19:7a
お待たせしました。ちょっぴり長めですが、ご容赦ください。
大陸共通暦1781年:夏
大陸西方:地中海:エトナ海
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地中海に飛び込む鴉。コルヴォラントには二つの内海がある。西のエトナ海と東のチェレストラ海だ(下記のへったくそな概略図も参照にされたい)。
まさしくコルヴォラント諸国海軍の庭。彼らは潮や風の流れから折々の季節の気象変化、各所の深度や暗礁の位置、海棲モンスターの生態に生息域まで把握している。
コルヴォラントとチェレストラ海を共有している聖冠連合帝国はともかく、クレテア人はエトナ海やチェレストラ海の塩梅にそこまで通じていない。ベルネシアは地中海そのものと縁が薄い。
当然ながら、コルヴォラント諸国海軍――西部連合艦隊はエトナ海で、東部連合艦隊はチェレストラ海で戦うつもりであり、勝手を知る地の利に加え、沿岸城砦や砲台、陸軍の翼竜騎兵まで使えるものは全て投入するつもりだ(聖冠連合帝国海軍も同様で、それだけにチェレストラ海では敵を有利な海域へ引っ張り出そうとあれこれやっている)。
また開戦劈頭の民間軍事会社によるカーパキエ王国王都エリュトラ襲撃が、コルヴォラント諸国に領海/沿岸諸都市と防衛、および艦隊保全へ傾倒させていた。
この結果、ヴィルミーナが強く警戒していた通商破壊が、ほとんど行われないという状況を招いている(戦争が公式に終結しない限り、保険その他の負担は解消されないけれど)。
沿岸城砦や砲台が守る港湾に引きこもったコルヴォラント諸国海軍に対し……
果敢なクレテア人は「アナグマは引きずり出すべし」
狡猾なベルネシア人は「アナグマは燻り出すべし」
クレテア人とベルネシア人は少しばかりの議論を交わした後、ベルネシア案が採用されたが、アナグマの巣穴へ煙を流し込む役割は、民間軍事会社に委託された。
なお、この仕事は白獅子財閥の民間軍事会社デ・ズワルト・アイギスは海上護衛と積極的防衛活動に忙しく手いっぱいだったため、余所の民間軍事会社が請け負った。
以前(17:3b)にも触れたが、この時代、現代地球的な民間軍事会社を組織し、経営しているところは白獅子財閥――ヴィルミーナだけだ。民間軍事会社を真似た連中はそれなりに居たが、中近世の個人私兵集団(傭兵団)紛いのものだったり、冒険者の大型クランと大差ないものだったり、とパッとしない。
エトナ海諸島襲撃作戦に投入された民間軍事会社は、食い詰めた私掠空賊共と海洋猟団達だった。言い換えるなら、貧乏な賊徒崩れとパートタイム仕事の冒険者達からなる伝統的な傭兵団と言えるだろう。
ベルネシア海軍は彼らに簡単な命令を出した。
『西部連合艦隊が出張るまでエトナ海諸島の都市を攻撃し続けろ。やり方は任せる。ただし、報酬は西部連合艦隊の出撃が遅れるほど減額する』
かくして、私掠空賊と海洋猟団からなる民間軍事会社は数日に渡り、エトナ海諸島の各港湾都市を襲撃した。
エトナ海諸島の各島港湾都市=その島嶼唯一の都市部=自治政府在地だから、エトナ海諸島にとって、王都エリュトラ襲撃同様の首都襲撃に等しい攻撃である。
そして、その襲撃者は賊徒と大差なかった。
私掠空賊共は軍事施設も民間施設も港湾も市街地もお構いなしに砲撃し、爆弾を落とし、挙句は周辺集落や漁村で略奪、集団強姦、虐殺、劫掠を重ねた。
猟団達の所業も大差ない。無差別沿岸砲撃を行うわ、勝手に上陸襲撃をして略奪を行うわ、散々に暴れまくっている。
こんな連中が万事、上手くやり通せるわけもなくエトナ海諸島側の迎撃や反撃などで度々犠牲を出した。船艇の被撃墜や被撃沈こそ少ないが、大破中破は両手の指の数を超えたし、死傷者がかなり生じた。まあ、正規軍にとって賊徒崩れの傭兵なんて死のうと生きようとどうでも良いが。
ともかく、ベルネシア海軍が企図した『燻り出し』は目を覆うばかりの有様だった。
……けれども、戦略的には大成功だった。
民間軍事会社の暴虐を受け、エトナ海諸島各独立政府はベルモンテやフローレンティアに泣き叫ばんばかりの救援要請を出した。
小国とはいえ一国の首都を襲い、女子供まで焼き払うような奴らが襲ってきたのだ(エトナ海諸島にしてみれば、民間軍事会社の違いなど分からない)。街を焼かれ、漁村や集落を蹂躙される、その恐怖たるや如何ほどか。
エトナ海諸島各独立政府は声を大にして訴える。
『一刻も早く救援に来てくれ。我々の街を、我々の民を守ってくれ。もしも貴国らが我々を見捨てるならば―――
エトナ海諸島独立政府は自治権に基づき、クレテア・ベルネシアに単独講和を申し出る』
助けてくれなきゃ降伏するぞと言われ、コルヴォラント連合はエトナ海諸島独立政府の要請を断る言葉を持たなかった。
かくて役者は揃い、舞台は整い、幕は開ける。
○
戦史に記される『エトナ海諸島沖海戦』は、魔導技術文明世界における帆船時代の艦隊戦、そのセオリーに則ったものだった。
飛空船や翼竜騎兵などの航空戦力と、戦列艦や補助艦による水上戦力の艦隊が段階的に戦うスタイルだ。
大まかな流れは以下の通り。
1:艦隊と艦隊が接敵。
2:航空戦力が制空権を巡って戦闘開始。
その間、水上戦力は風向きや海流による優位を求め、機動開始。
3:水上戦力同士の交戦。基本は単縦陣同士の同航戦ないし反航戦。
4:航空戦力の勝者が水上戦へ参加。制空権を喪失した側が極めて不利。
5:航過。反転して戦うか、そのまま終了かはケースバイケース。
常に海空戦力が揃う訳ではないし、艦隊構成や情勢情況により前述の展開を迎えないことも珍しくない。
エトナ海諸島沖海戦のケースでは、戦場がエトナ諸島沖の沿岸海域だったことから、西部連合艦隊は戦列艦やフリゲート、飛空船の主力に加え、小型砲船や沿岸警備用戦闘舟艇、陸上基地から翼竜騎兵部隊を出撃させることが出来た。
対するクレテア・ベルネシア共同艦隊は戦列艦とフリゲート、飛空船部隊。それとわずかな数の乗艦翼竜騎兵だけ(翼竜はデリケートな陸棲生物のため、長期間航海に不向き。翼竜騎兵用艦船も存在するが、役割は空母ではなく翼竜の長距離/長期間運搬が主)。
単純な数字を並べれば、
コルヴォラント西部連合艦隊。
二等戦列艦6、三等戦列艦17、フリゲート12、小型砲艦及び沿岸戦闘舟艇約40、民間武装船舶(義勇兵)約20。軍用飛空船約9、飛空短艇約20、翼竜騎兵約60。総計:水上戦力約100弱+航空戦力約90。
小国連合であることを考えれば、十二分の大艦隊と言えよう。
クレテア地中海艦隊。
一等戦列艦2隻、二等戦列艦6隻、三等戦列艦10隻、フリゲート8隻、哨戒捜索砲艦6隻、補助艦艇4(戦闘には参加せず)。軍用飛空船8隻、飛空短艇6隻、乗艦翼竜騎兵22騎
ベルネシア派遣艦隊。
二等戦列艦2隻、三等戦列艦4隻、フリゲート6隻、哨戒捜索砲艦4隻、補助艦艇4隻(戦闘に参加せず)、蒸気砲艦1隻。高速戦闘飛空艇4隻、哨戒捜索飛空艇1隻、飛空短艇4隻。翼竜騎兵8騎。
両艦隊総計:水上戦力49+航空戦力53
数字の上では西部連合艦隊の半分であるが、水上主力艦艇の数自体は互角。飛空船の数では優っている。小型船艇の数は西部連合艦隊が圧倒的に優っているが……。
クレテア・ベルネシア共同艦隊は、ベルネシア側がクレテアの指揮下に入ることを合意しており、『アナグマ狩り』の方法論を契機に十分な話し合いを重ねていた。
これはクレテア地中海艦隊司令官ドルーノン大将がフリゲートの艦長だった頃、大冥洋でベルネシア軍の戦争鯨を叩き落した男だったため、ベルネシア側が一目置いていたことが大きい。
一方、西部連合艦隊は例によってベルモンテ海軍とフローレンティア海軍の指揮権争いがあったし、ベルモンテの裏切りの噂などで相互信頼など皆無に等しかった。
ベルモンテ海軍司令官のコルベール大将は折衝や仲裁に疲れ果て『ストレスで髪が無くなってしまう』という手紙を赤髪の年下妻へ送っている(なお、彼は若い時分からずっと禿頭だ)。
長々と前置きしたが、いざ語らん。
戦いの物語を。
○
その日は夏の快晴。波浪穏やかにして風優し。海鳥達の優しい歌が良く聞こえたという。
午前8時頃。
爽快な蒼穹を泳ぐ戦争鯨達。その中の一頭、クレテア・ベルネシア共同艦隊の哨戒捜索飛空艇レブルディⅢ型改が、出撃した西部連合艦隊を捕捉した。
熱探、魔導波、望遠、聴音など様々な捜索哨戒機器で獲得した情報は、ブリッジの戦術卓に広げられた海図や空図へ速やかに反映される。
観測を始めて20分後には、クレテア・ベルネシア共同艦隊は西部連合艦隊の艦隊構成や陣容、艦隊進路や移動速度など全て把握していた。
レブルディⅢ型改から情報を伝えられ、艦隊旗艦の一等戦列艦モントーバンの後甲板――露天指揮所にいたドルーノン大将は苦笑いをこぼす。齢60半ば。常態化した潮焼けと顔や手の細かな傷跡が彼の軍歴を雄弁に物語っている。
「なるほど。道理で苦労させられてきたわけだ」
「同感です。我が軍も哨戒捜索能力を向上させなければなりませんな」
艦隊参謀長が小さく頭を振り、手元の掲示板に貼られた海図を示しながら続ける。
「我々の現在進路と敵の彼我位置と距離、移動速度を考えますと……会敵は二時間後、エトナ海諸島沖合20キロの辺りになります。海域は水深30メートル前後。暗礁の類は無し。潮はやや速め、風は中風。ただし、船体が傾げるほど強くはありません。沿岸砲台は無し。敵翼竜騎兵の作戦圏内ですが、防空フリゲートと飛空短艇で対処可能かと」
「ふむ」
ドルーノン大将は旧軍装の刺繍入り二角帽を脱ぎ、思案顔で白髪が目立つ栗色の髪を撫で上げた。
陸軍の軍装刷新に合わせ、海軍も軍服が刷新されていた。暗青色の折詰襟上衣と側線入りズボン。足元はブーツではなく踝丈の革靴だ。帽子は陸軍同様の円筒帽が採用されていたが、依然として旧軍装の二角帽を愛用するものが多く、準軍装として認められている。
二角帽を被り直し、ドルーノンは司令官として決断、
「余所との共同仕事だ。小難しい作戦が出来るとは思えん。セオリー通りにやろう。会敵想定海域へ向け、移動しつつ戦闘隊形へ移行だ」
海の男らしい笑顔を浮かべる。
「諸君。仕事に掛かろう」
午前10時過ぎ。
エトナ海諸島沖合約20キロ。海中を泳ぐ魚竜達が頭上を行く大きな影に驚き、身を翻して去っていく。
コルヴォラント西部連合艦隊とクレテア・ベルネシア共同艦隊。両陣営合わせて150隻近くの軍船がついに接敵する。
先に記したセオリー通り、両軍の航空戦力が先行し、制空権とその後の航空優勢を確保するべく、火蓋を切った。
西部連合艦隊が飛空船も飛空短艇も翼竜騎兵も全て投入したことに対し、クレテア・ベルネシア共同艦隊はクレテア飛空船8隻とベルネシア戦闘飛空艇4隻のみ。レブルディⅢ型改は戦域を離脱し(ベルネシアは高価なレブルディ型を危険に晒す気はない)、ベルネシア飛空短艇はその護衛に回った。共同艦隊の翼竜騎兵とクレテア飛空短艇は艦隊上空に留まり、艦隊直衛に付いている。
その数量差は西部連合艦隊90(ただし、飛空船自体は9)に対し、共同艦隊14。
「なめくさりゃーがってぇっ!!」
フローレンティア海軍飛空船部隊指揮官ゼッサール大佐は貴族らしく、プライドが高い。舐められることが大嫌いな彼は、魔導通信器に向かってがなり立てた。
「全力攻撃だっ!! あのクソッタレ共を叩き落とすぞっ!!」
ゼッサール大佐は知らなかった。
世界最強のイストリア海軍さえ警戒するベルネシア海軍飛空船部隊の恐ろしさを。新型のグリルディⅤ型高速戦闘飛空艇の凶悪さを。
ゼッサール大佐は知らなかった。
長年に渡ってイストリアとベルネシアを向こうに回してきたクレテア海軍の実力を。獰猛なベルネシアの戦争鯨を相手にし続けたクレテア海軍が9度に渡って改修を重ねた軍用飛空船ベルプール級:九型のタフネス振りを。
互いの航空部隊が先行していく中、両陣営は船首を返し、風上へ針路を採る。
エトナ海諸島沖海戦において、両軍は会敵後に風上の獲り合いを始めた。この選択や行動の正誤や妥当性は研究者達の間で議論を生んでいる。
ともあれ、海戦は始まった。
揃って風上へ向かう西部連合艦隊と共同艦隊は勢い、同航戦の体になる。
「ここだっ! 機動打撃船隊を突入させろっ! 敵の戦列を崩せっ! 主力艦隊はこのまま前進っ! 風上を獲るぞっ!!」
ベルモンテ海軍司令官コルベールが吠えた。
西部連合艦隊水上部隊の多数を占める小型砲艦や沿岸戦闘舟艇は、その小型軽量さゆえに戦列艦やフリゲートより足が速い。
むろん、船体強度や火力は主力艦艇にはとても及ばない。ましてや小型砲艦や戦闘舟艇に搭載される小中口径砲では、主力艦艇の分厚い木皮装甲を撃ち抜けないし、貫いたところでさしたる損害を与えられない。
ゆえに……小型砲艦や沿岸用戦闘舟艇は大半が改造されていた。元々搭載されている小中口径砲は全て撤去。代わりに搭載可能な最大口径砲を船首と両舷、数門だけ積んだ(艦艇用が足りないので陸戦用も使われた)。
小型船艇ゆえの快速性と機動性を活かして燕のように敵艦隊へ切り込み、大口径砲で敵艦艇の横っ腹へ痛恨の一刺し。
本当は戦闘魔導術士も乗せて肉薄魔導術攻撃――喫水線に海水氷塊をぶち込んだり、帆や甲板を焼き払ったりマストをへし折ったりしたかったが、『魔導術士を使い捨てにする気かっ!』と魔導術士達が大反発して頓挫。
なお、切り込む際に敵艦隊の斉射を浴びたら死亡率120パーセント。でも、元々『切り込みに成功したら死んでもいいからね』的な運用だから、問題にもならない。ヒデェ。
戦争はどんな愚行にも実行の大義名分を与える。これもその一例に過ぎない。ただし軍事的にどれほど愚劣であっても、十分すぎる脅威だ。無視はできない。
艦隊から離脱し、群れを成して急迫してくる小型砲艦や戦闘舟艇の群れを双眼鏡で確認し、ドルーノンは呆れた。
「なんとまぁ……勇敢というか無謀というか……窮鼠の如き真似だな」
「フリゲートと哨戒砲艦を前に出しましょう。窮鼠と言えど噛みつかれては厄介です」と艦隊参謀長。
ドルーノンは首を横に振り、告げた。
「いや、あの数だ。フリゲートと哨戒砲艦だけでは抑えきれまい。艦隊全艦で応戦する。敵主力に風上を獲られるだろうが、まずは窮鼠の群れを火力で以って撃滅しよう」
正午。
素晴らしい晴天にも関わらず、エトナ海諸島沖では遠雷のような轟音が絶えず響き続けている。
青空に炸薬の華が咲き、赤く焼けた銃砲弾の光跡が走り、黒煙が墨汁のように広がり、被弾した飛空船や飛空短艇から破片や肉片が海へばら撒かれ、砕かれた翼竜騎兵が人竜共に海へ落ちていく。
麗しき空で惨劇が演じられていた。
「なんでだああああああああああああっ!!」
フローレンティア海軍飛空船部隊指揮官ゼッサール大佐ががなり散らす。
Ⅳ型のザトウクジラ的姿をより洗練させた気嚢に、コバンザメみたく流体力学的負荷の少ない接合式船体を持つグリルディⅤ型が悪魔のように暴れ回っている。
その高い機動性と運動性は凄まじいものがあり、 旧来の気嚢懸架式水上船舶型船体のコルヴォラント軍用飛空船では追従するどころか、火砲の照準すら満足に合わせられない。
飛空船より軽快な翼竜騎兵で囲んで袋叩き、と行きたいところだが、気嚢や船体各所に搭載された手動式機関銃と散弾を詰めた擲弾連発銃の猛弾幕が接近を阻んでいる。加えて、船体と気嚢に施された抗魔導術処理により魔導術の攻撃が致命傷に至らない。
では、目先を変えてクレテア軍用飛空船ベルプール級第九型に勝負を挑めば、こちらはこちらで嫌になるほどのしぶとさを発揮している。
強力なベルネシア戦争鯨と戦い続けたクレテア軍は、その知見と経験をフィードバックさせていた。とにかく落ち難い船に改造し、乗員達も落ちにくい運用に長けている。
気嚢を損傷させても、乗員が応急措置でたちまち補修してしまう。船体に砲弾を命中させて砲門を潰しても、空いた穴に手透きの陸戦要員達が小銃や擲弾銃の銃列を並べて補う。対艦戦闘には役に立たないが、翼竜の接近を防ぐという意味では充分だった。
ベルネシアの戦争鯨は強すぎる。クレテアの戦争鯨はしぶとすぎる。
結果、損害は西部連合艦隊の側ばかり。
「ふっざけるなっ!! なんなんだこれはっ!」
認めがたい現実を前にゼッサールが喚いた直後、クレテア軍用飛空船の放った斉射を浴び、ベルモンテ海軍の飛空短艇が空気の抜けた風船のように海へ真っ逆さま。
魔導通信器から飛空短艇の年若い通信士の悲鳴がつんざいた。
母親に助けを呼ぶ悲痛な金切り声がブリッジに響き、
「クソッタレッ!!」
ゼッサール大佐が毒づいた刹那。
ベルネシア戦争鯨の放った炸裂弾が、ゼッサール大佐の飛空船のどてっぱらを撃ち抜き、その搭載弾薬を殉爆させ、文字通り爆散させた。
船体は木っ端微塵に破砕され、いくつにも千切れた気嚢が煌々と燃え盛る。蒼穹に広がっていく大量の黒煙。海に降り注がれる無数の小さな残骸。破片に混じる夥しい量の血と千切れた肉片と焼けた肉塊。その中にはゼッサール大佐だった肉も含まれるだろう。
船隊旗艦が爆散したことで西部連合艦隊航空部隊の心が折れた。フローレンティア公国海軍とベルモンテ海軍の残余は尻尾を巻いて逃げ出し、翼竜騎兵の生き残り達も一斉に逃げていく。
空を制したクレテアとベルネシアの戦争鯨達は、船体の損害と人員の被害、弾薬の消耗などの確認を済ませた後、戦闘継続に不安のないベルネシア海軍2隻とクレテア海軍3隻のみで水上部隊の下へ急行していく。
彼らの向かった先には、別の地獄があった。
午後1時過ぎ。
ベルネシア海軍蒸気砲艦プリンツ・ステファンは、地球史でいうところの装甲船に似た外見をしていた。
黎明期の蒸気軍船らしく高々とした艦橋はまだ無い。代わりに船体中央の煙突前付近に指揮所が置いてある。
従来の砲列甲板は廃止。船首と砲郭船体中央の両舷に射角可動の砲郭が配置され、船首付近と船尾に露天式対空砲と機関銃(どちらも水平射可能)が据えられていた。
船体は従来通りの木皮ながら、竜骨は鋼鉄製で肋骨も鋼材で補強されている。
完全な動力推進のため、帆の類は一切存在しない。揚げ降ろし用マストクレーンが上甲板の前後に立っているだけだ。船体中央後部から二本の複層フィルター付煙突が伸び、真っ白な煙をもうもうと吐いている。
その行き足は風と潮に乗った高速帆船に比べて随分と遅い。
この時、プリンツ・ステファンに搭載されていた蒸気タービン機関はへそを曲げており、出力が8割程度しか出ていなかった。
ベルネシアを出て北洋から大冥洋に入り、ガルムラント半島をぐるりと迂回して地中海へ。この長旅は想像以上にキツかった。クレテアの軍港では万全の整備など出来なかったことも、影響を与えているだろう。
ともかく足の遅いプリンツ・ステファンを置き去りにするわけにもいかず(最新技術の塊だし、第二王子アルトゥールが乗艦している)、ベルネシア海軍は二等戦列艦一隻と哨戒捜索船二隻を護衛に伴わせていた。
おかげで、アルトゥールはその戦いを外から眺めることになった。
指揮所から双眼鏡を覗いていたアルトゥールは、顔から血の気を引かせて呟く。
「これが、実戦か……」
クレテア・ベルネシア共同艦隊の主力艦艇約40隻が片舷総計約1300門超(全て後装式で榴弾や炸裂弾を使用)の射撃準備を整え、共同艦隊の哨戒捜索砲艦は主力艦艇の側面へ展開、また直衛の飛行短艇や翼竜騎兵が空から援護射撃を用意。
即席とは思えぬ濃密な殺傷圏が組み上がる。
肉薄攻撃を試みるコルヴォラント西部連合艦隊の小型艦艇部隊は、鉄と炸薬と魔導術の大渦へ頭から真っ直ぐ飛び込んでいく。
炸裂弾と榴弾の猛烈な弾幕射撃によって屹立する巨大な水柱の林と水冠の群れ。着弾衝撃と爆発衝撃波で荒れ狂う水面。空から降り注ぐ銃砲弾の雨。空から投げ放たれる魔導術の矢。
コルヴォラント西部連合艦隊の小型船艇は猛烈な砲弾幕に次々と撃ち抜かれ、撃ち砕かれ、破壊され、破砕され、焼かれ、爆ぜさせられた。
上空から掃射を浴び、小型船体の甲板が死傷者の流した血で染まる。上空から炎の魔導術を浴び、人間も帆も船楼も燃え上がる。上空から風の魔導術を浴び、人間も帆もマストも切り裂かれる。上空から氷の魔導術を浴び、人間もマストも船楼も押し潰される。
爆沈していく船も、横転した船も、炎上した船も、海面に投げ出された水兵も、水面に浮かぶ屍も、区別なく全てが穿たれ、破壊され、攪拌されていく。
宙へ巻き上げられる海水は、船舶の破片や千切れた帆布や索具が混じり、千切られ砕かれ潰された水夫の残骸と血液によって、仄かに赤い。
地獄。その一語に尽きる光景だった。
それでも、コルヴォ西部連合の小型船艇部隊は諦めない。どれだけ砲弾を浴びようと動ける限り進み続ける。
己が仲間の血肉に染まろうとも。甲板が輩の屍で埋まろうとも。
吹き荒れる銃砲弾の雨の中、破れた帆に風を搔き集め、ひた進む。
水面に浮かぶ仲間の亡骸を掻き分け、沈む戦友を振り返らずに。
血の混じった潮を浴び、涙に濡れる瞳で敵を睨み据え、突き進む。
勇気と献身と幸運の果て、砲煙弾雨を潜り抜けた少数の船が戦列艦やフリゲートへ切り込む。
戦列艦やフリゲートのマストや甲板に居る海兵隊員の小銃斉射や機関銃の掃射を浴びながら、彼らは大口径砲をぶっ放した。
肉薄距離からの一撃。
前装式ながら大口径砲はその破壊力を発揮し、分厚い戦列艦の木皮を貫徹し、船内に大きな被害をもたらす。
そうして、奇跡的に戦列艦やフリゲートを一刺しした船艇も、反撃の斉射で次々と撃沈されていく。
されど、死にゆく彼らの顔に悲嘆はない。誰も彼も誇らしげに海へ沈んでいく。
突撃を行った約40隻の小型砲艦や沿岸用戦闘舟艇のうち、脱出(あるいは撤退)できた船は10隻にも満たない。人員の損耗は実に死傷8割に達している。
「見事、という言葉しか見つからんな」
帽子を脱いだドルーノン大将の言葉通り、彼らの自己犠牲的勇敢さによりクレテア・ベルネシアの主力艦艇群は少なからず損害を被った。
何よりこの肉薄攻撃を迎撃するため、共同艦隊が行き足を遅らせた間に、西部連合艦隊の主力艦艇群は風上を確保し、共同艦隊へ向かって突撃を開始した。
戦いはまだ終わっていない。
主人公の出番がなーい……




