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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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257/336

19:4

大変お待たせして申し訳ない。

大陸共通暦1781年:夏

大陸西方メーヴラント:聖冠連合帝国:ソルニオル領

――――――――――――――

 コルヴォラントと地中海で宣戦布告が交わされる間際。

 クレテア南部の港湾都市マーセイル市から少々離れたところにあるラ・モレン町。


 そう、かつての小村は今や町に成長していた。その中核産業は領海警備や海上護衛を請け負うラ・モレン警備保障だ。海外のダミー会社を母体とするこの外資系警備会社は確かな税金を領主に納め、社員達が街に金を落とすことで二次産業も拡大していた。今や警備会社周辺にはちょっとした商店街通りが出来ているほどだ。


 そんなラ・モレンの街がソルニオル事変以来となる活況を迎えていた。

 ベルネシアから続々と到着する武装飛空船と戦闘飛空艇。先のソルニオル事変と違い、機密性を気にしない関係で、船員達が命の洗濯をしようと景気よく飲食店や娼館に金を落とす。


 むろん、警備保障の施設内は厳重な警備態勢が敷かれており、戦を前にしてピリピリしている。

 ラ・モレン警備保障の社屋は民間軍事会社(デ・ズワルト・アイギス)が派遣した元ベルネシア海軍軍人達によって参謀本部化され、長期滞在する彼らのためにラ・モレン町内へ家が用意され、家族の滞在が許されていた。


 同時に港湾都市マーセイルと王都ヴェルサージュでは、白獅子が活発に政府関係者の要路へ黄金色の菓子を届けて回る。側近衆から外交官として“バツイチ狂犬”アストリードが派遣され、マフィア的立ち回りも行われた。


 一方、聖冠連合帝国ではソルニオル領の領都郊外にあるコタルという小さな村に、ベルネシア資本が怒涛の如く襲い掛かった。白獅子の聖冠連合支社が経済特区にある各社と現地企業に委託、発注。


 ぽかーんとしている村民達を尻目に、聖冠連合の魔導術士と土木屋と建設屋が登場。村の一角を津波の如く開墾、整地して簡易な飛空船離発着場を啓き、小規模な診療所と物資備蓄庫を急ピッチで建設していった。プレハブ同然の安普請が一日に何棟も建設される様はちょっとした魔法のようで薄ら恐ろしい。

「お役人様。いったい何が起きとるんですか?」と心配顔の村長。

「まあ、悪いようにはならんよ」と困惑顔の役人。「多分な」


 そんなコタル村の報告書に目を通しながら、ソルニオル公カスパー・フォン・レンデルバッハ=ソルニオルは大きく溜息を吐いた。

「人の領を何だと思ってるんだか」


 手元の書類には、ベルネシアへ嫁いだマグダレーナ皇女の“紹介状”とベルネシア王太子夫妻の“要請書”と帝国中央と軍からの“協力要請書”。具体的な命令書がないだけで、実質的に外堀を完全に埋められている。電撃戦のようなトップダウン式根回しに、カスパーは思うところがあっても止められない。


「伝手と権力と金はこう使うべし、という見本ね」と公認愛妾――今は分家のヴァンデリック=ソルニオル男爵家女当主ユーリアが微笑む。

「従姉様は本気ね」


「あの人はいつも本気だよ」

 カスパーは溜息を吐いた。

「だが、これで海軍以外にも帝国通商を守るカードが手に入った。これは大きい」


 領主貴族という顔だけでなく、帝室直轄領経済特区の総督であるカスパーは、経済特区の経営も担っている。戦争だからと言って経済特区の収益が下がることは許されない。なんせ、経済特区のアガリは帝室の金で、その金は帝室恩賜の交付金として直轄領の開発や諸侯の懐柔に使われる。


 聖冠連合帝国は陸軍国家だから海軍は二の次で、クレテアのような外洋領土も持たない関係から、海軍は領海と沿岸の警備能力しか求められてこなかった。主力足りえる戦列艦とフリゲートを合わせて50隻しか持たない体たらく(代わりに沿岸砲台の類は充実している)。小型砲艦や飛空船を含めても200隻。民間船や私掠船を含めても戦闘可能船舶が400隻しかない。

 当然ながら、地中海通商(シーレーン)を守る能力などなかった。


 ただ地中海通商が急速に拡大し始めてから、泥縄的に海軍は通商護衛艦隊を創設。海軍ドクトリンも海上決戦可能なものに改めた。そのためにソルニオル公夫人ウージェニーの伝手を頼ってクレテア海軍から教官を招聘したり、ベルネシア民間軍事会社から元海軍軍人の教官を雇用したり。と海軍を育んできた。まあ、10年ぽっちではたかが知れているが。


 カスパーは小さく息を吐いた。

「コルヴォラント国境の越境作戦を行わないようだし、本当に海が頼りだ。民間軍事会社の小戦力でもあるだけありがたい」


 ディビアラント・コルヴォラント国境は、ブングルト山脈の支脈とヴェクス湾でつながっている。支脈は踏破困難な地勢とモンスター群の生息地のため通行に適さない。古くには突破を試みた軍勢がモンスター群によって壊滅した事例がいくつかある。となれば、ヴェクス湾を渡ってドンパチチャンバラが常道だが、湾内の両国沿岸は海岸砲台のハリネズミだ。迂闊に手が出せない。


 両国海軍の決戦はあくまでチェレストラ海で行われるだろう……


「出来れば年内に決着をつけて欲しいわ。貿易だけでなく観光産業や歓楽街にも影響が大きいからね」

 ヴァンデリック侯国の侯弟孫ユーリアは、ソルニオル公領の歓楽街――特にヴァンデリック侯国資本の風俗産業や賭博等の娯楽その他の元締めでもある。女大公クリスティーナをして『可愛げがない』と評するユーリアは、カスパーの『共同経営者』だった。


「子供の頃はカール義兄上のような軍人に憧れていたけれど、領主になって思うよ。戦争なんて経営には迷惑なだけだ」

「大人になったわね」と喉を鈴のように鳴らすユーリア。


 年上の公認愛妾(おんな)にからかわれ、カスパーが仏頂面を浮かべたところへ、執務室のドアが叩かれた。執事長が顔を覗かせる。

「御仕事中、失礼します。閣下、男爵夫人様。奥様がお二人をお茶にお招きしたいと」


「一息入れよう。構わないな?」

「私はウージェニー様のお招きを断る言葉を持たないわ」と笑うユーリア。


 ユーリアは公認愛妾という立場を完全に理解しており、公式の場では常に正妻ウージェニーの顔を立て、その面目を慮っている。そのうえで、彼女から『ユーリア姉様』と、彼女の子供達から『ユーリア義母様』と慕われるほどの親愛の情を勝ち取っていた。

 打算からではなく、本心から求めて。だってウージェニーが可愛くて仕方ないんだもん。


 そして、カスパーは自身を取り巻くややこしい人間関係や政治的事情、面倒なしがらみなどを受け入れ、自分とユーリアを心から信じて愛してくれる年下の妻を、とても大事にしていた。


 2人は愛すべきウージェニーの許へ向かう。その足取りは戦争が眼前に迫っているとは思えぬほど、軽やかだった。


       ○


「春先頃にはこの戦争を如何に避けて資源調達を維持するか、という話をしていたのに、今や率先して戦争をしようとしている。皆の中には真逆の方針転換に困惑している者、憤慨している者もいるだろう」

 王都社屋の大会議室、その上座からヴィルミーナは側近衆と事業代表達へ静かに語り掛け、


「全ては私の不明と愚かさが原因だ。皆にはまず謝罪させて欲しい。すまなかった。そのうえで、皆には掛かる状況の打開のため、力を貸してもらいたい」

 神妙に頭を下げた後、


「本題に入ろう。戦争は言うまでもなく莫大な消費活動だ。当然ながら一企業財閥の我々には耐えかねる負担となる」

 顔を上げて全員を見回す。紺碧色の瞳はどこまでも獰猛で凶暴で、飢えきった大飛竜のようだ。


「よって、この戦争を事業化し、利益を上げねばならない。ただ、その利益は金穀、資源、物資、利権……形は問題ではない。そして、利益の得方も問題ではない。最終的にこの事業の負債を我々が被らねば良い」


「まるで詐欺師の言い分ですね」とデルフィネが微笑む。

「そう悪辣なものでもないけれどね」

 ヴィルミーナは表情を和らげた。会議室の張りつめていた空気も幾分弛む。

「既に根幹は皆が作ってくれている。あとは収益化構造を組むだけだ」


 宣伝戦を行う際、デルフィネを中核とする“外交官”達が地中海貿易や対クレテア・聖冠連合、ソルニオル経済特区に関わる者達を糾合していた。

 貿易業。製造業。仲卸小売業。海運業。保険業。為替業。“出資者”のリストは出来ている。


 これが地球の内戦干渉なら、これら出資者の金をダミー会社経由でスイスや信用あるタックスヘイブンで洗浄し、マフィア系武器業者から武器弾薬を調達して内戦当事国へ提供。見返りに資源や金穀、利権を獲得する(アフガンならヘロイン。イラクなら石油。アフリカならダイヤや地下資源、高価な南方木材)。もちろん、関係国の要路を買収、懐柔する。

 前世の海外行脚:イラク編で学んだスキームだ。


 しかし、今回の場合はコルヴォラント内に利用できる勢力が“まだ”存在しない。

 出資者の金が民間軍事会社に注がれ、そこで消費するだけ。最終的に武器弾薬を提供する軍需会社が儲かるだけだ。それでは片手落ち。


 それに、地球世界のイタリア半島が資源に乏しい地域であるように、コルヴォラント半島も資源が豊富とは言い難い。近代中期という時代も相俟って天然資源の類は調査すらされていない。地球世界イタリア半島と同じく、コルヴォラント半島も古代から文明が栄えていた関係で、天然の高級木材は粗方食いつくされてしまっている(自然保護、自然資源の継続的利用という概念は20世紀後半になってようやく生まれた)。

 アフリカや中東で用いられた武器と資源を交換する類の手法に向かない。


 クレテアやイストリアがエスパーナ帝国の大乱を利用し、武器弾薬や物資を提供して金を溜め込んでいる現地特権階級層から毟り取る手法を採っているが、これも現在、現地勢力を利用できないため、用いることが難しい。


 となると、王道的手法――国から業務委託で稼ぐことが手っ取り早い。

 民間軍事会社の主たる事業は以下の通り。


 安全保障事業――個人や集団の警護、施設や設備の警備、船舶や車両の移動護衛、関連の対策協力。一般的な警備会社より危険へ大きく踏み込める分、担える範囲も広い。


 養成と訓練――インストラクション事業。経験豊富な元軍人や警官、冒険者などによる人材教育も民間軍事会社の根幹業務だ。


 兵站業務もデカい実入りを生む。それこそカロルレン王国北部でパッケージング・ビジネスの経験とノウハウを蓄積した白獅子なら、尻拭き紙から火砲まで調達できるし、道路整備から大規模拠点設置まで請け負える。


 これらを国家から受注することが、民間軍事会社の基本的な儲け方だ。ダインコープやブラックウォーターなど大手民間軍事会社は“アフガン・イラク戦争”だけで数百億ドル規模の収益を上げている。


「“当座”は海運の海上護衛と兵站業務を請け負い、支出に対する収入とするわ。特に補給と兵站がか細い現状なら信用のおける外部委託は戦争当事国にとって魅力だからね」


 フリードリヒ大王は兵站策源地を各地に建設した。ナポレオンは世界で最初に近代的補給システムを作り上げた。大モルトケは鉄道による兵站網を築き上げた。

 そして、近代化後技術革新に伴い、様々な兵站と補給システムが生まれた。自動車や飛行機などの輸送手段の機械化。コンテナなどの効率化。野戦インフラの組織化にIT技術の導入。


 それでも補給や兵站を完璧なものには出来なかった。現場で生じる多種多様で千変万化な問題が、机上で完璧に組まれた兵站の現実を大いに狂わせ、末端の補給に艱難辛苦をもたらし、現場将兵は物資の過不足に苦労している(イラク戦争開戦時、海兵隊が森林戦用防護服を着ていたことが、良い例だろう)。


 兵站と補給は軍にとって戦争の勝敗を分ける肝でありながら、最も解決困難な悩みだ。そこに『必要なものを確実に配送する企業』があれば、銭を惜しまず利用する。実際、兵站業務の民間委託は拡大する一方だ。

 ただし―――


「現状の問題は戦力が足りないこと。我が社の貨物だけならともかく、クレテア・聖冠連合・ベルネシア三国の地中海通商を守りきるだけの戦力はない。もちろん、我々にそれほどの大戦力を調達することなど不可能だし、調達できても維持できない」


 軍で解決困難な悩みは民間にとっても苦しい。その莫大な負担はとても一企業に負えるものではないし、負ったとしてもその圧倒的な重さに背骨も腰も足も粉砕骨折してしまう。


「その問題に対し、民間軍事会社(デ・ズワルト・アイギス)の統括理事として、“予防先制攻撃”案を提案します」

 エステルが獰猛な目つきで告げた。

「コルヴォラント南部諸国、ナプレとカーパキエ王国の海軍に艦隊保全主義を選択させるだけの打撃を加えたならば、海上護衛の負担は想定以上に軽減できます」


「たしかに、コルヴォラント南部諸国の海軍を活動不能に追い込めれば、ヴィネト・ヴェクシア共和国は聖冠連合に、エトナ海はクレテアに圧迫させることで負担をかなり軽減できるが……我が社の投入できる戦力は以前(18:0参照)君が言った通り、半個艦隊程度だろう? その半個艦隊が失われたら、立て直しも出来ない」

 事業代表の一人が不安を指摘する。


「御指摘は確かに。ですが、海上護衛中に南部諸国正規艦隊を相手取ることに比べれば、戦闘活動の自由度と負担を大きく軽減できます。それに、先制予防攻撃を成功させたなら、戦争が中長期化に及んだ場合に大きな効果をもたらします」

 エステルが噛みつくように応じた。


「しかし、君の企図している先制予防攻撃は港湾攻撃を意味しないか? 我が社が都市爆撃をするのは風聞が良くないのでは?」

 別の事業代表が懸念を口にした。懸念の向きが道徳や倫理ではない辺りが白獅子であろう。


「その手の悪評は構わない。我々が“敵”に対してどこまでやるかという指標になる」

 ヴィルミーナが横から口を挟み、

「教訓と悪評はセットで良い。覆しようはいくらでもある。重要なのはあくまで地中海通商だ。その意味ではエステルの積極案は容認できる。ただし、艦隊を失うことで我が社の根幹的な戦争事業が破綻してしまう。そのリスクは許容できない」


 覚悟ガンギマリのエステルを諭すように言った。

「逸る気持ちは分かる。無理難題に臨む必要もあるでしょう。でも、無謀に挑むことは無いし、過剰に冒険へ臨む必要もない。冷静に臨みなさい、エステル。貴女には出来るし、貴女に預けた民間軍事会社の者達なら実現できる」


「わかりました。適切に当たる手段を以って確実に成し遂げます」とエステルは強く頷く。

 エステルが落ち着きをみせ、アレックスは小さく息を吐き、会議を進める。

「作戦拠点ですが、聖冠連合帝国側の仮設拠点の設営を完了しました。クレテアのラ・モレン警備保障の拡張工事も終えています。アストリードの報告によれば、クレテアへの根回しもつつがなく進んでいます。いくつかの企業や商会から“融資”の取り付けにも成功したと」


「搾り取った、の間違いじゃないのか?」

 マリサの冗談に側近衆や事業代表達も笑う。“バツイチ狂犬”アストリードの交渉術はとにかく怖い。女マフィアの如しだ。


「それと、エリンからイストリア資本が融資を提案してきたと。むろん、有利子証券の発行が条件です」

「ハゲタカ共め」

 アレックスの報告にテレサが吐き捨てる。


「現段階では調達した資金に不安はありません」と大金庫番ミシェルが語る「ただし、我が社の戦力に大損害が生じた場合や地中海通商の閉塞が長期化した場合は、イストリア資本の融資が必要になるかもしれません」


「ふむ……」

 ヴィルミーナは顎先を摘まみながら少し考え、デルフィネに顔を向けた。

「外交情報を確認したい。それとコルヴォラント内状況も。特にベルモンテとナプレを」


       ○


 エンテルハースト宮殿のサロン。

 第二王子妃マグダレーナは着道楽で知られている。特に大陸中央域やクナーハ教圏の艶やかな色彩と緻密な刺繍を用いた衣装を好む。そのくせ、胸元に聖剣十字のペンダントをこれ見よがしに下げているものだから、始末に悪い。

 この日も深紅と白の生地に錦糸の刺繍を施したドレスとヴェールをまとい、真珠と翡翠のアクセサリを首や手首に下げていた。


 高額な装束をまとうマグダレーナは、紅茶へミルクと氷糖を加え、ティースプーンで攪拌する。流石に聖冠連合帝国の元皇女だけあって、その所作は実に上品で優雅だ。


 義弟の嫁を眺めながら、王太子妃グウェンドリンは小さく慨嘆する。

「貴女の衣装代でアルトゥール殿下が破産するんじゃないかしら」


「その分、こうして“働いて”いるじゃありませんか」

 義兄嫁の小言に眉を下げつつ、マグダレーナは白磁のカップを口へ運ぶ。

「もしも御父様や御母様が私の勤労振りを知ったら仰天しますよ」


 それは誇るところなの? と内心で疑問を抱きつつ、グウェンドリンは自身の紅茶を一口飲み、本題を切り出す。

「コルヴォラントの情勢は?」


「北部のタウリグニア国境に連合軍の陸軍勢が展開を半ば完了しました。先手約8万。後詰が4万。ただし統一指揮体制はありません。各国が担当戦区で勝手に動きます」

 マグダレーナがさらりと告げた内容に、グウェンドリンは瞑目してから呟く。

「……各個撃破されそうね」


「戦のことは詳しく存じ上げませんけれど」マグダレーナは焼き菓子を一つ摘まみ「ディビアラントの国々もコルヴォラントの国々も連合を組めば、だいたいこんな調子です」

「クレテア人達が嬉々として手柄を上げていく光景が目に浮かぶわ……」

 グウェンドリンが小さく溜息を吐く。

 14年前にクレテアと殺し合ったことを忘れてはいない。クレテア軍は実に手強い相手だった。外洋派遣軍が到着するまでに南部防衛線を突破されていたら、エンテルハースト宮殿の主はクレテア王族になっていただろう。


 ぽりぽりと焼き菓子を齧り、マグダレーナは話を続けた。

「それから、ベルモンテ。ナプレ。共にコルヴォラント連合に与する決断を下したことは間違いありません。両国の教会に法王国から“使節団”が逗留しています」

「お目付け役ね」


 義姉の見解にマグダレーナは悪戯っぽく微笑む。

「いえいえ。御義姉様、これはそんな甘いものではありません。仮に両国が手のひらを返して協商圏へ与しようとすれば、“使節団”がすぐさま国内勢力を糾合してクーデターを起こします。連中は“顧問”として両国の戦争遂行を“指導”するでしょう」


「工作員集団じゃない。両国はよく受け入れたわね」

「御国柄の違いでしょう。メーヴラントは王権や領主権が強いですけれど、コルヴォラントやガルムラントは教権の影響が濃いですから。民衆の信仰意識も大きいですから、王侯貴顕といえど、教会を蔑ろにできません」

 マグダレーナは再び紅茶を口に運び、どこか皮肉っぽく口端を歪める。

「もちろん、コルヴォラントやガルムラントの王侯貴顕も、教会の干渉や聖職者の専横を快くは思っていませんけどね。大きな声では、という話ですけれど」


 グウェンドリンは呆れ気味に目を瞬かせた。

 両国にそんな大きな隙が存在するなら、ヴィルミーナが見逃すはずがない。

 あるいは、既に手を付けているに違いない。ヴィルミーナはいくらでも冷徹冷酷になれるし、何よりも此度は怒り狂っている。あの無茶苦茶な女はいとも容易く公私を混同し、それを周囲に納得させてしまう。


 やり過ぎなければいいのだけれど、とグウェンドリンが憂慮を抱いたところへ、

 サロンのドアがノックされた。


 壁際に控えて王太子妃筆頭侍女ヘレンがグウェンドリンの目配せに首肯を返し、ドアを開ける。

 王太子近侍カイ・デア・ロイテールが入室し、恭しく一礼した。

「グウェンドリン王太子妃殿下、マグダレーナ第二王子妃殿下、御歓談中のところ失礼します」


「かまいません。ロイテール殿。急ぎの用向きのようですけれど、何がありましたか?」

 古馴染みの同期ではなく、王太子妃として応対するグウェンドリンへ、カイは居住まいを正して告げた。

「先ほど、コルヴォラント諸国とクレテア・聖冠連合帝国間で宣戦布告が交わされました。協働商業経済圏の協定に基づき、我が国はクレテアに協力し、この戦争へ参戦いたします」






 共通暦1781年の夏。

 コルヴォラント戦争――開戦。

次回からいよいよ戦争開始。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 海軍だけの決戦なら帆船&乗り込んで白兵戦vs機械動力船&遠距離砲撃の構図かな? 読み返してみたらこの世界は空軍って概念無い?後、統合幕僚本部みたいに陸海空を連携させて作戦を立案実行指揮す…
[一言] 緊張の夏、コルヴォラントの夏。
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