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お待たせしました。やや説明会気味です。
大陸共通暦1784年:王国暦266年:初春
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム
――――――
レセプションから数日後。
白獅子財閥王都社屋の総帥執務室に、雌ライオン達が集結して茶をしばいていた。
「カーヤ・ストロミロ。当年29歳。魔導学院卒で公認第一級魔導技師。学院卒業後は時計工房の手伝い仕事や魔導器具の修理等を請け負いながら、自宅で魔導式機関の研究開発をしていたようね。いわゆる市井の発明家といったところかしら」
ヴィルミーナが“商事”から得た報告書の内容を要約した。
「第一級魔導技師なら引手あまたでしょう。大手と関わりは?」と怪訝顔のデルフィネ。
「例のステラヒールに雇われるまでは一切ありません」
同様の報告書を手にしているアレックスが眉尻を掻きながら続けた。
「学院在籍時代に問題を起こし、大手が手を付けなかったようです」
「問題って?」
茶菓子を摘まみつつ、合いの手を入れるようにテレサが尋ねる。
アレックスは小さく頭を振った。ちょっと複雑な面持ちで。
「学院寮で同室の“女子”生徒と不適切な関係を結んだ、らしいわ」
「同性愛か。そりゃ大手は避けるわな。厄介すぎる」とアストリードが呟き、他の面々も頷いたり、肩を竦めたり。
魔導技術文明世界の近代西方圏/聖王教圏において同性愛はタブーである。この辺り、開明派世俗主義のベルネシアとて例外ではない。
白獅子総帥代理のアレックスなどは誰かさんのせいで男装して以来、長らく御令嬢や貴婦人達から熱い視線を浴びていたし、第一王女殿下を始め、“百合”なんてレベルでは済まないくらい口説かれたことがある。
ただし、本当に同性愛者と発覚したら、社会的に死亡確定。この時代、LGBTの権利なんて存在しないのだ。
「退学になってもおかしくない。よく卒業できたわね」
法務部の女親方キーラの疑問をヴィルミーナが解く。
「ビースタ教授を始めとする一部の教授が擁護したらしい。まあ、確かにその価値がある人材と言えるわね」
「ですね。ウチやイストリアの特許に一切触れない新型エンジンを作ったんだから。いや、大したもんです」
マリサが合いの手を入れて喉を鳴らし、フッと冷ややかに息を吐く。
「それで、肝心の性能はどうなんだ?」
「まだ現物を手に入れてないから何とも」
水を向けられたヘティは小さく肩を竦めつつ、どこか悔しげに眉根を寄せる。
「ただちょっと肩透かしだったかな。あれは実質的に蒸気機関と大差ない。ストロミロ技師が言った通り魔導式エンジンとして半端だと思う」
「ヴィーナ様はどうお考えですか?」とリアが茶菓子を手に尋ねる。
「私もヘティ同様、現物の性能が分からないから何とも言えない。ただ……」
ヴィルミーナは白磁のカップを卓に置いて続けた。
「競争相手の存在は好ましい。私達が市場を寡占している今の状況は楽しいけれど、緊張感が足りないという点で問題だった。危機感は成長と進歩の糧だからね」
「ええ。技研の開発陣は鼻息を荒くしています」とヘティが頷く。「レセプションに参加していたイストリアの人達は頭を抱えてましたけどね。女なんかが作ったエンジンがーって」
「好きなだけ頭痛を味あわせとけ」
ニーナはカップに紅茶を注ぎながら鼻を鳴らした。
魔導技術文明世界の近代においてイストリアは強烈な男尊女卑社会で、男女の役割が社会的にはっきりと分けられている。
まあ、他の国々も大なり小なりそうした傾向がある。なんせ地球世界も魔導技術文明世界も近代は男性原理が強い時代だ。
エステルがヴィルミーナを凛とした面持ちで窺う。
「ステラヒール社にネズミを送り込みますか?」
側近衆達の目線を浴び、ヴィルミーナは控えめに微苦笑して頭を振り、
「必要ない。今回は彼らの勝負を真正面から受けて立つ。技術力の向上や販売網の拡大などを図る良い機会になるだろうから」
姉妹達へ語って聞かせる。力強く。明確に。
「私達が市場を寡占している状態は大変に愉快だが、いずれ台頭してくるだろうクレテアや聖冠連合、アルグシアと技術競争を行ううえで、国内に有力な競争相手がいないことは芳しくない。尊敬すべき相手との切磋琢磨こそ成長を促進させる。むろん、私達が育ててきた技研や事業が容易く玉座から引きずり降ろされたりしないと確信しているわ」
「当然です」と技術系総奉行のヘティが大きく頷き、他の姉妹達も続く。
「それと言っておく。今後、技術発展に伴い、我々の把握しきれない不備や欠陥が発覚して問題になるでしょう。だけど、そのことは決して隠蔽しないように。巨額の損失を招くでしょうけれど、顧客や社会の信用を失わない限り、利益は取り戻せる。私達が築き上げた白獅子ならそれが出来る。傷つくことを恐れず、堂々と血を流させなさい。下手に傷を隠して膿が溜まって腐敗するよりマシよ」
厳粛な目つきで姉妹達を一人一人見回した後、ヴィルミーナは慈しむように表情を緩めた。次いで、唇の両端を大きく吊り上げ、弧を描く。
「さて、皆。挑戦してきた可愛いお嬢さんに白獅子がどれほど大きく強い巨獣か、教えてあげましょう」
悪戯っ子のように笑う女王獅子に釣られ、雌獅子達も楽しそうに笑った。
○
白獅子と道楽家の商売対決が行われる前に……ちょっと触れておこう。
共通暦1784年初春。
ベルネシア王国で道楽家が白獅子へ宣戦布告をした日、カロルレン王国とアルグシア連邦が第二次東メーヴラント戦争以来、最大となる武力衝突を起こした。両軍合わせて100名を超す死傷者が発生。
東メーヴラントは再び大きな戦火を迎えようとしていた。
Q:なんでこんなことに?
A:少々長くなりますが、説明しましょう。
事の発端は共通暦1775年に起きた第二次東メーヴラント戦争である。
当時、ブローレン王国の白髭王は早逝した長男の子――孫を後継者として養育していた。
王太孫アドルフ・ハインリヒ・フォン・ジークリンゲン・ブローレン。
名門ジークリンゲン家に生まれた神童。明眸皓歯。文武両道。逸物雄渾。魔導適性も常人を大きく上回り、武の才能にも恵まれた天才。
気難し屋の白髭王はこの“チート染みた”孫を寵愛して英才教育を施した。そして、アドルフ・ハインリヒも祖父筆頭に一族や周囲の期待に応え続けた。
時折、屋敷を抜け出して冒険者紛いの振舞いをしたり、屋敷のメイドや女性冒険者や農奴や平民の娘、寄子の令嬢に手を付ける漁色趣味があったりしたが……まあ、下半身にだらしない御曹司なんて珍しくないから、問題にもならない。
そうして迎えた第二次東メーヴラント戦争。
一週間で終結を迎えた短くも激しいこの戦争が起きた時、二十代半ばを迎えた若武者アドルフ・ハインリヒは祖父や周囲の反対を押し切って最前線視察に赴いて、
あっさり死んだ。
大名行列のように護衛や側近やらを連れて戦闘後の最前線を“観光”していたところ、潜んでいたカロルレン狙撃兵に撃たれたのだ。腸骨大動脈を完全切断されたアドルフ・ハインリヒは信じられないと言いたげな顔つきのまま、あっさりと急性出血性ショック死。弾丸に切断された動脈が骨盤内に逃げてしまい、アルグシア軍の野戦医療体制では手の施しようがなかった。
こうして期待の後継者が馬鹿馬鹿しいほどあっさり死んでしまった結果。
白髭王は人生の晩年に期待の後継者を失い、呆けてしまった。アルツハイマー的記憶の混乱や譫妄、夜尿症などを患い、急速に衰耗してしまい――後継者を指名することなく崩御。
斯くてブローレン王国宮廷は御家騒動に陥った。
一族同士の玉座争いに国内貴族の干渉。そこへ、東部新領土に権益を持つメイファーバー王国が利権拡大を目論んで政治工作に勤しみ、東部閥諸邦やソープミュンデ自治国も少しでも利を得ようと裏工作に励んでいる。
このアルグシア東部閥の混乱をカロルレン王国も見逃さず、国境周辺で活発に小競り合いを仕掛け、サボタージュやテロルを重ねていた。
実は同時期、カロルレン王国も少々ややこしい状態になっている。
第一次東メーヴラント戦争の敗北から玉座を退いたハインリヒ4世は、第二次東メーヴラント戦争直前に急逝。臨終の際まで国土奪還を願い、アルグシアと聖冠連合を憎み、王国の滅亡を企図していた列強を恨んでいたという。まさに恨み骨髄。
ハインリヒ4世に代わって敗戦後に王冠を被り、敗戦の混乱と困窮の中で国家再建に身を捧げた兄ヴォルフガング7世も地中海戦争終結前後に流行病で命を落とした(仕事のストレスと酒毒による体調不良のところへ、インフルエンザに罹って肺炎の合併症。流石に助からない)。
ヴォルフガング7世の跡目を継いで、推戴されたのが立太子すらしていなかった第一王子ヘルムート・ヨーゼフ。
御年わずか8歳。
当然ながら国政など執れない。
通常、亡きヴォルフガング7世の妻――王妃が摂政として国家元首の代理を担い、王弟やら閨閥大貴族が後見人となるわけだが……いかんせんカロルレン王家は国祖から代々漁色家であり、ハインリヒ4世もヴォルフガング7世も王妃の他に妾妃が幾人も居た。
この後宮の権力争いに危機感を抱いた宮廷の重鎮達が担ぎ上げた男が王弟シグヴァルトだ。
王弟シグヴァルトは重鎮達の政治的支援や弟妹の賛同を受けつつ、兄嫁――王妃や兄の側妾達を自慢の精力絶倫な雄渾で屈服させるというエロ漫画染みた手法を用い、王弟摂政の地位に就いた男だった。なんとまあ。
この辺りはエスパーナ帝国を荒廃へ誘った宮廷の混乱に似通っている(大乱勃発時の宰相は皇妃の愛人だった)。
むろん、チンポコで権力を掌握した王弟摂政シグヴァルトをこころよく思わない者達は多い。自然の成り行きでカロルレン王国中枢の権力抗争が激化した。
要約すれば。
片や周囲を巻き込む御家騒動中で。
片や国家中枢が暗闘中で。
そうした権力者達のどろどろした喧嘩が末端に及んだ結果、第二次東メーヴラント戦争以降、最大の武力衝突を招いた、と言えよう。
当然ながら、この武力衝突は権力者達の暗闘に利用され――
第三次東メーヴラント戦争への道が舗装され始めた。
○
「プロドームとハイラムが作った蒸気機関。なかなかのものだったらしいですね」
メルフィナ・デア・ロートヴェルヒは優雅に微笑む。その美貌と色気たるや、もはや妖艶の域だ。狐の尻尾が9つばかり生えていたとしても驚くまい。
「個人的には完全に出し抜かれたことの方が癪に障ったけれどね」
ヴィルミーナは肘置きを使って頬杖を突き、艶気むんむんの親友へ微苦笑を返す。
テラスから窺える中庭では二人の子供達が楽しそうに遊んでいる。
メルフィナは暇を見つけては王妹大公屋敷へ子供を連れて遊びに来ていた。おかげで2人の子供達は幼馴染同然。特にジゼルとメルフィナの娘は姉妹のように仲が良い。
「そういえば、今日は父に頼まれてヴィーナ様にお尋ねすることがあります」
「フルツレーテンの事業絡み?」
ロートヴェルヒ家はベルネシア南部貴族閥の領袖だ。南部国境を接するフルツレーテンで行われる大事業とは直接的に間接的にも無関係でいられない。
「いえ」メルフィナは首を横に振り「鉄道絡みの件です。ヴィーナ様はあれに消極的でしょう?」
「まあね」
ヴィルミーナは鼻息をついた。
イストリア連合王国が鉄道を推進している関係で、ベルネシア王国でも市内鉄道や都市間鉄道の開発/施設を進めようという声が大きく、蒸気機関を開発した白獅子に協力を求める声が強い。
ただ政府をまったく信用しないヴィルミーナは、国家的事業になりがちな鉄道へ積極的に関わる気が無く、また魔導技術世界特有の事情から消極的だった。
地球世界なら、線路を切り出して盗もうなんて考えるバカは居ない。線路は硬いし、重いし、鉄の価格から苦労して盗み出しても割に合わないし。
しかし、魔導技術文明世界の場合、魔導術を用いれば容易く線路を切り出し、運び去ることも不可能ではない。おまけに近代中期の今、鉄の価格はまだまだ安価とは言い難い。
それに、鉄道がモンスターに狙われたら恐ろしいことになる。
ここベルネシアではカロルレン王国を襲ったような大飛竜が現れることはまず無いが、クェザリン郡の森で出くわした双角鬼狼や巨鬼猿みたいな大型モンスターが襲う可能性がある。尾蛇を始めとする中型モンスターと衝突したら大惨事待ったなしだ。鹿や熊程度の獣が衝突しても脱線することがあるのだから。
第一の問題、線路の盗難防止は鉄の生産量をもっともっと増加させ、線路を盗むことが割に合わないと思わせるほど鉄を普及させ、安価なものにしてしまうしかないだろう。
第二の問題、モンスターに関しては鉄道の安全対策を徹底するしかない。モンスターから得られる素材を利用している以上、モンスターを絶滅させることは自分の首を絞めるだけだ。
どちらも時間と金が掛かる。物凄く掛かる。
このため、鉄道事業に消極的なヴィルミーナは代替案を提示していた。
~当社からの御提案です~
今のところは線路の用地だけ確保/整備し、諸問題が解決するまではロードトレインで解決しては如何でしょう?
ロードトレインとは高出力大型トラックやトラクターで複数輌のコンテナ車を牽引する陸上輸送手段のことだ。
主に鉄道未整備地域で運用されており、オーストラリアの荒涼地域では長大なロードトレインを目にすることが出来る。オーストラリアほど極端な物でなければ、北米や欧州、アフリカ南部、日本でも宇部興産専用道路で見ることが可能だ。
歴史的な話をするなら、イギリス軍がクリミア戦争や第二次ボーア戦争で、装甲化した蒸気トラクターを用いたロードトレインを運用している。
ヴィルミーナはこの歴史的背景こそ知らなかったが、イラクでアメリカの民間軍事会社(輸送専門)が小編成のロードトレインを転がしていたから、ロードトレインの存在自体は知っていた。
で、だ。
地中海戦争が起きた頃、ヴィルミーナは素人考えのまま、白獅子の民間軍事会社デズワルド・アイギスの陸戦隊に装甲化ロードトレインを伴わせようとしていた。
実現していれば、戦史初の機動兵器が戦場に登場しただろう。
しかし、ベルネシア陸軍の協力の下、試験場で行われた装甲ロードトレインの評価試験が芳しくなかった。
語弊があった。
芳しくないどころではない。大失敗の一歩手前だった。
頑丈な装甲と火砲や機関銃で重武装した鈍足の機動兵器は、試験場で数人の魔導術士にあっさりと無効化されてしまったのだ。
考えてみれば、無理もない話だろう。
車両兵器は進路上に障害物をこさえるだけで無力化できるのだから。
たとえば、王立学園で学んだ程度のヴィルミーナやテレサでも、魔導術でユンボ並みの掘削などの土木作業が出来るし、瞬く間にソファ大の氷塊を創り出すことが出来る。
メリーナのような一流の魔導術師ともなれば、即座に大落とし穴へ転落させることが出来るし、足回りや砲塔などを凍結させられる。なんなら吸気口などから炎熱を流し込み、乗員を焼き殺し、燃料や砲弾を誘爆させ、エンジンを熱損させられるだろう。
漫画やアニメのようにわざわざ身を晒して炎や氷、雷をぶつける必要など無い。
結果的に装甲ロードトレインの評価試験は、銃砲の登場で戦場の主役から転落した魔導術が、今後登場するであろう陸上車両兵器群に対して有効な対抗手段になり得る、と証明されただけだった。
もちろん、車両兵器側に対魔導術措置を組み込むことも可能だ。しかし、開発費や製造/調達コストの増大も招いてしまう。
幸いと言うべきか、魔導術師もまた決して安くない。地中海戦争で勇名を馳せたランドルディアの最精鋭魔導術兵など、それこそ竜玉並みに高価な人材だ。しかも替えが容易く利かない。
ともかく、新技術の塊たる装甲ロードトレインは期待したような機動兵器になりえなかった。落とし穴一つで擱座してしまう“お可愛い”兵器だ。
では、民生用の輸送手段としてはどうか。
今のところ、評価は『悪くない』程度だ。
従来の馬車より輸送できる量は多い。速度面でも適時休息が必要な馬車と違い、蒸気車輛は整備と燃料をきっちり施せば目的地まで休みなく走る。主要な長距離陸運はまず勝利できるだろう。
飛空船の空運といくらか競合するが、現状では経費面でも輸送量でもさほど差はない。今後の発展次第では飛空船を排除するか、飛空船に蹴散らされるかもしれない。地球世界とは違うのだから。
こうした事情から、王国はロードトレイン案に興味を示しつつも、明確な回答を避けている。
ヴィルミーナは面倒臭そうに嘆息しつつ、考えを告げた。
「ロードトレインなら私が旗振りをしても良い。あくまで鉄道にこだわる場合も、線路製造や路面工事なら大いに協力するわ。ただし、ウチが主体となって鉄道事業はしない。用地買収やら車両開発やら散々苦労した末に国有化されたら目も当てられないもの」
「R&P社や他の財閥に奪われても良いと? かなりの大口利権ですよ?」
メルフィナが探るように問い質すも、ヴィルミーナは小さく首を横に振る。
「私が手を出したい利権ではないわね」
成熟した美貌を疎ましげに翳らせたヴィルミーナに、メルフィナは降参とばかりに小さく両手を掲げた。
「分かりました。鉄道の件はそのように父へ伝えます。ただ、ロードトレインに関しては御相談させてください」
「それはもちろん」とヴィルミーナは面持ちを和らげて頷く。
大好きな親友が機嫌を直したことに内心で安堵し、メルフィナはカップを口に運んでから、本日の“最重要案件”へ手を付ける。
「ところでヴィーナ様。私、耳にしたのですけれど」
居住まいを正して身を寄せてくるメルフィナ。
「改まって何ごと?」
ただならぬ気配に身構えるヴィルミーナ。
メルフィナは真剣な面持ちで密やかに問う。
「ウィレム様の許婚相手を探してらっしゃるとか?」
「……は?」
ヴィルミーナは目を点にして呆気に取られた。ハッと我に返り、眉目を吊り上げる。
「待て待て待て、ちょっと待て。何だそれは。私もレヴも御母様もウィレムの許婚相手なんて探してないぞ」
声がいつもよりも数オクターブ低い。さながら怪物の唸り声みたいだ。
しかし、メルフィナはさほど気にした様子も見せず、椅子の背もたれに身を預けて溜息を吐いた。
「やはり誤報でしたか」
「どういうことなのか説明して」と表情筋をフルに使って不機嫌面を作るヴィルミーナ。「詳しく」
「先頃、茶会でそのような噂が流れていたんです。ウィレム様は今年、王立学園に御入学されるでしょう? 多分、お近づきになりたい方々の情報戦です」
さらりとメルフィナが語った薄ら恐ろしい内容に、さしものヴィルミーナは絶句。
そんなヴィルミーナを余所に、メルフィナは話を続けた。
「貴族界には我が子をヴィーナ様の御嫡男の御友達にしたい家がたくさんあって、娘を将来のお嫁さんにしたい家も山ほどいます。なんといってもヴィーナ様は国王陛下の姪で王太子殿下のいとこ、国内有数の総合企業財閥の総帥で、物凄い資産家ですから」
「それはまあ、そうだけど……」
眉根を寄せるヴィルミーナへ、
「ところでウィレム様とヒューゴ様の嫁にうちの娘達はどうでしょう? ジゼル様を息子の嫁に来ていただいてもかまいませんよ?」
メルフィナが妖気を漂わせるように微笑んだ。
ヴィルミーナは目元を引きつらせ、唇の端を震えさせながら微笑み返す。
「夫と母と大いに相談し、検討することは約束するわ」
諸賢ならお分かりだろうが……ヴィルミーナはメルフィナへの回答から逃げた。
逃げずにいられなかった。




