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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第3部:淑女時代

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226/336

17:7

遅くなり申した。

大陸共通暦1779年:王国暦262年:晩夏

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:クレーユベーレ市。

――――――――――

 夏の終わり。太陽が煌々と輝く好天の下、白獅子財閥の『展示会』が開かれた。


 白獅子の催した『展示会』は実に簡素なもので、万博のように気合いが入ったものではない。クレーユベーレの宅地予定造成地にちょっとばかり立派なプレハブ式建物が数棟並び、あとは全て天幕。食事処の大半は屋台と野営用テーブルやベンチを置いただけ。


 それでも、『展示会』は大いに賑わっていた。


 まず一般公開前に国内外の関係者――王侯貴顕を筆頭に官・産・学・軍に向けた開催だったが、それでも会場敷地内がごった返すほどの来客があった。


 ベルネシア本国/外洋領土の関係者、協働商業経済圏に参加しているイストリアとクレテアの関係者、招待状を送ったアルグシアや聖冠連合やカロルレン、他メーヴラント小国の関係者に加え、ロージナやメンテシェ・テュルク、コルヴォラント諸国からも少数ながら視察に訪れている。珍しいところでは大陸東方の“友人”も訪れていた。


 展示されている『商材』は白獅子が手掛けるあらゆる物――それこそ靴下や缶詰から蒸気機関まで用意されており、また白獅子と友好関係にある企業や財閥の商材を陳列していた。


 各ブースでは担当者が熱心な呼び込みと売り込みをしている。『主力商品』の展示スペースにはキャンペーンガールさながらの綺麗どころが立ち、笑顔を振りまきつつ商品の解説を行っていた。


 ヴィルミーナは国王夫妻や宰相を筆頭に王国府の御歴々を連れて会場を案内しながら、晴海や幕張の企業イベントを思い出し、何となく懐かしいものを覚えていた。


 他の側近衆達や事業部代表達も官界や産業界、学界、軍のお偉いさんを案内していた。招待された白獅子関係者の妻子もこの“お祭り”を楽しんでおり、ユーフェリアは孫達を連れ、展示会を観覧している。


 この白獅子の総力を投じた広報兼営業活動は“良くも悪くも”盛況だった。

 特に、展示会の目玉商材――大中小と各種サイズに加えて各用途に開発された石炭式蒸気機関の工作機械や作業車は大いに注目を集めた。

 良くも悪くも。


 絶え間なく煙を吐き出して駆動音を吠え続ける鉄の怪物と見做す者達。機械仕掛けの怪物達が自分達の仕事を奪ってしまうのではないかと恐れる人々。あるいは、これらの機械達に新時代の到来を見出す若者達。これらの機械が社会をどう変えていくのか思索する賢者達。


 そして、実際に各種機械や作業車がデモンストレーションを行うと、彼らの好悪的見解は一層強まる。


 美しく着飾ったデルフィネの解説と説明の下、各種工作機械が瞬く間に木をぶった切ったり、鉄を切削したり、研磨したり、プレス加工したり。

 各種作業車が力強く作業用地を耕したり均したり穴を掘ったり埋めたり、貨物を持ち上げたり移送したり、水を組み上げたり放水したり。


 デモンストレーションを見た人々は考える。考えざるを得ない。

 従来の人力や畜力、魔導による実作業と比較し、効率と成果と費用対効果を検討する。もしくはこれら諸々の機械で何が出来るか。何をやれるか。何に使えるか。この怪物達が社会に浸透した時、何がどう変わるのか。自分達の商売はどうなるのか。


 肯定的であれ、否定的であれ、誰もが本当の意味で時代が変わっている実感を抱いていた。

 石炭式蒸気機関のデモンストレーションが終わると、参考展示として液体燃料式蒸気機関と内燃機関の機械や作業車も紹介された。


 ちなみに、ゴーカートサイズの小型蒸気機関車がシュッポッポと小コースを走る体験イベントは大盛況だ。イイ歳したおじさん達(いずれも高官や重役、貴族)が子供サイズの客車に乗ってはしゃぐ光景はシュールの極みだったが。


 このシュールな光景を前にし、鉄道の試験運用を始めていたイストリアの技術者は『マジかよ……』と度肝を抜かれていた。


 数人の成人男性を乗せた複数両の客車を牽引する以上、小型とはいえ蒸気機関車の出力は相応にあるということだ。つまり、小型でありながら高温高圧に耐えるボイラーと確かな駆動系を有している証明だった。

 なんでベルネシアの方が凄いものを作ってるの。とイストリア技術者達は頭を抱えた。


 もっとも、頭を抱えていたのはイストリアの技術者に限らない。


 ベルネシア国内外の商業関係者は大なり小なり、『展示会』の活況に唸っていた。

 こんな盛況な催しになるって知ってたら、ウチの商材も置かせてもらったのにっ! 失敗したぁっ!


 アルグシアとカロルレンは絶句し、聖冠連合帝国は呆れ、ロージナやメンテシェ・テュルク、コルヴォラント諸国は凍りついていた。

 その商材の豊富さ。技術力の高さ。その先進性。これがいち財閥とそのお友達の仕事というなら、ベルネシア全体では、いったいどんなものが出てくるんだ?


 会場の賑わいはまさしく悲喜こもごも。

 そんな会場の様子を、ヴィルミーナは悪戯が成功したガキンチョみたいな笑みを浮かべ、満足げに眺めていた。


       〇


 一般公開を迎えた『展示会』はお祭りそのものだった。

 よほどの話題になったのか、この『展示会』の様子は後世でも様々な資料から確認できる。写真、絵画、公文書、公刊物、個人の日記や手記……ベルネシア国内はもちろん、周辺国の新聞や記録にも残されている。


 小型蒸気機関車の人気は凄まじく、最大4時間待ちになったという。

 この様子からイストリアの鉄道関係者は『鉄道事業には未来がある』と決意を新たにしたとかなんとか。

 別方面では『あのトラクターという機械車両に貨車を引かせれば良いのでは?』と至極まっとうな発想を抱いた連中が数多くいた。当然だろう。ただ、彼らは白獅子が運搬車や移送車を製作しなかった理由にまで考えを巡らせなかった。


 そんな中、まったく予期せぬ提案が白獅子財閥へ持ち込まれる。


 展示会から数日後。

 ベルネシア戦役後、衰退の一途を辿るフルツレーテン公国が取引を提案してきたのだ。


 報告を受けたヴィルミーナは片眉を上げる。

「フルツレーテンが取引を持ち込んできた?」

 ニーナは大きく頷いた。

「蒸気機関搭載作業車とその使用インフラ。全て購入すると」


 ※   ※   ※

 3列強の協働商業経済圏は試行錯誤と失敗と罵倒と怒号と悲鳴の繰り返しだったが、文字通り巨大経済圏であり、良くも悪くも周辺国に甚大な影響をもたらした。


 特にベルネシアとクレテアの中継貿易で食っていたフルツレーテン公国は、元々ベルネシア戦役後に両国が自由貿易を開始したため、中継貿易の収益が激減していた。そこへ協働商業経済圏が発足し、その暴圧にトドメを刺された。


 フルツレーテン公国は銃弾一発撃ち込まれることなく、経済的に亡国の瀬戸際へ追い込まれてしまった。ゲームならリセットして二週目を始めた方が早いほど追い詰められたフルツレーテン公国は、公王自らが両国へ合併/併呑、もしくは保護国化/属国化を打診した。


 しかし、ベルネシアとクレテアは嫌そうに顔をしかめただけだった。

 両国にとってフルツレーテンという地域は面倒と厄介の種だ。

『下手に領有してしまうと、相手を強く刺激してしまうから緩衝地帯にする(手に入れても面倒ばかり)』等の政治的事情。

『開墾に向かない難地勢のうえ、高利益資源に乏しい不経済地域(領有しても儲けが出ない)』という経済的理由。

 こうした事情から両国はフルツレーテンを独立国として“見逃して”きた。両国の関係が改善された今、それこそ手に入れても不良債権にしかならない。


 とはいえ、自前で食っていけないなら、余所から奪うしかない。この要請を無視してフルツレーテンが国を挙げて山賊集団に化けても困るし、難民に流れ込まれても困る。


 両国は厄介な遺児を押し付け合う親戚みたいなやり取りを重ねた末――フルツレーテンに動産担保の有償融資、従来貿易路の拡張整備のための無償融資、加えて協働商業経済圏の参加を決定した。

 要するに『引き取るのは勘弁。仕送りしてやるから強く生きろ』というわけだ。


 こうしてなんとか両国から援助を引き出したフルツレーテンだったが、事態は改善しなかった。

 ベルネシア戦役が終わってヴィルド・ロナ条約が結ばれた後、ベルネシア・クレテア国境ルートが開通していたからだ。


 ベルネシア戦役時の主戦場であったこの地域は、ベルネシアの焦土作戦と兵站線破壊作戦でメッタメタになっていた分、交易を重視した再建が行われており、復興ビジネスと相成って活況を迎えていた。協働商業経済圏が発足してからは完全に両国の主要貿易路と化した。

 どうすりゃいいんだよ。フルツレーテン公王や高官達は泣いた。


 さて、ここで視点を少し変えてみよう。


 フルツレーテン公国の特徴と言えば、亡き前公太后が私費を投じて整備した医療制度と医療機構が挙げられる。また、ベルネシア・クレテアの中継貿易で栄えていたため、金融制度と貿易制度がそれなりに整っていた。


 また、ベルネシア戦役では完全局外中立宣言を出し、国境を限られた武力で固めたことで、経済的には地獄へ落ち、困窮へ追い込まれた。が、民と国土を戦禍から守り抜いたことも事実。それに、戦況の変化に合わせて風見鶏をしなかったことで、一定の国際的信用を得ていた。


 医療制度。金融制度。貿易制度。そして、信用。

 これらがフルツレーテン公国のウリだ。というか、これらしかない。


 ただし……どんな土地、どんな国にも有能な人材はいる。天才の類がいる。救いようのない失敗国家にハーバードやオックスフォードで博士号を取り、フランスのアカデミー会員に抜擢される人々がいるように。


 フルツレーテン公国はベルネシアとクレテアの狭間で必死に生き抜いてきた。両国の都合に振り回されながら、その顔色を窺い、怒りを買わぬよう最善の選択肢を採るべく頭を捻り、知恵を絞り出して生き延びてきた。

 そんな環境で否応なく切磋琢磨し、研鑽錬磨を重ねてきた旧フルツレーテン公国の、優秀で有能な人々が『展覧会』に足を運び――


 彼らは白獅子財閥の“狙い”と“望み”を見抜いた。


 白獅子は動力機関の市場で絶対的優位を獲得し、燃料市場に液体燃料という新たな商材を広げようとしている。


 もちろん、他国や他組織の優れた人々も同様の発見をしていた。

 だが、見たものの受け入れ方は違う。認識と理解は異なる。


 フルツレーテン公国の賢き人々は忘れていなかった。かつて13歳のヴィルミーナによって自分達の医療行政を崩壊寸前まで追い詰められ、経済を痛めつけられたことを。


 ゆえに、彼らの中にはヴィルミーナを憎み、恨む者が少なくない。が、そもそもの非は彼らの主家、その変態公弟にあったことは事実。何より……憎みや恨み以上に恐れや畏れが大きい。


 なんせヴィルミーナ・デア・レンデルバッハ=クライフ・ディ・エスロナはわずか齢13歳でフルツレーテン公国の医療行政と経済を痛めつけ、十代のうちに財閥を築き上げ、ついには齢18で大国クレテアの経済の背骨をへし折った。噂では協働商業経済圏発足にも関わっているという。


 そんな経済界の生ける伝説を、そんな恐るべき経済の怪物を、変態のクズが原因で起きた一件を理由に敵へ回す? ハハッ(乾いた笑い)。


 かくて、フルツレーテンの地に生きる人々の生活を守るため、彼らは白獅子の、いや、ヴィルミーナという怪物へ身代を賭すと決めた。

 ※   ※   ※


「面白い」

 ニーナから説明を聞いたヴィルミーナは目を細める。美味そうな子鹿を見つけた獅子のように。

「フルツレーテンの御客人方と会おう」



 御都合主義的と言えば、御都合主義的な話だった。

 後世でも、この白獅子とフルツレーテンの取引を『白獅子は動力機関と液体燃料の普及のため、フルツレーテンと事前に話を付けていた』という意見が歴史家達の一般認識となっている。


 しかし、事実は先述したように、旧フルツレーテン公国の聡明な人々が必死に考え、自分達に選び得る最善を尽くした結果に過ぎず、ヴィルミーナも白獅子もまったく与り知らぬことだった。


 物事の真実よりも、周囲からどう見えるかが大事。

 人界真理の一例であろう。


        〇


 ミニ国家の稼ぎ方と言えば、貿易、資源、観光、金融が挙げられる。


 フルツレーテン公国の場合、歴史的景観などの観光資源に溢れたサンローラン共和国という強敵がいるし、温泉等の特別なウリもない。ヴァンデリック侯国みたいな娯楽産業のノウハウもない。フルツレーテンの主軸産業とするには厳しい。


 では資源面はどうか。

 フルツレーテンの狭い国土はベルネシア南部に続く山稜地域だったが、鉱山の類は無い(この場合、無いことで独立を保ててきたと言える)。難地勢の関係から開墾に不向きで農業立国は無理。伐採できる木材も平凡なものばかりで林業もイマイチ。モンスターは相応に生息しているが、天然素材資源地帯、と見做すには規模が貧弱。

 一次産業が不発なので、関連する二次三次産業もいきおいパッとしない。


 ならば、金融面はどうか。

 特別優遇税制を敷いて企業誘致やタックス・ヘイブン化もよくある手だろう。しかしながらこの手法には、同地へ資産を移しても安全、という信用が欠かせない。ベルネシア・クレテアの両列強が今後も仲良しでいるなら、狭間のフルツレーテンも安全と見做せるが、本来は仇敵の両国だ。将来的にどうなるか分からない。そうした不安要素がある以上、金融立国はちとムズい。


 となれば、従来の貿易を立て直すしかあるまい。

 幸い、長期に渡ってベルネシア・クレテアの中継貿易を担っていただけあって、その手のインフラは整っているし、宿や馬車工房など施設も豊富だ。

 新貿易路に比して利に優る長所やウリを作れたなら―――



「言うに易し、行うに難し。の典型例だなあ、これは」

 王妹大公家の寝室。そのベッドの上に寝転がりながら資料に目を通していたレーヴレヒトが呟く。

「彼らは白獅子の商材を使ってどうする気なんだ?」


「従来道路の拡張整備。より効率的な道路の新設。それから国内各産業の機械化。将来的には組み立て工場を起こす気ね、多分」

 隣に寝転んで同じ資料を眺めていたヴィルミーナの返答に、レーヴレヒトは片眉を上げた。


「組み立て工場?」

「たとえば、ウチの工場から各種機械を部品ごとに出荷して、フルツレーテンで組み立てて、クレテアに出荷するとかね。下請けよ、下請け」

「それならクレテアに工場を作る方が早いと思うけど」


「その辺りは販売戦略との兼ね合いになるかな。フルツレーテンに製造拠点を置けば、少なくともベルネシア南部とクレテア北部に融通が利くようになる」

 それにしても、とヴィルミーナはどこか皮肉っぽく笑う。

「因果な話よね。かつて私がガッタガタにしてやろうとした国を、今度は私が助けることになるとはね」


「あれは酷かった」

 これにはレーヴレヒトも苦笑い。

「13歳の女の子が一国を、そこに住まう全ての人間の生活を滅茶苦茶にしても構わないとのたまうんだからね。まったくとんでもないお嬢様だよ」


「その後、何年も音沙汰無しの行方不明になった誰かさんもどうかと思うけれど」

 ヴィルミーナは拗ねたように唇を尖らせた。


 小さく肩を竦めたレーヴレヒトは、サイドボードに置いてある懐中時計を一瞥した。士官学校に入る時、ヴィルミーナが『貸すだけ』と言って贈った、大事な時計。

「そういえば、君に借りた懐中時計はまだ返してなかったな」


「……軍を辞めて白獅子に入るなら、もう返さなくても良い」

「それでも構わないと言えば、構わないな。軍に不満が無いわけじゃない」

 派遣されたら子供達の成長を見守れないし、とレーヴレヒトは呟く。どこか遠くを見るような目をして続ける。

「でもまあ……もう少し軍人稼業を続けるよ」


「そう。なら時計はまだ貸しておくわ。必ず返してもらうから、そのことを忘れないように」

 ヴィルミーナはそっぽを向く。


 都会暮らしを好まないレーヴレヒトが、王都暮らしに不満を言わない理由は簡単だ。

 ヴィルミーナを愛しているから。

 ヴィルミーナの愛してやまないビジネスが、田舎に引っ込んで出来ることではないから。

 大財閥の子女として育つ子供達も都会で育つ方が良いから。


 危険な自然の中で過ごすことを愛し、狩猟や釣魚を好むレーヴレヒトにとって、山林原野で活動する軍の仕事はこの生活における『癒し』でもあるのだろう。


 だから、ヴィルミーナも本気で説得しない。自分や子供達を遺して死んでしまうかもしれない軍の仕事を辞めてくれ、とレーヴレヒトに縋りつかない。

 第二次メーヴラント戦争にレーヴレヒトが派遣される時、ヴィルミーナは初めて軍人の妻であることの“恐怖”や“不安”を知った。


 どんな地獄からも生還する特殊猟兵達。それでも、彼らだって人間である以上、死傷する危険性から逃れられない。ソルニオル事変の時、自分の要請でレーヴレヒトは負傷したし、戦友が命を落とした。過酷で残酷な戦場の体験で心が壊れる可能性だってある。レーヴレヒトが他人を野菜のように切り刻める人間でも、人間としての限界があるから。


 出征したレーヴレヒトが命を落とさない保証や、心身無事に帰ってくる保証なんてどこにも無いし、誰にも出来ないのだ。


 それでも、ヴィルミーナはレーヴレヒトが軍人であり続けることを認め、不安と恐怖を持ち続けることを受け入れた。レーヴレヒトが自分に合わせてくれているように、自分もレーヴレヒトに合わせる。

 なんとも歪な思いやりと支え合い。


 不意にレーヴレヒトがヴィルミーナを抱き寄せ、頬に口づけする。

「ありがとう、ヴィーナ。愛してるよ」


 心の奥からホワワンと温かな歓喜が込み上がってくることを感じつつ、ヴィルミーナは思う。こういう嬉し恥ずかしくなる科白をさらっと言いよってからに。誑しめ。


 ヴィルミーナは耳まで赤くしながら資料を突いた。

「話を戻すけど、せっかくの大口取引なの。ただ商材を売ってありがとうございました、じゃつまらないわ。この際、フルツレーテンの利権を獲りたい」


「君は本当に強欲だなぁ」

 微苦笑を湛え、レーヴレヒトは抱き寄せたヴィルミーナの寝着の中へ手を入れ、未だ瑞々しく艶やかな柔肌を撫でていく。愛妻の肌触りを味わいながら、色気たっぷりの声色で告げる。

「ところで今夜は俺も強欲になって良いかな?」


 ヴィルミーナは何も言わず、ただレーヴレヒトの唇を奪った。


       〇


 初冬の晴天日、クレーユベーレの工場群や倉庫群は大わらわだった。

 蒸気機関作業車や工作機械、液体燃料式暖房器具などが次々と飛空貨物船の腹の中へ載せられていく。

 各種機械の交換部品や整備用部品を満載した荷馬車が次々と出発していく。

 石炭や液体燃料を搭載した飛空船と馬車が目的地へ向かって進んでいく。


 マリサはクレーユベーレ市内の白獅子施設の屋上に立ち、次々と離陸する飛空船の群れを眺めながら、にやりと口端を吊り上げた。

「始まったな」


「本当の始まりはあの出荷分が方々に普及してからだよ」

 魔導術で細巻に火を点したアストリードが紫煙を吐き、目を細める。

「ヴィーナ様のいうように、本当に世界が変わると思う?」


「どうかな」

 マリサは青空へ昇っていく飛空船の群れを見つめた。

「産業の機械化は社会を確かに変えるだろうけれど、世界が変わるとまで言えるかどうか」

 でもまあ、とマリサは続ける。

「世界が変わるかどうかはあまり気にならないな」


「ふむ。そのココロは?」

 興味深そうに問うアストリードへ、マリサは不敵に言った。

「あたしはヴィーナ様と面白おかしく“遊べれば”、充分さ」


「違いない」

 アストリードはくつくつと笑い、盛大に紫煙を吐き出した。

「今度の“遊び”は楽しくなりそうだ」


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[良い点] フルツレーテン公国はいい意味で卑屈だったから全力で生き残ることを考えてきた国か。 一度痛い目に遭わされたのも案外いい方向に向かう材料になってたりするのかな。 近代化先行のメリットは初期から…
[良い点] フルツレーテン近代化へ大前進。 こちらの世界では中世?魔女裁判に成る案件だけれど、ヴィーナさまの世界では教会が口出ししないのかな? [気になる点] 石炭ですか?蒸し焼きして硫黄を抜いたコー…
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