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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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236/336

18:1a

お待たせしました。

 まずは以下のヘタクソな略図を見て頂きたい。

挿絵(By みてみん) 


 経済的な視点から大陸西方と周辺を見た場合、協働商業経済圏と聖冠連合帝国の共同歩調に対し、アルグシア連邦とコルヴォラントが強烈な危機感を抱く理由が分かろう。


 アルグシアも貿易赤字が拡大して厳しいものがあったが、サンローラン協定に基づき、カロルレンを征服してしまえば地域大国化できる。そんな希望の芽があった。


 一方、コルヴォラントは半島地域ゆえに三方を海に囲まれており、領土拡大の芽がない。それどころか北部をクレテアの属国と影響下にされる始末。


 本来なら、歴史的宗教的関係性からエスパーナ帝国と協力できるはずだった。ところが当のエスパーナ帝国は衰退の末に大内戦を起こす始末。手を組むどころか関われば、泥沼に引きずり込まれかねない。


 同じく協働商業経済圏と帝国経済圏の地中海進出で迷惑を被るメンテシェ・テュルク帝国と手を組む、という選択肢もあるが……歴史的宗教的事情からほぼ不可能に近い。


 なんせ聖王教とクナーハ教の抗争はそれこそ1000年以上続くものだし、地中海の権益を巡って同様に抗争と戦争を繰り返してきた。手を取り合える関係ではない。


 地球史で例えるなら、まんまイタリア半島とオスマン・トルコの関係と言えよう。

 ちなみに東ローマ帝国を滅ぼしたオスマン・トルコはボスボラス海峡を押さえたことで、後背の憂いなく黒海に侵入。黒海から地中海勢力を排除し、バルカン半島とコーカサス半島を支配下に置いた。

 当時の黒海周辺地域は東西交易の十字路で莫大な経済的価値を有していた。この観点に立てば、西欧史的悲劇と謳われる東ローマ帝国の滅亡も、メフメト大帝の『大戦略の一歩め』に過ぎなかったことがよく分かる。


 話を戻そう。


 上掲のヘッタクソな略図を見た場合、コルヴォラントがアルグシアと手を組むことは三十六計『遠交近攻』に沿う話である。アルグシアから聖冠連合、クレテア、ベルネシアに圧を加えることは戦略的に効果的だ。


 が、これはあくまでコルヴォラントの都合。アルグシアは別の見解を持つ。


 アルグシア連邦がコルヴォラント諸国といくつか同盟を結んだところで、彼らが聖冠連合帝国やクレテアと戦えるかと言えば、無理無理、絶対に無理。しかもコルヴォラント諸国は腹蔵定かならず。頼れる同盟国どころか獅子身中の虫になる可能性の方が高い。


 アルグシア連邦がコルヴォラントを戦争市場して食い物にしようと謀ったことは、妥当と言えば妥当だろう。


 コルヴォラント諸勢力も、アルグシアの意図を察したうえで自ら焚きつけられた感がある。

 なんせ、ここでイモを引けばコルヴォラントは、アメリカと中国に食い荒らされている西アフリカみたいになりかねない。地中海の主導権を取り戻せないにしても、その権益に食い込む必要があったし、力があることを見せつけねばならなかった。


 それでも、“手遅れ”の感は否めない。

 大陸西方ディビアラントがメンテシェ・テュルクや聖冠連合の草刈り場と化した時、『ワイらやのぅて良かった。連中の戦争でたっぷり儲けたろ』とかやっているのではなく、『明日の我が身やっ! 積極的に支援するでっ!』とディビアラント勢力と協力しておけば、今よりマシだったかもしれない。


 あるいは、エスパーナ帝国ともっと縁を深めておくべきだったのかもしれない。エスパーナの外洋進出を後援する形で便乗しておけば、外洋領土の一つも得られていた可能性がある。協働商業経済圏に対抗しえる外洋経済圏を構築できたなら、今とは違う情勢を迎えていただろう。


 根本的なところから言えば、イストリアやエスパーナのように地域統一国家を樹立するか、メーヴラントのように地域内大国を興すべきだった。


 戦国時代の丹州みたく、延々と中小勢力でワチャワチャやっていたことが、彼らの現状を招いたと言えよう。


     〇


大陸共通暦1781年:ベルネシア王国暦264年:年始

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム

――――――――――

 白獅子総帥代理にして“侍従長”アレックスことアレクシス・ド・リンデは、王家親族衆の青年(家督継承者ではない)と結婚していた。兄弟が家督を継いだ関係で貴族籍も抜かれた。


 今は上流平民アレクシス・ハウゼン=リンデ夫人と呼ぶことが正しい。まあ、新興大財閥のナンバー2であるから、下手な貴族より権勢を有しているし、資産も裕福だったが。


 そんなアレックスは仕事を家庭に持ち込まないことにしている。多忙な身であるが、毎朝の食事は必ず家族で摂るようにしていた。時間を上手くやりくりして夫や子供と過ごしている。


 しかし、そのルールを破ってでも、アレックスには成し遂げなければならない仕事を抱えてしまっていた。


 地中海有事に備えた代替貿易路の件である。


 現状、ヴィルミーナは損害を織り込んだ地中海有事下の強行貿易を検討している。これは検討していた代替ルート、聖冠連合帝国―カロルレン―北洋の経路が想定以上に高くついたからだ。


 ただ、代替ルートは“もう一本”ある。

 聖冠連合帝国―クレテアのコルヴォラント北部属領(ティロレ地方とタウリグニア共和国)―クレテアの線である。


 このルートの場合、クレテアを経由するために既存のクレテア国内経路を使える。これはコストを抑える意味で大きい。


 が、問題はティロレ地方――ブングルト大山脈という高山地域を通ることだ。陸運ではコストが高くなりすぎる。空運だと高度3000メートルの天井がネックになる。


 最大高度3000。つまり現行の飛空船は富士山(標高3776メートル)を飛び越えられない。

 ブングルト大山脈の平均標高3000メートル越えの峰々がいくつもある。5~6000メートル級の峰が並ぶプロン造山帯ほど酷くはないが、それでもヒルデン山塊よりもずっと高い(ヒルデン山塊は標高よりも、その複雑な難地形と植生の濃密さ、森の深さが凄い)。


 聖冠連合帝国と大クレテア王国がティロレ地方の山間大街道を巡り長く争ってきたのも、同地の空運が難しく、陸運の利権が大きかったからだ。


 白獅子財閥の王都社屋。アレックスは自身のオフィスでブングルト大山脈ルートを用いた場合の概算書類を読み込み、項垂れた。

「ダメ、か……」


「海運の輸送効率には勝とうとするなら、外洋用の大型貨物飛空船を限界搭載にしてようやく、てところだね。かといってそこまで積んだら、高度はせいぜい1200から1600くらいしか取れないし、航行の安全性に疑問が付く。事故前提の輸送なんて本末転倒だよ」

 代替案の作成に協力しているリアがぼやく。


 トラックが荷物を満載すればタイヤとサスが沈む。船が荷物を満載すれば喫水線が深くなる。飛空船が荷物を満載すれば高度限界が低くなる。

 当然ながら荷物を満載したトラックや船は事故を起こし易くなる。飛空船だって変わらない。


 ちなみに、現行の経路では聖冠連合帝国からクレテアまで海上船舶。クレテアからベルネシアまで飛空船で空輸だ。


 白獅子はこの燃料空輸に最大限の安全対策を施している。仮に人口密集地や穀倉地に墜落しようものなら、白獅子の身代でも償いきれない大惨事になりかねない。


 ヴィルミーナは『事故防止に費やすべき金をケチり、手間をサボった結果、事件事故を招いて倒産、なんてみっともない話は絶対に嫌』とこの辺りのコストと管理を妥協しない。

 前世でヴィルミーナは幾度も見た。過当競争の末、安全対策費を切り捨てた交通機関や流通業界が大事故を起こした様を。結果、より強い規制を受けて高いコストと高額賠償金を支払わされる様を。

 であるから、ヴィルミーナは『払うべき金と手間は、きっちり払う方が安く済む』と見做している。


 当然、強行貿易をするにしてもヴィルミーナはケチらない。船員達は高給与と好待遇を約束し、本人にくたばることを承知したうえで契約させる。護衛戦力にしたって許容範囲分の資金をたらふく突っ込むし、法的な活動名分を整える。言い換えるなら、金、物、法律、全ての準備を整えたうえで死地へ放り込むのだ。


“別経路より安上がりだから”。

 よって、危険を伴うブングルト大山脈ルートの問題は最終的にコストなのだが……


「強行突破のコストはおそらく1・8から2といったところだろうけど、これは少なくとも2から2・5。しかも、山中墜落の二次災害、山火事や土砂災害とか招く危険性を考えるとかなり厳しいね」

 手を貸しているパウラも否定的な見解を告げた。


「敵と遭遇しない限り安全な分、強行突破の方がマシなくらいです。ヴィーナ様がこの案を認めることはないでしょう」

 同じく協力しているデルフィネも溜息をこぼした。

「……方向性を変えるしかないですね」


「というと?」アレックスが期待を込めて問う。

「地中海海運ルートの危険そのものを解決するのです。コルヴォラント勢力に対してベルネシア向け船舶を襲わない協定を結ばせるとか、あるいは……」

 デルフィネが言い淀み、腹心中の腹心リアが継ぐ。

「開戦後、さっさとコルヴォラントの戦力を無力化してしまう、ですね」


「どっちも限りなく難しいなぁ」

 パウラは渋面を浮かべた。

「協定うんぬんは外交政策の話で私達が関与できない。同じく戦力の無力化は戦争当事者のクレテア、聖冠連合のやることで私達には口出しできない」


「そもそも話が大きくなりすぎて、コストどころじゃない代価を要求されそう」とリアが脱力気味に天井を仰いだ。


「でも、方向性としては悪くない」

 アレックスは細面の顎先に指を添えながら考え込む。

「要は地中海有事においてコルヴォラント、クレテア、聖冠連合に攻撃されない船を使えば良いわけよね?」

「そんな都合の良い舟がどこにあるのよ」とリアが訝しげにアレックスを窺う。


「教会だよ。法王国の船籍で運ばせる。公式にはコルヴォラント諸国の連合に法王国が加わっていないのだから、中立国船舶よ」

 アレックスはにやりと口端を緩めた。不敵な微笑みが宝塚歌劇団女優を思わせる美貌によく映える。


「たしかにコルヴォラントもクレテアも聖冠連合も、教会籍の船を攻撃することは難しいだろうけれど―――」

 デルフィネは眉を大きく下げた。

「我が国は法王庁が言うところの異端信仰国です。法王庁が協力するとは思えません」


「我々が表立って動く必要はないですよ。伝統派国のクレテアか聖冠連合、あるいはカロルレンの人間を送り込んで交渉させればいい。偽装用の窓口は紙切れ数枚でいくらでも用意できます」

「法王庁の司祭が聞いたら、異端審問に掛けられそうなことを」

 さらりと語るアレックスに、パウラは思わず苦笑いし、表情を引き締める。

「法王国の船籍で本当に安全性が獲得できるかどうか。その辺りをきっちりシメておかないと、ヴィーナ様も納得しない」


 そうね、とアレックスは首肯し、デルフィネへ顔を向けた。白獅子の広報責任者であり、文化事業代表であり、“外交官”であるデルフィネは交流相手が幅広い。

「デルフィ様。法王国へ渡りを付けられそうな人材に心当たりは?」


「気軽に言ってくれますね。コネは使えば減るんですよ?」

 デルフィネは小さく肩を竦めつつ、脳内に収めた人物帳のページをめくり、

「そうですね……あまり多くはありませんが、当てがないわけでもないです。少しばかり当たってみましょうか」

 クスッと喉を鳴らした。

「ヴィーナ様がこの策を聞いたらどんな顔をするか、ちょっと楽しみになってきましたね」


 アレックス達は同意して笑った。まるで悪戯を仕掛けるように子供みたく。


       〇


 白獅子財閥が来たる地中海有事に備えて奔走する間、“余所”も同じく奔走していた。地中海貿易に関与しているベルネシア企業は他にもあるし、そもそもクレテア、聖冠連合の海運業者も多い。


 彼らの税金(アガリ)を受け取る三国の政府も頭を悩ませているし、貿易品の仲卸や小売、製造業者もどうしたものか、と困っていた。仲卸や小売、製造業は代替調達先を探したり、商材や物資を備蓄したり、といった手を打てる。


 が、地中海の海運業者や船主などは苦悶、煩悶していた。

 戦争が短期や小規模で済むならともかく、ベルネシア戦役や第一次東メーヴラント戦争のような年単位の総力戦になって、出航制限が出たら……(おまんま)の食い上げ、倒産だ。


 逆にこの機会をビジネスのチャンスと見做す連中もいた。特にブングルト大山脈の山間大街道を縄張りとする者達は『くるぜー、くるぜー、儲け時が来るぜー』と鼻息を荒くしている。


 活気づいている者達は他にもいる。

「年内に地中海で嵐が吹くことは決まったようだ」


 ベルネシア軍総司令部内の小会議室に集まった王国府筋、外務省筋、情報機関筋、陸軍と海軍の関係者が報告書や書類を手にし、やれやれと言いたげな顔をしていた。


 陸軍の関係者として出席しているレーヴレヒトは、報告書の内容に目を通していく。


 年明けから間もなく、コルヴォラント諸国が活発に武器弾薬、医薬品の資材、食料その他を増産し始めていた。もちろんそれらの原料の調達量も増加しており、クレテアや聖冠連合、アルグシアなどから堂々と調達している。


 そして、アルグシア製小火器がコルヴォラントへじゃんじゃか密輸されていた。

 アルグシア連邦は樹脂補強紙薬莢弾薬を用いる遊底駆動式小銃に更新したため、旧式化した元込め式小銃を在庫処分と言わんばかりにコルヴォラントへ売りまくっている。

 ただし、コルヴォラント側が欲する重火器は流石に密輸困難だったが。


「少なくとも一千丁単位とか……これ、現地人が鼻薬で買収されてるだけじゃないでしょう? 明らかに協力してますよね?」

「ティロレやタウリグニアには一定の反クレテア、反聖冠連合勢力がいるからな」


 クレテアの属国状態のタウリグニア共和国やティロレだが、当然ながら、そんな状況を良しとしない者達もいる。地球世界のスイスがハプスブルクを追い出して独立したように、タウリグニアやティロレには大国の影響を脱して独立独歩を求める人々がいた。


「ヴァンデリック侯国人の一部も関わっている。第一次東メーヴラント戦争の意趣返しだろうな」

「コルヴォラントの増産と調達の量を考えると、開戦は晩夏から初秋あたりか」

「ということは事前段階の通商妨害は初夏頃からだな」


 幹部達の会話を聞きながら、レーヴレヒトは報告書の内容を問う。

「この魔導技術ベースの兵器開発というのは?」


「法王国で開催されている大会議の一環として、魔導技術者達が集まって共同開発しているようだ。法王庁の聖堂騎士団が囲っている関係で詳細は分かっていない」

 情報機関筋の説明を聞き、レーヴレヒトは微かに眉根を寄せた。

「まさか、とは思いますけど……この新兵器の現物や開発資料を分捕って来いとか言いませんよね? ソルニオル事変の時は制限付潜入でえらい目に遭ったんです。同じ轍は踏みたくない」


「彼の件は君の御細君が求めた案件だったと記憶しているがね」と外務省筋が嫌みを吐く。

「愛妻の頼みなら無理もしますが、事務屋の出世のために無茶をする気は無いです」

 レーヴレヒトは微笑みながら毒舌を披露した。会議室の空気がピリっと震える。


「じゃれ合いはそこまで」

 会議の座長を務める王国府高官が仲裁に入った。


 面々は深呼吸の末、会議を続ける。

「地中海有事の際、協働商業経済圏の軍事協定に基づく海軍派遣だが……」

「海上部隊を派遣させてくださいっ!」と海軍関係者が意気軒昂に訴える。


「……クレテアは飛空船部隊の派遣を要請しているんだが」

「くぅっ!!」と直訴した海軍関係者が悔しげに唸る。


 ベルネシア海軍と言えば飛空船部隊で、海上部隊はあまり、その、パッとしない。ベルネシアは海上帝国であるから、もちろん海上部隊だって高い実力を持つ。イストリア海軍の海上部隊に比べてしまうと、規模も実力も劣るというだけだ。


「せめて一個戦隊だけでもっ! 海上部隊にも活躍の場を戴きたいっ!」と海軍関係者が粘る。


「協働商業経済圏とソルニオル公爵領経済特区の関係で、我が国の資本もそれなりに地中海へ進出している。存在感を示す意味では海上部隊の派遣は悪くない」

 外務省が変則的砲艦外交を提案する。


「陸軍は海上部隊の派遣に反対しません。ただ、飛空短艇の収容能力がある船を望みます。現地に作戦展開を命じられた場合、侵入と脱出に協力してほしい」

 陸軍筋が共同作戦時の効率性を要求。


「我々としては特に見解はない。政府の判断に任せる」と情報機関筋。


「我が国の地中海貿易を守る意味では、海上艦艇の心理効果が大きい。一個戦隊程度ならさほど負担でもありませんし、よろしいのでは?」

 王国府筋は賛成。


 座長は大きく頷き「わかった。この件は閣僚会議に挙げよう」

 海軍関係者が両腕を掲げる大きなガッツポーズをした。


 レーヴレヒトは端正な顔に微苦笑を湛える。

 俺に振られる任務も気楽なものだと良いんだが。


        〇


 同じ頃、大クレテア王国王都ヴェルサージュ。

「タウリグニア、ティロレで反体制派が活気づいています。アルグシアとコルヴォラントのテコ入れでしょうな」

 宰相リメイローの報告を受け、

「あいつらはアホなのか?」

 アンリ16世はテラスから王宮の芝生園庭で戯れる我が子達を眺めつつ、忌々しげに吐き捨てた。


「海上で二、三回砲火を交えて講和。これはその程度で済む話だろう。属国と権益に手を出されたら、こちらも本気にならざるを得んのが想像できないのか」

「彼らには彼らなりの見解があるようです」とリメイローは肩を竦めた。

「どんな見解があろうと知ったことか。奴らの立場なら我々の顔色を窺い、へりくだってナンボだろう」


 大国の王らしい強烈な傲慢を露わにし、アンリ16世は顎の肉を揉む。20代後半に入っても依然、小太り体型を維持して激太りはしていない。


「大陸南方外征が控えているというのに、不愉快甚だしい」

 アンリ16世の抱いた苛立ちの原因は“そこ”だった。彼が描いた大戦略がいよいよ始まろうとした矢先に、コレだ。腹を立てるのも無理はない。


「仮にタウリグニア、ティロレで全面戦争に至った場合、必要戦力は如何ほどになる?」

「ベルネシア戦役、第一次東メーヴラント戦争を考慮しますと、10万は必要かと」

 リメイローの回答にアンリ16世は眉間に深い皺を刻み、舌打ちした。


 不意に、子供達が手を振ってきた。

 アンリ16世は即座に不機嫌さを隠し、愛らしい我が子達へ鷹揚に手を振り返して微笑む。そして、微笑みながら言った。


「良いだろう。大陸南方外征へ向けた大規模演習だ。全面戦争に至った場合、東部軍を全て投入しろ。徹底的に叩き潰して戦訓を獲得。賠償に奴らの葬式代まで毟ってやれ」

 ゾッとするほど冷たい声色を浴びせられ、リメイローは思わず身を震わせた。

「劫掠の如くですな」


「それは誤解だな、リメイロー」

 冷笑を湛えたアンリ16世がにやりと口端を歪める。

「ベルネシア流だ」


       〇


「武器弾薬、食料、医薬品、衣類に資材、原料、なんでも飛ぶように売れる。最高だっ!」

「ベルネシア戦役以来の大儲けです。やはり戦争は他人にやらせるに限りますなっ!」

「然り然り」

 がっはっは。


 アルグシア経済は久し振りの大活況を迎えていた。

 コルヴォラントが戦争準備に入り、あらゆる物資が次から次へと売れていく。地中海貿易に不安を覚えたベルネシアとクレテアの民生からも、大量の代替注文が入っている。


「ここ数年は閉塞感が強かったですが、ようやく上向いてきましたなぁ」

「コルヴォラント様々だな」

「然り然り」

 がっはっは。


 商人達が言うようにここ数年のアルグシアは閉塞感と停滞感が強かった(17:9も参照のこと)。

 それがコルヴォラントの戦争需要で一変。ベルネシア戦役以来の活況に沸き、好景気を迎えている。『戦争は国家のカンフル剤』とはよく言ったものだ。


 商人達は上機嫌で話を続ける。

「連邦政府は下手打ち続きだったが、ようやっとええ仕事をしてくれたわぃ」

「この調子でカロルレンを征服してくれるとありがたいのですが」


「北東部の素材資源に南東部の鉱山。西部の穀倉地。カロルレン全土が手に入れば、ベルネシアやクレテアにデカい顔させん。外洋にも打って出られるぞ。植民地を獲得して列強になるのだ」

「“世界に冠たる我らがアルグシア”はすぐそこ、ですなっ!」

「然り然り。我らが未来は明るいっ!」

 がっはっは。


 アルグシア連邦は坂の上の雲を見ていた。

割烹に上げた小話が好評みたいなので、18章前に差し込みして投稿します。

感想ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「世界に冠たる」は死亡フラグの方ですか?
[一言] ぶっちゃけ、欧州半島をイメージしとけばいいですか?
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