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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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286/336

20:8

お待たせ候。

大陸共通暦1781年:晩秋

大陸西方コルヴォラント:エトナ海

――――――――――

 ヴィルミーナはベルモンテ訪問を半ば即決したが、実現はそう容易い話ではなかった。

 事はエスロナ家の和解のみならず一国の正式な降伏調印式であるから、ベルネシアとしても対応せねばならない。


 ヴィルミーナ自身は自らの巡らせた陰謀と諜報工作戦の自信から、ベルモンテに民間軍事会社の護衛だけで乗り込むつもりだった。戦力で言えば、今次戦争で悪名を轟かせる飛空船部隊。それと最精鋭の陸戦部隊だ。既にクレテア南部の某所に用意させてある。後は『ベルモンテへ』の号令一下のみ。


 が、


「正式な降伏と和解の調印式ですぞっ! 御国として対処すべき案件ですっ! 王妹大公嫡女様だけ行かせるわけに参りませんっ!」

 ベルネシア外交官がもっともな見解でヴィルミーナを押し留め、

「先走り過ぎだっ!」

 本国の伯父御もこれには叱声を飛ばしてきた。妥当である。


 というわけで、ヴィルミーナのベルモンテ行きは少しばかり仰々しいことになった。

 ベルネシア地中海派遣艦隊の送迎である。もちろん、民間軍事会社も帯同する。『舐めた真似したら海と空から艦砲射撃をぶち込んでやるぞ』というわけだ。

 まあ、戦勝者として威容を示す意味でも正しい。この御時世、舐められて得することは何もない。


 さて。ヴィルミーナが事前協議から離れ、ベルネシア派遣艦隊と共にベルモンテへ赴くことになったわけだが、当の派遣艦隊はナプレのエリュトラ攻略戦を支援した後、クレテア海軍が駐留するエトナ海諸島泊地に移動していた。


 そのため、ヴィルミーナは民間軍事会社飛空船部隊と共にエトナ海上でベルネシア派遣艦隊と合流。ベルモンテへ向かうことになったわけだが……


「ロー船長。来て下さったのですか」

 古馴染の女空賊と握手を交わしつつ、ヴィルミーナは驚きを隠せない。


「ヴィルミーナ様の大一番と聞いて顔を出さぬほど、私は不義理な人間ではありませんよ」

 隻眼の美人船長アイリス・ヴァン・ローは微苦笑しながら、背後の係留された飛空船を肩越しに一瞥した。どこか悔しげに。

牛頭鬼猿(タウロンスロープ)が居ないなら、これでも釣りが来ますよ」


 ドン・ガットゥーゾに破壊された船体右舷と船尾が真新しい木材で修復されており、気嚢も補修が完結している。もっとも、被弾時の衝撃から竜骨その他の損傷も確認されているため、戦時応急措置の域を出ない。戦闘機動にはかなりの制限を伴うだろう。


「不完全な船で貴女を鉄火場に赴かせるわけにはいきません。貴女は今や我が国の英雄なのですよ、ロー船長」

「お気遣い有難く。されど、私は英雄なんて烏滸がましいものではありません」

 案じるヴィルミーナに対し、アイリスは気高い笑みを返した。

「私は一介の空賊ですよ。今も昔もね」


 かくしてヴィルミーナはアイリスの駆る『空飛ぶ魔狼号』に乗船し、民間軍事会社の飛空船隊を伴ってエトナ海へ進出。

 航行中、アイリスと思い出話や新型船についての議論を楽しんだ後、エトナ海上でベルネシア派遣艦隊と合流。旗艦の二等戦列艦リデルヴォーフで艦隊司令官デア・エヴァーツェン少将と挨拶/会談。

 加えて、ベルモンテの降伏調印のためにベルネシア本国から急遽官僚達が追加空輸された。使節団代表を派遣艦隊付き武官の第二王子アルトゥールが担うため、アルトゥールを含めての会議が催された。


 休憩時を迎え、ヴィルミーナは従弟アルトゥールにエスコート役を務めさせ、会議室と化した旗艦リデルヴォーフの士官食堂を出て後甲板へ。

 試験砲艦プリンツ・ステファンを視界に収めながら、アルトゥールがくすくすと笑う。

「ヴィー姉様がお変わりなくて安心しました」


 先ほどまで行われていた会議にて、ヴィルミーナは王国府官僚達(主に外交筋)から苦言諫言に叱声や苦情を浴びせられながらも『諸官の衷心、相分かった。まことにありがたく思う。されど、口出し無用っ!』と一蹴。珍しく発揮された“暴君振り”に諸官や軍人達が圧倒されていた。


「私もアルが元気そうでよかった。エトナ海諸島沖の戦やカーパキエの戦は大変だったと聞いていたから」

 ヴィルミーナは可愛い弟分に優しい顔を向ける。

「僕自身は兄上やヴィー姉様のように剣を握って戦いたかったですが……船も悪くありませんね」


 アルトゥールの世代はベルネシア戦役へ出征する父兄を見送った子供達だ。あるいは、父兄を失った子供達であり、ベルネシア南部の出身者はクレテアに故郷を焼かれた子供達だ。父兄母姉がエドワード・メダルやグウェンドリン・メダルを胸に掲げ、戦勝を祝う様を見た子弟の世代だ。

 彼らは心の中に『父兄のように祖国のために戦いたかった』『この手で家族の仇を取りたかった』という火が燻っている世代でもある。


 そして、アルトゥールは大冒険を為した叔父の“蛮族公”フランツや、女だてらに政経の世界で勇躍するヴィルミーナを間近で見て成長した若者だ。

 戦争や冒険に憧憬を持ったまま大人になった若者でもある。


 同時に、アルトゥールは生まれながらの貴種であり、貴公子として育った青年だ。

 それだけに、戦争の惨禍を前に騎士道精神と貴公子的高潔さを発揮することを厭わなかった。


 ナプレ軍のカーパキエ征服の際、アルトゥールはカーパキエ貴族や従士などに対する暴力を目の当たりにし、国際問題になる危険を承知で干渉。自身のあやふやな権限を行使してカーパキエ貴顕の保護に努めた。

 結果として、この干渉行為はナプレ王国との間に些かの不和を生んだものの、アルトゥールは『ベルネシアの若獅子』と讃えられている。


「ヴィー姉様がこれからベルモンテで何をされるか分かりませんが……」

 アルトゥールは兄に似た正統派の美貌を少し翳らせ、慎重に言葉を選んでから言った。

「あまり無茶はなさらないでください。ベルネシアにはヴィー姉様が悪名を被ることを良しとしないものが大勢います。彼らを悲しませないでください」


 ヴィルミーナは目をぱちくりさせ、慈しむようにアルトゥールを見る。かつて冒険騒ぎを起こしたヤンチャ坊主が立派な紳士になったことを嬉しく思う。同時に、この弟分が些か“甘い”人間であることに危うさを覚える。


「ことは複雑だから約束はできない。けれど、貴方の思いやりは決して忘れないわ、アル。ありがとう」

 恭しく一礼した後、ヴィルミーナは姉貴分らしい悪戯顔を浮かべ、弟分に言った。

「久しぶりに会ったのだから、楽しい話もしましょう。マグダからも伝言を承っているわ」


「え?」と戸惑うアルトゥールへ、

「独り寝が寂しいから早く帰ってきて、だそうよ。それとカレル3世叔父様とエリザベスおば様に孫を見せてあげたいから、帰ったら留守にした分だけ励んでもらう、ともね」

「あ、はい」

 恥ずかしげに顔を赤くする弟分に、ヴィルミーナは久し振りに屈託なく喉を鳴らした。


      ○


 ベルネシアで指折りの首狩り人は潜入諜報員から受け取った情報を確認し、

「調印式での暗殺とは……たしかに劇的ではあるが、正気の沙汰とは思えないな」

 仲間達でさえ怖気を覚えるほど感情に欠いた声色で呟く。


 クライフ分遣隊指揮官レーヴレヒト・デア・レンデルバッハ=クライフ少佐はゾッとするほど冷たい横顔で書類に目を通していた。

 若い部下達がすっかり気圧されている中、特殊猟兵時代からの戦友達が雰囲気を変えるべく軽い口調で議論を始める。


「こりゃ大博奕だな。調印式で王妹大公女を暗殺なんかしたら、それこそ本国が本気でこの国を攻めることになるぞ。連中は祖国を滅ぼす気なのか?」


「俺らの手で既存主流派を叩き潰させる気なのかもな。この情報が真実なら、連中はエスロナの血を引くレヴの息子を国王として迎えることで手打ちにする気だ。ベルネシアとしても、体裁ではベルモンテを完全属国化するわけだから、内実はともかく名分は立つ」


「王妹大公女を亡き者にすれば、白獅子財閥の解体も易い。俺らが下手を打って訃報が届くことになりゃあ王国府の統制経済派や商売敵連中が宴会を開くだろうよ」


「そんなことはさせない」

 レーヴレヒトが口を開いた瞬間、水を打ったように静まる。その冷酷無比な声音に付き合いの長い戦友達すら身を強張らせた。


「俺の子供達がベルモンテに赴くなどあり得ないし、俺の嫁さんが死ぬことも絶対に起こりえない」

 30を過ぎてなおも端正な横顔は、もはや死神のような気配を湛えていた。

「脅威は全て排除する」

 愛妻を乗せたベルネシア地中海派遣艦隊が到着するまで時間は多くない。

「手早く狩るぞ」


 各勢力の陰謀渦巻くベルモンテ王都。各国の密使や諜報員、工作員、凶手が暗躍する都市の闇で、歴史に語られない戦いが始まった。


 否、戦いそのものは既に始まっていた。


 時のベルモンテ王都が幕末の京の如くになって久しい。

 ピエトロ王太子派と反王太子派(公王ニコロ派)。何を失っても国や民を護ろうとする者と、何を犠牲にしても既得権益を守ろうとする者。守りたいものがあるために敗北を認める者と、守りたいものがあるために戦うことを決めた者。


 意見を違える者達は通りや夜道で白刃を交わし、銃声を響かせる。辻や広場で爆発物を炸裂させ、魔導術が煌めかせる。女子供の悲鳴が響き、男達の怒号が絶えない。


 そんな血生臭いベルモンテ王都で首狩り人達が狩りを始めた。

 狩りの狙いは謀略の中枢――指導部と謀略の末端――実行者の寸断。


 いわば中間管理職の抹殺。

 末端に命令や指示を与え、得物や資金を賄う中間管理者を仕留めることで、情報を確保すると共に末端の動きを押さえ、企ての進行を停滞させる。

 そうして動きを鈍らせた末端はピエトロ王太子派や他所の連中に処理させていく。


 クライフ分遣隊は昼夜を問わず王都を暗躍する。僧衣をまとって。ベルモンテ軍の軍服をまとって。

 寝室のベッドや私室の床、通りの石畳が血に染まる。個人宅や旅籠や辻に死体が転がる。

 頭と胸に一発、殺害確認に一発撃ち込まれた死体。あるいは喉を切られ、肝臓を突かれ、心臓を抉られた亡骸。もしくは魔導術で地面の染みと化す。

 何者も首狩り人達の姿を見ることは無い。ただその狩猟結果を目の当たりにするのみ。


 かくも酸鼻極まる王都に在って、無力な市民は不安を抱きながら成り行きを見守る他なかった。

 そして、悪名高き民間軍事会社の飛空船隊を伴い、ベルネシア海軍地中海派遣艦隊がベルモンテ王都沖に姿を見せる。

 ヴィルミーナ・デア・レンデルバッハ=クライフ・ディ・エスロナを乗せて。


       ○


 空海合わせて約30隻弱に達するベルネシア艦隊と10隻の民間軍事会社飛空船隊。その気になれば、ベルモンテ王都を焼き払える大艦隊の来航に、ベルモンテ王都民は不安と憂慮を禁じえず、一方で楽観的な連中が沿岸部に集まって異邦の大艦隊を見物する。

 まるで黒船来航だ。


 窓の隙間から表の様子を窺っていた部下が呟く。

「こりゃ想定外が起きるぞ」

 謀略戦の範囲外にある連中が暴発する可能性は否定できない。バカはどこでも湧いて出る。


「その辺りは護衛部隊と民間軍事会社で対応する。俺達は“本職”の連中を潰す」

 レーヴレヒトは“巣穴”で情報を精査しながら続けた。

「内務省筋と教会筋は潰した。貴族筋は“別口”が手を付けてる。後は秘密警察筋だな」


「流石に本職だけあって、本気で潜伏されるとなかなか見つかりません」

 部下がここ数日で血を吸い続けているナイフを研ぎながら言った。

「使節団の上陸まで時間は?」


「二日ないし三日だ」レーヴレヒトは書類を置き、ぬるい紅茶を口に運ぶ。

「際どいな」と戦友が顔をしかめ、冗談めかして「敵はどう来るかな?」


「ヴィーナを狙う陰謀は政治劇の一環だ。単純な殺害では足りない。演出が必要になる。毒殺や仕掛け罠の類ではなく、直接襲撃に出るはずだ。生還を企図しない鉄砲玉と本命の狙撃当たりだろう。それと、保険の爆薬……いや、コルヴォラントなら魔導術か」

 レーヴレヒトは淡々と語る。

「仕掛けてくる場所は王城へ向かう目抜き通りを移動中か、王城内。いや、両方か。目抜き通りで仕掛け、しくじれば王城内でなりふり構わず。そんなところか」


「目抜き通りの方はともかく、王城内の方は手の打ちようがないですよ」

 部下が渋面を浮かべるも、レーヴレヒトはカップを置いて微笑んだ。

「そちらはなんとかなる。俺達は目抜き通りの方を安全に出来れば良い」

「?」

 戸惑う部下達を余所に、レーヴレヒトは腰を上げた。

「二時間後に狩りを再開する。休息を取っておけ」



 ベルネシア海軍地中海派遣艦隊の王都入港と上陸、上陸後の諸々の調整のため、ベルモンテの使者団が艦隊旗艦リデルヴォーフに乗艦した。

 送り込まれてきたベルモンテ使者団の中には、海軍将官コルベールや大叔母のオルテ侯爵夫人の姿もある。


「なんです……と」

 コルベールが凍りつく。


「聞き逃したかね?」

 ヴィルミーナは椅子の肘置きを使って頬杖を突きながら、これ以上ないほど傲慢な態度で言った。

「我が国の外交団が上陸中、貴国王都上空には我が国の軍と軍属の戦闘飛空艇が滞空する。その間、貴国の飛行物が王都上空を飛行することを禁じる。これを破った場合、我が軍を害するものと判断して撃墜する。同様に、我が国の外交団、上陸した将兵が害された場合。港湾に停泊中の艦隊と合わせて“反撃する”。以上だ」


「そ、それでは王都を人質にするようなものではないかっ!」

「コルベール提督。ような、ではない。その通りだよ」

 ヴィルミーナは禿頭まで真っ赤にして憤慨するコルベールへ、冷笑を返す。

「私達は蛇穴に入るのだ。毒蛇に噛まれないよう備えるのは当然だろう。それに、愚かな毒蛇が噛みついてきたなら退治せねばなるまい」


「貴女方の安全は我々が」

「提督。私は我が軍を相手に勇戦した貴官に敬意を抱いている。ゆえにこれ以上は語らせないで欲しい」

「―――」

 冷たい眼差しを向け、ヴィルミーナはコルベールの口を噤ませた。

「上陸に際し、我が軍の将兵は行動範囲に制限を課す。貴国には我が軍の駐留地域との間を厳戒態勢で警備してもらいたい。要らぬ面倒を防ぐためであるし、貴国とて我が軍の兵士が王都を闊歩する様は見たくあるまい?」


「それは、たしかに……」

「ただまあ、酒保類と娼婦を融通して貰えるとありがたい。飲食と女があれば、兵も無駄に騒ぎを起こしたりはしまい。そのうえで問題を起こす愚か者は軍紀と貴国の法を以って裁こう。ただし、駐留区域内では我が国の軍紀を優先とする。兵の身柄は渡さん」

 日米地位協定のような条件を語り、

「細かな条件の擦り合わせは担当者間で行われるがよろしい。そして、私自身であるが」

 ヴィルミーナは言った。

「ベルネシア代表アルトゥール第二王子殿下と共に大通りを行進し、王城へ向かう」


「よろしいのですか?」

 大叔母オルテ侯爵夫人がおずおずと言った。

「我が国も万全の警護を敷きますが、万難を排するとは確約できませぬ。我が国の恥を晒すようですが、今、王都の情勢は極めて不安定です。小型飛空艇にて王城の離発着場へ直接お越しされた方が……」


「道理では大叔母様の御意見が正しいでしょうね。されど」

 小柄な老婆へ労わりを示しつつも、ヴィルミーナは毅然と言い放つ。

「勝者たる我らが怯え竦んだ姿を晒せば、浅慮な者共が抵抗の意思を新たにしよう。ゆえに、我らは勝者たる姿を示し、貴国民に敗戦の現実と戦争終結の事実を理解させねばならない。それでもなお、愚かにも我らに挑まんとするならば」


 怪物が牙を剥くように口端を吊り上げた。

「その愚かさを貴国の王都と民に贖ってもらうだけだ」


 コルベールもオルテ侯爵夫人もベルモンテ高官達も理解する。ヴィルミーナが本気だと。そして、ベルネシア側の様子からヴィルミーナの見解が総意であることも察した。

 これは単なる砲艦外交ではない。

 一朝事あらば、本気でベルモンテ王都をカーパキエ王都と同じく焼き尽くす、という報復戦略だ。


 従姪の獰猛さに震え上がったオルテ侯爵夫人は、会談の様子を見守っていた第二王子アルトゥールへ顔を向けた。カーパキエにて高潔な振る舞いをしたと聞く『若獅子』の善意へ縋る。

「アルトゥール殿下。外交団代表は殿下と窺いました。殿下もヴィルミーナ様と同様の御心なのですか。我が国の王都を民諸共灰燼に帰することをお望みなのですか」


 縋りつかれたアルトゥールは一瞬、隣の従姉を窺う。ヴィルミーナが小さな首肯を返した。昔と同じく優しい顔つきで。

 アルトゥールはぐっと拳を握りしめ、胸中を開陳した。


「我々と貴国の間で起きた戦は終わった。これ以上、我が軍の将兵の血も貴国の民の血も流れるべきではない。私の能う限り、我らの間で流血を防ぐべく務めるつもりだ」

 綺麗事とも言える心情を吐露したうえで、アルトゥールはベルモンテ側の面々を見回す。

「しかし、私はベルネシア王家第二王子である。貴国の民より王国の民たる将兵の身を守ることを優先せねばならない。ゆえに、貴国には誠意ある協力を求めたい。私に貴国王都を攻撃しろと命じさせないで欲しい」


 従弟の回答を聞き、ヴィルミーナは大いに満足する。無辜の犠牲を良しとしない高潔さに加え、優先すべきことを間違えない聡明さ。何より、この場でヴィルミーナや軍の自制/自重を求めると発言したこと。


 ベルモンテは理解しただろう。

 穏健的なアルトゥールの信頼を損ねた時、もはや己が身に起きる災厄を防ぐ手立てはないことを、彼ら自身が認めたのだ。

 自分達に非がある有事が起きたなら、惨劇が起きても仕方ない、と。


 顔を強張らせているベルモンテの面々へ、ヴィルミーナは悍ましいほど柔らかな顔つきで言った。

「そちらの準備もありましょう。我々の上陸は三日後で如何か?」

「万難を排すべく務めます」

 コルベールは血反吐を吐きそうな声で応じた。


      ○


「連中、仕掛けてきますかね?」

 後甲板で潮風を浴びながら、アストリードは細巻を吹かす。視線の先には夕焼けに照らされるベルモンテの王都が見える。


 ベルモンテ王都はオーステルガムほどではないが、港湾設備が整っている。建築物は北洋沿岸地域とは違った趣の構造や色彩をしており、クレテア以上に異国情緒が濃い。綺麗な街だ。美味い物も遊ぶところも多かろう。


 アストリードは問いを重ねた。

「ウチの“商事”や御上の工作員、ベルモンテ側の保安組織がかなりの数の鼠を始末しました。もはや謀を仕掛けられる状況にないのでは?」


「仕掛けてくるわ」

 後甲板の転落防止柵に身を預けながら、ヴィルミーナはベルモンテ王都を窺う。

「連中には仕掛ける以外の選択肢がない。ここで降伏と和解の調印が行われたなら、もう手の打ちようがなくなる。連中はもはや私を殺して全てをワヤにするしかないのよ」


「あの街を焼け野原にしてでも、ですか。多くの民を巻き添えにして」

 アストリードが酷く不快そうに顔を歪める。


「都は直せばいい。民草はまた生えくる。そんなところでしょうね」

 ヴィルミーナは他人事のように笑い、ベルモンテ王都を冷めた目で見つめる。

「言い換えるなら、私の命はあの街と全住民分の値打ちがあるわけだ」


「それは……随分と“安く”見積もられてますね」

 短くなった煙草を魔導術で焼尽し、アストリードは忌々しげにベルモンテ王都を睨む。

「舐め腐りやがって」


 2人のやり取りを黙って聞いていたパウラは、ベルモンテ王都を眺めて思う。

 神よ、どうか彼の街とその民に憐れみを与えたまえ。


 我らは慈悲を与えませぬから。

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― 新着の感想 ―
[一言] この戦争の終わりに向け、ヴィルミーナとレヴの見せ場へ。今後の展開が楽しみ。
[良い点] ベルモンテ、全く信用されてません。序でに格下の『無くなっても構わない』扱い。コレ、煽っている? [気になる点] つまり、首都の犠牲を許容範囲とするならヴィーナ様を殺ってウィレム君かヒューゴ…
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