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文字量がちょっと多め。
1781年の地中海戦争は始まったばかりだ。
しかし、開戦直後に行われたカーパキエ王国の王都夜襲という、試合開始の初球を先頭打者にホームランされたみたいな事態に、コルヴォラント諸国は震撼していた。
諸国の政府や諸侯は都市が戦の舞台になることを知っている。であるからこそ、古来、大陸諸都市は城塞都市が主だったのだから(魔導技術文明世界の場合、モンスターの脅威もあるが)。
しかし、コルヴォラント人の戦争観では、都市攻撃に至る前段階として原野や会場で決戦を行い、それで決着がつかねば、目標都市を包囲。そのうえで『降伏か戦か』のやりとりをしてから攻撃することがルールだった。
問答無用で真夜中に爆撃? 民ごと街を焼き払う? なんて野蛮で残忍なんだ……これが我が国の首都や各都市に行われたら……
諸国政府が慄いたとしても無理はない。民衆も次は自分達の街が襲われるかも、と大きな不安を抱いた。
が、この事態に闘志を激しく高ぶらせた者達もまた、少なくなかった。
卑怯卑劣なベルネシアを許すなっ! コルヴォラント同胞カーパキエの仇を取れっ! 北洋沿岸の悪魔共に鉄槌をっ! 故郷を、家族を異民族の凶行から守れっ!
聖王教会伝統派の右翼連中が無思慮に民を煽る。コルヴォラント民族主義者や国粋主義者達が無責任に人々を煽る。
生来、家族愛と愛郷精神が豊かなコルヴォラント人だ。こうした扇動に流され、諸国の軍に志願する若者が激増。カーパキエ王国では軍に志願する若者が殺到していた(継戦能力を破壊されたカーパキエにはむしろ負担だが)。
こうした若者の中には歳を偽った子供や、女性も含まれていたが、古典美的戦争観を持つコルヴォラント軍人達は彼ら彼女らを諭し、家へ帰らせた。
他方、ベルネシア戦役で都市爆撃を経験している大クレテア王国政府は、コルヴォラントの反応に『やっぱベルネシア人は頭がおかしかったんや』と再認識。
第一次東メーヴラント戦争や東征で熾烈な市街戦を経験している聖冠連合帝国政府は『や、それでも無差別爆撃はあかんやろ。戦争にもやってええことと悪いことがあんねんぞ』とドン引き。
当のベルネシア王国府は『木っ端小国が相手とはいえ、たった10隻でこの戦果……一財閥がこんな武力を持っているのはちょっと問題ですなぁ』と別ベクトルのことを気にしていた(これに対し、大口の取引相手を潰されてはかなわん、と軍需産業が強烈な対抗ロビー活動を行った)。
話を進めよう。
民間軍事会社という強力な傭兵組織。彼らの行った夜間都市爆撃(と無差別攻撃)。カーパキエ王都エリュトラの凄惨な被害。これらに最も動揺した国はベルネシアに陰謀を働いたベルモンテ公国。
ではなく、カーパキエの隣国ナプレ王国だった。
彼らはベルネシア人が真っ先にカーパキエ海軍と同国最大の港湾を壊滅させたことを『コルヴォラント南部沖の通航を阻害する脅威を排除しようとしている』と正しく認識し、『次は我が国の海軍と港湾を潰しにくる。それも手段を問わずに』とやはり正しく読み解いた。
ナプレ王国国王アルフォンソ3世は政府重臣と軍上層部を集めて緊急会議を開き、全会一致で今次戦争方針を決定した。
アルフォンソ3世が謁見の間に居並ぶ諸侯と諸官へ王命を発する。
「今次戦争はこれまでとは比較にならぬほど苛烈にして、惨いものとなろう。よって、軍は領海と沿岸の哨戒警備体制を厳とし、能う限り各主要都市と港湾に防空網を構築すべしっ! 国家国民が一丸となり、我らの祖国を、我らの同胞を、我らの故郷を、我らの家族を守り抜くのだっ!」
言外に『連合への協力は後回し』という王命に、ナプレ王国へ派遣された法王国“使節団”や彼らに与する者達が『消極的過ぎる』『ナプレはコルヴォラントの結束と連帯より自己利益を求めるのか』『コルヴォラント全体に貢献する諸国へ恥ずかしくないのか』などなど抜かしてきた。
が、アルフォンソ3世は内心でせせら笑うのみだ。
――何がコルヴォラント全体の利益だ。神と信仰への貢献だの下らん。まずもって我が国の安全よ。次に、この戦を利用してコルヴォラント南部を掌握する。それ以外は知ったことではないわ。
アルフォンソ3世は謁見の間の一角に立つ男へ目線を走らせた。
ウディノ伯。卿に今一度働いてもらうとしよう。
当のウディノ伯は王の目つきから悪寒を覚え、さっと目を泳がせた。
アルフォンソ3世が守り一辺倒の姿勢を宣言した頃、コルヴォラント北部戦線でランドルディア王ユリウス5世がブチギレていた。
「海戦を行わず王都へ夜襲など卑怯の極みっ! 挙句は軍船のみならず街と民草まで焼き払う言語道断の非道っ! 許せぬっ! 許さぬっ! 北洋沿岸の邪悪な異端者共めっ! 奴らは神敵だっ! 人の皮を被った悪魔だっ! 奴らと手を結んだクレテアと聖冠連合は背教者共だっ! 異端共に服するタウリグニアももはや同胞とは見做さぬっ! 討つべしっ! 神の敵共を討つべしっ!」
宗教狂い的な国王の獰猛な演説に、近衛や従軍司祭たちがうんうんと強く頷く。一方、日頃は阿諛追従している将官達が難しい顔をしていた。
此度の戦はあくまでタウリグニアの“解放”とティロレ地方の利権を巡る“限定戦争”だ。タウリグニア共和国をクレテアから独立させ――能うならば“ランドルディアに服属させること、もしくはタウリグニアを併呑すること”が王国の密やかな戦略目的である。
だが、ブチギレたユリウス5世はこのままクレテア相手に全面戦争を起こしかねない。
将官達は内心でぼやく。
ベルネシア人め、余計なことし腐りやがって。
○
ベルモンテ公国宮城の一角にある空中庭園的な小バルコニー。雅な陶器製のプランターには色とりどりの夏花が並び、燦々と注ぐ夏の陽光を浴びている。
公王ニコロは彩り豊かな夏花を眺めながら、独りで静かにお茶を飲んでいた。
ニコロは50代半ばながら老け込みが強い。頭頂部は禿げ上がり、髪も真っ白だ。頬のこけた顔は深い皺が刻まれ、双眸も深く落ちくぼんでいる。180を超える背丈は猫背が酷く170くらいに見えるほどだった。
ゆえに、小花壇を眺めながらお茶を飲む姿は、サナトリウムの病人のようでもある。まあ、重度の不安神経症と被害妄想癖、強烈な猜疑心と悲観さは充分に病的だが。
そんな彼が、狙撃や襲撃の可能性があるような場所で過ごすことは、とても珍しい。
「陛下」とニコロの嫡男にして王太子ピエトロが姿を見せる。
年の頃は30代後半。ヴィルミーナの世代よりいくつか上だ。顔立ちはディ・エスロナ家らしい美形で剽悍な男性的魅力に溢れている。丁寧に刈り込まれた髪に合わせ、もみ上げから口周りまで生える髭も短めだ。適度に鍛えられた肉体を絹製の茶色い衣装で包んでいた。
ニコロには5人の子供がいたが、2人は幼少時に早逝。1人は不幸にも事故死。今あるのはピエトロと王女アウローラの2人だけ(2人は既に結婚して子供を儲けているが)。
王太子ピエトロは父親を前にしても家族の情――愛憎も好悪も見せない。ただ臣下が王に接する態度を保つ。
なんせニコロの猜疑心と人間不信の対象は家族にも例外ではない。ニコロ自身が骨肉の争いの末に玉座へ至っただけに、妻や子を警戒している。息子のピエトロはそのことをよくよく理解しており、職務以外で父と会わない。妹のアウローラに至っては父を怖がるあまり、公式行事以外でも顔を合わせようとしなかった。
ニコロから三歩ほど離れた場所に背筋を伸ばして屹立し、主君へ上申するように言った。
「カーパキエのエリュトラ夜襲で宮廷が動揺しております。陛下の御言葉を賜れませんか?」
ニコロは息子を一瞥し、卓の空いている椅子を顎で示す。
「座れ。一杯馳走してやる」
「……はい、陛下。ありがとうございます」
ピエトロは命令通りに卓へ向かい、侍従が引いた椅子へ着席する。その端正な顔に一抹の不安が滲んでいる。父がこのように茶を勧めてくることなど一度もなかった。
「そう怯えるな」ニコロは薄く苦笑し「余とて息子に毒をもろうとは思わん」
「そのような心配はしておりません」
ピエトロはやや早口気味に父へ応じる。内心は混乱気味だ。これまで、このような父を見たことがない。
侍従がお茶を用意し、一礼してバルコニーを去っていく。ピエトロが白磁のカップを口元に運び、テュルク産の風味を味わっていると、ニコロがおもむろに切り出した。
「余がベルネシアへ謀を働いたことは存じているな?」
「多少は」とピエトロはニコロへ首肯する。
猜疑心の強烈なニコロは当然の如く強烈な秘密主義者だ。ニード・トゥ・ノウの原則も厳格に扱っており、王太子の息子にすら何も教えないことが多い。
「巷で語られるアンジェロ事件が陛下の策だった、ということくらいです」
ピエトロにとってアンジェロは亡き伯父の孫、廃人状態の従兄の子に当たる。その憐れな境遇は聞き及んでいたが、直接の関わり合いは皆無に等しい。ほとんど他人だ。
アンジェロ事件の標的だったベルネシア王妹大公女ヴィルミーナも同様だ。血縁的には亡き叔父の娘、従妹だが、やはり会ったことも関わったこともない。他人と変わらない。
しかし、血族を容赦なく利用し(しかも一人はまだ子供だ)、爪牙に掛ける所業に、ピエトロは道徳的不快感を覚えずにいられない。
「その通りだ。余はアンジェロ事件を梃子に協商圏の地中海通商に食い込み、今次戦争でクレテア・聖冠連合の側へ与するつもりだった」
父の告白にピエトロはギョッとする。ニコロは売国的提案をしたという噂が事実なら――
「余のやり方はともかく、ベルモンテが存続するためには独立独歩を諦め、メーヴラントの大樹に沿うしかないのだ」
ニコロは息子の動揺を無視し、話を続ける。
「お前が思っている以上に、協商圏と聖冠連合圏の地中海経済が強いのだ。地中海権益をこれ以上握られたら、我らのような小国はそれこそ下町の配送業者程度にまで落ちぶれてしまう。干戈を交えずして亡国の憂き目を見るだろう」
その事実はピエトロも理解している。協商圏経済の聖冠連合帝国の地中海権益拡大に伴い、ベルモンテ公国の地中海通商は目に見えて右肩下がりになった。協商圏側に比べて産業的に後れを取っている以上、これを無理に補おうとすれば、民草からの過剰な搾取しか術はなく、その先は破滅しかない。
よって、遅かれ早かれ、ベルモンテを始めとするコルヴォラント諸国は、協商圏と帝国に戦いを挑むことになった。地中海という黄金の林檎を取り戻すために。
ピエトロは終末論に反論するような顔つきで言った。
「そうならぬため、諸国を挙げて連合を組んだのではありませんか」
烏合の衆を頼りにするか、とニコロはせせら笑う。
「北部戦線は統一司令部もなく、諸国の軍勢がそれぞれ勝手に戦っているにすぎん。海も同じだ。エトナ海側とチェレストラ海側の諸国連合艦隊は連絡線すら持っていない。仮にこの戦に勝てたとしても、今度は我らの中で利権分配を巡る争いが起きる。最終的に得をするのは仲裁役の法王国だけだろう」
「……ならば、なぜ斯様な事件を起こしたのです。素直にベルネシアやクレテアに服せば良かったでしょう」
「即座にフローレンティアが乗り込んでくるぞ。ランドルディアと法王国から義勇兵を連れてな。フローレンティアの財政はそこまで追い詰められている。そして、戦になれば、協商圏は援助の代価で我々からあらゆるものを奪い取っただろう」
ニコロは出来の悪い学生に物を教えるように言葉を続け、
「協商圏に与することで我が国を周辺国から守り、経済を回復させることが一番“マシ”だった。アンジェロを生贄にし、ヴィルミーナを排除することで、狙い通りに国体を損なわず協商圏を利用できる、はずだった」
御茶で喉を潤してから自虐的に口端を歪めた。
「余は誤った。アンジェロだけでなくヴィルミーナも殺すべきだった。いや、ヴィルミーナこそ殺すべきだった。そうすれば、少なくとも貨物船撃沈事件は防げたはずだ。あれが無ければまだ手の打ちようもあった。エマヌエーレの奴め、とんでもない忘れ形見を残したものだ」
ピエトロはまったく予期せぬ父の独白に目を瞬かせる。
「あれがヴィルミーナの策だと?」
「そうだ。あの事件後の大津波じみた新聞と公告による広域扇動工作は、“事件が起きることを前提にしていなければ出来ない”。現状に至るまでの流れは全て、あの小娘が恣意的に引き起こしたものだ」
「陛下の御言葉を疑う訳ではありませんが……にわかに信じがたいことです」
「かつて魔導植物の投機や南小大陸開発公社の投機で大騒ぎが起きた。あれと同じだ。民衆を踊らせることは不可能ではない。あの小娘が経済戦の手練れとは知っていたが、まさか斯様な策謀まで通暁しているとはな。つくづく手痛い失敗だった。いっそアレが赤子の頃に母親ともども始末しておけばよかった」
ふ、とニコロは顔を大きく歪めた。
「その場合は兄が死なず、余が王になることも、お前が王太子になることも無かったがな」
ピエトロは返答を避けるように、カップを口に運ぶ。父の心情などまったく分からないし、迂闊な発言をして猜疑の標的にされてはかなわない。
カップを置き、ピエトロは水先を変えた。
「これから、どうなさるおつもりです?」
「決まっている」
ニコロは金壺眼を蠢かせ、息子の顔を見据えた。
「連合を裏切り、クレテアと聖冠連合の側につく。おあつらえ向きに“丁度良い連中”がいるだろう」
「まさか……法王国の使節団を利用なさるおつもりですか。そのようなことをすれば、国内の、いえ、コルヴォラント中の伝統派信徒が敵に回りますぞ」
ピエトロが顔を引きつらせながら迂遠に翻意を求めるも、ニコロは冷笑を返す。
「ランドルディアの宗教狂いのようなことを言う。ナプレのアルフォンソ3世なら余と同様のことを考えるぞ。いや、ナプレへ逃げ込んだエマヌエーレの愛人と私生児を抱えていることを考慮すれば、既に動いていると見做すべきだな」
返答に窮する息子へ、ニコロは口元へ茶を運んでから、告げる。
「適当なところで奴らに叛を起こさせ、余を退位させる。そのうえで“即位したお前が”奴らを排除し、クレテアと聖冠連合へ与するのだ」
「な、にを――」
凍りつく息子を余所に、ニコロは説明を続けた。
「勘違いするな。別に死ぬ気はない。ただ、奴らの手で健康を害されたとし、復位せぬ理由も付こう。余が表舞台から排除されたなら、ベルネシアとクレテアも我が国が与することを受け入れるだろう。奴らの力を使い、フローレンティアを排除せよ」
金壺眼が妖怪染みたぎらつきを宿し、ニコロは息子を見据えた。
「よいか。ベルモンテはエスロナ家あってこそ。ベルモンテの国体はエスロナ家が主権を握ってこそだ。協商圏に傅いても主権を委ねてはならぬ。お前はなんとしてもエスロナの実権を守り抜け」
ピエトロは生唾を飲み込もうとしたが、口腔内はからからに渇いていた。動揺したまま父を見据え返す。
「……陛下は如何なさるのです」
「播いた種は刈り取る。ヴィルミーナは今やベルモンテに仇為す魔女だ。これを退治せねば、我が一族と我が国の未来が危うい」
ニコロの言葉にピエトロの理解が追い付かない。
自分へ一族と祖国を守れと言いながら、ベルネシアの要人たる従妹を殺すという。そんなことをすれば、今度こそベルネシアは本気でベルモンテを潰しにかかるだろう。いや、カーパキエの惨劇を顧みれば、従妹の私兵部隊だけでもベルモンテを焼き払えるかもしれない。
悲観主義による被害妄想か、不安神経症と猜疑心からの妄念なのか。
分からない。眼前の男が何を考えているのか、分からない。
慄然としているピエトロから視線を外し、ニコロは何事もなかったように御茶を口に運んだ。
○
砲弾の直撃を浴びた囮トーチカ――張りぼてが吹き飛び、勢いよく立ち昇る爆煙とは反対に砕かれた建材が降り注ぐ。
ランドルディア軍砲兵部隊が平射砲や騎兵砲で直協射撃を行い、タウリグニア軍のトーチカや防塁へ砲弾を叩きつけてくる。
砲弾の直撃を浴びる度、トーチカが大きく震え、ミシミシと悲鳴を上げた。
トーチカ内は銃眼や明かり取りの窓から爆煙や粉塵が流れ込み、自分達の発砲による魔晶炸薬残渣や煙に浮き上がった埃やら塵やらが立ち込めていた。
当然、視界など効かず敵の姿などろくに見えない。それでも、タウリグニア兵達は銃眼からひたすら発砲を繰り返す。
なんせ発砲しなければ、ランドルディア兵がトーチカに取りつき、銃眼や窓から手榴弾を放り込んでくるわ、爆薬で突入口を作るわ、魔導術で火炎や電撃を流し込んでくるわ、土系魔導術でトーチカそのものを圧潰させてくるわ、手が付けられない。
防塁内に突入されたら白兵戦となるが、士気の低いタウリグニア徴兵は白兵戦が発生すると逃げるか降伏してしまう。
ゆえに、タウリグニア軍はとにかく発砲させていた。弾幕を展開して敵の接近を阻む以外、戦いようが無い。作戦とか戦術とか以前の有様なのだ。
砲爆撃を浴び、発砲を繰り返すトーチカや防塁内はサウナ風呂のように暑い。
タウリグニア兵達の緑色の軍服は汗と煤煙と粉塵で汚らしく変色しており、体が真っ黒になっていた。シャコー帽を脱ぎ捨てている者も多い。
伍長がげほげほと咳き込むと、真っ黒な痰が飛び出した。
「これじゃあ生き延びても肺病になっちまうな」
「うるせェ、バカヤロウっ!! 将来の肺病を気にする暇があったら撃ち続けろっ!」
班長が暢気なままの伍長へ罵声を浴びせる。
彼らのこもる小型トーチカは直射砲の徹甲弾を浴び、正面の一部に大穴が開いていた。穴の傍には瓦礫に混じり、半身をぐちゃぐちゃにされた骸が転がっている。
怯懦に囚われた新兵は口と襟元を吐瀉物で汚し、トーチカの端で膝を抱えて泣き続けていた。戦争映画などなら頬をビンタして戦わせているところだろうが、真に切羽詰まっている彼らは新兵に構う余裕すらない。
ひときわ大きな爆発音が轟き、ざああと大量の石片や土砂が降り注ぐ音色が響く。
「今のはなんだっ!?」
「重砲トーチカが吹き飛んだみたいだ。砲弾と装薬が誘爆したんだろう」
ヒステリックに喚く班長へ、伍長が銃眼から周囲を窺って報告した。
「おいおい、大隊本部の防塁が突入されてっぞ。班長。このまま踏ん張ってると、俺達ぁ敵中に孤立しちまうぜ。どうする?」
「ぅうう」
班長は半ばパニックに陥り、思考を放棄して喚き散らした。
「知るかっ! 俺達は命令があるまで、撃ち続けりゃ良いんだっ! 撃てっ! とにかく撃てっ!」
○
ランドルディア軍務大臣は戦況図をじっと観察していた。
他国の担当戦区はともかくランドルディア王国の担当戦区は順調に推移している。
たしかにタウリグニア軍は頑丈なトーチカや頑健な防塁にこもって激しく抗戦していた。ただし、徴兵は練度も士気も低く、こちらの突撃が成功すれば容易く崩れる。一部の職業軍人達が踏ん張っているものの、元々が寡兵。焼け石に水だ。
既にいくつかの要地を制圧し、要路を確保している。このままクレテア軍が到着するまでに国境線を突破できたなら、国境に展開しているタウリグニア全軍を心理的に崩壊させ、タウリグニア国内の独立派や反クレテア派を蜂起させられるかもしれない。
今日明日が肝だろう。明後日にはクレテアの先陣が前線へ到着する見込みが高い。
この48時間で国境線を抜けるか否かで、主導権を握る側が決まる。
そう判断した軍務大臣は将官達と相談後、双眼鏡で戦場を見物している主君へ上申した。
「陛下。王立魔導騎士団を投入させてください」
ユリウス5世の肝入で組織された魔導騎士団は中核の戦闘魔導士中隊が中高位魔導術士で編成されている。他の将兵はコルヴォラント北部の山岳地で厳しい訓練を重ねてきた山岳兵で、王のお気に入りのため人員と装備が完全充足している。まさに精鋭中の精鋭だ。
軍務大臣の上申に対し、ユリウス5世は不満そうに唇をへの字に曲げた。
ユリウス5世としては、来たるクレテア軍との大決戦で魔導騎士団を華々しく使いたかった。が、軍務大臣は将官達と共にしつこく粘っこく説得し続け、最後に強く押した。
「ここで陛下の魔導騎士団が前線を突破し、タウリグニア領内への侵入に成功すれば、敵は総崩れとなりましょう。陛下の手によって初戦の勝利が決まるのです」
大きな名誉をちらつかされ、ユリウス5世は軍務大臣の意見を採用した。
結論から言えば、王立魔導騎士団は王の願望を見事に叶えた。この日のうちに大した損害もなく主要トーチカ群を陥落させ、重要な防塁拠点を制圧し、多くの敵兵を捕虜とし、進撃路を確保した。
かくしてランドルディア王国陸軍が最前線を突破し、タウリグニア国内へ進攻していく。
ただ……軍務大臣が期待した戦線の完全崩壊は起きなかった。
クレテア東部軍の先行部隊が軍務大臣の予想より早く到着したからだ。




