閑話23:祭りの前の賑やかさにも似た・・・
遅くなりまして申し訳ござらん。
R18ルールに引っかかるかもしれない、という御指摘をいただいたので、少し修正しました。
物語の内容に変化はありません(3/24)。
11/16)R18ルールに引っかかったかもしれないので一部表現の削除と修正。
「魔導技術は停滞している」
ヴィルミーナの発言は魔導の技術界隈だけでなく学術界隈まで届き―――
『素人がっ! なーんもわかっとらんっ!』
方々からお怒りを買っていた。
『そりゃ非魔導技術の発展は著しいに決まってんだろっ! “ぽっと出”の“新興”技術なんだからっ! こっちゃあ共通暦制定以前から研究開発が続いてんだっ! 今更ぽんぽこちゃかぽこ仰々しい革新が起きるかってんでぃっ!!』
『そもそも停滞してねーしっ! 少しずつだけどきっちり発展してるしっ! 少しずつだけどちゃんと進歩してるしっ! 少しずつだけどっ!!』
ちなみに、彼らの言う発展とはHD画質が4K、8Kになったようなもんで、昭和のおばちゃんにしてみれば、『ほー綺麗やなあ、で? 何が変わったんや?』レベルの進歩である。つまり、専門的過ぎて発展具合が全然伝わらない。興味が無い人間にはブラウン管から液晶に進歩したくらいのインパクトが無いと努力の成果が伝わらない。哀しいなあ。
「あちゃー……」
新聞に目を通しながら、ヴィルミーナはげんなり顔を浮かべた。
某会食時の発言が“なぜか”新聞にすっぱ抜かれ、その発言に対して方々から反論、批判、非難が喧々諤々。中には白獅子や王妹大公家へ抗議文を送りつけてくる始末。よっぽど腹に据えかねたらしい。
ヘティからも『技研に何人の魔導技術者や研究者が居ると思っているんですかっ! そもそも黒色油精製も動力機関も魔導技術あっての成果ですっ!!』と大変な御叱りを受けてしまった。
かくてヴィルミーナは白獅子の持つ広告会社や新聞社を通じて『不勉強から軽率な発言をして申し訳ありませんでした』と謝罪広告を打つ羽目になった。発言の自由には発言の責任が伴うという実例を味わった。
「痛い目に遭ったわ……」
遠い目をしながら執務椅子に体を預けるヴィルミーナ。
なお、本当に痛い目――地中海情勢の悪化に伴う黒色油調達の危機という事態が待っていた模様。
〇
方々からの猛反発を受けてヴィルミーナがトホホと嘆息を吐いていたが、実のところ、ヴィルミーナの指摘は魔導術界隈にとって耳の痛い“事実”でもあった。
魔導技術は今も日々発展と進歩を続けている。
しかし、現行の産業革命のように社会を変えてしまうような事態は久しく迎えていないことも、事実だった。
数学や物理学、言語学など様々アプローチが試みられているものの、魔導技術の飛躍にはつながっていない。
加えて、魔導技術の研究開発に掛かる費用が桁違いに増えていたことも、発展と進歩を妨げている。
科学の発展史を読み解けばわかるように、学問も技術も高度になればなるほど、発展と進歩に掛かるコストが激増していく。
近代魔導技術は高度に発展した結果、魔導技術の研究開発には相応の資金と資源が必要になっていた。そして、それはもはや個人で賄いきれる段階を過ぎていた。国家や企業、資本家の紐付きなくして成果は得られない。紐付きである以上、スポンサーの意向を完全に無視しえない。
ベルネシアに限って言えば、魔導術士業界の構造も一因に上がるだろう。
魔導術士の教育/育成能力、魔導術の学術的研究能力が魔導学院と魔導総局に集中しすぎているため、多様的発展性の幅が狭い。聖王教会でも失伝魔導術などの研究が行われているが、こちらはこちらで研究機関の規模と宗教的制約などの事情があった。
ベルネシア聖王教会は準貴族令嬢アリシア・ド・ヴァイクゼルを聖女候補とし、ロスト・マギカの再現を試みていたが、その目論見は叶わなかった。
黒死病の蔓延から人々を救ったという『“天使憑き”マリアの癒光』をまったく再現できなかった。
ただし、全てが無駄という訳ではなかった。
アリシアという規格外――敢えて言うならば、超人の調査/研究は魔導生命工学や魔導医学の分野で大きな成果を上げている。
別ベクトルでは、アリシアは教会の広報活動に貢献していた。ベルネシア戦役における『ワーヴルベークの聖女』であり、運動競技会や自転車競技大会で入賞するスポーツ選手であり、なんやかんやで有名人。聖人としては扱えないが、悪くない広告効果をもたらしている。
ここで視点を変えてみよう。
魔導技術文明世界で魔導術に長けた国とはどこか。
地球史における文化人類学的見地で言えば、古今東西、人種民族宗教を問わず何らかの形で呪術や魔術などの神秘思想を持っていた。ユダヤ・キリスト・イスラムのような絶対的一神教価値観においても神秘思想を保有していた辺り、呪術だの魔術だの魔法だのといったものは、人類共通の妄想なのかもしれない。
魔導技術文明世界の場合、魔導術は実現しえる立派な技術であり、地域や民族集団ごとに文化論的な差異がある。
大陸西方圏で言えば、土着信仰や文化に由来する体系と聖王教会体系が存在する。もちろん主流は後者であり、その筋から最も魔導術に通暁した地域は聖王教会伝統派総本山を擁する大陸西方コルヴォラントだった。
〇
非魔導技術の産業革命を推し進める3列強、3列強に追従する西方メーヴラント各国や北方の国々と違い、大陸西方コルヴォラントは魔導術を純粋科学として、応用科学として扱い、その発展と進歩に力と金と時間を注いできた。
非魔導技術――特に産業の機械化や重工業こそ大きく後れを取っていたものの、単純な魔導技術の発展具合で言えば、列強となんら遜色ないレベルにあった。問題はコルヴォラント諸国が小勢ゆえに、発展した魔導技術を大々的な発展に活かしきれていなかったことだろう。
この頃、コルヴォラント諸国は地中海での戦に備え、アルグシアを仲介人として連合軍を結成した。
平和主義を標榜する法王国は参加こそしなかったが、好意的中立を宣言したうえで義勇兵の参陣(実態は正規軍の派遣)と戦時債券の購入の自由(要は資金援助)を認めた。
とはいえ、『じゃ、今日からまとまって行こうな!』と言ってまとまることが出来るなら、こんな小国林立状態になっていない。外敵の存在“程度”でまとまれるなら、メンテシェ・テュルクが建国された数百年前に、コルヴォラントは統一国家になっていたはずだ。
で、猿山の頂点を巡る内輪揉めが起こった。
西のチェレストラ海側と東側のエトナ海側でそれぞれ西部連合艦隊、東部連合艦隊を構成(その中でも部隊別に指揮権が細分化された)。
陸では北部連合軍と南部連合軍に分かれ、統一総司令部は創設されなかった。
情報を得た3列強の軍部は「……なめてんのか、こいつら」と呆れたが。
話が政治にズレた。
連合軍を結成したコルヴォラント諸国は、法王国を中核に魔導技術の相互協力体制を作り出した。お互いに得意な部分を融通し合って戦力アップを図りましょ、と。
「火砲の射程や威力では奴らに勝てない。だが、やりようはいくらでもある。我々の魔導術なら可能だ」
海上において風系魔導術は帆船の運動能力を左右したし、水系魔導術は攻守において胆だった。火系魔導術の効果は説明するまでもないだろう。それこそ翼竜騎兵達の戦いは昔ながらに魔導術を撃ち合うものだ。
ならば、皆で力を合わせて少しでも魔導技術や戦闘魔導術を強化しよう。という訳だ。手持ちの限られた武器を活かし、より強力にしようとする努力は、正しくはある。
まあ、前述したように腹の底では互いの足を引っ張る気満々だから、秘中の秘を明かす気は全くなかったし、場合によっては嘘っぱちを流して混乱させてやろうとさえしていた。どーしようもない。
ただし、腹黒いお偉方と違い、ある意味で能天気なまでの無邪気さを持つ学者達や研究者達は、この知識の大集結――『法王国大学会』を喜んだ。
コルヴォラント各国の魔導学者や研究者達は研究室の中だけでなく、廊下や中庭、近所の食堂や辻ですら議論を交わし、仮説を語り合い、共に真理や真解を探求した。
やがて、アルグシア連邦から派遣された学者や技術者がこれに加わり、彼らの集まりは一層活気づき、盛り上がった。彼らの中には国家帰属意識の乏しい聖冠連合帝国人やクレテア人、ベルネシア人すらいたという。行く方も受け入れる方も暢気この上ない。
戦争が間近に迫っていた中で、とある魔導学者が『かつてない幸せな時間』と書き残したように、コルヴォラント魔導技術界隈は幸福で充実した日々を過ごしていたのだ。
「ほんと、最高だなっ!!」
学会を謳歌する学者の中で、ギイ・ド・マテルリッツも満面の笑みを浮かべていた。
〇
「……しれっと修道院から姿を消してどこに行ったかと思えば……コルヴォラントの『大学会』に参加していたとは……」
王太子近侍カイ・デア・ロイテールから報告を受けた王太子エドワードは、思わず眉間を押さえた。
30を過ぎたエドワードは近頃、威厳を出そうと口髭を生やし始めていた(正統派イケメンのため髭も似合うが、子供達が『ちくちくする』とキスを厭がるようになったので、やっぱり剃るか迷っている)。
「危険はないのか? 法王国と言えば、伝統派の総本山だ。異端審問に掛けられたりしてないだろうな」
「ゲストとして遇されているようです。ギイ自身は信仰心や宗派に篤くありませんから、下手をすると改宗したのかもしれません。魔導術を学ぶためなら、それくらいやります」
30になり、チャラ男から伊達男に進化したカイも、どこか呆れ気味に言った。
王都の連続殺人事件以来、ギイは療養として修道院押し込めになったが、その修道院内で魔導術の研究に勤しんでおり、数々の論文や書籍を書き上げていた。
ちなみに、ギイは同じく修道院押し込めになった貴族子女や若い修道女と度々関係を持ち、幾度か修道院から追い出されそうになっていた。エロゲーの主人公かよ。
エドワードは深々と溜息を吐いて、
「そもそも、どうやってコルヴォラントまで行ったんだ? 金は次姉君が管理していたのだろう?」
「どうも書籍の出版関係筋から金を借りていったそうです。曰く『ちょっとコルヴォラントまで出かけてくる』と」
「あいつはぁ……」
眉間を押さえて慨嘆をこぼす。
「連れ戻しますか?」とカイ。
「……流石に一私人のあいつのために人員の派遣など出来ん。俺にも立場がある」とエドワードは苦しげに言う。
王太子が一私人のために、戦争が起きそうなコルヴォラントへ人を送り込むことは、私情に過ぎる。たとえ相手が幼い頃からの親友だとしても。
「民間に頼る手もあります」カイは周囲を確認してから、友人として告げる「何もせず後悔するよりは手を打って悔いる方が良いですよ。エドワード」
「ヴィーナに頼むか……」
「白獅子は戦火に備えて地中海貿易の代替貿易ルートの開拓に忙しいようです。それこそ表裏両面で躍起になってますよ。とても手を割けるとは思えません」
「ダメか」エドワードはこめかみを揉み「他に信頼できる依頼先はあるか?」
「お任せを」
カイはにやりと微笑む。伊達男らしい笑顔だった。
〇
ギイ・ド・マテルリッツは『大学会』を堪能していた。
ついでに、コルヴォラント女性も堪能していた。
かつてのカワイイ弟系美少年は30過ぎて小柄なイケメンになっている。加えて、王都連続殺人事件以来、チャラ男カイ・デア・ロイテール以上に女性関係が奔放となったギイは、情熱的なコルヴォラント女性との触れ合いを楽しんでいた。
ただ『接待で美女をあてがわれる』というシチュエーションはギイの趣味に合わない。好みの女性を自身の魅力と努力でベッドに連れ込んでこそ、女遊びの醍醐味だ。
高級レストランの個室に招かれたギイは、美女の接待を受けながら、ホストのコルヴォラント紳士へ嫌厭顔を向けていた。
明らかに筋者を思わせるコルヴォラント紳士が、ギイに言った。とても柔らかな口調で。
「シニョール・マテルリッツ。貴方の知性と識見は素晴らしい。その優れた才知をもっと刺激的な仕事に費やしてみませんか? もちろん、そのための待遇と報酬は御用意させていただきます」
平たく言えば、近い将来に起きるであろう戦争へ協力しろ、ということだった。
古コルヴォラント語の敬称まで使う丁寧な言葉に、ギイはげんなりと眉を下げる。
「よしてくれ。そう下手に出なくていい」
落ちぶれてはいるが、元は王太子側近として育てられたギイである。このコルヴォラント紳士の穏健な提案を蹴った場合、脅迫に切り替わることが想像に易い。
この数日のうちに抱いた女性の誰かしらを理由にした美人局紛いか、あるいは奥の部屋に連れ込んで拳骨が使われるか。ひょっとしたら異端審問送りかもしれない。
なんにせよ御免被る。
かといって、ここで大立ち回りして逃げる気もない。
『大学会』でもっと学びたいし、異国美女をもっと抱きたいし、異国の美食や名所を楽しみたい。
実に享楽的かつ自己本位な希望から、ギイはあっさり告げた。
「技術協力なら少なくとも大学会が閉会するまで協力するよ。荒事への協力なら諦めてくれ。僕はその方面がからっきしだ。閉会後は放り出してくれるとありがたい」
「私共もシニョール・マテルリッツの要望に沿いたい考えです。しかし、よろしいのですかな? 場合によっては御同胞や祖国と敵対するやもしれません」
冷たい眼差しを向けてくるコルヴォラント紳士に、ギイは隣に座る美女の髪を指で梳きながら、
「僕にとって優先すべきは魔導の深淵に潜む真理だよ。そのための識見を体得し、才知を研鑽する。これに比べれば、同胞も祖国も顧みるに値しないね」
不意に美女の首へ手を掛けた。その手の冷たさに美女が悲鳴を漏らす。
ギイの深い青色の瞳に宿る狂気を垣間見たコルヴォラント紳士は、薄気味悪そうに目を背けてワインを口に運ぶ。上等なワインが酷く不味く感じた。
ふ、と酒精臭い息を吐き、コルヴォラント紳士は言った。
「では、契約成立でよろしいですかな、シニョール・マテルリッツ」
「構わないよ」
ギイは美女から手を放して大きく頷き、口端を緩めていった。
「それじゃ待遇と報酬について説明してもらおうか」
〇
人間万事、光あれば闇も伴う。
純粋に真理や真解を探求する無垢な学者達や研究者達が、『大学会』を楽しんでいる裏で、軍事魔導技術者達は残酷で無惨な研究開発に勤しんでいた。
限られた時間と限られた予算、限られた人手。制限だらけの中で大国を二国も相手にする戦争に向け、必死に知恵を巡らせていた。
断っておくが、彼らは陳腐なサブカルに付き物の、倫理や道徳の欠如したマッドサイエンティストたちではない。彼らは善き父善き夫であり、愛郷精神を持つ、普通の人々だった。
普通の人々であるからこそ、愛する故郷と愛しい人々を守るため、祖国が少しでも繁栄するため、その優れた頭脳をもって殺戮と破壊の術を模索し、研究し、開発していた。
かくて、彼らの仕事に加わったギイは研究に打ち込んでいる。
与えられた研究室は前述した資料や論文などいっぱいになり、黒板も掲示板も奇怪な魔導術理や術式で埋め尽くされている。
それでいて、研究室に隣接する休憩室は安淫売の寝室みたいなざまだった。
ギイには高級娼婦らしき美女があてがわれており、下女の如く甲斐甲斐しくギイの世話――資料や飲食の用意、それから、研究に煮詰まったギイの”ストレス発散と思索”の相手を勤めている。
連続殺人事件で性と薬物の快楽に浸りながら真理を覗き見たギイにとって、セックスは肉体的快楽行為だけでなく、立派な思索思想行為だった。セックス中毒だったシュレディンガー博士かな?
そんなギイは戦争の開始を最速で1781年の年明けと踏み、長くても1781年の秋には起きると予想した。つまり、この兵器開発計画は最低でも1780年以内に、現物で試験出来る段階まで進めなければならない。
ギイは思った。
……こりゃ無理だ。時間が足りなすぎ。適当に“遊んで”バックレるかなぁ。
この時間の不足に対し、聖王教会が強力な支援――金と人海戦術で対応が図られた。
歴史的経緯によって法王と教会の権威が損なわれ、伝統派の威光も失われていた。平和主義に方向転換して以降、その穏健な姿勢は信徒と世情の好意と敬意こそ得ていたが、かつての絶対的存在だった頃とは比べるべくもない。
伝統派の中に潜む超保守派や原理主義的強硬派は長い間、この現状を覆して教会を再起させるべく活動してきた。
そんな彼らは地中海の現状を好機として捉えている。
法王は死の床にあり、レームダックと化している。法王の右腕だった筆頭枢機卿ザカリオンは逝去している。これ以上ない好条件が揃っていた。
この戦で功を成し遂げれば、超保守派と原理主義的強硬派が枢機卿団の多数派を占めることも可能だ。法王逝去後に選挙で自分達の派閥から法王を選出できれば、教会の中枢を掌握できる。
惰弱な妥協的平和主義を捨て、強く正しき教会の姿を取り戻すことが出来る。
その高邁にして尊貴な“善”と“正義”を想えば、多少の悪は問題にもならぬ。
自身の正しさを疑わない彼らは気づかない。その理屈が幾多の宗教戦争を起こし、彼ら自身を凋落させた原因だと。
良識的な司祭達や穏健派の貴族達は強硬派や超保守派の妄想に強い反感を抱いていた。今更、教会が列強や諸国を牛耳るなど馬鹿馬鹿しいにも程がある、と。
だが、良識派や穏健派の総大将たる法王ゼフィルス8世が死の床で動けず、筆頭枢機卿ザカリオンはこの世にない。
それに……彼らは地中海で起きる戦争の危険性を充分に理解していた。聖冠連合帝国も大クレテア帝国も戦争になれば、コルヴォラント勢力が二度と地中海利権で幅を利かすようなことが無いよう、徹底的に痛めつけてくるだろうと。
愛する郷里と家族、敬虔な信徒と尊ぶべき信仰を守るために、力が必要なのだと。
愚か者共は凶行に走り、善良なものや賢きものは口をつぐむ。
歴史は繰り返す。過ちと共に。
ギイは優れた魔導術士であるがゆえに、魔導術の限界をよく知っていた。
アリシア・ド・ヴァイクゼルという超人を知っているがゆえに、魔導術の可能性にも天井があることを知っていた。
あの人間の規格から外れた魔力を持つアリシアでさえ、全力で魔力放出を行えば、ただ一度で膝を突くほどに消耗してしまう。
つまるところ、兵器としての魔導術士はよほど体力効率を考えた運用をしなければ、一回こっきりの短期決戦か会戦用兵器に過ぎない(第一次東メーヴラント戦争においてカロルレン軍の魔導術士部隊による浸透強襲作戦が、如何に無茶だったか分かろう)。
個人の才能や素質、練度に頼った術式では、性能向上をし続けている銃砲にはかなわない。
ベルネシア戦役の記録を読む限り、ベルネシアの魔導術士もクレテアの魔導術士も、軽量砲の砲弾すら防ぎきれなかった。
第一次東メーヴラント戦争の南部戦線で猛威を振るった帝国の要塞砲は、カロルレンのどんな防御魔導術をも正面から殴り砕いていた。
高純度魔晶や魔石による魔力放出は極めて強力だが、魔力放出に備えた防御魔導術式をきっちり展開しておけば防ぎようはある。
第一次東メーヴラント戦争でカロルレンが竜玉を用いた大量破壊魔導兵器を使用した際、防御魔導術式が張られていたところの被害は相応に軽減されていたという分析報告があった。
そもそも費用対効果が悪すぎる。
ギイは娼婦を抱きながら検討する。肉悦で分泌される脳内麻薬を燃料に思考力が加速していく。
つまりは調達だ。魔力をどこから調達するか、だ。
体内魔力は論外。長丁場になれば体力が持たない。魔晶魔石も論外。金が掛かり過ぎる。集団魔導術も抜本的解決にはならない。
ギイは考える。脳内麻薬で思考を加速させて、考える。
そして、ギイの頭蓋内にひときわ激しい閃光が走った。
――そうだ。
魔力を蓄積したうえで圧力的放出はどうだろう?
そうだよ。そうだ。魔力を何かに充填すれば良い。大気中の魔力を搔き集め、人間の体内魔力で点火し、放つ。
問題は魔力の充填可能な物質などこれまで存在したことがない点だけど……古代より延々と蓄積されてきた魔導の智と術に手がかりがあるんじゃないか? 魔晶魔石が精製可能ということは、そこに魔力を取り込む物質があるんじゃないか?
人工魔晶魔石は確かに詐欺の代名詞。でも全てが本当に詐欺だったと言えるのか? そこには正しいアプローチがあったのでは? それが技術や素材の不足から成し得なかっただけで――
ギイは娼婦を払いのけ、全裸のままクワッと目を見開いた。
「資料の調査と実験が必要だっ!!」
払いのけられた娼婦は思う。
このお客の相手、シンドイ……
下ネタに走ると、何かに負けた気分になる。
11/16)何かに負けた気分になった挙句、運営に怒られた。




