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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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242/336

18:6

お待たせしました。

大陸共通暦1781年:ベルネシア王国暦264年:晩春

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム

――――――――――

 夏の気配が色濃くなった晩春。

 アンジェロ・キエッザ・ディ・エスロナがおおよそ人生で初めて、温もりらしいものを味わい、戸惑いながらもその幸福感を受け入れていた中、ベルモンテ公国勅任特使が滞在する王妹大公家へ報せが届く。


『ベルモンテより全権大使が派遣されることが決定した』

 天使と別れの時が来たのだ。


        ○


 報せを受け、ヴィルミーナは安堵と寂寥を覚える。

 かの美少年が大過なく帰国することに安堵を覚えつつ、あの美少年が再び鉄籠の窮鳥と化してしまうことに哀憐を覚えていた。良心の情理として助けてやりたいとも思う。思考の冷徹な部分が『出来ることは何もなく、手を出せば藪蛇になるだけ』と告げている。


「ママ。アンジェロ兄さま、帰っちゃうの?」

「ジゼル。アンジェロはベルモンテ公国の人間なの。御役目でベルネシアに来ていた。帰る時が来たのよ」

「帰って欲しくないなぁ」とジゼルと双子のヒューゴも言う。「ぼく、アンジェロ兄さまが好きだよ」


 ヴィルミーナは身を屈めて愛しい双子を抱きしめる。

「そうね。帰ることは止められないけれど、せめて送別会はしましょう。また会える日を楽しみにしてね」

「「うんっ!」」

 双子は完璧なシンクロで応じ、揃って母ヴィルミーナを抱きしめ返す。


 2人の優しい温もりが、ヴィルミーナの罪悪感をより強く掻き立てた。



 ヴィルミーナの夫レーヴレヒトは首狩り人だ。

 任務遂行に倫理も道徳も良心も善性も一切持ち込まない。老若男女問わず躊躇なく殺害できる。なんなら『弾がもったいない』と赤ん坊を踏み殺すことさえできる。


 軍人としてのレーヴレヒトは兵士ですらない。一個の兵器だ。兵器は奪う命を問わない。

 しかし、一私人としてのレーヴレヒトは存外、他人に優しい。


 その優しさが『優先順位をつけた人々以外は等しく、どうでもいい』という病質的な心理に基づき、強い感情を向ける価値がないだけ、という背景があるにせよ……レーヴレヒトはアンジェロ少年と接する時、我が子達に対するものと変わらぬ温かみを持って臨んでいた。


 妻ヴィルミーナが我が子達とアンジェロのために送別会の開催を決めていた頃、レーヴレヒトはアンジェロ少年を自室へ招じ入れる。


「根付というものがあってね。東方人は鞄やベルトに付けるんだ。ちょっとした飾りだな」

 レーヴレヒトは若い時分、大陸東南方へ派遣された際に東方商人から購入した小物を見せる。堅木や動物の牙などを彫刻したものが卓上に並ぶ。


「ヴィルミーナ様の東方収蔵品にもありました」

 アンジェロが頷いた。


「うん。東方人にしてみれば、ちょっとした飾りなんだろうが、俺達西方人には細微な美術品に見える。文化が違えば物の価値も違うという例だな」

 根付の一つを手にとり、レーヴレヒトはアンジェロに渡した。

 その根付は瓢箪を持つ腹の大きな狸だった。


「君がタヌキを気に入っていると聞いてね。進呈しよう」

 ちらり、とレーヴレヒトがアンジェロ少年の足元を窺う。最近、アンジェロと一緒にいる狸のポンタが腹を晒して寝ていた。野生を忘れ過ぎだろう。


「そんな、東方産物なんて貴重品を戴くわけには」

 戸惑うアンジェロへ、レーヴレヒトは柔らかく告げた。

「アンジェロ君。言うべき言葉は『ありがとう』だよ」


「……ありがとうございます。レーヴレヒト様。大事にします」

 アンジェロはとても嬉しそうに微笑み、愛おしげに狸の根付を見つめた。



 別れの時が近づいた今、ヴィンセント少年は友たるアンジェロへ何か贈り物がしたかった。


 さて、王妹大公家は子供と言えど、労働に対して対価を与える。それは小遣い銭であったり、菓子であったり、玩具や衣服、あるいは特別な遊興だったり。


 ともかく、ヴィンセントの貯金箱の中にはそれなりの小銭が詰まっている。あくまでそれなりに過ぎず、大したものは買えそうにない。


 どうしよう。


 ヴィンセント少年は師匠兼後見人――本人が母親役を未だに受け入れない――御付き侍女メリーナに助言を求める。

「何か、いい贈り物は無いでしょうか」


「ふーむ」

 メリーナは思案する。

 子供同士の贈り物だ。基本、何を贈っても良いと思うが、相手は政治的なアレコレがある王子だ。魔導具の類は要らぬ勘繰りを受けるかもしれない。無難な小物がよかろう。


 しかしながら、ヴィンセントの真摯な眼差しから察するにテキトーな品では、彼自身が納得すまい。

 仕方ないなぁ。ここは師匠として、そうあくまで師匠として骨を折ってあげるか。


「ヴィンセント君。ベルネシア船乗り達が航海の御守に鯨や魚竜、海竜の骨や鱗の加工品を持つことは知っているわね?」

「あ、その御守をアンジェロ様に贈るんですねっ! ベルネシアらしくて良いと思いますっ!」

「正解で、外れ」


「?」

 きょとんと愛らしく訝るヴィンセントへ、メリーナは言った。

「御守を君が作ってあげなさい。これまで教えた魔導術でね」


「ええっ!?」

 予期せぬ難題を課されたヴィンセント少年は吃驚を挙げるも、すぐに思い直す。自分の背中を強く推してくれた友人に、自分に思いを託してくれた親友に、報いたい。


 少年らしい友情への誠実さから、ヴィンセント少年は一抹の不安を覚えつつも、決意する。

「僕、やってみますっ!」


     ○


 地中海有事が現実化を帯び始めていた共通暦1781年の晩春。


 大クレテア王国司法省警察局はこの時代、世界で最も先進的な警察組織であり、KGBのように国内治安維持から対外工作まで担う組織だった。


 この頃、クレテア警察局対外防諜部の網にコルヴォラント人の間諜が大量に掛かっていた。

 掛かり過ぎて組織の対応限界に達しそうなほどだった。当初、クレテア警察局はこれを諜報的飽和攻撃と疑心を抱いたが……よくよく調べてみれば、なんてことはなかった。


 コルヴォラント諸国と諸勢力が各自で勝手に諜報員や工作員、連絡員に交渉人を送り込んでいたのだ。それも、クレテアの機密奪取や破壊工作、調略を目的としたものではなく、いざという時に自分達が生き残れるよう伝手を構築するために。


「ひでェな……あいつら、俺達へ喧嘩を仕掛けようとしてるのに、負けた時の準備を進めてやがる」

「コルヴォラント人は美食と恋愛以外に興味ないって聞くけど、マジなのかもな……」

「そりゃ下っ端の平民に限った話だ。上の連中は違う。コルヴォラントの歴史は権力抗争の陰謀と暗殺ばかりだよ」

「じゃあ、一連のこれはこっちの油断を誘う“振り”か?」

「いや、困ったことに本気だ。始末に悪い」


 クレテア警察局の高官達が情報の交換し合い、相互確認を進めながら、あれやこれやを話し合う。


「反ベルネシア派や反協働商業経済圏派に接触してるのがいるな」

「分断を狙ってのことだろう。国内にはベルネシア嫌いが多い」

「先の戦役の死傷者とその後の経済侵略を鑑みりゃあ当然さ。協働商業経済圏に参加するって決まった時なんて、陛下や重臣を狙う暗殺者を何人とっ捕まえたことか」

「大変だったなぁ……」


 高官達は遠い目をした。

 現国王アンリ16世は昼行燈風に見えて、かなりの剛腕な施政者だ。特に協働商業経済圏に参加し、怨敵ベルネシアと仇敵イストリアの両国と手を結ぶことを強引に決定した際には、国内中から不満が噴出した。が、アンリ16世はこれを飴と鞭で見事に抑え込んだ。


 後世、アンリ16世は賢君、名君と呼ばれ、クレテア中興の祖と讃えられるかもしれない。

 が……実際にアンリ16世へ仕える者達は苦労が絶えなかった。


「それで、接触した先の連中は確認してるのか?」

「北部の戦没者遺族団体と帰還兵互助組織だ」

「遺族団体はまさに反ベルネシアの急先鋒だが……帰還兵互助組織?」


「ベルネシア戦役で捕虜になった連中だよ。帰国後に近所から八分にされた連中が、相互扶助組織を立ち上げたんだ。相当に酷い扱いをされたらしい」


 ベルネシア戦役で捕虜になったクレテア兵達は帰国後、アメリカにおけるベトナム帰還兵のような扱いを受けていた。家族すら頼れない彼らは互助組織を立ち上げて健気に生きている。

 もちろん、自分達を冷遇する世間や、冷遇を看過する祖国、自分達をこんな目に遭わせた元凶ベルネシアに不満、憤懣、失望、落胆、憎悪に怨恨まで様々な感情を抱いていた。


「御国に不満を抱いている連中か。テコ入れして騒ぎでも起こさせる気かもな。監視を強化させろ。一応、ベルネシアにも通告しておけ」

「ベルネシアにも?」


「連中が御国ではなくベルネシアに悪さした時、俺達が知ってて連絡しなかった、となりゃあ外交問題だ。それに、形だけでも知らせておけば、あとは向こうの責任だからな」

「了解。連絡しておこう」


       ○


 晩春の穏やかな昼。快い好天の下、王妹大公家の庭園でアンジェロの送別会が催された。実際にアンジェロが発つ日は、まだ少しばかり先だが、参加者の予定が合う日が限られたため、前倒しになったのだ。


 真っ白なテーブルクロスが掛けられた卓上には、たくさんの料理が並ぶ。王妹大公家の面々に始まり、家人とその家族、短い滞在中に関わり合いを持った側近衆やメルフィナなどの家族などが集まり、アンジェロとの別れを惜しむ。


 ジゼルとヒューゴはそれぞれ『宝物』の玩具をアンジェロに贈り、ウィレムも自身の大事な本を進呈した。


 親友となったヴィンセント少年は海竜の牙を魔導術で切削、研磨して造り上げた小さな聖剣十字の御守を送った。技術が未熟のためにどこか曲がり気味だが、素人目にも製作者の誠心がこもった品だと分かる。


 王妹大公家とその縁者達から寄せられた温もりに、アンジェロに思わず涙した。

 この温もりから虚無に満ちた籠へ帰らねばならない哀しみと、この愛おしい人々との別れに対する寂しさと、これほどの温かな触れ合いを得られたことへの嬉しさと喜びの涙だった。


 アンジェロの目元から大粒の涙がいくつもいくつも零れ落ち、美しい顔を濡らす。

 ヴィルミーナの子供達やヴィンセント少年を筆頭に、他の子供達もアンジェロの許へ駆け寄り、一斉に抱擁する。


 子供達の純粋な好意と、誠実な厚意と、真摯な友情と温かな愛情、その発露と表現はあまりにも美しく麗しく、あまりにも哀切に満ちていた。

 眼前の光景にヴィルミーナは心が痛む。目頭も熱くなる。鼻の奥がツンとした。



 そして、胸中で“何か”がともる。



 それはオスカー・シンドラーがユダヤ人を救うと決めた時に似た情動かもしれない。それは田中清玄が共産主義を捨て、国粋主義者に転向を決断した時に似た心情かもしれない。それは単なる開き直りかもしれないし、眼前の光景に気分が流されただけだったかもしれない。

 一つ言えることは、ヴィルミーナは決意した。ということだ。


 絆された。ああ、絆された。


 それの何が悪い。


 大人が子供を守るんは近代文明人の、人間の義務や。ここで手をこまねき、あの冬の森で“姉妹”達を失ったような痛悔を繰り返す方が我慢ならん。

 クソ野郎の恨みや怒りを買うなんぞ今更や。前世でも今生でもたらふく買ぅとるわ。


 助けよう。能う限り全力で。

 ヴィルミーナの冷徹な部分が『この思考展開こそ、ベルモンテ側の狙いなのかもしれない』と警告する。


“それがなんや”。クソ野郎の手のひらで踊るんは業腹や。せやけど、前世でも今生でも他人を色々利用しゆぅし、他人から散々に利用されとぅ。これも今更の話や。


 何より、あの子達を笑顔に出来ることに比べれば、クソ野郎を笑わせるくらいなんでも無いわ。


 せいぜい悦に浸っとれ、クソ野郎。この”借り”は後で骨の髄まで搾り取ってやる。


 刹那、隣にいたレーヴレヒトがヴィルミーナの肩を抱く。

 最もして欲しいことを最もして欲しい時にしてくれる。視界の端でメルフィナとデルフィネとニーナが出遅れたと言いたげな顔をしていることに気付いたが、ヴィルミーナは見なかったことにした。


「踏ん切りがついたようだね」

 愛妻を抱き寄せたレーヴレヒトが耳元でささやく。


 ヴィルミーナは目元を拭い、大きく首肯し、

「うん」

 子供達をまっすぐ見つめる。

「決めた」


      ○


 その夜、王妹大公家のサロンにて。


 雌ライオンの群れが酒杯片手にニャゴニャゴと悪企みを重ねていた。イストリア総支配人エリンとカロルレン総支配人ドランが足りないが、これはやむを得まい。


「つまり、美少年一人のために一国へ喧嘩を売ると」

 呆れとも感動とも取れる顔つきのアレックス。


「それは……最高に素敵(クール)ですね」

 マリサが目を輝かせた。享楽的な向きの強い山猫はこの手の話が大好き。


「あんたはホントに……仮にも国相手に喧嘩するのよ? しかも財閥の事業に関係なく坊や一人のために。もう少し真剣に捉えろ」

 眼鏡を弄りながらテレサが苦言を呈す。も、マリサはグラスを手に冷笑を返す。

「神話でも古代でも女のために戦争を起こした奴らがいくらでもいただろ。あたしらが美少年のために喧嘩して何が悪い」


「美少年は世界の宝。宝を守るために淑女が立ち上がる。物語だな」とアストリードもにやり。

「世間は私らを雌獅子の群れみたいに言ってるけどね……」とパウラがグラスを傾けた。


「地中海有事が目前に控えた今、当初の計画を大幅に書き換えることは危険すぎます。予算事情と事業の円滑な遂行を考えれば、御自重を求めざるを得ません」

 大金庫番ミシェルの指摘に、ヴィルミーナは頷く。

「貴女の意見は極めて正しい。そのうえで、何が出来るか検討したい」


「現段階で反対の者は?」

 デルフィネが問う。

 アレックス、ミシェル、テレサ、キーラが手を上げ、パウラがおずおずと加わる。


「アンジェロ少年の境遇には大いに同情しますが、我々には我々が優先すべき事情と、守るべき社員とその家族があります。我々はまず彼らに責任を果たさねば」

「法的にも、一国相手に喧嘩を仕掛けることはリスクが高すぎます。かつて解体された勅許会社の轍を踏みかねません」

 アレックスとキーラがそれぞれ反対意見を口にし、


「私には否やなどありません」

“信奉者”ニーナが反対者達をぎろりと睨む。


 負けん気の強いテレサが睨み返した。

「あんたの辞書からは『否』が削り落とされてるものね」


「喧嘩を始めるには早いよ」

 リアが仲裁に入り、デルフィネに問う。

「フィー。貴女は賛成するの?」


「戦争はしたくありません。なんであれ、惨禍は回避するべきです」

 ベルネシア戦役以来、デルフィネは厳しいことを口にしても根っこは完全な穏健派だ。

「ですが、かくも子供を虐げ、あまつさえ利用する奴輩を看過して良いのか、という思いはあります。そして、私達がアンジェロ少年を救えたなら、きっとそれは私達の、白獅子の大きな誇りになるとも」


 他の面々は知らないが、デルフィネはヴィルミーナを煽った。デルフィネはその責任を果たさないような振る舞いを自分に許さない。


「そんなこと言われたら」デルフィネの側近中の側近にして親友たるリアは誇らしく「賛同しない訳にいかないじゃない」

「エステルとヘティは?」とマリサが水を向けた。


「既に地中海有事に備えた計画を進めてる。現段階で大きな変更は避けたい」

 白獅子の武力――民間軍事会社を担うエステルは難しい顔で告げ、

「でも、同時に興味がないと言えば嘘になる」

 言った。

「我々の爪牙がどれほどの力を持っているか、試し切りに丁度良い」


 エステルの危険な意見に幾人かが顔を引きつらせる中、ヘティが口を開く。

「アンジェロ少年の救済の是非は測りかねます。彼の事情はあまりに複雑怪奇ですから。ただ……私もこれまで蓄積してきた力を憚ることなく振るう機会を欲していました」


 タカ派平和主義者と技術バカの意見が出たところで、

「積極的反対が4で、消極的反対が1に、積極的賛成が5で、条件中立が2か」

 マリサが言った。試すように。

「どうします、ヴィーナ様」


 姉妹達の目がヴィルミーナに集中する。

 ヴィルミーナはグラスを傾け、数瞬の思案後、全員へ向けて語り始めた。


「私もこの件の馬鹿馬鹿しさと非営利性については承知している。皆でここまで育て上げた組織を危険晒す意味も、私達の結束と連帯を損ねる危険を冒す価値もない。私の情に流された愚行だ」


 そのうえで、と続ける。

「私は私個人の情理を弱みと見做したベルモンテ公王に一泡吹かせたい。憐れな子供を救い、我が子達を喜ばせたい。自己満足に浸りたい。そのために皆をこの愚行に付き合わせたい」


 率直な胸中の開陳に苦笑いを浮かべる者、困り顔を浮かべる者が出始める。


「悪意を武器にするという点では、前ソルニオル公と同じだけれど、あれは御上が主導の仕事だったし、完全な不意討ち闇討ちの類だったから参考にならない。ましてや今回は“敵”が主導権を握っていて、精確な狙いが読み切れていない。最悪、貴女達やその家族も狙われる可能性がゼロとも言えない。その危険を踏まえても」


 ヴィルミーナは“姉妹”達の一人一人と目を合わせていき、

「現状の計画を狂わさず、何が出来るか。どこまで出来るか。どうすれば、あの陰険な根暗野郎に一発食らわせられるか。どうすれば、あの憐れな美少年を救済し得るか。反対の姉妹は貴女達が許容できる一線を踏まえて知恵を貸してほしい。賛成の姉妹は力を貸してほしい」

 白獅子の女王として命令せず、“姉妹”の長姉として強制せず、友人達に助力を乞うた。


 アレックスはジトッとした眼でヴィルミーナを見据えた。

「ヴィーナ様。ズルいです。そんな頼み方されたら不満もこぼせません」


「いつも見たくガツンと命じて下されば、陰でぶつくさ文句も言いやすいのに」とテレサが悪戯っぽく笑う。


「相手はヴィーナ様をここまでヘコませる性悪な陰謀屋だ。下手に小細工を仕掛けるより、荒事でドカンとやっちまった方が確実じゃないかな」

 狂犬アストリードの意見にパウラが眉根を寄せて唸る。

「百の策謀より一発の砲弾か。道理ではあるわね。非文明的だけれど」


「大局で情勢に関与しては? 我々の影響力を考慮すれば、戦略に口を挟むことも不可能じゃない。クレテアか海軍にベルモンテを制圧させてしまうのはどう?」

 リアの提案へミシェルが待ったを掛ける。

「コネも立派な資産。使えば消費する。あまりコストは掛けてほしくない」


「法王国の方は?」

 アレックスが苦々しい顔でマリサの問いに答えた。

「そっちは芳しくない。連中、中立を謳っているけれど、その実は義勇兵と資金を相当量に提供してる。あの中立は美味しいところを横から掻っ攫うためのポーズにすぎない。あの生臭坊主共……貴重な時間を無駄にしたわ」


 戦火の犠牲を防ごうと中立を宣言した法王国に協力(利用ともいう)を求めたアレックスだったが、法王国は冷淡だった。相当額の献金を打診しても首を縦に振らない。というか、取りつく島もなかった。


 つまるところ、法王国も此度の戦禍を最大限に利用する気なのだ。第一次東メーヴラント戦争に嘴を突っ込んだことが上手くいったことも、此度の判断につながっているのかもしれない。


「ま、法王庁の歴史を考えりゃそう立ち回るわな」とアストリードが溜息をこぼす。


「動くにあたって国の黙認なり、承認なりが欲しい。ベルネシアでなくとも構わない。クレテアか聖冠連合でも良い」

 キーラの指摘にデルフィネが片眉を上げる。

「それ、外患誘致に当たらない?」

「ギリギリの線ですね。それでも国家権力の裏書の有る無しはリスクの大小と選択肢の幅に直結します。無視できません」


“姉妹”達のやりとりを聞きながら、ヴィルミーナは沈思黙考を続ける。


 ベルモンテの狙い。

 おそらく、それは私を通じて国王陛下や王国府へベルモンテの存続や利得を得ることだろう。

 難しくはあるが、不可能ではない。私には陛下にも王国府にもそれだけの“貸し”がある。いざという時は国債を使っても良い。


 奴の狙いに乗ってやる代価をどう得るか。

 利得を産むガチョウとなったアンジェロを手放すまい。それに、アンジェロの人生そのものの面倒を見るのは違う。あくまで彼が成長するまで守り、自らの人生を歩めるようにしてやるだけだ。

 となれば、王位継承権を放棄させたうえで、限定的な自由を確約させる。この辺りが落としどころだろうか。


 組織としての代価も必要だ。

 最低でもアンジェロのために費やすコスト分は取り戻さなければ、下の者達が納得すまい。地中海貿易における中継拠点、あるいはコルヴォラント貿易拠点としてベルモンテ支社を置くか。ベルモンテ自体にさほど価値はなくとも、コルヴォラント全土ならそれなりに得る物もあるだろう。


 後は……アンジェロ本人の意思確認か。これは大丈夫だと思うが。念には念を入れておこう。

 本人の意向を無視して世話を焼いた結果、恨みを買いました敵になりました、では泣くに泣けない。


 ヴィルミーナは“姉妹”達の意見を聞きながら、思考する。思案する。思索する。思慮する。熟考し、検討し、吟味し、深く深く考える。


 最善と最良の方法を模索し、最悪の事態に備えるために。 


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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴィルミーナの強欲振り。多分この作品の一番好きな所 [一言] 美少年は得ww。一読者としてアンジェロくんに同情する様子がちょっと足りない感じがあるから、展開を冷めた目で見てしまいます。
[一言] アレックスちゃん少し前には組織の利益を無視してでも「道義的に」なんて言ってたのに今回は組織の論理を用いて可哀想な少年を見捨てるのね お諫めする侍従長のキャラ所とはいえちょっとブレちゃってるよ…
[一言] 主人公心理に違和感しかない(´・ω・`)
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