20:2
お待たせして申し訳ありません。
大陸共通暦1781年:ベルネシア王国暦264年:秋
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム
―――――――――――
クレメント大主教はゴセックのように、戦場へ赴き矢玉が飛び交う中で斃れた兵士達を看取って回った、なんて豪胆な逸話の持ち主ではない。
しかし、彼は長期に渡って大冥洋群島帯で活動し、多くの功績を為した。布教や教理問答はもちろん、人々と共に開墾や開拓に汗を流し、現地経済界にも飛び込んで寄付や協力を取り付け、診療所など必要な建物を招致。教会主導の公的事業も起こしている。
こうした精力的な活動により、群島帯の開明派へ入信者と改宗者が大きく増加していた。
群島帯史において、クレメント大主教は宗教指導者や神学論者としてではなく、組織経営者や実業家として評価されている。さもありなん。
ただし、出来る実業家に敵は付き物だ。ましてやクレメント大主教はその説教や談話で度々社会問題や政治へ踏み込んだ内容を口にし、方々の顔をしかめさせていた。
いわゆる宗教左派に近い立場かもしれない。
ともかく、総主教から『ベルモンテ問題』という苦杯を賜り、クレメント大主教はさっそく動き始めた。
諸々の情報を精査した結果、どうも協商圏側は地中海の戦争を年内に幕引きする気らしい。入念な準備も方々の調整も時間的に難しい。戦争自体の早期終結と政治的決着は別物であるけれど。
「戦のことはよぉ分からんが、我が国と聖冠連合は戦争そのものが終わらんでも、地中海通商……海運の安全さえ確保できれば構わんようだな」
クレメント大主教は老眼鏡を掛け、資料を読み込みながらメモを書きとっていく。
「ナプレ王国がカーパキエ王国と法王国に侵攻を企図しているという報告もあります。また、これを我が国とクレテアも承認しているとも」
側近たるホッベマー主教が言った。ホッベマーは長身の初老男性で、大冥洋群島帯の頃からの盟友だ。小柄なクレメントと合わせて長短コンビである。
「参ったな。“交戦国”と交渉するのか。使者を送り込んでも殺されかねん」
温かい珈琲を口に運び、クレメントはうーむと唸る。ホッベマー主教も困り顔で応じた。
「そもそも、使者を送りこんでも難しいです。なんせ法王選定会議が滞っており、新法王が決まっておりません。この状況で使者を送りこんでも話し合いになるかどうか」
「とはいえ、話を通しておかねば更なる面倒が生じるし、要らぬ禍根を生みかねん」
クレメントは老眼鏡を執務机に置き、目元を揉む。
「ベルモンテは喫緊の状況だ。早急に現地へ赴き、エスロナ公王家と話し合いの場を持たねば」
「それは……危険すぎませんか」とホッベマーが渋面を作る。
「大冥洋群島帯と同じだ、ヨハン。危険を恐れては事を為せんよ」
「私達が大冥洋群島帯に赴いた時、現地には同宗派の信徒達がおりました。ベルモンテは伝統派の膝元です。我らを異端と見做す者しかおりませんぞ」
苦言を呈しながらも、ホッベマーはクレメントが翻意することはないだろうことを知っていた。神学校で四期先輩だった頃から、この小柄な司祭は一徹な男だった。
「聖典にある通りだ、ヨハン。汝の敵を愛せ、だ。まずは彼らと言葉を交わさねば。論破するためでも相手を非難するためでもなく、互いに相手が何を考え、どう思っているか理解するためにな。それこそが争いを収める第一歩だ」
案の定、クレメントは考えを変える気がないらしい。ホッベマーは渋面を浮かべる。
「どうしても赴くならば、しっかりと護衛を付けていただきますぞ」
「はて? 我らは教会騎士の如き野蛮な手合いを抱えておったかな?」とクレメントが笑う。
ベルネシアやイストリアに限らず、開明派国は基本的に伝統派のような騎士教会を認めていない。これは開明派国が教権より王権の強い国であり、宗教勢力の武装化を許さなかったからだ(古今東西、宗教屋が武器を持つとろくなことにならない)。とはいえ、司祭は大概が魔導術を修めているから、戦おうと思えば戦えるが。
「然様な冗談を飛ばしてもダメです」とホッベマーは苦笑いし「護衛は付けます。でなければ、ベルモンテに行かせません」
「やれやれ。君は頑固だな。神学校の頃から変わらん」
「なればこそ先輩と二人三脚が務まったものと思っております」
2人はくつくつと喉を鳴らし、クレメントが言った。
「よし。ならば、いつも通りに2人で片付けよう。まずは法王国だ。どうやって話を通す?」
「国内の伝統派に話を持ち掛けてみましょう。法王庁とて異端の地にて伝統派の教えを伝え広めんと務める同胞の声を無視しますまい」
ホッベマーは提案を続ける。
「それから交渉に先駆け、ベルモンテに連絡しておく必要があります。たしかクレテアに特使が居るとのこと。接触を試みましょう」
クレメントは盟友の方策に大きく首肯し、口端を和らげた。
「いいぞ、ジョン。早速取り掛かろうじゃないか」
○
エトナ海で起きた“小競り合い”で負傷したベルモンテ王国特使コルベール提督は、エトナ海諸島クレテア海軍泊地にて足止めされていた。
回復剤と治療魔導術によって怪我は回復していたが、クレテア側の意向により政治会談の場へ赴けずにいる。
扱い自体は悪くない。クレテア海軍は勇者を尊ぶ。先のエトナ海諸島沖海戦で勇敢に戦ったベルモンテ海軍の司令官を無下に扱うなどあり得ない。コルベールには上等な食事と清潔な寝床、伽女すら用意されていた(これはコルベールが謝絶した)。
もっとも、コルベールが欲しいのは美酒でも美食でも美女でもなく、協商圏側との政治交渉だった。特にベルネシアの王妹大公嫡女――ピエトロ王太子の従妹ヴィルミーナの経済的報復を防ぐことだった。
「こんなところで時間を空費するわけにはいかんと言うのにっ!」
コルベールは禿頭を抱えた。
幾度か触れたが、協商圏側としてもベルモンテ公国の征服は考えていないし、公王家エスロナ一族の追放も求めていない。ぶっちゃけ王太子ピエトロの発した捨て身の降伏案は協商圏側としても過剰すぎて困っている。
そんな中、一部の小賢しい連中が自国の王族を送り込んで属国化してはどうかと提案していた。
ベルネシアではエスロナ家の血を引くヴィルミーナや第二王子アルトゥール、もしくは王族を新たなエスロナ公王としては? と囁く奴もいた。
クレテアでも王子や王族を用いてベルモンテの属国化を提案する者は少なくなかった。中には鬱陶しい王家傍流大貴族のサルレアン公家をベルモンテ公王として国内から追い出しては? と提案する奴すらいた。
が、ベルネシアは地中海へ乗り出す気はなく、クレテアはコルヴォラントに野心を抱いていなかった。
今回の戦争でベルネシアは『やはり地中海は近いようで遠い』という事実を再認識しており、何より資源戦略の観点から聖冠連合帝国一国を重用するリスクを重視していた。
一方、クレテア――精確にはクレテア王アンリ16世はこの戦争自体に不快感を抱いている。この馬鹿馬鹿しい戦争のせいで自身の世界的戦略構想が遅延するからだ。
とはいえ、金と資源と人命を費やして無為に終える訳にはいかない。
少なくとも、クレテアは事実上の傘下に組み込んだナプレ王国にコルヴォラント半島南部を支配させ、周辺海域の安全確保をさせるつもりだった。ベルネシアもナプレを地中海の番犬にする案に同意している。
ここで問題になるのは、ナプレをどこまで大きくするか、だった。あまり図体を大きくして飼い主の手を噛みつくようになっては困りものだし、かといって貧相では番犬たりえない。
当のナプレ王国アルフォンソ3世は法王国とベルモンテの南部領土を欲しがっていた。
文字通り、コルヴォラント半島の南半分を確保するらしい。
今まさにその辺りの話し合いが行われており、それゆえに特使コルベールはエトナ海諸島に足止めされていた。
「このままでは殿下に顔向けできんっ! 何とかせねば……っ!」
コルベールは禿げ頭を抱えて苦悶する。
彼の許にベルネシア国教会の使者が訪れるまで、まだ時を必要としていた。
○
丑三つ時。深夜の静寂が轟音によって破られる。
市街地の一角から火災が生じ、赤々とした炎が夜空を焦がしていた。寝静まっていた街のあちこちから警鐘が響き渡り、叩き起こされた人々の喧騒と怒号が通りを満たしていく。
街の外で閃光が走った直後、激しい爆発音が轟き、火球が夜空に溶ける様が見えた。
ヴィネト・ヴェクシア共和国ヴィネト島軍港――ドンツィーラ市はこの夜、不規則かつ断続的な空爆を受け、市内7ヶ所に被害が生じた。
ベルネシア傭兵部隊が始めた鳥型爆弾の空爆は徐々に着弾数を増やしている。
軍港は夜間の対空警戒を強め、翼竜騎兵や飛空短艇の夜間空中哨戒も始めていた。不発だった鳥型爆弾を回収し、軍民の技術者が構造を調べて対抗策を検討している。
が、今のところ、対抗策として効果は上がっていない。
鳥型爆弾は技術的に簡素すぎ、却って技術的対策が取り難かった。また、現場としても夜闇に溶けるよう真っ黒に塗られているため視認が難しかったし、軍港の防空網から外に出て海上迎撃を試みれば、手ぐすねを引いている敵の戦闘飛空艇に食われてしまう。
こうして手詰まりの状況で夜間空爆が続く中、しびれを切らしたドンツィーラ市の市長と評議員達が本土に乗り込み、共和国首都ヴェクシアの元首公邸へ突撃を敢行。『本土はヴィネトを見捨てる気かっ!』と元首へ激しく詰め寄った。
皮肉な話だった。
ヴィネト・ヴェクシア海軍は開戦からこれまで、小競り合い程度しか行っていない。主力艦隊は各港や泊地にこもっている。が、この艦隊保全戦略によって聖冠連合帝国と協商圏列強の貿易や通商に経済的負担を与えていた。
幾度か記したように地中海で戦が生じて以来、協商圏と帝国の地中海通商は保険額の高騰や護衛費用の負担、安全を期すための船団航行によりスケジューリング上の非効率など、様々な経済的負担に苛まれている。
協商圏・帝国は戦況が圧倒的に有利ながらも、経済的には苦境を脱していなかったのだ。
特にこれから冬になる。暖房等の需要が増加し、各種資源も求められる。ヴィネト・ヴェクシアの艦隊保全戦略は軍事的には破綻しつつあったが、経済的にはここから大きな効果を発揮するところだった。上手くすれば、相手から大きな譲歩を引きずり出せるかもしれない。
しかし、ヴィネト島軍港が空爆されて状況がひっくり返った。
エトナ海諸島沖で決戦が行われて以降、チェレストラ海沿岸に襲撃が繰り返されていたところに、この空爆である。
民衆の忍耐力は尽きた。堪忍袋の緒は切れ、袋自体が燃え上がった。
チェレストラ海沿岸諸都市や漁村から『早くなんとかしろっ!』という怒号が絶えない。軍内部でも『決戦あるべし』と叫ぶ奴らが急増している。
事ここに至り、ヴィネト・ヴェクシア共和国は決断した。経済戦略的正論が人間の感情論と軍事的冒険主義に屈したのだ。
○
ヴィネト・ヴェクシア海軍が出撃準備を始めた報せは、すぐにベルネシアまで届いた。
王妹大公家の屋敷で報せを受け取り、ヴィルミーナは獰猛に口端を歪める。
懸念されていた大量破壊魔導兵器は失われているし、予備も無いことは確認済み。
メンテシェ・テュルクとディビアラント沿岸諸国も静観の構えを崩していない。
戦争前にあれこれと動いていたアルグシア連邦はこと海軍に関しては三流国だ。大した支援が出来ていないことも把握済み。
聖冠連合帝国海軍とナプレ王国海軍の実力は些か不安があるものの、民間軍事会社の航空支援があれば旧態的なヴィネト・ヴェクシア海軍に劣ることは無かろう。
空腹時に子羊を見つけたライオンみたいな顔つきの愛妻に、ソファの隣に座るレーヴレヒトが微苦笑をこぼす。
「良い報せが届いたみたいだね」
ええ、とヴィルミーナはにたりと笑う。
「年内に地中海を押さえられるわ」
「ちょっと気が早くないかい? 戦争は君が望む通りの結果になるとは限らないよ? 予測だけで言えば、ベルネシア戦役も我が国の敗北が予想されていたんだから」
「不吉なこと言わないでよ」
夫の諫言に機嫌を崩し、ヴィルミーナは唇を尖らせる。が、思うところがあったのか、少し考えた後、ぽつりと呟く。
「……念には念を入れておくか」
「何をする気?」とレーヴレヒトが片眉を上げる。
「ベルネシア派遣艦隊を送り込めないかと思って」
「それは……ちょっと難しい気がするな。派遣艦隊はクレテアと共同作戦をしているし」
「となると、白獅子で動かせるものを使うしかないか」
ヴィルミーナは唇を弄りながら思考に耽り始めた。
滑空爆弾キハールの現行性能では海上で作戦運動中の軍船に命中させるなど、不可能に近い。かといって、他に軍用兵器の類は無い。
白獅子は純粋な兵器開発は能う限り避けている。政府や反白獅子を刺激するような真似を避けるため、軍需産業との関係に配慮しているためだ。滑空爆弾キハールにしてもあくまで自社開発は滑空構造のみで、爆弾自体は軍需産業に委託し、先方がこさえたものを組み込む体裁を取っている。
では戦力を、と言いたいところだが余剰戦力は陸戦要員くらい。地中海へ送り込める飛空船は全てぶっ込んでしまっている。これ以上は他の事業を妨げてしまう。
「丁度良い手札が無いわね」
不満げに眉根を寄せるヴィルミーナ。
「この状況だと経済的な方法で締め上げても即効性がないし」
「手札が無いなら作れば良い」
レーヴレヒトがヴィルミーナを抱き寄せながら、怪訝顔をしている愛妻へ言った。
「ナプレ王国に飛空船を与えたらどうだ? 戦力的には二線級になるだろうが、この場合、頭数があることが大事だからな。役に立つよ」
「ダメよ。ナプレは法王国に侵攻を予定してるわ。教会がベルモンテの件で法王国に渡りをつけるつもりなのに、私が大っぴらにナプレへ飛空船を与えたら、彼らの背中を刺すことになる。私から教会に協力を求めておいて、そんな不義理は出来ない」
渋面をこさえたヴィルミーナはレーヴレヒトのデコを軽く突き、腰を上げた。
「でも、そうね。悪い考えじゃない。手札が無いなら作れば良い」
腕の中から逃れた愛妻を見上げつつ、レーヴレヒトは問う。
「何か思いついた?」
「ええ」
ヴィルミーナはレーヴレヒトの膝の上に跨り、両手で夫の顔を包んで、にやり。
「私が提供できないなら、他人に提供させれば良い。真の提供者が私だと分からなければ問題ないもの」
「悪い顔して活き活きしてるなあ」
小さく微苦笑し、レーヴレヒトはヴィルミーナの腰に両腕を回し、
「でも、君が元気だと俺も嬉しくなる」
右手を愛妻の尻へ伸ばしていく。
「知ってる」
不敵に口端を吊り上げ、ヴィルミーナは夫と唇を重ねた。
婚約時代から含め、2人が肌を重ねて10年以上経つが……倦怠期らしい時期はまったく無い。いやはや仲睦まじいことで。
○
チェレストラ海の決戦が近い。
その凶報に法王国聖都は焦燥に駆られていた。
既にナプレ王国は国軍の動員令を発しており、カーパキエ王国と法王国の国境付近に戦力を集めつつあった。ヴィネト・ヴェクシア海軍が敗れたら次は自分達だろう。
法王庁は恐怖した。なんせローマが焼かれたように法王国も過去に幾度か蹂躙された経験を持つ。ナプレが同様の凶行に至らない保証はどこにも無い。
停滞していた法王選定会議の早期決着――生贄の選抜を終えるべく法王庁内の政争は熾烈を極めていた。が、同時に各種派閥の打算的妥協の道も定まりつつあった。
簡潔に言えば、別に法王など誰でも良い。この危機を乗り越えた後、改めて法王を選出する“機会”を設けてれば済む話だ(在位期間の短い法王はいくらでもいる。そういうことだ)。
しかし、我が身可愛さに生臭坊主達は忘れていた。
彼らは法王という聖座が持つ権力の巨大さを甘く見ていた。たとえ法王庁内の政治力学において単なるお飾りに過ぎずとも、教権の強いコルヴォラントにおいて法王の影響力は非常に強力であることを、枢機卿達は失念していた。
くじ引きで選ばれたどーでもいいボンクラが、『万人恐怖』と評されるほどの暴君になることもあるのだ。
共通暦1781年の秋、長々と続いていた選出会議はチェレストラ海の戦い前に決着。
新教皇が即位した。
セルギウス5世。
この牧歌的な農夫然とした初老司祭は、はっきり言って平々凡々なフツーの爺様であった。
彼が巨大な伝統派という組織の最上位層たる枢機卿にまで昇段できた理由は、出世競争や政治抗争で周囲が勝手に自滅してしまったから。それと、凡人である彼は与えられた仕事を可もなく不可もなく――周囲の嫉妬や反感を買うほどの成功もしなければ、周囲の非難や嘲笑を買うような失敗も犯さなかったから。
優秀ではないが、無能と評すほどでもない男。それが周囲の認識である。
いうなれば、田舎の小さな教会で純朴な村民相手に牧歌的な説教を説きながら、畑を耕しているべき司祭と言えよう。
しかし、世界と時代は彼に聖座を与え、歴史の檜舞台に引き出した。
○
ヴィルミーナは二本足の主力戦車みたいな女であるが、迂回戦術を得意としている。
まぁ考えてみれば当然の話だ。
現代地球の高度情報化社会は言い換えれば、高度な監視社会であり、司直は強力な追跡能力を発揮する。貪欲で貪婪な新自由経済主義的世界のグレーゾーンを生き抜くには、そうした司直の鋭い耳目を避け、長い手から逃れる手法を熟知しなくてはならない。
それに、グレーゾーンや裏社会に住まうイカレポンチやサイコパス共には、信義の商売なんて成り立たない。人食い鮫や気狂いハイエナ共には相応の手法で取引せねば命がいくつあっても足りない。
中国が対日輸出規制を行った際、ヴィルミーナは政府と業界の意向を受け、第三国経由で中国産資源を密貿易で調達してみせた。
この時、ヴィルミーナは地獄の海外行脚:カフカス編で培ったロシアン・コネクションを用いたが、自身は件のロシア人達と接触することはおろか、連絡すら持たなかった。
いくつもの仲介者を経由して行い、万が一失敗に終わっても、第三者が刑務所にぶち込まれるか、裏路地で“事故死”するだけ。否。自身へ通じるような手がかりを消去するため、意図的に件の第三者が処分されるようパン屑を撒く徹底ぶりだった。
人食い鮫や気狂い狼を扱う者が、イカレポンチやサイコパス共を手玉に取る者が、正常な人間のはずもなく。
ともあれ、ヴィルミーナはこれまで通り、仲介人と第三者を用いてクレテアから型落ちの軍用飛空船6隻と搭乗員を調達。ナプレ王国へ提供した。
ここまでは予定通り。
しかれど、怪しい手合い相手の怪しい商売に不測の事態は付き物。
「旧諸国独立同盟?」
怪訝顔のヴィルミーナへ、テレサが眼鏡の位置を修正しながら説明した。
「ええ。クレテアから調達した例の軍用飛空船。搭乗員が旧諸国独立同盟のエスパーナ人達が主になっていました。当初の予定では元クレテア軍人が主になっており、ナプレ王国で軍の人員に教育する手はずだったのですが……」
「間に挟んだ仲介者が余計なことをしたわね」
「ええ。先ほど記録を取り寄せて確認したところ、船の権利者が旧諸国独立同盟の外部企業になっていました。連中、チェレストラ海の戦い後、あの飛空船群をエスパーナの戦いに持ち込む気です」
「面倒をこさえてくれるわね」
ヴィルミーナは苦々しく顔を歪めた。
「私達はこの件に直接関与できないし、関与している痕跡が公になっても不味い。でも、このまま泣き寝入りはあり得ない」
賢人の言葉にある。『飴を望むだけ与えても良い。ただし、飴の瓶に手を突っ込まれたら、その手を迷わず切り落とせ』。
ヴィルミーナは賢人の教えに違わない。
「私の飴の瓶に手を突っ込んだ者を見つけ出して」
「その後の処理は……」
おずおずとテレサが切り出すも、ヴィルミーナは躊躇無く告げた。
「決まっているでしょう」
不埒者の手を切り落とすのだ。




