18:10a
遅くなって申し訳ない。
ベルモンテ公国公王ニコロは、人間不信で猜疑心の塊であるがゆえに、謀略の限界を理解している。
どれだけ緻密に策を練ろうと、周到に準備を整えようと、謀略の規模が大きくなればなるほどに、達成目的が高ければ高いほどに、自身の制御できない領域が増加し、また想定外の要因がいくらでも影響を及ぼすことを知悉しているからだ。
謀略家ニコロが今、最も懸念していることはベルネシアやクレテア、聖冠連合帝国の動きではない。怒り狂っているであろうヴィルミーナなど恐れてすらいない。
ニコロが注視しているのは、大陸西方コルヴォラント諸国の動向である。
コルヴォラント王侯貴顕は暗殺と陰謀に事欠かない歴史を持つ。アンジェロ事件を奇貨と捉える機会主義者も少なくない。腹黒共が横から嘴を突っ込んで謀略をワヤにされる可能性が無視できないのだ。
それに、時節は地中海有事の前段階――地中海上での小競り合いが発生する状況に進んでいる。外交や政治とは全く無縁のところで、薄らアホ共の身勝手な振る舞いから戦端が開かれる可能性だってある。なんたって海賊海岸の賊徒共を雇い入れた連中すらいるのだ。
加えて、早くも『クレテアに弑されたアンジェロ王子の復讐を』と事件の尻馬に乗って大衆を煽るアホ共が現れていた。
地中海情勢は火を噴く寸前だ。
繰り返すが、ニコロは謀略の限界を理解している。
所詮、謀略は目的を達成するための一手段でしかなく、また決定的手段とするには、酷く心許ないことを理解している。
謀略を最後まで押し通すには、相応の力が要る。ましてや大国相手の謀略ならば、細心の綱渡りを要求される。一線を越えた大国は道理も道義もかなぐり捨て、その国力を以って盤面をひっくり返すことができるからだ。
ベルモンテ公国の軍事力はたかが知れている(大陸西方コルヴォラントの諸国家はどこも五十歩百歩の戦力だ)。クレテアや聖冠連合の強力な軍隊に勝つなど神の奇跡を願うようなものだ。
ゆえに、ベルモンテ公王ニコロ・ディ・エスロナは決定打を謀略に“恃んだりしない”。
最後は正規手段――外交で仕上げねばならない。
〇
「三国協議とはな。謀略を仕掛けておいて、最後は真っ当な外交で綺麗にまとめるつもりか」
列強ベルネシアの王カレル3世は吐き捨てる。
「ここまで虚仮にされたのはソルニオルの件以来だな」
「誤解を恐れずに言えば、アレよりはマシです。承服はしかねますが、ベルモンテのやり口はまだ理解できます」
宰相ペターゼンはしかめ面の主君へ言葉を続ける。
「ベルモンテは地中海交易を国家経済の中核に据えている貿易立国です。此度の有事で地中海利権を完全に喪失したら経済的な亡国を免れません。経済的衰退をしても国体を保てるならばともかく、北部諸国が陸戦をする気です。下手をすれば、クレテアと聖冠連合によって物理的に滅ぼされかねない。ベルモンテにしてみれば、なりふり構っていられませんよ」
腹心中の腹心の説明にも、カレル3世は全く納得しない。むしろ顔つきを一層険しくした。
「国家存亡のために身内を生贄にしたと? ますます不愉快だ。子供を、それも生まれた頃より虐げてきた甥孫を斯様な手段で抹殺するなどと……挙句は俺の姪にかくも汚名を被せ、貶めた。なんとか覆せんのか? これではヴィーナもアンジェロ公王子もあまりに不憫だ」
王ではなく伯父として、一人の人間としてカレル3世は義憤を抱いていた。
「実行犯を捕えるなり、この事件のベルモンテ側機密情報を奪取するなり、真相を明らかにしてはどうだ?」
「残念ながら、真偽を巡る水掛け論が生じて時間を空費するだけです」
宰相ペターゼンは首を横に振る。
仮に、この時代に全世界的な映像放送技術があって、インフラが整っていたなら、生け捕りした犯人をカメラやネットに晒して真実を語らせることも出来ただろう。あるいは、物的証拠や法的根拠を大々的に公開し、真相を広めることが出来たはずだ。
しかし、近代魔導技術世界にンなもんは無い。
一般に広まった認識を覆し、政治的案件の虚実を定かにすることは、困難の極みと言って良い。
「敢えて水掛け論に持ち込む策も取れることは取れます。ベルモンテにしてみれば、地中海有事の戦端が開かれるまでに外交的成果が必要でしょうから、水掛け論で時間を稼げば、それだけ彼の国を窮地に追いやれます。ただし、当然ながら向こうもその程度のことは理解しているはずです」
「でなければ、三国協議など言い出さないか」
カレル3世は不満を強くしたが、ペターゼンは冷静に説明を続ける。
「はい。また水掛け論を展開し、ベルモンテの不誠実さを糾弾して事態をひっくり返すこともできるでしょう。この場合、国の面目を振りかざす以上、軍事的にベルモンテを屈服させる必要があります」
「海戦で少々殴ったくらいでは膝を折らんだろうな」
「これほどの謀略を行ったのです。腹を括っていると見做すべきでしょう」
ペターゼンは言葉を切った。
カレル3世はしばし考えこみ、口を開く。
「事件に対する報復を行おう。列強ベルネシアが王族を襲撃されて泣き寝入りなど、絶対にありえない。倣うバカ共が現れないよう示しておかねばならない。それと三国協議を開く前に、我々がこの件をうやむやにはしないとベルモンテに理解させておきたい」
主君の提案が“穏便”なことにペターゼンは安堵した。
「分かりました。作戦の開始を命じます」
「手際の良いことだ。既に準備を整えてあったのか」
微苦笑するカレル3世へ、ペターゼンに口端を和らげた。
「本件担当の首狩り人が非常に優秀でしたので」
〇
第6機動打撃戦闘団強行偵察隊クライフ分遣隊は、クレテアの地中海沿岸都市マーセイルに潜入していた。
付け髭と眼鏡で変装したレーヴレヒトは、商人風の装いの上から硬皮革製胸甲と装具ベルトを付け、パウチに弾薬などを詰めていく。分遣隊の隊員達も同様だ。旅人風や商人風の服装の上に戦闘装具をまとう。女性隊員は婦人服の上に装備一式を装着している。
主兵装はセヴロの直動遊底式の騎銃。小銃より銃身が短く、肩付けする銃床部分を鋼管製の折り畳み式に変更。次弾装填を素早く行うため、機関部の右前方に小型弾薬箱が括りつけられている。弾薬は樹脂補強式の紙薬莢弾薬で、弾頭は樹脂被帽の鉛単弾芯尖頭弾頭。ベルネシア軍特殊部隊の最新装備だ。
この任務を命じられた時、レーヴレヒトはヴィルミーナと相談したうえで、子供達にアンジェロの死を伝えた。
幼い子供達が人の死を正しく理解できるかは分からなかったが、もう二度と会えないという事実は認識したようだ。ウィレムは酷く肩を落として悲しみ、ヒューゴはベソを掻いて哀しみ、ジゼルはわんわんと大泣きした。御付き侍女メリーナから友人の死を告げられたヴィンセント少年も、酷く憔悴した。家人もその子供達も彼の死を深く悼んだ。
姑のユーフェリアは怒り狂っていた。それこそ、孫達を守るという役割が無ければ、自ら手勢を率いてベルモンテ公国へ乗り込みかねないほどに。娘を強く溺愛し、娘に深く自己投影し、自身の代替成功を映しているユーフェリアは、娘の幸せを損ねる者を絶対に許さない。
当のレーヴレヒトは、といえば、家族と違って情動を一切乱さなかった。
ただ、根付を渡した時にアンジェロ少年が見せた笑顔を忘れることは無い。病室で泣き叫ぶヴィルミーナの姿を忘れることは無い。
レーヴレヒトはこれまで大勢殺してきた。任務の標的として殺害してきた。作戦の障害として“排除”してきた。作戦の付帯損害として巻き添えにしてきた。何の罪もない命をたくさん奪ってきた。そのことを悔いたことも、悩んだことも、夢に見てうなされることも、まったく無い。
今回の任務にしても、レーヴレヒトは復讐だと考えていないし、復讐として行う気もない。部下の命を預かっているのだ。私情など持ち込まない。
それでも、レーヴレヒトの最も人間味のある部分が、あの哀しい少年の死と愛する女の悲嘆に対する応報を求めていた。
自身の最も冷徹で冷静沈着な部分と、自身の最も情動的で感傷的な部分が作用しあい――
レーヴレヒトは任務へ銃身と銃床を切り詰めた二連散弾銃を持ち込んだ。ヴィルミーナとアンジェロを撃ったものと同じ型の銃だった。
二連散弾銃を腰のホルスターに差しながら、レーヴレヒトは部下達に告げる。
「獲物は三匹。俺達と同類だ。生け捕りにしても口を割ることはない。よって、確実に始末する」
「作戦中にクレテア当局と接触した場合は?」と女性隊員。
「クレテア当局と民間人への攻撃は認められない。付帯損害も厳禁だ。場合によってはクレテア当局への投降も認められている」
「特殊猟兵は降伏せず、じゃなかったっけ?」特殊猟兵時代からレーヴレヒトと組む隊員が茶化すように問う。
「事は高度な政治案件だ。我々の存在が露見することより、クレテア人を殺傷することが問題になる」
レーヴレヒトは軽口に付き合わず、淡々と説明を続ける。
「任務完遂後は速やかにベルネシア大使館へ駆け込む。不可能な場合はラ・モレン警備経由で脱出する。以上だ」
全員が了解した証に、目元から首元まで覆う筒型マスクを装着した。
狩りが始まる。
ここ数日、地中海はシケていた。紺碧色の水面が激しく波打ち、幾重もの白波が港湾岸壁に打ち寄せている。港内に避難している船舶もその図体を不安げに揺らしていた。
この時代、嵐の日にわざわざ出港する船は存在しない。船客は皆、陸に足止めされている。
古来、どれほど人事を尽くしても、天気一つで全てが覆されてしまう。
たとえば、我が国では台風によって元寇が撃退された。伝説通りなら雷雨によって桶狭間の奇襲が成功し、織田信長は天下布武の一歩へ踏み出した。長雨によって伝令が妨げられ、徳川秀忠は関ケ原の合戦に歴史的遅参をしてしまった。
後世、マーセイル事件と呼ばれる出来事も、地中海の天候が荒れていなければ、発生することは無かっただろう。
地中海が荒れていなければ、その“商人達”は既にベルモンテへ帰国できていたはずだから。
風雨の音色が騒がしい深夜。
煉瓦造りの旅籠に分遣隊が侵入する。一つは隣の建物から屋上伝いに。一つは正面玄関。一つは裏口。主攻は屋上から。正面玄関と裏口は敵が逃亡に成功した場合の抑えであり、脱出路の確保だ。
新型の遊底駆動式小銃を構えた覆面の侵入者達が、音もなく屋上出入り口をピッキングで開け、そのまま“獲物”の泊まる部屋を目指して進んでいく。
丑三つ時の旅籠内は静まり返っている。部屋で情交に耽る者達や酒盛りに興じる者達の声や音は廊下に漏れてこない。
レーヴレヒトと部下達が獲物の泊まる部屋のドアの前に着く。
ドアを蹴破ろうとする部下を止め、レーヴレヒトはドアの下を示す。端に小さなクサビが差し込んであった。
廊下側からドアに触れたら室内の魔導術士達に警告する魔導具だ。ハイテクっぽく思えるだろうが、単に励起反応を起こすだけの陳腐な仕組みである。
レーヴレヒトは左手で部下達へ手信号を送る。
突入を中止し、獲物の隣の部屋のドアをピッキングで開け、侵入。ベッドの上で寝息を立てていた裸の中年男と若い女を拘束。不運な2人を浴室へ運んで転がしておく。
魔導術に長ける部下が隣室へ通じる壁の前に立つ。彼女は隣室の“獲物”に悟られないよう、魔力を巧みに制御して突入口を開く準備を進める。
壁に幾つかの穴を掘って水系魔導術で注水。彼女はそこへ雷系魔導術で高電圧を加える。壁に注がれた水の瞬間膨張が衝撃力となり、壁が驚くほど静かに破砕された。
ぽっかりと開いた大穴へ、銃を構えた隊員達が素早く突入する。
大穴から通じる隣室の寝室。並ぶ二つのベッド。右のベッドには60過ぎくらいの背の高い男。左のベッドには30前後の平凡な女。
壁を貫いて急襲という、完全な不意討ちを受けた2人のコルヴォラント人は迎撃を諦め、咄嗟に傍らの荷物へ魔導術を放とうとする。命を落としても処分したい何かがあるのだろう。
が、間に合わない。
突入した隊員達が構える直動遊底駆動式小銃の引き金を引く。複数の鋭い発砲音。複数の煌めく発砲光。複数の9・5ミリ樹脂被帽尖頭弾が初老の男と三十路女を貫く。
貫徹力の高い弾丸の群れは両者を容易く貫き、ベッドも貫き、壁や床の基礎材に深々とめり込んでようやく止まる。
隊員達は発砲直後、機関部の右前方に括りつけた小型弾薬箱から右手中指と薬指で次弾を取り出しつつ、人差し指の付け根で槓桿を引いて排莢/装弾口を開ける。薬室から魔晶装薬の蒼い残渣粒子が舞う中、次弾を薬室へ入れて親指の腹で槓桿を押し込み、遊底を閉鎖。
隊員達が一秒にも満たずに再装填動作をこなしている間、発砲しなかったレーヴレヒトが流れるように先へ進んでいく。
居間のソファから身を起こしていた40代前後の男もまた、侵入者の迎撃より手荷物の破棄を急いでいた。
四十路男は身長170前後のチビ。体重60キロ台で筋肉質。
路地裏でヴィルミーナとアンジェロを撃った男だと即断し、レーヴレヒトは銃口を下げて男の腹を撃つ。高速の被帽弾頭が男の筋骨たくましい体を容易く穿ち、腰骨を破砕した。
悲鳴と共にソファへ崩れ落ちる男。隊員達がトドメを刺そうとする直前、レーヴレヒトが右手を上げ、発砲を止める。
スリングで騎銃を脇に下げ、レーヴレヒトは腰から散弾銃を抜き、男へ無機質に告げる。
「アンジェロ」
出血と痛みで顔を真っ青にし、脂汗に塗れさせた男はレーヴレヒトを睨み返し、口を開きかけた。が、レーヴレヒトは発言を許さずに引き金を引いた。轟音と共に放たれた散弾の群れが男の喉と鎖骨部をずたずたに裂き抉る。男は呻き声すら遺すことなく即死した。
突入開始から目標全員の殺害まで2分と掛かっていない。相手に何もさせない一方的な狩り。完璧な処刑。これぞベルネシア特殊部隊の殺し。
「荷物を押収しろ。90秒で撤収する」
レーヴレヒトは感情の一切こもっていない声で告げ、散弾銃を床に捨てる。
隊員達が3人の荷物を奪い、さらに3人の屍を調べて指輪やネックスレスなどを強奪。靴を調べ、踵や中敷に隠しケースの有無まで確認。
撤収の際、隊員の一人が三人の骸へ確認殺害の弾丸を打ち込んでいく。
仕上げに、レーヴレヒトが雑嚢からチューリップの造花を取り出し、3人の死体の傍に置いていった。
この“メッセージ”はすぐに伝わるだろう。
○
クレテアは自国内でベルネシア軍特殊部隊に暗躍されたことに強い不快感を示しつつも、沿岸都市マーセイルで起きた三人のコルヴォラント“商人”の殺害を、強盗殺人事件として公表し、陳腐化させた。
事件現場にチューリップの造花が残されていたことも公表した。
こうして“メッセージ”は方々に届く。
公王ニコロは“メッセージ”を正しく受け止めた。
ベルネシアはアンジェロ事件をうやむやにする気は無い、と。
ただし、謀略家たるニコロはこの事態も想定済みだ。アンジェロ事件の作戦関係者が脱出できない可能性をきちんと考慮しており、その対応も全権大使ザンブロッタに与えてあった。
ゆえに、ニコロとベルモンテの動きに動揺はない。マーセイル事件はメッセージ以上の効果は無かった。
が……大衆にとっては違った。特にコルヴォラントの反クレテア、反聖冠連合、反協働商業経済圏を抱く人々は、アンジェロ事件に続いて発生したコルヴォラント人の殺害事件を、自分達に対する悪意的暴力と受け取った。
むろん、この背景にはコルヴォラント勢力の扇動も影響している。
陸運権益をクレテアからもぎ取りたい北部諸国。クレテアから独立したいタウリグニアやティロレの独立派。かつての栄光と権能を取り戻したい聖王教会伝統派の強硬派。なんとしても地中海権益をもぎ取らねばならない地中海の各貿易国。
彼らの扇動と大衆の短慮な“気分”が混じり合い、地中海情勢は急速に悪化していく。その速度は公王ニコロの予測を超えており、諸国の穏健派達が顔を青くするほどだった。
そんな状況下の中、ベルネシアのウルガム離宮で三国協議が開かれる。
〇
「我がベルモンテ公国はアンジェロ公王子の死亡に対する政治的賠償として、ベルネシアに対し、貴国の地中海海運を我が国へ完全委託することを要求する」
ザンブロッタの発言に、ベルネシアの高官達は一瞬呆気にとられ、次いで、瞬間沸騰した。
「そんな要求がまかり通るかっ!!」
「おや、なぜですかな? 貴国の地中海貿易は北洋や外洋に比べれば、微々たるものだ。それに、この提案は貴国の地中海貿易を妨害するのではなく、地中海に慣れ親しんだ我が国の海運業者が請け負う、それだけの話だ」
「我が国の地中海貿易を貴国に掌握されるという話だろうっ!!」
「現状でも、貴国の地中海貿易の海運はその大半をクレテアと聖冠連合の業者に委託しているではないか。それを我が国に変えるだけの話だが?」
「すり替えるなっ! クレテアと聖冠連合とは通商条約やその他協定を結んでいる。貴国とは結んでいないっ!」
「ならば条約や協定を結べば済みますな」
しれっと嘯くザンブロッタの面の皮の厚さに、ベルネシア高官は怒りのあまり言葉が続かない。
「ここまで堂々と我が国の権益を掠め取ろうとするとは、いっそ清々しさを覚えるな」
と、クレテア高官が青筋を浮かべながら言った。
ザンブロッタが指摘したように、ベルネシアの地中海貿易の多くはクレテアと聖冠連合の海運業界が請け負っている。
ベルモンテはそのベルネシアが委託する海運の儲けをクレテアから掻っ攫おうというのだ。しかも、クレテア高官の眼前で。そりゃ青筋も浮かぶわな。
「我が国の臣民が貴国の公王子を害した件に関し、我々は謝罪の言葉以外を持たない。貴国へ許容する限りの配慮もしよう。だが、その要求は話にならない。それとも、貴殿の要求はコルヴォラント的表現の宣戦布告か?」
「それは少々悪意的に取り過ぎですな。我が国がベルネシアから海運委託を得た場合、貴国と聖冠連合は我が国から港湾利用料と船員達が落とす金を得られる。損はない」
「その詭弁で我々が納得すると思っているなら、貴殿は我が国を大きく見誤っているぞ」
殺気同然の怒気を孕んだ目つきで、ザンブロッタを睨みつけるクレテア高官。
「ふむ。我が国の支払う金穀に御不満か」
ザンブロッタは睨んでくるクレテア高官に薄笑いを返し、続けた。
「ならば、我が国は貴国に対し、軍船の入港権も許可しよう」
「―――なに?」「……はぁ?」
クレテア高官は怪訝そうに眉根を寄せ、ベルネシア高官は目を瞬かせた。
「伝聞になるが、クレテア国王アンリ16世陛下は大業に挑まんとしておられるとか。我が国の軍船入港権があれば、その計画に大きな弾みがつくのではないかね?」
見透かしたような言い草のザンブロッタに対し、クレテア高官は強い不快感を抱きながらも黙り込む。
「ベルネシアに対してはクレテアへの海運委託額。当座はその五分の四の額でお受けしよう。如何か」
「な」
堂々とダンピングを持ち掛けられたベルネシア高官は、反応できない。
困惑する列強の高官達へ向け、
「この海運委託を根幹とし、ベルモンテ公国はベルネシア、クレテアの両国に西地中海における協定を提案したい」
ザンブロッタは暴れる小熊のように強烈なパンチを放つ。
「この協定には、通商条件の設定のみならず、相互安全保障を含めるものとする。如何か」
発言の意味を理解した時、ベルネシア高官とクレテア高官は呆気に取られてマヌケ顔を晒していた。
無理もない。
地中海情勢が火を噴く直前のこの時期に、ベルモンテはコルヴォラント諸国を裏切って列強側につく、と言い出したのだから。




