18:0:微笑む兎。嗤う豚。泣く狗。1781年の喜劇。
お待たせして申し訳ない。
11/16)一部修正。
日頃、揉めている連中が外敵を前に一致団結。
物語としてはよくある話だが、歴史上の実例は少ない。モンゴルが押し寄せてきた時の中央アジア諸国。オスマン・トルコが北上してきた時のバルカン半島諸国。白人勢力の侵略が始まった時のアメリカ大陸先住民諸族。イギリスの侵略が始まった時のインド亜大陸諸国。
どいつもこいつも滅亡の際に至ってもなお、協力なんてしなかった。
中国の王朝交代劇や東ローマ帝国の滅亡劇は『不和は外敵が迫った“くらい”じゃ解消されない』という真理を示している。
大陸共通暦1780年の暮れ。
地中海に暗雲が広がっていく中、コルヴォラント諸国が一致団結するなど、質の悪い冗談と大差なかった。
3つの王国。3つの公国。2つの共和国。エトナ海島嶼の各独立政府。聖王教の法王国。
これら大陸西方コルヴォラントの国々は来たる対聖冠連合帝国、対クレテアの戦いに備えて結束、連帯を誓った。
……表向きは。
裏では個々がいざという時、自国“だけでも”生き残るための準備を着々と進めている。
なんともはや、と溜息を吐きたくなるところだが、理解できなくもない。
カルネアデスの板。あるいは止まらぬトロッコ。誰を救い、誰を犠牲にするか。平たく言えば、皆、必死なのだ。
生き残るために。
〇
ヴィルミーナ・デア・レンデルバッハ=クライフ・ディ・エスロナ。
その長い名前の末尾は父方の姓で、ヴィルミーナがベルモンテ公国公王家エスロナ家の血族であることを示している。
亡き父エマヌマーレ・ディ・エスロナは先代公王の三男坊で、私掠船12隻を所有する大船主で『海賊王子』と呼ばれていた。また、愛人を11人も抱え、私生児8人をこさえた漁色家としても知られており、『ベルモンテの種馬野郎』と呼ばれていた。
この8人の庶子と11人の愛人達は、エマヌエーレ亡き後に遺産争いの殺し合いやなんやかんやで、今や異母姉2人と3人の愛人しか生き残っていない。
異母姉Aは修道院に終身押し込め。異母姉Bは実母の愛人Bと共にコルヴォラント某国貴族の妾をしている。愛人Aは未だ収監中。愛人Cは田舎でひっそりと暮らしているという。
さて、前述したように地中海で戦雲が近づいているこの頃、コルヴォラント諸国は和戦両構えを取り、活発に外交をしていた。
コルヴォラント諸国は血を流してでも地中海利権確保に挑む気であったが、戦わずに済むなら、それに越したことはない、とも考えていた。いざという時に自国の存命を図るため伝手を作っておく、という本音もあった。
ベルモンテ公国もこの例に漏れない。
が、話は簡単ではない。
亡父エマヌマーレは正妻が初子を出産したばかりだというのに、愛人と共にクルーズに出かけ、事故死した。
で、母ユーフェリアは電撃的に諸々の手続きとやり取りをし、夫の遺産と遺品をごっそり持って故国ベルネシアへ帰り去った。生まれたばかりのヴィルミーナが首も座らぬうちに、電光石火の如く。
エスロナ家は嫁のユーフェリアはもちろん、ヴィルミーナにも愛情が無かったらしく、ヴィルミーナの王位継承権放棄の宣誓書を受け取ると、引き留める素振りすら見せなかったという。
それどころか、ベルモンテはこれまでヴィルミーナの存在を無きものとして扱ってきた。
エスロナ家にしてみれば、北洋沿岸のド田舎から嫁に“貰ってやった”のに、その嫁は夫が死ぬと喪が明けぬうちに実家へ帰ってしまい、去り際に後ろ足で砂を引っ掛けるように家中へ大混乱をもたらしたのだ。ユーフェリアもヴィルミーナも疫病神に等しい。
ベルネシアにしても、ベルモンテとの婚姻外交は想像していたより意義も価値も乏しいものだったから、関係修復の努力を払わなかった。
こうして両国は疎遠というか、断絶状態というか、そんな関係になったわけだ。
ベルネシア王妹大公ユーフェリアは今も故第三王子の未亡人であるし、ヴィルミーナは王位継承権を放棄しているものの、先代公王の孫であり、現公王の姪だ。
本来は伝手としてこれ以上ない存在なのだが、エスロナ家とユーフェリアの関係は控えめに言っても『最悪』だし、ヴィルミーナとは血縁こそあれど関係性の実態は完全な赤の他人。
しかも、現公王がその猜疑心からソルニオル事変時、自らの甥にも当たるヴィルミーナの異母兄を謀殺していた。
こんな有様では、ベルネシア王妹大公母娘の筋からベルネシア政府に渡りをつけることなど不可能だ。むしろ2人が積極的に妨害しかねない。
そもそも嫁ユーフェリアが“味わった”夫婦生活を思い返せば、天地が逆転してもベルモンテとエスロナ家のために骨を折るなど、絶対にありえなかった。
では、ヴィルミーナはどうか。毒蛇の子が無害なわけがない。伝聞が確かならヴィルミーナはユーフェリア以上に危険な女だ。危うい。危うすぎる。
因果応報とも言える状況である。
とはいえ。
『この程度』で接触を諦めるような人間に、王侯貴顕など勤まらない。王族は厚顔無恥でナンボだ。
ベルモンテ公国はベルネシアに接近を試みる。
図々しく太々しく厚かましく。
〇
大陸西方コルヴォラントは鴉のような形の半島である。
その鴉の頭から胸元近く――コルヴォラント南部にナプレ王国がある。その歴史を乱暴に言えば、地中海情勢に最も左右されてきた地域だろうか。
大陸南方、ガルムラント、メーヴラント、ディビアラント。地中海に進出してきた諸勢力は友好的であれ、敵対的であれ、ナプレを振り回してきた。大陸南方海賊海岸に最も荒らされてきた地域でもあるし、全盛期のエスパーナ帝国に屈して属領となったこともある。
その関係か、ナプレ王国人は大陸西方圏でも混血が多い地域だ。
地球風に言えば、金髪碧眼のアングロサクソン系から典型的なラテン系、エキゾチックな中東系や北アフリカ系、果ては黒人の血を感じさせる者も少なくない。
逆に言えば、ナプレ王国は多方面に“伝手”があった。
例として、ナプレ王国ウディノ伯ペツリーノ家を御紹介しよう。
ペツリーノ家はナプレ王国で有数の大身貴族だが、その隆盛は現当主の4代前と意外と浅い。
4代前の当主ルイジ・ペツリーノは賢人伯と呼ばれるほどの才人で、領の特産品であるオレンジで精油を作ったり、豊富な農産物を使って新料理をあれこれ開発したりしたことで知られている。
幼き頃から誰にも教わらずとも高度な数学を扱えたり、錬金術師も震えるほどの化学知識を持っていたり、反面、魔導術の扱いは苦手だったり、とおかしな人物だったらしい。
そんなナプレ大身貴族のペツリーノ家に、ナプレ王から勅命が下された。
『来たる地中海有事に備え、協働商業経済圏側に渡りをつけろ』
ンな無茶な。とウディノ伯は頭を抱えた。ナプレ王国内では大身貴族であるが、大陸西方圏全体で見れば、ウディノ伯家などちょっと裕福な田舎貴族に過ぎない。当然ながら協働商業経済圏の3列強に繋がりなんてない。
はずだった。
しかし、王は知っていた。王は知っていたのだ。
「ウディノ伯。卿が囲っている妾の母娘はベルモンテ公王家の血縁者にして、ベルネシア王族の血縁者だと聞いておる。その線からベルネシアに渡りをつけ、手を広げてクレテアに窓口を作るのだ」
ナプレ王の指摘通り、現ウディノ伯はベルモンテ公国から逃げてきた母娘を揃って愛人として囲い、大いに楽しんでいた。もちろん伯夫人は『下劣っ! 愚劣っ! 卑劣っ!』と激怒し、夫婦仲は冷え切っていた。まあ、政略結婚で元々夫婦仲に温もりなど無かったが。
このウディノ伯の妾母娘は、ベルネシア王妹大公令嬢ヴィルミーナの亡父エマヌエーレの愛人と、その娘(ヴィルミーナの異母姉)だった。先述した愛人Bと異母姉Bの親子である。
なお、ウディノ伯の嫡男はこの異母姉Bと一時期、関係を持っていた。男には年上の美人お姉さんへ憧れる時期があるから仕方ない。嫡男殿はいわゆるオネショタ体験した勝ち組といえよう。まあ、親父と愛人を共有していたという笑えない話でもあるが。
話を戻そう。
こうしてウディノ伯は妾母娘を通じ、ベルネシア経由でクレテアに渡りをつける策を押し付けられたわけだが、当の母娘が『勘弁してくれ』と泣きを入れた。
そもそも母娘が故国を捨ててウディノ伯の妾になった理由は、そのベルネシア王女が亡夫の遺産と遺品をごっそり持ち出して帰国したからだった。結果、亡夫愛人達の間で残された遺産を巡る殺し合いが発生。母娘は命からがら逃げだしてきたのだ。
“あの”ユーフェリアに縁を頼って接近する? 殺してくださいというようなものだ。母娘はウディノ伯に跪いて泣きながら慈悲を乞うた。後生ですからベルネシアに送らないでください、と。
ウディノ伯は窮してしまった。
この哀願を無下にするにも、冷徹に振る舞うにも、母娘と情を交わした時間が長すぎた。それに、この2人相手に子供を数人もこさえている。良識的凡俗たるウディノ伯に非情な真似など出来ない。
どうしたものか。とウディノ伯は頭を抱えた。
身から出た錆である。
〇
似たような話が聖冠連合帝国でも起きていた。
その当事者の一人がソルニオル公カスパーだった。
先代ソルニオル公ルートヴィヒの先妻はコルヴォラントの貴族女性だった。彼女は悲惨にして無惨な結婚生活の果てに命を落としている。
現ソルニオル公カスパーは先妻殿と面識はないが、おぞましきケダモノの犠牲者である彼女に、憐憫と哀悼の念を抱いていた。ソルニオル公に叙爵されてからしばらくした後、先妻殿のために教会へ寄進し、ミサも捧げている。
そんなカスパーの許へ先妻殿の故国、コルヴォラントのヴェクシア共和国から先妻殿の親族を含めた公使がやってきた。
その内容は突き詰めれば、カスパーを介して帝国政府に働きかけてほしい、ということ。
さらにはカスパーのベルネシア王族の血、カスパーの正妻ウージェニーのクレテア王族の血を活かし、両国に働きかけて貰えないか、という話だった。
カスパーは内心で呆れる。
よくもまぁここまで厚かましく振る舞えるものだ、と。こいつらは俺がどういう人間だと思っているのやら。
同時に、かつてクレテア王アンリ16世に言われたことを思い出す。
我々王侯貴顕は望む望まぬの関係なく、死ぬまで利害と打算の舞台で踊り続けるしかないのだ。
なるほど、王は正しかった。俺が疎もうとも俺を利用しようとする人間はいくらでもやってくる。
ふざけるな。
ソルニオル公爵にして経済特区総督たるカスパーは、帝国貴族として祖国に仇なさんとする輩に便宜を図ってやるつもりはない。
ましてや、正妻ウージェニーを利用しようという奴輩などに与したりしない。
カスパーは母譲りの端正な顔に柔らかく微笑む。むろん、目はまったく笑っていない。
「お話はよく分かりました、使者殿。帝国の法が許す範囲なら、私の熟慮の許に善処しましょう」
意訳:戯言は終わった? なら帰って、どうぞ。
もっとも、これで引き下がるような外交員は居ない。先妻殿の親族が冷厳な顔つきで口を開く。
「ソルニオル公。貴方は、いや、ソルニオル家は我が家に借りがある。大きな借りが」
「借り?」と訝るカスパー。
「先代ソルニオル公の先妻ジュリアは“貴方の父君”に殺されたに等しい。これが我が一族の“貸し”だ。貴方には父親の犯した罪を贖う責任があり、この貸しの返済責任がある」
先妻殿の親族はさながら糾弾するように言い放つ。
瞬間、カスパーの心に吹き荒れた感情は説明が難しい。ただ、台風とハリケーンとサイクロンとスーパーセルが同時発生したような有様だったことは間違いない。
カスパーがかつてエンテルハースト宮殿でやらかしたことで、深い自省とソルニオル事変後の人間的成長を迎えていなかったら、この場で発狂したように暴れたかもしれない。『あのクソ野郎の息子として償え』などという発言は、それほどの精神的衝撃だった。
自画自賛したくなるほどの忍耐と忍従と自制心を発揮し、カスパーは憤激のあまり震え始めた手を横に振り、憤怒のあまり上ずった声で告げた。
「……帰られよ」
公使の一団を慇懃無礼に帰した後、カスパーは自制の鎖が外れ、応接セットのソファを完全に蹴り壊した。その激昂振りは凄まじく近習達すら止められなかった。
「あのクソ野郎ォっ!! 死んでまで俺の人生を祟りやがるっ!!」
〇
方々で愁嘆場が起きている中、ヴィルミーナはまだ渦中に引きずり込まれてはいなかった。
この時、ヴィルミーナは地中海の戦禍の対策に追われている。
「現行の帝国から地中海・クレテアを経由する輸送路を基調の1とした場合、帝国からカロルレン・北洋を経由する輸送路は3から3・5となります」
白獅子の大番頭ミシェルが、大きな黒板に貼った地図とグラフを基にプレゼンを行う。
「帝国とカロルレンは国交を正常化しておりません。ヴァンデリックかヒルデンで裏口貿易の処理が必要です。
また、カロルレンはアルグシアと休戦状況で、仮に有事が発生した場合、現地を輸送中の物資を強制徴発される危険性があり、保険の負担がかさみます。
それにヴァンデリック、ヒルデン、カロルレンの三国には我が社の中継拠点がありません。その関係上、輸送路開拓の先行投資も求められますので、投資分の費用回収もコストに加わります。
3から3・5という指標は最低値の想定とお考え下さい」
「これで最低値かよ……」
頭の痛くなる内容に、事業代表の一人が呻くように呟く。
「地中海での戦が終わったら不要になる輸送路だぞ。こんな大金と資源は費やせない」
「カロルレン・北洋の経路では商材の値上げもせざるを得ない。値段の据え置きは無理だね」
大きな渋面を浮かべるアストリードとパウラ。
ヴィルミーナは結い上げた薄茶色の長髪を弄りながら、会議室の全員へ告げた。
「利益率が落ちても良い。今は価格を維持して黒色油と動力機関を普及させることが最優先だ。ここで躓けば、黒色油と動力機関の普及には倍の年月がかかる。発展と進歩はそれ以上だ」
「つまり、我が社が耐えうるコスト範囲での輸送経路となりますな」と代表の一人が、そんなもんねェよ、と言いたげに言った。
「これはもう、ドンパチが起きても地中海を通るしかねーなぁ」とマリサが投げやりに言った。
「戦場を横切るなんて無理よ。そんな船、誰も乗らない。それに道義的に許されないわ」
良識派のアレックスが即座に蹴り飛ばす。
「いや、危険ではあっても報酬次第で船に乗る奴はいくらでも居ますぞ」
海運事業の代表が横から言った。
「? どういうこと?」と訝るヴィルミーナ。
「協働商業経済圏発足以来、海運市場はイストリアにシェアを大きく奪われております。我が国の船乗り達は少なからず青色吐息でしてな。食うため、家族のため、稼げるなら鉄火場を渡る船に乗る者はいくらでもおりますよ。ベルネシア船乗りとはそういう生き物です」
説明を聞き、ヴィルミーナは光明を見出す。
そや。何も危険を避けることばかりが選択肢やない。前世でも自分の意志と責任で命懸けの仕事に飛び込む奴なんいくらでもおった。船が沈められるリスクにしても、自前で民間軍事会社を抱えるウチには対策可能やんか。
ヴィルミーナの紺碧色の瞳が冷酷に、冷徹に、怜悧に、悪辣になっていく。
その様に気付いたアレックスとデルフィネが密やかに不安を覚え、同じく気付いたマリサが楽しげに口端を緩めた。
ヴィルミーナが民間軍事会社の理事官たるエステルに問う。
「民間軍事会社の戦力で交戦海域を通過する船舶を守り切れる?」
「断言はできません」
エステルは正直に言った。
「現在、デ・ズワルト・アイギスが保有している戦力は陸戦で約1000名。海上、航空戦力は海軍から払い下げられた戦闘飛空艇9隻、改装飛空船5隻、改装飛空短艇20艇、海上武装商船3隻となっています。また提携私掠船は約20隻です」
「気づけば一個艦隊を抱えてるわね……」
ぼやくリアを余所に、エステルは説明を続ける。
「整備、休養のローテーションを組んでいますし、派遣地域の違いもあります。仮に地中海での戦時海上護衛を行うとなりますと、再編したうえで、戦闘飛空艇6、改装飛空船2、飛空短艇12、武装商船は無し。作戦展開は基本、飛空艇3、改装飛空船1、飛空短艇6となります」
「つまり抑止戦力たりえるのは基本、飛空艇3、飛空船1か。この戦力で何隻の貨物船を守れる?」
ヴィルミーナの諮問に対し、エステルに困り顔で応じた。
「出来る、と断言したいところですが、敵戦力と交戦状況次第としかお答えできません」
「分かった。その辺りのことを現場要員の意見も含めて調べておいて」
「かしこまりました」
ヴィルミーナとエステルのやり取りを見守っていたデルフィネが問う。
「民間軍事会社を投じ、交戦海域を強引に押し通るおつもりですか?」
「それも一つの解決策でしょう?」
ヴィルミーナは悪戯っ子のように口端を和ませ、大金庫番ミシェルへ命じた。
「ミシェル。今、エステルが告げた戦力を送り込んだうえで、地中海・クレテア経路を使った場合のコストを計算してちょうだい。もちろん保険費用や損失の危険性、人的被害の補償や見舞金も加えて」
「船員の報酬はどうします? 通常の給与額では厳しいかと」
「民間軍事会社の武装警備員に準じた報酬体系にするつもりだけれど、」
ミシェルの問いを受け、ヴィルミーナは目線で海運事業の代表へ『どうか』と問う。
「報酬額は問題ないかと。ただ待遇に少し配慮していただければ、なお宜しいですな」
「待遇の要望をまとめておいて」と応じ、ヴィルミーナは法務の頭目キーラへ顔を向け「キーラ。民間軍事会社を用いた交戦海域の海運行為は法的にどう?」
「いささか危ういですね。危険海域を認知したうえで強引に進入し、死傷者が生じた場合は使用者責任を問われるかもしれません」
キーラは思案顔で続ける。
「地中海で戦争が始まった場合、政府から渡航、海運の停止命令が出るかもしれません。それに違反した場合、法的、行政的処分を受ける可能性もあるかと。政治的リスクも大きいです」
法律の専門家が『ヤバい』と忠告した。が、ヴィルミーナはそのくらいでは足を止めない。
「合法的な隙間や抜け道を探して。政治的な方面は、そうね。私が動いてみる」
「あまり際どいことはなさらないで下さいよ?」
キーラが案じるように言うと、ヴィルミーナはにんまりと微笑む。
「危ういことはしないし、阿漕な真似もしないわ。私は国王陛下の姪だからね。陛下の顔に泥を塗るようなことなんて畏れ多くて出来ない」
あ、この人。この件に国王陛下を巻き込む気だ。会議室の全員が溜息を吐く。
「あの、よろしいですか」
アレックスがおずおずと手を上げた。
「もちろんよ」と快諾するヴィルミーナ。
「私は交戦海域の強引な突破には反対です」
アレックスの発言が会議室内に静かな緊張をもたらす。
「白獅子が商売のために船員の命を軽視している、と取られかねません。ヴィーナ様と我ら白獅子の名誉が損なわれます。何より道徳的に許容しかねます」
良識派のアレックスらしい意見だった。ヴィルミーナはある種の満足を覚える。
「たしかに、その問題はある。でも、道徳的問題に関して私の見解が異なる。船員は強要ではなく、志願者の募集で賄うのだから、死傷の危険は船員自身が了承しているわ」
「それでも、窮状にある者の事情に付け込んだ、と見られるかもしれないではないですか」
ヴィルミーナの翻意を求めて言い募ろうとするアレックスへ、“信奉者”ニーナが横から乱入する。
「アレックス。見方なんて作為的な視点に立てば、どんな風にでも受け止められる。気にしても始まらない。反対なら対案を出しなよ。交戦海域の強行突破が嫌なら採算性の取れる代替案を出せばいい。それなら私達も検討して是非を出す。そうですよね、ヴィーナ様」
水を向けられたヴィルミーナはゆっくりと頷く。
「アレックスの懸念も充分に理解できる。これまで白獅子が、貴方達が、社員達が築き上げてきた面目、社会的信用や信頼が損なわれるかもしれないからね。同時に、この調達問題もやはり白獅子の面目、信用に関わる問題よ。それに、収益に直結する経営問題だ。経営陣である我々は社員とその家族、取引先、顧客。彼らに対する責任を果たさなければならない」
ヴィルミーナは俯くアレックスから視線を切り、ミシェルを一瞥する。
「ミシェル。試算を出すまでにどれくらいかかる?」
「10日はいただきたいです」とミシェル。
ミシェルと彼女の部下の能力なら一週間で充分なはずだが……アレックスを慮っての要求日数だろう。
“姉妹”が助け合うんはええことや。ヴィルミーナは受け入れた。
「アレックス。大雑把でも構わない。10日で代案を出しなさい。そのうえで試算と比較検討する。良いわね?」
「はい、ヴィーナ様」
アレックスは力強く頷いた。デルフィネがリアと目配せし合っている。アレックスへ協力するのかもしれない。
“姉妹”が助け合うんはええことや。ヴィルミーナは小さく満足げに頷く。これで私の想定を超える案が出るなら、なお、ええことや。
ふと、視界の端でマリサが人の悪い笑みを浮かべていることに気付く。
どうやら愛すべき“隻足の山猫”がまたぞろ悪企みを考え始めたようだ。丁度良い。御点前拝見と行こう。
頼もしき”姉妹”達に心を和ませつつ、ヴィルミーナは肘置きを使って頬杖を突く。
白獅子としての方針と対応はこれでええ。問題は戦争自体がどない転がるかや。陸での戦いはともかく、海上の安全だけはさっさとケリをつけなあかん。
船の守りを固めるだけやぁ足りひん。敵の船や敵の港を潰して無力化せな。でも、主力はクレテアと聖冠連合やろし。どうしたもんか。
ヴィルミーナの悩みは未だ解決しない。




