4:0a:乙女ゲー展開の危機。
タグを少し変えました。ジャンルは……異世界だし、魔法とモンスターがいるし、ハイファンタジーのままで大丈夫のはず……。このタグ入れとけ、という案がございましたらご一報ください。
大陸共通暦1762年:ベルネシア王国暦245年:秋。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国北部:王都オーステルガム。
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王立学園には高等部から入学する『転入組』とか『中途入学』と言われる者達がいる。実家の懐具合や御家事情から初等部に入らず、高等部から入学してくる貴族子女達だ。
加えて、高等部には当代限りで世襲権のない準貴族の子女も少数ながら入学する。彼らは有力貴族家の縁戚。神童とか天才とか評される類の子で有力貴族や教会などの紐付き。その準貴族家が大資産家で要路に賄いを積んだ。等々の事情があり、準貴族だからとイビッたりすると後々が怖い。
そんな『転入組』の一人、アリシア・ド・ワイクゼル準男爵令嬢は別の意味で怖かった。
〇
窓の外に広がる真っ青な秋晴れ。
高等部には学生活動棟、日本の学校で言うところの部室棟、というには豪華な建物がある。同好の趣味人達が集まってあれこれ活動したり、派閥やグループの溜まり場として用いられたりしていた。
ヴィルミーナも一室借りている。もっぱら簡易オフィスとして。
アレックスは窓辺から中庭を窺う。学生食堂の中庭テラス席で第一王子閥の面々がアフタヌーンティーに興じている。学園でも屈指のイケメン揃い。その中でも正統派イケメンの道を驀進中の第一王子エドワードの隣に、可憐な娘が収まっている。
アリシア・ド・ワイクゼル嬢だ。文句なしの美少女である。柔和な笑みに親しみ易い印象を覚える。
もっとも、その様子を眺めるアレックスは親近感より薄ら恐ろしいものを感じた。
「気づけば、完全に王子閥の中へ馴染んでますね」
アレックスが感心とも批判とも取れる複雑な面持ちで呟く。第一王子はもちろん、周囲の男子達も高位有力大身貴族の令息達だ。準貴族子女が軽々しく接せられる相手ではない。ワイクゼル嬢は見た目以上に肝が太いのか、それとも鈍感で図々しいのか。
「ヴィーナ様はどう思います?」
「そうねえ……」
ヴィルミーナは顔も挙げずに応じた。手元の分厚い書類に目を通し続ける。
15歳の秋。王立学園高等部生になったヴィルミーナは一層美しくなっていた。
薄茶色のストレートヘアはますます艶やかになり、姫カットモドキが良く映える。繊細な造形な細面に紺碧色の瞳が麗しい双眸。均整の取れたしなやかな体つきをしている。
胸元と臀部のサイズは良くも悪くも平均値ながら、腰回りのくびれから太腿へかけての流曲線は芸術的ですらあった。白いブラウスと鉄灰色のジャンパースカートという野暮な制服も華やかに感じられる。
目下、ヴィルミーナは忙しい。
女性用ハンドクリームと下着の製造販売事業、出資投資している各種工房や商会等々、それらの業務と資金の管理。そして、飢狼のような税務局対策。
いよいよヴィルミーナ個人で扱いきれなくなっていた。そろそろ持ち株管理会社でも設立して管理と運用を人に預けるしかない状況だったが、目ぼしい人材が見つからなかった(この時期、美容エステサロンは完全にメルフィナへ譲渡していた)。
それに、士官学校入学後、音信不通かつ消息不明になったレーヴレヒトのことも気掛かりだった。ゼーロウ男爵家の方も行方が分からず、男爵夫人が不安になっているらしい。母ユーフェリアも伝手を当たってみてくれているが、情報が入ってこない。
――どーなってんねん。なんぞ厄介なことに巻き込まれてんやろか。
書類仕事に没頭しているヴィルミーナの様子に、アレックスことアレクシス・ド・リンデ子爵令嬢はヴィルミーナの手元にある書類を整理しながら、小さく嘆息を吐いた。
「ヴィーナ様。私の話、聞いてます?」
「そうねえ」
「……ヴィーナ様、服を脱がしても良いですか?」
「そうねえ」
明らかに聞いてない反応を返され、アレックスは再び嘆息をこぼした。
アレックスは初等部時代からヴィルミーナの周りに集まっていた者達の一人だ。『茶会のビンタ事件』の当事者でもある。
秘書能力が高かったアレックスは、今やヴィルミーナの侍従長と化していた。他の側近衆もあれこれとやらされている。
ヴィルミーナは発言通り(3:0参照)、側近達を扱き使った。校内の雑務や庶事をやらせ、茶会や夜会の細々とした仕事をやらせ、他の派閥との連絡や折衝をやらせ……
一方で、ヴィルミーナは大いに褒めてねぎらい、叱る時も励ましていたわることも忘れなかった。困りごとがあれば、相談に乗り、助力が叶うなら惜しみなく協力した。エステサロンの特別会員にしたし、あちらこちらに連れて行き、美味しい物を食べさせ、色々な贈り物を与えていた。
忠誠心を育むには情と利と恩を積み重ねていくしかないから。
書類をテーブルに放り、ヴィルミーナは顔を上げた。
「珈琲を貰える?」
アレックスが首肯して陶器製ポットの珈琲を魔導術で温め直し、カップに注ぐ。黒糖とミルクを小さじ一杯分加える。
「どうぞ」
「ありがとう」ヴィルミーナはカップを口に運び「アレックスの淹れる珈琲は、心が落ち着く味わいなのよね」
ヴィルミーナは顔を上げ、アレックスに尋ねる。
「ワイクゼル嬢がどうとか言ってなかった?」
「彼女が王子閥に加わっていることをヴィーナ様がどうお考えなのか、お伺いしました」
「そうね。問題は彼女ではなく殿下達の方でしょうね」
「? どういうことですか?」
小首を傾げたアレックスへ、ヴィルミーナは椅子の背もたれに体を預けて応じる。
「殿下は既に婚約者がいる。これは良いわね?」
「グウェンドリン様ですね」と首肯するアレックス。
「そう。言い換えれば、殿下は既に妻となる予定の女性がいるわけ。当然、殿下には相応しい立ち居振る舞いが求められる。グウェンドリンの面目を潰さないことに気を配って、グウェンドリンや周囲を納得させられるなら、他所の女と親しくしても問題は起きない。結婚前の火遊びなんて珍しくもないしね」
ヴィルミーナはカップを口に運ぶ。
金と権力を持った男は大半がオンナを漁る。王侯貴族も麻薬ディーラーも変わらない。前世で嫌というほど出くわした。名士面して女と見れば盛る常時発情期のエテ公共を。まあ、その手の男に股を開く女の方も、したたかである場合がほとんどだったが。
とはいえ『女房をないがしろにし、その面目を潰すのはよろしくない』というのが、そうした浮気男共の“マナー”だった。実態は妻への配慮というより、周囲への体裁や風聞を気にした面が強い。金と権力を持った男は女以上に名誉を欲しがる。
ちなみに、ヴィルミーナ自身は浮気の類を看過しない。前世では浮気した彼氏を友人その他と囲んで言葉責めにしたものだ。独占欲が強いのではない。『自分の男を寝取られた』という自身の面子を潰されることが我慢ならないのだ。野心家で上昇志向の強い彼女は基本、自己愛者だから。
「もしも殿下がその辺りをちゃんと弁えなければ、この先に待っているのは修羅場だけね」
さらっと恐ろしいことを告げるヴィルミーナに、アレックスは呆気にとられた。
「ヴィーナ様から殿下へその旨をお伝えしないのですか?」
アレックスは窓の外を一瞥する。ワイクゼル嬢との交流を無邪気に楽しむ第一王子の様子を見るに、そこまで考えが至っているとは思えない。
「こういうのは殿下の側近がやることよ」
ヴィルミーナの冷ややかな意見を聞き、アレックスは視線を第一王子から周囲の少年達に移す。こちらもワイクゼル嬢と親交を深めるのに夢中で何も考えてないように見える。どうにも不安な気分になった。
「今のうちに釘を刺しておいた方がいい気がしますけれど……」
「十中八九アレックスの言い分が正しいわ。問題は芽の内に摘むに限るもの」
ヴィルミーナはカップをテーブルに置き、小さく鼻息をついた。
「でも無理。思春期真っ只中でホルモンギラギラで自意識過剰な精神状態の坊や達に、諫言なんて届かないわ。有体に言ってもう手遅れね。痛い思い無しには終わらないでしょ」
アレックスはヴィルミーナの言葉の半分も分からなかったが、一つ思う。
この方は時折えらく年増染みた言い方をするな、と。
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例によって長くなったので、前後に分けます。




