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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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293/336

21:0:獅子へ挑む者達。

半月ほどROM専になってました。大変お待たせして申し訳ない。

大陸共通暦1784年:王国暦266年:年始

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム

――――――――

 最愛の男が無我夢中で欲し求めてくる様に、ヴィルミーナは肉体的快楽以上に精神的満足感を抱く。母性的支配感と女性的優越感を大いに満たされながら、今宵、幾度目かとなる強烈な絶頂に達した。


 愛の営みを終え、下腹部に残り火を感じながら肉悦の倦怠感と夫婦愛の多幸感に身を委ねつつ、ヴィルミーナはうーむと気だるげに唸った。

 三十路半ばになっても、小娘の頃の調子で求められるとは……レヴってば私のこと好きすぎやろ。まあ? 全然? 悪い気はせえへんけど? むしろ歓迎するけども?


 レーヴレヒトはヴィルミーナの乳房を掴み、静かな寝息を立てている。

 素敵な旦那様の乱れた髪を指で梳きつつ、ヴィルミーナは体の火照りを冷ますようにゆっくりと深呼吸する。

“外”はまだいろいろ騒がしいようやけど……


※ ※ ※

 共通暦1784年。

 地中海戦争終結から二年経った今、ガルムラントのエスパーナ大乱は小康状態に入り、競合地域で小競り合いを重ねるだけになっていた。ただし、エスパーナ帝国南小大陸植民地は動乱の激しさが増していた。


 東メーヴラントも雲行きが怪しくなっている。アルグシア連邦東部閥の白髭王が崩御し、ブローレン王国の王家で御家騒動が勃発。東部閥領袖の御家騒動だけに連邦内はもちろん、カロルレン王国やソープミュンデ自治国も暗躍しており、煙が燻り始めていた。


 また、大陸南方南部で起きた旱魃は広域のモンスター禍と飢饉を招き、急速に不安定化が進んでいる。これは地中海戦争で荒れたコルヴォラントでも同様で、モンスター禍と疫病が問題になっていた。


 大冥洋では超大型海竜の回遊周期で航路に制限が敷かれ、海運と漁業に難題が生じている。

※ ※ ※


 今は“内”が問題や。


 地中海戦争の頃から、白獅子財閥の重工事業は蒸気機関と内燃機関の二本立てで進めていた。

 黒色油抗争第二幕、と言っても良い。


 白獅子財閥は魔晶油と精製黒色油という二つの燃料に関する特許と利権をがっつりと囲い込んでおり、特許料を支払う限り他社にも取り扱いを許していた。


 また、ろくでもない中小企業が燃料の混ぜ物入りの安物燃料や模造品を売ろうとする、あるいは売った場合、ヴィルミーナは容赦なく叩き潰した。そのための専属部署さえ作っていた。

 機械化の普及とその燃料の信用を確立するべく、合法的にバカ共を次々と血祭りにあげている。

 その様は紛れもなく抗争だった。


 ヴィルミーナの“弾圧”で刑務所へ送られた者や破滅した者は決して少なくない。

 また、白獅子のエンジンメーカーの地位を固めるため、技術開発に大金を注ぎ、人材の確保と囲い込み、技術の独占に怒涛の勢いで突っ走っている。


 そんなヴィルミーナを悩ませる事態が起きていた。

 白獅子やイストリアが売り出したトラクターや動力機関を用い、運送車を製造して無思慮に運輸業界へ喧嘩を売る連中が出始めたのだ。


 当然ながら馬車組合や飛空船業界が強烈に抵抗し、潰しに掛かる。

 ここで放置すると、地球史のイギリスみたいに、生まれたばかりの自動車産業を自ら壊滅させ、ドイツやアメリカの後塵を拝する事態に陥るかもしれない。


 結果、ヴィルミーナは慎重に進めたかった運輸業界との戦いへ、引きずり込まれるように身を投じる羽目になった。


「規制は必要です。ルールが無ければ、欲の皮を突っ張らせたバカ共が金儲けのために何をするか分からない。

 ただし、過剰な規制はこの新たな技術の可能性を枯死させ、この国の発展と進歩を妨げてしまうでしょう。

 想像してください。我が国がアルグシアやクレテアに技術面で劣った場合の状況を。それは経済的にも安全保障的にも大変な危険を伴います」

 ヴィルミーナは王国府で一席打ち、


「馬車組合の不安と心配は分かります。ですが、魔導強化馬や烏竜による運輸能力は既に天井が見えています。

 しかし、機械化車輛はこれから発展し、進化していく。貴方達がどれほど阻もうとも、機械化車輛の性能が馬や烏竜の能力を凌駕した時、貴方達は廃業するしかない。

 しかも、我が国の発展を妨げた愚か者という悪罵を背負って。

 であればこそ、貴方達が率先して馬から機械へ転向すべきです。運輸業のノウハウに長けた貴方達なら出来るはずだ」

 馬車組合で講演し、


「機械化車輛による運輸業界の変化は避けられません。

 ですが、一台の機械化車輛による移送量はたかが知れていますし、速度も飛空船に優ることは無いでしょう。貴方達の不安は杞憂に過ぎません。機械化車輛を潰すのではなく、共存共栄を図ってはいただけませんか?」

 飛空船業界へ協力を呼び掛けた。


 自身はもちろん側近衆や事業代表達も動員して政界や財界や各種業界を飛び回り、利権(パイ)を切り分けて要所の人物や企業を押さえ、根回しを施す。


 北部沿岸候ロイテール家を通じて造船業界の大巨人ノルンハイムと結んだ密約により、ラインヴェルメやオーレンといった国内大手造船会社を取り込んだ。


 これにより造船業界から飛空船業界を押さえた。馬車組合も行政を通じて補助金や援助の制度を構築することで切り崩しの楔を打ち込んだ。


 ヴィルミーナはスタンドプレーで目立つことが多いが、その手法は基本的に手堅い。要所を押さえて根回しを行い、多数派を形成。法的根拠を確保して合法的に踏み潰す。


 無論、後ろ暗いところがないわけではなかった。

 合法的な方法で片付けられないなら、非合法な手段で解決するしかない。


 この黒色油抗争第二幕――陸運の機械化の戦いにおいて“自殺者”や“病死”、“事故死”、“行方不明”も少なからず生じている。動く金の額が大きいほど、流れる血の量も増える。


 ともかく、ヴィルミーナは生まれたばかりの自動車産業を守ろうと、表に裏に奔走していた。


 同時に、限界もあった。

 地中海戦争で“無駄にした”時間と金は決して少なくない。黒色油抗争第二幕に注力している間、どうしても疎かになる部分も出てくる。


 通常事業に加えてクレテア王国フルツレーテン自治領の大型事業、雲行きが怪しい東メーヴラント――カロルレンのマキシュトク沼沢地で展開しているパッケージ・ビジネス。ここまでで限界だった。


 反白獅子派のルダーティン&プロドーム社が日の昇る勢いで成長し、アルグシアと東メーヴラント方面に強力な影響力を持つに至った。

 もっとも、ルダーティン&プロドームは白獅子や親白獅子派と対決するより、反白獅子派の取り込みや協働商業経済圏成立で衰退した企業の吸収、併呑に勤しんでいる。近頃は斜陽の“青鷲”ローガンスタイン財閥を狙い、レームス大河利権を奪おうとしていた。


 ヴィルミーナはふっと息を吐く。

 何より……今年はウィレムが王立学園入学するのよね。


 いろいろ苦労することは間違いないだろう。もしかしたらイジメられるかもしれない。王妹大公家の息子、白獅子財閥総帥の息子、私の子。そういう色眼鏡で見られるプレッシャーとストレスに晒される。


 前世では体験しなかった懊悩。前世では味わえなかった苦悩。

 ヴィルミーナは小さく息を吐く。


 まぁええ。

 一つ一つ片付けていこう。


      ○


 年初の寒気を和らげるように陽光が注ぐ昼下がり。

 テラスに置かれた赤と白のチェック柄のクロスが敷かれた丸テーブル。白獅子製の魔晶油式円筒型ストーブに載せられた薬缶がシュッシュッと蒸気を吐いている。


 南方産高級木材製の椅子に腰かけたマルティン・“大熊”・ハイラムが、湯気を燻らせる白磁製カップを口に運ぶ。


 大きな体躯は変わらないが、マルティンの髪は完全に白く染まっており、刻まれた皺も深くなっていた。大企業ハイラム商会会頭の椅子を息子に譲り、名誉会長職に退いて以来、悠々自適の退屈な生活を送っている。


 老いた大熊は悟りを見出したように語った。

「ベルネシア戦役からまだ20年と経っていない。にもかかわらず、我が国は彼の戦争以前とはもはや別物。世の中の変化が大きすぎる。世の中の歩みが速すぎる。そう感じないかね?」


「要は白獅子の作り出した世の流れに付いていけない、そういうことですか」

 向かいに座るエルンスト・プロドームは細巻をくわえ、燐棒で火を点す。齢50を過ぎ、髪も半ば白くなり、顔に年季が刻まれていたが、その表情は若々しい。


 香しい紫煙を漂わせつつ、エルンストは言葉を続けた。

「老いましたね、マルティン。10年前の貴方なら決して言わなかった」


「だからこそ現役を退いたんだよ、エルンスト」

 マルティンはエルンストから視線を切り、テラスの前に広がる光景を眺めた。


 近年の王都オーステルガムは再開発が進んでいる。

 理由は二つ。

A:協働商業経済圏の成立以来、経済が活発化しており、流通と移動の効率化のために道路と区画の整理が求められたから。

B:もう一つはイストリアに倣って都市内鉄道の試験採用と運転が決定したから。


 エルンストはマルティンの視線を追い、呟くように言った。

「白獅子は鉄道事業に消極的なようですね。かなり実入りの大きな事業なのに」


「実入りが大きいからこそ、だよ。魔晶のように国営化される可能性を見ているのだろう。手塩を掛けて育てた事業を端金で買い叩かれては叶わない」

 カップを口にし、マルティンはホッと白い息を吐いてから続ける。

「ヴィルミーナ様は王国府をあまり信用しておられない。将来的に危ういと感じる事業には手を出さんだろう」


「しかし、白獅子の動力機関技術抜きで実現は難しい。ゴネれば御国も強硬な手段に訴えるでしょうな」

 紫煙を燻らせながら、エルンストは貪婪に目を輝かせた。

「この機に御国が超法規的措置なりなんなりで白獅子の囲う特許を破ってくれれば、動力機関市場に殴り込む絶好の潮になる。あるいは、イストリアの特許使用権を取得し、製造を委託してくれたら面白いことになるでしょうね」


「よりによって動力機関で白獅子に挑む気なのか」

 マルティンは呆れ顔を浮かべた。


 門外漢の大熊でも白獅子の技術力は理解している。白獅子の添加鋼や精密工作機械、蒸気機関船は産業革命で先行するイストリア人達が顔を蒼白にするレベルなのだから。

 中でも蒸気機関や内燃機関は白獅子財閥が長い時間と莫大な資金を投じて開発した代物だ。動力機関市場の参入難易度は最高峰だろう。


 さらに言えば、エルンストが指摘したように白獅子もイストリアも特許関係でがちがちに守りを固めている。政府による横紙破りがない限り、挑戦自体が難しい。


 大熊は胸中に生じた疑問を呈する。

「挑戦すると言っても、君は会社の経営を婿殿に奪われて久しい。R&Pもこの挑戦に協力するとは思えん。となると、新会社なりなんなりを起こさねばならんが、資金や人はどうするのだね?」


「貸してください」

 エルンストはあまりにもあっさりと告げた。幼子がお菓子を求めるような無邪気さで。


 マルティンは苦笑いを浮かべ、きゅっと双眸を吊り上げた。

「君の挑戦に手を貸すより、この話を白獅子にサシた方が安全に儲けられるが?」


「でも、それではつまらんでしょう?」

 どこか道化染みた、それでいて悪魔染みた笑顔でエルンストはマルティンを見つめた。

「これまであの御姫様に振り回されてきたのです。今度はこちらが振り回してみませんか?」


「見透かしたように言いよる」

 マルティンはエルンストから視線を外し、カップを見つめる。冷めた御茶の水面に映る己の顔。残り時間は如何ほどだろうか。五年はあるか。しかし、10年はあるまい。

 人の羨む類の人生を送ったし、後悔や反省もあるが、概ね満足のいく人生だった。このままエピローグを迎えても遺漏はない。


 ――ふむ。


 マルティンは顔を上げた。どこか不敵な笑みを湛えて。

「孫や曾孫達に残す遺産が無くなるかもしれないな」


 決断は下された。


 エルンストは満足げに頷き、子供のように素直な喜びを浮かべる。

「あるいは、お孫さん方が困るほど増えるかもしれませんよ」


「だと良いけれどね」

 楽しそうなエルンストに苦笑いを返しつつ、“大熊”は剛腕実業家として問う。

「この“事業”は単に金と人を集めても駄目だろう。相手は世界最先端だ。生半なことでは背中を拝むことも出来んぞ」


 指摘通り、白獅子の蒸気機関や内燃機関は現状、世界最高水準だった。

 イストリア人がちまちまと蒸気レシプロ機関をこさえている頃、白獅子は技術ツリー上の様々な過程をすっ飛ばして蒸気タービン機関をこさえたのだ(代わりに実用まで時間と費用をドカ食いした)。

 内燃機関に至っては白獅子以外の開発製造実績が存在しない。イストリアやクレテアが白獅子製の内燃機関を調達し、リバースエンジニアリングで調査している状態だった。


 それでも、白獅子やイストリアの背中を追いかけ、追い越す意気込みを抱く者は決してゼロではない。

 エルンスト・プロドームもまた、そういう挑戦者気質の人間だった。まあ、道楽者の気が強いけれど。


 金象社の経営者時代にしても、しゃかりきになって会社を回している頃は辣腕経営者だった。大手商会や財閥を追いつけ追い越せと目覚ましい成果を上げた。

 ところが、成功して金象社が大きくなり、会社経営がシステム化して役所染みてくると途端に飽きてしまい、意欲を失った。まさしく道楽者的な飽きっぽさである。


 だからこそ、コーヴレント卿やローガンスタインの仲介に応じ、ルダーティン商会との婚姻合併を許した。むろん、経営を奪われたことに思うところはあるし、腐れ婿の娘に対する態度や扱いには親として憤りを抱くに十分だった。

 

 そんな折、エルンストは試験船ユーフェリア号を目にした。

 帆を持たずして航行する動力機関船の姿は新時代の到来を強く感じさせ、同時にエルンストの道楽心を強くとっても強く刺激した。


 アレだ。アレこそ俺が挑むべきものだ。


 そうして会社や婿、周囲に気付かれぬよう時間を掛けて密やかに準備を進めてきた。傍目には蒸気機関に興味津々の道楽者として振る舞いながら、本気で動力機関開発/製造に挑戦する支度を整えていった。


 共通暦1779年、白獅子財閥が展覧会を催し、蒸気機関や内燃機関搭載の各種車輛を発表したことで、エルンストは自身の知見と考えに確信を抱いた。

 これからの時代は間違いなくアレだ、と。


 同時に、エルンストはイストリアの技術者などから話を聞き、頭を抱えた。

 大熊が指摘したように白獅子の技術優位性が強すぎる。これは一朝一夕で追いつくことは難しい。かといって足踏みしていても、ちまちまと進んでいても差は開くばかりだ。


 一気呵成の攻めが必要だ。

 だが、どうすれば良い? どうすれば白獅子に挑戦できる? あの魔女が抱える優秀な技術陣に対抗できる?


 決まっている。古今東西、非凡な秀才集団を打ち破る方法など二つしかない。

 より優秀な集団を構築するか、秀才達を蹴散らすほどの天才を見出すか。


 エルンストは辣腕経営者の顔になり、

「白獅子の技術陣は非凡な才人揃いです。そこらのちょっと賢い天才では勝てません。我々に必要なのは、ずば抜けた鬼才。あるいは常軌を逸した畸形の才能です」


「言い分は理解できるが、そんな人材は竜玉より稀少……いや、だからこそか。君が私に話を持ち込んだのは」

「ええ、マルティン。御明察です」

 演技がかった素振りを加えながら仰々しく宣言した。

「私には獅子の群れを蹴散らす竜がいます」


 神はエルンストに微笑んだ。

 挑戦心旺盛な道楽者を鬼才の竜と巡り合わせたのだ。


       ○


「マルティン・ハイラムとエルンスト・プロドームが会談した、と。なんとも気になる話ね」

 ヴィルミーナは茶請けのアップルパイに小さなフォークを刺しこむ。

「プロドームはR&Pの実権を失って久しかったわね」


「ええ。一応、会長職に留まっていますが、会社の経営は娘婿のベン・ルダーティンが完全に牛耳ってます」

 テレサがカップを口に運んでから説明を続ける。

「ただ、プロドーム会長は個人的に知己の商会や工房などに経営指南を行い、“小遣い”を得ていたようです」


 経営の実権を奪われて暇潰しにコンサル業か。ヴィルミーナはアップルパイを一口大に分け、ぶすりと刺した。となると茶飲み話という線は絶対にないな。

「実権を取り返すために大熊と組んだのかしら」


「それは……どうでしょう。R&Pの経営陣はベン・ルダーティンの腹心で固められていますし、経営も順調です。少なくともプロドーム氏がR&P内に造反や叛旗を促せる状態にありません。ハイラム氏の協力があっても難しいと思います」

 小首を傾げるヴィルミーナへ、テレサも顎先を撫でながら困惑気味に応じた。


「そうよねえ……」

 ヴィルミーナはアップルパイを咀嚼しつつ、思案する。


 確かにエルンスト・プロドームが大熊の助力を得て経営を取り返す、というシナリオはピンとこない。道楽者的な人物像と一致しなかった。


 そう、あの道楽者なら奪われた会社を取り戻すより、引退した老大熊を引っ張り出して新たに会社なり事業なりを起こす方が……


 ああ、とヴィルミーナは合点がいく。そういうことか。


 株主や部下に会社を奪われた経営者が再起するべく新会社を設立する話は、前世で飽きるほど耳にした。今生でもヴィルミーナが買収したり併呑したり傘下に収めた商会や工房の経営者が、白獅子に与することを良しとせず新たに組織を立ち上げる事例があった。


 問題はどういう会社か、だ。

 エルンスト・プロドームは多少アクが強いが、金象社を経営していた頃はやり手で知られていた。“大熊”ハイラムはいまさら語るに値しない、ベルネシア経済界の重鎮だ。

 そんな2人が手を組んで起こす新会社。はてさて。


「北洋貿易商事から何か報告は?」

「プロドーム氏はここ数年イストリア関係者との交流が目立ちます。具体的には試験船ユーフェリアが就役してからですが」

 テレサの回答に、ヴィルミーナは引っ掛かりを覚えた。

「用地購入や会社買収などは確認できてる?」


「いえ、そういったことは特に……ヴィーナ様?」と訝るテレサ。


 ヴィルミーナはアップルパイの残りを突きながら、

「あの道楽者なら蒸気機関は手を出してみたい玩具じゃないかしら?」


「この数年でプロドーム氏がイストリアの蒸気機関技術を調達したと? しかし特許関係はイストリアも我々も相当厳格かつ堅牢に囲い込んでいます。

 それに、プロドーム氏が技術者や研究者を集めていると言った話もありません。少なくとも、動力機関の開発製造を行う準備はないと思いますし、我々が寡占する動力機関市場へ参入は難しいですよ」

「ええ。確かに」

 テレサの説明に首肯し、半ば解体されたアップルパイの様に眉をしかめる。


「でもね、テレサ。世の中には難しいからこそ挑戦し甲斐がある、と考える人間が少なくないわ。特に創業のリスクを恐れない実業家は危険と困難を道楽にする」

「なるほど、プロドーム氏ならあり得る話ですね。でも、ハイラム氏はそこまで冒険的でしょうか?」


「あの爺様も元々は反白獅子派の筆頭格だったのよ」

 ヴィルミーナはフォークを置いて代わりに白磁のカップを口に運ぶ。紅茶の熱量と甘味が舌と喉に快い。

「私達の中核事業となる動力機関に殴り込みを仕掛ける。晩年の挑戦としては悪くないでしょう?」


「……大熊にとっては最高の老後ですね」

 テレサは苦笑いをこぼし、眼鏡の位置を修正しながら表情を引き締めた。

「詳しく調査しますか?」


「ええ。2人の動向から目を離さないように」

 ヴィルミーナは目を鋭くし、

「王国府の動向にも注意して。大熊もプロドームも“政治”や“官僚”の使い方を心得ている。それから」

 唇の両端を歪めて弧を描く。

「連中が私達の最も強力な分野へ真正面から挑むなら、切り札を用意しているはず。それを調べさせて」


“小僧共”、掛かってくるがええ。受けて立ったるわ。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 科学技術の発展にともなって都市部の富裕層や中産階級から啓蒙思想や民主主義思想が広がらないのが不自然な気がしますね。個人的には主人公の生きているうちに王政廃止や暴力革命が起きてほしい。最…
[一言] 技術競争と経済戦争の雰囲気が良きかな!続き楽しみです。
[一言] ヴィルミーナ様は金融・カリスマ志向な御方
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