脅威ではない、攻略する価値もない、と言われたようなもので、舐められたという感想しか抱けなかった。

 そして、この時代は男性原理が強烈な時代であり、命より名誉や面子が重視された時代である。


 ニーメック大将は要塞線諸部隊に命令を発した。

『各拠点部隊は出撃し、侵略者共の側背を突けっ!!』


 ……今日、ニーメックの命令の正誤を問う議論が生じている。

 当時のアルグシア諸邦軍は各閥によって動員に乱れがあり、時間を稼ぐ意味でも、ニーメックの判断は妥当。

 要塞線が保持されていれば、カロルレン軍は後方遮断の危機や補給上の負担から作戦行動に大きな制約を受けていたはず。ニーメックの判断は誤り。


 いずれにせよ、ニーメックの判断はプリンツ・アドルフ要塞線部隊の各個撃破を招いた。

 ハーガスコフ=カロルレン侯爵を主将とするハーガスコフ軍団は要塞線部隊を各個に仕留め、続く第三軍が要塞線の城砦群を始末し、城塞都市を攻略した。


 ここまで開戦から半月。第二次の戦いから5年以上も労力と費用を掛けて築いた要塞線はあっさりと陥落した。第二次の戦いであっさりと命を落としたプリンツ・アドルフのように。


「たった一個戦隊で敵歩兵連隊と騎兵大隊を撃破、敵砲兵中隊と輜重大隊をまるごと鹵獲……流石の手腕だ。しかし、些か働き過ぎではないか、ラインハルト。まだ緒戦だぞ」

「自分が働き過ぎたのではなく、周りがサボッていただけです。閣下」

 ラインハルトはアンドレイ・ハーガスコフ侯爵/中将にしれっと応じる。ラインハルトの半歩後ろに控える副官エーデルガルト・フォン・ノイベルク大尉が誇らしげに頬を緩めた。


 かつて16歳の半人前少尉だったラインハルトも、今や歴戦の野戦将校だ。

 第一次東メーヴラント戦争で歳若くしてずば抜けた野戦指揮官ぶりを発揮し。

 南小大陸派兵では『カロルレンの黒騎士』と呼ばれる活躍を為し(いつも激戦地に送られて煤塗れ、泥塗れになっていたから)。

 第二次東メーヴラント戦争では自身の独立機動大隊を率い、幾度も友軍の危機を救う武勇を発揮した。


 それだけ活躍しても、ラインハルトは未だ一介の少佐に過ぎない。カロルレンの少数民族ベースティアラント系で田舎豪族の倅に過ぎないため、昇進が遅かった。王国に山ほどいる王族や閨閥出身の連中がほいほいと出世していく中、高級将校へ昇進するために必須の参謀教育すら受けていない。

 ハーガスコフ=カロルレン侯爵家の引きがいくら強かろうとも、出身成分が彼を軍の主流へ合流させなかった。


 元々反骨心が強い気質に加え、そうした不遇の扱いによってラインハルトはひねくれて……いなかった。別に。


 ラインハルトは野戦擦れした指揮官にありがちな皮肉屋になっていたが、『最善を尽くせば代えられぬ運命など存在しない』という強烈な自力自助思考を持つ不撓不屈の男だ。

 さらに言えば、ラインハルトはその出自から忠君愛国の情を欠片も持ち合わせていない。冷遇されようと『楽が出来るなら構やしない』だ。


 ちなみに、まだ結婚してない。

 というのも、内縁の妻となった副官エーデルガルト・フォン・ノイベルク大尉が結婚を拒絶したからだ。休戦期の間に子供も儲けていたけれど、結婚だけは頑として認めなかった。


 なぜなら、結婚したら副官として戦場に同行できないから。

 エーデルガルトはラインハルトが戦場で見せる強烈な輝きに魅入られていた。未婚出産で我が子を私生児にしてまでも、ラインハルトの傍に在ることを優先している。実際、子育ても乳母任せ実家任せ。ラインハルトも思うところがあるが、この件に関してエーデルガルトは一切妥協せず、手の施しようが無い。


 両者の歪な在り方にノイベルク家は口出ししなかったものの、ラインハルトの姉は弟の“不始末”に激怒した。敬虔な伝統派信徒である姉は『貴族令嬢を結婚前に孕ませた挙句、結婚しない』などという事態を許さず、弟を散々に難詰して“不名誉”を激しく叱責した。


 エーデルガルトがラインハルトとの特殊な関係性を幾度も説明し、ようやっと納得してもらったほどだ。それでも、姉は両者が結婚しないことに大いなる不満を隠さないけれど。


 それと、両者は結婚していないため子供が私生児の扱いになってしまう件は、ハーガスコフ侯爵家が後見人となることで誤魔化した。コネは大事。


 さて。そろそろ話を再開しよう。

「しかし、惜しいな」ハーガスコフ侯爵は申し訳なさそうに「中央のバカ共を説得できていれば貴官を大佐に。上手くすれば准将には就かせてやれたのだが」

「閣下の御計らいで自由に戦える現状に不満はありません」

 ラインハルトは本心から言った。パープリンやノータリンの下で無茶な命令を押し付けられるくらいなら、ハーガスコフ侯爵の下で独立部隊を率いている方が楽だ。


「そう言って貰えるとありがたい。しかし、貴官が目立ったことを良く思わんバカ共がいることに変わりなくてな」

 ハーガスコフ侯爵が少々言い難そうに続ける。

「中央から貴官と戦隊根幹要員の転出が命じられた」


「転出? 今、この時期にですか」とエーデルガルトが思わず口を挟み「――失礼しました」

「北東部のベルネシア資本を経由して、ベルネシア傭兵を雇用した件は聞いているな?」

 エーデルガルトの口出しを気にせず、ハーガスコフ侯爵は話を続ける。

「蒸気機関を搭載した新兵器を伴う陸戦一個大隊、でしたか」とラインハルト。


「この転出は中央のバカ共による嫌がらせに見えるが、その実はベルネシア資本とオルコフ女子爵による貴官の指名だ。どうもベルネシア資本が件の傭兵部隊を貴官に預けたいそうでな。ルータ経由で中央に根回しまでして実現したようだ」

 説明を聞き、ラインハルトとエーデルガルトは困惑を浮かべる。

「どういうことでしょう? なぜ自分に?」


「ベルネシア資本の代表、オラフ・ドラン名誉士爵は貴官を高く買っているということだ。新兵器と同胞の傭兵達を預けるなら貴官をおいて他にない、とな」

「有難いと感謝すべきか、迷惑と困るべきか、悩みますね」

 減らず口を叩くラインハルトへ、ハーガスコフ侯爵は貴族的微笑を返す。

「緒戦の問題は片付いた。ここからは第一軍と第二軍の頑張り次第で、連中の尻拭いは第三軍の仕事だ。我々の役割は後方連絡線の確保に過ぎん。貴官は後方で命の洗濯をしてくると良い」


 どうだか、とラインハルトは思いつつも、上官へ了承の敬礼を向けた。

 なんであれ戦争から遠ざかれるなら文句はない。後方に下がれば子供達にも会える。


 まだ、ラインハルトは知らない。

 性悪な運命の女神が良い笑顔を浮かべていることを。


        ○

大陸共通暦1784年:王国暦266年:秋

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム

――――――

「第三次東メーヴラント戦争の勃発による影響は今のところ限定的です。マキラ大沼沢地の天然素材を始めとする対カロルレン貿易の変化は予想範囲に収まっています」

 ベルネシア宰相ペターゼン侯が淡々と語る。


 戦争勃発によって生じた面倒は今のところ大きくない。協働商業経済圏は列強三国の巨大な市場を有しており、外洋領土の豊富な資源を持っている。東メーヴラントの戦乱は経済的致命傷に至らない。


「面倒であることに変わりはないな」

 アルグシアもカロルレンも協商圏を敵に回さぬよう立ち回っている。しかし、どちらも本質的に国際感覚の欠ける外交下手であり、強欲狡猾傲慢の三列強に足元を見られていた。


 カレル3世は疲れ顔で言った。近頃の国王はどうも体調を崩し気味だった。

「ヴィーナは? 場合によってはカロルレンの開発地域を全て破壊すると言っていたが……」

「派遣した傭兵部隊はカロルレン軍の協力下にあります。カロルレンが同地域のベルネシア資本を差し押さえるような真似をしなければ、ヴィルミーナ様も無茶はされないかと」

「その時は国としても放ってはおけんがな」


「我々の介入を誘うなら有効な手立て、ともいえます。諜報に力を入れておきましょう」

 それに、とペターゼン侯はどこか微苦笑を浮かべた。

「ヴィルミーナ様は今、機械車輛の件に御熱心です。外交案件に首を突っ込むつもりは無いかと」


「機械車輛か」カレル3世は小さく頷き「随分と揉めていたようだが、気づけば静かになっていたな。あれもヴィーナが立ち回ったからか」

「ええ。方々の要路へ根回しを重ねてらっしゃいました。些か手荒なこともあったようですがね。こと調整型政治家としてヴィルミーナ様の右に出る者はそうそうおりません」


 カレル3世は宰相の言葉を受け、良くないと知りつつも姪と長男を比較してしまう。気分を変えるようにお茶を啜り、話を進める。

「それで、鉄道の方はどうだ? 結局は官営会社を興したのだろう?」


「ええ。鉄道用車両は招聘したイストリア技師の指導を受けつつ、ライセンス製造を進めています。ただ路線用地の買収に手間取っています。主に陸運と海運業界の妨害(サボタージュ)ですね。いくつかの法廷闘争を仕掛けてきました」


 どうにも鉄道開発に消極的な白獅子(ヴィルミーナ)に焦れた政府内の鉄道推進派は、今年の夏に官営企業『ベルネシア国有鉄道社』を設立。イストリアから鉄道関連の技術をパッケージ(技術者の出向から車両のライセンス生産まで一式そろえて)導入を発表していた。

 ここに至り、ヴィルミーナも仕方なく白獅子から技術者を出向させている。


「それと、私も詳しくはありませんが、鉄道の軌間規格? とやらでイストリア人技師同士でえらく揉めてます」


 軌間規格――いわゆるレール幅は鉄道の速度や本数、保守経済性などに大きく関わってくる重要な問題だった。この辺りへ迂闊に触れると大変なので、詳しく知りたい子は鉄道好きのお兄さんやおじさんに聞くとよろしい。


「やれやれ。時代の変化が大きすぎて付いて行けない。若い連中に任せた方が良いかもしれないな」

 カレル3世が自嘲的に微笑む。宰相ペターゼン侯は意を決し、近頃痩せ始めた主君へ告げた。

「近頃、お疲れ気味のようですし、少し執務の量を減らしては如何です?」


「季節の変わり目で少々体調を崩しただけ、だとは思うが……」

 カレル3世は肉が減った頬を撫でながら腹心にして親友の忠告に頷く。

「しばし、エドワードに任せてみるか」


     ○


 ヴィルミーナは東メーヴラント戦争に注意を払いつつも、自動車産業及び動力機関市場の挑戦者ステラヒール社の動きに意識を向けていた。


 かつて大手企業でバリバリ働き、国内外の狐狸狢とバチバチやり合ってきた身である。搦手抜きの純粋な企業対決はヴィルミーナにとって『楽しいこと』なのだ。


 さらに言えば、熱学的動力機関を進める白獅子と、魔導機関を目指すステラヒール。両者の技術競争と市場争いは、この国どころか魔導技術文明世界の技術的方向性を決めるかもしれない。

テスラとエジソンが争った電流戦争。VHSとベータ、ブルーレイとHD-DVDなど映像規格を巡るビデオ戦争。家庭用ゲーム機の市場を巡るコンシューマー戦争。


 ちなみに、アメリカ大陸へ鉄道が持ち込まれた際、鉄道会社達は路線利権を巡って激しく争った。法廷闘争はもちろんのこと武力抗争まで起こしている。まぁ、ヴィルミーナはステラヒールとドンパチなどする気はないが。


 ともかく、技術史を左右する勝負、と思えば産業資本家として心躍らずにいられない。仕手戦や戦争ビジネスより余程やりがいがある。


 ――のだけれど。


 白獅子は東メーヴラント戦争へ派遣する装甲トラクターと装甲ロードトレインの件に思いの外、足を取られていた。


 架空戦記辺りなら『新兵器を送った。活躍した。とっても幸せ』で済む内容も、実際に行うとなると凄まじい手間暇と金と資材が費やされる。


 なんたって、装甲トラクターと装甲ロードトレインを戦場へ送り込む、ということはこれらの整備員、整備機材、整備用部品、現場整備では手に負えない本格整備のための修理工場まで用意しなければならない。


 実戦試験を兼ねているから、調査の人員も必要だ。有能な人材である彼らを守るため、専属の護衛も要る。当然、彼らの装備その他も準備しなくては駄目。


 あとは戦場で破壊されたものを回収するための専属部隊と器材も欠かせない(軍事車両はどれほどボロボロに破壊されても能う限り回収し、直して再利用する)。


 もちろん、燃料と弾薬、オイルなどの消耗品も常に補充し続けなければならないし、交代人員も(人員の疲労による麻痺は笑えない事態を招く)。


 さらに言えば、装甲トラクターや装甲ロードトレインが現地で運用されて各種データが揃った時に備え、改修/改善/改良を進める体制を整えて、挙句は次世代機の開発を始めねばならない。


 これら一連の『必要性』を満たすため、白獅子は少なからず財閥のリソースを食われていた。総合企業財閥たる白獅子は大抵のものを自社グループ内で賄える。しかし、扱っていないものや手の回らないものは“御友達”に頼ることになり、“御友達”は降って湧いた大口取引に嬉しい悲鳴を上げている。


 かくして、装甲トラクター派遣に伴い、ヴィルミーナは書類の巨峰と幾多の会議や面談に埋もれていた。


 あかん。思っていた以上の大事になってもうた。

 魔女にしてなお想定外の状況であった。


 では、白獅子のライバルたるステラヒール社はどうか。

 エルンスト・プロドームもまた、少しばかり面倒な事態を迎えていた。


      ○


 秋の味覚が卓上に並ぶ。

 クレテア人シェフが手掛けた美しい料理。長い戦乱で入手困難となったエスパーナ産赤ワイン。貴腐葡萄を用いたアルグシア産の最高級白ワイン。

 まさに美食。食通のエルンストも満足の言葉しか出てこない。

 ところが、卓を共にする相手が婿のベン・ルダーティンではちっとも楽しめなかった。


 ベン・ルダーティン。

 合併した会社で自分から実権を強奪した男。娘や孫を虐げるクソッタレ。生意気で癪に障る若造。そして、自分の新会社を狙っているハイエナ野郎。

 そんな男を前にして、いつもの明朗な笑みを湛えられるほど、エルンストは暢気ではない。


 対するベンの方も義父にして舅――エルンストと馴れ合うつもりが欠片も無いらしく、黙々と料理を口に運び、胃袋へ流し込むように美酒を呷っている。


 会話が弾まない、どころか会話自体が無い食事が進み、空いた皿が片付けられてから食後の紅茶とデザートが卓に並ぶ。


 栗を用いた菓子を突きながら、ようやっとベンが口を開く。

「ステラヒールはR&Pの傘下に置く。ただし将来的に、だ。あんたが存命中は手出ししない。それでどうだ」


「君にしては珍しく謙譲的な見解だな」

 エルンストはにっこりと微笑み、明るく言った。

「クソ食らえだ。たとえ君が私の尻を舐めたとしても、あの会社を君へ譲る気はない」


 痛罵されても、ベンは柳眉を逆立てることもなかった。代わりに傲岸不遜を絵に描いたような面持ちで鼻を鳴らす。

「こちらが下手に出ているうちが華だと思うがな。“また”あんたから会社を取り上げても良いんだぞ」


「酔ったのかい? 私はハイラムから資金をひっぱってるんだ。君風情が大熊を向こうに回して勝てるとでも?」

「あんたこそ酔ってるんじゃないか?」

 ベンはにやにやと笑いながら栗の菓子を突き崩していく。

「大熊があと何年生きられる? 大熊亡き後のハイラムなどただ図体がデカいだけさ」


「40も過ぎても十代のような傲慢さだね、君は」

 顔を大きくしかめ、エルンストは御茶を啜る。考える時間を獲得するために。


 マルティン・“大熊”・ハイラムはたしかに歳だ。もう10年は生きられまい。それまでにステラヒールの独立独歩を守り通すだけの体制を整えられるだろうか。


 エルンストはカップを置き、婿へ冷ややかに告げた。

「東で戦争が始まったんだ。私の商売に茶々を入れる暇があったら、そちらに注力したらどうだね? カロルレン軍は旧領を取り戻し、アルグシア領へ侵入しつつある。これまでのようにソープミュンデ経由で甘い汁を貪れるとは限らないだろう?」


「どんな手札を切ると思えば、そんなことか」

 ベン・ルダーティンは嘲笑うように頬の肉を歪め、ぐしゃぐしゃにした栗の菓子からフォークを抜き、卓に放る。

「戦争がどう推移しようと俺に不利益はない。むしろアルグシアがカロルレンに追い詰められれば、それだけ儲け口は大きくなるさ」


 婿殿は腰を上げ、嘲笑を込めてエルンストを見下ろし、

「俺のためにステラヒールを肥え太らせておけ、舅殿」

 くははは、と悪役笑いしながら去っていった。


 婿がレストランを出ていき、エルンストは密やかに毒づく。

「クソヤロウめ」


 ベンは静観を決めたように語っているが、絶対に嘘だ。ベンは水面下でいろいろ仕掛けてくるに決まっている。

 はてさて、どうしたものか。


 ストロミロ女史達が存分に実力を発揮できるようにすることが、経営者たるエルンストの務めだ。彼女達を失望させるような事態は絶対に避けねばならない。


「……やはり年内に試作まで持っていき、来年には発表と受注。再来年に一般販売。そこまで持って行かないと厳しいな」

 本命はあくまで魔導機関だが、時間が足りない。やはりディメ君が言った通り、蒸気機関と内燃機関で稼ぎ、会社の体力を育成しなければ。それに大熊に代わる“後見人”も必要だ。


 とりあえずは――

 エルンストは給仕を呼び、告げた。

「この栗菓子、とても素晴らしいね。御土産にいくつか用意してもらえるかな?」


      ○


 カール・ベンツが世界初のガソリンエンジン車を発表した翌年、フランスで世界初の自動車レースが開催されたという。なお、このレースでまともにスタートできた車輛は1輌だけで、件の1輌が優勝したそうな。


 もちろん、こんなもんが公的に認められるはずもなく、1894年にガソリン車中心の自動車レースが開催された。1869年から開催されている自転車レース『ルーアン・トライアル』を踏襲するもので、パリ・ルーアン間約130キロを走破した。


 余談だが、世界初の自転車ロードレース『第一回ルーアン・トライアル』の優勝者は地元フランス、ではなくイギリスのジェームズ・ムーア氏だったらしい。あらら。


 1894年当時、ガソリン車の性能はまだまだ低く、高圧ボイラーが開発されていた蒸気自動車の方がずっと速かった。実際、レースに勝ったのも蒸気自動車だった。が、ガソリン車普及を目的としていたため、蒸気自動車はレギュレーション違反として失格。当時フランスの最新ガソリン車だったプジョーが繰り上げ優勝したという。


 こうなると失格にされた蒸気自動車の人がブチギレそうだが、この蒸気自動車を運転していた人が、国際自動車連盟の前身『フランス自動車クラブ』の初代会長に収まったらしい。なんともはや。


 さて、みんな大好き無料ネット辞典の記事を読めば済む話はこの辺にして、本題に入ろう。

「トラクターでレース?」

 片眉を上げるヴィルミーナへ、お祭り好きなマリサが言った。

「元々個々人の競走自体は既に行われていたんですけど、陸上競技会や自転車競走のように大々的にやりたい、という熱い熱い声が集まってまして」


「それでわざわざ稟議書や署名状まで用意してきたと」

 ヴィルミーナは背もたれに体を預け、小さく唸る。

「賭けても良いけれど、レース場へ来るまでに大半が不具合を起こして走行不能になるんじゃない?」


「でしょうね」マリサはニヤリと「ですから、飛空船業界も抱き込みましょう」

「んん?」と片眉を上げて訝る。

 マリサはイベント屋みたいな顔つきでプレゼンを続ける。

「レース参加車輛の移送は格安輸送する、みたいなキャンペーンを催して貰って。ほら、鉄道に優る飛空船業界のアピールにもなるでしょう?」


「ふぅむ……」

 考え込み始めたヴィルミーナへ、マリサが畳みかけるように言葉を投げかける。

「何よりっ! このレースにステラヒール社も招待しますっ! 蒸気車輛で直接対決っ! どうですっ!?」


「むう」

 ヴィルミーナは考え込む。

 自動車産業を発展させていけば、必ず発生することではある。早いか遅いかだ。しかし……それはガソリン車でやりたい。ガソリン車が発展すれば駆逐されるだろう蒸気自動車にリソースを費やす意味がない。


 意味はないが……現行の内燃機関が蒸気機関に優るほどの性能を発揮するまで、何年かかるか分からない。

 それに明確な目標があれば、開発陣の士気向上も働こう。


「分かった。ウチの参加と協賛を会議に掛けましょ」

 ヴィルミーナはマリサへ微苦笑を向けた。

「ただし、やるからには本格的にやるわ。開催は来年にして、トラクター部門と機械車輛部門を分けて開催する。コース選定とルール作りも行う。方々への根回しと音頭取りはマリサがやりなさい。良いわね?」


 マリサは思いの外大きな話になったことと、委ねられた責任に目を瞬かせた後、

「お任せを」

 山猫のように笑った。


盛り込み過ぎた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 技術、人、色々世代交代。 [気になる点] カブとかポンタはもう亡くなってしまった?カレル3世も何かヤバそう。まあ、高年齢なのに働き過ぎの結果だろう。歳には勝てない。 対比してラインハルトは…
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