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扇風機から熱風が届く今日この頃。熱中症等にご注意ください。
大陸共通暦1784年:王国暦266年:初春
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム
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初春の宵。
ステラヒール社の招待会はハイラム商会本社で催された。
ハイラム商会本社施設はロココ調の大きな石造り建造物で、地階のエントランスホールは多目的利用を想定した作りになっていた。
戦闘飛空艇を収められそうなほど広いエントランスホールは、招待会のために飾り立てられている。仕切り板でメインステージと客席に分けられ、メインステージの背後はバックヤードになっているようだ。壁際には招待客用の飲み物や軽食を提供するブースが並んでいる。
「流石はハイラム。凄いですね」
ヘティがしみじみと感嘆をこぼす。
エントランスホールは白と黒の高級石製タイルが敷き詰められ、魔導灯の照明を浴びて光沢を帯びている。建物を支える石柱はいずれも瀟洒な紋様が施されており、その全てが魔導的効能を伴っているようだ。快適さを保つため湿度や温度に作用する術理だろう。眼が眩むほどの費用が掛かっているに違いない。
流石は金満ベルネシアにおいても指折りの大企業にして大豪商の本社であろう。
「ウチの社屋もこれくらい御金を掛ければよかったかしら」
ヴィルミーナが冗談をこぼせば、傍らにいたキーラがくすりと喉を鳴らす。
「ウチの者達なら、箱にこれほど資金を費やすくらいならこっちに予算を回せ、と言い出しますよ。ねえ、ヘティ?」
「もちろん。予算と資源はいくらあってもこまらないもの」
白獅子の技術系総奉行たるヘティは即答し、にやりと微笑む。
「というわけで、ヴィーナ様。技研は予算増額をいつでも歓迎しますよ」
「私に甘えるよりミシェルを説得しなさいな」
ヴィルミーナは楽しげに表情を緩めながら、ヘティのおねだりをかわした。
白獅子の大金庫番ミシェルを説得し、資金を引っ張ることはとても難しい。とある事業部代表は『ミシェル様を説得するより、竜を手懐ける方が簡単に違いない』とさえこぼしている。側近衆とて例外ではない。金庫番ミシェルを説き伏せ、予算を引っ張ることは容易くなかった。
優雅なドレスをまとった三人の淑女、そのエスコート役達は……
軍礼装姿のレーヴレヒトは経済界の人々が主役の招待会で浮いていた。
キーラの夫は元男爵家三男坊で、今は白獅子私学で教鞭を執っている、ほとんど一般市民。場違い感が凄い。
ヘティの旦那様は白獅子技研の研究者。学会やら学者達の会議などならともかく、業突く張りの群れに馴染めない。
まったくだらしない男達であろう。
「招待会開始まで、まだ掛かるみたいね。私に挨拶をしたい連中が焦れてるようだし、旦那様と気楽に過ごしていていいわ」
ヴィルミーナの提案に、
「会が始まったら合流しますか?」とキーラ。
「いいえ。合流しなくても良い。ただし会の終了後、少し時間を頂戴。2人の見解を聞きたい」
「分かりました」
ヘティとキーラが小さく一礼し、ヴィルミーナの許からそれぞれの夫へ足を向けた。
で、すぐさまピラニア達がやってくる。
第一波は流通、運輸、馬車組合と飛空船運送業界の人間。第二波は王国府筋や貴族界の人間。
彼らはいずれも芽吹き始めた自動車産業と、同産業の勃興による社会変化のカギを握るヴィルミーナと白獅子から情報を得たり、今後少しでも覚えを良くしようとしたりしていた。
また、カロルレン王国マキシュトクのパッケージング・ビジネス、クレテア王国フルツレーテン自治領の大口事業、コルヴォラント半島南部の利権等々のおこぼれに与ろう、あるいは食いつこうとしている。
それに、政治絡みも。
「君が言っていた通りになったな」
給仕からシャンパンのグラスを受け取りつつ、オーフェンレーム公が言った。
「有象無象が無思慮に蠢動した結果、陸運業界は混沌としている」
「ですが、まだマシです。蒸気機関も内燃機関も胆となる技術の特許はウチやイストリアで押さえておりますから、早々いい加減な現物は出回りません」
ヴィルミーナは微苦笑を湛え、オーフェンレーム公へ小さく一礼した。
「議会への働きかけ、閣下に御協力賜り感謝しております」
「いや、私の方こそ五年前のあの日、君から意見を聞いていたおかげで、色々と良い立場に身を置けたよ。まあ、ロイテール候やハイスターカンプ公はまた別の恩恵を受けているようだがね。ホーレンダイム候やロートヴェルヒ公も」
オーフェンレーム公はチクリと刺した。
ヴィルミーナはかつて大きな便宜を図ってくれたハイスターカンプ公爵家と今も関わりが深いし、ノルンハイムを通して造船業界へ根回しをしてくれたロイテール北部沿岸候家に利益供与を行っている。デルフィネ経由で協力してくれているホーレンダイム候家や、南部閥の雄ロートヴェルヒ公家もメルフィナからあれやこれやと“御礼”をしていた。
無論、レーヴレヒトの実家ゼーロウ男爵家と養家クライフ伯爵家、側近衆達の実家なども例外ではない。
せっかく貴族特権を持っているのだから、使わぬ理由がない。
「些か露骨に過ぎましたか?」と悪戯っぽく目元を和らげるヴィルミーナ。
「いや、もう少し手荒でも文句など出んよ。ただ気を付けた方が良いな」
オーフェンレーム公はシャンパングラスを傾けてから、渋面をこさえた。
「ベルモンテ潰しとコルヴォラント半島南部再編の件、王国府は君が考えている以上に重く受け止めているぞ」
「精確には王国府の重鎮と王家親族衆の長老達でしょう。承知しております」
ヴィルミーナはすまし顔で応じる。もっとも、その紺碧色の瞳に微かな苛立ちが滲んでいたが。
王国府や王家親族衆の重鎮達は本格的にヴィルミーナを危険視し始めている。
無理もない。公的には無位のいち貴族婦人に過ぎないヴィルミーナが小国とはいえ、一国を滅ぼし、一地域の地図を書き換えたのだから。
明らかにやり過ぎだ。
老人達が警戒しても無理はなかった。
ヴィルミーナは目を細め、老公へ問う。
「面倒なことになった時、閣下に御相談しても?」
「そう言ってくれることを期待してこの話をした」とオーフェンレーム公は満足げに微笑む。
なんということはない。王家閨閥オーフェンレーム公爵家もヴィルミーナと白獅子から飴を貰いたいのだ。
「しかし、しばらくは自重したまえ。政治から離れて経営に専念し、家族と過ごす時間を増やした方が良いよ」
「御忠告、いたみいります」
ヴィルミーナが小さく頷くと、雛壇上に壮年男性が上がった。
エルンスト・“道化者”・プロドームだ。
身体強化魔導術を施したのだろう。広々としたエントランスホールの端まで届くような大音声で告げた。
「大変お待たせしました。これより招待会を始めさせていただきますっ!」
○
エルンスト・プロドームが壇上で嬉々として口上を述べている。
富裕層の生まれで高等教育を修めた多趣味の道楽者だけに、エルンストは文化人としての顔も備えていた。そのため、彼の長々とした口上はユーモアとウィットに富んでおり、会場内は温かな笑いが頻発した。
そんなスタンダップコメディ染みたエルンストの説明を要約すれば『僕も動力機関を開発したから、皆にお披露目するよ』だ。
「さて、それでは今宵の主役を登場させましょう!」
長広舌で額に汗を滲ませたエルンストが大きく身を翻すと、背後の仕切りが開かれた。
汚れの一切ない、まっさらな作業服を着こんだ男達が、大きな台車をステージの真ん中へ進ませてくる。
台車に積載された物体が照明を浴び、わずかな光沢を照り返す。
丁寧に磨き上げられた“それ”は金属製部品と天然素材製部品の塊であった。
機械に対する関心の薄い者や知見に乏しい者達の反応は芳しくない。が、白獅子財閥技術系総奉行たるヘティや研究者の夫君は目を剥いていたし、蒸気機関などを知る者達も目を丸くして驚いていた。
そして、ヴィルミーナは眉間に深い皺を刻んで唸った。
「――やられた。もう現物を作っていたのか」
事ここに至り、ヴィルミーナは自分の想定が大きく誤っていたことを知る。
この招待会はプロドームとハイラムの共同事業発表会――動力機関への挑戦を宣言するもの。その認識だったし、事実、その通りだった。
ところが、ヴィルミーナはまさかプロドームが既に動力機関の現物を作り上げているとは思っていなかった。
白獅子やイストリアのエンジン系特許を侵していないか確認の必要はあるだろう。しかし、おそらく侵していない。これほどの力の入れようだ。そんなヘマはすまい。
つまり、あれは既存の蒸気機関や動力機関の技術ではなく――
魔導技術ベースか。
ヴィルミーナの渋面が濃くなる。
白獅子の技研でも魔導式動力機関の研究開発は進めていた。ただ、どうしても注げるリソースは蒸気機関や内燃機関などと比べて、少ない。
後手に回ったな。いや、先手を取られたというべきか。
整った顔を険しく歪め、ヴィルミーナが腕組みして仁王立ちしていると、エルンストがにこやかに微笑む。
「“これ”について詳しく説明したいところですが、私は門外漢なのでね。この動力機関を開発したステラヒール最高開発責任者に御登場いただきましょう、どうぞ!」
舞台袖から美女が現れた。
年の頃は30前後。メリハリのある長身を鮮やかな黄色と青のドレスで包んでいた。顔立ちは明眸皓歯ながら、やや冷たい印象を受ける。栗色の長髪を丁寧に結い上げ、鼈甲のベレッタで留めている。
エルンストが得意顔で美女の傍らに立ち、
「御紹介しましょう。彼女こそ人類の技術史に新たな一ページを記した才媛」
得意顔で名を告げる。
「カーヤ・ストロミロ魔導技師ですっ!!」
後世、魔導式エンジンの母と呼ばれた女が、歴史の表舞台に立った瞬間だった。
当人は酷く不愛想な仏頂面を浮かべていたが。
○
乱暴に言ってしまえば、外燃機関であれ、内燃機関であれ、その構造は燃料を使って熱エネルギーを生み出し、出力軸を回転させて運動エネルギーを抽出し、目的の作業をさせる仕組みである。
電気モーターにしても、電力を用いて出力軸を回転させ、運動エネルギーを取り出して目的の作業をさせる仕組みだ。
古において、機械の動力は人間や家畜、風や水を用いた運動エネルギーだった。近代産業文明は熱量や電力で運動エネルギーを取り出すようになったわけだ。
翻って、魔導技術文明世界だ。この世界では魔導を用いて運動エネルギーを創り出す発想が大昔からあった。
魔導術理を用いて魔素を燃料代わりに機械を動かす。当然の考えだ。
ただし、古代は当然として中近世では魔素の確保が不可能だった。この世界では万物に魔素が含まれているとはいえ、産業利用の大量消費に対応する術理も術式も開発出来なかったし、魔石や魔晶の供給問題を解決できなかった。
モンスターの狩猟技術向上や家畜化、硝石丘染みた抽出法によって魔石や魔晶の安定供給が可能になったとはいえ、消費量が増大の一途である魔導技術文明を完全に賄うほどではない。
だからこそ、薪炭や動物油脂、石炭などの燃料が幅広く用いられている。
「私が開発した動力機関は、残念ながら完全に魔導技術のみで駆動しません」
カーヤ・ストロミロはしっとりとした美声で言った。
「今後、産業革命によって社会や産業の機械化が進めば、現在の魔晶や魔石の供給量では世界の需要量を賄えません。
よって、次世代を鑑みた場合、魔導式機関の動力源を魔晶魔石にすることは芳しくない。
そのため、私は魔晶油を動力源と定めた。魔石や魔晶には及ばないにしろ、魔晶油は魔素を多分に含有します。加えて熱量も用いられる。何より、石炭の使用量に比例して魔晶油も増産される」
言葉を編んでいくにつれ、敬語が取れてきたが、誰も気にした様子はない。
カーヤはステージ上に鎮座するエンジンの傍らに寄り添い、
「“この子”の起動方式は単純だ。起動術理に生体魔素を流すだけ。起動補助に魔晶を組み込んであるから、一般的な平民の保有魔素量で可能だ」
エンジンのケツにある黒い箱に触れた。
自身の生体魔素――魔力を流すと黒い箱の表面に刻まれた魔導術理が淡い青光を放つ。
小さな爆発音に似た燃焼音がホールに轟き、排気管からブワッと大量の煙が吐き出された。
会場係員がすぐさま排気煙を風系魔導術で散らす中、魔導術理式エンジンは排気音と共にガシャコンガシャコンと力強い駆動音を奏でていく。
エンジンが駆動を始めたことで、ヴィルミーナはその構造に当たりを付けた。中学生だったか高校生だったか、理科だったか何だかの授業で学習用模型を目にした覚えがある。
あれは……スターリング・エンジン?
スターリング・エンジン。その名の通り、スターリング兄弟がイギリス産業革命時代に生み出した蒸気機関と並ぶ外燃機関だ。
蒸気機関がボイラー経由の熱圧力を利用して駆動する機構に対し、スターリング・エンジンはピストン・シリンダーを直に熱し、シリンダー内に封じた気体を加熱膨張/冷却収縮させることで駆動する。
地球技術史においてスターリング・エンジンは性能面で蒸気機関に劣っていたため衰退、内燃機関が登場した後は完全に廃れた。時折、思い出されたように発電機やら補助機やらのシステムに用いられることがあったが、依然パッとしないままだ。
このスターリング・エンジンに用いられた気体の圧縮/収縮という発想は、後にディーゼル・エンジンという傑作内燃機関に至る……まあ、系譜的には別物だけれども。
ヴィルミーナの推測を証明するように、カーヤが説明を再開した。
「駆動方式は蒸気機関と同じ外燃式だ。魔導術理で魔晶油を燃焼させ、Vの字に配列したシリンダーを加熱。シリンダー内に封じた高密ガスを熱膨張と冷却収縮を繰り返させることで駆動し、出力を取り出す」
やっぱりスターリング・エンジンやな。地球世界ではパッとせえへんかったけど、魔導技術文明世界ではどうやろ。
技術者ではないヴィルミーナには判断できない。
ただ、ステージ上の小娘がV型配列を採用していることが気になった。
なんで直列並列をすっ飛ばしてV型配置やねん。
……ひょっとしてスターリング・エンジンは繋ぎで、本命はV型ガソリンエンジン? いや待て。あの小娘は何と言うた? 魔晶魔石の供給量が大量消費に対応出来たら、純粋な魔導式機関をこさえるとか抜かしとらんかった?
ヴィルミーナは「うーむ」と唸り声をこぼす。
周囲は白獅子の牙城に挑む者が現れたことに思うところがあるのか、と誤解した。もしくは壇上で駆動し続ける動力機関に対し、ヴィルミーナが白獅子の蒸気機関に挑戦可能と見做した、と思い込んだ。
もっとも、当のヴィルミーナはまったく別のことを考えていた。
純粋な魔導式のエンジンゆぅんは魔力で出力軸を動かすってこと? 電力モーターみたいなもんかしら?
たしか、地球世界における『電気』の台頭は第二次産業革命。近代後期くらいやったはず。
魔導技術文明世界は今、第一次産業革命真っ最中やろ。電気が登場可能なんか? いや、それを言うたら私が勧めたガソリンエンジン開発も第二次産業革命時代以降か。
なんにせよ……
ヴィルミーナはステージ上に立つ冷たい顔立ちの美女を一瞥し、心底楽しげなエルンストをひと睨み。
道楽者め。あんな逸材をどこで見つけてきたんや。
そうして、デモンストレーションが終わり際、カーヤは言った。
「これは最初の一歩に過ぎない。私は完全な魔導式機関を作るまで止まるつもりはない」
「然り然り、まったくその通りっ!!」
エルンストは得意満面の笑顔で吠えるように、
「ステラヒール社は開発者の名を戴いてストロミロ・エンジンと名付けた新型動力機関をもって、動力機関市場へ挑みますっ! そして、」
高らかに宣言した。
「我々は動力機関駆動の各種車両を開発製造、大々的に販売するっ!」
白獅子への挑戦を。
ヴィルミーナは喉を鈴のように鳴らして笑い、眉目を吊り上げて呟いた。
「上等だ、クソガキめ」
○
ヴィルミーナが楽しんでいたこの夜、アルグシアとカロルレン国境で散々繰り返されてきた小競り合いが発生。
この夜の衝突は激しく、戦闘は夜明け近くまで続き、両軍合わせて死傷者が100名を超す大騒ぎになった。
アルグシアとカロルレンは再び戦火を交える可能性が急上昇。
世界にとっては不幸だが、アルグシアとズブズブになっている大商会ルダーティン&プロドーム社には朗報だった。流血は商売の好機に他ならない。
そして、この好機はエルンスト・プロドームにとっても都合がよかった。
なんせハイラムと茶飲み話をして以来、R&P社の、具体的には娘婿の干渉が鬱陶しいことこの上なかった。
ただ、やかましかった婿殿も今やアルグシア相手の商売に忙しく、海のものとも山のものとも分からぬエルンストのビジネスへ手出しを辞めた。
上手く回り始めたらまたぞろ手出しをしてくるだろうが。
まあ、今はあんな腐れ婿はどうでもよろしい。
「大風呂敷を広げたけれど、手元にあるのはエンジンだけなんだよなー」
エルンストはグラスを傾けつつ苦笑いしていた。
目標はまず動力機関搭載車輛――自動車産業へ乗り出すこと。
ところが、今のところ手元にあるのはカーヤが開発したエンジンだけ。
当然ながら、エンジンだけで自動車は作れない。
ミニ四駆やラジコンを弄ったことがある方なら分かるだろう。心臓部たるモーターだけで速いマシンは作れない。車体。車軸。サスペンション。タイヤ。ギヤその他。諸々が必要になる。
困ったことに、エルンストにはその諸々が足りない。
一番手っ取り早いのは、白獅子と組んで白獅子製の車両にストロミロ・エンジンを搭載できるようにしてしまえば良い。
もちろん、そんなこと出来ない。多々問題があるし、そうした問題を解決できたとしても……そんな真似は格好悪すぎる。なりふり構わずといっても、嫌なものは嫌だ。
だから、エルンストは当分の間、エンジンだけの製造販売に専念しようと考えている。
あのエンジンを売り出せば、街の発明家や道楽家連中が勝手にあれこれ発明するに違いない。その中で有望そうな者や優秀な者を見つけたら、現金袋でぶん殴って囲い込めば良い。
「さぁて、どう動いてくるかな」
エルンストはグラスを傾け、呟く。ニヤニヤしながら。
巨獣はその図体が仇となり、迅速に動くことが難しい。たとえ頭脳が明晰でも体が追いつかない。
されど、一旦動き出せば恐ろしいまでの力を発揮する。ましてヴィルミーナは一国を滅ぼし、一地域の地図を書き換えるほどの怪物だ。
「だからこそ、挑むに値する」
エルンストは心底楽しそうに微笑み、グラスを干した。




