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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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244/336

18:8a

 レーヴレヒト・デア・レンデルバッハ=クライフ少佐は、愛妻が襲撃を受けたと聞いた時も動揺を見せなかった。

 顔から血の気を引かせたり、取り乱したり、オフィスを飛び出したりしなかった。


 泡食って報告に来た伝令がかえって冷静になるほど、レーヴレヒトは落ち着いていた。冷然と報告を聞き、いくつか質問をして事実の確認さえした。流石は数々の死線を潜り抜けてきた最精鋭だ、と伝令は感嘆を禁じ得ない。


「分かった。報告、御苦労さま」

 そう告げると、レーヴレヒトは立ち上がって引き出しから回転式拳銃を取りだしてホルスターごと腰に巻き、ロッカーを開けて鉤爪状ナイフと手斧(トマホーク)をベルトに差し、弾薬帯を袈裟掛けして小銃を抱え、

「俺は早退する」

 足音もなく部屋を出ていった。制帽も手荷物の鞄も起きっぱなしで。


 伝令はようやく気付く。

 レーヴレヒトが全然冷静じゃなかったことに。


 で。


 陽が高くなった昼頃。

 レーヴレヒトは惨劇の舞台となった海燕通りにいた。

 現場は王立憲兵隊に封鎖され、負傷者の救出と捜索、現場の調査と捜査が同時進行していた。


 顔見知りの憲兵隊捜査官に便宜を図ってもらい、レーヴレヒトは捜査現場に混ぜて貰っている。軍のオフィスを飛び出した時に持ち出した装備一式を傍らの従卒に預けていた。代わりに従卒が持ってきた、愛用の革張りノートを開き、目に映る全てを記録している。


 レーヴレヒトは王立憲兵隊の記録官すら舌を巻くほどの素早さで、通りの詳細なスケッチを描き上げていく。通りの写景はもちろん、破壊された馬車の状態、散乱する瓦礫から様々な物品や残骸、血飛沫や弾痕、ゴミの位置まで緻密に。加えて、気になる項目をみっちりと書き込んでいた。


 傍には証人としてこの場に残っていた白獅子民間軍事会社(デ・ズワルト・アイギス)の現場指揮官も居た。

「“裏”の警備が無力化されていたんだな?」


 現場指揮官はレーヴレヒトへ首肯して答える。

「襲撃を受ける少し前に、通り周辺に分散展開中だった者達の半数以上が各個撃破されていたそうです。魔導術で昏倒させられ、死んではいませんでしたが、前後の記憶がほぼありません。相当な手練れです」


「隔離壁を作った魔導術士も逃げたそうだから、そいつに加えて5、6人くらいか」

 レーヴレヒトは街区地図に裏の警護要員が撃破された地点を記したうえで、爆心地を調べる。

 爆心地は未だ崩落した建物外壁に埋もれていたが、レーヴレヒトはいくつかの瓦礫を手に取って調べ、ノートに万年筆を走らせる。


 レーヴレヒトは御付き侍女メリーナが叩き込んだ大氷槍が生えている建物を見上げ、次いで周囲の建物を見回す。それから外壁や石畳に残る弾痕を窺う。

 頭の中で狙撃手と襲撃者の位置、数を推算し、再びノートに書きこんでいく。作戦支援に魔導師一個班。襲撃に一個分隊弱。爆薬を用いての待ち伏せ。なら……


「予定ルートで事故を起こした者達、予備ルート1の工事について情報を集めてくれ」

「――そこまで仕込んでいた?」と顔を引きつらせる民間軍事会社の現場指揮官。

「ヴィーナほどの大物を狙うなら、あり得ない話じゃない」


 すぐに、とその場を離れていく現場指揮官を余所に、レーヴレヒトは淡々とノートにペンを走らせる。顔見知りの捜査官がどこか案じるように言った。

「……なぁ、こんなところに居ていいのか? あんたにゃ他に行くべきところがあるだろう?」


「心遣いには感謝する。だが、良いんだ」

 レーヴレヒトは無機質で無感動な顔を向け、

「捕虜はいるのか?」

「くたばりかけてるのが3匹ばかり。流石に尋問はさせられないぞ」と捜査官。

「なら、賊の死体は見せてもらえるか?」

「向こうに並べてある」

 捜査官が通りの一角を顎で示す。


 仰向けの死体が数人ほど並べられていた。半数は銃弾を浴びて死んでいたが、残り半数は強力な魔導術で破壊されている。メリーナに殺された者達だろう。


 捜査官が死体を眺めながら言った。

「混血らしき者も混じってるが、髪や瞳、肌の色の具合から言って全員がメーヴラント人だろう。死にぞこないの捕虜の呻きや繰り言から察するにクレテア野郎だ」

「ベルネシア人も混じってる」レーヴレヒトは屍をペン先で示し「こいつとこいつ、それからこいつはベルネシア人だ」

「確かか?」と顔を強張らせる捜査官。

「体臭で分かる。生活習慣や食事で異なるが、国や地域で大まかに決まった臭いがある」


 レーヴレヒトは捜査官に応じながら手早く死体の似顔絵を描き、身体特徴を記していく。死体の傍には押収された武器も並べられていた。いずれもベルネシア製とクレテア製の元込め式単発銃や散弾銃、回転輪胴式銃だ。


「どれも国内のあちこちで市販されてる。調達先の特定は難しいぞ」

 自分の体を嗅ぎながら捜査官が言った。


「製造番号次第では流通経路が分かるかもしれない」

 この時代、物品のトレーサビリティは高くないが、ゼロではない。それに、商経済の盛んなベルネシアでは、あれこれと記録が作られているから、物によっては追跡可能だ。


 銃やナイフなどを記録後、レーヴレヒトはヴィルミーナ達が逃げ込んだ細道へ足を運ぶ。

 背の高い建物に挟まれた細道は仄暗い。戦闘が行われたため、細道を挟む建物の外壁にいくつか弾痕があった。空薬莢も転がっている。それに足跡や血痕も。


 レーヴレヒトは残された痕跡を基に脳内で状況を再現する。

 ヴィルミーナはアンジェロと手をつなぎ、必死に駆けていく。前衛には右腕が折れている護衛。後衛には脇腹から出血する護衛。後衛は小銃を持っており、追ってくる敵へ幾度か発砲している。

 そして、細道の角を曲がったところで待ち伏せに遭う。


 まず先導する護衛が撃たれた。血飛沫の仕方と範囲、倒れた後の出血量から見て散弾銃。弾は鹿打玉で、銃身は切り詰めてある。発砲時の構えは腰溜めだ。


 死んだ護衛の背丈と被弾した胸部の高さ、発射点と弾道から見て、発砲者は身長170前後。小柄(チビ)だ。足跡から見て体重は60キロ前後。筋肉量の多い鍛えられた体躯をしている。他の襲撃犯達と行動を共にしていなかった辺り、作戦予備かこの襲撃の絵図を描いた側か。


 レーヴレヒトは足跡と血痕から、待ち伏せの状況を幻視する。

 眼前で護衛が殺され、ヴィルミーナは足を滑らせながら止まる。待ち伏せていた敵は物陰から出てヴィルミーナとアンジェロと相対し、銃口を向けた。ヴィルミーナが魔導術で迎撃しようと右手を上げたと同時に、引き金が引かれた。


 銃口から拡散しながら飛翔する散弾が、ヴィルミーナとアンジェロの2人を捉えた。

 レーヴレヒトは無情動に細道の地面に広がる血溜まりへ目線を向ける。出血量と飛沫痕や流出痕、踏み荒らされた地面から何が起きたのか推察する。撃たれ倒れた2人。動ける方が動けぬ方を必死に気遣った。眼前の敵すら忘れて。


 散弾銃を持った敵は二人に追い討ちせず引き上げた。メリーナ達がやってきたからか、目的を達したからか。


 メリーナ達は撃たれた2人を担ぎ、この場から脱出。応急手当を施して2人を病院へ急送した。

 状況の想像を終え、レーヴレヒトは襲撃者の位置に立つ。右手に持った万年筆を散弾銃の銃口に見立てて、荒れた血溜まりの方向へ向けた。


 射手は170センチ。構えは腰溜め。ヴィルミーナの身長は160台半ば。基本的に5センチのヒールを履いているから170前後になる。12歳のアンジェロは150センチ弱。


 2人の身長と被弾した部位と場所を考え、銃口に見立てた万年筆の位置と角度を修正し、レーヴレヒトは微かに眉根を寄せる。


 ノートに記録を取り終え、レーヴレヒトは捜査官へ告げる。

「知りたいことは分かった。俺は病院へ行くよ。便宜を図ってくれた礼は後日に」

「貸しにしとくわ」捜査官はにやりと笑い「小遣いを貰うよりそっちの方が良さそうだ」


        ○


 襲撃を受けたヴィルミーナとアンジェロが緊急搬送された病院は、一フロアを白獅子民間軍事会社に占領されていた。

 階段、非常口、廊下、全てが完全武装した武装警備員(オペレーター)に押さえられている。


 濃灰色の全身ツナギと帽子。白いプレートキャリア。黒い円筒型マスクで目元以外を覆い隠し、腰に拳銃を差し、手には小銃か散弾銃を抱えている。病室出入口の前を固める王妹大公家の護衛達に至っては、殺人鬼すら八つ裂きにしそうな目つきをしていた。


 この物騒な連中の駐留に病院が難色を示した際、乗り込んできた民間軍事会社(デ・ズワルト・アイギス)の指揮官は院長の前へ高額小切手と銃弾を置いて言った。冷酷な眼で。

 好きな方を選べ、と。

 もはや麻薬カルテルの手口である。院長は小切手を選んだ。他にどうしろと?


 そんな物騒極まりない病室のフロアに、革張りノートを小脇に挟んだレーヴレヒトが姿を見せる。警備員達が即座に敬礼した。


「勤め、御苦労」

 レーヴレヒトが答礼し、病室出入口の前に立つ護衛達の許へ向かう。


 護衛達は丁寧に一礼し、代表者が歯を食いしばるような沈痛な面持ちで告げた。

「日頃の厚遇を賜りながら掛かる事態を防げなかったこと、心よりお詫び申し上げます。我ら一同、如何なる処分も覚悟しております」


「爆薬を用いての待ち伏せ襲撃に対応することが如何に難しいか、俺はよく知っている。君らに掛けるべき言葉はねぎらい以外ありえない」

 涙ぐみ始める護衛達に、レーヴレヒトは言葉を続ける。

「容体は?」


「命に別状はありません。後遺症も残らぬと。今は鎮静剤でお休み中です」

「王妹大公殿下より伝言をお預かりしています。能う限り早く屋敷に帰参し、子供達に会って欲しいと」


「そうか」

 レーヴレヒトは首肯し、護衛の代表へ告げた。

「ユーフェリア様には、今日中に必ず帰るが、今しばらく帰宅まで時が掛かる旨を伝えてほしい。それから、これらの手紙を宛先の当人へ届けてもらいたい。この件で重要な連絡だ」


「すぐに」

 護衛の一人がレーヴレヒトから数枚の封筒を受け取り、すぐにその場から離れていった。


 レーヴレヒトは護衛の代表に問い、

「入室しても良いか?」

「もちろんです。医者を呼びますか?」

「いや、良い。気遣いありがとう」

 落ち着いた足取りで病室へ入った。


 病室は個室で、かつてベルネシア戦役でヘマをした自分が入院していたものとは比べ物にならないほど広かった。

 その広い病室に置かれたベッドの傍らには、頭に包帯を巻いたメリーナが悄然と座っている。見慣れたお仕着せではなく、借り受けたらしい民間軍事会社の全身ツナギを着ていた。まあ、衣装は襲撃時に汚れまくっていたから仕方ない。


「レヴ様」

 メリーナは弾かれたように立ち上がり、体を折り曲げて深々と頭を下げた。

「私が御傍に居ながら……申し訳ありませんっ!!」

 頭を下げるメリーナの足元にぽたぽたと涙が落ちていく。


「今回の件は貴女のせいじゃない。貴女があの場で出来得る最大の努力を払ったことは承知しているし、俺が今までこの場に姿を見せなかったのも、貴女が居てくれたおかげだ」

 レーヴレヒトはメリーナに歩み寄り、慈しむように背中を撫でながら頭を上げさせる。そして、ベッドの上で寝るヴィルミーナを見た。


 御伽噺に出てくる眠り姫よりは“とう”が立っているものの、成熟した大人の美貌にケチをつけられるものなど居まい。


 レーヴレヒトが心から愛する女は静かに寝ている。

 ベッドから出されている左腕の上腕部に包帯を巻かれていた。病院が着せた手術着の襟元からも包帯が覗いている。

 散弾銃から放たれた鹿打玉の群れ。そのうちの二つがヴィルミーナの左上腕と左脇――左肋8番をかすめていた。


「少し休んできてください。俺が代わります」

「ですが……」

「貴女には休息が必要です。これから……お互いに“大変”ですから。今は少しでも体を休めて下さい」

「……はい」

 メリーナは深く一礼し、後ろ髪を引かれるように病室を出ていった。


 レーヴレヒトは眠るヴィルミーナの額に口づけしてからベッド脇のイスに座り、愛妻の右手を握って息を深々と吐く。


 この数時間。レーヴレヒトは地獄の底みたいな戦場でも、自分が死にかけた時も感じなかった恐怖と不安を抱え、身を焼くような焦燥に苛まれていた。追加情報でヴィルミーナの無事を聞かされていても、こうして実際に目にするまで払拭されることは無かった。

 ようやくの安堵を覚える一方、ヴィルミーナが目覚めた時を思い、レーヴレヒトは沈鬱になる。

 

 不意に右手が握り返された。


 レーヴレヒトが顔を上げると、ヴィルミーナがうっすらを目を開けていた。長い睫毛が幾度か動き、弱々しく開かれた双眸の瞳が状況把握のため緩やかに動く。

 紺碧色の瞳がレーヴレヒトを捉えた。

「……レヴ?」


「目が覚めたかい、ヴィーナ」

 レーヴレヒトは柔らかく微笑み、腰を浮かせた。

「今、医者を」


「アンジェロは?」

 レーヴレヒトの言葉を遮って、ヴィルミーナは独りごとのように問う。その言葉がスイッチだったように目を大きく見開き、上体を起こそうとして端正な顔を苦悶に歪めた。

「痛いっ!」


「動くな。手術したばかりだ。目が覚めたのも麻酔が切れた頃だからだろう」

「手術……」ヴィルミーナは痛みに顔をしかめながら「いえ、そんなことは良い。アンジェロは? 早く答えてっ!」


 レーヴレヒトはヴィルミーナの右手を強く握りしめ、告げた。

「アンジェロは亡くなった」



 病室からヴィルミーナの声が響き渡った。

 それは悲鳴であり、それは怒号であり、それは叫喚であり、絶叫だった。



       ○


 襲撃者の散弾銃が放った鹿打玉は、その多くがアンジェロを捉えた。

 主に右鎖骨から頸部に命中した7発の散弾はアンジェロの頸動脈、鎖骨下動脈、腋窩動脈と食道を寸断し、右鎖骨と右肋骨の一番と二番を破壊し、頸椎を砕いた。


 医学的見地から言って、アンジェロ・キエッザ・ディ・エスロナは即死だった。陳腐な創作物のように、ごちゃごちゃとやり取りする時間はもちろん、瞼を閉じることすら許さなかった。


 散弾を二発浴びたヴィルミーナはその着弾衝撃と痛み、撃たれた精神的混乱に襲われながらも、その残酷な現実を目の当たりにしていた。


 散弾によって、アンジェロのほっそりとした首と華奢な鎖骨部が裂かれ、砕かれ、抉られる様を。熱い血液と共に命の温もりが流れ出ていく様を。瞳孔が開き、アンジェロの体から命の輝きが消失していく様を。アンジェロの魂が肉体を離れた瞬間を。


 それでも、ヴィルミーナは眼前の敵を忘れ、自身の傷を忘れ、狂乱状態でアンジェロの傷口を手で押さえ、叫び続けていた。


 死なないで、死んじゃダメっ!! 約束したでしょうっ! 契約したでしょうっ! 生きてっ! 生きなさいっ! お願いだから、お願いだから生きてっ!!


 メリーナと護衛達が駆け付けた時、斯様にヴィルミーナは取り乱して手が付けられなかった。やむを得ず、メリーナが魔導術でヴィルミーナを昏倒させたほどだ。


 レーヴレヒトの冷徹な事実通告は、ヴィルミーナにこれらの現実を思い出させ、再自覚させ――再び狂乱状態に追いやった。

 悲鳴。怒号。叫喚にして絶叫。


 レーヴレヒトは拘束するようにヴィルミーナを抱きしめる。慌てて部屋に飛び込んできた護衛とメリーナに『医者を呼んでくれ』と告げた。


 そして、ヴィルミーナは鎮静剤を打とうとした医者を脅すように拒絶し、魔導術で落ち着かせようとしたメリーナを怒鳴りつけて押しとどめた。


 深呼吸を繰り返した後、ヴィルミーナは涙で濡れ、充血して真っ赤に染まった眼をレーヴレヒトとメリーナと護衛達に向け、温もりの完全に欠如した声で命じる。

「状況を報告しろ……っ! 分からないなら分かる者を連れてこい。それから魔導通信器を用意しろっ! 今すぐ、今すぐにだっ!!」


 その凶相にメリーナすら震え上がる中、レーヴレヒトだけは『やっぱりこうなった』というように瞑目した後、手負いの怪物と化した妻の右手を握った。


「ヴィーナ。家族は無事で、白獅子は側近衆達が指揮を執って厳戒態勢に入っている。襲撃者は正体も背後関係も不明。政治と外交面は君とアンジェロの安危確認と対応に錯綜していてはっきりしない。現段階で知っていれば良いことはこれだけだ」


 レーヴレヒトはヴィルミーナの凶悪な眼光を真正面から受け止める。

「君に必要なのは、まず気持ちを整理することだ。報復と復讐の算段はそれからで良い。それに……敵の正体を見極めるには少し時間が必要だ」


 じ、とヴィルミーナはレーヴレヒトを睨み、ゆっくりと、とてもゆっくりと一呼吸した後、落ち着いた面差しで凍り付いているメリーナと護衛達へ告げた。

「取り乱してごめんなさい。メリーナ。アンジェロの件はまだ子供達に伝えないで。私から伝えたい」


「かしこまりました」とメリーナは沈鬱な顔で大きく頷き「私達がもっと早く御嬢様達の許へ辿り着けていれば……」


「貴女達は充分に為すべきことをしてくれた。私の胸中には感謝しかない。助けてくれてありがとう。貴女達にも死傷した者達にも必ず報いる」

 ヴィルミーナはどこか歪な笑みを浮かべてメリーナ達をねぎらい、

「レヴとメリーナの三人にしてもらえるかしら。少し甘えたい」

 護衛達は恭しく一礼し、退室した。


 そして、心許せる者達だけになると、ヴィルミーナは悲嘆しているような激怒しているような、複雑な顔つきになった。

「どこのバカだ……っ? どこのクソバカ野郎の仕業だ……っ!」

「今は気持ちを整理しろと言っただろう」と呆れるレーヴレヒト。


「そんなもの、あとでいくらでも出来るっ! レヴ。レヴ。私は誓ったの。契約したの。アンジェロと約束したのよ。あの子を守ると。あの子のために戦うと。なのに私は果たせなかった。私が愚かなせいで、私が情勢を甘く見ていたせいで、あの子も護衛達も市民も命を落とし、傷ついた。自己嫌悪と罪悪感と後悔で今すぐ手首を噛み切りたいわ。でもね、それ以上に、ここまでやられたことに対する怒りで、気が狂いそうなのよっ!!」


 凶悪な剣幕で長広舌を吐き捨て、紺碧色の瞳をギラギラさせるヴィルミーナ。レーヴレヒトはかくりと肩を落とし、メリーナは『もっと淑やかになるよう御育てすればよかった』と頭を抱えた。


 レーヴレヒトは溜息交じりに告げる。

「さっきも言ったが、敵の正体を見極めるにはもう少し時間が必要だ。俺がこれから方々と接触して情報を集める。ヴィーナは報復の算段よりも、今回の件を機に白獅子の今後を考えてみたらどうだ?」


「白獅子の今後?」と怖い顔のまま訝るヴィルミーナ。

 レーヴレヒトは真剣な眼差しをヴィルミーナに向け、言った。

「今回、君が死にかけたことで、周囲は君と白獅子にある危険性と問題点に気付いた。その対応が必要だよ」


「今は頭の中がぐちゃぐちゃなの。バカでも分かるようにはっきり言って」

 苛立つヴィルミーナへ、レーヴレヒトは渋面を返す。

「君が唐突に死んだら、白獅子が保有する大量の国債がどう扱われるか。君亡き白獅子は組織を維持できるのか。内部対立から分裂したり、技術流出したりしないか。王国府や財界はそういう危険性を認知した。これから色々仕掛けてくるから、対策を考えろって話だよ」


 レーヴレヒトの指摘に、ヴィルミーナは痛みと麻酔と怒りと悲しみでぐっちゃぐちゃになっていた頭が一瞬で冷静さを取り戻す。


 これは……“そうゆうこと”なん?

 ヴィルミーナは口元に手を当て沈思黙考を始めた。


 その横顔からは命を狙われたことも、アンジェロや護衛達が命を落としたことも、大勢の付帯損害が出たことも、一切気にかけていないことがありありと窺えた。

 瞬く間に切り替わる様相は狂人以外の何物でもない。


「お、御嬢様? 大丈夫ですか?」

 メリーナが心配して声を掛けるが、ヴィルミーナは虚空を見つめて黙考を続けるのみ。


 不安になったメリーナがレーヴレヒトへ目を向ける。レーヴレヒトは疲れ顔でメリーナに応じた。

「まぁ、悲嘆に暮れるよりはヴィーナらしいのでは?」


長々と続く拙作にお付き合いいただきありがとうございます。


今章、いろいろ手厳しい御感想をいただいておりますが、全てありがたく受け止めております。

御指摘を見るに、いろいろと描写不足が原因、なのかな。私の実力不足でヤキモキさせてしまっているならば、申し訳ないかぎり。


今後も拙作にお付き合いいただければ、幸いです。


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― 新着の感想 ―
[一言] アンジェロくん、同情様子が足りないtピってごめんなさい。それはそれとして、描写不足を否めないんですが、この作品は本当に面白いです。完結まで絶対付き合います
[良い点] 母親になったヴィーナの、子供への想いが伝わってきて非常に良いですね。
[一言] 君が唐突に死んだら、白獅子が保有する大量の国債がどう扱われるか。君亡き白獅子は組織を維持できるのか。内部対立から分裂したり、技術流出したりしないか。 この理屈だと白獅子より大きな企業は全部…
感想一覧
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