閑話30a:本日、雲多く波高し。
大変お待たせしました。
気象学によると、雲は三層に分けられる。
現代航空機が平然と飛び回る高度6000メートル以上にある雲を高層/上層雲、高度6000メートルから2000メートルあたりまでを漂う雲を中層雲、2000以下に浮かぶ雲を低層/下層雲という。
また、対流雲と呼ばれる雲は雲低が低層、雲頂が中層から上層に届く(ものによっては対流圏界面――空の天井まで達する)。他にも成層圏や中間圏に生じるものもあるが、ここでは割愛する。
この日のエトナ海は対流雲――天空城や龍の群れでも隠れていそうな巨大入道雲が、いくつも漂っていた。入道雲の群れが陽光を遮っているため、海上はどこか仄暗い。
そんな空模様に釣られてか、波浪が高く、風は少ないのに海面が大きくうねっていた。波を掻き分けて進む帆走軍船も大きく揺さぶられている。
二等戦列艦『ル・ブラン・ラ・ブロワ』の後甲板で、コルベール大将は二角帽を脱ぎ、禿頭を撫であげた。
「海の機嫌が悪いな」
ベルモンテ公国特使派遣隊は二等戦列艦1隻、三等戦列艦1隻、フリゲート2隻からなる。これは事実上、ベルモンテ公国海軍に無傷で残る最後の戦力だった。
先のエトナ海諸島沖海戦において、ベルモンテ海軍主力艦艇群はなんとか脱出に成功していた。
しかし、その多くが損傷しており、修理の資材も人手も施設も足りなかった。限りある資材は小破艦の修理へ優先され、大破艦を解体して中破艦の応急手当て用資材に回す有様だった。
そんな状況の中、ベルモンテ公国は貴重な戦力を用い、特使をクレテア・ベルネシア共同海軍前線司令部のあるエトナ海諸島へ送り出していた。
文字通り、国の命運を背負って。
これは我が無能が招いたことか、とコルベールは自己嫌悪と自己批判に駆られる。エトナ海諸島沖海戦で勝利できていれば、これほど無様な事態は避けられたはずだ……
「何か心配事ですか、閣下」
『ル・ブラン・ラ・ブロワ』艦長のエスターシュ大佐がコルベールに声を掛けた。彼は先の海戦を生き延びた一人だった。
「いや、今日は海の機嫌が悪いと思ってね」
コルベールは禿頭を擦りながら小さく息を吐く。
「卿には貧乏くじを引かせてしまったな」
「本国に居ても暇なだけですから。先の敗戦以来、酒場にも繰り出せない身ですしね」
エスターシュは潮焼けした顔に悪戯っぽい笑みを湛える。
「今のは嫌みじゃありませんよ、閣下。出入り禁止はツケと乱闘のせいです。部下達も他の艦も貴方に思うところはありません。それどころか、生き残った者達は生還させてくれたことに感謝してますよ」
「卿の気遣いがありがたいよ」とコルベールは顔を隠すように二角帽を被り直した。
刹那。
複数の鋭い風切り音が響き、船隊先頭を走っていたフリゲート艦が水柱と爆炎に包まれる。
「敵襲――――――――――――ッ!!」
マスト櫓の観測兵がメガホン片手に叫び、警鐘が乱打される。
「総員戦闘配置っ! 急げっ!! 敵船はどこだ、報告しろっ!!」
エスターシュ大佐が額に青筋を浮かべて吠え、コルベールは後甲板から身を乗り出すように被弾した先頭のフリゲート艦を窺う。
船体の先頭を進むフリゲート艦がメインマストと船首を砕かれていた。
へし折れたメインマストが索具と帆を絡めとりながら海面に落下。その衝撃と重量と波の抵抗でフリゲート艦を大きく傾げる。
荒い波浪が砕けた船首を直撃。その膨大な水圧と運動エネルギーによって、フリゲート艦の船首破口から船体木皮がべきべきと破壊の音色を奏でて割れ裂けていく。
そして、莫大な量の海水が船内へ侵入し、フリゲート艦を水底へ引きずり込み始めた。
逆立ちするように船尾を空に突きあげ、船首から沈んでいくフリゲート艦をかわし、二隻の戦列艦は突き進む。味方を救うために足を止める贅沢は選べない。
「済まない……っ!!」
コルベールが歯噛みして拳を握り締めたところへ、
「敵影発見っ!! 2時上方っ! 入道雲の陰ですっ! 距離4200ッ!!」
観測員の怒号にエスターシュや士官達が即応。双眼鏡や単眼鏡で空を睨む。コルベールも身体強化魔導術を両目に用い、空を睥睨した。
コルベールの両目が豆粒ほどの影が5つほど捉え、双眼鏡でより高倍率の視認が可能なエスターシュ大佐が毒づいた。
「気嚢に牛頭紋……“牛頭鬼猿”だ」
○
当初、ガットゥーゾはベルモンテの主要軍港を強襲するはずだった。
ところが、出撃直前に間諜が軍港から小戦隊の出航を通報。これにより任務は急遽変更され、この小戦隊の撃破を命じられた。
その任務自体は構わない。蜂の巣みたいな敵の軍港を襲うより海上船を襲う方が楽だ。
しかし……
ブリッジで双眼鏡を覗くガットゥーゾは疑問を抱いていた。
「戦列艦2にフリゲート2か。連中はアレで何をする気だったんだ?」
隣に立つ副長が皺だらけの顔をニヤリと歪める。
「とっ捕まえて連中から聞き出しちゃあどうです? 獲得賞金も出るし、本国の腹黒共にせいぜい高く売りつけてやりましょうや」
ガットゥーゾはくつくつと苦笑いをこぼし、命じた。
「次は最後尾のフリゲートを叩く。戦列艦は弱らせてから降伏勧告しよう」
「そう来なくちゃ」
にんまりと口角を吊り上げ、副長は伝声管に向かって吠える。
「野郎共、戦列艦狩りだっ! 孫の小遣い代を稼ぎたきゃあしっかり働けっ!!」
平均年齢45歳の年寄海賊達が歓声を上げて動き始めた。
○
「4時方向海上より砲声を確認ッ! 距離約2万先ですッ!」
空中聴音器を扱っている聴音手から報告が入り、『空飛ぶ魔狼号』副長のティネッケ・ラ・グシオンが訝る。
「2万先の海上? 実用距離外だろう?」
この時、私掠船『空飛ぶ魔狼号』と僚船『白き鷲頭獅子号』は乱立する巨大な積雲の合間を縫うように飛んでいた。
私掠船商売に雲底下の低高度を飛ぶという選択はない。高度は常に高くとるべし。
「他の索敵はどうか?」
「各所観測と他の索敵では捕捉していません」と情報士官が首を横に振る。
「捜索哨戒艇が居ればな……」
レブルディⅢ型のような捜索哨戒能力に特化した船と違い、魔狼号はグリルディⅣ型高速戦闘飛空艇だ。近代改修で索敵系が強化されていても、レブルディ型には遠く及ばない。
ティネッケは船長席に座る隻眼の美人船長アイリスを一瞥した。
が、敬愛する叔母は何も言わない。姪がどう判断するか窺っている。
ティネッケは報告を吟味する。
砲声と言うことは戦闘中なのだろう。友軍とコルヴォラント西部艦隊残党が戦っているのか。それとも、遊軍の敵哨戒艇狩りか? 魔導通信で確認を採るか? いや、通信波を逆探されるかもしれない。
なら――
「船長。反転し、聴音手の報告を確認したくあります。よろしいですか?」
姪の出した答えに、アイリスは唇の端を吊り上げた。
「砲声に向かって進め、か。良いだろう。鷲頭獅子号に連絡を入れな」
○
船隊最後尾を進んでいたフリゲート艦が、空から降り注ぐ弾幕に捉えられる。
フリゲート艦は幾重の水柱に囲まれ、船隊中腹が深々と抉られ、後楼を殴り砕かれた。
しかも、炸裂弾は砲弾や発射装薬を殉爆させた。大量の魔晶炸薬が蒼い励起反応光を発しながらそのエネルギーを放射。水兵や火砲を薙ぎ払い、船体肋骨をへし折り、マスト基部や梁を砕いた。
船体内部からの爆圧により船体木皮が割れ剥がれ、甲板と水兵を吹き飛ばす。炎熱が帆や策や水兵を焼き焦がす。
荒々しくうねる海に揺られながら、フリゲート艦は松明のように燃え上がり、ゆっくりと横転していく。火達磨になった水兵達がばらばらと海へ転げ落ちていった。
「クソッタレがぁっ!!」「対空砲火だっ! ありったけ打ち上げろっ!!」「小銃でも魔導術でも構わんっ! とにかく撃てっ!!」「最大船速だっ! 魔導術も使えっ! マストや舵が損傷しても良いっ!」
残った二隻のベルモンテ海軍戦列艦は対空戦闘を行いながら、必死に前進し続ける。他に選択肢など無い。
帆船はその構造上、どうしても対空能力に限界がある。
マストや帆が射界や射角を妨げるし、対空砲の反動衝撃や船体強度などの技術的問題が、頭上の脅威へ抗う術に枷となっていた。
それでも一昔前なら、飛空船に搭載可能な火力限界からちっとはマシな勝負が出来たのだ。しかし、火砲の性能が向上し、砲弾が実体弾から榴弾や炸裂弾に進化した現状、飛空船は海上船に対して圧倒的優位を確立している。
重武装の戦闘艦であっても、この事実からは逃れられない。
牛頭紋を掲げるガットゥーゾの飛空船隊はベルモンテ戦列艦を拿捕すべく、傲然と距離を詰めていく。船団5隻のうち1隻を高空に残し、周辺警戒に当たらせる。主力の4隻が二組に分かれ、それぞれ降下強襲と上空援護を担う。
「弾を葡萄玉に変えろっ! 最上甲板を掃除だっ!!」「水撒きバケツだっ! マスト上の銃兵を叩き落とせっ!」「降下強襲用意っ!! 索具に絡まったり海に落ちたりするようなマヌケは助けねえぞっ!!」「ヒャッハーッ!!」
平均年齢45歳の年寄海賊達が嬉々として戦列艦を襲う。
強襲のために高度を下げていく二隻の飛空船が火砲から戦列艦へ散弾を叩き込み、擲弾連発銃や多銃身斉射砲ミトラユーズの弾幕を浴びせる。
弾幕の雨を浴び、『ル・ブラン・ラ・ブロワ』の船上は、肉屋の俎板みたいな有様に化けた。
マスト櫓に居た銃兵達は瞬く間に全滅し、銃兵の血肉と砲弾を浴びた帆は赤黒い襤褸雑巾と化し、千切れた索具が暴れる。散弾に耕された最上甲板を高波が洗い、斃れた水兵の血肉を押し流す。
空から降り注ぐ鉛玉から運よく生き延びたコルベール大将は、倒れたエスターシュ大佐へ駆け寄った。
「艦長ッ!」
コルベールはエスターシュを起こそうとして、思わず固まる。
エスターシュ大佐は両足の膝上から先が失われており、大量の急出血でショック状態に陥っていた。それでもなお、エスターシュは指揮官の責任と務めを果たし続ける。
「敵は空挺襲撃を仕掛けてくる気だっ! 砲兵っ! 近づいてきたところへありったけの砲弾を叩き込めっ! 総員、白兵用意っ!!」
エスターシュは傍らのコルベールの襟を引っ付かみ、
「閣下は船内へ退避してくださいっ! 急いでっ!」
「し、しかし――」
「早く行きやがれっ!」
コルベールを突き飛ばすようにして水兵達に預け、さらに怒鳴った。
「誰か椅子を持って来いっ! 俺は後甲板で死ぬっ!」
水兵達に引きずられたコルベールが船内へ入ったことを確認した時には、エスターシュの各感覚野は弱まり、意識の混濁が始まっていた。その気高き魂が今にも肉体を離れようとしている。
水兵達は椅子を用意し、死にゆく艦長を丁重に抱え上げて椅子に座らせ
――られない。降り注いだ散弾の嵐が無情にもエスターシュと水兵と椅子を破砕した。
散弾が耕した『ル・ブラン・ラ・ブロワ』の後甲板に転がったエスターシュの目玉が、空挺降下を開始する海賊共を映していた。
★
飛空船による海上船への空挺強襲はしばしば『乙女を手籠めにするように』と評される。
上空から力づくに押さえ込み、無理やり乗り込んで制圧する様は、なるほど狼藉者が乙女を手籠めにする様に似通う。
牛頭鬼猿ガットゥーゾが率いる熟練海賊達は、まさしく戦列艦『ル・ブラン・ラ・ブロワ』とその僚艦を手籠めにしようとしていた。
ロープの懸垂降下により、海賊達が『ル・ブラン・ラ・ブロワ』に次々と移乗していく。
二等戦列艦ほどの巨躯とはいえ、大きく揺れる帆船への降下移乗は容易くない。ベテランぞろいの年寄海賊でもマストにぶつかったり、帆や索具に絡め取られる者が出た。
そうしたトラブルを踏まえても、大半の海賊達が移乗に成功。馬手に手斧や片刃剣を、弓手に拳銃や切り詰め散弾銃を握り、船内へ向かって進撃していく。コルヴォラント式全身甲冑をまとった装甲兵も少なくない。
むろん、それは『ル・ブラン・ラ・ブロワ』側も同じだ。戦列艦ともなれば、陸戦隊に装甲兵も含まれるし、魔導術士も乗船している。何より、痛めつけられたとはいえ、数的にはまだまだ優勢なのだ。海賊如きが調子こいてんじゃねえっ!!
船内はたちまち伝統的な勇敢さと野蛮さに満ちた。
「ぶっ殺せっ!」「くたばれっ!」「海賊風情がぁっ!」「裏切り者のベルモンテ人めっ!」「擲弾だっ! 擲弾を投げ込めっ! まとめて爆砕しちまえっ!」「魔導術を使えッ! 奴らを一掃しろっ!!」
銃弾が飛び交い、剣戟が煌めき、魔導術が荒れ狂う。撃ち殺され、斬り殺し、殴り殺され、叩き殺し、吹き飛ばされ、薙ぎ倒す。怒号を浴びせ、悲鳴が上がる。悪罵を叫び、断末魔が上がる。船内は足の踏み場もないほど双方の血肉で染まっていく。
戦いはガットゥーゾの海賊達が優勢に進んでいる。
『ル・ブラン・ラ・ブロワ』側は空挺強襲前の制圧掃射により、主要士官や陸戦隊員を数多く失っていた。
士官は指揮統率だけでなく只の男達を兵士に変える存在であり、陸戦隊員の数は白兵戦の優劣に大きく影響をもたらす。彼らの不足が数的優位を活かせない。
第一砲甲板が海賊達に制圧され、戦闘は第二砲甲板へ移り始める。
勝敗は決しつつあった。
ガットゥーゾは自らの『復讐の聖母号』から、僚船による二等戦列艦への空挺移乗攻撃を見守っていた。
もう1隻の戦列艦も部下達の2隻が制圧に掛かっている。
「そろそろ降伏勧告しても良い頃か。移送の人員配置をせねばな」
ガットゥーゾが2隻の戦列艦を拿捕/鹵獲し、本国へ持ち帰る算段を立て始めた、矢先。
落雷のような轟音が響き渡り、頭上で周辺警戒に当たっていた飛空船が爆炎に包まれる。
気嚢が燃え広がり、船体後部が半ば吹き飛んだ武装飛空船は、船体木片や搭乗員やあれやこれやをばら撒きながら一直線に水面へ落ちていく。
「何が起きたっ!? 確認急げっ!!」
ガットゥーゾが鋭い声を発し、
「敵影っ! 1時上方、距離3万2千っ! ベルネシアの戦争鯨が2隻っ!」
台座付き大型双眼鏡を覗き込んだ観測員が叫ぶ。
「先手の船は……船首に魔狼像っ! ありゃあ『空飛ぶ魔狼号』ですっ!!」
「竜殺しの娘っ子か。連中はチェレストラ海に居るはずだが……ふむ。このベルモンテ船隊と合流することが目的だったか」
ガットゥーゾは状況証拠から“誤解”した。まあ、誤解したからと言って判断に大差はない。
「降下した連中はそのままで構わん、全船急速上昇っ! 対飛空船戦闘用意っ!!」
「下りた連中を置き去りにしちまって良いんですかい?」
「連中だけでも船の制圧は可能だ。奴らを落としてから合流すれば良い。さっさと高度を上げんと、一方的に沈められてしまう」
男性的魅力の滴る微笑をこぼし、ガットゥーゾは副長へ言った。
「それに若い女性のお誘いを無下には出来まい?」
「確かに。誉れ高い別嬪さんとなりゃあ、特にですな」
副長は野卑に笑い、船員達へ怒鳴る。
「船長の命令が聞こえただろうがっ! とろとろしてんじゃねえっ!! 頭の上から砲弾を浴びたくなきゃあ、さっさと高度を上げろっ! 総員、空戦用意っ!! 急げっ!」
意気軒高な部下達から目線を切り、ガットゥーゾは狂猛な顔つきで『空飛ぶ魔狼号』を睨む。
「小娘め。教育してやる」
○
巨大な入道雲の狭間をプカプカと泳いでいたフローレンティア公国旗の武装飛空船を見つけ、撃沈したところ――
「当たりを引いたね」
アイリスは獰猛に口角を吊り上げた。
眼下に4隻の飛空船と2隻の戦列艦。
戦列艦はベルモンテ国籍で、ツー・バイ・ツーに分かれたフローレンティア飛空船に空挺強襲を受けている。
「なぜフローレンティアの私掠船団がベルモンテ海軍を襲撃してたんでしょう? ベルモンテは確かに寝返りましたが、ナプレのように他国へ戦争を吹っかけようとしていないのに。それとも、私達が知らない間にフローレンティアとベルモンテが宣戦布告を交わしたんでしょうか?」
副長のティネッケが双眼鏡を覗きながら、もっともな疑問を呈する。
ベルモンテは裏切った。が、コルヴォラント連合に宣戦布告してないし、無通告攻撃を仕掛けたわけでもない。フローレンティアもベルモンテとナプレを強く非難してはいたが、宣戦布告はしていなかった。
眼下の出来事は一体どういうことなのか?
「どうでもいいさ、そんなこたぁ」
アイリスは姪の疑問を歯牙にもかけなかった。
重要なことは、フローレンティアもベルモンテも攻撃しても構わない“敵”であること。何より、敵飛空船隊に“牛頭鬼猿”ジャコモ・ガットゥーゾがいること。これだけだ。
腹を空かせた魔狼のような顔つきで、アイリスは船内へ通告する。
「野郎共ッ! 獲物は地中海屈指の大海賊だっ! 気合い入れなっ!!」
『おおおおおおおおおおおっ!!』
伝声管から水兵達の旺盛な戦意が返ってきた。
満足げに頷き、アイリスは眼帯を締め直す。
敵は4隻。こっちは2隻。敵は快速型武装飛空船。こっちはベルネシアが誇るグリルディ型高速戦闘飛空艇の改修型。数は向こうが有利。質はこちらが優位。
向こうの2隻はベルモンテの戦列艦へ空挺移乗攻撃を仕掛けていたようだ。つまり、操船と攻撃の人手が足りない。
「強敵を先に潰して雑魚を掃討するか。雑魚を落としてから強敵に集中するか」
「雑魚から片付けましょう」
姪が言った。
「たとえ相手が雑魚でも放たれる砲弾の威力は強敵と同じです。ならば、鬱陶しい雑魚を迅速に片付けてから強敵に取り掛かりましょう」
アイリスは面白味を覚え、ナゾナゾを問うようにティネッケへ尋ねる。
「雑魚を仕留めてる間に横っ面を殴られるかもしれないよ?」
「叔母様。我々の船は高速戦闘飛空艇グリルディⅣ改修型ですよ? 相手が熟練の大海賊で地の利を得ていようとも、我々は船の性能と人員の練度、それに高度差で圧倒的優位です」
姪は叔母へ挑むように答えた。
「船長と呼びな。だが、良いだろう。ティーの案で行く」
アイリスは満足げに頷き、朗々と声を張る。
「機動戦を仕掛けるぞっ! 間抜け面して落ちるんじゃないよっ! 鷲頭獅子号に伝えなっ! ぶん回すからしっかり付いて来い、となっ!」
「鷲頭獅子号から返答っ! 『美女のケツを追うのは得意だ、存分にやられたし』。以上っ!」
「ぬかしやがる」
通信士の報告にくつくつと喉を鳴らし、アイリスは右目で牛頭紋を掲げる飛空船を睨む。
「引導を渡してやるよ、ジジイ」




