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アレックス相手に上から目線でのたまった数日後。
この日、ヴィルミーナは高等部学生活動棟の一室、第一王子エドワードが借りている部屋を訪ね、頭痛を覚えた。
「アリシア・ド・ワイクゼルです。よろしくお願いします」
久しぶりに第一王子エドワードからお茶に誘われて赴いてみれば、これである。
さらなる正統派イケメンに成長中の第一王子エドワードは魅力的な笑顔を浮かべ、屈託なく言った。
「いとこ殿に俺の友人を紹介したくてな」
何を暢気に笑うてんねん、と喉元まで出かけたが、ヴィルミーナは根性で柔らかな微笑みを維持した。元々感情表現豊かで顔芸師的なヴィルミーナにしては、会心の表情筋制御だった。
このガキ、私に紹介することで『友人』として傍に置くことを事実化しようとしてやがる。どのバカの入れ知恵だ。とヴィルミーナは素早くエドワードの取り巻き達を睥睨した。
目をそらしたバカは三枚目系イケメンの北部沿岸侯次男坊カイ・デア・ロイテール。
チャラ男め。余計な真似し腐りよってからに。
ヴィルミーナは悠然と呼吸して内心の憤懣を鎮火し、
「それはそれは。こちらこそよろしく。アリシアさん」
エドワードとアリシアの対面に腰を下ろした。
「殿下とアリシアさんは随分と親しくされているようですね」
「うん。アリシアとは妙に気が合ってな」とニコニコ顔の第一王子エドワード。
何笑うてんねん。今のは嫌味やぞ。あかんわ、嫌味に気づかんほど色ボケしとる。おう、眼鏡。どないなって……お前も何ニコニコしとんねや。
知恵袋役であろうクール系眼鏡イケメンの宰相令息マルク・デア・ペターゼンは、微笑むアリシアを見て『あ~可愛いんじゃ~』とでも言いそうな顔している。ぶっ飛ばしてやろうか。
「ヴィルミーナ“さん”は“エドさん”のいとこなんですよね。エドさんの小さかった頃のお話とか色々お話聞きたいです」
アリシアが遠慮なく話しかけてきた。
その馴れ馴れしさはともかく、第一王子を『エドさん』呼びにしたことへの衝撃は大きい。ヴィルミーナをして絶句するほどだった。思わず王子とボンクラな取り巻き達に冷たい視線を飛ばす。が、色ボケしている彼らはヴィルミーナの視線に気づきもしない。
ヴィルミーナは背筋に冷たいものを覚えた。
マジか。入学半年で何やねんこの好感度の高さ。何があったんコレ。もはや逆ハー状態やんけ。羨まし……や、おっそろしい。
「アリシアさんに殿下の色々な秘密を教えて差し上げるのはやぶさかではないけれど、婚約者であるグウェンドリン様を差し置いて、では後々恨まれてしまいますから、今日のところは無難な話題でお許しくださいな」
ヴィルミーナは口元以外まったく笑っていない顔で、第一王子エドワードを見る。眼光で人を殺せたら、きっとエドワードを殺せただろう。
流石にこの視線と言い回し――『お前、婚約者ほったらかして何やってんだよ』という釘刺しは伝わったらしく、第一王子エドワードはしかめ面を浮かべた。
「ああ、うん。そうだな。今日は無難に済ませてくれ」
よし。理解したな。
「私もアリシアさんのこと、色々伺いたいわ。よろしいかしら?」
ヴィルミーナはアリシアへ微笑みかける。
こいつが『ナチュラルに男子からモテて、女子にはとことん嫌われるタイプ』か、それとも『女子に嫌われても構わないから、計算高く男子にちやほやされたいタイプ』かで、話が大きく違ってくる。後者なら化けの皮を引っぺがすだけで良い。だが、前者だと……
「もちろんです。何でも聞いてくださいっ!」
無邪気に微笑み返してくるアリシア。ヴィルミーナの腹の内を読む素振りすら窺えない。
あかん。前者っぽい。
ヴィルミーナは即座にアリシアとの距離をどう取るべきか計算する。こいつは間違いなく放火魔、いや、爆弾魔の如くあちこちでトラブルを起こすだろう。それを諫めようとすれば王子派閥を敵に回し、放置しても王子の親戚として何とかしろと周りに突かれまくるだろう。
とりあえず、アリシアに対して初対面同士で距離感を図る感じで情報を引き出しつつ、王子達に逐次『釘を刺す』。細かい対策はそれからだ。
方針を決定し、ヴィルミーナはアリシアへ微笑みかけた。
「それじゃあ、まずは―――」
〇
「あれは暗愚ですね。もしくは白痴です」
茶会が終了後、場に同道していたアレックスが吐き捨てた。
「自分の立ち回りがどういう意味を成し、周囲にどう影響を与えているか、想像もしていないでしょう。成り上がりとはいえ準男爵家でしょうに。あまりに無自覚です」
アレックスの言葉に差別的な棘があるのは、世襲貴族は基本的に準貴族を成り上がりとして格下に見做すからだ。まあ、そうした意識を抜きにしても反感があるのだろうが。
「断定は出来ない。間抜けの皮を被った才人は例に暇がないからね。私や貴方が見抜けないだけで、あれが演技という可能性もある」
「だとしたら、それこそ奸婦毒婦の類です。傾国の種です」
「魅力だけで国一つ傾けるとか、女のロマンね」
ヴィルミーナは虚ろに笑い、小さく嘆息を吐く。
アリシアとの会話を思い出す。
ド・ワイクゼル準男爵家は王国東部の貴族で御家を興してまだ三代目だという。家祖はアルグシアとの戦争で大手柄を上げて騎士爵を賜った。二代目(アリシア祖父)が慣例叙爵で御家を継いだ後、外洋領土へ入植。三代目(アリシア父)が入植先で生じた小規模紛争で敵将を捕らえる大金星を挙げ、陞爵して準男爵となったとのこと。
アリシアの母親は外洋領土に入植した低級貴族家の庶子で、アリシア父と大恋愛の末に結婚。アリシアは外洋領土で生まれ育ち、11の時に一家で本国に移動(入植先の土地は祖父母と叔父一家が管理中)。教会が運営する私塾で初等教育を受けた後、王立学園へ転入した。
ちなみに一人っ子。ただし、両親は今も弟妹作りに励んでいるらしい。そこまでは聞きたくなかった。
血統主義である貴族の観点から言えば、アリシアは貴種とはとても言えない。どう取り繕っても成り上がりの上級平民、そんなところだろう。
しかし、良くも悪くも非貴族的なアリシアの屈託のない明るさと闊達さは実に好ましい。王妹大公の娘として貴族生活に頭のてっぺんまで浸かったヴィルミーナは、前世の気の置けない友人達を思い起こした。第一王子閥の中心人物達を誑していなければ、ヴィルミーナが派閥に組み込んで愛でていたかもしれない。
話してみた印象と感覚としては、アリシア嬢は理屈より感覚、論理より情実を重視する人柄で、これが明るく快活で人好きな性格と合わさった末、王子派閥の中心人物をごっそり落とした。それから、アレックスが言うほどに愚かではない。ただし、周囲の反応を気に留めない向きが強い。よく言えば、天真爛漫。悪く言えば、無頓着。
見方を間違えたな。『ナチュラルに男子にモテて、女子に嫌われる』タイプじゃない。
周りからとことん好かれるか、とことん嫌われる人間だ。周囲を敵と味方に隔てるタイプ。
あー……嫌な予感がしますねー。
なお、アリシアはとんでもなく魔導適性が高い。ただ、これだけで王立学園へ入学できたとは思えない。準男爵家の娘で魔導適性が高い。この条件なら王立学園ではなく魔導学院に入るのが常だからだ。間違いなく後援者がいる。それも、強力なのが。
その辺りがはっきりしなかったことは悔やまれるが、ま、ファースト・コンタクトならこんなもんだろう。
ヴィルミーナは鼻息をつき、
「いずれにせよ……この問題は早めに解決しないとひっどく鬱陶しい事態が生じるわね。しかも、私は好むと好まざると関係なく巻き込まれる」
「迷惑な話です」
アレックスの苦り顔に、まったくだ、と同意して告げた。
「今日の交流は明日にも学年中に広がるでしょ。どういう噂が立つか注視しておいて。反応次第では、派閥外の交流を断つわ。ビジネスが忙しいとかなんとか適当に理由付けてね」
「しばらくは風見鶏に徹するのですね」
「そうよ、アレックス。私達の学生生活はあと3年半もあるのだから。どちらかに深入りして残りの学生生活を派閥抗争、なんて嫌でしょ?」
ヴィルミーナの倦んだ横顔に、アレックスは小さく首肯した。
麗しきモラトリアム期間を他人の都合に振り回されて蕩尽。嫌すぎる。
そして、ヴィルミーナはにやりと笑った。
「だいたい……自分の旦那様も見つけてないのよ? 他人の色恋なんかに構ってられないわ」
たしかに。とアレックスも笑った。




