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お待たせしました。
英国王ジョージ6世。
彼は兄エドワード8世が結婚を理由に退位したため、なし崩し的に王冠を押し付けられ、玉座に座らされることになった。あまりに無体な事態に『こんなの酷すぎる』と母や妻の前で泣いたという。
魔導技術文明世界18世紀後期。崩御したゼフィルス8世に代わり、聖座に即位した新法王セルギウス5世も、ジョージ6世と似た経緯で至聖の椅子に座らされた。
先にも触れたが、セルギウス5世は平凡な老人である。
それなりの貴族家に生まれ、家督相続の関係から神学校へ放り込まれて聖職者になったものの、セルギウス5世は聖職者としての熱意や信念に乏しく、組織内での出世欲や野心や功名心も無かった。勤め人のように上から与えられた仕事をこなし、周囲や下から求められた務めを平凡にこなすだけ。中道穏健派という立ち位置にしても、日和見主義の消極的な受動気質だからだ。日々の楽しみは食事とチェス。
こんな小市民的人物が聖王教会の枢機卿まで昇った理由は、出世欲や野心の強い連中が競争や諍いで自滅してしまい、貴顕の生まれと年功序列と消去法的な人事の末だった。
こうした背景から察せられるように、セルギウス5世は生贄の羊として法王の椅子に座らされた。戦禍が法王国に及ぶようなら、セルギウス5世に全部をおっ被せて詰め腹を切らせるために。戦争という災難が過ぎたら、“病気”で退場してもらえば良い。
兄弟よ、ありがとう。では、さっさと消えてくれ。
なお、例に挙げたジョージ6世が王となった時代は、凄惨な第二次大戦と戦後の大英帝国の斜陽の時代だった。
そんな激動の時代にあって、ジョージ6世は王の重責に苦しみながらも、決して逃げることなく務めを果たし続けた。王に相応しい振る舞いは国民から崇敬を集め、『我らの王』と讃えられた。
では、セルギウス5世はどうだったか?
○
ヴィルミーナはセルギウス5世の情報に目を通し、即座に理解した。
中道穏健派の枢機卿、ね。貧乏籤を引かされたな。
珍しくないことだ。間抜けを神輿に担いで矢面に立たせ、面倒事の一切合切を押し付ける。小賢しい連中がよくやる手口だろう。
王都社屋の総帥執務室。ヴィルミーナはソファの背もたれに体を預け、言った。
「新法王聖下はどういう方針に舵を取るかしら。和平交渉の提唱? それとも徹底抗戦の呼びかけ?」
「前者でしょう。今時、聖伐軍を訴えたところで猫一匹集まりません。ナプレ王国の宣戦布告が間近に迫っていますし、和平交渉が望める最後の機会です」
隣に座るデルフィネがさらりと答えた。
「かといって、現在の戦況で我々が和平交渉に応じる利点はありません。降伏に追い込んだ方が実入りは大きいですから。彼らが本気で和平を求めるなら、それ相応のものを差し出してもらわねば」
「宗教的な観点からはどう? 仮にも法王聖下の御要望よ」にやりと笑うヴィルミーナ。
「我々を異端と蔑む連中の親玉に配慮する理由が?」
デルフィネは意地悪そうにくすくすと笑い、
「クレテアは伝統派国とはいえ、歴史的に何度も法王に逆らってきた国です。利得が無ければ法王の呼びかけなど聞き流しますよ。聖冠連合も神聖レムスの流れから教権の台頭を好みません。加えて、国教こそ聖王教に定めていますが、宗派は明文化しておらず聖冠を象徴として掲げています。教皇の言葉に左右されません」
自身の見解を披露する。
たとえば、地球世界のフランスはカトリックの長姉を称しながらも、歴史的にローマ教会と幾度も対立してきた。別荘に滞在中の教皇を襲撃するアナーニ事件や、フランス人教皇を立てて教会中枢を仏領アヴィニョンへ強制移転させたアヴィニョン捕囚などを起こしている。
クレテアもフランス同様に聖王教会伝統派国でありながらも、教権に抗って幾度も対立してきた。民心はともかく国家としては極めて“不信心”なのだ。
一方、聖冠連合帝国は神聖レムス帝国の系譜に則って王権と世俗権を重視している。また、多民族多文化国家であり、宗教的にも伝統派だけでなく正教会派や開明派、その他宗派も多い。それゆえに聖冠を象徴して聖王教の信仰と文化、価値観の共有を重視しながらも、特定宗派を国教として据えていない。
ちなみに、コルヴォラント諸国もどちらかと言えば教権より王権優位の国ばかりだ。というか、近世以降、教会に従属する国など一つもない。伝統派極右だったエスパーナ帝国でさえ、表向きには皇帝権が上位とされていた。
要するに、魔導技術文明世界の近代中期における聖王教会伝統派の権力や権威は、実を伴っていない。
デルフィネは白磁のカップを口に運んで喉を潤し、
「和平にしろ、抗戦にしろ、新法王聖下の歩まれる道は茨に満ちているでしょうね」
「さしずめ聖座の座り心地は拷問椅子のようなものかしら?」
「さぞやお尻が痛いでしょうね」
ヴィルミーナのブラックユーモアへ微笑と共に首肯を返した。
「……ベルモンテの件を担うクレメント大主教様が苦労しそうですね」
傍らで二人のやり取りを聞いていたパウラが大きく眉を下げる。
「あまり危険な事にならねば良いのですが」
「そうね。大主教様が害を被る事態は望ましくない」
パウラの懸念に同意しつつも、ヴィルミーナの反応は鈍い。
現状、白獅子財閥は荒事方面のリソースが枯渇していた。民間軍事会社の航空戦力は出せるだけ出してしまったし、“商事”の人員も注ぎ込めるだけ注ぎ込んでいる。これ以上はもう逆立ちしても出せない。
精々が手透きの腕利き冒険者や元軍人を雇い、クレメント大主教の近辺に手配するくらいだが、確固たる信用性の無い護衛など潜在的な不安でしかない。暗殺されたローマ皇帝の多くは護衛に殺されたのだ。
ヴィルミーナは少し思案した後、溜息をこぼす。
「教会には私からあまり無茶をしないよう、言っておくわ」
「私の筋からも警告しておきます」とデルフィネ。
「ありがとう。頼りにさせてもらうわ」
素直に礼を言い、ヴィルミーナが茶請けのクッキーへ手を伸ばしたところへ、「失礼します」と執務室のドアが開く。
直属の秘書が書類を片手に入室してきた。
「ヴィルミーナ様。コルヴォラントより、新法王セルギウス5世の就任ミサ演説の内容が届きました」
新法王の就任ミサ演説は新大統領や新首相の就任演説に等しく、今後の方針などの表明を意味する。政治的にも意味が重い。
「御苦労様。各方面にも労っておいて」
ヴィルミーナは秘書から書類を受け取り、すぐに内容へ目を通し始める。隣のデルフィネがヴィルミーナに身体を密着させて書類を覗き込み、パウラはそんなデルフィネの様子に微苦笑をしながら、ヴィルミーナの読了を待つ。
「これはまた、なんというか……」
デルフィネが戸惑い気味に感想を言い、
「……どういうつもりなのやら」
ヴィルミーナもまた、困惑顔をこさえていた。
○
「どういうつもりなんだ?」
クレメント大主教は新法王セルギウス5世の就任ミサ演説の文面に目を通し終え、眉間に深い皺を刻んだ。
『親愛なる兄弟姉妹の皆さん』で始まるセルギウス5世の就任ミサ演説は、周囲の予想――戦乱の時勢に合わせた教会の方針表明――を裏切った。
『ゼフィルス8世は天にまします聖王の御許にて、神の栄光と慈愛を御家族や全ての兄弟姉妹と分かち合っているでしょう』と先代ゼフィルス8世の崩御を悼む言葉を並べた後、聖典からいくつかの節を引用した。
いずれも聖処女の夫にして聖王の養父(聖王は処女受胎にて産まれた)について触れた節だった。不遜ながら、神に処女の新妻を寝取られた男、と言い換えても良いかもしれない。
『聖ヨセフは天使の召命に従い、聖処女と聖王を守りました。すなわち私達が今、崇高な教えを信仰できている由縁は、ヨセフの献身によってもたらされたものです。しかし、聖典に記されているが如く、ヨセフは聖剣も奇跡の御業も使えませんでした。では、ヨセフは如何にして幼き聖王を保護したのでしょう』
セルギウス5世は続けている。
『それは愛です。
ヨセフはいついかなる時も大きな愛をもって妻を養い、聖王を育て、愛と共に傍へ寄り添い続けました。ヨセフのまったき愛こそが聖王を守りたもうたのです。愛こそが私達の崇高な信仰の原点なのです』
クレメント大主教は戸惑いを禁じ得ない。
ミサの内容としては実に真っ当である。しかし、戦禍が差し迫っている中、法王国の身の振り方を鮮明にするべき時に語る内容ではない。
いや、それとも、これは迂遠な和平の訴えなのか? いや、守護者を題材にしたことは抗戦の隠喩かもしれない。
『聖王教の信徒たる私達もまた、一人一人が守護者たらねばなりません。私達が守護すべきものとは何か。私達の果たすべき守護とは何でしょう』
それっぽい文言が登場する。が……
『私達の果たすべき守護とは愛です。私達が守護すべきものもまた、愛です。私達は神が創りたもうた全てを愛し、尊重し、気遣わねばなりません。私達は家族を愛し、友を愛し、隣人を愛し、尊敬と善意と慈しみをもって互いを愛し、守護し合うのです』
セルギウス5世は語る。
『人々から愛が失われ、互いを守り合う気遣いが損なわれた時、私達の元に破滅が忍び寄ってきます。憎しみと妬みと高慢が人々を醜いものに変え、世に死と破壊の印が現れるでしょう。そのような惨禍に立ち向かうことには、強き勇気が要ります。その勇気もまた、私達の互いを守り合う愛が源なのです。共に聖王教を信仰する兄弟姉妹の皆さん。愛こそが私達の力なのです』
クレメント大主教は書類を執務机に置き、老眼鏡を外した。
どういう意図なのか分からない。
これは和戦どちらにも読み解ける。絶妙に論点のベクトルがぼかされている。
和平派は愛云々を重視して講和を訴えるだろう。強硬派は守護云々を焦点にして徹底抗戦を唱えるだろう。
どちらの派閥にも配慮した器用な演説と言えるし、教会の意思統一を図らない無責任な演説とも捉えられる。
いずれにせよ、協商圏と聖冠連合にとっては意思決定を先送りしたような印象以上のものではない。
「平時ならば、普遍的な説教に過ぎなかっただろうが……戦禍の時勢には適しておらん」
コルヴォラント諸国も協商圏も聖冠連合帝国も、聞きたかったのは法王国の明確な方針だ。和を乞うにせよ、戦い抗うにせよ、身の振り方をはっきりさせるべきだった。
瀬戸際では半端なことが一番良くない。
クレメント大主教は仰々しい渋面をこさえ、苦悩をこぼすように唸った。
「ベルモンテの件にどんな影響が及ぶか、まったくわからんぞ」
○
大陸西方諸国はセルギウス5世の演説を完全に政治演説として扱っていた。
それだけに、方針の具体性に欠いた就任演説は国際情勢に影響を与えなかった。
チェレストラ海では聖冠連合帝国とヴィネト・ヴェクシアが決戦に向け、準備を進めていく。ナプレ王国もカーパキエと法王国に対する戦支度を中止することは無かった。国土が戦場と化しているランドルディアも矛を収める気は全くない。
もちろん、協商圏側も同様だ。そもそも“異端”のベルネシアと“不信心”のクレテア、“ごちゃまぜ”の聖冠連合が法王の抽象的な演説くらいで気を変えなかった。
市井の人々の反応も困惑が大きかった。
セルギウス5世の演説は普段のミサで披露されたなら、良い御説教だったと評価されただろう。しかし、今は戦時だ。言葉に勇気や希望が求められる。
本国で戦いを繰り広げているランドルディア。国家滅亡の瀬戸際にあるカーパキエ。既に多くの犠牲を払っているタウリグニアとベルモンテ、フローレンティア。決戦を控えるヴィネト・ヴェクシア。
戦禍に喘ぐコルヴォラント諸国の人々が求めていたのは、和平を訴えて戦争終結の希望をもたらすことか、抗戦を熱く呼びかけて勇気を奮い立たせることだった。
しかし、新法王の言葉は明瞭さに欠いていた。そのため、人々は自身が聞きたいようにセルギウス5世の言葉を解釈した。
『愛』という表現に注目した者達は和平、講和、休戦を訴えた。
『守護』という言葉を重視した人々は抗戦、抵抗、勝利を叫んだ。
結果として、セルギウス5世はコルヴォラント諸国の人間に和平派と抗戦派の対立を招いていた。
情勢報告を受けた後、屋敷へ帰る道すがら、ヴィルミーナはセルギウス5世の演説を振り返り、思う。
新法王はあの内容を周囲と図って演説したんやろか。その場合、あの半端な演説の狙いはなんや? どういう意図があるんやろ?
ヴィルミーナの疑問は多くの人間が抱いている疑問でもあった。
特にヴィルミーナ同様、政治や経済の世界を生きている現実主義的な者達は、新法王の演説と法王庁の意図を把みかねており、困惑していた。
クレテア王アンリ16世や聖冠連合帝国のクリスティーナ女大公、ナプレ国王アルフォンソ3世も、セルギウス5世の演説の真意を測りかねている。
そんな中で、塔に幽閉されているベルモンテ公王ニコロは教戒司祭から演説文を受け取り、冷笑していた。
「教会の連中は生贄の羊を選んだつもりだったのだろうが、とんだ駄犬に聖座を与えてしまったようだな」
むろん、ニコロの皮肉がヴィルミーナ達の耳に届くことは無い。
ヴィルミーナは帰宅し、最も信頼する共犯者に尋ねる。
「どう思う?」
「単に本人が言いたいことを言っただけでは?」
レーヴレヒトはさらりと答えた。
「そんな馬鹿な……戦禍に晒される水際なのよ」
呆気に取られるヴィルミーナへ、レーヴレヒトは軍服から平服に着替えながら続ける。
「そうは言っても、当人は本当に純粋なミサの就任演説のつもりかもしれないだろ?」
「ええ……や、まさか、そんなはずは」
承服し難いヴィルミーナは渋面を作る。
「考えても分からないことに時間を割くより、自分に出来ることを考える方が建設的だよ。とりあえずは夕食まで子供達と何をして過ごすか、とかね」
着替えを終え、レーヴレヒトはしかめ面の妻に口づけし、腰へ腕を回し連れだって部屋を出て行く。
ヴィルミーナは何とも言えぬ顔つきのまま、夫と共に部屋を出た。
○
出撃が迫るヴィネト・ヴェクシア海軍やモリア=フェデーラ公国海軍の軍港や泊地では、売春宿が大繁盛していた。娼館だけでは需要に対応できないため、船着き場傍には大勢の立ちんぼがうろつき、安宿はどこも臨時の連れ込み宿に化けている。路地裏の暗がりで生尻を出して腰を振っている輩も少なくない。
強力な敵軍との戦いを控え、水兵達は今生最後のヤリ収めとばかりに女を買っている。
聖冠連合帝国海軍でも同様の現象が見られたが、ヴィネト・ヴェクシア海軍のようなヤケクソ感や悲壮感の類は感じられない。
というのも、聖冠連合帝国海軍はこの十年で随分と様変わりしていた。
ソルニオル事変後、経済特区の開設と共に地中海通商が急速に拡大した関係から、従来の沿岸警備隊規模の戦力や専守防衛的海防計画の抜本的改革が求められたためだ。
ありゃあ無茶だった、と当時を知る海軍関係者は語る。
帝国首脳部は海軍に従来の領海/沿岸警備に加え、地中海通商の防衛と海上護衛、将来的には東地中海を制する力を持つことを要求した。
村の青年消防団へ大管区の担う特別救難隊になれ、というようなもの。
無茶である。
が、帝国首脳陣は『無理という言葉は甘え』と抜かし、新皇帝レオポルドも『海軍の努力に期待する』という。なんせ経済特区のアガリは帝室の財布に直結しているから、ノーと言わせる気がない。
かくて、聖冠連合帝国海軍はこの無理難題に挑む羽目になった。
予算が足りない。艦艇が足りない。人員が足りない。兵站も設備も足りない。知識も経験も足りない。教育制度も変えにゃならず、軍制とドクトリンの研究も必要。ノウハウや知見の伝達と継承についても考えなければならない。時間がいくらあっても足りない。
さらに言うなら、海軍を拡張させた場合、艦隊司令官や軍団司令官となる“人材”が決定的に足りなかった。
将官になるような者は軍人としての能力を備えていて当然で、加えて政治家や組織経営者としての手腕と才覚を有し、熾烈な出世競争を勝ち抜く精神的タフネスと健康な肉体を持っている。もちろん、こんな人間はそう多くない。ゆえに将官は貴重なのだ(大戦期の旧日本軍を見れば分かるように、“優秀な”将官はさらに貴重である)。
このように、ゲームならあっさり拡大拡充できることも、現実には斯くも難しい。しかも、皇帝陛下と政府の肝入りだけに迂闊な施策を採って失敗となったら……。
どないせえっちゅうねん。
帝国海軍は頭を抱えながら、必死に軍制改革と組織再建に勤しんだ。恥を忍んで協商圏側に教官や技師の派遣を懇請したり、艦船の試験購入などを打診したりもした。改革で生じるあらゆる面倒を時に大胆に、時に注意深く、大概は強引に解決していった。
そうして、10年掛かりでようやっと体裁の整った帝国海軍は、これまでの成果を発揮する機会を得て、昂奮と不安と緊張とやる気に溢れていた。さながら全国大会出場を懸けた県大会決勝戦に臨む運動部員のように。
彼らはこの時を待っていた。
○
ベルネシア王国のエンテルハースト宮殿にて、秋の諸侯御機嫌伺いが催されていた。
王妹大公家のウィレム君も両親と祖母に連れられ、参加している。
父レーヴレヒトの軍礼装に似た礼服をまとい、ウィレム君は色々な人と挨拶をしたり、挨拶をされたりした後、父の実家ゼーロウ家と父が養子入りしているクライフ家のいとこ達、母筋の親戚である王太子の子供達、白獅子側近衆の子供達と過ごした。
王妹大公家の長男で白獅子財閥総帥の後継者候補筆頭で美男子であるウィレム君に『お近づき』を目論む子供は多い。
それは親の意向を受けてだったり、“あの”ヴィルミーナの息子とやらを見定めてやろうという子供ながらの挑戦心だったり、美童のウィレムに惹かれてだったりする。
ウィレム君は前世持ちゆえの破格な母やサイコパス気質の父と違い、『良い子』であるため、そうした子供達に卒なく対応していた。
ある意味、子供らしくないが、この辺りは王妹大公家の英才教育の賜物と思おう。
さて、少々くたびれたウィレム君は人混みから離れ、ベンチで果実水をちびちびと舐めていた。
綺麗なおべべを着込んでお行儀よく過ごす『社交』とやらは、くたびれるだけで面白くない。
自転車や馬(子供用の小型馬だ)に乗ったり、家人の子供達と遊んだりする方がずっと楽しい。それに、父が野営と猟を教えてくれると言っていた。こういう催しより、“冒険”に行きたい。出来れば、母の会社が作ったトラクターなる乗り物を乗り回してみたいが、王妹大公家長男が農機を乗り回すのは風聞が良くないらしい。面白そうなのに……
と、軍や政府の関係者が静かに、だが、足早に動いて何か話し合い始めた。父や母の許にも人が集まっている。
なんだろう、とウィレムが小首を傾げていると、クライフ家の従姉がやってきた。
ウィレムより5つ年上の彼女は、ウィレムに『姉』と呼ぶことを要求している。
「イェッタ姉さん。何かあったんですか?」
『姉』イェッタは不敵に微笑んで告げた。
「チェレストラ海でいよいよ戦が起きたらしいわ」
セルギウス5世の演説文は、フランシスコ教皇の就任ミサ説教の一部を参考にしました。
宗教的な演説って難しい……
短編『佐竹君は如何にして人生初のバレンタインチョコレートを貰ったか』を投稿しています。
現在(2/18)なんとブクマ0という快作です。
お暇ならどうぞ。




