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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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281/336

20:5

遅くなりました。

大陸共通暦1781年:王国暦264年:秋

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム

――――――――――

 ヴィルミーナは頬杖をつきながら報告書に目を通していた。


 ナプレ・カーパキエ国境に両国の軍が集結と展開を始めているという。特にカーパキエ側では現地領主が女子供老人まで村ごと徴募動員しているらしい。文字通り、根こそぎ動員だ。

 ナプレの宣戦布告が行われ次第、火蓋が切られるだろう。法王国の動向次第では宣戦布告が伸びるかもしれないが、カーパキエ侵攻は既に確定事項だ。覆らない。


「17歳、か」

 ヴィルミーナはぽつりと呟いた。


 カーパキエ王国の国王は国難の重圧に心神耗弱で臥せってしまい、17歳のアントニオ王太子が国王代理として全ての重責を担っているらしい。

 17歳の子供が小国といえども一国の運命を背負い、その最期を担う。

 惨い話だ。しかも、この悲劇には自分も大きく関与している。


 不意に、いつか17歳になるだろう我が子達が瞼に浮かんだ。あの子達もいつの日か戦場に立つ時が来るかもしれない。もし、あの冬に亡くした姉妹達のように命を落としたら……


 ヴィルミーナは報告書を執務机に放り、冷めてしまった紅茶を魔導術で温め直して口へ運んだ。憂鬱な気分を抱きながら熱い紅茶を口に含む。


 それでも、ヴィルミーナのタフな邪悪さがカーパキエに救済を認めない。

 戦後の地中海通商を安定させるため、ナプレにカーパキエを食わせて体躯を大きくさせなければならない。

 とはいえ、調教しない犬は猟犬にも番犬にもならない。そもそも首輪をつけねば、犬は飼い犬にならない。まあ、抜け目のないクレテア王が首輪と縄を用意するだろう。


「半島南部はナプレが押さえるとして、北部か」

 ヴィルミーナは別の報告書を手に取り、目を通していく。


 北部戦線はクレテア東部軍が冬の到来を前に再び圧力を強めていた。

 国土を蚕食されているランドルディア王国はカーパキエ同様に正規軍のみならず、領主貴族の私兵や民衆の徴募兵から傭兵まで搔き集めて戦っている。


 第一次東メーヴラント戦争でも似たような状況になったが、些少な時間稼ぎにしかならなかったと聞いている(カロルレン王国の“肉盾”部隊は、軍略に長けたカール大公の精鋭部隊に蹴散らされた)。


 クレテアの戦略方針としては領土的野心が強かったランドルディアを降伏に至らしめ、周辺国の降伏を促すつもりだった。戦勝賠償金は北部諸国にまとめて払わせる。負担比率は連中で話し合えば良い、その程度の認識である。賠償金次第では現占領地域を返還しても良い、とさえ考えていた。


 鍵はベルモンテやろな。とヴィルミーナは思う。


 降伏を申し出たベルモンテがどのように扱われるか。その結果次第では他国も降伏する可能性が高い。海軍を壊滅させられたフローレンティアとヴィネト・ヴェクシアは意気消沈しているし、モリア=フェデーラは本格的な戦禍が及ぶ前に足抜けしたがっている。国土を侵されながら徹底抗戦を続けるランドルディアも、名分が整えば矛を下げるかもしれない。


「思いのほか大変な仕事を任せてしまったわね」

 ヴィルミーナはベルネシア国教会のクレメント大主教に後ろめたさを覚えつつ、母の言葉を思い返す。


 御母様はニコロの悪足掻きを警戒せぇ、言うとったな。


 しかし、この情勢でクレメント大主教を害するだろうか。

 そのような凶行に及んだなら、ベルネシアは間違いなくナプレにこう告げるだろう。

『ベルモンテも食って良いぞ』


 ヴィルミーナとて、クレメント大主教を害されたなら、もはやベルモンテに情けを与える気はない。エスロナ家とベルモンテの民を諸共、地獄へ蹴り落とす。

 その程度の想像はニコロも巡らせる“はず”。


「でもまあ、あの手の連中に人間性を期待しても無駄だからな」

 ヴィルミーナは思わず毒づいていしまう。


 前世でうんざりするほど関わってきた経済界のロクデナシにサイコパスに詐欺師。裏社会のイカレポンチや人食い鮫。政府のクソッタレ共。

 この手の連中が如何に自己中心的で自己本位で身勝手な考え方をするか、ヴィルミーナは嫌になるほど味わってきた。


 連中から得た教訓は一つ。

 価値観やルールが違う人間は宇宙人だと思え。


 込み上がる強い不快感。同じくしてヴィルミーナの最も残忍な部分が甘い声で誘惑する。

 あの老いた負け犬の悪企みを踏み潰し、決定的な敗北感を与えてから地獄へ投げ棄ててやったら、どれほどに甘美だろう。


 ヴィルミーナは知らず知らず口端を歪めていた。


      ○


 幽閉されしベルモンテ公王ニコロ・ディ・エスロナは塔の最上階に監禁されて以来、鬱の気に駆られていたが、新法王セルギウス5世が聖座に就いた頃から、人が変わったように精気を取り戻していた。

 曲がっていた背筋が伸び、朝昼晩の三度しっかりした食事を摂っている。近頃では伽女を抱かず床につくこともないほどだ。


 この夜、ニコロは伽女の熟れた体を嬲るように貪ってなお、冷めない精力を知性に回している。

 ――愚息め。奸臣共め。皆が皆、貴様らの敗北主義を甘受すると思ったら大間違いよ。


 教戒神父や食事係、伽女を通じて“協力者”から、ニコロの許へ逐次情報が届けられていた。ニコロの悪態通り、政府も軍部も官僚も諸侯も民衆も、ピエトロ王太子の降伏を前提とした和平を受け入れてはいない。敗北によって“何か”を失う者達は誰もが降伏を容認しかねていた。


 列強相手の戦に負けること自体は仕方ない。だが、その敗北で自身が損することは別問題。土地財産や権益を失うなど御免被る。自分や家族が不幸になるなど冗談じゃない。


 クーデター時に法王国使節団と交戦したことで、教会関係者もピエトロ王太子とその賛同者達に表裏から反感と不信感を抱いていた。


 ベッドの縁に腰かけ、ニコロはサイドボードからグラスを手に取り、ワインを啜る。先ほど伽女と共に届けられた情報を思案する。

 ――愚かしい姪め。どのような事情から異端共を担ぎ出したか知らぬが、それは悪手よ。


 チェレストラ海の戦が終わった頃、ベルネシア国教会から接触があった。

 先代第三王子嫡女ヴィルミーナとエスロナ公王家の諍いを仲裁したい、と。


 ベルモンテの教会関係者はこのベルネシア国教会――北洋の異端たる開明派世俗主義者達の接触を、宗派的侵略と猜疑した。


 当然と言えば当然だ。エスロナ家は往時の法王、その一族によって法王国から分離独立した伝統派の御親藩。そんな由緒正しい伝統派国へ、異端が乗り込んで尊貴な血筋の御家争いを和解させる? 乗じてエスロナ家を異端に改宗させようと目論んでおるに違いない。いや、そもそもはピエトロ王太子のクーデターは異端に染まった第三王子嫡女の陰謀ではないのか。

 謀略に慣れ親しんでいるコルヴォラント・アッパークラスらしい勘繰りだった。


 そして、彼らは幽閉されているニコロを再び担ぎ出すべく動き出した。情報提供はその初手である。

 もちろん、ニコロとて彼らが自身を恃みにしている“だけではない”ことも承知していた。事が成れば良し、事が失敗したなら、もしくは、失敗せずとも、全ての罪科を押し付けるスケープゴートにする気だろうことを見抜いていた。恐怖政治を敷いてきたニコロを恐れ、恨む者もまた少なくないからだ。


 ニコロはこうした小賢しい企みを許容した。

 エスロナ家が王権を失うかどうか――ベルモンテの正統性を未来に繋ぐかどうかの瀬戸際なのだ。小人の浅知恵など些末な話だ。


 グラスを干し、ニコロは魔導灯の仄かな明かりを頼りに紙片へペンを走らせ始める。金壺眼に怪しい輝きを点しながら。


 ――このような場所に閉じ込めた程度で、余の叡智を封じられると思ったら大間違いぞ。誉れ高きエスロナの血を貶めんとする愚か者共。貴様らに教えてやろう。正統なる尊貴の血を護り継ぐとはどういうことなのか。しかとな。

 ベルモンテの老謀略家がインクで墨黒裂心の謀を編む。 


       ○


 ベルネシア国教会のクレメント大主教がベルモンテ公国特使コルベール提督と共に、ベルモンテへ入国した。


 異端たるベルネシア国教会の高位司祭が乗り込んできて『降伏条件を交渉し、エスロナ一族の不和を解く』という話は、ベルモンテ公国内を少なからず揺さぶった。


 信仰心が篤くない者や王室尊崇の念が乏しい者は『負けることになるけれど、戦争を終わらせられる』とか『王家の揉め事で俺達が苦しまずに済む』と期待した一方で、信仰心が篤い者達は『異端の司祭が我らに頭を下げろと抜かすか』と激怒したし、王室の崇拝者達は『なぜベルネシアに出ていった姫に我らの王が詫びねばならんのだ』と憤慨していた。


 そして、この世はしばしば賢人の深慮な振舞いより、バカ共の短慮な行動が世界を動かす。


 宮城前に群衆が集まり、ベルモンテ国旗を振り回しながら叫ぶ。

『ベルネシアの異端は出て行けっ!』『王よ、我らと共に剣をっ!』


 衛兵達も対応に苦慮していた。解散するよう怒鳴り散らしても群衆は引き下がらない。それどころか『敵へ降るために同胞を撃つのか!』と怒鳴り返す始末。


 クーデター以前のベルモンテ公国は公王ニコロの下、恐怖政治が敷かれていたことを考えれば、民衆が宮城に押しかけて物申すなどありえないことだった。


「抗戦派の教会が煽っているようです」

 高官がピエトロ王太子に報告する。

「不確かではありますが、秘密警察も動いています」


「秘密警察だと……っ!? 誰がそんな許可を出したっ!? 内務大臣のザンブロッタは拘禁しているはずだぞっ!」

 クーデター以来、満足に休めていないピエトロ王太子が強張った顔で詰問すると、高官は力なく首を横に振った。

「分かりません。おそらく“義挙”後に姿をくらませた秘密警察幹部や内務省筋だとは思いますが……」


「くそっ!」

 ピエトロ王太子は歯噛みしつつ、高官へ命じる。

「衛兵達に民衆へ発砲させるな。それと、間違ってもベルネシアの使者達に被害を及ぼすな。これは降伏云々以前の問題だ。外国の使者を宮城内で害されるなど、この国の歴史的な汚点となるぞ」

「はっ! 必ずっ!」

 高官は蒼い顔で首肯し、足早に去っていく。


 ピエトロ王太子は額を押さえ、疲れ切った顔で大きく息を吐いた。

「あと少し、あと少しだ……」

 自分に言い聞かせるように呟き、ピエトロ王太子は執務椅子から立ち上がり、会議室へ向かった。



「ようやっと本番だな」

 既に疲労困憊のピエトロと違い、クレメント大主教は活力に満ちていた。


 随行してきた自身の盟友ホッベマー主教他スタッフ、ベルネシア外務省の職員達と共に宮城内の客室で早くも打ち合わせを始めている。

 この時、客室の周囲では、外務省職員のためにベルネシア陸軍から送り出された護衛要員一個分隊と、教会関係者のために白獅子が提供した民間軍事会社デズワルト・アイギスの二個分隊が警備に当たっていた。


「民衆が随分と殺気立っております。もしかしたら怖いことになるやも」

 ホッベマー主教がやや心配そうに告げる。

「交渉も難航しそうな予感がしますな」

「やりがいがある仕事じゃないか」

 クレメント大主教は豪気に微笑み、苦難の交渉に臨む。


       ○


 交渉とは妥協点の探り合いだ。互いに歩み寄る姿勢を取れるなら、比較的つつがなく合意へ至るだろう。交渉後には笑顔で握手を交わし、祝杯を挙げられる。


 が、それはあくまで立場が対等な場合の話。某大手企業が下請け町工場をギュウギュウと締め上げるように、立場が明確に違えば、対等な交渉など望めるべくもない。

 ましてや戦勝国と敗戦国では。


「こ、この賠償金額は高すぎるっ! しかも、一括払いなどと……これでは我が国は破産してしまうっ!!」

「支払えない額ではないでしょう。貴国の海軍は手酷い損害を負われましたが、貴国の本土は未だ然したる戦禍を被っておらず、資産に瑕疵が付いておられないのですから」

 悲鳴を上げたベルモンテ大蔵官僚に対し、ベルネシア外交官は淡白に続ける。


「我が国において貴国の信用度は決して高くありません。分割払いした場合、利子を含めて貴国が必ず満額支払う保証が無い以上、我々が一括請求することは妥当です」

 もちろん、とベルネシア外交官は狡猾な狐のように口端を緩めた。

「減額交渉は受けますよ。代わりに貴国が何を差し出せるか、によりますが」


 敗戦国側が戦勝国に自身の言い分を呑ませた事例は少ない。

 限られた例を挙げるなら、スウェーデンはカルマル戦争に敗れながらも賠償金の分割払いを呑ませ、占領地を返却させ、賠償金支払い期間の相互不可侵を勝ち取った。フランスはナポレオン戦争に大敗しながらも連合国の要求を蹴散らして自領と権益を守り抜いた。

 前者はスウェーデン史上最高の名宰相オクセンシェルナの活躍であり、後者は外交史において燦然と名を輝かせるタレイランの手腕だ。


 もっとも……これらの事例は世界人類史に名を遺すほどの知性と才能を備えた優秀な賢人だからこそ成し遂げられたことであり、そんな人間はそうそう居ない訳で。

 まあ、幸いなことに、ベルモンテの外交担当者達はリッベントロップや松岡洋右みたいなスカタンではなかった。


「ナプレ王国が半島南部征服を企てており、協商圏側が容認していることは、我々も把握しています。我が国もナプレに能う限り援助することで、協商圏の負担を軽減する。それで減額は望めないだろうか」

 ベルモンテ外交官は顔を強張らせつつ、手札を切る。


 間違っても賠償金軽減のために領土や国家資産を切り崩せない。貴重な国家資産は戦後の立て直しに不可欠だし、領土を手放そうものなら反乱が起きかねない。それなら……軍人達に血を流させる方がマシだ。


 妥協点を巡り、鍔迫り合い染みた交渉が交わされる。

 ただし、世の中には双方が決して譲歩しない交渉というものがあり、裁判に至って司法の裁定が降っても承服しないケースもある。離婚における子供達の親権争いなどが良い例だ。どちらか一方が不利益を被り、交渉結果に強い不平不満を抱く。


 エスロナ家の不和も似たような事態を迎えていた。

 権威を損なったブルボン王朝が破滅した様を見れば、王侯貴顕にとって面目や名誉、権威が如何に大事なものか分かろう。王族や貴族にとって名誉や権威は文字通りの生命線なのだ。


「王妹大公嫡女ヴィルミーナ様は賠償や貴国における具体的な権威、権益を求めておられません。御自身と御家族、また御自身の財閥が被った不名誉を雪がれることをお望みです」

 クレメント大主教は慎重に言葉を編んでいく。


 なんせ相手のピエトロ王太子は現状、ベルモンテ公国元首であり、王家エスロナ一族の当主だ。それに、この場にはベルモンテ重臣と教会大司教が同席している(ベルモンテ枢機卿は法王選出会議のために法王国へ赴いて以来、帰ってこない。逃げたのだろう)。

 ただでさえ、宗教的な対立を根差しており、交戦国間の交渉だ。言葉一つ語気一つでどうなるか分からない。


「まず前提として」

 ベルモンテ大司教がクレメント大主教を睨みながら言った。老けた小鳥のような老人は嫌悪感を隠そうともしない。

「“先王第三王子御息女”は誤解しておられる。事の発端たるアンジェロ事件に我が国と王家が関与している、という話はあくまで風聞であり、確たる証拠があっての話ではない。それを一方的に断定し、謝罪を強いるというのは筋違いであろう」


 クレメント大主教は『こいつは今更何言ってんだ?』と内心で唖然となった。

「……大司教殿がおっしゃったことは殿下の、エスロナ家とベルモンテの総意ですかな?」


「我が従甥アンジェロと従妹ヴィルミーナを害したのは父である」

 ピエトロ王太子は即座に明言した。


「殿下ッ!!」と大司教が血相を変えるも、

「大司教。もはや卿の述べたようなやり取りを交わす段階ではない」

 疲れ切った声で、しかし念を押すように告げてから、ピエトロ王太子はクレメント大主教を真っ直ぐ見据えた。

「非は全て我が父とその配下にある。ただし、大主教殿。これだけは理解して欲しい。誤った手段、許されざる策ではあったが、父はそれほどにこの国が、この国の未来が追い詰められていると判断してのことであり、その判断は単純に誤りとも否定できぬ。その辺りを斟酌願いたい」


「相手の考えをよくよく聞き、尊重することは相互理解の第一歩であります、殿下」

 クレメント大主教は大きく頷く。

「ヴィルミーナ様は確かに此度の件を強く憤っております。しかしながら、和解の道を否定してはおられません。ゆえに拙僧がこの場におるのです」


 ピエトロ王太子が疲弊した顔にわずかな笑みを浮かべた隣で、大司教が苦虫を嚙み潰したように顔を歪めていた。


       ○


「交渉の進展は芳しくないようね」

 ベルネシア王太子妃グウェンドリンがヴィルミーナをちらりと窺う。三男一女を生んだ経産婦とは思えぬ圧倒的美貌は、ベルネシア最高の美女という称賛に相応しい。


「想定の範囲内よ」

 ヴィルミーナはさして興味無さそうに応じる。こちらも三児の母とは思えぬ麗貌の持ち主だ。その横顔は澄んでおり、陰りは見えない。


 秋の曇天。昼下がり。2人の美人妻はエンテルハースト宮殿の広大な庭園に佇む四阿にて、喫茶を楽しんでいた。


「今回の件ではグウェンにも随分と骨を折って貰ったわ。御礼の方は期待してちょうだい」

「御礼よりも平穏が欲しいわ」

 グウェンドリンは幼馴染の親友へ毒づくように応じ、探るように問う。

「まさかとは思うけれど……ベルモンテを徹底的に潰すための大義名分作りに、大主教様を餌にしたのではないでしょうね?」


「いくら私でもゴセック司祭様を謀った挙句、大主教様を生餌にするほど罰当たりじゃないわよ」

「どうだか」

 冷厳に告げるヴィルミーナに、グウェンドリンはこれ見よがしに溜息をこぼす。


 庭園は色とりどりの秋花に満ちていて、丁寧に剪定された植木は紅葉が進んでいる。四阿の周囲には衛兵がそれとなく展開しており、王太子妃付き侍女達が控えていた。

 筆頭侍女のヘレンが2人の白磁製カップに黒々とした紅茶を注ぐ。芳醇に香る湯気。


 ヴィルミーナは一切の瑕疵がない所作で熱い紅茶を一口飲み、鋭い眼差しで王太子妃をねめつける。

「ベルモンテもエスロナ家も、“姉妹達”の誠心と親愛を無下にしてまで潰す価値など無い。ただし……今回の件で生じた損失や経費はきっちり取り立てるし、必ず清算させる。鉄貨一枚たりとも見逃しはしない」

 言外に『誰にも文句を言わせない』と紺碧色の瞳が語っていた。


「まったく……いつまでもギラギラギラギラして」グウェンドリンは呆れ気味にぼやき「ヴィーナはちっとも変わらないわね」

「お褒めいただきどうも」

「褒めてないわよ」

 グウェンドリンが紅茶を口へ運んだところへ、鈍色の空が鳴き始めた。ぽたぽたと雨音が奏でられ始める。


 美人妻達が快い沈黙で雨に濡れる庭園を眺めていると、四阿に侍従が顔を覗かせ、筆頭侍女ヘレンに耳打ちした。


 ヘレンは微かに眉をひそめた後、敬愛する主と嫌いな同窓生へ告げる。

「ナプレ王国がカーパキエ国境へ侵攻を開始したそうです」


 報告を聞き、グウェンドリンが美貌を倦ませた。彼の地で起こる戦禍を思い、慨嘆する。

「戦火が広がっていくわね」


 ヴィルミーナは紅茶を口にし、そろそろと息をこぼした。

「すぐに終わるわよ」

今更ながら宣伝用にツイッター始めました。

多分、更新通知以外はあまり呟かないです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カーパキエは勝てない事が解っているのだからナプレの調略で何処まで内側から崩されるかな? [気になる点] さて、ニコロはどの様に[事態の先送り]の謀略を巡らすのだろ?クレメント大主教を殺し…
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