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大変お待たせしました。
大陸共通暦1781年:晩秋
大陸西方コルヴォラント:ベルモンテ公国
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コルヴォラント半島西部にあるため、ベルモンテ公国は地中海性気候に属している関係から、秋から降雨量が増加していく。
ベルネシア地中海艦隊がベルモンテ王都へ入港した日、コルヴォラント半島南部は低気圧に覆われており、空が鈍色に染まっていた。
時折、思い出したように雨粒が落ちてくる中、ベルモンテ公国の王都上空にベルネシア地中海派遣艦隊の飛空船部隊と民間軍事会社飛空船隊が進出。ヴィルミーナを始めとする使節団の上陸に先駆け、王都の空を遊弋し、威圧と警戒を行う。
そして、満を持して使節団と警護部隊――海軍海兵隊と民間軍事会社の陸戦隊が上陸する。いくらかの手続き後、ベルネシア人達は宮城を目指して行進を始めた。
海兵隊の銃兵達が先頭を進み、使節団を乗せた馬車列が続く。その背後を民間軍事会社陸戦隊の銃兵と運び込まれた武装馬車の隊伍が守り、飛空短艇が直掩のために低空巡航している。
街は静寂に満ちていた。
ベルモンテ王都に上陸したベルネシア一行を迎えたのは、怒号でも歓声でも、怨嗟でも喝采でもない。港湾の潮騒が街中深くまで聞こえてくるほどの静寂だった。
地球史における第二次大戦。パリに進駐したドイツ軍にフランス人達は恥辱の涙を流し、アムステルダムを解放した米軍にオランダ人達は歓呼を上げ、ベルリンに進駐した連合軍にドイツ人達は諦念と落胆の眼差しを向けた。
しかし、ベルモンテ王都に足を踏み入れたベルネシア人は、沈黙で迎え入れられた。
宮城へ続く大通りに民衆の姿は無く、通りに面した全ての建物の戸や窓が固く閉ざされている。街のどこにもベルネシア国旗はおろかベルモンテ国旗すらも飾られていない。路肩や辻に立つ警備のベルモンテ兵達は通りに背を向け、肩越しにこちらを盗み見ることすらしなかった。さながら進駐軍を迎えた直後の日本国内のように。
街そのものが息を潜めているような有様に、行軍する海兵隊員達は不気味さと困惑を覚えていた。一方、民間軍事会社の現場要員達は街の様子にまったく気を抜いていない。我らが首魁に指一本触れさせぬと筒型覆面で覆った顔を引き締めている。
いずれにせよ、ベルネシア一行は戦勝行進というより、無人都市に迷い込んだような様子で宮城へ向かっていく。
「この規模の街を完全に沈黙させるとは……」
車窓から街の様子を窺い、唖然としているアルトゥールを余所に、
「我々と彼らを護る一つの解ね」
馬車の車窓から街を眺めながら、ヴィルミーナは冷笑を浮かべる。
「群衆に潜む少数の刺客を警戒するより、全てを抑え込んでしまう方が楽だ」
「理屈としては分かりますが……こんな無茶を通すほど、ヴィー姉様が害される可能性が高い、ということでしょう?」
アルトゥールは幼い頃から憧憬を抱いていた従姉を案じる。
確かに街は静寂に包まれている。通りからは警備兵以外の人影も見えない。だが、そこかしこから視線を感じる。敵意や反感。不安や憂慮。恐怖。僅かばかりの好奇心。
それに秘められた殺意も。
「調印式が終わっても、私は幾日かこの街に留まるし、この静かな戦勝パレード以外にも機会はあるでしょうね」
ヴィルミーナはくつくつと喉を鳴らした。
「笑えませんよ」と渋面を作るアルトゥール。「何を考えてるんです?」
「奴らに私は倒せない。そう思い知らせたいのよ」
不敵に笑い、ヴィルミーナは車窓の外を窺う。
描いた絵図は今のところ当たっている。切った手札は予定通りの効果を上げている。
しかし、綱渡りであることに変わりはない。
今この瞬間にも、無人機からミサイルを叩きこまれるイスラム過激派みたいに、馬車ごと亡き者にされるかもしれない。この馬車を降りた瞬間、ベニグノ・アキノのように銃弾を浴びるかもしれない。調印式の会場でもロバート・ケネディや浅沼稲次郎のように殺されるかもしれない。宮城内で過ごしている間、幾度暗殺の危機に晒されることやら。
怖い。
素直にそう思う。
同時に、より強く思う。
ふざけるな。
怖がるのは私やない。恐れるのは私やない。怯え竦むのは私やない。慄き震えるのも私やない。
奴らは既に私から奪い、私の大切なものを傷つけ、私の大事なものを貶めた。
二度はあらへん。
怖がるのは奴らや。恐れるのは奴らや。怯え竦み、慄き震えるのも奴らや。
ヴィルミーナは憂い顔の従弟へ柔らかく告げた。
「大丈夫。上手くいくわ」
○
宮城からベルネシア一行を視認し、ピエトロ王太子はひとまずの安堵を漏らす。
「ひとまずは無事に着いたか」
ベルネシア一行を迎え入れるにあたり、喧々諤々の議論があった。
たとえば、頭上を泳ぎ回る戦争鯨の群れ。あれらの王都上空の滞空には強い忌避反応があった。カーパキエ王都エリュトラを焼き払った傭兵共だ。当然と言えば当然だが……
一行が宮城の西宮に滞在する件にしても、宮城内に他国の将兵を駐留させることに大騒ぎ。まあ、これも常識的に言って反発も無理はないが……
万事が万事この調子であり、忍耐の人ピエトロ王太子をして『うるせえこまけえことは良いんだよっ!』と幾度か乱心したくなったほどである。
今後の予定は最終的な打ち合わせと段取りの確認。歓迎会や晩餐会の類は無いことが救いだろうか。
眼前の懸念が払拭され、ピエトロ王太子は最大の苦悩について問う。
「……父の様子は?」
「“いつも通りです”」と高官の一人が疲れ顔で「我々が防いだだけでも10以上の謀略を巡らせておいででした」
「ですが、おかげで“敵”は明確になっております」
重臣の一人が胃痛を堪えて言った。
ニコロの下に群れ集まった反王太子派の貴族達は把握してある。戦争終結とヴィルミーナとの和解がなれば、粛清を断行できるだろう。
かつて父が従兄から玉座を簒奪したように。
私も父と同じ道を歩まねばならんのか。蛇の子はしょせん蛇の生き方しかできぬか。いや、父を手に掛けねばならぬ私は、父よりも堕ちた人間かもしれんな。
ピエトロ王太子は自己嫌悪がこもった息を吐いた。
「警備は万全を期すように。ヴィルミーナは元より、アルトゥール王子やクレメント大主教殿を始めベルネシア一行の安全を確保せよ。ここが正念場ぞ」
周囲が厳かに頷く中、大司教が強い不満顔を湛える。
「“たかが”戦に敗れた程度で異端にこれほどへりくだらねばならぬとは……」
「大司教。その“たかが”戦に敗れたがため、カーパキエは滅んだ」
頬のこけた顔に翳を滲ませながら、ピエトロ王太子は強く拳を握りしめた。
「我が国をカーパキエの二の舞にはせぬ。そのためなら、如何なる恥辱も耐え忍んで見せよう」
王太子の悲壮な横顔へ、大司教は最敬礼を返した。
ただ、大司教の伏せられた表情を窺えた者は居ない。
○
ベルネシア一行に滞在先として提供されたベルモンテ宮城西宮。
コルヴォラント式中世建築の妙と美、色彩と情緒豊かな調度品が見事な宮殿内を、海兵隊と民間軍事会社の要員達が安全確認と点検を行う(略奪や窃盗は厳格に戒められており、発覚した場合、シャレにならない罰則があることを通告してある)。
そんなベルネシア一行に降伏/和解交渉を担ってきた外務省とベルネシア国教会の面々が合流。
西宮の瀟洒なサロンにて、
「クレメント大主教様。私の大変な要請を見事叶えて下さり、幾万言を費やしても謝意を伝えきれません。ただただ感謝と御礼申し上げます」
ヴィルミーナはベルネシア国教会、特に代表交渉人たるクレメント大主教に最大限の謝意を示す。
も、当のクレメント大主教は些か、いや、かなり不機嫌顔だった。
「ゴセック殿が仰っていた通りですな。まったく、とんだじゃじゃ馬娘でいらっしゃる」
のっけから良いパンチを放つクレメント大主教に、ヴィルミーナは微苦笑を湛え、着席を促す。
御付き侍女メリーナが素晴らしい所作でベルネシアから持ち込んだハーブティーを淹れる。
「……美味い」
久し振りに味わう故郷の茶にクレメントは大きく息を吐いた。不機嫌顔を幾分和らげ、ヴィルミーナを真っ直ぐ見る。
「ピエトロ王太子殿下は御本心からヴィルミーナ様と和解を望んでいらっしゃいます。エスロナ一族の方々も同様に。むろん、反発されている方が居ないでもありませぬが……内輪揉めは外敵たる我らと手打ちをしてから、と静観を決めております」
「分別があるんだか無いんだか」
ヴィルミーナがくすりと小さく笑う。クレメントは言葉を選びながら続ける。
「ピエトロ王太子殿は忍耐の人です。気難しい父君の下で過ごしてきたためでしょう。自己抑制的で大変に我慢強い。それでいて、王族たる責任から逃れぬ勇気をお持ちだ」
「クーデター時の動向や降伏申し入れ時の様子からすると、思い詰めて暴走する傾向もありそうですが」
「それもまた責任感ゆえでしょう。自分が何とかせねば、と勇み足をしてしまう。私も若い頃はそうしたものでした」
どこか懐かしげに語り、クレメントは厳粛な面持ちでヴィルミーナを見定め、
「“信徒ヴィルミーナ”。私は貴女に問わねばなりません。貴方が仲裁を依願した国教会の者として、一人の司祭として」
問う。
「貴女は我らを謀に利用されたのですか?」
ヴィルミーナは手にしていった白磁製カップを卓に置き、居住まいを正す。背筋を伸ばして真正面からクレメント大主教と向き合った。
「正直に申し上げましょう、大主教様。私は国教会を利用しました」
眉間に深い皺を刻んだ老司祭を見つめながら、ヴィルミーナは言葉を続ける。
「エスロナ家と和解し、ベルモンテに寛恕を与える。これは偽りではありません。彼らが真摯に和解を求め、誠実さを持って彼の凶行を詫び、その罪科を清算するなら、私は充分です。憤懣と怨恨を胸の奥に収めます。我が母と子供達、我が姉妹達の名誉に誓って」
クレメントはヴィルミーナから目を離さずに頷き、続きを促す。
「しかし、彼らがあくまで私の差し伸べた手を払うというのなら、私はもはや一切の容赦も慈悲も与えない。これが教会に和解の仲介を委ねた理由です」
「ゴセック殿から伺った通りの内容ですね」
疲労感を滲ませながら背もたれに体を預け、クレメントはつるりと両手で顔を拭う。じっと眼前の魔女を見つめた。
「確かに貴女の言葉には嘘偽りが無い。ですが、そこには真実もない」
御明察だ。流石にこの難事を任されるだけはある。ヴィルミーナは内心で感嘆を漏らしつつ、老司祭の言葉を待つ。
「貴女は確かにエスロナと和解し、ベルモンテを許しても良いとお考えだ。しかしながら、貴女は最初からそのような機会が来ないことを“見越している”。現に貴女とその御一統はエスロナとベルモンテを制裁するべく動いておられる」
クレメント大主教の声には糾弾の響きがこもっていた。
「信徒ヴィルミーナ。答えなさい。貴女はエスロナ家とベルモンテをどうするおつもりか」
ベルネシア国教会大主教の厳粛な眼差しに晒され、ヴィルミーナは沈黙した。
室内が鉛のように重たく息苦しい静寂に満たされる。
壁際に控えるメリーナや警護員、教会侍従達が緊張感から喉の渇きを覚えた時、
「滅ぼしはしませんよ」
ヴィルミーナはランチのメニューを答えるような気軽さで答えた。口元に薄笑いさえ浮かべて。
「これは本心です、大主教様。事の本命はあくまで地中海通商――特に聖冠連合帝国から重要資源の安定調達でした。その意味では既に目的は達している。エスロナ家とベルモンテは所詮、私個人の問題でしかない。御国はもちろん、財閥の貴重な人材や大切な資本を費やすことは事の私物化に過ぎましょう。ゆえに、私は“我が組織を以って”エスロナ家とベルモンテを滅ぼしはしません」
「その言、真ですな?」
老司祭は魔女へ挑むように質す。
「もしも貴女が彼らを討滅せんと目論んだならば、私は我が魂魄を以って彼らを護りますぞ」
「大主教様……何を仰っているのかお分かりか? 貴方は今、堂々と異宗派に与すると宣言されたのですよ?」
魔女が面白味を見つけた顔で問うも、
「神は宗派の違いなどと些細なことは気になさらん。私は聖王教司祭として教徒の救済に努めるのみ。貴女を怒りと恨みから救い、エスロナ家の方々を苦悩と苦悶から解き放つべく、為すべきを為します。そのためならば、この老い先短い皺首など惜しみません」
大主教は胸を張って答えた。堂々と何一つ恥じることも臆することも無く。
ヴィルミーナは唖然となった。メリーナや警護員達も呆気に取られている。教会侍従達が『あちゃー』と言いたげに目を覆っていた。
なんたって開明派大主教が『宗派の違いなど些細な事』と言い放ったのだ。大問題である。
おっそろしい。本気で啖呵切っとるわ。うっとこの国教会はこんな爺様ばっかりやなぁ。
「大変よく分かりました。彼らが誤った選択肢を採った場合においても、私は大主教様を妨げますまい。御信念のままに成し遂げなさいませ」
ヴィルミーナはどこか負けを認めるように語り、怪物染みた目つきで告げた。
「されど、大主教様。私にも果たさねばならぬ道理があり、押し通さねばならぬ情理がある。その旨、了解くださいますね?」
獰猛な眼光に晒されたクレメント大主教は大きく溜息を吐き、敢然と言った。
「信徒ヴィルミーナ。貴方には”講義”が必要なようですな」
「え?」
ヴィルミーナは目を瞬かせた。
○
クレメント大主教の”講義”は一言で言えば、御説教だった。
よもや蛇穴の中で坊主から長々と説教を受けることになろうとは、さしものヴィルミーナも想像の外。忙しいからと断ろうとしたが、胆が据わった老司祭から逃れる術など無いわけで。
見かねた周囲が割って入ろうとするも、クレメント大主教は有無も言わさぬ眼光を発して『講義に参加したいならそこへ座られよ』。
かくて被害は拡大し、仕舞いには半ダースの人間がクレメント大主教の御説教を食らう羽目になった。なんだかなぁ。
ようやっと御説教から解放されたヴィルミーナは、豪奢な椅子の背もたれに体を預け、呻くように言った。
「メリーナ。一杯淹れて……ブランデーを多めに」
「かしこまりました」
ぐったりとしている主が泣き言をこぼすと、御付き侍女メリーナはくすくすと苦笑いを湛えながら手早く茶を淹れ始めた。
メリーナの装いは侍女然としたものではなく、秘書官を思わせるフォーマルな装いであり、指や手首、首元に魔導触媒の装飾品を幾つもまとっていた。すなわち、メリーナは魔導術師としてこの場にいる。
最も信頼する侍女の淹れた茶を口にし、美味しい、とヴィルミーナは満足げに顔を綻ばせる。
緩んだ気分のままに窓へ顔を向けた。
サッシにすら彫刻が施された窓の外には、北イタリア様式に似た緻密な庭園が広がっており、晩秋の冷たい雨に濡れている。
どうやら本格的に降り始めたらしい。
「私が大主教様に絞られていた間に動きはあった?」
「アストリード様とパウラ様は予定通りに事を進めていらっしゃいます。ロー女士爵様も準備を整えられておいでです。それと、アルトゥール第二王子殿下はベルモンテ王太子妃殿下と懇談中とのこと」
メリーナの回答を受け、ヴィルミーナは片眉を上げた。
「アルトゥールに? それは“どの筋”を通して?」
「国教会のホッベマー主教様を通じてオルテ侯爵夫人様が働きかけた御様子です。御嬢様やユーフェリア様の筋ではありません」
「大叔母様は走狗に過ぎまい。目端の利く人間が糸を引いているな」
冷厳な顔つきになったヴィルミーナへ、メリーナが案じるように伺う。
「獄中の老狐でしょうか」
「姻戚筋としてはあり得る。しかし、アレは私を殺すことに夢中だ。現段階でアルトゥールに渡りをつけたりしない。つけても意味がないからな」
ヴィルミーナは酒精の濃い茶を口に運ぶ。
アルトゥールはベルネシア王家第二王子である。が、ベルモンテ公王家の扱いに口出しできる立場ではないし、権限も無い。現状でアルトゥールに渡りをつけても差して意味が無いのだ。
ここに至ってあのドブネズミに無駄な手――欺瞞を仕掛ける余裕はあらへん。となると、侯爵夫人を走狗として扱えて、アルトゥールに渡りをつけるゆぅ搦手が打てる人間がおる訳か。
あるいは教会を通じて法王国辺りが仕込んできたか……モリア=フェデーラの親狸かもしれんな。アルグシアゆう可能性は……ないな。あそこにそういう仕事が出来る奴はおらん。
「誰も彼も必死というわけか」
「当然でしょう。彼らにとっては亡国の瀬戸際ですもの」
何を言ってんだ、と言いたげな呆れ顔を返すメリーナ。
ヴィルミーナはジト目を向けてくるメリーナに小さく肩を竦めつつ、思う。
いずれにせよ。想定通り備えさせておけばええ。
こちらは整えるべきものを整えた。後は彼らの選択次第。
もっとも―――
何を選ぶかは分かり切ったことだが。
ヴィルミーナはカップをソーサーに置く。心中の倦みを吐くように呟いた。
「今回の件が終わったら休みたいわね」
「私の覚えが確かなら、以前、御嬢様がそうおっしゃった時は三日で時間を持て余してらしたかと」
「時間を持て余すくらいのんびりしたいってことよ、メリーナ」
どこか疲れた微苦笑を湛えた後、ヴィルミーナはそろそろと溜息をこぼし、
「子供達に会いたい。レヴに会いたい。御母様に会いたい。皆に会いたい」
ついぞ本音が漏れた。
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塔の最上階に幽閉されている謀略家は“決戦”が迫っていることを理解し、
「大義名分を整え、仕掛けも万全という訳か」
蛇のように嗤う。
「その傲慢さが命取りよ。小娘風情が如何に知恵を絞ろうとも宮廷は我が掌中。愚息とその手下共が我が物顔をしようとて、我が意に叶わぬことなど無い」
ニコロは金壺眼をぎらぎらと輝かせながら、謀の糸を引いていく。
「ベルモンテはエスロナのものだ。これまでも、これからも。忌み子などの好きにさせるものか」
公王ニコロの妄執的なまでの信念。それは彼なりの国や一族に対する至誠、あるいは愛なのかもしれない。
誰にも理解されずとも。誰にも認められずとも。誰にも信じられずとも。
そして、誰にも愛されずとも。
ニコロはエスロナ一族とベルモンテを懸けた戦いに挑む。
己の正しさに疑問を抱くことなく。
そして、調印式の当日が訪れる。
ベルモンテ公国の運命を決した一日が。




