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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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248/336

18:10b

長めです。

 予後観察を終え、自宅療養という体裁で蟄居謹慎を余儀なくされたヴィルミーナは、帰宅して王妹大公家に控えている。


 帰宅したヴィルミーナは子供達を強く抱きしめ、母に強く抱きしめられた。

愛する夫は既に出征していて、子供達は彼からアンジェロの死を告げられていたが、ヴィルミーナは我が子三人へ真剣に、真摯に事の説明をした。


 なにせ一般認識的には、ヴィルミーナの所業が原因で襲撃事件が起き、アンジェロは巻き込まれて命を落としたことになっている。

 子供達にしてみれば、“母のせい”で『アンジェロ兄ちゃん』が死んだに等しい。


 ヴィルミーナは幼い子供達に、能う限り分り易く経済学的善悪を語って聞かせる。商売の厳しさや苦しいところ、経営責任者である自分が恨みを買うことなど、丁寧に説明した。

 そのうえで、アンジェロの死について触れる。

 覚悟を決めて。


 ベルモンテの刺客については“語らず”、世間の評に従い、巻き込まれて命を落としたと。


 苦渋の決断だった。

 場合によっては子供達から深い失望と嫌悪を買うかもしれない。それでも、アンジェロが大叔父たるニコロの差配で殺されたと知るよりはマシだと考えた。幼い子供達に親族同士で殺し合う現実など教えたくない。


 長い長い時間をかけて、ヴィルミーナは語り終える。言葉を切り、内心で怯えながら子供達の反応を待つ。


 ウィレムは立ち上がって、何も言わずにヴィルミーナを抱擁した。弟のヒューゴも兄に倣う。妹のジゼルはぽろぽろ泣きながら、その場に佇んだ。


 初恋の相手が母のせいで死んだ、母のせいで二度と会えない、その事実から、ジゼルは兄弟のように母を抱きしめられなかった。


 ヴィルミーナは自らジゼルを抱きしめる。強く。心からの愛情をこめて。

 ジゼルはびくりと身を震わせながらも、ヴィルミーナの抱擁を受け入れた。しかし、抱きしめ返さなかった。



 斯様な愁嘆場を終えた後、ヴィルミーナは独り書斎へこもり―――

「潰してやる。叩き潰してやる。ぶっ潰してやる。絶対に、必ずぶっ潰してやる」

 ブチギレていた。


 子供達への事実説明。そして、子供達の反応。特に娘のジゼルの反応は、ヴィルミーナが覚悟していた以上にキツかった。この心理的苦痛と苦悩はヴィルミーナの強力な精神的タフネスでも耐え難かった。


 さらに、社会的成功を得た前世でも得られなかった『妻になる幸せ』や『母となり、我が子を持つ幸せ』や『家庭を築く幸せ』を傷つけられたという事実が、仕上げを加えた。


「思い知らせてやる……っ!!」

 自身と家族へふざけた真似をすればどうなるか、この世界に教訓を示すために。我が子達や姉妹達とその家族に害を為そうとするバカ共が二度と現れないよう、抑止のために。


 何より私が“本気”になれば、どこまでやれるか。

 思い知らせてやる。叩きこんでやる。刻みこんでやる。骨の髄まで。心の芯まで。魂の核にまで。

 徹底的に。


       ○


 ベルネシアに帰国中のレーヴレヒトの許へ、三国協議の情報が届く。

「生き延びるためか」

 レーヴレヒトは冷淡に報告を受け止めた。


 地中海有事が発生したら、おそらく単なる局地抗争では終わらない。

 クレテアにとって、地中海はイストリアとベルネシアに妨げられない外海への出入り口であり、貿易を担う大事な裏庭だ。聖冠連合帝国も地中海を通じて協働商業経済圏と結びついている。

 この巨大な富を生む権益を小競り合いで負けたくらいで、コルヴォラント諸国へ分け与えるなど、ありえない。


 畢竟、クレテアと聖冠連合は、コルヴォラント諸国が二度と自分達の権益に手を出せないよう完全に打ちのめすはずだ。仮に海戦で幾度か負けても、手打ちなどしない。陸戦で挽回を試み、海上戦力を再建して『勝つまで』続けるだろう。


 特にクレテアはベルネシア戦役以降、困窮のどん底から20年掛かりで国家財政と軍を再建した。宿敵ベルネシアと仇敵イストリアの手を握ってまで。それに、協働商業経済圏で国家経済は堅調だが、外洋海運市場をイストリアに奪われ気味だし、国内市場は未だベルネシア資本に食いつかれている。


 このうえ地中海権益まで失うことは、国家経済と国家威信の観点から絶対に許容できない。加えて、地中海の制海権はアンリ16世の進める大規模侵略計画を左右するから、やはり決して容認できない。


 コルヴォラント人、特に陸運利権しか見ていない北部や、クレテアと絡みの薄いチェレストラ海側――東部は、このクレテアの地中海に対する執着心を理解していないのだ。


 また、彼らは聖冠連合帝国の地中海に対する姿勢が、変化している意味を理解していない。

 聖冠連合はこれまで地中海貿易へ積極性に欠いていた。大国ながら沿岸海軍しか持っていないことが良い証左だ。旧ソルニオル公ルートヴィヒが地中海密貿易で暗躍できたのも、そうした地中海への関心の薄さも要因だろう。


 しかし、今は違う。

 新生ソルニオル公カスパー(とその母クリスティーナ大公)が中心となり、帝国は経済特区まで設けて地中海貿易を拡張拡大し、推進してきた。なんせ協働商業経済圏との地中海貿易は多額の国益のみならず、帝室へ直に莫大なアガリをもたらすのだ。帝国も本腰を入れている。

 こうした状況にあって、聖冠連合が半端な手打ちなどするわけがない。


 一朝、有事が起きたならば、クレテアも聖冠連合もコルヴォラントが屈服するまで叩きのめす。彼らは既にメーヴラント流の凄惨な総力戦を体験しているから。


 この前提を正しく理解しているコルヴォラント勢力が少ない。

 愚かだから、ではない。人間は自分の常識や価値基準で物事を捉え、判断するからだ。相手も自分と同様の判断をすると考えてしまう。賢者も愚者も、この思考の罠に囚われやすい。


 レーヴレヒトは小さく息を吐く。

「なるほど。その人間性から相手の認識と思考を正しく把握できたのか」


 ベルモンテの公王ニコロは人間不信と猜疑心の塊で、不安神経症気味な悲観主義者だ。それゆえに大国の獰猛さを正しく理解したのだろう。

 そのうえで、此度の謀略を描いた。


 絶対戦争へ至る可能性を多分に含んだ地中海有事。この危機をどうやって乗り切り、国家生存を確実にするか。

 勝者の側に回れば良い。否、勝者の側に回る以外、生き延びられない。


 勝ち馬に乗って生き延びられたなら、コルヴォラントの諸国家を敵に回しても構わない。コルヴォラント諸国の信義にクソを塗りたくっても構わない。昨日の友は今日の敵。今日の敵は明日の友。大陸西方の外交流儀だ。


 場当たり的、とばかりは言えない。

 ベルモンテの視点に立てば、アンジェロ事件から三国協議、此度の売国的提案。

 全てが“理に適って”いる。


 アンジェロ事件でヴィルミーナを抑え込むことで白獅子財閥にも首輪を付けられるし、ヴィルミーナというワイルドカード的存在を、三国協議という勝負から外すことができる。


 そして、アンジェロ事件という手札は、ベルネシアとクレテアに対する優位性をもたらす。決定打にはならないが、ベルネシアもクレテアも王制国家だ。他国の王族とはいえ、その命を外交の場で軽々しく扱うことはできないからだ。


 焦点となる売国的提案だが、これも必ずしも否定しきれない。


 事実上の属国化に等しくとも、独立権と自治権はがっちり確保しており、内政干渉の隙を与えていない。それに、ベルネシアの地中海貿易の完全委託を割安価格で確保し、クレテアへ港湾使用料等々の代価を払い、軍船入港権を与えるという策も、地中海有事で全てを失う危険性と比せば『安上がり』この上ない。


 この売国的提案による国内の反発や反動は対応可能なのだろう。でなければ、提案などしない。対外的には相互保障でベルネシアとクレテアの力を背景に国体を保つ気だ。それに、ベルモンテの転身が成功すれば、ナプレも続く可能性が高い。


 現コルヴォラントの連合体制から西のベルモンテと南のナプレが崩れれば、北部と東部、法王国も地中海有事に対して姿勢を変更せざるを得ないはずだ。それもまた、ベルモンテの生存を確実にするだろう。


 しかも、この提案が呑まれたなら、ヴィルミーナの報復も防げる。

 ベルネシアが協議を呑めば、ベルモンテは事実上の同盟国だ。同盟国に対する報復など許容されないし、実行したなら最悪、国家反逆罪に問われかねない。それに、ベルネシア政府は此度の件で発覚したヴィルミーナと白獅子の“問題”を解決すべく、その爪牙をもぎ取りにかかるだろう。


「大したもんだ」

 レーヴレヒトは他人事のように呟く。


 ニコロは12歳の甥孫を殺し、姪とその財閥を苦境に追いやるだけで、これだけの大勝負に挑む機会を作り出し、優位に臨むことができる。しかも、この勝負に勝つ公算は高い。


 割りを食わされたヴィルミーナが、大人しく膝を抱えて泣き寝入りするなら。


「そんなわけないだろうに」

 逆鱗を衝かれた竜のように怒り狂っているヴィルミーナが脳裏をよぎり、レーヴレヒトは微苦笑した。


       ●


「ふざけるな」

 ヴィルミーナは紺碧色の瞳を狂暴にぎらつかせながら、吐き捨てる。


 三国協議の情報を入手後、ヴィルミーナはレーヴレヒトと同様の見解に達していた。

 ヴィルミーナとアンジェロはベルモンテが生き延びるために、自身の与り知らぬところで散々に利用され、一方的に割を食わされた。さながら生贄の子羊のように。


 生贄。


 まさしくアンジェロは生贄にされた。謀略の一手として、その命を利用された。ヴィルミーナも同様だった。事件の原因として汚名を負わされ、家族との関係に瑕疵を付けられ、しかも自身と財閥の権益を奪われる。

 ベルモンテのために。


 なるほど、ベルモンテ公王ニコロの立場なら、国と民を生き延びさせるため、と誰に憚ることの無い大義名分がある。彼の理屈に立てば、ベルモンテを救うために、ベルモンテ公王家の者が犠牲になることは、その血の務めと言えるかもしれない。アンジェロもヴィルミーナも、エスロナの血族なのだから。


 ふざけるな。

 ヴィルミーナはそんな理屈も道理も認めない。


 断固して容認できない。

 事件以来、ヴィルミーナの胸中でアンジェロと子供達の涙が煮えくり返り、どす黒い激情が燃え盛っている。ベルモンテの道理など知ったことか。エスロナの血などクソくらえだ。


 絶対に許容できない。

 ニコロの策が成れば、ヴィルミーナと白獅子はただ割りを食わされて終わる。

 王国府によってヴィルミーナ個人と財閥の権益をもがれる。これまで20年近く掛けて築き上げてきた成果をもぎ取られる。

 しかも、ベルモンテがベルネシアの地中海海運を完全委託したら、白獅子の重要事業に直結するディビアラント産資源の海運を全てベルモンテに掌握されてしまう。


 ふざけるな。

 ヴィルミーナは逆鱗を衝かれた竜の如く怒り狂っていた。


 同時に、怪物ヴィルミーナの最も強靭な部分が急速に冷静さを取り戻させる。大きく深呼吸し、強引に頭を冷やす。


「……ここまでは、私の負けだ」

 認めよう。受け入れよう。そのうえで。

「奴らの手札も策も分かった。奴らの狙いも目的も分かった。ここからだ」


 苦境に置かれた時、ヴィルミーナという女は漫然と耐え忍び続けることはしない。誰かが手を差し伸べてくれる時をただ待ち焦がれたりしない。偶然の幸運を祈りながら堪え続けたりしない。

 苦境から脱するために情報を集め、術を考え、案を練り、計画を企て、策を謀り、足掻き藻掻く。自らの力で苦境を脱する機会を作り出し、自らの手足で苦境から這い上がる。


 実際、地獄の海外行脚中に構築した人脈や情報網、諸々の個人的利権、機密情報などにより、ヴィルミーナは実力で本社に返り咲き、ついには取締役員のイスに座った。ブラックエコノミーの勝利者として。

 要するに、ヴィルミーナという女にとって『耐え忍ぶ』という行為は、反撃の術を模索する思考期間であり、反攻する準備期間なのだ。


 ヴィルミーナは激情の熱量を集中力と思考力に用い、冷徹に状況分析を重ね、対応策と対抗策を講じていく。


「―――カギは時間だ」


 三国協議はベルモンテの外交的勝利が固い。

 ただし、協議自体に費やせる時間はそう多くない。地中海は既にいつ火を噴いてもおかしくない情勢であり、一度、火が点けば瞬く間に燃え広がってしまう。


 仮にコルヴォラント諸国とクレテア・聖冠連合が一度でも本格交戦に至ったなら、三国協議など成立しない。


 現状から盤面をひっくり返すなら、早々に戦火を生じさせれば良い。


 レーヴレヒトは自国の貨客船なりを沈め、ベルネシア人の命を用いて、ベルモンテの策謀を潰すよう提案したらしい。却下されたそうだが……

 この手の国際的偽旗作戦はやりよう次第で大きな対価を得られる。


 好例がアメリカである。

 メイン号を沈めてフィリピンを奪い取り、入植者が襲われたと喚いてハワイを征服し、アラモ砦を燃やしてテキサスとカルフォニアを分捕り、ルシタニア号を生贄にして欧州から莫大な富を引っこ抜いた。


 仮に現情勢下の地中海で、黒色油の輸送船が沈んだらどうなるだろう。

 ヴィルミーナは生じる事態を冷徹に想定し、経済的損失のみならず人的損害や環境被害まで冷酷に数値化し、“費用対効果”を冷淡に計算する。


 最大の問題は……

「アレックス達をどう納得させるか」


 ヴィルミーナは身内に甘い。信用、信頼、信託、信任できる人間には特に甘い。その代表格たる“姉妹”達を蔑ろにすることはできない。これまで何度も何度も、どんな時でもどんな案件でも、必ず彼女達の意見を聞くと約束してきた。その約束を反故にはできない。


 ニコロ如きのために、ベルモンテ如きのために、“こんなこと”のために、大事な姉妹達を、大切な親友達を失えない。

 失ってたまるものか。


 ヴィルミーナは考える。

 盤面をひっくり返し、痛打を与える手段を。


      ○


 白獅子という若い巨獣の権勢は、ヴィルミーナという怪物の存在が保障となっていて、初めて成立していた。


 アレックスを始めとする側近衆達は優秀であるが、根っこは貴族の御嬢様方。三十路を過ぎた今も経済界の御歴々からすれば『小娘』に過ぎない。彼女達の社会的な信用と信頼は怪物ヴィルミーナが後ろに控えていてこそだった。


 各事業代表達は海千山千の者達ながら、彼らが白獅子として結束していられるのは、ヴィルミーナという怪物が君臨してこそだった。ヴィルミーナが居なければ、我の強い彼らが組織を割って独立独歩の道を選ぶ可能性はとても高い。


 白獅子という組織経営はともかく、白獅子の社会的認知や公的信用はヴィルミーナ抜きでは語れないのだ。


 ベルネシア王家の黒い羊。ベルネシア経済界の魔女。西方経済圏の怪物。金融市場の生ける伝説。ベルネシア王族外交のワイルドカード。新興財閥『白獅子』の女王。

 そんなヴィルミーナが一時的にとはいえ、表舞台から降板させられた今、白獅子は思った以上の苦境にある。


 王国府が白獅子の組織的脆弱性を危惧し、独占技術や独自権益の接収を企図しているという噂も流れていた。


「意図的に流してるわね」とテレサが忌々しげに「私達が弱ってるかどうか探るために」


「現状はかなり厳しい。地中海情勢に対して完全に後れを取ってる。このまま有事が起きたら、黒色油や添加鋼を用いる商材の供給が困難になるわ」

 アストリードが苦い顔で言った。

「エリンとドラン殿の報告では、イストリアとカロルレンは静観の構えだけれど、ソルニオル経済特区と旧フルツレーテン公国領はかなり動揺してるよ」


「経済特区は有事の影響が大きいし、フルツレーテンは身代をウチに賭けてるからね」

 マリサがどこか他人事の調子で言い、全員を見回す。

「はっきり言おうか。白獅子は大損する。これはもう避けられない。でも、かつて“会合”と揉めた時も損を出したけど、組織を最適化して現在の伸長に繋がった。今回の件も後の飛躍に繋げられれば良いだけだ。私達にはそれが出来る」


 力強く頷く側近衆達へ、マリサは続けた。

「私達が議論すべきなのは、ヴィーナ様の要求にどこまで応じるか、だ」


 側近衆の全員がその言葉の意味を理解している。

 アレックスもニーナもデルフィネも、マリサもテレサも、アストリードもパウラも、ミシェルもヘティも、リアもキーラも、ヴィルミーナの気質をよく分かっている。


 事件の報せを聞き、緊急帰国しようとして押し留められたイストリアのエリンも、現地対処の指示を求めてきたカロルレンのドランも、ヴィルミーナという女がこのままやられっ放しで泣き寝入りするなどと思っていない。


 ヴィルミーナは基本的に快活で活発で明朗な人物であるが、同時に冷徹、冷厳、冷酷、冷淡の四拍子を揃えた怪物性を強く有しており、しかも気性を発揮することを厭わない。容赦も慈悲もなく、弱者から徹底的に搾り取ることができる人間なのだ。

 

 そんな女がここまで傷つけられ、虚仮にされ、貶められ、侮辱され、黙っているわけがない。

 今のヴィルミーナはこれまで見たことがないほどに熾烈な激情を抱いている。

 いったいどれほどの凶悪さや冷酷さが発揮され、どのような暴威暴虐を振るうか、想像も及ばない。


“姉妹”たる自分達はどうすべきか。

 ヴィルミーナの求めに応え、その剣となり尖兵となるべきか。それとも、不興を買う覚悟でヴィルミーナの怒りを宥め、諫めるべきか。


 アレックスが大きく息を吐いて、皆に告げた。

「……まず優先するべきは私達が互いの意見を擦り合わせて結束すること。今回、ヴィーナ様が私達に求めるのは多数派意見じゃない。総意よ」

 異議は出ない。


「そのうえで、私はヴィーナ様が一線を越えるようならば、強く御諫めする。私はヴィーナ様が真の怪物になることなど認めない。それに、大事な親友がこれ以上傷つくことを防ぎたい」

 穏健派に属するデルフィネも、アレックスの意見に大きく首肯した。


「その意見に反論はない」と“信奉者”ニーナが眉間に深い皺を刻んでいる。

「おや。いつものように、ヴィーナ様のお求めにただ応えるのみ、じゃないのか?」と茶化すマリサ。

「私の敬愛するヴィーナ様ならば、私の忠心を正しく理解してくださる」とニーナはそっぽを向いた。


「なら、どこまで応じる?」

 思いつめた顔のエステルが誰へともなく問う。

民間軍事会社(デ・ズワルト・アイギス)はどんな汚れ仕事でも担う覚悟がある。どんな犠牲も受け入れる決意を固めてる。全ての責任は私が負うわ」

 ヴィルミーナの警護の一端を担っていた身として、エステルは自罰意識を強く抱いている。


「腹を括ってるところ悪いけれど」キーラがエステルを睨に「法的に不味いことはさせない。この状況下で非合法案件なんて致命傷を招きかねない」


「王国府や余所に白獅子の技術や知見を奪われるなんて絶対に嫌。そんな事態は勘弁して」とヘティ。


「つまり、法的に問題がなく、私達が政治的にツッコミを食らわず、怒り狂ってるヴィーナ様を納得させる線でまとめるわけか。難しいな」

 リアが腕を組んで唸る。


 と、パウラが涙ぐみながら言った。

「戦争を起こそう」


 全員が目を瞬かせた。良識派で穏健派のパウラがとんでもないことを言いだしたのだから、当然だった。

「三国協議の内容をコルヴォラント諸国にリークしたうえで、すぐに戦争を起こさせれば、状況を混沌に追いやれる。交渉条件も根幹から変えざるを得なくなるわ」

「パ、パウラ? どした? 変なものでも食べたのか?」とアストリードが心配し始める。


「私だってこんなことしたくない。戦争なんて嫌。でも……白獅子が、私達が皆で築き上げた白獅子が壊される方がもっと嫌なの。大好きなヴィーナ様がこれ以上苦しむようなことは嫌なの。だから」

 パウラは目元を拭い、言った。強くはっきりと。

「だから、コルヴォラントで戦争を起こす。私達のために。ヴィーナ様を守るために」


 全員が息を呑み、強く拳を握り込む。

「どうやる? 法に引っかからず、私達が政治的問題を被らず、戦争を起こさせる方法は?」

 テレサの問いへ、ミシェルが案を出す。

「ソルニオル経済特区から危険を避けるべく現地から正貨を移送する、という“噂”を流す。コルヴォラント勢力には海賊海岸の傭兵を使っているところがあるから、間違いなく食いつく」


「それは……最悪、人や船を失うことになるわよ」とキーラが顔を強張らせた。

「移送は民間軍事会社で請け負う」エステルが冷たい目つきで「金のために命を懸けるなら、死ぬ危険があっても不満は出ない」


「後は損害を大々的に喧伝すれば良い」リアが顎を撫でながら「大衆が動かなくとも、我々が被害者であることを認知させれば十分よ」


「……決まりですね」

 デルフィネが大きく深呼吸し、告げた。

「側近衆の総意として、ヴィーナ様へお伝えしましょう。私達は私達の意志によってコルヴォラントに戦禍を起こすと」


 エンテルハースト宮殿で頬を張ったあの日から20年近く経つ。その間、傍らで怪物の在り方を見聞きし、怪物の薫陶を受け、怪物の教えと手ほどきを受けて育った者達。


 白獅子の貴婦人達は怪物ではなくとも、間違いなく爪牙を有していた。

 そして、その爪牙を振るう勇気と凶気を持っていた。


 これはそういう話だ。


    〇


 アレックスとパウラ、エステルが王妹大公家に参じ、側近衆の『総意』を伝えた時、ヴィルミーナは驚き、次いで、パウラを抱きしめ、エステルを抱きしめ、そして、アレックスを抱きしめた。


「貴女達にそれほどの覚悟と決意を抱かせてしまった不徳を恥じる。このような私に貴女達がなお変わらず愛してくれることに、感謝以外の感動を抱けない」

 ヴィルミーナは目元を拭い、

「始めましょう」

 告げた。




「私達の戦争を」

いろいろ難のある18章はここまで。

一時間後に人物紹介(ネタばれ有り)もあげます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 被害者が謹慎させられるのはよく分からんよね 被害者かわいそう、じゃないの普通は この理屈なら、ほかの貴族や財閥でも、襲撃されたお前が悪い論法で謹慎させ放題になるじゃん
[一言] 王国府によってヴィルミーナ個人と財閥の権益をもがれる。 この理屈がずっと納得できないんだよなあ
[良い点] 積み上げて積み上げてようやく主人公がプレイヤーの立ち位置に上った感じ これまでは最大でも国家の尖兵でしたけどこれからは国家を踏み台にして飛躍しそうで楽しみですね
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