20:7+
お待たせしました。本章の巻きに入ったので、やや説明回気味です。
後世の研究において、ヴィルミーナがクレテアの招聘に応じ、地中海通商の事前協議に出席したこと自体、一種の謀略だったのではないか? という見方がある。
たしかに、ヴィルミーナが地中海通商の事前協議に出席するという情報が流布した時、いくつかの策謀が動いていた。
筆頭は言わずと知れたベルモンテ公王ニコロだ。
ヴィルミーナを殺すことがエスロナ家とベルモンテを救う手段と見做す彼は、そのための策を熱烈に企てていた。
むろん、タウリグニアに刺客を送り込むことはできない。海路は封じられているし、陸路からでは時間が足りない。何より、事前協議において“クレテアが”招聘したヴィルミーナを殺害した場合、決定的にクレテアの面子を潰してしまう。
クレテア王アンリ16世は自身の欲求に正直で隙だらけに見えるが、その実は紛れもなく有能な男である。論理的実利的に正しくとも反発の大きな政策を幾つも実行しながら、その権勢を盤石に保っているという点で、瞠目に値する王だ。
そんな男の顔を二度も潰したら、無事では済まないだろう。
よって、タウリグニアでヴィルミーナを暗殺することはできない。しかし、ベルネシア国外に出ている今こそ好機でもある。
ニコロは檻の中から搦手の策を練っていた。さながら刑務所内から組織を指揮する犯罪組織の頭目のように。
同時期、ベルモンテの老狐に並ぶ腹黒狸が、密かに跳梁していたことも判明している。
モリア=フェデーラ公国の大御所サルエレだ。
当時、同国の周辺は惨憺たる有様だった。
宗主国面しているヴィネト・ヴェクシアは先の敗戦で意気消沈し、自国の生き残り策の検討に忙しい。隣国ランドルディアはクレテア軍相手の国家防衛戦でこちらに構っている余裕はない。フローレンティアは経済破綻で青色吐息、法王国は内実がぐちゃぐちゃ。
そこへ来て、此度の戦争のキーマンたるヴィルミーナのタウリグニア訪問。
ヴィルミーナの動向が決定打となり、大御所サルエレはコルヴォラント連合に背を向け、協商圏・聖冠連合に尻を差し出すことを決意した、と後世において考えられている。
またこの時期、法王国内でも動きがあった。
ナプレ王国軍が王国北部――法王国とベルモンテの両国境に戦力を展開し始めたことで、法王国内では徹底抗戦を訴える強硬派とナプレと和平交渉を求める穏健派の政争が激化していた。
強硬派はナプレ王家と王国軍の破門を宣言し、ナプレ国内に動揺を誘ったうえで、聖伐軍の招集を呼びかけようと言った。
穏健派はあくまでナプレと外交的手法での問題解決を試みた。既に腹を括っている者達を破門したことで意味がないことは、過去の歴史が証明しているし、聖伐軍を招集したところで応じられる国はどこにもない……
そして、指導力を発揮すべき新法王セルギウス5世は例によって、
『愛です。愛が全てを救うでしょう』
ダメだこりゃ。
気を取り直して続けよう。
この時期、謀略は国家指導者だけが手掛けていたわけではない。
甲斐武田氏の穴山梅雪が織田方に通じて武田潰しに協力したように。関ヶ原で吉川広家が徳川方に通じて南宮山の二万三千を遊兵化させたように、主君や主家を謀っていた輩は少なくなかった。
クレテア軍の侵攻を受けていたランドルディア王国では、自領や家族財産の安堵を条件に寝返りを企てる貴族がそれなりにいた。ナプレ王国軍が北部――法王国とベルモンテ国境付近に戦力を展開し始めると、両国でも蝙蝠のように蠢動する者が増えていた。
たとえば、ベルネシア王妹大公の手紙で“転んだ”者とか。
○
亡きベルモンテ第三王子エマヌエーレ・ディ・エスロナは多くの愛人を囲んでいた『種馬野郎』だけでなく、私掠船団を持つ『海賊王子』だった。
もっとも、自身が私掠船を駆っていたわけではなく、単に私掠船団のオーナーだったに過ぎないが。
さて、私掠船で獲得した収奪物――金穀や文物、物資などはともかく、捕えた人間はどのように扱われるのか。
我らの愛すべきアイリス・ヴァン・ローは概ね三通りに分けていた。
甲)抵抗せず素直に降伏した場合は積荷と金穀だけ略奪、船と人員は傷つけずに撤収。
乙1)武力制圧した場合、軍人や貴人等は捕虜として政府に引き渡す(賞金が出るから)。
乙2)平民や異民族の場合は“取り扱い業者”に売り飛ばす。
ベルネシアは人身売買を固く禁じているが、ロクデナシはどこにでもいる。
丙)徹底抗戦してきた場合は皆殺し。
これは他の空賊海賊も似たようなもので、エマヌエーレの私掠船団も同様。当然ながら、私掠船活動を通じ、密貿易や非合法品の売買など違法なことにも手を付けていて、エマヌエーレと手を組んでいたベルモンテ貴族の関与もあった。
それらの記録も残っている。
前ソルニオル公ルートヴィヒの閻魔帳と同じ。エマヌエーレの秘密帳簿だ。
ユーフェリア自身は与り知らぬことだったが、ベルモンテから出戻りする際、ごっそり持ち出した夫の遺産の中にエマヌエーレの秘密帳簿も含まれていた。
亡夫の愛人達はあくまで遺産の奪回や強奪を企てて刺客や追手を送った。が、愛人達に刺客や追手を提供した者達は、秘密帳簿に名がある貴族や私掠船の関係者だったわけだ。
ユーフェリアの脱出成功後、愛人達とエスロナ家の凄惨な内輪揉めが生じたことも、残った遺産の奪い合いだけが原因ではなく、エマヌエーレの裏商売が発覚したら不味い連中や、その利権に関わる者達の抗争という面もあったのである。
こうしてエマヌエーレの秘密帳簿を手に入れたユーフェリアであるが、ユーフェリア本人は亡夫の秘密帳簿をまったく知らなかった。
なぜなら、亡夫の遺産は忠良なるクライフ翁が管財し、クライフ翁は秘密帳簿の存在を把握すると、ユーフェリアにすら隠匿し、隠蔽していたからだ。
全てはユーフェリアとヴィルミーナを護るため。
クライフ翁は秘密帳簿の存在が露見すれば、ベルモンテはもちろんベルネシア王家や王国府も敵に回るかもしれない、と危惧した。要らぬ面倒と厄介を防ぐべく、秘密帳簿を『出戻り劇の最中に失われた』というカバーストーリーを築き上げ、関係者に信じ込ませるべく、自身も秘密帳簿を決して利用しなかった。
実際のところ、賢人クライフ翁は自身の価値観で事の脅威度を図り過ぎた。
ベルネシア王家と王国府はついぞ秘密帳簿の存在を把握しなかったし、ベルモンテ側には失われた秘密帳簿の行方を探る余裕などなかった。
ユーフェリアの出戻りが成功した後、ベルモンテでは血みどろの抗争劇により、王太子が命を落とす大惨事に至っていた。
挙句、第二王子ニコロと王太子嫡男派の玉座を巡る凄惨な政争が繰り広げられていた。
トドメにニコロが玉座に座り、敵対勢力を粛清して恐怖政治を敷いた頃には、秘密帳簿の存在を知る者は命を落とすか、失脚して口を噤む他ない状況にあった。
全ての事象の結果――王妹大公家とベルモンテの縁は表でも裏でも完全に途絶えた。
少なくとも、この30年の間、両者の間には善きことも悪しきことも関わりがなかった。
クライフ翁は逝去の前にユーフェリアへ出戻り劇の真実を語り、秘密帳簿と自身の帳簿補記を献上した。
『我が一存にて大変な情報を隠匿したことを、どうかお許しください』
ユーフェリアは死の床で詫びるクライフ翁の手を握り、大粒の涙を流したという。
『クライフ。いえ、アルフレートおじ様。貴方の深慮を咎める言葉を、どうして私が口に出来ましょう。貴方がこれまで私に示してくれた親愛と思いやり、忠義には感謝の念しかありません。ありがとう、アルフレートおじ様』
かくて、ユーフェリアは亡夫の情報的遺産とクライフ翁の知見を手に入れた。
もっとも、ユーフェリアはクライフ翁と同様に秘密帳簿を封印した。30年も前の情報が役立つとは思えなかったし、クライフ翁が生涯を掛けて秘した機密だ。それでも、処分ではなく封印した辺りに、ユーフェリアも思うところがあったのかもしれない。
そこへ、アンジェロ事件と地中海戦争の勃発を契機に状況が激動する。
娘を殺されかけて激昂したユーフェリアは、旧クライフ商会の伝手を用いて暗躍を始める。
王国府が把握したユーフェリアのベルモンテ各位へ届けられた手紙。
その内容は表向きこそ、ヴィルミーナの要請で渡航するベルネシア国教会への助力を求めるものであったが、その実は秘密帳簿に基づく脅迫であり、調略であった。
○
現代地球のような情報通信技術が発達した社会なら、刑務所の檻の中からでも組織を経営可能だ。事実、ギャングや麻薬カルテルの頭目が刑務所から指示を出し、組織を経営している。
しかし、魔導技術文明世界の近代では厳しかった。魔導通信器は地球世界の電話ほど性能も使い勝手も良くなかったし、何より盗聴も妨害も容易い。秘事へ用いることも不可能ではないにしても、ハードルが高い。それこそヴィルミーナのように金と人間を湯水のように投じられなければ、難しかった。
少なくとも、五階建ての塔の最上階に幽閉されている公王ニコロには無理だ。
ニコロは並々ならぬ決意と闘志で策謀を練り込んでいたが、如何せん環境が悪かった。倅の監視を避けて情報を入手し、ちまちまと指示を出すしかない。致命的なタイムラグ。それに、指示出し後の統制が効かない。
人格的には欠陥だらけの男だが、ニコロの頭脳は決して人後に落ちるものではない。自身の置かれた不利な状況を織り込んで策謀を練ることも、不可能ではなかった。
ただ、それは自身の配下が完全に信用でき、十全に能力を発揮するという前提があってのこと。
ニコロの配下として暗躍している者達の中に、ユーフェリアやヴィルミーナの協力者が潜り込んでいても、幽閉されているニコロには知りようがなく、手の打ちようがない。
また、ナプレ王国軍が国境向こうで軍勢を用意し始めたことで、ベルモンテ貴族の一部が国を見限ってでも生き残り策を企て始めていた。これもニコロの計算を狂わせている。
一方で、ニコロを助ける者達もいた。
法王国やベルモンテの教会超保守派だ。
彼らは現状に憤慨していた。聖戦を訴えない新法王セルギウス5世。伝統派信徒でありながら法王国に弓を引いたクレテアとナプレ、タウリグニア。北洋異端のベルネシアや異端に迎合的な聖冠連合が地中海を跳梁し、敬虔なる伝統派信徒を害している状況に、頭の血管が破裂しそうなほどの怒りを覚えている。
ゆえに、協商圏に降伏しようとしているピエトロ王太子に反発する形で、超保守派はニコロへ与していた。
当のニコロも協商圏に降ることを検討しているにも関わらず、だ。
各勢力の思惑が絡み合う複雑怪奇な情勢。
燃えた導火線がゴルディアスの結び目のように絡まり合っている。いつどこでどんな爆弾が炸裂するか分からない。
少なくとも、この危険なゲームのプレイヤー達には。
○
タウリグニア共和国首都テュリン。
地中海通商の事前協議に出席中のヴィルミーナへ面会を求める者はベルモンテやモリア=フェデーラの密使だけではなかった。
「まさか貴方が訪ねて来られるとは。よく許可が出ましたね」
「引退した老人が戦見物をするくらい、許されますとも」
驚くヴィルミーナへ、老いた太っちょセイウチがぐふふと笑う。
元聖冠連合帝国宰相サージェスドルフは引退後に穏やかな暮らしをしていた。
家督は息子へ譲り、領地――絶大な権力を握った宰相とは思えぬ控えめなもの――の経営にも関わらず、帝都屋敷で悠々自適の引退暮らしを送っていた。
家人と共に庭弄りへ精を出し、妻と劇場へ通い、サロンで引退組の友人達と毒舌を交わす。そんな平穏で退屈な生活を過ごしていた。はずなのだが。
「閣下は自伝執筆なりをしてらっしゃるとばかり」
「墓の下まで持っていくべきことばかりでしてね。何も書けません」
サージェスドルフはぐふふと笑い、くわえた煙草にマッチで火を点けた。盛大な紫煙を吐き出してから、ヴィルミーナへ言った。
「そう探りを入れずともよろしい。私は引退したのですぞ、ヴィルミーナ様。これはいつぞやのような交渉ではありません。老人が暇潰しに貴女の時間を戴いておるだけです」
「どうだか。閣下の帝室と国家への忠誠心が如何に篤いか。私は忘れておりませんよ」
ヴィルミーナが挑発するように告げるも、サージェスドルフは顎の贅肉を揺らして笑うのみだ。
「私が真に御国へ御奉公するなら、訪ねるべき相手は貴女ではなくクレテアの外交官ですな」
「面白い」ヴィルミーナは口端を歪め「その心は?」
サージェスドルフは即答する。
「コルヴォラント北部の分割。クレテアがタウリグニアとフローレンティアとランドルディアの西半分。我が国がヴィネト・ヴェクシアとモリア=フェデーラ、ランドルディアの東半分」
「貴国がコルヴォラント北部を欲していたとは知らなかった」
ヴィルミーナは薄く笑い、刺すように老セイウチを睨む。
「狙いはヴィネト・ヴェクシアと共有しているヴェクス湾と、チェレストラ海の完全な支配権か」
「ヴェクス湾とチェレストラ海を完全掌握することで、我が国の地中海権益はより強固かつ安全になりますからな」
くつくつと笑い、サージェスドルフは煙草を一服。
「それに、海軍が活躍しすぎました。陸軍も手柄に飢えている。かといって東征を再開すれば、そろそろ本格的に北のロージナ、南のメンテシェ・テュルクを刺激する。その点、コルヴォラント北部はクレテアと話をつければ済む。何より、我が国の陸軍出兵は此度の戦争を終わらせる決定打にもなる。どうです? クレテア人は興味を持ってくれますかな?」
「降参です、閣下」
ヴィルミーナは呆れ気味に頭を振り、降参するように両手を小さく上げた。
「私に会いに来た本当の御用件は?」
煙草の煙を燻らせつつ、
「そろそろ外交的な降伏条件がまとまり、ピエトロ王太子が決断する頃だ。彼は正式に降伏し、貴女へ謝罪して和解を乞うでしょうな」
サージェスドルフはヴィルミーナを真っ直ぐ見た。
「貴女をベルモンテに招待してね」
くすくすと笑うヴィルミーナに、
「なるほど。承知済みか。貴女も人が悪い。それに」
サージェスドルフは確信する。短くなった煙草をぎゅ、と灰皿に押しつけて揉み消した。
「些か冒険的過ぎる。ニコロはまだ本気ですぞ。聖王教会の跳ねっ返りも。連中は自身や物事を客観視することが苦手な愚か者ですが、その行動力は中々なものだ。侮っては危険です」
「なんとまあ」
感嘆をこぼし、ヴィルミーナはようやくサージェスドルフの本意を悟る。
「閣下は私を心配してくださっているのね」
「正直に言って、貴女には複雑な感情を抱いている」
常に傲岸不遜なサージェスドルフには珍しく、歯切れが悪い。
「私は帝国と西方圏の未来のため、連中に貴女の命を奪わせるべきとも考えた。一方で、貴女がこの世界をどう引っ掻き回していくのか見てみたいという興味もある。単に損得勘定で図ったなら、貴女にはルートヴィヒの件で借りがあり、なおかつ帝国経済の重要御得意様だ」
太い顎を揉みつつ、サージェスドルフは言葉を重ねる。どこか照れ臭そうに。
「色々諸事情を考慮した末、危うい真似をしようとしている貴女を諫めて差し上げることにしたわけだ」
「御高配いたみいります」
ヴィルミーナは柔らかく微笑み、フッと息を吐いて背もたれに体を預けた。
「なれど心配は御無用です、閣下。追い詰められた鼠達は猫に噛みつくことに必死で周りが見えていません。それに、」
自信たっぷりの顔で、ヴィルミーナは宣言した。
「私が最も信頼する者達が守ってくれます。何も問題ありません」
○
その時、ナプレ国境からベルモンテ国内へ侵入したベルネシア本国軍強行偵察隊クライフ分遣隊は、巡回中のベルモンテ陸軍国境警備分隊を襲って全滅させていた。
銃もナイフも使わず、細い鋼線を用いた絞殺で。
レーヴレヒトと部下達は絞め殺したベルモンテ将兵の軍服と装具を奪い、肌着に剥いた死体を地中深くに埋める。
そして、回収した軍服と装具を隠匿し、二頭牽きの貨客馬車を転がしてベルモンテ国内を進んでいく。
レーヴレヒトと部下達はアルグス人の伝統派司祭や助祭、修道女の格好をしており、時折遭遇する検問や関所で『法王国にナプレの魔手が及ぼうとしているので、クレテア・ベルネシアと講和を図ろうとしているベルモンテへ避難してきた』とアルグシアと法王国の身元証明書を開示しながら、アルグス訛りの共通語で告げる。
ベルモンテ将兵は疑いもしなかった。僧衣のおかげだろう。
「王都に到着後、第一分隊は奪った軍服を着ろ。第二分隊はそのまま教会関係者の格好を続けろ。ミラ。君は第二分隊へ移れ。代わりにペーテルが第一分隊に加われ」
レーヴレヒトの命令に修道女姿のミランダが不満げに眉をひそめた。
「なんでです?」
「ベルモンテ軍に女はいねーからだよ」と伍長が代わりに答える。
魔導技術文明世界はアイリス・ヴァン・ローやノエミ・オルコフのような荒事に身を置く女性が珍しくない。しかし、軍隊となると様々な理由から女性の入隊を認めない国も多かった。ベルモンテはそうした国の一つだ。
「繰り返すが、敵地のど真ん中だ。救援も救出もない。本国も俺達を認めない。敵に捕まりそうになったら頭に一発撃ちこめ。拷問されるより楽だ」
レーヴレヒトの訓告に部下達が愚痴をこぼし始める。
「ヒデェ労働条件だ」「転属願を出したくなった」「俺は除隊届だな」「それよりベルモンテ女を買っても良いのか?」「お前は西方圏全国のブスを制覇する気かよ」「ブスじゃねーよ、個性的な娘だよっ!」「それをブスっていうんだろ」
貴顕極まる任務でも調子が変わらない部下達に、レーヴレヒトは言った。
「何でも良いが、護衛対象は俺の嫁さんだ。ヘマしたら撃ち殺す」
「コワッ! 目がマジだぞ」「戦友愛より夫婦愛ってか」「俺らに対する愛が足りねえな」
釘を刺しても減らず口を叩き続ける部下達。
まったく頼もしい限りだ。
レーヴレヒト達がベルモンテ王都に潜入した頃。エトナ海諸島独立政府経由でベルモンテから協商圏へ連絡が届く。
一つは交渉でまとまった条件を受け入れ、正式に降伏する旨。
加えて――事前協議に出席中のヴィルミーナを招き、ピエトロ王太子がエスロナ家を代表して正式に謝罪し、和解を申し出る調印式を行うことを告げてきた。
この申し出にはベルネシア国教会の代表クレメント大司教も承認していた。が、ヴィルミーナの身を案じて調印式そのものは先送りを提案している。
『ピエトロ王太子は真に和解を求むるものなり。よって、御身より仲裁を委ねられた者として、御身とエスロナ家の和解は成るものと確信に至る。されど、戦禍の時勢により、掛かる調印式は御身に危険を伴う可能性大と判断す。衷心より戦禍が収まりし時まで調印式の開催は待たれることを進言せり』
書簡を読み終え、ヴィルミーナは冷笑する。
「ベルモンテに行くわよ」
「本当に、本当によろしいのですか? ネズミ共は間違いなく動きます」
パウラが不安そうに問う。アストリードも心から案じて進言した。
「私達は能う限り、出来る限りの手を打ちました。が、やはり一抹の不安があります」
「2人とも、心配してくれてありがとう」
心配する2人を愛おしげに抱き寄せ、
「なればこそ。なればこそ、行く意味があるの。バカ共へ教訓を与えるためにね。私の耳目がどれほど鋭いか。私の手がどれほど長いのか。私の姉妹達がどれほど頼もしく、私の猟犬達が如何に精強なのか。なにより」
ヴィルミーナは獰猛に眉目を吊り上げた。
「私がどれほど怒っているか、しっかり教えてやらないとね」
ドラン君の現状についての質問がありましたが、カロルレン方面の情勢は先々のネタバレにつながるので、もう少しお待ちくだされ。




