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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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246/336

18:9

大変遅くなってしまい、申し訳ない限り。

大陸共通暦1781年:晩春

大陸西方メーヴラント:大クレテア王国:王都ウェルサージュ

――――――――――

事件の翌日。

「我が国の者がベルネシアの魔女殿を襲い、挙句はコルヴォラントの公王子を殺害したと」


 朝っぱらからの緊急会議に招かれて報告を受けたアンリ16世は、明日の天気について聞かされたように穏やかな声を出したが、その顔つきは完全に“無”だった。


 会議に出席していた重臣や高官達は全身から冷や汗を流した。いつも剽軽な狂言回しを気取る大蔵大臣カルボーンさえ息を呑んで居住まいを正していた。壁際に立つ警備や侍従達など今にも泣きそうなほど怯えている。

 それほどに、この時のアンリ16世の在り様が恐ろしかった。


「先祖伝来の負債に加え、愚かな祖父が傾けた国家財政を立て直すため、父は命を削るほど懸命に働いた。晩年は思い詰めて戦に恃み、20万将兵を死傷させて暗君の汚名を歴史に刻んだ」


 静かな口調で語るアンリ16世の顔に感情らしきものは無い。淡々と言葉を紡いでいく。


「そのベルネシア戦役から10年以上経つ。敗戦に伴い、ベルネシアに国家経済を食い荒らされ、多くの民が困窮を味わったどん底から10年以上だ。怨敵ベルネシアと仇敵イストリア。両国と手を組んで、反対する同胞を粛清してまで国体を再建してきた。それもこれも我が国をより大きく飛躍させるためだ」


 重臣や高官達は震え上がっていた。警備や侍従達は白目を剥きかけている。誰もこれほど恐ろしいアンリ16世を見たことがなかった。


「大事をコルヴォラントの白痴共に妨げられたことは誠に遺憾である。だが、彼奴らには彼奴らの事情があり、理由があり、動機がある。よって不快ながらも理解は出来る。しかし、我が民、我が臣によって大願を妨げられ、御稜威に汚泥を塗られるなど、断じて看過できぬ。断じて許容できぬ」

 アンリ16世は告げた。“無”のままに。

「駆除せよ」


 拒否など許さぬ絶対命令。会議室にいる全ての者達が背筋を伸ばし、受諾の一礼をした。


 大きく息を吐いて、アンリ16世はようやく表情をこさえた。猛烈な不機嫌さと何もかもが疎ましいと言いたげな面倒臭さを湛える。重臣や高官達は思わず安堵の息を吐いた。侍従達がいそいそと各人の手元に御茶を注いで回る。


「ベルネシアとベルモンテに使者を送らねばなるまいが……確認のために問うぞ。余の知らぬところで卿らが糸を引いているということは無いだろうな?」


「冗談でもお止し下さい。我らにベルネシアとベルモンテの要人を襲う必要など全くありません。ましてや地中海有事に際し、我々はベルネシアと歩調を合わせておりました。過去の遺恨はあれど、現状、斯様な蛮行に走る理由も意味も必要もありません」

 宰相リメイローが慨嘆するように語り、重臣や高官達も大いに頷く。


「これまでの動きから見て、コルヴォラント勢力の謀略と考えて間違いないでしょう。証明することは難しいですが、今回の件で最大の受益者は奴らに他なりません」

 司法省警察局長がハンカチで汗を拭いながら言った。


「最も得をした奴が犯人、というわけか。まぁいい。その辺りは追々だ。首謀者がコルヴォラントの愚物共だとしても、実際に手を汚したのは我が臣民である事実は動かん。その辺りのことを含め、誠意を見せんとな」

 アンリ16世は溜息を吐く。

「ベルモンテとベルネシアに特使を派遣しろ。本日中に人員を選抜し、明日には送り込め」


 上等な紅茶が淹れられた磁器を口に運んでから、アンリ16世が誰へともなく問う。

「聖冠連合は何か言ってきたか」


「先方も情報確認をしている段階ですが、地中海有事における協力体制を確認したいと現場レベルの連絡がありました」

 外務大臣の回答に、アンリ16世はカップを置いて豪奢な椅子の背もたれへ体を預けた。疎ましげに息を吐く。

「聖冠連合にも人を送る必要があるな……」


「既に開戦見込みの活動が始まる段階へ入っていますから、無理もありません。此度の事件、その経過次第では即時開戦もあり得ます」

 宰相リメイローの意見は正しい。

 誰もがアンジェロ事件の行方を見守っている。


 顎の肉をひと揉みし、アンリ16世は重臣達へ諮問した。

「ベルモンテの求める落としどころは……局外中立か?」


「可能性は高いです。ベルネシアが局外中立をすると、ベルネシア海軍の支援は受けられなくなります。また、軍事物資の調達計画に変更が余儀なくされます。現段階の兵站計画変更は開戦後の緒戦は主導権を握られるかもしれません」

「並行して和平仲介を求める公算も高いです。中立を宣言している法王国も仲裁を図っているようですが、そこへベルネシアが加われば、より効果的になります」


 重臣達の回答にアンリ16世はしばし思案顔を浮かべ、

「卿らの意見には余も頷くところ大である。が、それだけに納得しかねる」

 独りごちるように言った。

「ベルネシアが中立になろうと、和平仲介に走ろうと、戦争自体が起きることに変わりなく、戦争が起きたなら、我が国と聖冠連合の勝利は動かん。仮に海戦で我が軍と聖冠連合の海軍が壊滅しようとも、陸戦に至れば、我らの勝利は間違いないのだからな」


 アンリ16世の言葉に偽りはない。

 クレテアと聖冠連合帝国は共に本質は陸軍国家。クレテアはベルネシア戦役で獲得した戦訓を基にした再建が行われていたし、聖冠連合帝国は第一次東メーヴラント戦争の教訓を基に戦略と戦術を更新している。ここ何十年も内輪の小競り合いしか経験していないコルヴォラントの軍隊が太刀打ちできるかと問えば……


「ベルモンテが斯かる地中海の戦を生き抜くことを求めるなら、あるいは、この襲撃の絵図を描いたものなら、ベルネシア経由で我が国か聖冠連合を掣肘するものであろう」

「ということは、これで事の絵図を描いたのがベルモンテか、それ以外か分かりますな」

 リメイローが冷徹な面持ちで言った。


 此度の襲撃事件にクレテア人が関与していたことにより、大クレテア王国の面目は大いに潰された。その憤懣はこの場の誰もが抱いている感情だった。


「返礼の用意も進めて良いでしょうか?」

 警察局長が問うも、アンリ16世は首を横に振る。

「必要ない。事が判明したならば、陸海軍が鉄拳制裁を下す」

「はい、陛下っ!」「お任せくださいっ!」

 陸海軍の高官達が意気軒昂に吠えた。


 アンリ16世は顎肉を揉みながら笑う。王らしい冷たく隙の無い笑みだった。

「お手並みを拝見しよう」


       ○


 ヴィルミーナは左腕と左肋骨付近を負傷しただけだ。

 治療――傷口を切開して創傷部を入念に洗浄、弾丸による創傷の汚染部切除、着衣繊維を除去し、傷口を縫って魔素添加回復剤を投与。薬草から精製された抗生物質を注射(抗生物質が薬草から作られるとか、地球世界医学界が知ったら発狂物であろう)――は終わっている。

 もっとも、この手の負傷で最も問題になるのは傷の具合ではなく、予後経過だ。合併症や感染症の経過観察が欠かせない。


 それに、ヴィルミーナの負った傷は体のものだけではない。

 心にも傷を負っていた。


 が、ヴィルミーナはその心の傷に膝を折るような“可愛げ”を持たない。

 ヴィルミーナの“中身”は人生の酸いも甘いも幸も不幸もよぉく知っている。一流企業に勤めて熾烈な出世競争でしのぎを削り、地獄の海外行脚で辛酸を舐め、本社復帰後は重役として巨大なプレッシャーの中で暴れ回ってきた女傑だ。どれだけ社会的に成功しても、私生活の失敗を嘲笑われてきた。


 ゆえに、ヴィルミーナは“穴の底”から這い上がり方を知っている。

 真冬の森で友を失った時のように心理プロトコルを発動し、負の感情を心の炉へくべる。罪悪感も後悔も自己嫌悪も自己否定も悲哀も辛苦も、全て燃やして反撃の力に変える。反攻の力に換える。大逆襲の力に昇華する。

 事件の翌日。既にヴィルミーナは心の痛みを戦う気構えに組み替え終えていた。鉄か何かで出来てるのかな?


 経過観察のために二、三日ほど入院する羽目になったヴィルミーナは、病室で大量の書類と格闘し、人を走らせ、魔導通信器へ吠え、情報を搔き集め続けている。広い病室は今や石塔が並ぶ賽の河原のように、書類が散乱し、書類束が林立していて足の踏み場もない。


「政府が私に謹慎を課そうとしている。間違ってないのね?」

 ヴィルミーナに昨日のような感情的な雰囲気はなく、冷静沈着だった。それがかえって凄みを感じさせてはいたが。


「表向きは王妹家嫡女に対する自宅療養と静養の注進ですが、実態は蟄居謹慎です。今回の件のほとぼりが冷めるまで表舞台から下がって居ろ、と言ったところでしょう」

 白獅子の“外交官”でもあるデルフィネは見解を続けた。

「理由は他にもあります。ベルモンテ全権大使殿は今回の件で、ヴィーナ様を追及する構えを見せています。王国府はヴィーナ様を外交的弱みになると見做しているのでしょう。陛下は姪に対する老婆心から静養を命じるおつもりのようですが」


 それと、とデルフィネは続けた。

「ヴィーナ様が御推測したように、今回の襲撃事件で王国府の一部に白獅子の独占技術の開示ないし接収を企図する動きがあります。それと、国債に関しても同様です」


「私の筋からも確認できました。白獅子の動力機関と高精度工作機械、高品質資材。加えて、各国に展開した権益。これらが的のようです。産業戦略部があれこれ動いています」

 この日、朝一で病室に押し掛けてきたメルフィナが言った。目元がちょっと赤いのは、ヴィルミーナの無事な姿を確認して感涙したからだ。


「状況確認を進めつつ、アレックスを中心に対応策を協議中です」と連絡役を務めるマリサが告げた。


「ハゲワシ共が私の血の臭いを嗅いで盛ったか」

 2人の報告に、ヴィルミーナは他人事のように呟く。そこにはまったく熱量が含まれていない。絶対零度の声色だった。

「私と白獅子を縛ることで、何が起きる?」


「一般業務に差支えは無いと思います。ただ、政府との遣り取り次第では大口取引に支障が生じるかもしれません。この件で我々を不安視、もしくは軽視する者達が出るでしょうから」

「外交的な影響もあるかと。ヴィーナ様はサンローラン、聖冠連合、アルグシアなどの外交で重大な役割を担いました。いわば、ヴィーナ様は陛下のワイルドカードです。ヴィーナ様を縛ることで、外交の手を削れます」

 マリサとデルフィネの見解を基に、ヴィルミーナは考える。


“それだけ”か?


 レヴの話が本当なら、狙いはアンジェロだった。アンジェロを殺し、政治的に私を抑え込み、商業面から白獅子を縛る。でも、それでどういう利得が生じる?

 これで地中海有事をどう乗り越える?

 狙いは何だ?


 ヴィルミーナは深く思考しながら、デルフィネに尋ねた。

「デルフィ。ベルモンテ全権大使と王国府の交渉内容は分かる?」


「現時点ではまだそこまで踏み込んでいません。事件の対応だけです」と首を横に振るデルフィネ。

「交渉とは関わりないかもしれませんけれど、事件に関係してクレテアから特使が派遣されてくるそうですよ。実家から連絡がありました」

 メルフィナが言った。王国南部の大貴族ロートヴェルヒ公爵家はクレテアの動向を得易い。

「聖冠連合も動いています。今回の事件で有事の足並みが乱れることを憂慮しているのでしょう」


「待った」ヴィルミーナはメルフィナへ顔を向け「つまり、クレテアと聖冠連合の政府要人がこの国に集まるの?」

「いえ、聖冠連合はクレテアへ使者を派遣しただけです。ベルネシアには派遣していません」

 メルフィナは否定するが、ヴィルミーナは顔を険しくした。

「でも、クレテアで行われる有事の対策協議には、ベルネシアの関係者も派遣されると考えていい、はず……」


 自分の発言にふと気づく。

 そもそも、この事件は“何のために”起きた? コルヴォラントの人間が必死になって動いている理由は何だった?

 ナポレ王国が卑屈に土下座までして私の助力を求めた理由は何だった?


 生き残るためだ。


 ヴィルミーナは三人を順に見回し、

「デルフィ。王国府とベルモンテ全権大使の動きを注視して。メル。悪いけれど、御実家を通してクレテアと聖冠連合の動向から目を離さないで。マリサ。白獅子だけでなく、ベルネシアの地中海関連の商業経済の情報をまとめるよう、アレックスへ連絡して」


「何が見えたんです?」とマリサ。隻足の山猫は戦意を隠さない。


「私の推測が正しいなら」

 ヴィルミーナは顎先を摘まみ、苦い顔で言った。

「不愉快な話になる。物凄くね」


      ○


 ベルモンテ公国全権大使ザンブロッタ卿が本格的に動き出したのは、事件から二日後。ベルモンテ公国からベルネシアに特使が派遣されてからだった。


「ヴィルミーナ様が如何に我がベルモンテ公王エスロナ家の血を引いているとはいえ、今回の襲撃事件はヴィルミーナ様を狙って起きたこと。我が国のアンジェロ公王子がヴィルミーナ様の因果に巻き込まれ、命を落とした件の責を問わぬわけにはいかぬ」

 ザンブロッタは初っ端らから良いパンチを放つ。


 法務大臣は眉目を吊り上げた。

「ヴィルミーナ様とて被害者だ。責を問うならば襲撃者であって、ヴィルミーナ様ではない」


「襲われる原因と理由がヴィルミーナ様にあるとしたら、如何か」

 ザンブロッタはカミツキガメのような剣幕でまくしたてる。

「ヴィルミーナ様はベルネシア戦役で仕手戦を行い、クレテア経済を散々に痛めつけたと聞く。また、財閥の経営においてベルネシア衆生の恨みを買っておられるともな。斯様な振る舞いが此度の悲劇を招いたのならば、心苦しくもヴィルミーナ様を追及するは当然であるっ!」


「刺客が真にヴィルミーナ様を憎んでの凶行とは限らない。刺客は逮捕されていないし、貴殿のいう通り、“本当に”ヴィルミーナ様が狙いだった証拠など無いのだからな」

「苦しい言い訳だな」と法相をせせら笑うザンブロッタ。


 早くも会議室の空気が険悪になっていく中、

「具体的に言ってもらいたい。ヴィルミーナ様をどうしろと言うのだ」

 宰相ペターゼンは双眸をナイフのように鋭くして問う。


「何も厳罰に処せなどと要求する気は無い。だが、此度の件が外交的に解決するまで、明確な蟄居謹慎に処していただきたい。それが最低限の誠意というものだろう」

 高飛車に言い放ち、ザンブロッタはその小熊のような体躯に不釣り合いな威容を発しつつ、

「今、貴国にはクレテアから使者が来ているとも聞く。そこで、貴国に提案したい」

 傲岸に言い放つ。

「この際だ。我が国と貴国とクレテアの三国協議の場を求める」


 宰相ペターゼンを始め、ベルネシア側の高官達は顔を強張らせた。


 熾烈な出世競争に勝ち上がってきた有能な彼らは理解する。

 アンジェロ公王子の死を奇貨とし、ベルモンテは地中海有事に備えた協議の場を持とうとしている。そのうえで、事件を政治利用してベルネシアの協力を取り付け、クレテアと分断を図る気なのだ、と。


 事件から二日。臨機応変に短時間でここまで対応できるとは思えない。外交は戦争と同じで入念な準備を欠かせない。行き当たりばったりのテキトーな外交を行えば、強烈な反動を招く。

 であるから、至極当然な思考展開として、彼らは判断する。


 ベルモンテが黒幕か、と。


 同時に、ベルモンテの描いた絵図が完全にハマっていることも、認めざるを得ない。


 事態はもはやベルモンテが黒幕という真実が意味をなさない。

 ベルネシアの大公令嬢を狙った事件で、ベルモンテの公王子が命を落とした。ベルモンテがとばっちりを受けた被害者という認識は覆せない。真実を明らかにしたところで、ベルネシアが責任逃れにでっち上げたという疑問が付きまとう。悪魔の証明になってしまう。


 ヴィルミーナの件にしても、ベルモンテ側の要求は『妥当の範囲』に収まっている。仮にベルモンテが要求せずとも、王国府が事のほとぼりが冷めるまで、静養という名の謹慎を求めていただろう。


 宰相ペターゼンは謀略的敗北を受け入れた。冷徹な知性の持ち主である彼は、現実から目を逸らすような貧弱な神経をしていない。すぐさまベルモンテがこの先求める達成目標が何か、思案し始めた。


 敵の戦略を挫くには、敵の狙いを見抜かねばならない。

 アンジェロ事件という手札を作り、三国協議という勝負を挑んできた。この勝負でベルモンテの得たい成果はなんだ?


「御返答は如何」

 思考を妨げるように発せられるザンブロッタの傲慢な声。

 

 宰相ペターゼンは眉目を動かさない。ただ、小さく息を吐いて言った。

「貴殿の要望の是非をこの場でお答えすることはできない。それに……アンジェロ公王子の御遺体を如何するか、話し合うべきではないかね? 我が国で弔うのか、貴国へ御帰国させるのか。貴殿はそういう務めを負っているはずだ」


「む」とザンブロッタは眉間に深い縦皺を刻む。明らかに『そんなことは後回しで良い』と言いたげな面持ちだったが、それを口にするほど愚かではなかった。

「……そうですな。確かに。しかし、我が国の要求についてはしっかり受け止めていただきたい。貴国の誠意を見せて頂こう」


 小熊は食いついて放さない。

 ペターゼンは僅かながらの時間稼ぎに成功しつつ、同時に確信した。


 三国協議。

 アンジェロ事件はこのために起こされた。


       ○


 王都オーステルガム某所。

「王都郊外にある休耕地傍に放棄された廃屋があってね。そこの敷地に複数の死体が埋まってたよ。土系魔導術で“掻き混ぜた”んだろうね。死体はどれも細かくバラバラになっていて、原形を再現できなかったけど、いくつか特定できそうな遺品を発見したよ」

 魔導総局の上級魔導術士が疲れ顔で語る。

「いや、くたびれたわ。いくら魔導術でやるとはいっても、王国府宮殿広場分くらいの土砂を穿り返して“篩にかける”ってのはね」


 話を聞くレーヴレヒトは、そこらの石コロより人間味の欠いた顔つきで尋ねる。

「それで死体の出自は?」


「通りでくたばったクレテア人とベルネシア人と同じだ。あと、ガルムラント人が数人混じってた。多分、エスパーナの宮廷魔導術士だな。大乱以来、国外へ脱出したエスパーナ人魔導術士は少なくない。食い扶持稼ぎか家族の亡命か、そんなところだろ」

「ケースオフィサーには逃げられたか」

「そうでもない」

 上級魔導術士はにやりと口端を歪めた。

「工作と魔導術は上手いけど、後始末は下手だよ。ママに後片付けの仕方を教わらなかったんだろうね」


 軽口にまったく反応しないレーヴレヒトに、上級魔導士は肩を竦めて続けた。

「現場に残ってた足跡やらなんやら、それと防諜屋が持ってた外国人の出入国記録で、見つけたよ。実名かどうかは分からないが、多分、こいつだ」

 上級魔導術士は封筒を渡す。


「助かった」とレーヴレヒトは封筒を懐へしまい、足元の鞄を上級魔導術士へ蹴って滑らせた。

「持ちつ持たれつさ。じゃ、良い狩りを」

 上級魔導術士は鞄を持って立ち去っていく。


 レーヴレヒトも腰を上げて歩き始めた。どこからともなく足音も衣擦れ音も発さぬ男女がレーヴレヒトの周りに集まり、一緒に歩いていく。

「準備完了ですか?」

「ああ」

 問われたレーヴレヒトは頷いた。人間味の欠片もない顔つきで、一切の情動を込めず告げた。

「狩りの時間だ」

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― 新着の感想 ―
[一言] いやいや「真犯人は誰か?」がいつだって世間の最大の関心事だよ 真犯人の捜査なんてどうでもいいから表面上に見えることだけで政治しよう、なんてことにはならない それは事件が迷宮入りしてから
[一言] ここからの反撃と落とし前に期待!
2021/05/29 20:02 レモン男爵
[一言] レヴィかっこいいな!
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