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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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258/336

19:5

大陸共通暦1781年:夏

大陸西方コルヴォラント:タウリグニア共和国:国境

―――――――――――

 ブングルト山脈が近い関係上、コルヴォラント北部は山岳地や山稜の合間に狭い高原や小さな森がぽつぽつと点在する。プロン造山帯のヒルデン山塊ほどの難地形や強烈な植生では無いものの、地質が固く岩肌や岩石が多くて塹壕の類が掘り難い。


 こうした地勢からタウリグニア・ランドルディア国境付近は、ベルネシア軍が用いた蜘蛛の巣みたいな複帯塹壕陣地を作れない。カロルレン軍がファロン山に造り上げたような山城的野戦陣地も不向き。


 そこで、タウリグニア軍は道路や高原を制す高所や山稜頂点にトーチカ群陣地を建設(欺瞞や弾除けの張りぼても仕込み済み)。岩の多い所は手作業でも魔導術でも壕の掘削が難しいため、土嚢や岩を積み上げて防塁拠点を築城。これらトーチカ群と防塁拠点は相互支援射撃が可能な火線網を敷いてある。


 タウリグニア軍の戦略は敵に出血を強いつつ持久防御戦を繰り広げ、クレテア東部軍の到着を待つ。反攻はクレテア人にお任せ。なんたってこっちは従属国。宗主国様のちょっといいとこ見てみたい、てな塩梅だ(一方、クレテア人はタウリグニア人を弾除けにしようと思っていたりする)。


 さて……『おちびルイズ号』と『でかぱいキュルケ号』の事件が発生し、戦争が不可避となって開戦が秒読みになり、タウリグニア共和国は全力動員。

 職業軍人から予備役、徴兵されたばかりの新兵に冒険者や傭兵まで、使える野郎共を片っ端からトーチカや防塁拠点へ押し込んでいった。


 暢気な伍長が蒼い顔をした新兵へ笑いかける。

「なぁに、そうビビるなって。この穴倉は割と真面目に作ったからよ。直撃を浴びたってへーきへーき」

 その言葉の真偽は宣戦布告が交わされた翌日に判明する。




 宣戦布告が交わされた翌日。

 コルヴォラント北部の爽やかな夏の朝。ランドルディア王国軍を中核とする連合の陸軍勢が、タウリグニア国境へ向けて進撃を開始。


 銃兵の前進に先駆け、重砲陣地の大口径砲が砲弾を吐き出し、さほど多くない飛空船や飛空短艇、翼竜騎兵の編隊がタウリグニア軍陣地を襲撃し、砲撃し、爆撃してゆく。


 ひと季節分の戦争準備期間は攻守双方に利をもたらしていた。タウリグニアがしっかりと守りを固めていた分だけ、攻め手の連合も入念に準備を整えていた。トーチカ群や陣地への準備観測や標定を重ねており、砲撃も爆撃も薄ら恐ろしいほど精確だった。


 砲撃はトーチカ群へ次々と命中弾や至近弾を浴びせ、爆撃は陣地内へきっちり落ちていく。

 いくつもの爆煙と粉塵が水柱のように勢いよく昇り、巻き上げられた岩石片や土砂が豪雨の如く降り注ぐ。山岳を彩る夏草や夏花、樹木が炸薬に吹き飛ばされ、弾殻片に裂かれ、爆炎に焼かれる。山稜や丘陵が抉られ、山腹や斜面がほじくり返され、岩肌や土肌が削られていった。


 タウリグニア国境に炸薬と鉄の暴風が荒れ狂う中、トーチカ群や防塁拠点に避難したタウリグニア兵達は、恐怖と怯懦に苛まれていた。

 強烈な砲爆撃の暴風雨は頑丈なトーチカや防塁の中まで轟音と振動を伝え、不吉な軋み音と共に揺れるトーチカの天井からぱらぱらと石片が降り、床から埃が舞う。


 ひょっとしたら砲爆撃に耐え切れず、圧潰してしまうのでは? 吹き飛ばされてしまうのでは? そんな憂慮と不安から将兵の顔は一様に引きつっている。


 トーチカや防塁の中で、誰もが身を竦ませ、顔を強張らせ、冷や汗を流す。多くの者が御守や家族の小さな肖像画を手に神の加護を祈る。緊張に耐え切れず嘔吐する者や、泣き出す者もいたが、そうした者達を臆病と罵る者は一人もいない。従軍司祭や勇気ある者達が怯える者達を励まし、いたわり、ねぎらう。


 それでも、鉄と炸薬の嵐に心を押し潰された者達が少なからずパニックを起こし、仲間の手を振り払ってトーチカや防塁の外へ飛び出してしまう。

 彼らの多くは外へ飛び出してから間もなく肉塊と化した。極少数が数学的確率論から文字通り木っ端微塵に粉砕され、『行方不明』として歴史のカオスに溶ける。

 同じく確率論的現象から砲弾や航空爆弾が直撃したいくつかのトーチカや防塁が吹き飛び、倒壊していく。そうした拠点内に居た者達は死神が見落とさない限り、冥府へ引きずり込まれていった。

 砲爆撃はまだ終わらない。彼らの恐怖体験はまだ始まったばかりだ。




 どがんぼがんと景気よく砲爆撃が行われている間、コルヴォラント諸国の銃兵部隊が前進。散兵横隊を先行させ、その後に戦列縦隊が続く。

工兵達が道路などに設置された罠や障害物を撤去し、啓開した道を騎馬砲兵達や軽砲兵達が直協のために火砲を運んでいく。


 大量の砲爆弾が炸裂し、数万余の将兵が整然と運動するスペクタルな光景を前にし、

「はーっはっっはっ! 素晴らしいっ!! まったく素晴らしい光景だっ!!」

 ランドルディア国王ユリウス5世が高笑いしていた。


 此度の戦へ親征した彼は、瀟洒な彫刻が施された魔導合金製クォーターアーマーを着込み、純白のマントを羽織っている。腰には金剛鋼製の愛剣を佩いていた。彼の周囲を勇壮な近衛騎士達ががっちり警護し、油断なく周辺を警戒している。


「こんな清々しい興奮は久し振りだっ!!」

 ユリウス5世の視線の先では、タウリグニア国境稜線が重砲と飛空船から鉄と炸薬を叩きつけられ、爆炎の繚乱と黒々とした爆煙に包まれている。


「皆の者、よく見よっ! これぞ神罰だっ! 神と信仰に背を向けた愚か者共に対する天誅だっ!!」

 眼前の壮大な情景による興奮と熱烈な宗教的情熱で浮かれたユリウス5世は、嬉々として演説を始める。そんな王を敬愛する近衛騎士達や追従する将軍達がニコニコと王へ首肯を返す中、軍務大臣だけが老壮の顔に苦いものを浮かべていた。


 軍歴の長い彼は知っている。

 塹壕やトーチカにこもった者達がどれだけしぶとく生き長らえるか。そうして生き長らえた者達がいかにしぶとく戦い続けるか。




 ランドルディア軍務大臣の憂慮の正否は二時間後、重砲の砲撃と飛空船による空爆が終わりを迎えた時に判明した。

 金と物資が限られるコルヴォラント諸国は、戦争好きなメーヴラント諸国のように長時間の弾幕砲撃や絨毯爆撃など出来ない。


 砲撃と空爆に耐えきったタウリグニア兵達がトーチカや防塁の銃眼から小銃を構える。クレテアが提供した旧式の擲弾砲や多銃身斉射砲が準備された。

 砲兵用トーチカの中では、クレテア軍が在庫掃除と言わんばかりに押し付けてきた前装式の平射砲や直射砲、臼砲などが仕事を開始する合図を待つ。


 タウリグニア軍の各観測拠点から国境総司令部に連絡が次々と届く。

『ランドルディア軍、前衛が距離400へ侵入』『ヴェクシア陸軍が距離420を超えましたっ!』『フローレンティアの先陣が400の線を通過っ!』『モリア=フェデーラ軍、未だ距離500を超えずっ!』


 タウリグニア共和国軍の国境防衛総司令官ジョバンニ・ド・モンモラシー大将が、地図を見下ろしながら号令を下す。

「全隊、攻撃開始」


 参謀長が首肯し、魔導通信器へ吠える。

「了解。全隊、攻撃開始。攻撃開始―――っ!!」

 直後、タウリグニア国境の諸陣地が火山の如く一斉に火を噴いた。


       ○


 宣戦布告が交わされた翌日。

 陸で激しい戦いが始まっていたが、地中海はチェレストラ海もエトナ海もまだ穏やかだった。各国の海軍は領海に通報船を展開し、沿岸砲台に兵を配置するに留まっている。まだまだ様子見、といったところ。

 ただ一つ、白獅子財閥隷下の民間軍事会社『デ・ズワルト・アイギス』を除いて。




 時計の針を数時間ほど戻す。

 宣戦布告が交わされた当日の夜のこと。


 ベルネシア王国白獅子財閥の隷下、民間軍事会社『デ・ズワルト・アイギス』は本社の『予防先制攻撃』方針を元に、現地参謀団が練った作戦計画を実行した。


 投入された戦力は、『デ・ズワルト・アイギス』の高速戦闘飛空艇グリルディⅣ型改とグリルディⅢ型改、合わせて6隻。加えて強力な通信装備と捜索追跡器材を搭載した改装飛空貨物船――管制船1隻、改装大型貨物船1隻に重装小型短艇4隻。

 そして、『空飛ぶ魔狼号』を含めた私掠飛空船4隻(魔狼号は戦闘飛空艇グリルディⅢ型改。他3隻は武装飛空船だ)。


 この小さな空中艦隊はコルヴォラント南端――鴉のクチバシにある港湾都市カーパキエ王国王都エリュトラの夜襲を企図していた。


 無謀の極致に思えるが、理屈としては、そう異常なことでもない。

 開戦直後に王都へ殴り込みを掛けられるとは誰も思わない。ましてや、コルヴォラント諸国の戦争観は一時代前のままだ。総力戦という残虐ファイト・ルールに切り替えたメーヴラント人のやり口を想定していない。


 事実、デ・ズワルト・アイギスの艦隊がカーパキエ王国領海から王都エリュトラへ進む間、哨戒通報線すらなかったし、エリュトラ港も見事なほど無警戒だった。暢気と言うべきか、古き良き戦争観の弊害と言うべきか……。

 ともかく、黒き盾の艦隊の夜襲は、心理的陥穽を突いて最高の状態で始まった。


 王都上空を警戒警備する翼竜騎兵や飛行短艇はおろか、阻塞気球すら無し。王都内は港から王城まで街灯や照明がキラキラと点っている。軍民共用港に停泊する船舶までくっきりはっきり見えた。

 視界一杯の無警戒で無防備な獲物の群れ。戦争鯨達はあまりの好条件に興奮を隠せない。


 先頭を駆る『空飛ぶ魔狼号』の隻眼美人船長アイリス・ヴァン・ローも、雁首を並べる軍船や商船の大群を前に、凶暴な笑みを湛えて呟く。

「よりどりみどり」


『エル・アライラーより全船。全兵装使用を許可する。所定目標へ攻撃を開始せよ』

 管制船より攻撃命令を受け、

「野郎共、食いまくれっ!!」

“竜殺し”アイリスの勇ましい号令により『空飛ぶ魔狼号』が砲撃を始め、戦争鯨の群れも続く。


 カーパキエ王国王都エリュトラの夜空に発砲光が煌めいた。

 砲手達が後装式砲の限界へ挑むように速射を繰り返し、砲弾運搬係(パウダーモンキーズ)が汗だくになって砲弾を運び続ける。舷側の擲弾銃まで地上へ掃射を繰り返す。


 たった7隻の戦闘飛空艇。たった3隻の武装飛空船。わずか10隻。されど10隻の戦争鯨が持つ火砲は合計200門近い。その200門が毎分3~4発の榴弾や炸裂弾を降らせれば……

 たちまち爆炎の花が咲き乱れ、爆煙がもうもうと広がり、眼下の港が蹂躙される。


 脆弱な上甲板から砲弾が飛び込むため、エリュトラ港に停泊していた軍船も民間船も漁船もボートも次々と打ち砕かれ、燃え盛り、爆散し、轟沈していく。


 港湾に付随する海軍施設や倉庫や荷揚げ器材、物資集積場、管理施設や造船場、整備工場なども次々と破壊され、炎に飲み込まれていった。軍船や軍需倉庫の砲弾や装薬が誘爆し、破壊を加速させ、拡大させる。

 もちろん、運悪く港に居た人々も容赦なく炸薬と炎熱の餌食になる。軍人も民間人も善人も悪人も男女も老若も関係なく。

 まさに地獄絵図だった。


 押っ取り刀で地上のカーパキエ軍が対空砲や小銃で反撃を始めるも、戦い慣れた戦争鯨達は対空砲の発砲光を目印に、対抗砲撃を浴びせて片っ端から潰していく。


 戦争鯨達が港に砲弾の雨を降らせている間に、飛空短艇の群れが王都郊外の飛空船離発着場を襲う。両舷に装着した白獅子技研の開発兵器『蜂巣(ホーニングラート)』という円筒を重ねたものから、ロケット弾の群れが斉射され、離発着場が炎と弾殻片の嵐に包まれる。


 飛空短艇の編隊は高度を下げ、大混乱に陥った離発着場へ連発式擲弾銃と手動式機関銃で地上掃射を開始。施設だけでなく人的資源にも打撃を与える。まぁ、夜間だから然程人も多くないが……何の慰めにもならない。


 管制船が搭載した強力な捜索追跡器材で地上と周辺を探り、砲撃損害評価を取得。強力な魔導通信器で各船へ常に状況を報告し、新たな目標指示を与え、狩りを効率的に進める。


 エリュトラ港を蹂躙し尽くし、船舶を粗方始末し終えた戦争鯨達が、暇潰しのように王都内の主要橋梁などのインフラ破壊に興じる。まさに慈悲もなく容赦もなく。


 そうして満を持して改装大型飛空貨物船が王都上空へ侵入。これまでに“商事”が搔き集めた情報と管制船の誘導に則り、王都内の重要施設へ向かう。


 狙うは弾薬工廠だ。

 旧弊的な徒弟ギルド制が維持されているカーパキエ王国はベルネシアのような民間資本の大型軍需工場も無ければ、クレテアのような大型軍工廠もない。個人経営の銃器工房や武具工場の群れが武器や装備を量産している。が、戦略資源たる弾薬はどこの国も専業専売だ。

 王都エリュトラにある魔晶炸薬生産工廠を吹き飛ばしてしまえば、まとまった量の弾薬を自前で調達出来ない。


 改装大型貨物船は大きな後部ハッチを開け、樽を用いた簡易爆弾と焼夷弾による絨毯爆撃を行う。命中精度なんて期待出来ないから量で補う。

 雨霰とばら撒かれた樽爆弾が弾薬工廠を破壊し、備蓄されていた大量の魔晶炸薬や原料が殉爆した。

 紅蓮の巨大な火球と魔晶の峻烈な青光が一瞬、夜闇を掻き消す。凄まじい熱衝撃波が大気中の水分を蒸発させながら周辺街区――建物も人間も打ち倒し薙ぎ払う。そのエネルギーは上空を泳ぐ戦争鯨達の巨躯を大きく揺さぶった。


 ひときわ大きな爆煙を確認し、管制船が全船へ撤収命令を出す。

『エル・アライラーより全隊。今宵はもう充分だ。撤収する。飛空短艇(フレッシル)隊は大型飛空貨物船(キャンピオン)の護衛につけ。ビルスリルとネルシルタは本船の護衛に回れ。他の戦闘艇は雁行隊形を組んで先行せよ』


 鉄と炸薬に凌辱され、炎に焼かれる王都エリュトラの赤い夜空。戦争鯨達が流れるように編隊を組み、傲然と地中海へ向かって泳いでいく。

 そんな戦争鯨の群れを、カーパキエ王国民は恐怖と戦慄の眼差しで見送るしかなかった。


       ○


 夜が明け、カーパキエ王国王都エリュトラの惨状が陽光に晒される。

 港湾部は弾幕砲撃を浴びた挙句に火災が荒れ狂ったため、その機能を完全に喪失していた。焼け落ちた建物。炎熱で溶け曲がった鉄材。廃虚の群れと瓦礫の山。無数に穿たれた砲撃孔。原形を留めないほど破壊された軍民の船。潮騒と共に波間で揺られる様々な残骸や何かの破片。海軍の主力艦艇は一隻残らず大破轟沈し、藻屑と化している。


 そして、死体。

 そこかしこに死体が転がっていた。黒焦げの屍。瓦礫に押し潰された骸。水面に浮かぶ亡骸。砲撃で打ち砕かれた肉塊。散乱する臓腑や四肢や肉片。逞しい鴉達が路上に転がる死体をついばみ、海生生物達が水面や水底の死体を突く。


 惨状は港だけではない。

 郊外の飛空船離発着場も壊滅状態だった。管制施設や整備場、各種倉庫は軒並み破壊され、瓦礫と燃えカスと化している。停泊していた飛空船達も無惨な骸を晒していた。


 都市の被害は凄まじい。

 弾薬工廠は建物どころか敷地が巨大なクレーターになっている。夜間勤務の警備員などは肉体が消滅してしまった。爆発時の強烈な熱衝撃波によって倒壊した周辺建物は、住人達を飲み込んで圧潰させている。王都中に飛散し降り注いだ瓦礫片が無数の被害を生んでおり、魔導防壁が施された王城すら損傷を被っていた。


 もっとも、この夜襲で最も犠牲者を生んだのは、二次被害の火災だった。

 コルヴォラント南端、鴉のクチバシにある港湾都市エリュトラは、その地理的条件から歴史的に海賊の脅威に晒されてきた。そのため、外郭と内郭の二重城塞都市構造――主要道路以外の道は基本的に狭く、難解に入り組んでいる。また外壁と内壁は敵を防ぐと同時に、住民の地区外への自由な往来を阻む。


 つまり、弾薬工廠の破壊による市街地火災が広がった時、住民達は思うように逃げられなかった。入り組んだ細道と城壁に避難を阻まれ、炎の波に呑まれてしまったのだ。


 また、戦争鯨達が夜襲のオマケに主要橋梁を砲撃したことも、被害を拡大した。主要橋梁――つまり都市内主要道路が寸断された。

 結果、人々は大火に追われ、パニックに駆られ、煙に巻かれ、炎熱に呑まれ、命を落とした。

 彼らの多くは神に救いを求めたが、彼らの神が手を差し伸べることは無かった。


 高官が一時報告の締めを口にした。

「死傷者は……概算で2万を超えるかと」


 吹けば飛ぶような小国カーパキエ王国の人口は少ない。王都ですら総人口10万未満。2万という数字は極めて大きい。


 事実上の元首となっているカーパキエ王国王太子アントニオは、顔を真っ青にしたまま言葉も出ない。なお、彼の父である国王はショックのあまり昏倒してしまっている。


「延焼地域が労働者街だったことも被害を大きくしました」

 高官が沈鬱な顔つきで告げた。

「はっきり申し上げて、港湾機能の回復には年単位の時間と莫大な資金が必要です」


「海軍の、被害は?」王太子アントニオは絞り出したような震え声で問う。


「使用可能な船の数を上げた方が早いです。旧式フリゲート2隻とコルベットとスループが6隻。これで全てです」

 海軍高官が呻くように続ける。

「幸い、人的被害はさほどではありませんが……造船所が軒並み破壊されております。年内の軍船調達は困難です」


「さらに申し上げれば」陸軍将官が苦しげに「弾薬工廠の喪失と労働力の激減により武器弾薬の調達、供給が困難です。他国より支援が無ければ……軍はその責務を十全に果たせません」


「……開戦わずか二日で我が国は戦う力を失った、ということか」

 陸軍将官の遠回しな言葉を、王太子アントニオは明瞭に要約した。


 会議室に沈黙の帳が下りる。誰も彼もが頭を抱え、目を覆い、眉間に皺を刻み、俯いていた。会議室の壁際に控える若い近衛や侍女の中には涙ぐむ者さえ居た。

 まさに『お通夜状態』。


 沈鬱で絶望的な雰囲気が漂う中、王太子アントニオは涙を堪えながら拳を固く握り、

「これが、こんなものが、戦争だというのか?」

 心情を吐露した。

「いくら我が国がか弱き小国と言えど……このような所業が許されるのか……っ! 一戦も交えることなく夜討ちを仕掛け、無辜の民諸共に街ごと焼き払うなど、あまりに卑怯ではないか……っ! こんな、こんな無惨な凶行が戦だというのか……っ!」


 カーパキエ王国もソルニオル事変後に弱っていた海賊海岸一帯をここぞとばかりに襲撃していたのだが、年若い王太子に今、その事実を告げることは無体に過ぎよう。


「このまま、ただ敗れるわけには行かぬ……っ!」

 アントニオは目元を拭い、決意を口にする。

「我が国がこの戦にて亡国の道を歩もうとも、この地に住まう民が胸を張って未来を歩むために、意地を示さねばならぬ。私がカーパキエ王家最後の王太子となろうとも、斯くも卑劣な攻撃に打ちひしがれた我が民を鼓舞させねばならぬ。カーパキエの誇りを子々孫々へ伝えねばならぬ」


 齢17歳の王太子アントニオが示した決意は、至純の勇気。至誠の献身。高貴なる者の誉れだ。

 ただ……年若い彼は知らない。

 近代戦争の非情な現実主義において、それらは何の助けにもならないことを。


       ○


 ヴィルミーナは報告書に目を通し、思わず溜息をこぼす。


 夜襲作戦は完璧な成功を収めた。

 カーパキエ王国は港湾機能の喪失。停泊中船舶の大半が破損ないし轟沈。海軍主力艦隊は壊滅。郊外飛空船離発着場も管制施設や整備場などが壊滅。都市の被害は弾薬工廠の全損と周辺街区の焼尽、延焼によって数区が灰燼に帰し、複数の主要橋梁が破損ないし破壊された。

 開戦初日に海軍主力艦隊が失われ、継戦能力を断たれ、王都そのものが半身不随。


 この大戦果に対し、デ・ズワルト・アイギスの損害は、船艇の喪失無し。損害も無し。対空砲火と事故により若干名の負傷者が出たのみ。


「下手したら、戦史の教科書に載るわね」

 眉間を掻きながら、ヴィルミーナは『どうしたもんか』と思案する。


 これはちと上手くいきすぎたわ。ベルモンテとナプレは守りを固めるやろし、艦隊を一度にやられんよう各地と海上に分散させるかもしれへん。潰すのに手間暇がかかるな……や、各個撃破が出来るようになったとも言えるか……

 まぁ、通商護衛の脅威からカーパキエ海軍が消えたんは大きい。あとナプレを崩せば、コルヴォラント南部沖を安定させられるな。


 ヴィルミーナは珈琲を口に運んでから、別の報告書を手に取った。

「それにしても、まさかここでこの名前を見ることになろうとはね」


 法王国にて強力な大量破壊魔導兵器が開発された可能性大。

 主要開発者の中にベルネシア人魔導術士を確認。


 魔導術士の名前はギイ・ド・マテルリッツ。

「何やってんだか……や、ほんとに何してんの、こいつ」


ロッフェローの更新の御要望をいただきましたので、近日中に何とかしたいと思います。お待たせして申し訳ない。

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― 新着の感想 ―
[一言] フル・スロットルで加速しまくれ!
[一言] 俺達にもできるはずだ! という人達が2匹目の泥鰌を狙ってギイの所為で返り討ちフラグかな? ギイは戦犯確定?
[良い点] ありがとうございます! ヴァルミーナもロッフェローも好きな作品なので嬉しいです!
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