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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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232/336

閑話24a:ヒルデン1776

割烹からの転載です。内容に変化はありません。

某大河ドラマのパロディ色が強めです。

 かくて語らん、ヒルデン騒乱の顛末を。


 現代社会を見れば分かるように、歴史書に記されるような戦争に至らずとも、国内外で激しい衝突や騒動、抗争の類はいくらでも起きている。


 近代ではフェートン号事件や露寇のような現場の独断による事件も珍しくなかったし、ハドソン湾公社と北西会社の企業抗争も氷山の一角に過ぎない。

 映画『ギャング・オブ・ニューヨーク』みたいな犯罪組織の抗争事件も、列強国内ではしばしば発生していた。

 ナポレオン戦争後は民主主義や共和主義、左派思想などの登場で、その手の事件も増えている。


 ロクな記録の無いド田舎やド辺境ともなれば、何が起きていたのか誰にも分からない。

 そういう意味では、共通暦1776年に起きたヒルデン騒乱は珍しいケースだろう。


 自治領伯レズニーク家に不満を抱いた豪族衆が蜂起し、武力衝突に至ったのだ。

 クラシック・スタイルで。


     〇


大陸共通暦1776年:夏

大陸西方メーヴラント:ヒルデン独立自治領

―――――――――

 ヒルデン独立自治領棟梁、現在は帝国自治領伯に叙せられたヨアキム・レズニークは困っていた。


 某国営放送大河ドラマで例えるなら、草刈正雄版真田昌幸みたいな彼は、誰へともなくぼやく。

「まさかこんなことになるとはのぅ……」


 第一次東メーヴラント戦争の前後、ヒルデン独立自治領は自分達の与り知らぬうちに聖冠連合帝国の保護下に置かれた。

“モニョる”ものがあったが、ド辺境のド田舎であるがゆえに貧乏なヒルデン独立自治領は、紐付きでなければ生きていけない。不満と共に飲み込まねばならない現実である。


 そして、第一次東メーヴラント戦争を機に、聖冠連合帝国がヒルデン独立自治領を『東』とカロルレン王国相手の空運貿易拠点として投資/開発を始めると、ヒルデン独立自治領は激変した。


 猫の額ほどしかなかった飛空船離発着場は聖冠連合資本で拡張され、ベルネシア製大型飛空貨物船が幾隻も駐留可能なほど大きくなった。

 今や、離発着管制施設や整備工場、倉庫群も整えられ、卸市場も備えた領最大施設に化けてしまった。

 帝国や『東』やカロルレンから様々な文物や物資が毎日届き、多額の金穀でやり取りされている。


 離発着場の傍には聖冠連合帝国、カロルレン王国、『東』の出先商館も並ぶ。貿易を円滑に回すために帝国から内政官や外交官が送り込まれてきたし、カロルレンと『東』の小規模領事館が設置された。


 カロルレンと帝国からは冒険者の集団がやってきて、ヒルデン山塊内で冒険を楽しみながら、モンスター狩猟や天然素材採取に勤しみ、飛空船乗り達と同じように領内の飲食店や宿泊施設、娼婦などに金を落としていく。


 陸の孤島状態であることに変わりはないが、ヒルデンはド辺境のド田舎からメーヴラント最東端の商業拠点、空運の要衝に生まれ変わった。


 この急激な変化にヒルデン独立自治領民達は困惑しつつも喜んでいた。飢えや貧乏から脱却できることを歓迎していた。これからの繁栄に期待していた。

もっとも……変化を享受する側と、変化に対応せねばならない側では話は違う。


※   ※   ※

 ヒルデン独立自治領を保護領化した聖冠連合帝国は第一次東メーヴラント戦争後、その保護領統治の内容をヒルデンへ通達した。


 ヒルデンの事情を完全に無視してレズニーク家を帝国自治領伯家に定め、他のヒルデン豪族衆をレズニーク家の“陪臣”にしてしまったのだ。管理上の手間を省くために。


 帝国にとって重要なのは『東』とカロルレンから得る空運貿易のアガリであり、ド辺境のド田舎の税収その他ではない。

 逆に言えば、空運貿易の権益は帝国がガッツリ握っており、レズニーク家やヒルデン独立自治領はそのおこぼれに与っているだけだった。


 この統治内容で問題となったのは、莫大な利益を生む空運権益を帝国に握られたこと、ではなく、ヒルデン豪族達がレズニーク家の陪臣にされてしまったことだった。


 この件に関し、

「ふざけるなっ!!」

 レズニーク家に次ぐヒルデン豪族ムラチェク家が猛反発していた。


 某大河ドラマ風の西村雅彦な信濃国人衆室賀正武を思わせるゴルド・ムラチェクは、顔を真っ赤にしてヨアキムへ食ってかかった。


「儂らは確かに生活が豊かになれば、と望んだ。ああ、望んだとも。だがな、貴様の家臣になるなどと言った覚えはないっ!!」

 そうじゃそうじゃっ! しれっと儂らを家臣にしよってっ! 

 この件に腹を立てている豪族達がムラチェクに続く。


 激昂する西村雅彦なムラチェクとその他豪族を宥めようと、大泉洋の真田信之的なレズニーク家嫡男パヴェルが口を挟む。


「父は常にヒルデンと皆様のことを考え」

「黙れ、小童っ!!」


 パヴェルに一喝し、西(以下略)なムラチェクはぎろりとヨアヒムを睨みつけた。

「なぜ我らが貴様の陪臣(またもの)にならねばならんっ! 確かに貴様はヒルデン棟梁だったが、我らは同格っ! 棟梁も単なる肩書にすぎんわっ!」


「それは父ではなく帝国の」とパヴェルが口を開くも、

「黙れ小童ぁっ!!」

 ムラチェクはパヴェルに怒鳴り散らす。


 ヒルデン独立自治領棟梁はレズニーク家だ。

 が、豪族衆はレズニーク家の家臣ではなく同盟者であり、それぞれが自領を持つ独立勢力だ。棟梁という肩書はあくまでヒルデンの代表者という意味であって、ヒルデンの全権を掌握した支配者という意味ではない。


 なのに、突然『今日からお前らはレズニーク家の家臣だから』と余所者の聖冠連合帝国に決められてしまったのだ。そりゃムラチェク達も怒ろう。


 豪族衆も勢力の強弱と貧富があるが、レズニーク家の陪臣になることを許容した家と反発した家の差異は、単純にレズニーク家との関わり方だった。過去の恩讐や因縁、家同士の利害と打算、ヨアキムに対する個人的好悪の感情等が入り組んでいるため、説得は困難極まる。


「貴様が自治領伯を名乗ろうが、他の者が付き従おうが、儂は、ムラチェク家は従わんぞっ! 不満ならば剣を持って掛かってくるが良いっ!!」

 おお、そうじゃそうじゃっ! 文句があるなら合戦でケリをつけようぞっ! とムラチェクに追従する豪族達が血気盛んに喚く。


 あまりの言い草にパヴェルが口を開きかけるも、ムラチェクが怒号を被せた。

「だーまれぃこわっぱぁあっ!!」

 パヴェルは一言も発する間もなく、口を噤まされた。

※  ※  ※


 とまあ、こんな調子でレズニーク家の自治領伯叙爵以来、ヒルデン独立自治領は親レズニークと反レズニークで真っ二つになっていた。


 レズニーク家は豪族衆の懐柔と説得に骨を折り続けてきたが、ムラチェク家を筆頭に反レズニーク派は態度を硬化させるばかり。下の者達の小競り合いや喧嘩騒ぎも増える一方だ。


「まいったのぅ」

 ヨアキムは再びぼやき、煙管を用意して一服。溜息を混ぜて紫煙を吐いた。


 共通暦1776年。

 事は下手をすると、ヒルデン独立自治領内で内乱に至るかもしれない。そんな情勢にまでなっていた。


     〇


 ヨアキムがぼやいていた頃、帝国中枢でもヒルデン情勢の悪化が議題に上がっていた。


 ヒルデン独立自治領の情勢は聖冠連合帝国にとって、小さな水槽の中でメダカが喧嘩しているようなものだ。しかし、大事な空運関係施設を破壊されても困るし、貿易に支障が出ても困る。それに、宗主国の権威にも関わる事態になっても面倒だった。


 というわけで、皇帝レオポルドは重臣達にヒルデン独立自治領の対処を諮問した。

 なんぞ解決案はないか、と。


 これに答えたのが、聖冠連合帝国史上屈指の名宰相サージェスドルフだ。

「レズニーク家の嫡男へ皇族を嫁がせては如何でしょう。自治領伯家に箔付けが出来ます」


 セイウチのような体躯の老人サージェスドルフは政略婚を提案し、続けて候補者の名前を挙げる。

「傍流筋のルツィエ様は未亡人となられてから二年。再婚されても良い頃かと」


「ルツィエか」

 レオポルドは親戚の娘を脳裏に描く。たしか今は20代半ば頃。10代終わりに結婚したが、流行りの病で夫が亡くなり、子もいなかったため生家に出戻っている。


 帝室シューレスヴェルヒ家を中心とする系図を俯瞰すれば、ルツィエの実家は系図のまさに端っこ。バツイチであることを考慮すれば、ド辺境のド田舎に嫁がせても良い“駒”だ。


「レズニーク家の嫡男はいくつだ?」

「24歳です」と秘書官が資料を手に「ただ、二年前に陪臣から嫁を取ってますね。次男坊は20歳で未だ独身です」


「既婚か。かといって、次男坊に嫁がせ、家督を継がせては却って火種を生みそうだな」とレオポルドが唸る。


「嫡男はまだ子もこさえておらんようですし、離婚させればよろしい」

 サージェスドルフはしれっと告げた。


 皇帝レオポルドをはじめ、周囲の面々が思わず目を丸くした。

 彼らの中には愛人を抱えている者も少なくないし、妻との仲が冷え切っている者もいたが、それでも軽々に離婚は出来ない。

 政略結婚なら家同士の絡みがあるし、恋愛婚でも彼らの聖王教的価値観などから離婚は容易くない。事実は何であれ、結婚は神聖なものという宗教的価値観が強いから。


「さ、流石にそれは……」と困惑する皇帝レオポルド。


「何も今現在の嫁を殺せとは言いませんし、離婚させた後に愛妾として囲う等は彼らの自由です。

 大事なのはレズニーク家の嫡男に皇族が嫁ぎ、統治者としての正統性をもたらすことと帝国のレズニーク家支持を示すことですから。

 仮に、レズニークの倅とルツィエ様の間に子が出来ずとも、ルツィエ様の家門から養子を取らせることも出来ましょう」


 帝国の老番頭サージェスドルフの提案に誰もが絶句する。が、サージェスドルフの話はまだ終わっていなかった。


「この結婚でヒルデンが安定すれば良し。この結婚が成立してなお内乱が発生するなら、鎮圧の名目で不穏分子を綺麗さっぱり粛清してしまえば良し。いずれにせよ、ヒルデンは落ち着きます」


 何が老いたから引退する、だ。全然切れ味が鈍ってねーぞ。と誰かが呻く。

「政略としては申し分なかろうが、教会は如何する?」


「古今東西、愛なき不実な結婚など星の数ほどまかり通っているのです。神は離婚の不徳など笑ってお許してくださいますとも」

 迂遠に教会なんぞ気にするな、と言ってのける帝国の老セイウチ。体も肝も図太い。


 レオポルドはしばし思案した後、こめかみを揉みながら告げた。

「ルツィエには十分に手配せよ。それから、離縁させられる嫁とその実家にも多少の配慮をしてやるように。細かいところは卿に任せる」


「彼らは陛下の慈悲深さと御厚情に感謝するでしょう」

 サージェスドルフは悪党面に似合いの悪役笑いを湛えた。


     〇


「り、離縁しろとっ!?」

 大泉洋な真田信之ことレズニーク家嫡男パヴェルは目を剥いた。

「しかもバツイチの皇族を娶るためにッ!?」


「政略としては悪くないのが、始末に悪いのう。太っちょ宰相はホントに油断ならん」

 草刈正雄版真田昌幸なヨアキムは未だ仰天しているパヴェルを余所に、帝国からの書状を手にして唸る。


 パヴェルに皇族を嫁がせることでレズニーク家に統治者の正統性を与えると共に、皇族の血を入れることで将来的な帝国領化の種を植える。それに、帝国の方針によって嫡男を離婚させることで、レズニーク家が完全に従属していることを示せる。

 他にも狙いはあるじゃろうが……なんとまぁ性格が悪い奴よな。


「しかし、えらい別嬪じゃぞ。ほれ、お主も見てみぃ」

 書状に同封された写真のルツィエ姫は、見事なメーヴラント系美女だった。 

 気品ある細面にたおやかな体つき。やや公家眉っぽいところがシューレスヴェルヒ家の血筋を感じさせる。


「た、たしかに美人ではありますが、某はサラと離縁する気はございませんっ!」

 パヴェルは眉目を吊り上げて吠える。


 妻のサラとは政略結婚ながら、パヴェルはこの妻を大事にしている。

 無体なことを言えば、田舎豪族娘のサラと、バツイチとはいえ皇族令嬢のルツィエでは、バツイチとはいえルツィエの方がずっと美しい。露骨に言えば、某国自動車メーカーのパッとしないセダンと、ロールスロイスの最高グレードくらい美醜に差がある。


 が、パヴェルにとって美醜より信義と仁義と愛が問題だった。

「だいたい、斯様な理由で離縁などとっ! 教会になんと申し開きをすれば良いのですっ!!」


 この時代の聖王教圏の純朴な田舎において教会の発言力は大きいし、個々人の信仰も無視しえない事由だった。


「あー……その方面の問題もあったか。悩ましいことが多すぎて頭が回らんわ」とすっとぼけるヨアキム。

「父上っ!!」

 ぎゃーぎゃーと喚くパヴェルとげんなり顔のヨアキム。


 父と兄がそんなやり取りする傍ら、堺雅人の真田信繫なレズニーク家次男ショレムが言った。

「兄上には申し訳ないですけど、このお話はお受けするしかないですよ。お断りしては皇帝の不快を買いますし、下手をすると破談を口実に御家取り潰しにされかねません」


「そうじゃの」

 ヨアキムは次男の指摘に頷き、顔を引きつらせる長男へ頭を下げる。

「すまぬが、パヴェル。折れてくれ。サラと実家には儂からも頭を下げるし、悪い扱いはせん。教会のことも儂がなんとかする。この通りだ」


「ぐ、むぅ」とパヴェルが顔いっぱいに苦渋を浮かべる。根が真面目だけに道理があっても、こういう不義理を承諾し難い。


 そんな兄を気遣いながらも、ショレムは懸念を告げた。

「兄上の縁談とは別に、不味いことになるかもしれないです」


「不味いこととな?」「なんだ、その不味いこととは?」

 ヨアキムとパヴェルが『ほかにも不都合があるのか』と嫌そうに眉根を寄せる。


 ショレムは顎先を掻きながら言った。

「皇族の姫様が兄上に嫁いだら当家は皇族縁戚でしょう? そんな家が陪臣に乱を起こされたら、大変な不面目ですよね?」


「「……」」

 強張った顔を見合わせる父と兄を余所に、ショレムは続ける。

「それに、ムラチェク殿達も皇族縁戚へ反抗しようものなら、一族郎党根切りにされかねないわけですから……この状況のまま、という訳にはいかないのでは?」


 最悪の事態を想像し、パヴェルは顔を蒼くして呻く。

「……確かに不味い。不味いですぞ、父上」

「縁談が成る前に片を付けねばならんな……」とヨアキムも苦り切った顔で呻く。



 こうして、レズニーク家は決断するしかなかった。

 皇族ルツィエ姫が来るまでに、反レズニーク派を屈服させるしかない。たとえ、武力衝突に至ってでも。


 決断するしかなかったのは、ムラチェク家も同じだった。

 皇族ルツィエ姫がレズニーク家に嫁いだなら、もはや手出しできない。

 かといって今更詫びを入れても、これまでの経緯からどんな報復や迫害を受けるか分からない。


 逃げるという選択肢はあり得ない。ヒルデン豪族としての矜持と誇りが許さない。帝国が決めた陪臣格は覆せないにしても、レズニーク家にムラチェク家の力を示して何らかの特権を引き出し、その特権を以って存命を図るしかない。


 あまりにも御都合的で自己本位な思考展開かもしれないが、国人領主的な豪族としてはむしろ“常識的”な範疇だった。

 ゆえに、ムラチェク家と反レズニーク派は決断する。


 もはや剣で我を通すのみ、と。


       〇


 傍流筋の皇族ルツィエ姫はスポーツとして武術や乗馬などを嗜むアクティブな女性だった。なんたって亡夫へ嫁入りした際、愛用武具一式を持ち込んだほどである。


 この趣味嗜好が婚家と上手く折り合いが付けられなかった理由でもあった。

 舅姑達はいつも「皇族の姫がかくも無作法な趣味を持つなんて、はしたない」という具合にルツィエをイビっていたし、夫もルツィエの趣味を理解しなかったし、許容しなかった。


 ルツィエ姫の許へ再婚話が届けられたのは、ルツィエが不幸せな結婚生活かつ死別による出戻りで、すっかり気落ちしている最中だった。


 使者から結婚斡旋の口上を聞いたルツィエは、憂い顔を大きく曇らせた。

「相手方に離婚を強いてまで私を嫁がせる、と」


 傍に控えていた御付き侍女で幼馴染で親友のヤンカが、額にビキビキと青筋を浮かべ、ミシミシと音を立てて拳を固く握りこむ。


「……ルー様にあんなド辺境のド田舎に住む山賊崩れの成り上がり者のバツイチ倅へ嫁げってかぁ? この野郎、袋にして砂にしてやろうか、おおっ!?」

 純朴そうな容姿をしているくせ、強烈な悪罵を吐く面差しは女暴走族(ヤンキー)そのものだ。


 なお、ヒルデンとレズニーク家も罵倒されたが、まあ、帝国人からすれば、ヒルデンとその自治領伯家の認識はこんなもんだから仕方ない。


 それよりも、ブチギレていたのはヤンカだけではない。この場に同席していたルツィエの両親も一部家人達もかなりキていた。特に当主たる父親がヤバい。今にも剣を抜きそうだ。

「我が娘をここまで愚弄するとはのぅ……陛下と中央は当家の謀反をお望みか」


「ざ、暫時っ! 暫時っ! 誤解ですっ! これは愚弄に非ずっ! 良縁の御紹介でございますっ!!」

 使者が慌ててヤンカと当主を宥め、必死にペラを回す。


 確かにヒルデン独立自治領はド田舎のド辺境であるし、レズニーク自治領伯家は成り上がりの田舎豪族である。

 が、彼の地は空運貿易の要衝として大いに発展中であり、帝国も帝室も重視している。

 彼の家も皇族ルツィエが嫁ぐことで家名も大きく高められるから、ルツィエが無体に扱われることは決してない。

 加えて、嫁ぎ相手の自治領伯嫡男も気骨ある好男子だから。


 --等々と営業員の如くセールストークを繰り広げた。

 ルツィエは瞑目して静かに頷く。

「……是非も無し。臣として皇帝陛下の思し召しに従うまで」


「お待ちあれっ! ルー様、逸ってはなりませんっ!」ヤンカはぎろりと使者を睨みながら「この言上が正しいかどうか怪しいもの。ここはまずお忍びで彼の地を視察すべきです」


「ちょ、」使者が口を挟もうとするも、

「貴様ぁ黙っとれっ!」

 ヤンカは使者を黙らせ、ルツィエに言上を述べる。


「ルー様は既に一度、御結婚して御家と御国に尽くされました。 お忍びで現地と相手を窺い、判断なさるくらいの御自由があって然るべきと愚考しますっ! 二度目の御結婚はルー様の御意思で是非を決断する権利がございましょうっ! なによりも、なによりも、ルー様には幸せになる権利がございますっ!!」


 家族も家人達も『然り然り』と大きく首肯する。

「ヤンカの言は道理ぞ。否、この父が魂魄を懸けて宮廷に呑ませてくれようぞ……」

 父が告げ、顔を冷や汗塗れにしている使者を凝視した。

「使者殿……我らの意志、陛下と中央にしかと伝えられよ」


 使者はただこくこくと首を縦に振る以外なかった。


     〇


 かくて運命の時は訪れる。


 ヨアキムは反レズニーク派の首魁ゴルド・ムラチェクを暗殺して片付けようと思っていたが、ムラチェクも読んでいたらしく、ヒルデン中にヨアキムへ合戦を挑む由を公言した。


 男性原理が幅を利かす時代であり、ましてやド僻地で古典的価値観が色濃く残るヒルデン独立自治領だ。旧ヒルデン豪族棟梁が合戦の果たし状を受けておきながら、騙し討ちなどしようものなら、他の豪族も民もレズニーク家を支持しなくなる。


 ムラチェク家ももはや後に引けない。ここで『やっぱりごめーんね』など服従を申し出ようものなら、7代経ても『腰抜けのムラチェク』と後ろ指差されるだろう。


 聖冠連合帝国やカロルレンの在ヒルデン関係者は、中近世の御家抗争さながらの騒ぎに『なんだこれは、たまげたなぁ』と呆れていた。

 ただし、『東』の連中は『これは良き合戦が見聞できそうですな』と喜んでいた。文化がちがーう。


続きは本日中に。

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