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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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280/336

20:4

お待たせしました。

大陸共通暦1781年:王国暦264年:秋

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム

――――――――――

 チェレストラ海の戦が終わって地中海が事実上、協商圏と聖冠連合帝国の制圧下に置かれても、地中海通商が正常化したとは言い難い。


 コルヴォラント半島では依然、戦争が継続していたし、コルヴォラント連合側にはわずかとはいえ、海上戦力が多少残っている。何より戦争当事国より戦争終結宣言が出されていない。

 当然ながら、保険会社や海運会社は『戦時料金』を継続する。地中海通商の金銭的負担は未だ改善していなかった。

 もちろん、この辺りについて関係者が喧々諤々の舌戦を繰り返していたが、『もしも船を沈められたら誰が責任をとって、多額の補償をするんだ?』というところに行きついてしまう。


「少なくとも、白獅子(ウチ)のように全てを自組織で完結出来ないところは、地中海貿易に戻れませんね。期間限定ですが、今なら市場を占有できます」

 テレサが不敵に微笑みながら眼鏡の位置を修正した。


「でも、リスクとコストが高いことも事実。あまり無理をしてほしくない」

「法務としても無茶をして訴訟沙汰は避けて欲しいわ」

 大金庫番ミシェルと法務部のトップを担うキーラが、悪人笑いを浮かべるテレサへ釘を刺す。


“侍従長”アレックスも渋い顔で言った。

「民間軍事会社の経費もかさんでいます。計画を見直す必要に迫られるかもしれません」


 戦争はとにかく金を食う。強力な飛空船隊ともなれば、氷が溶けていくように金が消えていく。ナプレ王国の南部諸国侵攻に合わせ、民間軍事会社の陸戦隊を送り込む予定になっているが……怖い数字が並ぶ経理報告書に、ヴィルミーナも眉間に皺を刻む。

「確かに戦前の予測よりも費用がかさんでるわね。この数字なの?」


「部隊維持費は想定内でしたが、武器弾薬等の物資消費が想定の1・8倍でした。特に滑空爆弾(キハール)の大量運用が響いています。また、ナプレ王国へ追加で飛空船6隻を派遣していますし……」

 エステルが言い難そうに告げた。


「ああ。結構な額と少なくない手間暇かけて送り込んだのにね……」

 ヴィルミーナは強烈な梅干しを齧ったような顔でぼやく。


 チェレストラ海の戦いに先駆け、ヴィルミーナはナプレ王国へ人員込みの飛空船6隻を提供した。しかも、裏口派遣だったためコストは割高(人に言えない悪さはお高くつく)。加えて、エスパーナ大乱絡みの連中がちょっかいを出してきて、その“お仕置き”もせねばならなかった。


 そこまで苦労して送り込んだというのに、チェレストラ海の決戦は聖冠連合とヴィネト・ヴェクシアだけで行われた。ナプレとモリア=フェデーラは『相手を牽制する』というお題目で終始睨み合いに徹したため、送り込んだ飛空船6隻は決戦に何も寄与しなかった。


 空回りってレベルやないで、まったく。

 仏頂面を浮かべるヴィルミーナ。


「ナプレにとっては“次”の南部諸国侵攻が本番ですし、飛空船は無駄にはなりませんて」

 荒事好きなマリサが山猫のように笑う。


「そうね。ま、そう思いましょうか」

 ヴィルミーナは静かに応じて白磁のカップを口に運ぶ。やや熱を失った紅茶で唇を湿らせ、全員をゆっくりと見回した。

「私達が地中海に目を向けている間にいろいろ動いている連中も多い。国内と協商圏内の様子にも留意しておいて」


 会議が終わり、側近衆達がそれぞれのオフィスに戻っていく中、デルフィネがヴィルミーナの許へ歩み寄って耳打ちした。


「ベルモンテの件です」

 デルフィネがどこか厳かに切り出す。

「教会と法王国の交渉は難航しているようです。それと、先だってクレメント大主教様が地中海へ赴かれました。エトナ海諸島でベルモンテ特使と面会するそうです」


「いよいよか」

 ヴィルミーナはデルフィネに問う。

「デルフィ。貴女の私見で良い。ベルモンテから具体的な回答が出るまで、どれくらい掛かると思う?」


 そうですね、とデルフィネは少し思案し、述べる。

「戦争自体の決着は年をまたぐと思いますが、ヴィーナ様の件自体は年内に筋道が通るかと。ナプレの半島南部侵攻が始まれば、時間を費やせませんからね。決着を急ぐはずです。ただ、その決着がヴィーナ様の御心に適うものかは分かりませんけれど」


「私自身が望んで教会に全てを委ねたのだから、結果を粛々と受け入れるだけよ」

 もっとも、とヴィルミーナは紺碧の瞳に絶対零度の酷薄さを湛える。

「奴らが私の謙譲を足蹴にするなら鉄槌を与えなければね」


「お顔。怖いですよ」

 デルフィネは小さく溜息を吐き、周囲をさっと見回してからヴィルミーナの耳元へ囁く。

「これは裏取りしていませんが……王妹大公殿下がクレメント大主教様に御協力していらっしゃるとか」


「御母様が? 本当に? 初耳なのだけれど」

 ヴィルミーナは静かに驚き、目を丸くした。


 王妹大公ユーフェリアのベルモンテ――エスロナ公王家嫌いは筋金入りだ。エスロナ家にまつわるあらゆるものを嫌悪し、忌避し、怨恨している。

 そんな母がヴィルミーナとベルモンテ(エスロナ家)の和解を前提に動く、クレメント大主教に協力?

 しかも、母からも教会からも、ヴィルミーナへ話が通されていない。

 なんとも不安になってくる。なんとも嫌な予感がする。


「……どうやら、母と話し合いが必要なようね」

 ヴィルミーナは麗貌を憂慮に満たし、砂を噛むように呟く。


 幼馴染の物憂げな顔を拝見し、デルフィネはさながら恋人のようにヴィルミーナの腕を絡め抱く。

「少しサボりましょう。今のヴィーナ様には甘いものが必要です」


       ○


 エトナ海諸島クアッディ島クレテア海軍泊地。

 大クレテア海軍地中海艦隊臨時司令部の一角にて、ベルネシア外交官とベルモンテ特使コルベール提督がようやっと顔を突き合わせていた。


「我々はエスロナ家の王位返上を望んでいません。今次戦争はあくまで経済摩擦の解決が主であり、最終的な目的は地中海通商の“健全化”です。貴国の王権や領有は考えておりません。我々としては王位返上などという突飛な解決手段ではなく、より実体的な解決を求めます」

 ベルネシア外交官が滔々とベルモンテ特使コルベールに語る。


 健全化、か。コルベールはその言葉の欺瞞が分からぬほど鈍くない。つまりは地中海通商の権益を協商圏と聖冠連合で二分し、我々はそのおこぼれで食っていけ、ということか。


 なんという屈辱。地中海を制していたのは我らコルヴォラント人だというのに。


 海軍将官のコルベールは『地中海は我らの海』という意識がある。が、その認識は正しくない。

 魔導技術文明世界の地中海は長らくメンテシェ・テュルクなどクナーハ教勢力が主導権を握ってきた。西コルヴォラントの制海権は実質、狭いエトナ海の中だけだった。


 ともあれ、ベルネシア外交官はエスロナ家の排除もベルモンテの国体や国土を侵さないと明言した。コルベールとしては歓迎せざるを得ない。


 同時に外交官の発言を鵜吞みにも出来なかった。

「しかし、貴国らはナプレ王国による半島南部の征服を容認している。仮にナプレが我が国の征服を企図した場合、貴国らは如何されるおつもりか」


「そうですね。あくまで仮の話となりますが」

 外交官は予防線を張ってから、淡々と語る。

「ナプレ王国による陸上進攻で貴国に降伏を迫ることになった場合。我々は貴国を滅ぼすことを望みませんが、ナプレ王国の犠牲に報いなければなりますまい」


 その恫喝染みた言い草にコルベールは強い反発を抱くも、拳を固く握りしめて深呼吸。

「……私も仮定の話をさせてもらうが」コルベールは前置きして「ナプレが我が国に迫る以前に降伏したならば、貴国らはエスロナ家より王権を取り上げたり、貴国やクレテア、聖冠連合から新たな王を迎えたりすることは無い。また、領土も安堵される。そう認識してよろしいか」


「ええ」

 カップを口に運んでから、外交官はコルベールへ冷淡な面持ちを向けた。

「しかしながら御留意ください。我々は貴国の降伏条件、戦争賠償に関し、早々妥協する気はありません。相応の贖いを請求させて頂きますし、責任も追及させていただく。結果として、領土の割譲なども生じるかもしれない。そのことも明言しておきます」


 むぅ、とコルベールは唸る。エスロナ家を玉座から蹴落とす気はないが、戦争責任を取らせることに変わりはなく、賠償金を払えなければ国土の割譲をもって贖え、と。


 禿頭を赤くしたり青くしたりしているコルベールへ、外交官はまるで取立人のように告げた。

「公王一族が王権返上を申し出るほど覚悟を固めてらっしゃるのですから、貴国なら誠意ある対応をしてくれるもの、と確信しております」


 ――このクソ野郎。

 コルベールは腹に力を籠め、喉元まで出かかった悪罵を飲み込んだ。


 ひとまず面会が終わり、コルベールは控室に移って休息を採る。

 身体も心も酷く疲れていた。祖国と王家を背負った話し合いはコルベールの心身を大きく擦り減らしている。

 だが、やり遂げねばならない。王家と祖国、家族や同胞達、子々孫々の未来が懸かっているのだから。


 コルベールは苦悶するように副官へ問う。

「次はベルネシア国教会の使者と面会だったな」


「はい、閣下。王太子殿下が強く危惧されていた先代第三王子御息女の件です」

 副官が憎々しげな面持ちで吐き捨てる。

「エスロナ家の人間でありながら、ベルモンテに仇なそうとは……異端の血が濃かったのでしょうか」


「止せ。どこに耳目があるか分からん」

 コルベールは副官をやんわりと叱り、疲れ顔に微苦笑を浮かべた。

「それに……王族同士の諍いは珍しいことではない。話し合いで解決が模索できるうちはマシだ。私の力で解決できるなら、それに越したことは無い」


「提督……」副官は大きく首肯し「自分に出来ることがあれば、何でも仰ってください。私の能力が及ぶ限り努めます」


「ありがとう。100万の援軍を得た気分だ」

 心から嬉しそうに応じ、コルベールは疲弊した体に力を籠め、立ち上がる。

「よし。行くか」



 そして、本日の面会第二試合。



「我らベルネシア国教会は王妹大公御嫡女ヴィルミーナ様より、本件の解決を正式に委任されております。こちらがヴィルミーナ様より頂いた全権委任状となります。また本書が本物であることは王妹大公ユーフェリア殿下とベルネシア総主教が保証しております」

 ベルネシア国教会からやってきたクレメント大主教が最高級羊皮紙の書類を卓上に並べ、自らが正式な使者であり、交渉人であることを示す。


「御確認させていただいた」

 コルベールは丁寧に一礼した後、異端とされる開明派の大主教へ語り掛けた。

「ベルモンテ王家とベルネシア王妹大公御嫡女の間に生じた不幸な事件は、小官も聞き及んでおります」


 身内の恥を明かすような顔つきで、コルベールは慎重に言葉を選ぶ。

「斯かるみぎり、ニコロ公王陛下が地中海不況と戦禍から我が国を救わんと策を巡らせた末、誠に遺憾ながら従甥孫アンジェロ殿下が御逝去され、ヴィルミーナ様に御怪我を負わせた挙句に大変な不名誉を被らせたと」


 クレメント大主教は慎重に話を聞き、小さく頷く。

 ニコロの悪意的謀略が不幸な行き違いのような言い回しは気になったものの、概ね正しい認識をしている。

「……では、貴殿はヴィルミーナ様がニコロ公王陛下へ強く憤慨しており、事の応報を求めておられることも、存じておられるわけですな?」


「ええ。事は小官のみならず公国首脳陣も共有して理解しております」

 それに、とコルベールは続けた。

「ヴィルミーナ様がベルネシア戦役においてクレテアに強力な経済攻撃を行い、また戦後にクレテア経済へ深刻な打撃を加えたことも、伺っております」


 根っこが武人であるコルベールは経済戦の恐ろしさを完全に理解しているとは言い難いが、このままだとヴィルミーナがベルモンテを貧困と窮乏の地獄へ突き落し、大勢の同胞に艱難辛苦を味合わせると認識していた。

 その恐るべき事態を防ぐために、ここにいる。


 コルベールは肚に力を入れてクレメント大主教へ向け、訴える。

「現ベルモンテ元首代行を務められるピエトロ王太子殿下は、ヴィルミーナ様がベルモンテに対し、クレテアへ行ったような経済侵攻を強く憂慮されております。戦禍が本国に及ぶこと、また戦後に恐るべき経済侵攻が生じることを防ぐべく、王太子殿下は協商圏と聖冠連合へ降伏を打診し、エスロナ家の王権返上も提案しました」


 小柄な老人の目を真っ直ぐ見据え、

「しかし、我が国にとってエスロナ家は建国時より奉戴せし王家にございます。臣民たる我らが我が身可愛さに王家を差し出すなどあってはならぬこと。さらには、ベルネシアを始めとする諸国政府はエスロナ家の王権返上を求めていないとの由」

 コルベールは慈悲を乞うように告げた。

「ヴィルミーナ様にエスロナ家とベルモンテへ御寛恕を願う術はないだろうか」


 クレメント大主教は大きく深呼吸し、返答する。

「当初、ヴィルミーナ様の御怒りは激甚でございました。謀略の主たるニコロ陛下はもちろんエスロナ一族全てに報復し、ベルモンテを貧苦の泥沼へ沈めると本気で御考えであられた。そして、ヴィルミーナ様にはそれが可能なのです。エスロナ一族を根絶やしにすることも、ベルモンテを大陸西方圏で最貧の地獄にすることも。ヴィルミーナ様ならば、出来るのです」


 生唾を飲み込んだコルベールへ、クレメント大主教は話を続けた。

「然りながら、ヴィルミーナ様は従兄であられるピエトロ殿下の御覚悟を知り、エスロナ家とベルモンテを赦しても良い、と御考えになられた。本件を委任された当教会も信徒ヴィルミーナ様が憤怒と憎悪から解放され、心に平穏が得られるよう務めるつもりです」


「心より感謝する」とコルベールが安堵しながら一礼した。

「コルベール提督殿。礼にはまだ早い」

 クレメントは柔らかな微苦笑をこぼし、顔を引き締めた。

「当然ながら、ヴィルミーナ様は策謀を企てた主犯たるニコラ陛下を始めとする関係者に処罰を求めるであろうし、ピエトロ殿下とベルモンテは正式な謝罪をせねばなりますまい。すなわち、事は国の面目が関わってきます。さらには、開明派と伝統派、宗派の問題も無視できません」


「それは、確かに……」とコルベールも苦悩顔で頷く。

 ベルモンテ公国は往時の法王の子を奉じて興された国だ。フローレンティアと並ぶ伝統派国の中の伝統派国であり、コルヴォラント有数の尊貴な一族なのだ。そんな国のそんな家が異端に頭を下げる、という事態を周囲が容認するか?


「国内の教会関係者はもちろんのこと、法王国からも強烈な横槍が入りますな」

 ピエトロ王太子がクーデターを起こした際、法王国関係者の犠牲を出したことも、この場合はネガティブな要素となる。最悪、今度はピエトロ王太子に対するクーデターが起きかねない。


「我々も本件の根回しをすべく、法王国と接触を試みているのですが……交渉の窓口すら得られぬ有様でしてな」

 クレメントも苦渋顔を湛えた。

「そういう意味でも、コルベール提督殿の御協力を強く願いたい」


「相当な困難な道程になりますな。茨道の方がまだ歩き易いでしょう」

 コルベールが思わず呻き、クレメントも眉を大きく下げて慨嘆した。

「お互い、大変な苦杯を与えられたようですな」


 大変な重責を担わされた2人は、無言で握手を交わした。


        ○


 ヴィルミーナは10代の頃から日本食の再現を試みている。依然、完璧な和食の再現は出来ていないが、いくつかの日本食は及第点で成功していた。


 秋の半ば過ぎ。北洋沿岸のベルネシアは植え込みや街路樹は紅葉が進み、一部地域には冬の勇み足があり、霜が降り始めている。そんな昼飯時、食卓に並ぶ子供達がニコニコしながら昼食を待っていた。


 チェレストラ海の戦が聖冠連合帝国の勝利で終わり、曲りなりにも地中海通商航路が再び確保されたため、白獅子財閥を筆頭に地中海貿易に関わる企業は忙しい。白獅子総帥としてヴィルミーナも多忙だった。

 それゆえに、ヴィルミーナは時間をなんとか捻出し、子供達を過ごす時間を確保していた。前世でついに得られなかった我が子達を得たのだ。そんな子供達に寂しい思いをさせては、何のために二度目の生を歩んでいるのか分からないではないか。


 というわけで、この日、ヴィルミーナは子供達のために手ずから昼食を作った。


 地中海産の米を一口大の鶏肉と、みじん切りした玉葱とピーマン、ニンジンと共に炒め、トマトソースで味付けし、チキンピラフを作成。卵と牛乳をよく攪拌してとろふわオムレツを作り、チキンピラフの上に乗せて、トマトソースを掛ける。付け合わせは炒めたジャガイモとほうれん草。


「「「おいしい!!」」」

 子供達はオムライスを食べて御満悦。ヒューゴとジゼルが揃って口の周りをトマトソースで赤くしていた。子供達はピーマンが苦手だが、みじん切りにすると気にせず、いや、気付かず食べる。


 ヴィルミーナ自身はオムライスではなく、母ユーフェリアと共に鶏肉のソテー・トマトソース掛けを食べた。この日、仕事から帰ってきたレーヴレヒトが子供達からオムライスの話を聞き「俺もヴィーナの手料理を食べたかった……」としょんぼり。


 子供達がデザートのカボチャのブリュレを美味しそうに食べている様を横目にしつつ、ヴィルミーナは母へ小声で問う。

「御母様。クレメント大主教様に御協力されていると伺いましたけれど」


「可愛い娘が大変な難事を委ねたのよ。ママが知らん顔しているわけにいかないでしょう」

 何をいまさら、とユーフェリアは小さく嘆息をこぼし、老いを感じさせない顔を曇らせる。

「一応、ママは法的に今でもベルモンテ先代公王第三王子の妻なのよ。クレメント大主教様に御助力差し上げないと、面目が立たないじゃない」


「ごめんなさい、御母様。思慮を欠いていました」

 正直に言って、ヴィルミーナは母がこの件に干渉をしてくるとは思わなかった。様子見に徹したうえで状況次第で介入を打診してくる、そのくらいだと思っていたのだが……


「まあ、助力といってもさして出来ることは無いけれどね。私にはベルモンテに伝手というほどものも無いし。ただ、世情が世情でしょう? 今ならママの名前を出せば、耳や手を貸す者はそれなりに居るわ」

 ユーフェリアはどこか不快そうに語り、カップを口元へ運ぶ。黒々としたイストリア製紅茶には風味付けに蒸留酒が垂らしてあった。

「ヴィーナ。気を付けなさい。ドブネズミは生き意地が汚い。必ず悪足掻きするわよ」


 なるほど。御母様が動いた理由はそれか。

 ニコロのことを示唆されたヴィルミーナは大きく頷く。合点がいったし、納得した。

 自身の怠慢と愚かさで大きな代償を支払わされた。同じ轍は踏まない。決して。


「むずかしいお話?」とヒューゴが心配そうに尋ねた。

「ちょっとだけね」

 ユーフェリアは愛娘の次男へ優しく微笑み、ヴィルミーナへ言った。

「子供達の前だし、不愉快な話はここまでにしておきましょう」


「はい。御母様」

 ヴィルミーナは母の提案へ素直に頷き、子供達との団欒へ意識を注ぐ。

 同時に心の底で真っ黒な炎が燃えていた。


 ベルモンテの腐れ鼠。仕掛ける気なら掛かってくるがええわ。

 その時がお前の終わりや。


      ○


「いやぁ。大冒険だったね」

 ギイが無精髭塗れの面に苦笑いを湛え、

「お前のせいでな」

 カイが無精髭塗れの顔で悪態を吐き、

「旦那方のおかげで酷ェ目に遭いましたよ」

 傭兵が無精髭面いっぱいに疲労を湛えた。


 法王国オルゴネーゼ伯領で行われた秘密作戦において、飛空船による脱出に失敗した彼らは、追手の裏を掻くべく法王国を縦断してランドルディアに潜入。数週間の逃避行の末、前線を超えてやっとこさクレテア軍に合流した。


 そして、ベルネシア王国観戦武官ユルゲン・ヴァン・ノーヴェンダイク中佐は親友達との再会を喜ぶべきか、戦時下の無謀な振る舞いを叱り飛ばすべきか、思案して……

「とりあえず風呂に入れ。お前ら、濡れた犬より臭いぞ」


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― 新着の感想 ―
[一言] つかの間の家族との段落で一息つくも、事態がどうなるかハラハラワクワク。 今後も楽しみにしています。
[気になる点] ニコロは以前逆転の策としてヴィーナさまの暗殺を考えていたからなぁ…幽閉中なのに外の状況(新法王の演説など)を知る手段も在るみたいだから反王太子派のベルモンテ貴族と繋がっているのかな? …
[一言] お金がないならドラッグビジネスに手を付けましょうよ。 何世紀経とうとも立ち上がれないだけの懲罰というのを見てみたいです。 放っておけば勝手に死に絶えますよ。
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