18:1b
チョイ長めです。
『代替案を持ってこい』と言ったら『法王庁の船舶を利用して地中海を渡れ』というアレックス達の提案が持ち込まれ、ヴィルミーナは思わず目を瞬かせる。
ベルネシア人は世俗主義傾向が強いとはいえ、ここまであからさまな宗教利用も珍しい。
「実現の可能性ですが、現在、法王国へ渡りをつけられる人材を選定中です。表向きは中立を訴える教皇庁の船籍ですら撃沈されるというならば、ヴィーナ様の認める強行案か、高リスク覚悟のブングルト大山脈ルートしかありません」
アレックスはどこか残念そうに続けた。
「犠牲を防ぎ、コストを抑える。そういう対案は作成できませんでした」
「いえ、とてもよく出来た対案だと思う。正直なところ、意表を突かれたわ。貴方達の柔軟性は素晴らしい」
手放しで絶賛した後、ヴィルミーナは側近衆達へ諮る。
「アレックスの案で進めつつ、強行案を予備に据える、ということは可能かしら?」
「費用はかさみますが、用意した護衛は別目的でも使えますから、完全な損失にはならないでしょう。船舶の人材に関しても活かしようはあります」
大金庫番ミシェルが費用面から了承した。
一方、民間軍事会社の頭目エステルは渋面を浮かべて懸念を呈する。
「伝統派の旗を受け入れる者ばかりとは限りません。宗教は少なからず影響があります」
「財閥内外の反発も予想されますね」と法務のキーラも同意。
「そんな拘ることか?」と小首を傾げるマリサ。
「言わんとすることは分かるけど、軽視できるほどでもないよ。今だって私達のことを『北沿岸の異端』って呼んでる奴らが大勢いるんだから」
眼鏡の位置を修正しつつ、テレサが言った。
「利用するためには名分を整える必要がある、か」
ヴィルミーナは側近衆達の意見を勘案し、
「法王庁の旗を利用できる価値は大きい。露骨な言い方になるけれど、コルヴォラント側が法王庁の船すら沈めるというなら、こちらも思い切った行動が採れるし、遠慮も要らなくなる」
紺碧色の瞳に冷たい怜悧さを湛えて決断した。
「方々に話を通して理解を得ましょう。私も動くけれど、デルフィには要路へ”外交”を任せたい」
「お任せあれ」と大きく頷くデルフィネ。頼られてとても嬉しそう。
それから、とヴィルミーナは側近衆達へ顔を向けて続ける。
「リアとテレサはデルフィのサポートに。アレックス。パウラと共に諸準備を整えて。エステルとマリサは民間軍事会社の用意を。キーラとミシェルは法律と予算周りを詰めてちょうだい。ニーナとアスト、ヘティは皆がこの件に対応している間、組織を回しなさい。その権限を与えるわ」
てきぱきと指示を飛ばし、最後に全員を見回して言った。
「地中海は晩夏から初秋頃に“荒れる”そうだけれど、初夏の前後あたりからハラスメント目的の臨検など通商妨害が予想されている。時間はあと数カ月しかない。手抜かりの無いようきっちり進めて」
『はいっ!』
側近衆達は大きく頷き、力強く返事をした。
白獅子の女王と貴婦人達の結束に不安はない。
〇
同床異夢。
コルヴォラント諸国の戦争に対する姿勢は違った。
限定戦争で相応の地中海利権を勝ち取れれば十分と考える者達。
この戦争でかつての栄光と権益を取り戻したいと考える者達。
犠牲を払ってでもクレテアの影響から脱したいと考える北部独立主義者等々。
もちろん、中には戦争なんて勘弁してくれよと思っている者達も相当数に達する。この穏健的な者達にしてみれば、『話を聞いてくれないと殴るぞっ!』と戦争準備をしたうえで外交による解決を企図していた。まあ、軍備の正しい使い方と言えよう。
生き残り策を講じ、暗躍している者達については、今更だろう。
ちなみに、コルヴォラント人は家族と故郷を大事にする。愛と美食と娯楽を人生の主に据え、神と信仰を尊ぶ。国家への忠誠心の位置は低い。
ほでからして。
彼らの採る生き残り策もまた、国民国家のためではなく、敗戦時に責任を負わされる者達の生存策という向きが濃かった。
たとえば、ベルネシアへ送り出されたナプレ王国ウディノ伯公使とか。
ナプレ王国特産品の冷凍オレンジと、ウディノ伯家自慢のオレンジ精油をどっさり抱えてベルネシアに赴いたウディノ伯家公使は、ウディノ伯ルイジ・ペツリーノから強く強く言われていた。
『ひざまずいてへりくだって媚びへつらって、靴にキスをしろと言われたら喜んでキスをして、クソを食えと言われたら綺麗に平らげて皿まで舐めろ。とにかく、とにかく王妹大公とその息女の助力を得て、ベルネシア王国府につなぎをつけろ。いいな。死んでもやり遂げよっ!』
なんというブラック任務。
結局のところ、ウディノ伯は情に絆されて手札――王妹大公嫡女ヴィルミーナと血縁ある愛妾の異母姉を送り込めなかった。
で、代わりに派遣される公使が前述の命令を下されたわけだ。ヤンナルネ。
そして、公使は運も悪かった。
彼が王妹大公家に面談を求める書状を送った時、ヴィルミーナは近頃の多忙を埋め合わせるように家族との時間を過ごしていた。
公使は意図せず、ヴィルミーナの大切な時間を邪魔することになったのである。
あーあ。
ヴィルミーナは年始から色々と忙しく、子供達と過ごす時間が乏しかった。その埋め合わせに、この日は手ずからオヤツを作っていた。
王妹大公屋敷の厨房で料理人達と共に作業をしつつ、ヴィルミーナはアレックスの提案を振り返っていた。
まさか宗教を利用しましょう、とはねえ。しかも自分達を異端扱いする伝統派の総本山を使おうなんて言い出すとは……あの良識的なアレックスがねえ……誰の影響かしら。結婚して子供が出来てたくましくなったとか?
十人が聞けば十人が『お前の影響やろ』とツッコむこと間違いなしだが、ヴィルミーナ本人はまったくの無自覚だった。
ともあれ、ヴィルミーナは料理人達と共にオヤツを作り進めていく。
冬物や缶詰のフルーツに各種ジャム、生クリーム、チョコソースを用意し、大量のクレープ生地を焼く。
その後は子供達自身に具を決めさせてクレープを作らせる。
自分で具を選んで作って食べる。一種の食育だ。
実際にそういう機会を与えてみると、子供達1人1人に個性がはっきり出る。
長女のジゼルは豪快だ。生地に詰め込めるだけ詰め込む。そして、大口を開けて齧り付いた瞬間、反対側からフルーツやクリームを飛び出させる。本人は御満悦だ。
次男のヒューゴは出来栄えに拘りがあるらしい。フルーツの色合いや置き方を考えながら注意深くクリームの量を決め、ジャムで彩を加え、チョコソースで絵を描く。
長男ウィレムはクレープの生地と具を検討した結果、いそいそとフルーツ入りミルクレープを作り始める。クレープではなくミルクレープを作る発想が面白い。
「三者三様ねぇ」
ヴィルミーナの隣に座るユーフェリアがニコニコしながら子供達の様子を見物し、時折、『お婆ちゃんにも一口ちょうだい』と子供達にせがむ。
レーヴレヒトはジゼルの口元を拭いてやったり、ヒューゴのピカソチックなチョコソースの絵について聞いたり、ウィレムのミルクレープ作りの相談に乗る。実に子煩悩。
おそらく、これから数か月後に地中海の戦場へ出征し、場合によっては、我が子と変わらぬ歳の子供達を手に掛けるかもしれない。が、今はそんな憂いを微塵も匂わせない。
ヴィルミーナは珈琲を口にし、この幸せな時間を噛み締めている、と。
ジゼルが口の周りに生クリームとジャムとチョコソースの幾何模様を作りながら、ニッコリと笑った。
「まま、くれえぷ、つくってくれてありがと。すっごくたのしくてすっごくおいしい」
ヒューゴとウィレムも喜色に満ちた笑みを送ってくる。
後ろめたさを覚えるほど大きな多幸感が沸き上がり、ヴィルミーナは目頭が熱くなる。表情筋が限界まで働き、子供達に満面の笑みを返した。
「良かったわ。ママもジゼル達に喜んでもらえて嬉しい」
――ああ。どうして私は前世でも、この幸せを掴めへんかったんや。
何が悪かったんやろ。
何を間違えたんや。
同じ間違いを、今生でも繰り返さへんやろか。
もしも、間違いを起こしてこの幸せを失うようなことになったら――
「ヴィーナ」
愛娘の心情を察したのか、母ユーフェリアがヴィルミーナの手を握った。優しく。だが、しっかりと。
「……ありがと、御母様。ハグして良い?」
娘の要望に、ユーフェリアはにやりと笑って両腕を広げる。
ヴィルミーナは久し振りに母のハグを味わう。ジゼルが『わたしも!』とヴィルミーナに抱きつく。口の周りを幾何模様にしたまま、顔を埋めるように。
侍女達が顔を青くしたが、ヴィルミーナはまったく気にしなかった。母と娘にハグされる幸せをただただ堪能する。
ナポレ王国ウディノ伯家公使の書状が届いたのは、このヴィルミーナが大事な一家団欒の時間と大切な今生の幸福を味わっている最中だった。
「団欒中、失礼します」
若い執事補が申し訳なさそうに入室し、手紙を差し出して告げた。
「ヴィルミーナ様。外国公使の方から急ぎの書状をお預かりしました」
「外国公使?」
大切な時間に水を差されたヴィルミーナは眉をひそめつつ、執事補から手紙を受け取る。
「どこの国の方か聞いているの?」
「コルヴォラントのナプレ王国の方です。詳細は手紙の差出人に」と執事補。
最上級の羊皮紙。封蝋には見慣れぬ印章。差出人はナプレ王国ウディノ伯。
? ? ? 誰や?
「レヴ、御母様。ナプレ王国のウディノ伯という方に心当たりは?」
「まったく」
首を横に振り、レーヴレヒトは義母ユーフェリアに問う。
「ユーフェリア様は御存じですか?」
「ナプレ王国のウディノ伯家……あー、どこかで聞いたような……貴方に覚えはある?」
ユーフェリアは壁際に控えていた侍女長に諮問する。
侍女長は大きく眉を下げ、言い難そうに答えた。
「故クライフ会頭から伺ったことがあります。奥様の亡き夫君の御愛妾が逃げ込んだ先だったかと」
その瞬間。ユーフェリアの顔に険が差す。孫達の手前、なんとか不機嫌さを押し隠しているものの、眉間にくっきりと皺が浮かんでいる。
「……今日はとてもいい気分だったのに」
小声で吐き捨て、ユーフェリアはヴィルミーナへ命じる。
「ヴィーナ。中を改めて」
ヴィルミーナはペーパーナイフで封蝋を剥がし、書状を取り出して目を通していく。と、ヴィルミーナも猛烈な不機嫌面を浮かべた。
嫁と姑が揃って剣呑な顔つきになってしまい、婿のレーヴレヒトは酷くバツが悪い。子供達も母と祖母の変化を察して困惑気味だ。
「あー……ヴィーナ、ユーフェリア様。大事な話なら、少し席を外した方が良いのでは?」
子供達の前だぞ、とレーヴレヒトが忠告する。
「……そうね。ヴィーナ。サロンで話しましょうか」
「分かりました。ごめんね、皆。すぐに戻るからね。レヴ。子供達をお願い」
ユーフェリアとヴィルミーナは席を立ち、サロンへ向かう。
廊下に出た瞬間、母娘は揃って端正な顔を凶悪に歪めた。
「内容は?」と母は氷のように冷たい声で娘に問う。
「侍女長が指摘した通り、ウディノ伯の許には亡き御父様の御愛妾と異母姉様の親子が身を寄せているそうです。その異母姉様との血の縁から私の誼を得るべく面談の場を求めています」
ふ、とヴィルミーナは一笑し、ゾッとするほど不気味な“優しい”笑みを浮かべる。
「なんてことはありません。地中海有事が迫っておりますから、いざという時に我が国の仲裁と助力を求めているんでしょう」
「それはそれは。さぞや私達母娘とエスロナ家のつながりを詳しく知っていらっしゃるのね」
うふふ、とユーフェリアが秀麗な顔に優美な冷笑を作った。
母と娘は共に笑顔。されど、2人の双眸はまったく笑っておらず、2人の瞳は怒り狂った竜のようにギラついている。静かに放たれている怒気は殺気に近い。
2人に付いて部屋を出た侍女達が距離を取った。御付き侍女メリーナすらヴィルミーナから離れている。怒っている竜に近づくな、だ。
「御母様。この調子だと、間違いなく亡き御父様の故国からも似たような手紙と使者が届くような気がしますね」
「ええ。ええ。そうね、ヴィーナ。ママもそんな気がするわ。私は法的に“一応”アレの未亡人ですもの。きっと愉快な“戯言”を言ってくるわ」
うふふ、と母娘は息ぴったりに笑う。世界を滅ぼす算段をしている魔女みたいだった。
サロンに到着した2人は執事長を呼び出し、ナプレ王国とベルモンテ公国関連の資料と、故クライフ翁から引き取った資料を用意するよう命じる。
「“商事”にも連絡して。ゲタルスなら予備調査しているはずだから」
「かしこまりました。すぐに」と執事長はそそくさとサロンを出ていく。
「方針としては決まっているわね?」とユーフェリア。
「当然です、御母様」
ヴィルミーナとユーフェリアはこれ以上ないほど冷酷に嗤う。
「こういう愚か者は骨の髄まで利用し尽くして捨てるに限ります」
「龍の尾を踏む愚か者は炎の吐息に焼かれるのが通り相場ね」
娘はブラックエコノミー社会の勝利者らしい腹黒さで。母は生粋の王族らしい冷淡な政治学的態度で。
サロンに同席していた侍女長が眉間を押さえて進言する。
「お二人とも、ほどほどに」
〇
「予想された事態ではありますね。ソルニオル公家には既に接触があったと報告が入っていますから、むしろ年明けまで遅れたとみるべきでしょう」
「ユーフェリアが帰国した経緯が経緯だからな」
エンテルハースト宮殿へ参内したヴィルミーナから事情を聞かされ、宰相ペターゼンと国王カレル3世はなんとも疲れ顔で言った。
2人とも既にいい歳だ。髪や髭に白いものが増えている。元気で健康であるが、老いは確実に重ねられている。その意味では王妃エリザベスや王妹大公ユーフェリアは実に若々しい。
「夫の話では地中海は初夏の時分から荒れ始める見込みだとか。政治的、外交的仕込みをするなら、この春が勝負ですからね」
ヴィルミーナは小さく肩を竦め、他人事のように言った。
「独断で対応しても良かったのですけれど、事は国絡みですのでこうして御報告に」
「何かしてからの事後報告でなくて良かった。お前も成長したな」
カレル3世が意地悪顔で笑う。ヴィルミーナが不満げに唇をへの字に曲げた。
「あら、酷い。これまで幾度か御国のために骨を折ってきたというのに」
「貢献度はとても高いのですが、良し悪し共に影響が大きすぎることがなんとも」とペターゼンが苦笑い。
「まあ、ヴィーナをイジるのはその辺で」
同席している王太子エドワードが割って入る。子供達に不評だった髭はすっぱり綺麗に剃っていた。正統派イケメンだけに髭がなくとも男振りに不足はない。
「ギイの件もあります。しっかり対応しませんと」
「? ギイ? あいつは修道院でしょ?」
「抜け出した。今は法王国だ。大学会に参加して連中の軍事技術開発に関与しているらしい。聖堂騎士団の護衛と見張りが付いていて、連れ帰ることが難しい」
エドワードが頭痛を堪えるように説明し、ヴィルミーナは何とも言えない面持ちを浮かべる。
「なにやってんの、あいつ」
「俺が聞きたいよ」とエドワードが嘆く。
「今度ばかりはマテルリッツも総監職を退くことになるかもしれませんね」とペターゼン。
王都連続殺人事件の件で相当揉めたが、ギイの親父は総監のイスを守り通して今も宮廷魔導総局に君臨している。権力闘争の激しい王国府で宰相職を守り通しているペターゼン侯並みのやり手だった。
「それどころか国益の関係上、最悪のケースもあり得る」とカレル3世が王として言った。
エドワードもその辺りは察していたのか、沈痛な面持ちを返すだけだ。まあ、仕方ないと言えば仕方ない。これから戦争する相手に協力しているのだから。
「ギイの協力内容次第では、始末するより資料込みで奪還する方が良いかもしれません。適当な辻褄合わせをしておけば誤魔化しも聞くでしょう」
ヴィルミーナがしれっと言った。
「それで、このナプレと次いで接触を図ってくるだろうベルモンテの扱いですけれど」
「ナプレもベルモンテも密議を交わす価値は特にないな」
「北部は鉱山が豊富で加工産業も盛んですから、我が国の製品輸出先としてそれなりに有望なんですがね。南部のナプレは農業国で作物もクレテアから調達可能な物ばかりですし、ベルモンテも貿易立国で造船や加工産業は中々ですが、我が国が与するほどの利はさほど……」
カレル3世の言葉を補うようにペターゼン侯が続けた。
「クレテアと聖冠連合の尻馬に乗って賠償金を分捕るだけで充分でしょう」
「そんなところでしょうね。私も別に両国に牙城を築いて進出しようとは思いません。地中海の流通が安定してくれれば充分です」
ヴィルミーナがあっさり同意した。
国王と王太子、宰相は互いに顔を見合わせ、白獅子総帥の顔をじっと窺う。三者共に『こいつ、なんか悪いもんでも食ったか』と言いたげな面持ちだった。
カレル3世はおずおずと問い質す。
「……なら、どうしてこの話を持ち込んだ? 単に面倒事をこっちに回したわけでもあるまい?」
「そうですね。私も王族の端くれですし、資産家であることは自覚しております。その立場や金、権勢を目的に近づく奴輩にとやかく言いません。私の血を口実に近づく者にしても、蠅が疎ましい程度の煩わしさを覚える程度です。しかし、」
ヴィルミーナは目を細めて冷厳に言った。
「母にとってベルモンテは今も非常に繊細な事柄です。そのことを知りながら無思慮に利用を目論む慮外者共を看過するほど、私は人間が出来ておりません」
王太子エドワードは思う。こりゃあ相当に怒ってるな。
白磁のカップを傾け、ヴィルミーナは喉を潤してから続ける。
「もう一つは地中海貿易に関わるベルネシア資本のため、国益の一助になれば、といったところですね」
「国益、ですか」
ペターゼンが訝り、カレル3世も怪訝そうに眉根を寄せた。
「も少し詳しく」
「地中海有事が発生すれば、地中海貿易に関わっている全てのベルネシア資本、国内関連業界がその影響を受けます。我が社にしても自社民間軍事会社による海運護衛を企図しており、負担は決して軽くありません」
「王国府でもその問題は把握していますが……」
「我が社では中立を表明している法王国籍の船舶を用意し、代替輸送する案も講じています」
さらりと告げるヴィルミーナ。
これには国王と王太子も宰相も絶句した。
「お前は商売が絡むと本当に手段を選ばんなっ! 我が国は開明派国だぞっ! 我らの父祖が伝統派の宗教狂い共によってどれほど血を流したか、知らぬわけではあるまいっ!」
世俗主義で国民の大半が宗教を軽視する御国柄であっても、熱心な開明派信徒は相応に存在するし、国王という立場上、そうした敬虔な信徒勢力を軽く見ることはできない。
「亡き先王陛下は国益のため、伝統派信徒の貴族令嬢を末の王子に嫁がせたではありませんか。かの件に比べれば何ほどのことがありますか」
王弟大公夫妻の件を持ち出すヴィルミーナ。
痛いところを突かれたカレル3世は姪に毒を吐く。
「お前の面の皮は戦列艦の装甲より分厚いな」
「まあまあ。続きを聞きましょう」とエドワードが父を宥める。
続きを促されたヴィルミーナは腹案を語る。
「ナプレとベルモンテに適当な密議を結んでやる代わりに、王国府には彼らに公式声明で宣言させて欲しいのです。たとえ有事下にあっても非武装船舶への攻撃や拿捕は行わない、と」
「つまり通商破壊行為を禁じさせると。それは受け入れませんよ。連中が万が一にも勝つとすれば、我が国が行ったように兵站と補給の破壊が不可欠です。通商破壊は確定でしょう」
宰相が否定的な見解を告げるも、ヴィルミーナは気にも留めない。
「断るならこちらも一切手を貸さねば宜しい。そのうえで、ナプレとベルモンテが我が国に接触を図った旨を報道にリークしましょう。コルヴォラントにも届くくらい大々的に」
「盛大に不和の種を撒くのか。お前は本当に性格が悪いな……」
嘆く伯父に向け、ヴィルミーナは鈴のように喉を鳴らす。
「あら。良い案でしょう? 事前に我が国が自国船舶と地中海貿易に留意している旨を広めておけば、通商破壊で損害を被った際、賠償金を吹っかける名分になるではありませんか」
「ど、同胞の犠牲まで織り込むのか」とエドワードが顔を大きくひきつらせ「子育ては大丈夫なんだろうな……お前に似たら大変なことになるぞ……」
「おい、どういう意味だ」とヴィルミーナが眉目を吊り上げた。
宰相ペターゼンは小さく頭を振ってからヴィルミーナへ告げる。
「王国府内で検討してみましょう。そうですね、明後日、いや、明々後日。明々後日にナプレ公使を王国府へ寄越してください」
「あら、そんなに早くてよろしいの?」
「早く片付けないとベルモンテの使者が来そうですから。各個撃破は戦術の基本でしょう? せいぜい疑心暗鬼になってもらいます」
宰相ペターゼンがさらりと黒いことを言う。
カレル3世は目を覆った。
「どいつもこいつも腹黒ばかりだ」
エドワードもげんなり顔で頷く。
「まったく頼もしい限りですね」




