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大陸共通暦1781年:ベルネシア王国暦264年:晩夏
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム
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白獅子財閥王都社屋の総帥執務室で、ヴィルミーナは憮然とした面持ちを浮かべていた。
「予想はしていたけれど、数字として突きつけられるとへこむわ……」
「コスト増による価格上昇は赤字ギリギリまで抑え込みましたが、それでもやはり影響は防ぎきれません。ただ軍需と民間軍事会社は売り上げを大きく伸ばしています」
ヴィルミーナのぼやきにアレックスが慰めの言葉を掛ける。
地中海の戦はベルネシア――協同商業経済圏に戦争景気をもたらす一方、当事国としての戦時不況ももたらしている。
ベルネシアに限れば、クレテアと聖冠連合の貿易に戦争経済の波が押し寄せ、それが国内経済へ影響している。また経済の相互関連性に基づく波及効果もあり、軍需で活況、民需で不況という何とも言えない状態になっていた。
白獅子財閥もまたこの情勢の渦中にある。
ある意味当事者であるし、白獅子は軍需と民需、両面で飯を食っている組織だ。その影響から逃れられない。
軍需筋は各種資材――添加鋼を始めとする高品質資材が飛ぶように売れている。民間軍事会社を中核とする戦時サービスはエリュトラ襲撃とクラトンリーネ会戦以降、好調を維持している。
一方で予想していた通り、蒸気機関を始めとする動力機関系は燃料と原料資源の調達価格上昇に伴う値上げにより、売り上げを落としている。ヴィルミーナは当初、赤字覚悟で価格据え置きを試みたが、限界があった。
他の製造業の売り上げも戦争の影響を受けているため、機械系事業だけを特別扱いできなかった。
たとえば、戦争に伴ってクレテアの農作物が値上がりしたことは、ベルネシア国民の食生活から外食産業、保存食製造業、家畜飼料や肥料にまで波及している。
白獅子の場合、聖冠連合帝国産の資源がコスト増になったことで、主力の添加鋼や工作機械の製造コストが増えていたし、加工食品関係も原料のクレテア農産物が値上がりした影響を被っている。
これら民生事業は軍需と民間軍事企業の利益だけではとても補いきれない。そもそも民間軍事企業の戦時サービスは入ってくる金もデカいが、出ていく金もデカい(かといって、財布の口を閉めるとロクなことにならない)。
結局のところ、上半期の決算は辛うじて黒。だが、前年までの収益に比べれば、事実上の赤字と大差ない。
だからこそ、地中海の制圧を急がねばならない。今、この時期にベルネシア産業革命――白獅子が先導する機械化の普及が停滞すれば――
「何が気に入らないかと言えば、イストリア製品のシェアが増しつつあるってことよ」
イストリア人はこの機会を見逃さなかった。自国産蒸気機関を輸出し、ベルネシアとクレテアの機械市場を蚕食し始めている。これは非常によろしくない。
ヴィルミーナはベルネシア製品や白獅子製品を、現代地球世界の『日本製』や『トヨタ製』や『ホンダ製』のようなブランドにしたい。よって、今の段階でイストリア製機械が普及することは“邪魔臭い”の一言に尽きる。
「技術的には私達の方が優れているのに。コルヴォラントの田舎者共にはとことん煩わされる」
忌々しげに髪の毛先を弄りながら、
「アンジェロの件以来、コルヴォラント絡みは不愉快なことばかりだ。いっそあの半島を丸ごと地中海に沈めてやりたいくらいよ」
ヴィルミーナは恐ろしく冷厳な目つきで呟く。
「お顔。怖くなってますよ」と案じるようにアレックスが指摘した。
むにむにと眉間を揉みながら、ヴィルミーナは蒸気機関のように盛大な鼻息をつく。
「眉間の皺が取れなくなっちゃう」
慨嘆するヴィルミーナの様子に、アレックスは柔らかな微苦笑を湛えつつ、執務机上の書類を手にした。
「後ほど、エステルから報告がありますが……エトナ海諸島沖の海戦に触発されたのか、チェレストラ海も活発化傾向にあるとか」
「概要は聞いてる。デ・ズワルト・アイギスが寄越した追加物資と予算の請求額に頭痛を覚えたわ」
背もたれに体を預け、ヴィルミーナは椅子の肘置きを使って頬杖を突き、
「つくづく戦争なんて当事者になるものじゃないわ」
仰々しく溜息を吐く。
「レヴもまた派遣されるかもしれないし」
「御主人が?」アレックスは微かに眉根を寄せ「ひょっとして、ギイ絡みですか?」
「ここだけの話だけれど」ヴィルミーナは仏頂面で「まさにまさによ、アレックス」
「人聞きの悪い物言いになりますが……この情勢下で“中立国”へ軍の特殊を送り込むほど、ギイの研究成果は価値があるので?」
「少なくとも王国府や軍は価値を見た、ということでしょうね」
アレックスの容赦ない物言いに肩を竦め、ヴィルミーナは頬杖を突く右手の小指で唇の端を掻く。
「ともかく、地中海は年内に押さえたいわ。何か決定打が欲しい。出来れば、私達の負担が軽いもので。血を流すのはコルヴォラント人だけで充分」
さらりと酷いことをのたまうヴィルミーナ。
「そうですね」
アレックスもしれっと同意し、少し考え込んでから提案した。
「技研で製作しているアレを試されては如何です?」
○
ソルニオル公爵領の公爵城館内にある女大公の館。
その時、クリスティーナは安楽椅子に腰かけて午睡の真似事をしていた。
聖冠連合帝国女大公クリスティーナは老いで美貌を失わない類の女性だ。50を間近に控えてもなお、円熟した色気と艶気を有している。娘と息子がそれぞれ家庭を持ち、孫達も健康。かつての屈従の日々に比べたら幸福極まりない。
が、近頃のクリスティーナはいまいち気分が晴れない。
理由は此度の地中海戦争だった。
エトナ海での海戦以来、チェレストラ海も戦雲が濃くなり始めている。万が一にも公爵領や経済特区に被害が及べば大変なことになる。
息子が治める公爵領は当然として、万が一にも帝室直轄領の経済特区に被害が及べば、外資は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、帝室の面目も丸潰れとなる。当然、総督として経済特区を預かるソルニオル公爵家もただでは済まない。総督職を剥奪され、莫大な利権を失うだろう。
コルヴォラント随一の海洋経済国ヴィネト・ヴェクシア共和国はこの弱点を把握しており、前ソルニオル公ルートヴィヒがヴィネト・ヴェクシア共和国貴族から前妻を迎えていた件と加え、現ソルニオル公カスパーに裏口工作を仕掛けていた。
おかげで、“魔狼の女王”たるクリスティーナは防諜と情報工作戦、中央への連絡など面倒に煩わされている。
『貴女の御点前を思えば、何も心配しておりませんよ』と陰険アスパラこと帝国宰相ステパノヴに皮肉を吐かれる始末だ。
ヴィネト・ヴェクシア共和国がこれ以上の面倒を企まないよう、彼らの本国そのものに圧力を掛けたいところだが……
帝国がコルヴォラントに接する国境は、ブングルト山脈の支脈山岳地と共有内海たるヴェクス湾。前者は山道すら乏しい峻険な地勢とモンスターの巣窟で陸軍の踏破が難しく、仮に踏破しても補給が難しい。後者は両国の海岸砲台が並ぶハリネズミで、渡海攻勢など自殺行為。空から攻めては? と問えば、戦略攻勢が可能な飛空船部隊が無い。
現段階では暗殺や破壊工作の意義も薄い。馬鹿馬鹿しい報復合戦を招くだけだし、好き好んで可愛い子や孫を危険に晒したくはない。
やはり現実的には“ベルネシアから”打診があった、コルヴォラント南部の切り崩し――ナプレ王国の調略か。
ただ、聖冠連合帝国もクリスティーナもコルヴォラント南部のナプレ王国とは縁が薄い。アプローチに時間が掛かるだろう。その間、公爵領と経済特区の危険が軽減しないことが不味い。
あるいは……コルヴォラント側に“一線を越えさせる”か。大義名分さえ得てしまえば、聖冠連合帝国も切り札――第一次東メーヴラント戦争でも使用を控えた戦略兵器を投入できる。
法王国が主体となって大量破壊魔導兵器を開発した事実は、クリスティーナも掴んでいた。北部の陸戦やエトナ海諸島沖海戦では使用しなかったようだが、これから起こるだろうチェレストラ海の戦ではどうか。
その場合、聖冠連合帝国海軍に犠牲を出すことは望ましくない。ベルネシアの傭兵共を生贄にするのが良いだろう。ただ、件の傭兵共はヴィルミーナの“私兵”だ。私兵の中には“友人”と見做す者も含まれる。無断で捨て駒にすれば後々面倒になってしまう。
かといって、交渉してもヴィルミーナは首を縦に振るまい。
ヴィルミーナは身内に甘く、甘やかすことも好む(事実、側近衆の幾人かは度々甘やかされている)。であるからこそ、“友人”を含む私兵達を勝手に使い捨てたら、反応は激烈なものになるはずだ。その面倒は避けたい。
「旨くない」
クリスティーナは目を瞑ったまま呟いた。安楽椅子に揺られながら思案する。
つまるところ、どういったリスクを負うか、ということ。
自身の家族を危険に晒すなどあり得ない。人生を懸けてクズ一族から守り通した“宝”を失う選択など論外。
では、利権を失うリスクを冒すか。これも無い。艱難辛苦に耐え忍んだ末に手に入れた利権だ。失ってたまるものか。
されど、ヴィルミーナを敵に回すことは損失が大きくなりすぎる。
となると―――
クリスティーナはゆっくりと目を開き、欠伸の代わりに独りごちる。
「やはりコルヴォラント人に血を流させることが一番かしら」
○
好色なる青年王アンリ16世は長年の愛人タイレル男爵夫人と昼下がりの情事を終え、浴室で汗を流していた。
一般に好色な王侯貴顕は次々と若い愛人に乗り換える例が多い。が、アンリ16世は気に入った女を長く愛でるタイプらしい。周囲がそれとなく新たな愛人を薦めても食指を伸ばさない。
事実、好色なわりにアンリ16世の女性遍歴は正妻と愛人の2人だけだ。後世、歴史家の間で『アンリ16世は本当に女好きだったのか?』という議論が生じている。
話を戻そう。
浴室は豪奢の極みだ。床は総大理石で、壁は彩陶タイルで緻密なモザイク画が描かれている。浴槽に横たわりながら天井を見上げたなら、ステンドグラスの天窓が広がっていた。
まあ、肝心の浴槽が個人用のサヤエンドウ型浴槽、という辺りがなんともチグハグだが。
浴室の一角に風呂番の侍女達が控えている。彼女達の役割はアンリ16世の身体を洗い、清潔なタオルで拭い、着衣をまとわせること。一応、伽も職務に含まれているが、前述の通り、アンリ16世が彼女達に手を付けることはなかった。
「ランドルディアは降伏せんか」
サヤエンドウ型浴槽脇のサイドボードからグラスを取り、アンリ16世はよく冷えたシャンパンを口に運ぶ。湯船で温まった体によく冷えた発泡酒が染み渡る。
司法省警察局局長がハンカチで汗を拭いながら応じた。
「法王国から更なる義勇兵と戦費を調達しようと躍起になっています。また、我が軍の圧力を軽減すべく連合諸国へ第二戦線の構築を要求しています。具体的にはタウリグニア・フローレテンィア国境です」
「フローレンティアが渋る顔が目に浮かぶな」
「ええ。陛下の御明察通りです」
両国国境はアルノン川による自然国境だ。同河川の主要橋梁は基本的に重防備体制が採られているし、遮蔽物が一切無い幅広の第一級河川を強行渡河? どれほどの犠牲を生むやら。主攻がタウリグニア・ランドルディア国境の山岳地だった理由の一因だった。
「ふむ」アンリ16世は唇の両端を緩め「同じく王冠を被る身だ。ユリウス5世公の希望を叶えてやろう」
「アルノン川の渡河を?」と警察局長が顔を引きつらせる。
「早合点するな」アンリ16世はグラスを弄びながら「ベルネシアと聖冠連合がナプレに揺さぶりをかけているだろう? 我らもナプレの背中を押してやれ」
コルヴォラント人を用いてコルヴォラント南部に第二戦線を構築する、アンリ16世はそう言っているのだ。
「そうだな。武器弾薬などはベルネシアとイストリアに売らせてやれば良い。我が国は物資輸送の手間賃で我慢してやろう。ナプレ王国にその気があるならば、カーパキエのみならず、ベルモンテと法王国の国土の奪取も許容する」
警察局長は思わず目を見開いた。
「ナプレにコルヴォラントの南部を完全に与える、と?」
「我々の地中海権益を認めるなら、な。元々他人の土地だ。我々の財布は痛まない」
アンリ16世はグラスをサイドボードに置き、浴槽から立ち上がる。腹が出た全裸が晒された。
頬を染める侍女達と無表情のまま顔を背ける警察局長を余所に、アンリ16世は告げた。
「悪企みしていたら再び催してきた。マリー・ヨハンナを寝室に呼べ」
アンリ16世が女好きだったかどうかはともかく、性欲旺盛だったことは間違いない。
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レンデルバッハ=クライフ夫妻が夜の営みを終えた夜深く。
夜の地中海で、美人空賊が暴れていた。
「今夜の仕事は終わりだ。さっさとズラかるよっ!」
ここ数日に渡り、民間軍事会社デ・ズワルト・アイギスの飛空船隊と契約私掠船隊は、コルヴォラント連合の各艦隊停泊地へ夜襲を繰り返していた。
といっても、エリュトラ襲撃ほど苛烈なものではない。最大射程距離から一斉射を加え、すたこらと撤収するハラスメントに過ぎない。
無論、砲弾を撃ち込まれる艦隊や港湾都市の方は堪ったものではない。物質的損害以上に精神的負担が圧し掛かる。
モリア=フェデーラ公国の港湾へ砲弾をばら撒き、さっさと撤収していく戦争鯨のキャビンで、アイリス・ヴァン・ローが薄く嗤う。
「まったく楽しい仕事じゃないか」
近頃のアイリス・ヴァン・ロー女士爵は妖しいほどに美しい。
齢40を過ぎて七難を隠す若さは失っている。しかし、アイリスは此度の戦争が始まって以来、極めて活力に溢れており純粋な女性的魅力に輝いていた。アイリスの生意気な胸や小癪な尻が放つ官能振りは、妖艶の一語に尽きる。
退屈な平和が終わってからこっち、アイリスは日々が楽しくて仕方なかった。閨に男を必要としないほど、日々が充実している。
先日、聖冠連合帝国の女大公閣下と会談した後、強力な補給が為された。
もちろんタダではない。なんせ女大公閣下は“あの”ヴィルミーナの伯母で、巷では“魔狼の女王”などとも呼ばれる女傑だ。補給が無償の好意であるはずがない。明確な目的があるに決まっている。
まあ、空飛ぶ魔狼号の主としては“女王陛下”の意に沿うこともやぶさかではないし、女王陛下の意向が雇用主との契約に反するものでなく、また自身にとって“楽しい”ものなら、否やなど無い。
「ナプレ以外の軍港を叩け、とはね。女大公閣下も人が悪い」とアイリスは小さく嗤う。
要は政治工作だろう。ナプレ以外の港を叩き、連合内に不和をもたらすための。
一船長に過ぎないアイリスに戦争の、ましてや戦時国際政治の全体像など見えない。
が、報酬と給与は素晴らしく、戦況と国際情勢を引っ掻き回すことは実に楽しく面白いから、不満など無い。
「来週には本国から“新しい玩具”も届くし、あとは牛頭鬼猿のジジイと戦う機会があれば完璧だね」
冷笑するアイリスの横顔はツヤッツヤッしていた。
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王は激怒した。
理不尽と不条理が吹き荒れるこの世に激怒した。ままならぬ渡世の辛さは知れども甘受できるかは全くの別問題であるゆえに。
宮城内の訓練所。ガチムチに鍛えられた体躯を晩夏の外気に晒し、ナプレ王国国王アルフォンソ3世は皮手袋で包んだ拳で、サンドバッグをひたすらに打ち、殴り、叩いていた。
「どいつもこいつも舐め腐りやがってっ!!」
アルフォンソ3世は魂のこもった漢の拳を振るう。大きなサンドバッグが激しく揺さぶられ、サンドバッグを吊るす鎖が悲鳴を上げた。
昨日の敵は今日の友。そんな御都合主義的かつ自己中心的機会主義がまかり通る大陸西方国際政治に、誠心を求める方が愚劣にして愚昧というもの。そんなことは帝王学を収めた王たるアルフォンソ3世とて重々承知だ。
それでも、激怒せずにはいられない。激昂せずにはいられない。
どいつもこいつも我がナプレを利用しようとしている。犬畜生の如く使い走りにしようとしている。骨の髄まで啜ってやろうとしている。好き勝手なことをのたまい、無理難題を押し付けてくる。コルヴォラントの田舎小国と侮り、嘲り、軽視して。
ふざけやがってっ!
そこへ聖冠連合帝国軍の所業だ。
ここ数日、あの恥知らずなクソッタレ共はベルネシアの傭兵共を使い、活発にコルヴォラント半島チェレストラ海沿岸を襲撃して回っていた。
ご丁寧に“ナプレ王国”を除いて。
案の定、国内に居座っている法王国使節団が『これはどういうことですかな?』と疑惑の目を向けてきた。それどころか、ノータリンの教条主義者共やパープリンの愛国主義者共が『王は祖国を背教者共に売り渡す気か?』と喚きだしていた。
開戦前、ナプレ王国は生き残りのため寝返り策を検討していた。が、これは他国とて同様。ナプレだけが非難される謂れなど無い。
まあ……今でもこっそりとベルネシアと接触を試みているし、クレテアからも『裏切ってこっちにつくなら、コルヴォラントの南半分をやろう』などと勧誘が届いているけれども。
であるから、アルフォンソ3世と王国は『いつまでも決断しないナプレに対し、ベルネシアとクレテアが聖冠連合帝国に離間工作的攻撃を行わせ、裏切り以外の選択肢を奪いにきた』と見ている。
一方、ナプレ王国には『ベルモンテに与して寝返りを企てている』という風説が流れ、公開質問状を届けられた“前科”があった。周辺国が『協商圏と聖冠連合の間に密約を結んだ』と疑っても無理からぬこと。妥当である。
いわば、今のナプレ王国は関ヶ原の合戦における小早川秀秋で、徳川殿が『おら、ちゃきちゃき寝返らんかいっ!!』と喚きながら銃撃を加えてきた状況、といえようか。
かといって、『お前、寝返り企んでるだろ?』と警戒心全開の大谷吉継が睨んでいるし、豊臣恩顧の脇坂安治がどう動くか分からない(秀秋は脇坂が黒田長政に調略されていることを知らなかった)。下手に寝返ったら大谷と脇坂の軍勢に挟撃されてしまうかもしれない。大御所がブチギレていても判断が難しい。
ナプレの現状も同じことがいえた。
軽々に裏切りなど出来ない。
国内には法王国の闘犬共が潜んでいるし、宗教屋共になびく手合いも多い。裏切りを宣言したら即座に武装蜂起しかねない。クーデター待ったなし。
加えて、教権の影響が強いコルヴォラントで法王国へ剣を向けるとなれば、相応の大義名分が要る。国王が破門なんぞされたら権威はどん底まで落ちてしまう。やはりクーデター待ったなし。
「こっちの事情を何一つ斟酌せずに滅茶苦茶なことばかり抜かしやがってっ!!」
心情のこもった熱い拳が再びサンドバッグを大きく揺らす。
激烈な怒気によって高まった体温のせいか、ガチムチな上半身から湯気が昇っていく。アルフォンソ3世は忌々しげに舌打ちした後、侍従が差し出したタオルで汗を拭い、侍女が持ってきたグラスを呷り、冷たい水で渇きを癒す。
「もはや我慢ならぬ」
アルフォンソ3世はグラスを握り砕いた。ガラス片で手から出血して周囲が慌てるも、意に介さない。
「ナプレは飛躍せねばならぬ。今、小国から脱せねば、ナプレに未来はない」
小早川秀秋が決断を下して松尾山から出陣したように、アルフォンソ3世も決断を下す時が来た。
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アルフォンソ3世の決断によって地中海戦争の趨勢が大きな変化を迎えるその時、ベルモンテ王国でも一つの政変が起きた。
王太子ピエトロによるクーデターだ。
10月は投稿ペースを戻せそうですが、ロッフェローの投稿は今少し時間をください。申し訳ありません。




