閑話31:ヴィネト島沖海戦概略
お待たせしました。
波浪穏やかな秋の昼下がり。ヴィネト島沖合。
海が燃えていた。
海上を黒煙が満たし、幾重もの砲声が轟いている。濃霧の如く立ち込める黒煙の中できらきらと青い砲火が煌めく度、真っ赤な爆炎の花が咲き乱れ、巨大な水柱が何本も立ち昇る。
聖冠連合帝国海軍の帝国艦隊とヴィネト・ヴェクシア海軍第一艦隊の決戦……否、それは一方的な破壊と殺戮だった。
帝国艦隊の戦列艦群がヴィネト・ヴェクシア第一艦隊の単縦陣へ横隊のまま殴り込み、各個にヴィネト・ヴェクシア軍船を撲殺している。
むろん、ヴィネト・ヴェクシア軍船も必死に砲撃を繰り返していた。前装式とはいえ施条砲だ。砲弾も炸裂弾や榴弾である。木皮木骨船などたちまち破壊される。はずだった。
「打てェッ!!」
ヴィネト・ヴェクシア海軍砲術長が煤塗れの顔で吠え、砲列甲板に並ぶ前装式施条砲の群が一斉射を放つ。魔晶炸薬の青い砲火と金属的な轟音。煌めく励起反応の残滓。反動で勢いよく下がる砲架車。黒煙を引き裂きながら飛翔する砲弾の雨は、わずか数十メートル先の聖冠連合帝国戦列艦に次々と当たり――
全てが弾かれて着水、あるいは船体表面で爆発した。
「ちきしょうっ!!」
それは、この戦いで散々繰り返されている光景だった。
帝国艦隊の戦列艦は船体に白獅子財閥製添加鋼の薄鋼板とゴブリンファイバーを張り付けていた。装甲化によって鈍足化する代わりに、圧倒的防御力を発揮している。
砲撃を食らっても平然としている帝国艦隊の装甲戦列艦は、横っ腹に並ぶ単列砲郭の大口径砲を傲然と蠢かせ、砲口をこちらに向けた。
「――くそったれっ!」
その悪罵が砲術長の遺言となった。
装甲戦列艦は舷側砲郭群の大口径砲を一斉射し、眼前のヴィネト・ヴェクシア海軍フリゲート艦を砲術長諸共に打ち砕き、大炎上させる。
同様の光景があちこちで繰り広げられていた。
装甲戦列艦が敵船の砲撃を撥ね退けながら、駐退復座器付きの後装式大口径砲を矢継ぎ早に撃ち、敵船を片っ端から破壊し、炎上させ、沈めていく。
ヴィネト・ヴェクシア軍船の中には砲戦を諦めて肉薄し、移譲白兵戦を試みる船もあったが、そうした船は帝国の連装機関銃や上甲板小口径砲の散弾で、接近前に水兵を殺戮された。
確率論的に砲弾が装甲を打ち抜いたり、砲郭に命中したりする例もあったが、全体としては少数であり、装甲戦列艦の船体破壊は極めて困難だった。
帝国艦隊の戦列艦群は羊の群れに飛び込んだ熊の如く、一方的にヴィネト・ヴェクシア海軍の軍船を蹴散らしていく。
乱戦の外縁では帝国艦隊のフリゲートと小型砲艦の戦列で待ち構えており、戦場から逸れるヴィネト・ヴェクシア軍船に群れで襲いかかっている。
今やヴィネト・ヴェクシア第一艦隊は壊滅しつつあった。
破壊され尽くした戦列艦が幽霊船のように漂い、フリゲートが松明のように燃えている。小型砲艦は容易く爆砕されて沈んでいく。海面には夥しい船体木片や装具が浮かぶ。生存者も死者も波間で揺れている。
ヴィネト・ヴェクシア海軍の旧式小型砲艦『家鴨』号は、一発食らっただけで航行不能に陥った。船首が半ば水面下に沈み、辛うじて浮かんでいる。生き延びた水兵達は負傷者の手当てをしつつ、茫然と眺めていた。
圧倒的な鉄と炸薬の投射により、味方の船が殴り殺されていく様を。
聖冠連合帝国海軍の暴威により、戦友達が魚の餌にされていく様を。
太陽が西の水平線に近づきかけた頃、ヴィネト・ヴェクシア海軍第一艦隊はついに音を上げた。傷だらけの旗艦『ヴェクシア・ディ・グローリア』が残存艦艇を率いて戦場から撤退を図る。
戦場から逃れようとするヴィネト・ヴェクシア第一艦隊を帝国艦隊のフリゲート群が襲い、損傷して弱っている船を優先的に破壊し、拿捕していく。まるで群狼のように。
戦場に残されたヴィネト・ヴェクシア軍船は沈みかけているか、燃えているか、破壊され尽くして漂っていた。夕日が照らす海面から潮騒に混じって悲鳴や呻き声、助けを求める声が伝わってくる。早くもやってきた肉食性海棲モンスターや魚が死体や肉片を突いていた。
ヴィネト・ヴェクシア海軍第一艦隊の損害は……脱出できた艦船を上げる方が早い。
旗艦を含めて二等戦列艦3隻、フリゲート4隻、小型砲艦4隻。それ以外の船は撃破/撃沈されたか、拿捕された。帝国が拿捕した艦船の多くは修復困難と見做され、戦闘後に資材を回収後、自沈させられた。
対する聖冠連合帝国側の損害は、フリゲートや小型砲艦に撃沈や炎上大破がそれなりに生じていた。装甲戦列艦群も敵中に突っ込んで乱戦を繰り広げたため、無傷の艦は一隻も無かったし、中にはマストを全てへし折られた艦もあった。それでも、撃沈した船は無い。
まさしく完勝だった。
この日、聖冠連合帝国はチェレストラ海と東地中海を掌握した。
○
1781年当時、ヴィネト・ヴェクシア海軍は主に4つの艦隊を保有していた。
主力艦隊である共和国海軍第一艦隊。ヴィネト島防衛を担う第二艦隊。聖冠連合帝国と接するヴェクス湾に配備されたヴェクス湾防衛艦隊。そして、民間武装船舶からなる義勇武装船連合。
対する聖冠連合帝国海軍は主に3つの艦隊を有していた。
聖冠連合海軍の中核たる帝国艦隊。帝国沿岸部の海上防衛を担う沿岸防衛艦隊。そして、新鋭の地中海通商護衛艦隊。
戦力比で言えば、5:3でヴィネト・ヴェクシアが優位であり、ここへヴィネト・ヴェクシアにモリア=フェデーラ公国海軍が、聖冠連合にはナプレ王国海軍とベルネシア民間軍事会社が加わり、戦力比は概ね7:4になる。
戦列艦や軍用飛空船に限れば、また違ってくるが、概ね数の利はヴィネト・ヴェクシア側にあった。
最も注目すべき点は、ヴィネト・ヴェクシア海軍が中世から数百年に渡ってノウハウと経験を積んだ海軍であること。例えるなら、地方大会レベルの古豪野球部のようなものだ。
一方、聖冠連合帝国海軍は元々沿岸警備隊程度の組織だった。新体制に移ってたかだか10年。新編の通商護衛艦隊に至っては創設5年。
海軍の育成にはウン十年、下手すりゃ100年単位の時間が求められる。
かつて世界第二位の大艦隊を整えたドイツ帝国が地域海軍から抜け出せなかったように。艦隊を備えることと、海軍という組織を構築して育成することは、まったくの別問題なのだ。
例えるなら、この当時の聖冠連合帝国海軍は器材や設備だけ整えた新設野球部みたいなものだ。
実際、聖冠連合帝国がソルニオル事変後に海軍の増強を開始した時、ヴィネト・ヴェクシアの危機感が薄かった。
貿易や諜報によって聖冠連合の地中海通商が急速に拡大していることを把握し、将来的にチェレストラ海はもちろん、地中海の権益掌握に動くことを予期しながらも。
歴史ある海軍国家の自負か、傲慢か。『海軍は一朝一夕に増強できない』という経験則もあっただろう。聖冠連合帝国が自腹で海賊や海棲モンスターを潰して回るなら好きにさせてやろう、と余裕を見せる者すらいた。
一部の者は将来を見通して政治交渉なり何なりで聖冠連合帝国に接触し、海軍増強に楔を打っておくべきだ、とも提案していたが、当時はソルニオル事変に伴う地中海情勢の不安定化も背景にあった。
まあ、コルヴォラント人は周辺地域の動向に反応が鈍い。東レムス帝国が滅び、メンテシェ・テュルクに灰狼海権益を奪われた時もそうだった。聖冠連合が東征を始めてディビアラント権益が損なわれた時も、ソルニオル公爵家が地中海の裏社会を牛耳った時もそうだった。
ヴィネト・ヴェクシアが危機感を覚えたのは、聖冠連合帝国海軍の軍制改革が進み、戦列艦の大規模改修と新型フリゲートの建艦が始まった頃だ。
聖冠連合帝国は戦列艦の船体に白獅子財閥製添加鋼の鋼板とゴブリンファイバーを張り付ける装甲化。加えて、複層砲列甲板を取り払い、中退復座器付の後装式大口径砲を用いた単列砲郭を配置。
木造船に装甲を張り付けるというアイデアは珍しくない(鉄甲船とか)が、莫大な費用が掛かる(産業革命以前の鉄や鋼は安いものではない)し、帆布推進や木骨に対して船体重量が過大になり過ぎる。
この戦列艦の装甲化改修を、ヴィネト・ヴェクシアは近海運用を前提とした“決戦兵器”と認識した。
また、新型フリゲートが大型規格で、舷側砲郭を採用していることも、ヴィネト・ヴェクシアの不安を強くさせた。
艦船の数や軍の経験とノウハウは確かにヴィネト・ヴェクシア海軍が優る。
ただし、ヴィネト・ヴェクシア海軍は予算問題から議会に船舶や装備の更新を阻まれていた。戦列艦から小型砲艦まで搭載火砲は前装式施条砲のままだった。皮肉にも前装式施条砲の威力や射程が後装式砲に劣らなかったことも更新を阻んでいた。
こうしてヴィネト・ヴェクシアが徐々に不安を大きくしている間に、聖冠連合帝国海軍が自力で地中海通商の海路保安を行い始める。
新編の通商護衛艦隊を筆頭に物凄い勢いで訓練や演習を重ね、実戦訓練として有害海棲モンスターや海賊の駆除に勤しんだ。稚拙極まりなかった艦隊運動も今次戦争が迫る頃には、一端の水準に到達していた。
ここに至り、ヴィネト・ヴェクシア側も笑っていられなくなった。
聖冠連合帝国海軍侮りがたし、と。
一周遅れだった。
そして、今次戦争が発生。ヴィネト・ヴェクシア共和国は戦争の推移を見守った末、情勢の急変と戦後の地中海世界を見据え……新法王の就任演説を聞くに至り、決意した。
こりゃもうだめだ。すぐにでもこの戦争から足抜けせねば、えらいことになる。
国家の運営方針と経済的実情から、最低でもチェレストラ海。能うならコルヴォラント半島南端までの東地中海の海上権益を掌握したい。これは海洋国家として存続する絶対条件だ。
よって、海戦で聖冠連合帝国海軍をしばき倒して海軍力を示し、協商圏側に譲歩を引き出す形で講和したい。講和締結のためなら、コルヴォラント連合から手を引いてランドルディアの背中を刺しても良いし、協商圏に“属国”モリア=フェデーラ公国の征服を認めても良い。なんならナプレ王国の半島南部征服に手を貸しても良い。
商人気質の強いヴィネト・ヴェクシア共和国は根回しを忘れない。帝国との決戦へ挑む前に、アルグシア連邦やサンローラン共和国に打診している。
しかし、講和条件の交渉が始まるより先に聖冠連合帝国が動いた。否、講和の動きを察知したがゆえに動いたのかもしれない。
もはや是非は無し。
ヴィネト・ヴェクシア共和国の興亡、この一戦にあり。
帝国艦隊を打ち破り、共和国に栄光をもたらすべし。
斯くて、ヴィネト・ヴェクシア共和国は一周遅れの危機感を抱きながら、チェレストラ海の決戦に臨んだわけだが……
○
後年、ヴィネト・ヴェクシア海軍幹部が発表した回想記によれば――
『当時の我々は聖冠連合帝国の装甲戦列艦と新型フリゲートに強い危惧を抱いていた。先立って行われたエトナ海諸島沖海戦の結果も、作戦に強い影響を与えていた。『ウォーハンマー作戦』はそうした諸々の条件を踏まえて立案された』
ヴィネト・ヴェクシア共和国は聖冠連合帝国と雌雄を決する戦いにおいて、『ウォーハンマー作戦』を計画していた。
作戦概要を順序立てて説明しよう。
1:第一艦隊は本国沖で、第二艦隊はヴィネト島沖で集結。
2:第二艦隊は先立って帝国艦隊と接触。持久戦を行いつつ帝国艦隊を足止めする。
3:第一艦隊と武装船連合で交戦中の帝国艦隊を強襲。これを撃滅する。
第一艦隊と第二艦隊の作戦調整は両艦隊と武装船連合、各地から抽出した飛空船部隊が当たる。
飛空船の抽出は各艦隊や各地の防空能力低下を招くが、聖冠連合帝国海軍は元より軍用飛空船が多くない。危険性は許容し得る範囲と見做された。
ここに最初の大きな誤認が生じる。
聖冠連合帝国はベルネシア民間軍事会社――デズワルト・アイギス社飛空船部隊を雇用していた。開戦以来、コルヴォラント沿岸を荒らし回っている危険な戦争鯨達だ。
が、ヴィネト・ヴェクシアは正規海軍同士の決戦に傭兵部隊など用いない、と勝手に判断してしまった。そもそも自分達が傭兵を利用しているというのに、だ(武装船連合は事実上の傭兵だったし、何よりヴィネト・ヴェクシアは伝統的に傭兵を重用してきた)。
そうして彼らが軽視したデズワルト・アイギス社の飛空船部隊、空中指揮管制船『エル・アライラー』は強力な捜索追跡能力と魔導通信能力を持っており、ヴィネト・ヴェクシア海軍の動きを捕捉し、魔導通信を傍受していた。
この頃、ヴィネト・ヴェクシア共和国はベルネシア民間軍事会社の夜間空襲を避けるため、艦隊を分散配置している。第一艦隊は本国の首都近辺に、第二艦隊はヴィネト島の各地に、武装船連合は共和国各地に分散していた。
『ウォーハンマー作戦』を実施するためには、各地に分散している小部隊や個艦を泊地から出さねばならない。
そうした動きと連絡のやり取りを、デズワルト・アイギスは全て捕捉していたのだ。
同社から情報提供を受けた帝国海軍通商護衛艦隊の司令官ナーダシュディ少将などは、手記に興奮気味の記述を残している。
『ヴィネト・ヴェクシアは我々に手柄を上げてくれと言っているようだ。彼らの期待に応えるべく、全力を尽くそう』
こうして、ベルネシア民間軍事会社と通商護衛艦隊はヴィネト島の第二艦隊を狙い、集結を図る小部隊や個艦を積極的に襲った。
注目すべきは、通商護衛艦隊であろう。
ナーダシュディ提督が率いる通商打撃艦隊は、大型フリゲート6隻と快速コルベット6隻、重装飛空船1隻と飛空短艇2隻、飛空竜巣船1隻――翼竜騎兵部隊を積んだ大型飛空貨物船――からなる小規模な機動艦隊だ。
通商護衛艦隊は作戦行動を払暁前と薄暮時に限定した。
提督が鍛え上げた翼竜騎兵達は薄闇の海面を飛んで敵船へ忍び寄り、際で一気に上昇離脱しながらマストへ火炎系魔導術を放つ。反復攻撃はしない。マストを焼いて足を奪うだけ。
そうして獲物の足を止めたところへ、大型フリゲートが砲郭を活かして敵の砲列射角外から一方的に殴り殺す。小型砲艦や武装商船等は快速コルベットと重装飛空船が血祭りに上げていった。
第二艦隊は集結完了までに戦列艦1隻とフリゲート3隻を沈められ、戦列艦3隻とフリゲート4隻に戦闘困難な損傷を被り、多数の小型砲艦や補助艦艇、武装商船を失った。主力艦艇の損害は許容範囲だった。
しかし、捜索哨戒や作戦支援を行う補助艦艇が多数失われたことは無視できない。それに、武装船連合の士気が急激に低下したことも問題だった。
ここで第二艦隊の司令官ミッコーリ中将は損害の大きさを鑑み、帝国艦隊との接触を諦めてヴィネト島軍港へ退避を命じる。
『ウォーハンマー作戦』の計画が崩壊した瞬間だった。
第二艦隊がヴィネト島軍港に逃げ込むと、民間軍事会社が滑空爆弾キハールによる空爆を開始した。
通信傍受等から敵に航空戦力が無いと知っていた民間軍事会社は、白昼堂々と有視界内まで接近し、対空砲の射程外から一方的に滑空爆弾を叩きつけた。挙句、現地海上で滑空爆弾の補給を行うほどの舐めっぷりを披露する。
第二艦隊もヴィネト島も防空の要となる飛空船は抽出されており、対空砲の射程外にいる戦争鯨達を落とす手段はなく、撃ち込まれる滑空爆弾を撃墜するしかなかった。勇敢な翼竜騎兵達が片道切符で出撃するも、強力なグリルディⅣ改修型や飛空短艇に撃破された。
民間軍事会社は滑空爆弾を打ち尽くすと、お得意の夜間空襲に切り替えて第二艦隊と軍港を殴り続けた。
この間、第二艦隊と海軍司令部の間で、次のようなやり取りが幾度も交わされている。
第二艦隊:我らヴィネト島軍港に退避中。至急の救援を求む。
総司令部:貴艦隊の責任で万難を排し、早急に出撃せよ。
第二艦隊:敵飛空船隊の空爆による損害大なり。出撃困難。救援を求む。
総司令部:貴艦隊は作戦を台無しにしようとしている。即時出撃せよっ!
第二艦隊:我が艦隊は軍港と共に壊滅しつつあり。作戦の遂行困難。救援を求む。
総司令部:共和国の存亡が掛かっているんだぞっ! さっさと出撃しろっ!!
結局、第二艦隊は空爆と夜襲で半ば壊滅し、残余は終戦までヴィネト島軍港に籠り続けた。
かくして『ウォーハンマー作戦』は破綻した。
第二艦隊はろくに戦わぬまま失われた。武装船連合はすっかり戦意が萎えてしまい、役に立ちそうにない。
ある意味でこの計画頓挫が、ヴィネト・ヴェクシア第一艦隊の海軍魂に火を点け、腹を括らせた。
第二艦隊が不甲斐無く壊滅したまま終戦を迎えたなら、ヴィネト・ヴェクシア海軍の名誉はどうなる? 戦後にどんな扱いを受ける?
男性原理的浪漫思想の強い時代である。男達は臆病者扱いされるより死んだ方がマシと“本気で”考えている時代だ。
『たとえ、この決戦に敗れるとしても、ヴィネト・ヴェクシア海軍の意地を見せねばならぬ』
○
聖冠連合帝国海軍は装備を揃え、鍛錬と研鑽を重ね、されど艦隊戦の経験が乏しい艦隊だった。
言葉はアレだが、風俗慣れした素人童貞みたいなものかもしれない。
大規模な艦隊決戦の経験が皆無な彼らは、取り寄せられるだけの海戦記録を取り寄せ、
『既存の単縦陣決戦は労苦と損害に対し、成果が乏しいのではないか? それに、新型火砲と砲弾の登場により一等戦列艦すら沈むようになっている。既存の海戦理論は現状の兵器体系と適合しているのか?』
これがイストリアやベルネシア、クレテア、エスパーナのように豊富な海戦経験を持つ国々なら、経験則によって築き上げた戦術や戦略に疑問を抱かない。時勢や技術の変化に合わせて適時改善していく。
ところが、聖冠連合帝国は知識があれども経験がない。知識の正否に確たる裏付けがない。
先入観を持たぬ彼らは、常識に囚われぬ想像力と挑戦心があった。
『装甲戦列艦の横隊を敵単縦陣へ突っ込ませて乱戦に持ち込み、各個撃破する。フリゲートや小型砲艦は乱戦の外縁に控え、戦域から逸れた単艦を集団で狩る』
指揮統制が効かない乱戦は高価な装甲戦列艦を悪戯に失う危険も高かった。
しかし、聖冠連合帝国海軍の帝国艦隊司令官オイゲン・ハツァイ元帥は、参謀達が立案したこの戦術を承諾した。当然と言えば当然だった。戦列艦の装甲化はハツァイ元帥が中心となって進めたのだから。
記録によると、ハツァイ元帥はヴィネト・ヴェクシア第一艦隊と決戦前に次のように布告したという。
『諸君。本日の戦いは歴史となる。
今日を生き延びた者は故郷にて毎年、今日この日が訪れる度、家族や友人達に背ひれ尾ひれを付けた武勇を語ることとなるであろう。
今日、倒れる者もこの日が訪れる度、その敢闘を讃えられ、献身に涙されるであろう。
諸君、本日の戦いに参じる諸君は歴史の人物となる。子々孫々に恥じたくなくば奮戦せよ。
皇帝陛下万歳。我らと帝国に神の御加護を』
戦いの結果は冒頭に記した通りだ。
○
最後にいくつか記しておこう。
ヴィネト・ヴェクシア共和国は戦後、海軍総司令官ブランディーニ元帥が敗戦の責任を取って自決。
第一艦隊司令カルフォセッティ大将は退役勧告。
第二艦隊司令ミッコーリ中将は『重大な過誤』と『命令不服従』による軍法会議に掛けられ、有罪となった。軍籍剥奪こそされなかったものの一階級降格という大変な不名誉と禁固5年を科された。
ミッコーリは晩年まで自身の判断の正しさと司令部の責任を訴え続け、名誉回復を図った。しかし、その願いは叶うことは無く没している。
勝利した聖冠連合帝国はヴィネト島沖海戦を『栄光の勝利』と讃え、皇帝レオポルドは帝国艦隊司令ハツァイ元帥を終身名誉元帥に叙し、通商護衛艦隊ナーダシュディ少将を中将に昇格させた。
聖冠連合帝国はチェレストラ海と東地中海の主導権を握ることとなった。
そして、白獅子財閥は地中海通商を取り戻す。各種資源と黒色油を。
ヴィルミーナにはもう地中海にもコルヴォラントにも用はない。
後始末をつけるだけだ。
物語調にすると数話を食うので、概略とさせていただきました。味気ないですが、ご容赦ください。
追伸:短編『佐竹君~』にブクマやポイントをたくさん頂けました。ありがとうございます。




