表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

283/336

20:6b

遅くなり申し訳ございません。

大陸共通暦1781年:秋

大陸西方コルヴォラント:カーパキエ王国:王都エリュトラ

――――――――――

 終焉が迫っていた。


 カーパキエ王国軍は国境の戦いに搔き集めた10万余の兵力を大きく失っており、ナプレ王国軍が王都エリュトラ近郊に到来した時、戦力は4万程度しか残っていなかった。


 その戦力にしても、決戦に敗れて士気がどん底まで落ちている。負傷者も多い。王都に逃れた難民や王都民から徴募してある程度、補うことも出来ただろう。


 しかし、頭数を揃えても与える武器が無い。

 銃砲が足りず、今や刀剣類や槍が主兵装だ。銃砲弾はおろか弓や弩の矢箭すら足りない。投石や火炎瓶を用意している始末だ。バリケードを構築する瓦礫や廃材も足りず、市民が供出した家具などが用いられている。


 エリュトラ湾は湾内をナプレ海軍が、湾外をベルネシア派遣艦隊が封鎖しており、カーパキエ船舶の脱出を許さない。強行突破を図ったいくつかの民間船は容赦なく撃破され、無数の屍を水面に浮かべながら沈んでいった。

 同艦隊に座上していたベルネシア第二王子アルトゥールは報告書に『悲惨の極み』と記している。


 もはや戦う力はなく、もはや逃げ場もない。

 それでも、カーパキエ王国はナプレ王国の無条件降伏と王都開城要求を撥ね退けた。

「降伏などせぬ」


 謁見の間にて、王太子アントニオは疲労困憊を悟られぬよう化粧した顔で、ナプレ王国使者へ堂々と告げた。

「誤解無きようはっきり申し上げよう。降伏などクソくらえだ」


「大惨劇が起きますぞ。その責めと汚名は全て貴君が負われることになる。貴君は歳若くして十分すぎるほど立派に務めを果たされた。この上は潔く剣を置かれよ。我が名誉にかけ御家族や貴国を辱めることなきよう取り計らいましょうぞ」

『オレンジ伯爵』ことナプレ王国の使者ウディノ伯が、年若きアントニオ王太子へ同情心から余計なことを口走った。近頃は王に便利屋の如く使い倒されているウディノ伯であるが、流石に越権行為甚だしい発言だった。


 しかし、幸か不幸か、政務不能状態の国王に代わって全ての重責を担う17歳の少年は、ウディノ伯の差し伸べた手を払いのけた。

「貴殿の思いやりは誠意ゆえであろう。が、その心遣いは我らに対する侮辱である。我が国は鴉のクチバシ程度の小国なれど、我が民は誇り高し。卑怯卑劣な侵略者に隷従するなど受け入れぬ。我が国は雄々しく剣を握りながら滅ぶのだ」


 王太子アントニオは腕を伸ばしてウディノ伯へ固く握った拳を向けた。17歳の少年らしい傲慢さと向こう見ずな勇敢さを湛え、不敵に笑う。

カーパキエ(カーパキエン)勇士(・ヴァロローソ)の剣の味、とくと味あわれよ」


 瞬間、謁見の間に集まっていた重臣や衛兵、官吏達が一斉に拳を天井へ突き上げて叫ぶ。

王国に栄光(グローリア・エル)あれ(・レーニョ)ッ!』


 この些か演劇的なやり取りは本当にあったことらしい。ウディノ伯が残した公的報告書やウディノ伯や同行した者達の日記や手紙、戦争を生き延びたカーパキエ側関係者の記録から確認されている。



 こうして、カーパキエ王国の最期が始まった。

『王都エリュトラの戦い』と後世に記される戦いは、5日に渡って繰り広げられた。


 ナプレ王国軍はエリュトラへ絶え間なく鉄と炸薬と魔導術を叩きつけながら、王都エリュトラの攻略に乗り出す。

 初日と二日目の戦いで郊外と王都城壁の防御線を突破し、各拠点間の連絡線を寸断。各個に磨り潰しつつ、王都城壁大正門を確保。


 王都内に突入した三日目と四日目は、王都の大動脈たる大通りを中心に激しい市街戦が繰り広げられた。

 カーパキエ王太子アントニオは自ら兵を率い、市街戦へ身を投じた。


 大通りを巡る攻防戦で陣頭に立ち、

「王国が亡びるとも、カーパキエの民は不滅なりっ! 我らこの戦いに倒れようともっ! この戦いと諸君らの勇姿を子々孫々が永遠に語り継ぐっ! 諸君らの奮戦敢闘を讃えっ! 諸君らの献身に涙しっ! 諸君らの勇気に感謝しっ! 諸君らを誇る未来が必ずや訪れるっ!」

 抜刀して鞘を投げ捨てた。

「征くぞ、諸君っ!! 奢れる侵略者共に目にもの見せてやろうぞっ!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』


 王太子アントニオに鼓舞された将兵は、文字通り死力を尽くして戦った。

 満足な武器も持たず、軍服すら足りぬ亡国の敗残兵達が、勝ち戦に奢るナプレ王国軍に強烈な痛打を与え、一時は城壁正門際まで押し返しさえした。


 しかし、奇跡は起きない。


 一発の銃弾がアントニオ王太子の命を刈り取った。椎の実大の弾丸が理不尽に立ち向かい続けた勇敢な少年の頭蓋を打ち砕く。

 遺言すら残せず、瞼を閉じることも出来ず、脳漿をまき散らしながら、17歳の王太子は瓦礫と戦陣に塗れた通りへ崩れ落ちた。


 王太子に率いられていたカーパキエ将兵は士気崩壊を起こすどころか、激昂した。仇討ちせんと一人でも多くのナプレ将兵を道連れに死んでいく者。王太子の屍を奪われまいと遮二無二戦い続けて斃れていく者。誰も彼もが逃げることなく戦い続ける。


 大通りに両軍将兵の死体の山が生じ、戦闘の中心となった辺りは足の踏み場が無いほど死体と血肉に覆われた。


 この大通りの死体片付けには数日を要し、ナプレ王国軍がアントニオ王太子の遺骸を発見した時は腐敗が進んでおり、頭部被弾の影響もあって見分けがつかなかった。そのため、装具や所持品でようやく王太子本人と確認されたという。


 そして、この二日間の熾烈な死闘の末、ナプレ王国軍は大通りを制圧。先鋒部隊が宮城眼前に到達すると、カーパキエ側の戦意が急速に衰退し、抵抗が弱体化した。王太子の死と宮城陥落が秒読みとなった戦況に、将兵の心が折れてしまったのだ。


 勝利は将兵の士気を弛緩させる。敗北は将兵の士気を減衰させる。心が萎れ縮んでしまった将兵はもう戦えない。


 5日目の午後。カーパキエは降伏した。

 宮城のカーパキエ国旗が降ろされ、代わりにナプレ王国旗が掲揚される。分断されていた各拠点は諦めて降伏するか、自暴自棄になって抵抗し、全滅した。

 ――我らに正義あれど、強欲な悪に敗れる。神よ、なぜ我らをお救い下さらぬのか。


 カーパキエ王国は歴史の存在になった。


      ○


 王都エリュトラの陥落によるカーパキエ滅亡。


 この報せはコルヴォラント諸国を大きく揺さぶった。

 此度の戦は国家が滅ぶ。滅ぼされる。その恐るべき現実にコルヴォラント諸国は震え上がった。

クレテアに逆侵攻を受けているランドルディア王国では、公然と国王ユリウス5世へ講和を訴える者も現れ始めた。チェレストラ海の戦いに敗れて意気消沈しているヴィネト・ヴェクシアも講和へ舵を切り始めた。モリア=フェデーラもフローレンティアも生き残る方法を模索し始める。


 コルヴォラント諸国が戦々恐々とする中、ナプレ王国軍はエリュトラ制圧後にカーパキエ全土の平定へ移行した。


 コルヴォラント人は総じて家族主義と愛郷主義が強い民族だ。特に半島南部人は異民族/異教徒に支配された時代があり、海賊海岸などから絶え間なく襲撃された歴史を持つため、家族や故郷を害されることに強烈な反抗心を抱く。


「我々が彼らの尊厳や生活を脅かさず、彼らの家族を傷つけず、家財その他を奪わないとはっきり示す。その姿勢を違えた者が居れば、公正に処罰する。これだけで彼らの反発心は大きく抑えられる。民衆とは家族と故郷が護られれば、大抵のことを甘受するからだ」

 カーパキエ侵攻軍参謀総長が策定した平定計画は実に明快だった。


『お行儀良くしろ』


 カーパキエ平定活動において、ナプレ王国軍は極めてお行儀よく振る舞った。もちろん統治のための宣撫活動だ。在来の領主貴族に変わってナプレ王国の貴族が貴方達の領主になりますが、いじめたりしませんよ、という訳だ。

 宣撫活動は徹底しており、略奪や婦女暴行などを犯した将兵を公開銃殺刑などに処している(我々は公平ですよ、というアピール。軍紀を乱すバカ共へ見せしめにもできる)。


 苛烈な掃滅戦に似た状況となった国境付近ではなかなか上手くいかなかったが、その他地域はカーパキエ住民が様子見を決め込む程度には、効果を上げている。


 もっとも、例外もあった。

 領地を没収される在来領主貴族達だ。


 カーパキエ王国滅亡に伴い、大多数の在来貴族はその貴族籍を『無効』とされた。領地は強制没収。馬車一台分の私財以外の持ち出し禁止の上、国外追放。事実上、カーパキエ貴族の掃滅が図られている。


 ナプレ王国はこのカーパキエ貴族一掃に脅嚇的な意味を持たせる気はなかった。単にカーパキエの直接統治と同化を図る一方策に過ぎなかった。


 が、ナプレ王国の侵攻に晒される危険が高い法王国やベルモンテ公国の国境貴族達は、恐怖した。奴らが来たら我々は何もかも奪われる。領地も財産も、貴族としての尊厳さえっ!


 また、降伏交渉中のベルモンテ公国は、ナプレ軍が思いの外強かったことに動揺していた。

 もしも、ナプレがベルモンテ国境を侵したら、とても防ぎきれない。


「もはや時間が無い」

 王太子ピエトロは呻く。身を蝕むほどの重責に頬がこけ始めている。


「まさしく、殿下」重臣が胃痛を堪えた顔で「ナプレは我が国の南部にも領土的野心を抱いております。早急に条件をまとめて戦から足抜けせねば、我が国の存続に関わります」


「ある程度の条件は受け入れるしかない。問題はヴィルミーナの件だ」

 ピエトロは疲弊した顔を苦渋に染める。

「公式な場で私が謝罪を表明し、此度の件の全責任を公文書化、関与した者達の法的処罰。クレメント大主教の提案通りにするしかない、が」


「激発を招きますな」

 王太子の言葉尻を先取りし、重臣は悲愴なほど顔を強張らせる。

「陛下の蠢動を考えれば、内乱へ至る可能性も否定できませぬ」


「それだけは避けねば。今、内乱など起こせば北からフローレンティア、南からナプレが攻め込んでくる」

 今にも吐血しそうな顔で呻き、ピエトロは真っ青な顔で呟く。

「陛下に“御退場”いただくしかないか」


「……残念ながら殿下。今、陛下に御隠れ頂いた場合、追い詰められた者達が暴発するやもしれませぬ。強硬策は博奕に過ぎます」

「ならば、どうすればいいっ!?」ピエトロは悲鳴染みた怒声を上げた。

 重臣達はピエトロの悲愴な問いに答えられない。

 ベルモンテの残された時間は少ない。



「乱が起きようと構わん、と発想が至らん辺りが愚息の限界よ」

 獄に繋がれている公王ニコロはそうせせら笑う。

「ベルモンテが乱れて困るのは列強も同じなのだ。降伏すると共に列強の兵を引き出せば良い」


「それでは、我が国は傀儡に成り果てますぞ」国王派の密使が顔を引きつらせながら「玉座に列強の王子を迎えさせられるやも」


「だからどうした。そんなものは一時に過ぎん。要は後継者が続かねば良い」

 ニコロは薄く嗤った。まるで悪魔のように。


 たとえ話をしよう。江戸幕府将軍となった徳川秀忠は娘を時の天皇へ嫁がせたが、どういうわけか生まれてきた”男児だけが”早々に夭折した。はてさてこれは偶然か。


 ともかく結果として、公武合体の天皇は生まれずに終わった。徳川の血が混じろうとも、主はあくまで朝廷の血筋が護られた。


 ニコロの言い分も同じことだ。たとえピエトロが除かれ、ベルネシアやクレテアから王子を玉座に迎えても、後継者を断ってしまえばよい。その後にピエトロの子か孫を玉座に据えれば、再びエスロナ家が至尊となる。


「大計とは10年20年先を見据えて練るものよ」

 くつくつと喉を鳴らし、ニコロは金壺眼をギラギラと輝かせる。

「ゆえに、ヴィルミーナを殺さねばならぬ。あれを殺し、その倅をピエトロの娘と契らせ、ベルモンテの玉座に座らせる。いずれ除くにせよ、やはりエスロナの血が望ましいからな」


「なんと」密使は思わず身震いし「しかし、ベルネシアが了承しましょうか?」


「する。腹のうちは納得できずとも、表向きは間違いなく、する」

 即答し、ニコロは口端を大きく歪めながら語る。

「ヴィルミーナの身代と影響力は一王族としては大きすぎる。あれとその血筋がベルネシア王家から除かれることは、ベルネシアとて利があるのだ」


「玉座を脅かしかねぬゆえ、というわけですな」と密使が頷き、どこか怯えながら「して、ピエトロ殿下の処遇は如何為さいます」


「あれはもう要らぬ。事が成就した後は廃す」

 ニコロは逡巡する振りすら見せず、言い放つ。

「ただし、あれの子供は傷つけずに確保せよ。エスロナとベルモンテの未来が掛かっておる」

「――はっ!」密使は半ば慄きながらその場を辞した。


 豪奢な檻の中に一人残ったニコロは、我が子のことなど一切考えず、エスロナ家とベルモンテの未来のため、策謀を練り始めた。

 ベルモンテに残された時間は少ない。


        ○


 女は怖い。

 男性が絶対の優位を持っていた時代でさえ、女達は食卓でサロンで寝室で絶大な力を振るってきたし、時には歴史を動かし、国家の命運さえ左右してきた。


 女は怖い。

 数々の女傑を輩出してきたレンデルバッハ家の女となれば、特に。


 王妹大公ユーフェリア・デア・レンデルバッハにとって、結婚とベルモンテで過ごした生活は魂の奥深くにまで刻み込まれた傷痕であり、心の芯まで焼灼した火傷痕だ。


 その傷痕や火傷痕が不意に疼く時――食事や入浴、睡眠、愛おしい娘や孫達と過ごしている時さえも、心を許した家人達と共にある時すらも、ユーフェリアは感情のままに叫び、何もかも破壊したい衝動に駆られる。


 その苦しみから酒や薬、安直な衝動の発散に逃げこまずに済んだことは、ひとえに家人やクライフ翁、少ない友人達などが献身的に支え続けたがゆえ。

 何より、娘のヴィルミーナがユーフェリアにとって、深く自己投影する自身の理想となり、代替幸福の手段になり、最大の誉れとなり、最高の誇りとなり、希望となったがゆえである。


 ベルネシア戦役の時、ユーフェリアも娘が後方勤務になるよう手を回していたのだから。ヴィルミーナが敵部隊と交戦したと聞いた時、ユーフェリアがどれほど取り乱したか。


 アンジェロ事件が起きた時、どれほど憎み恨んでも飽き足らぬベルモンテの手が、自分だけの天使たる娘を傷つけ、貶め、苦しめたことに、ユーフェリアがどんな感情に駆られたか。


 激昂などという言葉ではとても追いつかない。発狂という言葉ではとても足りない。

 だからこそ、ユーフェリア・デア・レンデルバッハは娘を傷つけられ、貶められたこの数カ月、冷静沈着に過ごしていた。


 既に決断し、行動を起こしていたからだ。



 その日、晩秋の昼下がり。

 ユーフェリアは自室で高価な羊皮紙の手紙に目を通し終えると、魔導術で瞬時に焼尽させた。超高熱で焼かれた羊皮紙は灰すら残らない。簡単に行ったように見えるが、周囲に熱を感じさせぬ見事な技は、壮烈な魔力量と精緻極まる魔力制御のなせる超一流の術だった。


「ネズミは“掛かった”」

 怖気を誘うほど冷たい声で呟き、ユーフェリアは水晶製のグラスに注がれたワインを口へ運ぶ。


「御祝着に」侍女長が優しく微笑む。

「おめでとうございます」執事長が柔らかく頷く。

 かつてユーフェリアが第二王女と呼ばれ、エンテルハースト宮殿で生活していた頃から仕えてきた2人。他にも古くから仕える者達は少なくないが、侍女長と執事長は身内の中の身内だった。


 2人に頷き、

「30年か」

 ユーフェリアの深青色の瞳に凄惨な憎悪が浮かぶ。


 色情狂の夫に寝室で弄ばれ、淫売共に嘲られ、田舎者共に侮られ、辱められた屈従の日々。今も魂と心に激しい苦痛をもたらす記憶。

「……クリス姉様が経験した惨苦に比べれば、私が短い結婚生活で味わった屈辱なんて、然程のことも無いのかもしれないわね」


「そのようなことございませぬ。“姫様”の御身に起きたこともまた、耐え難き惨苦でございました」

 侍女長が拳を固く握りしめる。

 かつて御付き侍女としてコルヴォラントへ共に赴いた彼女は、懐妊に恐怖して泣き縋るユーフェリアを抱きしめた日のことを、今でも覚えている。本来なら歓喜すべき妊娠に恐れ慄く主の姿に、侍女長がどれほどエスロナ家に深い怒りと恨みを覚えたことか。

 私の姫様によくも。私の姫様をよくも。


「貴顕婦女子がその身と人生を御家や御国のために捧ぐは宿命。なれど、姫様やクリスティーナ殿下が斯様な仕打ちを甘受せねばならぬ道理など、我ら侍従一同決して認めませぬ」

 執事長も深く首肯し、拳を固くした。

 かつて従者としてコルヴォラントへ赴いた彼は、向日葵のように明るく咲いていたユーフェリアが日に日に翳っていく様を忘れていない。特に初夜が明けた翌日、打ちひしがれたユーフェリアと、薄笑いを浮かべる下劣な夫君と尻軽共に対し、どれほど強い怒りを抱いたことか。

 俺達の姫様によくも。俺達の姫様をよくも。


 静かに激する2人を一瞥し、

「奴らは嗤い続けてきた。私を。私と娘を。私達を。挙句、私からただ一人の娘を奪おうとしている。私の娘をあれほど傷つけ、貶めただけに飽き足らず」

 ユーフェリアは無機質に言った。

「これは30年前の応報に非ず。王妹大公家の戦である」

 2人の老侍従は恭しく一礼した。


      ○


「王妹大公家から外資系貿易会社に多額の投資が行われており、その資金はクレテアに流れて以降、追跡不能です」

「ユーフェリアが何処と連絡のやり取りをしているかは?」

「いくつかの書簡がコルヴォラントに渡ったことは確認できました。いくつかのベルモンテ領主貴族に渡ったようです。内容はヴィルミーナ様の件で渡航した国教会の支援を求めるものだったと」

「間違いないのか?」

「情報統括局が掴んだ限りは。ベルモンテでは秘密警察や各国の諜報員が活発に動いておりますので、詳細の把握は難しいです」


 国王カレル3世と宰相ペターゼンのやり取りに一旦、間が開いた。

 そろそろ在位30年が見えてきた王と同じく在職30年に届きそうな宰相は、揃って溜め息を吐く。


「ユーフェリア様に関しては完全に見落としておりました。ヴィルミーナ様の後援に努めていらっしゃるものとばかり」

「俺もだ」

 宰相の見解に同意し、カレル3世は眉間を押さえる。

「ユーフェリアにとって、今や怨みの対象は俺とベルモンテだけだからな。そのベルモンテが溺愛する愛娘を害そうとしたのだ。黙って大人しくしているわけがない」


「殿下に御自重を“願い”ますか?」

 ペターゼンが踏み込んで進言した。


 強制拘束も含めた提案に、カレル3世は首を横に振り、

「藪を突けば竜が出てくるぞ。しかも2頭だ。相手にしてられるか」

 倦んだ顔で言った。

「とはいえ、妹を粛清したくはない。釘は刺しておけ。我が国や友邦が火の粉を被ることになれば、見過ごせんからな」


「かしこまりました。良きように図らいます」

 宰相は王が臨む最良の答えを返し、一礼して執務室を出ていった。


 残ったカレル3世は大きく息を吐き、頭を振る。

「まったくレンデルバッハの女は恐ろしい……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 貴族籍を失ったカーパキエの没落(?)貴族達は他国へ移っても後ろ楯が無いから邪魔者扱いだろうな。立場を弁えずに我が儘と散財やりそう。 [気になる点] ユーフェリアの仕掛けた罠(?)が発動。結…
[良い点] 魔女を排除しようとする悪辣の腐れ王も、まさか怒り静まっている魔女の影で親の大魔女にも地獄の炎のような憎しみで大弓が引かれているとは読みきれなかったか。どんな災悪がぶちまけられるのか楽しみで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ