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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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閑話24b:ヒルデン1776

 瑞々しい青葉が山塊を染める初夏の吉日。


 レズニーク家領とムラチェク家領の中間にある盆地にて、両家と両家に与する軍勢が陣を敷いて対峙した。


 レズニーク家は領兵約1800人。ムラチェク家は絞りに絞り出して約1400人。

 近年の大陸西方圏では子供の遊びみたいな兵力だが、両軍合わせて3000人越えはヒルデン独立自治領の規模で言えば、充分に“大動員”だ。


 両勢の様子はなんというか近世的だった。


 双方共に冒険者的装備――対モンスター兵装なのが、ヒルデン独立自治領における“敵”が何者か分かろう。


 銃兵も弓兵も対モンスター用で射程より威力重視。難地形ばかりの土地柄から野戦砲なんぞない。歩兵は分厚い盾持ちと長槍の組み合わせ。騎兵も騎馬は一頭もおらず、両家全騎が難地形に強い烏竜騎兵だ。魔導術士は両勢共に少ない。


 防具にしても、対モンスター装備――やたら頑健な重甲冑か回避性重視の軽鎧。素材は金属よりモンスターの硬皮革や甲殻、鱗が多い。騎兵はスリークォーター・アーマー様式の甲冑姿で、一部の者は派手な紋様や柄を施している。レズニーク家には甲冑と騎乗具を鮮やかな朱色で揃えた赤備えモドキがいた。


「なんとまぁ……歴史絵画のような光景だな」

 飛空船で空から見物していた聖冠連合の駐在武官が、呆れ混じりの感嘆を漏らす。


「いやはや。勇壮なことだ」

 近場の山稜から双眼鏡で窺っていたカロルレンの駐在武官が、微苦笑と共に呟いた。


「爺様達を思い出すわい」と『東』の駐在武官が懐かしげに笑う。


 なお、ヒルデンの民も盆地傍の山や丘にやってきて、弁当を食べながら見物している。なんだかなぁ。


 行楽気分の周囲はともかく、対峙する両勢はもちろんガチである。

 映画なら適当に横陣組んでワーッと両軍が衝突するだけだが、彼らはンなことしない。


 数も質も劣るムラチェク勢は長槍と長柄の密集方陣を組み、両側に銃兵と弓兵を展開。騎兵は随時機動のため、待機中。


「ゴルドォっ!! 今ならまだ赦免してやるぞぉーっ!!」

 鷲頭獅子の毛皮を張り付けた甲冑姿のヨアキムが叫ぶ。将兵も『降参せい』と罵声を浴びせる。


「眠たいことほざくな、ヨアキムッ!! ぶちのめしてくれるわっ!」

 豪奢なゴシック紋様の鎧を着こんだムラチェクが怒鳴り返した。将兵も『かかってこいやぁ』と怒号を返す。


 鹿角付兜の赤備えをまとうショレムが苦笑いをこぼす。

「こちらは意気軒昂、向こうは士気旺盛。皆やる気満々だ」


「楽しそうに言うなっ! どいつもこいつも戦を祭りか何かと勘違いしてるっ!」

 真面目な気質を表すような飾り気のない甲冑を着たパヴェルが毒づく。

同胞(はらから)が相討つ戦を楽しむなど、愚かしいにも程があるっ!」


「とかなんとか言いながら、兄上も自慢の槍を持ち出してるじゃないですか」

 ショレムが指摘したパヴェルの大身槍は叔父から贈られた逸品で、魔鉱合金と鋼のクラッドメタル製千鳥十文字槍だ。


「い、戦とならば全力を尽くすのみだろっ!」

 パヴェルはバイザーを下ろして顔を隠した。


 そして、言葉合戦が終わり……鉄と炸薬の殴り合いが始まる。


       〇


 先手はムラチェク勢が取った。


 分厚い大楯を構えた兵士達を前面に据え、長槍兵の密集方陣が動き出す。280人で一つの方陣が3つ。方陣の中心には魔導術士が控え、互いに足並みを揃えて進む。800を超す足音と甲冑の擦れる音が、なんとも勇ましい。


 方陣の隙間を埋めるように銃兵と弓兵、約200が小戦列を組んで前進。両翼に騎兵が100騎ずつ展開。最後尾にゴルド・ムラチェクの本陣160名が控えている。


 双眼鏡でムラチェク勢の動きを見ながら、ヨアキムは鼻を鳴らす。

「地形の横幅をめいっぱい使ってるな。野戦築城する気は無いようだが、手堅い」


「ゴルドはあれで慎重な男ですから」

「短気なのに慎重。ガキの時分から付き合い難かった」

 年配の筆頭従士相手にヨアキムがぼやき、戦場の右翼を見つめながら命じた。

「銃兵と騎兵の主力を右翼へ回せ。片翼から崩す。中央と左翼は亀のように守らせろ」


「崩したところを一気呵成に、ですか」と筆頭従士。「上手くいけば、手早く終わりますが、いささか冒険的では? 魔導術による応急野戦築城の方が良いかと」


「がっぷり四つに組んでは死傷者が出過ぎる。同じヒルデンの民だ。本気になって殺し合うなんぞ馬鹿げとるだろ。それにまあ、」

 ヨアキムは戦場の右翼を窺う。

「あそこはウルバネツ家の手勢だ。負けんだろ」

「たしかに」筆頭従士はにやりと「ウルバネツに負けたら恥です」


 ヒルデン豪族ウルバネツ家。ムラチェク家から嫁を貰った縁から反レズニーク派についていた。彼の領兵は温厚で善良ながら柔弱な当主の気質に似たのか、弱兵揃いだった。




「と、ヨアキムの奴なら狙ってこよう。だが、ウルバネツ家の兵には我が家の兵を多分に混ぜておる。容易く崩れなどせんっ! 賢しらな奴の鼻をへし折ってやるわっ!」

 ゴルド・ムラチェクは豪奢な甲冑を揺らして猛々しく笑う。


 ガキの時分からヨアキムと付き合いがある彼は、ヨアキムの気質を正しく把握していた。手堅い基本の戦術でちまちまと攻めるより冒険的ながら大きな戦果を狙う博奕打ち気質。ハマれば強いが、外せば脆い。


 そこへ伝令兵が駆け込んできた。

「まもなく、鉄砲の間合いに入りますっ!」

 ムラチェクは吠えた。

「存分にやれぃっ!」




 ヒルデン自治領軍が相手にする敵は主にモンスターで、偶に群盗山賊とやり合う。人間よりモンスターと戦う機会が多いのだから、得物も基本的に対モンスター用になる。


 銃兵達が使う銃砲は対モンスター用に大口径の元込め滑空銃だった。滑空銃なら弾頭の種類に融通が利くからだ。散弾、一粒(スラッグ)弾、矢箭弾頭(フレシェット)弾。

 射程よりも命中精度よりも貫徹力と威力を重視した大質量弾をぶっ放す。それがヒルデン銃兵のスタイルだ。こうでもしなけりゃ中大型モンスターを殺傷できない。


 言い換えるなら、ヒルデン自治領の銃兵は人間に向かって、そういう弾丸をぶち込むのだ。


 ムラチェク勢の銃兵達が爆栓を開け、2、30ミリはありそうな一粒弾やボールペン大の矢箭弾頭弾を詰める。装填完了後は速やかに射撃体勢へ。身体強化魔導術が付与された装備のおかげで、重たい大口径銃を軽々と構えられた。


「第一列、狙え――――ぃっ!!」

 銃兵隊長がサーベルを振り上げて叫び、銃兵達がレズニーク勢の方陣へ銃口を向けた。


「第一列、撃て――――ぃっ!!」

 銃兵隊長がサーベルを振り下ろしながら怒鳴り、銃兵達は引き金を引く。


 銃声と呼ぶにはあまりにも強烈な轟音が響き渡り、青い発砲光が幾重にも煌めいた。


 レズニーク勢に大口径大質量弾の嵐が襲い掛かる。

 方陣内の魔導術士達が方陣前面に土壁を作り、対モンスター用の馬鹿馬鹿しいほど分厚く大きな盾を構える兵士達が、来たる衝撃に備えて踏ん張った。彼らの背後に身を隠す長槍兵達も祈ることしかできない。


 大口径大質量の一粒弾や矢箭弾頭の嵐が土壁と大楯の群れに衝突、豪快な土砂の弾ける音色と金属音がつんざいた。


 物理法則に基づいた結果が生まれる。


 弾丸は土壁に運動エネルギーを受け止められたり、盾に弾かれたり、貫徹できなかったり、衝突衝撃に耐えきれず破砕したり。


 もしくは土壁を突破したり、盾を貫徹したり、破壊したりした後、盾の背後にいた兵士達を殺傷した。腕がもげ、体が抉れ、体に大穴が開き、頭が砕ける。飛散した金属片があちこちに突き刺さる。


 悲鳴と共に肉片と血が飛び散り、死傷者が草葉の茂る大地へ倒れていく。運が良いのか悪いのか、死に損なった者達が苦痛の絶叫と苦悶の呻きをあげている。


「第一列、下がれっ! 第二列、前へっ!」

 ムラチェク勢の銃兵隊長がサーベルを振り回しながら、同胞への射撃を継続させる。




 むろん、レズニーク勢とて撃たれっぱなしではない。銃兵達がムラチェク勢に大口径大質量弾を雨霰と叩きつける。兵の数と質で優っているため、その戦果はムラチェク勢の銃兵達よりも大きい。


 両勢の弓兵達も射程内に歩兵や銃兵の群れを捉え次第、対モンスター用の大型弓を構え、曲射を始める。

 某狩りゲーに出てきそうな大型弓から放たれる矢は、小型の投槍ほどあった。当然、その質量による破壊力は大きい。矢が命中した兵士は大きな(やじり)に体を裂かれ、千切られ、抉られ、串刺しにされた。


 両勢が大きな弾丸と大きな矢を叩きつけ合う中、盾兵を前面に据えた長槍兵達が前進していく。恐怖と怯懦を押し殺し、勇気と闘志を奮い立たせながら。


 戦場の右翼で、レズニークの密集方陣がウルバネツ家の密集方陣が肉薄し、双方の魔導術士が攻撃と防御の魔導術を展開し、相殺し合う。

魔導術士の攻防の下、互いの槍衾が激突した。


 両勢ともヒルデンの地形に合わせた全長4メートルほどの長槍を肩口で構え、小さな突きを繰り返す。兵士達の雄叫びと槍がぶつかり合う音色に、悲鳴が混ざり始める。


 密集方陣の槍合わせが交わされる中、一部の者達が槍の下を掻い潜って敵中へ突入。

 戦闘は槍衾の激突から混沌とした白兵戦へ移る。

 が――




「思ったよりしぶとい。ゴルドめ。“やはり”自らの手勢を混ぜておったか」

 ヨアキムは予想通りとでもいうように呟く。

「慎重な奴のことだ。弱点を補う手を打つに決まっておるわな」


「では」筆頭従士が意を図るように問う。「そろそろ仕掛けますか?」

 ヨアキムは頷き、命じる。

「ショレムの騎兵を出せ」




 伝令から出撃命令を伝えられ、ショレムはパヴェルに笑いかけた。

「出番が来たようです、兄上。行ってきますね」


「無理はするなよ、ショレム」

 パヴェルが『お兄ちゃん』らしく心配と激励を混ぜた顔で拳を突き出す。

「頑張ってきますよ。兄上もお気をつけて」

 コツンとパヴェルの拳に自分の拳を合わせ、ショレムを颯爽と隊の許へ向かう。


 洋風な赤備え達は50騎ほどの小勢だったが(そもそも総戦力が1800人だし、相手も総勢1400だし)、重武装で身を固めている。出撃準備は完結していた。


「待ちくたびれましたよ、ショレム様」と赤備えの一人が不敵に口端を吊り上げる。


 第一次東メーヴラント戦争中、人質としてカロルレンで過ごした経験は、ショレムに多くを学ばせた。預け先のオルコフ女子爵も彼女の領兵団も、大災禍を生き抜いた手練れ揃いで多くを教わった。戦争の戦訓などに触れることも出来た。ドランから組織の経営や運営法を教わることが出来た。これ、本当に人質生活と言えるのだろうか……


 ともあれ、ショレムは帰国後、部下をカロルレン軍式に鍛え上げ、赤備えとしていた。

「さぁ、ひと暴れしようか」

 柔らかく微笑み、ショレムはカシャンと鹿角付兜のバイザーを下げる。




「赤騎士だっ! レズニークの赤騎士だぁっ!」

 ムラチェク勢の兵士達が顔を引きつらせ、レズニーク勢の兵士達が士気を向上させる。


 鮮やかな朱色の烏竜騎兵達はわずか50騎。しかし、その姿は戦塵の中にあっても充分な存在感を放っている。

 そして、ヒルデンの者ならば、誰しもその“評判”を知っていた。


 レズニーク家の次男が率いる精鋭部隊。二年前の猪頭鬼猿禍(オーク・ハザード)では山中を駆け、一騎も失うことなく猪頭鬼猿の群れを討伐、撃退している。まさしく精強。味方なら頼もしく、敵なら恐ろしい騎兵部隊だ。


 二列縦隊を組んで駆ける赤騎士の群れに、

「なーにが赤騎士じゃあっ!! ヨアキムの小倅風情が格好つけよってっ!!」

 ムラチェクは青筋を浮かべて吠え、従士へ怒鳴った。

「こちらも騎兵を出せっ! 小倅を蹴散らして全軍に発破を掛けぃっ!」


 かくてムラチェクの右翼に展開していた騎兵約100騎が出撃する。

 ショレムの赤備えと違い、ムラチェクの烏竜騎兵達は装備が統一されていない。が、闘志に不足はない。


 ムラチェクの騎兵隊長が狂猛に吠える。

「赤騎士がナンボのモンじゃあいっ!! 行くぞぉおお!!」

『おおおおおおおっ!』

 雄叫びを上げ、ムラチェクの烏竜騎兵達が複層雁行隊形を組んで疾走していく。




「右翼の騎兵を投入してきたか」

 ショレムはぽつりと呟く。

 バイザーを閉ざした兜の中では、吐息の音がやけに大きく聞こえる。息が早い。息が浅い。緊張している。恐怖と興奮がないまぜになっている。


 バイザーの狭い視界に見えるムラチェクの騎兵達。距離が詰まっていく。相手の背格好や甲冑や得物の詳細が見て取れる。


 顔見知りが幾人もいた。

 子供の頃に世話になった人がいる。家族の話を聞かせてくれた人もいる。モンスターを討伐する時、共に戦った人がいる。一緒に盃を傾けた人もいる。友人、知人と呼ぶべき人達もいる。

 皆、ヒルデンの同胞達だ。


「突撃横隊、擲弾用意っ!」

 それでも、ショレムは戦闘命令を発した。


 周囲の傍付き達が隊全体へ広めるように怒鳴る。

「突撃横隊っ! 擲弾用意っ!」「横隊だっ! 擲弾を用意しろっ!」「突撃横隊へ移れっ! 擲弾用意だっ!」


 赤備えはショレムを中心に烏竜の速度を落とすことなく、二列縦隊から突撃横隊へ滑らかに切り替えていく。


「しゃらくせいっ! 突き破れっ!」とムラチェクの烏竜騎兵達がいきり立つ。

 両勢の烏竜騎兵が戦塵を巻き上げながら疾駆する。飛蹄とも違う烏竜の迫力に満ちた足音が戦場に響く。


 相対距離が瞬く間に狭まっていく。

 200メートル。

 170メートル。

 140メートル。

 100メートル。

 80メートル。

 50メートル


 --に達した瞬間、

「手綱ひけぃっ!」

 ショレムが吠えながら手綱を目いっぱい引き、烏竜の足を強引に停める。

 部下の赤備え共々慣性の法則で騎乗から投げ出されそうになるも、巧みな姿勢制御と騎乗術で持ち堪えた。


「構えっ!」

 赤備え達は手にしていた槍を大地に突き立て、負い革で下げていた擲弾銃を構える。


「なっ!?」

 ムラチェクの騎兵隊長が目を見開いた時と同じく、ショレムが叫ぶ。

「放てっ!」


 赤備え達がムラチェクの騎兵達へ向け、擲弾銃を斉射した。


 ムラチェクの騎兵達が爆炎と弾殻片の嵐に呑まれ、突撃隊形の前衛が破砕される。

 大地に崩れ倒れていく烏竜と騎兵達。彼らの肉体が阻塞となり、後続の突撃を妨げた。崩れた前衛の負傷者達が仲間に撥ねられ、仲間に蹴り殺され。仲間に踏み殺される。前衛の死傷者や烏竜に衝突し、投げ出される者や転倒する者が続出する。


 ショレムは突撃を破砕されて混乱する敵を見逃したりしない。擲弾銃を脇に下げ、傍らに突き立てた槍を引き抜いて叫ぶ。

「情け無用っ! 蹴散らせぃっ!」

『おおおおっ!』

 赤備え達はショレムと同じく、擲弾銃を下げ、槍を手にして烏竜を走らせる。


 ショレムは槍を構え、叫んだ。

「突撃っ!」


      〇


 ヒルデン上空に達した聖冠連合帝国のチャーター飛空客船から、その爆炎の繚乱がよく見えた。遅れて爆音の連なりが届く。


 麗しい初夏の山中、戦場から巻き上がる戦塵と爆煙のなんと場違いなことか。戦場の上空には幾隻かの飛空船が旋回待機していた。どうやら眼下の戦争見物をしているらしい。


 チャーターした飛空船の甲板に立ち、双眼鏡を使って眼下の様子を窺っていた皇族ルツィエは、その公家眉をひそめた。

「ヒルデンで戦が起きているなどと聞いていませんが……これはいったい」


「姫様、ヒルデン駐在領事館に確認が取れました」

 護衛がやってきて報告した。

「どうも、ヒルデン内の一部豪族共が自治領伯に謀反を起こし、眼下にて合戦に及んでいる模様です」


「謀反で合戦だぁっ!? そんな話ぁ聞いてねェぞっ! ンな大事なこと隠してルー様を嫁がせようとしやがってェ……許せねェ。ケジメ案件。ケジメ案件だぞ、これぁよぉ……っ!」

 ルツィエの隣で御付き侍女ヤンカがビキビキと青筋を浮かべてブチギレていた。


 もっとも、当のルツィエは眼下の合戦――しかもかつて読み耽った中近世の軍記物語のような様式の合戦光景を、食い入るように見つめていた。


 鮮やかな朱色の烏竜騎兵達が斉射を浴びて崩れた相手の烏竜騎兵へ向け、突撃した。混乱状態の烏竜騎兵に為す術はなく、朱色の烏竜騎兵達に蹴散らされていく。


 振るわれる刀剣や槍の穂先が陽光を反射し、キラキラと煌めく様が美しい。

 魅入られたような顔でルツィエはヤンカへ告げる。

「船をもう少し近くへ」

 予期せぬ要望にヤンカは目を剥いた。

「ええっ!?」


     〇


 戦場の右翼で送り込んだ騎兵がたちまち壊乱していく様を見て、ゴルド・ムラチェクは歯ぎしりした。

「左翼の騎兵を急ぎ、右翼の後詰に回せぃっ!」

 まだだ。まだ負けてはおらんっ!!


「殿ッ!!」

 容貌魁偉な大男が一歩前へ進み出る。従士団きっての猛者ベイチェクだ。

「某の隊に出撃の御許しを。あの小僧共を蹴散らしてまいります」


 ムラチェクは数瞬の逡巡後、決断した。

「20騎、預ける。頼むぞ、ベイチェク」


「はっ!」

 猛者ベイチェクは大きく頷き、叫ぶ。

「出るぞっ! 馬ひけぃっ!!」




「ショレム様っ! 新手ですっ!」

 部下の報告を受け、ショレムはバイザーを上げた。


 荒れた息を整えながら敵勢を窺う。初夏の陽気と激しい戦闘で分厚い鎧下服まで汗みずくになっていた。顔いっぱいに汗が滝のように流れている。


「左翼の騎兵を回してきたか」

 ショレムは素早く決断した。返り血で濡れた槍を掲げ、叫ぶ。

「いったん離脱するっ! 30メートル後退っ! 集結しつつ態勢を整えよっ!!」


「30メートル後退っ! 再集結だっ!」「下がれっ! 再集結っ!」「再集結だっ! 引くぞっ!」

 部下達が怒声を張り、隊全体に命令を広める。


 ムラチェクの右翼騎兵達が死傷者多数で戦闘力を喪失していたため、赤備え達は問題なく離脱に成功。ショレムを中心に横隊を整える。

「損耗はっ!?」

「7……いえ、9騎。9騎やられましたっ!」


 くそ、想定より多いな。ショレムは内心で毒づきつつ吠えた。

「擲弾用意っ!」

 赤備え達ががしゃがしゃと擲弾銃を装填してゆく。爆栓を開けて装薬を詰め、銃口から擲弾を押し込む。


「ショレム様。敵は左翼の騎兵だけではないようです」部下が忌々しそうに「血塗れベイチェクの野郎が混じってます」


 ムラチェク家子飼いの猛者ベイチェク。

 ヒルデン最強格の戦士であり、最も冷酷非道な人間の一人だ。ある年の飢饉で一揆が生じた時、ベイチェクは見せしめとして一揆首謀者とその家族を公衆の面前で嬲り殺しにした。恐怖が規律を作るとのたまって。


 棟梁家の次男として、ショレムはベイチェクの言い分と所業に一定の理解が出来る。

 が、理解できること自体がショレムには不愉快なことで、ベイチェクのような男は大嫌いだった。人質生活中、ノエミやドランと接して領主や経営者の在り方を学んでからは、一層嫌いになった。


 レズニーク家が治める新たなヒルデンに、奴のような男は要らない。


 ショレムは叫ぶ。

「擲弾斉射後は機動戦闘に入るっ! 総員、用意っ!」

 奴はここで仕留める。必ず。


続きは今日中に。

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― 新着の感想 ―
[一言] コミック版ナウシカの戦闘シーンが目に浮かぶなあ 急静止して擲弾投擲でドルクの重砲土塁を破壊して回るやつ
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