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長めですが、ご容赦ください。
大陸共通暦1781年:ベルネシア王国暦264年:夏
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム
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ベルネシア王国は王制法治国家であり、議会制国家ではないが、貴族院と民議院の二院制議会が存在する。このベルネシア議会の役割は立法ではなく、王政と王国府行政に対する検証、監査、検討、陳情等の補佐機構だ。
今、ベルネシア王国府と議会は情勢の激変に困惑していた。
14年前のベルネシア戦役以降、ベルネシアが正規軍を動かした事態は南小大陸独立戦争への介入くらいだった。王国府は此度の地中海有事もちょっとした顔出しくらいに考えていた。
ところがどっこい。気づけば、地中海有事の発端になり始めている。
王国府前広場で連日に渡って民衆の武力制裁要求のデモが繰り広げられていた。王都を始めとする各主要都市でも似たような有様だ。王立憲兵隊を投じて沈静化を図ろうにも、軍も武力制裁に強く賛同している有様では、暴動を招きかねない。
どうしたこうなった。どうしてこうなった。
もちろん、原因というか元凶は分かっている。沈んだ船はどちらも白獅子財閥の荷を運んでいたし、護衛は白獅子の民間軍事会社だ。民衆を煽っている新聞も広告も白獅子傘下の企業や提携会社だ。
ここまで揃ってしまえば、政府関係者なら誰でも気づく。
王家の黒い羊。ベルネシア政経界の魔女。西方経済の怪物。高度な独自技術を誇るベルネシア産業革命の推進者。傷痍軍人や戦没者遺族や障碍者の救世主。近代金融史の生ける伝説。
ヴィルミーナ・デア・レンデルバッハ=クライフ・ディ・エスロナが“また”やらかしたのだと。
ヴィルミーナの狙いを知らぬ親ヴィルミーナ/白獅子派は、その考えや目的を知らねばならなかった。地中海で何をする気なのか。何を目的にベルネシアを戦争へ駆り立てようとしているのか。旨みがあるなら少しでもおこぼれに与りたい。尻馬に乗る価値があるのか知りたい。
反ヴィルミーナ派はなんとしても彼の女郎の弱体化を図らねばならぬ、と決意していた。これ以上、ヴィルミーナの専断や専横を食い止めるために、国債を取り上げ、白獅子を切り刻み、独占技術や利権を取り上げねばならない。出来ることなら修道院にでも終身押し込めにしてしまいたい。
だから、両者は目的が違えども査問会にヴィルミーナを召喚した。
召喚してしまった。
彼らはまだ気づかない。彼らの選択と判断も、ヴィルミーナの描いた『物語』の範疇に過ぎないと。
○
この日、王国府へ参内したヴィルミーナは、いつも以上に美しく麗しかった。
元々、三十路を過ぎた今も若々しい。細面に皺の類はなく、薄茶色の髪もつやっつや。肌もみずみずしい。三人の子を産んだ三十路女性とは思えぬほど、すらりとした調和のとれた肢体を維持していた。
年増好きの某貴族男性が『ありゃ若々しすぎる。全然そそられない』と評する程度に、ヴィルミーナの容姿は若さを保っている。
そんな若々しい美貌に加え、この日のヴィルミーナは威厳と気品を強調するように、軍装チックな黒いドレスをまとっている。若い頃は基本的に姫カットだった薄茶色の長髪も、この日は前髪を編み込みつつ、後ろ髪をシニヨンアレンジにまとめ、大人の雰囲気を強めていた。化粧は密かに目力を強調するよう印象付けしてあった。
ハイヒールのかかとで石タイルの廊下をコツコツと鳴らしながら、ヴィルミーナは肩で風を切るように歩む。
威風堂々と歩むヴィルミーナの傍らには、小柄な初老男性がいた。白獅子財閥の契約弁護士だ。老いたノームみたいなナリをしているけれど、その能力はベルネシア法曹界で五本の指に入り、その報酬の高さも五本の指に入る。
「御主人と御母堂の御姿が見えませんが……お会いにならずよろしいのですか?」
老弁護士が周囲をきょろきょろ見回しながら尋ねると、ヴィルミーナはふふんと悪戯っぽく笑う。
「この程度のことに“保護者”の付き添いは無用よ。それに、貴方が要るでしょう?」
「それはそれは。御信頼いただけて弁護士冥利に尽きますな」
軽口を叩く弁護士先生にヴィルミーナは告げた。
「自由陳述の機会だけ得たい。他は予定通りに任せるわ」
「お任せを。頂いた報酬額に相応しい仕事を御覧に入れます。少なくとも貴女を嫌う者達が企てていることが実現することは無いと断言しましょう」
自信満々の弁護士先生。
「大枚をはたいた甲斐があったようで何より」
ヴィルミーナは優雅に笑い、議事堂内へ足を踏み入れた。
○
議事堂内は満席だった。
査問委員席に座る貴族院と民議院の議員達。査問会委員長席には反ヴィルミーナ派の筆頭格コーヴレント侯が座っているが、親ヴィルミーナ派の委員も多い。ロビー活動と根回しの効果は十分、という訳だ。
傍聴席は貴賤を問わず傍聴希望者に溢れており、立ち見の者まで居た。なお、傍聴席最前列には側近衆達と事業代表達にメルフィナが座っており、真っ青な顔をしたベルモンテ全権大使ザンブロッタの姿もあった。議事堂二階の貴顕席にはレーヴレヒトとユーフェリアに加え、御忍びで王太子夫妻も臨席している。
査問委員席を見上げるよう一段低く置かれた卓に付き、ヴィルミーナはふと思う。
そう言えば、前世も色々やったけれど、証人喚問を受けたことが無かったなぁ。
係官が提示した聖典に手を置き、ヴィルミーナは真実を語ることを宣誓する。
とはいえ。
ヴィルミーナは大概の質問に「黙秘権を行使します」と答えるだけだった。
時折、査問委員から誹謗中傷染みた質問や恫喝同然の詰問があり、傍聴席の親ヴィルミーナ派――おそらく王都小街区やクレーユベーレ市の者達が殺気立ち、静粛を求める鎚が鳴らされる。
対する弁護士先生は、その報酬額に相応しい素晴らしい弁論を振るった。その鋭い舌鋒は査問委員をきりきり舞いさせ、時折見せるユーモアな表現が傍聴人達を楽しませる。
弁護士先生の弁護はヴィルミーナと白獅子の法的正当性と慣習的妥当性、道義的真善美を完璧に証明し、反ヴィルミーナ・白獅子派の目論見を巧妙かつ優雅に打ち払った。言質はおろか指先が掛かる隙間すら与えない。まるでチャンピオンズリーグの選抜チームが小学生チームに指導試合をするような一方的展開だった。
大口叩くだけあるわ。この“坊主”、全米ドリームチーム並みやんけ。べらぼうに高い銭出した甲斐があったわ。
ヴィルミーナは査問会の様子と弁護士先生の活躍を他人事のように眺めながら、委員会席の背後で苦虫を大量に噛み潰したみたいな顔つきの王国府官僚を一瞥した。
この査問会で目的達成は諦めたみたいやな。まあ、私と白獅子を狙うこと自体は辞めへんやろうけど、しばらくは大人しぅなるな。
官僚の生態として『諦める』ということはない。担当者が変われば、一から再び策動する。だが、時間は稼げる。今はその時間が必要だった。
弁護士先生の弁論ショーと化した査問会が終わりに近づき、
「王妹大公女様はあくまで沈黙を通されるおつもりか。王族として掛かる事態に対する責任を果たすおつもりはないのかっ!」
査問委員長のコーヴレント侯が語気を強めてヴィルミーナをなじる。
が、ヴィルミーナは駄々をこねる子供を見るような目線を返し「黙秘権を行使します」
徒労感が漂い始め、査問会が終わりを迎える直前。
老いたノームみたいな弁護士先生が手を上げた。
「委員長。査問会を終える前に、依頼人に自由陳述を許可していただきたい」
傍聴席が海嘯のようにざわめき、コーヴレント侯が苛立たしげに木槌を鳴らし、憤慨して吐き捨てた。
「いまさら言いたいことがあると? さんざん、黙秘権を行使しておいて」
「質疑応答には黙秘権を行使する権利があります。委員長。自由陳述は質問に応じる必要はありません。その違いですな」
しれっとのたまう老弁護士。
このジジイを絞め殺してやりたい。と言いたげなコーヴレント侯に、委員の一人が疲れ顔で言った。
「許可しましょう、委員長。少なくとも王妹大公女様の言葉を聞けます」
「……許可します。王妹大公女様。自由陳述を始めて下さい」
「ありがとう、委員長」
ヴィルミーナはそう告げ、右手の人差し指を上げた。そして、そのまま沈黙する。
訝る委員達と聴衆。だが、ヴィルミーナは口を開かない。右手の人差し指を上げたまま沈黙し続ける。やがて議事堂内が水を打ったように静まり返り、人々がヴィルミーナへ意識を集中させる。
ヴィルミーナは右手を下ろし、静寂を破るように口を開いた。
○
最初に、斯かる地中海情勢の下、我が国の商業海運を請け負ってくれた『プチ・ルイズ号』と『ブルステン・キュルケ号』の船乗り達に感謝と、その犠牲者に哀悼の意を表したい。
積荷の海運を委託した白獅子財閥の総帥として、また護衛を担った民間軍事会社の親会社の代表として能う限り報いることを、この場で宣誓させていただく。
さて……先ほどの質疑応答に黙秘したことに関して語ることは、議会侮辱罪に当たるため、これからする話は先ほどの質疑応答に関係ないことを明言しておく。関心のない方にはつまらない話かもしれないが、少々お付き合い願いたい。
〈ヴィルミーナ:コップの水を一口飲んでから〉
今から264年前。クレテア王国に従属していた北洋沿岸民族が独立を宣言した。
その民族の国は規模でこそ中堅国家に当たるが、クレテアや神聖レムス帝国に比べれば、とても小さな、か弱い国だった。
独立を維持するため、その小さくか弱い国は必死に戦ってきた。周辺国と。モンスターと。自然災害と。貧困と。飢餓と。あらゆる艱難辛苦に立ち向かってきた。
神と王家の下、貴賤を問わず助け合い、水浸しの沿岸を干拓し、モンスターを駆逐して生活圏を広げ、道路や水路を整え、産業を起こし、国民すべてが手を取り合って少しずつ少しずつ国を育んでいった。
そうしてついに、その小さくか弱い国は海に挑み始めた。
幾多の犠牲を払いながら北洋を渡り、大冥洋を越え、南洋の先に進み、東洋に至った。各地に拠点を置き、牙城を築き、植民地を広げ、領土とした。
先人達の汗と涙と血によって築かれたその国の名は――
ベルネシア。私達の国だ。
〈ヴィルミーナ:ゆっくりと議事堂内を見回す。聴衆の幾人かが大きく頷いている〉
今日、我が国は列強と呼ばれている。巨万の国富。優れた経済機構と金融制度。精強な軍。進んだ技術と産業。広大な外洋領土と広範な商圏権益。それらを備えた世界有数の海上帝国と呼ばれている。
かつて小さくか弱かった我が国は、今や世界有数の海上帝国になっている。
〈ヴィルミーナ:タクトを振るうように手振りを加えながら〉
海上帝国であるがゆえに、我が国の海洋経済活動は国家経営の根幹である。また、近年はこれまで以上にその重要性を強めている。
協働商業経済圏の発足以後、貿易額はベルネシア戦役以前の数倍に伸びており、もはや国内のあらゆる産業が輸出入と無縁ではない。
街の雑貨屋には本国や外洋領土の物産だけでなく、イストリアや聖冠連合の製品が並び、我々の食卓にクレテア産ワインが伴っているように、他国も我が国の様々な品を産業や生活に用いている。
私達の、協働商業経済圏参加国のこうした実態を支えているもの。
それが海だ。船だ。我が国の商船。貨物船。輸送船。軍船。それらに乗る船乗り達が我が国を、協働商業経済圏の国と地域を支え、繁栄と安全を築いている。
〈貿易関係者、海運関係者、海軍関係者が誇らしげに大きく頷く〉
〈ヴィルミーナ:手振りを止め、コップを口元に運び、声のトーンを静かにする〉
この事実を逆説的に捉えたならば、我が国は海洋活動を妨げられることで、航路や海路を封鎖されることで、海を奪われることで、国の経済活動も私達の生活も破綻を迎える。
私達はかつてその危機を体験した。
北洋権益を巡り、イストリア連合王国と争い、惜敗した時だ。
もしも、この時に我が国が海を奪われていたなら、アルグシアやカロルレンのように細々とした沿岸交易しか出来なくなっていたら。
我々の父祖が築き、積み重ねてきた全てを失っただろう。外洋領土も、外洋商圏も、今の繁栄も、今の生活もない。
〈ヴィルミーナ:再び声のトーンを強めていく〉
では、なぜイストリアは我々から海を奪わなかったか。
強欲と呼ばれるほどに国益を追求する彼らがなぜ、戦争に勝利しながら我々と和解し、今日に続く同盟関係を選んだのか。
これもまた、私達の父祖が血によって獲得した成果に他ならない。
戦には惜敗したものの、先人達が示した勇気と献身が今日に至るベルネシアの未来を守り抜いたのだ。私達の父祖がその血で以ってイストリアに和解を選ばせ、今日の繁栄を生んだ。
子孫たる私達は先人達の遺産を子供達へ、次の世代へ、未来へつなげていかねばならない。
〈少なくない者達が大きく頷く〉
〈ヴィルミーナ:一旦、言葉を切る。コップで喉を潤し、ゆっくりと息を整える〉
翻って、地中海で起きた此度の事件だ。
私の不徳と不明から、諸君らに不安を与え、委員会諸賢に手間を取らせ、陛下の御宸襟を騒がせたことは弁明の言を持たない。
先ほども申しあげた通り、質疑応答に黙秘した以上、この場で事件について語るまい。
ただ言わせてもらうならば、此度の事件は別に特別なことでは無い。
これまでも、我が国の船は海賊や敵対国家に襲撃されてきた。積荷や船を奪われ、乗員を誘拐されたり殺害されたりしてきた。同様に我が国の私掠船や海軍、あるいは武装商船が敵国の民間船や軍船を襲ってきた。
此度の事件も同じだ。特別なことなど何もない。
では、此度の事件がこれほどの騒ぎになっている理由とは何か?
〈ヴィルミーナ:数瞬の間をおいてから〉
此度の事件が不誠実から生じているからだ。
これまで、コルヴォラント諸国と我が国の間に諍いは無かった。我々は地中海に縁がなく、また地理的距離からコルヴォラントに関わることもなかった。
にもかかわらず、コルヴォラント諸国はクレテア・聖冠連合帝国との諍いを理由に我が国まで敵視した。我が国の民間資本を積んだ貨物船を襲った海賊を庇い、我が国の調達した物資を積んだ船舶に不当な臨検を行った挙句に撃沈した。
我が国の積荷を。我が国と契約した船を、船乗り達を、海に沈めた。それも一方的な言い分で。
〈ヴィルミーナ:議事堂内を見回す〉
先にも述べたが、此度の事件は特別なことでは無い。珍しいことでは無い。これまで我が国は幾度も経験してきたし、我が国も行ってきたことだ。
ゆえに、此度の事件をあくまで一財閥が損をしただけ、と考えている者もいるだろう。
白獅子の積荷を沈められ、商業海運を妨害されたことを対岸の火事とし、自分達は大丈夫だと信じるのなら、それも良い。
しかし、我々を取り巻く世界はそれほど暢気だろうか。
我々の知る世界はそれほどに能天気なものだっただろうか。
私の財閥が受けた損害が、君達には決して起きないと信じられるほどに、この世界は気楽なものだっただろうか。
明日沈められる船が、明日沈められる積荷が、明日命を落とす船乗りや乗客が、君達と無縁であると神が保障してくれるだろうか。
〈誰かがごくりと生唾を飲み込む〉
〈ヴィルミーナ:静かに、だが鋭い声色で〉
先ほども言ったように、我が国は海上帝国であり、我が国の経済や私達の生活は海洋経済活動に因って成り立っている。此度のような事件が続いた場合、当然ながらその影響は国や皆の生活にも及ぶ。
より具体的に言おう。
もしも、地中海における商業海運の危険が解消せぬ場合、地中海海運の保険費用は急騰するだろう。当然、それらの負担増は地中海貿易の取引額や物品価格に反映され、国や諸君らの負担となる。
我が白獅子を例にとれば、まず添加鋼とその資材を利用する全商品の価格が上がる。そして、黒色油を用いる全商材の値段も上がるだろう。今後も我が財閥の積荷が沈む場合、商材の供給そのものが困難となる可能性もある。聖冠連合帝国や大陸中央域産の文物や物産の調達にも大きな影響が出ることは疑いようもない。
加えて言うならば、協働商業経済圏の相互関係性からクレテアが戦争経済に移行した場合、我が国の経済もまた影響を受ける。農産物や各種原料、嗜好品などの価格に反映されるだろう。
〈ヴィルミーナ:再び手振りを加えながら、声量を上げる〉
諸兄諸姉よ。もうお分かりだろう。
此度の事件も地中海の戦も他人事ではない。
諸兄諸姉の危機だ。皆の生活を脅かし、私達の子供達の未来を脅かしている。
あくまで白獅子だけの危機と思うなら、それでも構わない。地中海貿易に関わっている者達だけの危機と見做すなら、それも構わない。他人の戦争と思うなら、それも構わない。
〈ヴィルミーナ:立ち上がって大きく手振りし、声を張る〉
なれば、私は要求する。
私は要求する。誰もがこの危機を直視せぬというならば、私は要求する。
ベルネシアが海上帝国たる一端を担うものとして、ベルネシア経済の一角を担うものとして、権限を要求する。
積荷を安全に移送するため戦う権限を。商業海運を確実に遂行するため戦う権限を。地中海貿易による経済的損失を防ぐために戦う権限を。
ベルネシアのために戦う権限を要求する。
これは私が、白獅子がかつての勅許会社の如く振る舞うための要求ではない。
ベルネシアの子供達の未来を護るための要求だ。
名誉のためでも富のためでもない。一人の母親として子供達の未来を護るため、私達の父祖のように、勇敢で献身的な先人達のように子々孫々に未来をつなぐため、私は権限を要求する。
戦う権限を。ベルネシアのために戦う権限を。子供達のより良き未来のために戦う権限を。
〈聴衆の多くが興奮して拍手する。側近衆やメルフィナ達が顔を上気させている。コーヴレント侯を始めとする反ヴィルミーナ派が苦々しく渋面をこさえている。貴顕用傍聴席でレーヴレヒトが拍手しながら苦笑い。王太子夫妻は手で顔を覆っている〉
自由陳述は以上です。機会とお時間を戴き、ありがとうございました。
〈ヴィルミーナ:まるで演舞を終えたように優雅な一礼をした〉
○
「……私はコーヴレントと不仲ですが、今回ばかりは同情を禁じ得ません。完全に手のひらの上で転がされていました」
ペターゼン侯が疲れ顔で言った。
「アンジェロ事件から一月ほどしか経っておらず、先の地中海の事件からほとんど間が無かったというのに、呆れるほど準備万端でした。薄ら恐ろしい手並みです」
「俺はこうなる予感がしてたよ。こういってはなんだが、役者が違い過ぎる。コーヴレント達にどうこうできるわけがない。国立歌劇場の看板女優と田舎劇団の素人役者に演技を競わせるようなものだからな」
国王カレル3世は眉間を押さえながら溜息を吐く。主従ではなく、王立学園の先輩後輩の口調で続けた。
「しかし、あの“要求”とやらは想像の範疇を超えていたぞ。どう見る?」
「世論を鑑みるなら、認めねばなりますまい」
ペターゼン侯は首を横に振る。
「民間軍事会社が現行法で合法とされている以上、法的に防ぐことは不可能です。
一応、軍の国家統帥権を盾にすれば、抑え込むことが出来るかもしれませんが、その場合は同業他社も全て潰し、また冒険者業界の猟団なども規制を考慮する必要が出てきます。
最も確実な対抗策は陛下の勅令でしょうが……」
「それをやれば、世論の矛先がこちらに向きかねないか」カレル3世は椅子の背もたれに体を預け「まったく本当に嫌な手を打つ」
「王太子殿下が即位される時、間違いなく宰相候補の筆頭でしょうね。私も宰相の椅子を後進に譲るなら、ヴィルミーナ様を推します」
幼君の母や姉が摂政についた例はあっても、女宰相は歴史的に例が乏しい。というか男女同権民主主義政体が確立し、ようやく登場するようになった。
「であればこそ、“王国府としては”ヴィーナ様の力の根源たる保有国債を取り上げ、白獅子を弱体化させたかったのですが……」
宰相の言葉を国王も認める。
近年のヴィルミーナは力を持ちすぎた。個人の才知やカリスマ性だけでも破格なのに、莫大な資産。発行量の38パーセントに至る国債。強力な財閥。精強な私兵集団。広範な情報網。
このうえ、もしも宰相として国家中枢に至ったならヴィルミーナが実権を掌握し、事実上の“女王”になりかねない。危険すぎる。
カレル3世は1人の伯父として美しく聡明な才女の姪が可愛い。それに晩年の母――今は亡き王太后マリア・ローザや妹クリスティーナのためにどれほど尽力したか。一人の息子、一人の兄として姪には感謝の言葉もない。
であるからこそ、本心ではベルモンテに対して非常に憤慨していた。可愛い姪をあのような蛮行で傷つけたことが許せない。
それに、亡き先王――父によって家庭崩壊を経験し、長女の難しい結婚で大いに苦労してきたカレル3世は、本来、家族を大切にする男なのだ。謀略のために甥孫を殺すような公王ニコロには不快と嫌悪しか覚えない。
だが、カレル3世は王だった。王家による王権と王制を揺るがしかねないほど才知と力を持つ姪を、国王として警戒しない訳にはいかない。
「……今回の件で確信しました。機会主義的な手法ではヴィルミーナ様に太刀打ちできません。迂遠でも少しずつ法的に規制や制限を加える形で力を削ぐしかありません。まあ、それもかなり苦しい法廷闘争になるでしょう」
「頼もしすぎる姪を持つと苦悩が尽きんな。こういうのも嬉しい悲鳴というのか?」
宰相は国王のぼやきに無言で肩を竦めた後、問う。
「ベルモンテと三国協議は如何しますか?」
カレル3世は蠅を払うように手を振り、
「三国協議は破棄だ。意味がない。クレテアと聖冠連合は既に開戦へ向けて動いている。あと十日もせんうちに宣戦布告がされるはずだ。協働商業経済圏の安全保障条項に従い、我が国も宣戦布告する。全権大使殿には早期帰国を促しておけ。ベルモンテには好きに身の振り方を決めさせろ」
酷く残酷な冷笑を浮かべた。
「怒れるヴィーナを相手にどこまで足掻けるか、見物させてもらおう」




